あしたの夕方

 空飛ぶ鳥に跡なし

西窓の嶺

2018-02-12 | あしたの夕方

今日が最後の雪になればいい。

暑ければ暑いで、もう夏などいらないと言う。
寒ければ寒いで、もう冬などいらないと言う。
何故かとてもひ弱になった。


思えば近年、冬が穏やかになっていた…、それも去年までは^^

確か、子供の頃はかなり雪が積もったものだった。
陽はのぼるものだし夜は明けるものだけれど
冬の寒い日は、遠くの山から冷たい朝が降りてくる、そんな感覚があった。

日本海側から冬の季節風が
伊吹山の麓(関ケ原)につながる回廊を通って吹き下ろす。
この地域で伊吹おろしと呼ばれるこの風に乗って
真白の雪に覆われた底冷えの朝が降りてくる
それが、冬の朝にある記憶だった。







もう、二度と見ることもなくなったものの
実家の、西窓の枠に切り取られた
寒々とした伊吹山を肘をついて眺めていたものだ。
その四角い領域に全てが畳み込まれ
このところ毎週のように続く寒い朝に思い出した。


歌は秋の伊吹山

前詞:「戸を開けば西に山あり、伊吹といふ。
   花にもよらず、雪にもよらず、ただこれ孤山の徳あり」

そのままよ月もたのまじ伊吹山   芭蕉



レファレンス協同データベース*1によれば

芭蕉は元禄2年「おくのほそ道」での第3回大垣来訪時
大垣藩士、高岡斜嶺亭にて門人たちと交流し、この句を詠んだ。
斜嶺は各務支考、谷木因、宮崎荊口ら多くの美濃の俳人と交流があり
弟の怒風も同じく芭蕉の門人となった。

句意について『芭蕉全句集』では
「前書(花にもよらず雪にもよらず、只これ孤山の徳あり)
と句で自然界の美を代表する雪月花をそろえつつ
それを「たのまじ」としたところが
大胆で伊吹山の秀嶺ぶりを強く印象づけている」とあり
また『芭蕉全発句』には「主への挨拶として
そこから望まれる伊吹山を賞した。」とある。





「伊吹山の秀嶺ぶり」とある、ということは
伊吹山は峰ではなく山が連なってある嶺ということ?
よくわからないけれど、山姿は今一?
でも…、何となく記憶に残る西窓の嶺。





*1「レファレンス協同データベース」とは
 国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築するデータベース












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いろはにほへと

2018-02-08 | あしたの夕方


小町の歴史に触れたのは銀座で仕事をしていた時。
企画のイメージに使えるだろうかと調べ始め
260を優に超える小町伝説と
誕生と終焉の地の余りの多さに驚いた。

当時、若過ぎた私には
小町の壮絶な人生を正面から捉えることが出来ず
途中で調べる事をやめたのだけれど
今…、一つひとつ諦めを足す人生のタイミングに
開発の手に見事寂れた鄙の地で、小町伝説に再び出会った。




「門前にあるでんがくのお店に行きましょ」友人からのメール
場所をネット検索していたら、鐘楼の生活圏に
260余りの物語に漏れることなく、小町伝説が眠るのを見つけた。
目的が「花よりだんご」であってもなぜか懐かしい。

弘法大師により創建されたと云われるお寺の本坊と東院は500m程離れていて
その東院に小野小町の分身が祀られているらしい。

皮膚病(かさ:今の天然痘)になった小野小町が
お寺に篭もり治癒を祈願したところ
夢のお告げで薬水(美濃の国にある霊泉)を授かり完治。
その後、薬水の出るほとりに分身を祀り
東院は「かさ神薬師」と呼ばれるようになった。


傍らには小町の歌が刻まれた碑がある。

  人ごとに汲めば薬と岩清水湧きて恵みを松の下蔭

小町は平安時代に活躍した女流歌人で絶世の美女
しかしその一生はけして平安なものではなかった。

  花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに

花の色は切ない…、そう思う。






美女つながりにもう一人
大正三美人の1人とされる柳原白蓮が1952年
かさ神薬師を訪れ歌を詠んでいた事を知った。

  やまかげの清水にとへばいにしえの女のおもひかたりいずらく

白蓮がどの様な契機でこの地を訪れたのかはしらない。
歌われている『いにしえの女のおもい』は小野小町の思いだろう…(?
その「おもい」を鑑みるに、衰えていく容姿を受け入れて行く切なさを
共有するもののように思えてくる。

白蓮がこの歌を詠んだのは60歳代らしい
男の視線を一身に集め、一世風靡した身であれば
小町の皮膚病の悲しみは如何ばかりのものだったのか
きっと、察して余りあるものだっただろう。
移りゆく花の色に白蓮自身も同じ切なさを重ねたかもしれない。

ここに残る小町伝説は治癒を語るけれど
他の伝説では治癒の結末を伝えてはいない。
小町の辞世の句

   あはれなり わが身の果てや あさみどり つひには野べの 霞と思へば

霊泉が語り伝えるのは、切ないいにしえの女(小町)の思いであり
白蓮自身の、そして男のこころを捉えた女たちの
「いろはにほへと」かもしれない。


金曜日に散策に出かけてみます^^











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馬鹿にしないでよ!

2018-02-06 | いろいろ
シンギュラリティ
シンギュラリティは本来“特異点”を意味し、数学や物理学の世界でよく使われる概念。
AIで使われるシンギュラリティは、技術的特異点(テクノロジカル・シンギュラリティ)を意味し
レイ・カーツワイルが2005年に発表した著書からクローズアップされた。
著書の中で「技術的特異点(シンギュラリティ)」と呼ばれる
人工知能がエクスポネンシャルな飛躍をとげる現象が
2045年に起きるとレイ・カーツワイルは予言しているらしい。


   


         ♡

どんなHPもブログもSNSもメールも
多かれ少なかれ監視そして傍受などは周知の事実
PCとIoT(PC搭載の家電や自動車などモノのインターネット)が
結びついたことでも結構危ない状態も、それぞれ個人が同居させて利便を享受している。
そんな中、なにより怖いのは
GとかAなど限られたIT巨大企業にAI時代をコントロールされる?
冒頭の『シンギュラリティ』の時、計り知れない脅威になるかもって。

期待されるAI社会“仕事が無くなる”への担保だと言い
ベーシックインカムなんていう手法が検討されている。
もう既に、実験的に導入(オランダとかフィンランドで?)されていて
ITの大手企業(Gなど)から資金提供を受けている。

多分、どんな時代が来ても大衆は究極お金や物に聡いし
注目されたいし、人気者だと錯覚したい。
甘い言葉で表現すれば「愛しいくらいに淋しがり屋」なのだろうな?…
ベーシックインカムで暮らしは保証するから、大衆の皆さんは楽しく暮らし
ネット上のSNSでワイワイお付き合してね…、だなんて
未来版「豊かさ(?)」という目くらましの(?)決定打に
骨抜きにされているのかもしれない。



それとも、テクノロジーがエクスポネンシャルな飛躍をとげる時代に
エクスポネンシャルな思考を持たないと生き残れなくて
ある意味人類の知能指数を基準の人類浄化が起こるかな?
そんな未来の『ノアの箱船』だって全く虚構などとは笑えない時代だ。



それとも、過去に人類がある時点で加速度的に進化を遂げていることからみれば
エクスポネンシャルな進化はテクノロジーのみではないとも言われていて
再び人類がエクスポネンシャルの進化をとげる時が来るかもしれない。
それでも未来はどうなるのだろうと思うワクワクは今の私には無い。

詰る所、肝心なところはヒエラルキーの頂点で
大衆は、知能指数は高くても、必ずしも人間性とはイコールしない人達
(権力者と小指の先ほどの大資本家)に支配された
檻の中の暮らしみたいなものなのかもしれないから。



けれど、せめてT国のような監視社会が広がって
顔認証でトイレットペーパーの使い過ぎを監視されるなんて言うのは否だな。
顔認証システムとキャッシュレスのプライバシーのないT国は
「天の目(顔認証を天眼と呼んでいる)システム」に
賛同こそすれ文句など全くないと国民が言っていた。

偽札が日常に横行するT国にすれば、言論統制されたり日常が監視されても
安心安全を取るのも分かるけれど、なんだか本末転倒のような気がする。



       

そんな監視システムと
仕事を無くした人々のために準備したベーシックインカムで
のほほんと暮らす大衆が一般的になるなんて
「人間の善き仕事(汗を流して働くこと)は人間にとっての正義」
だなんて言ってたヘシオドスも嘆いてるよね。
「今の時代に生まれなくてよかった」って思っているかな?

そう言えばゲーテは大衆を馬鹿にしてはならない…、と言っていたけれど
大衆にはその程度の手当てを考えれば良い…なんて
随分甘く見られたものかも。

確かにそんな程度かもしれないけれど…
でも、、、馬鹿にしないでよ!!! (-゛-メ)


誰に向って怒っているのだろう。
私には何も見えやしない!












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ザルツブルクの小枝

2018-02-01 | あしたの夕方


昨日、待ち合わせまでのあまり時間に
商店街の角を曲がって路地裏の空き地へ足を延ばした。
まだ融けきらず残る片隅の雪を
「もうこれっきり雪などいらない」と
すこし嫌悪して踏み込むと
ザクッっと崩れる音に春を聞いたようで
ホットしたのだけれど…。

年を重ねた町に、わたしもいつの間にか年を積み
「もうこれっきり年などいらない」と
すこし嫌悪して踏み込むと
空き地に流れた時間だけが懐かしく甦る(o^-^o)

子供のころ、ここを通れば君に会える
それだけで心躍ることなど今は遠い話になった。
わたしはそんな輝きを、あと幾つ憶えているだろうか。


軽いめまいを覚えて
ビルの谷間を吹き抜けてきた風に
背丈ほどの秋桜を走り回った君の声かと引き寄せられても
飛び出してきたのはハックルベリーではなく
走り去る意地悪な木枯。









グローバル化の中で
異端な私の鐘楼のパトリオティズムは
『ザルツブルクの小枝』に平静を保っているかもと思う^^

自尊心の居心地良い空間は
探して見つかるものではないらしく
幾つかの段階を経て、都合よく記憶の中に書き換えられる。
なんとアンビリーバブルなことかと感涙したりして
わたしの人生はどう書き換えられ記憶されたのかに尽きるかな。

思い込みなのか
わたしの痘痕もえくぼの結晶作用は此処彼処にあるもので
なにもそれはスタンダールの恋愛論の世界だけではない。

昔の記憶も、今日の経験も、未だ描く明日の夢も
ほとんど全てが、その一時をザルツブルクの小枝に輝くのだ。

それでいい、それくらいでいい
そういうものかもしれないと、ひたすら納得して
錯覚の中に目覚めずにいられたらと本気で思う。
存在する時間など長いものではないのだから
瞬きに過ぎて行けばいい。







故郷の山にむかいていうことなし
故郷の山はありがたきかな     石川啄木



わたしにとって『鐘楼のパトリオティズム』は
必ずしも地理的な距離ではなく心の距離だと理解していて
啄木の故郷を心象風景だと解釈。

お会いしたことのない人のさりげないやさしさが
今朝のcoffeeを美味しいと思わせてくれる
そんな世界に息を吐く^^


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読者に託す

2018-01-17 | 
おおきな木と少年はとても仲良しでした。

時は流れ、少年は木のところへやってきお小遣いをねだります。
それから幾年が経ち少年は家が欲しいといいました。
そして最後、少年は船を欲しがるのです。
木は少年の望むままその実を、その枝を、その幹を与え
切り株だけになってしまいます。

やがて年老いた少年は休む場所が欲しいと言ってきました。
木はその切り株に腰かけるよう勧めました。


おおきな木
原題:The Giving Tree
作・絵:シェル・シルヴァスタイン



訳者の一人本田錦一郎はあとがきに
「愛とは第一に与えることであって、受けることではない」
とするエーリッヒ・フロム(Erich Fromm)の言葉に通じる。

と書いています。

フロムの「愛するということ」や「生きるということ」
夢中で読んだ頃を思い出すと、すこしオメメもうるうるの私です。


もう一人の訳者村上春樹はあとがきに
あなたがこの物語の中に何を感じるかは、もちろんあなたの自由です。
それをあえて言葉にする必要もありません。
そのために物語というものがあるのです。
物語は人の心を映す自然の鏡のようなものなのです。

と書いています。


そう言えば
シェル・シルヴァスタイン著者本人はインタビューに
「これはただ与える者ともらう者という二人の関係である」
と答えたそうです。






シェル・シルヴァスタインの言葉が語るように
「これはただ与える者ともらう者という二人の関係」に過ぎない物語。
その意味で言えば、村上春樹の訳の方が
絵本に広がりを与えているようにも思います。

けれど、子供の絵本としてはそれは難しく
引き込まれて読む方の年齢は高くなる気がします。
大人の絵本と言うことなのかもしれないですね。

どちらかと言えば、母親と子供の評価は本田錦一郎の訳に軍配があるようです。
子供に読み聞かせる親にとっては
そして感受性を育むころの可愛いいハートには
愛情の優しさをストレートに感じることも大切な気がします。
読み終えた幼い目から、おおつぶの涙がこぼれるのを
私もいっぱい見たいと願うのです^^


と言う訳で

わたしはどちらの訳も好きですが
今読み返すと
村上春樹のほうが想像の余地を残してくれている気がします。
そう言えばわたしと本との関係は
国語の読書の時間などで教えられてきた内容解釈と
かなりずれることが多かったことを思い出します。

だからかもしれません、国語の時間がとても嫌いで
数学や理科の時間がとても好きだったように思います^^
村上春樹の「心を映す鏡」の言葉を、あの時先生がおっしゃってくれれば
きっと、国語の時間が好きになっていたと思います。

そして今思うのです。
「心を映す鏡」とは、きっと本のみならずということを^^










「あそびnoうつわ」のリンク終了
いろいろと自信喪失です。

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寒い朝

2018-01-15 | あしたの夕方

常識は、住む世界や時代が変われば変化するから
価値観とは個人の好み以上でもそれ以下でもないし
事実はひとつであっても真実は人の数だけある、ということも…

多くの人々が規範にしたいと願うモラル(道徳も)も
文化や宗教、生れ育った環境でかなりの差があるものなのですね。



常識に疎い私の言い訳的前書きが、なんだか長いのですが^^

数日前彼の命日でした。
冒頭の考え方に私の非常識が許される訳でもありませんが
けれど、その日という絶対的な時間などないとの思いもあって
常識として認識されている命日を解していない...私です。
白洲 次郎じゃないのですが
「葬式無用 戒名不用」という考えは嫌いじゃないのです。

それでも、彼が延命治療を拒否して亡くなった時を
冬の寒い朝に思い出します。



彼を亡くした喪失感が私の日常に影を落としたのは
仕事をしながら大学院に籍を置き、研究に没頭していたころでした。

社会常識に何のこだわりもない私でしたから問題も噴出。
解決の灯も見えないまま、黙って受けながすしかなく
それからは人間不信の中で時間が流れてゆきました。
全ての権利を捨てることには迷いなどはなく
体調を崩した最悪な日々であっても、死に対する恐怖もありませんでした。

けれど、
あのような人が生きているのに
なぜ彼が死ななければならないのか、という身勝手な嫌悪や
町を歩けばあちらこちらに彼の姿を追いかけている虚しい日々に
心はすっかり錆ついて、疲弊した心のままじゃダメだと思う気持ちが
心理学を学ぶ事を思い立たせたのだと思います。
休学していた大学院をやめ、某大学の三年(心理学)に編入したのが
二年後のことでした。


卒業後、心理士の資格を取得
臨床の現場で傾聴を経験させていただき
やっと彼の死を受け入ることが出来たのだと思います。




そう言えば「良い人は早く死ぬ」といいます。
それが真実なら彼の死も理解できるかもと思いつつ
と言うことは、わたしは長生きするということになったりすれば
う~n、それは悲し過ぎるから適度に遠慮したいかもと悩みます^^
でも、「佳人薄命」とも言うから
神様に例外を作っていただくしかないのかも…
と思いながら´`(ノ∀`)・゚・。




92歳のパリジェンヌ」フランス
フランスのジョスパン元首相の母親の実話
(娘の著書「最後の教え」)を映画化。
美しく逝きたいと願う女性が、娘に支えられ尊厳死を選択。









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欲望の資本主義2018

2018-01-11 | いろいろ

「資本主義は自壊する。その成功ゆえに自ら壊れる」
経済学者/ヨーゼフ・A・シュンペーター

「テクノロジーが成長を生まない時代が到来した」
経済学者/ダニエル・コーエン

「成長がなければ資本主義を名乗る資格はない」
経済ジャーナリスト/ウルリケ・ヘルマン

「資本主義の本質は、ある意味ショウ(見世物)なのです」
哲学者/マルクス・ガブリエル

「いよいよ闇の力が目覚めたようだ」
チェコ総合銀行/アナリスト トーマス・セドラチェク




刺激的な言葉とややハイテンポのカット回しで
ドラマティックに番組が進められる。

日本のバブルの頃だったと思う
アメリカで放映された未来都市を紹介する番組
そこで使用された表現手法に似ていると思った。
何となく追い立てられるような、気忙しさのテンポで場面が切り替わる。
場面と場面の間に接着債やクッション材はなく
「今の話もう少し聞きたい…」と思ったとき
次の場面展開に移っていて、思考を切り替えなければならない。

まさしく今回の番組テーマ
欲望の資本主義が迷走するイメージかもしれない。
資本主義のショーを見せられているようだ。
追い立てられながら強迫観念を感じた番組だ。
制作担当者にすれば、成功したとほくそ笑んでいるのだろうか?
さっさと切り替えて、新しいものを生みだし、また捨てて、次へ飛び移らなければ…
これも資本主義の一面「創造的であれ、さもなくば死ね」なのか?

視聴のターゲットは内容的に専門家を相手にしていないようだから
経済に興味を持ち始めた学生かな?



路上に貧しく悩める人がいても
それを見るのは可愛そうだが
自由な社会が払うべき代償だ。


トランプの言動には問題があるが、株は上がっている^^


良いものは安くしか売れない。
今、資本主義はショーそのもの
トランプはまさにショーを売っているのだ。


行き詰った金融資本主義は自分ファーストになり
他者をどう出し抜くかと言う社会を作った。

⑤単純に考えてみても、社員思いの経営者で
給料を沢山社員に与えていたら、企業間競争で負けるのは当たり前
そうしたら会社はつぶれるでしょ。



無責任な言葉も「先に言うが勝ち」のように飛び交う。
正に自分ファーストで欲望は放出されているようだ。

「テクノロジーが成長を生まない時代」
「資本主義の本質はある意味見世物なのだ」
なんでも商品になるなら、商品(モノやショー)
誰かが言っていた創造的であれという創造そのものも
大半は屑みたいなものなのだろう。
けれど、資本主義の本質がショー(見世物)だというなら
モノに価値など基本必要では無く、そもそも価値など不安定なものなのだし
netの情報社会でグローバル化の中で大衆が台頭した現代において
餌を探しながら口をパクパクさせ泳ぐ魚はどんな餌でも飛びつく…?

資本主義の闇の力が欲望をますます増大させ、分断を生んだのだろう。
資本主義社会ではすべてが商品になるなら、多分「こころ」も商品になるだろう。
もうなっているかも。。。

欲望の箍が外れて、収束する見通しは無い。
他を出し抜くため、自分だけ生き残るため創造力を駆使する。
これはいったい、どんな創造力なのだろう?



ただ、
【見てくださる方に一言】
2018年新春。新たな年の始まりに
私たちはどこから来て、どこに居て、どこへ向かおうとしているのか?
ぜひ一緒に考えましょう。
(番組プロデューサー 丸山俊一)


【見てくださる方に一言】の一言が軽く感じられて
資本主義がショーなら、この軽さでいいのかもしれないと思いながら
フランス語: D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?
『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』
Gauguin(ゴーギャン)
君がこの言葉をもじって使った重みと
ゴーギャンが表現したかったものはかなり違う、と思いながら













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プラセーボ効果の値段

2018-01-09 | 日々のこと

2018年早々、今、二回目の本焼きをすませました。
99%こころは下降線です。


そんな惨敗の窯焚きですが、終わるまで傍にいます。

冬の乾燥に加え窯の温度が高いから
冬場の作業場はカラリン!!!
手荒れも気になります。
だから化粧水と保湿クリームが欠かせないのです。


冬の窯焚きは通常のお手入れをしているだけでは厳しいのですが
過去の記憶が邪魔をして色々惰る日々でした(*´v゚*)ゞ

けれど元日に届いた姪の年賀状

「年末に会えてとても嬉しかった。
改めてお姉さんのような素敵な女性に少しでも近づけるよう…」

叔母さんではなくお姉さんとは無理やり呼ばせていましたが
「素敵な女性…」だなんて
破格な優しい言葉が添えられていたものだから
そこは幾つになっても女心かな?
分かってはいてもその気になって
少しお手入れしなければ…、と思ったから大変です^^

化粧水にクリームをnet検索、その値段にビックリw(゚o゚)w
あれこれ買いたくなるというより、ついつい購入してしまうように
商品構成が仕組まれています。月数万?
サプリを常用し、エステに行かれる方は
ひと月、最低でも5~7万は掛かりそうです。
女は美しなるのにお金が掛かるものなのですね。。。

磨かなければならないことは他にもいっぱいありそうで
際限のない購入路線に飛び込むのを止めました(ノ∀`)・゚・。


母は薬剤師でした。
化粧水や保湿クリームは母の手作り。
香料はなしで、ナチュラルテイストの信頼の高いmama's商品です^^
若くして亡くなりましたから、もう恩恵に預かれませんが
浴びる様に化粧水を使用しても、ほとんどお金はかかりません。
基本の原料そのもは安いものなのです。


それにしても、幾つになっても美しくありたいと願う女心のWants
マーケティングすれば不思議ですが、化粧品のような類は
価格が安いより高い方が売れるのだそうです。


ということは
高い化粧品には一種のプラセーボ効果の価格が
付加されているのかもしれません^^




こんな朝はapple teaを飲みまsu。














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ライ麦パンとお雑煮^^

2018-01-03 | 日々のこと


ライ麦パンは美容にも健康に良いそうです。
(ノ∀`)・゚・。

ヨーロッパでは、白パンは上等で
硬い黒パン(ライ麦パンなど)は下等だったのですね。 
スイカとかトウモロコシの類ということかな?
でも、わたしはライ麦パンが好き^^

ロッゲンミッシュブロート(ライ麦51%~89%)を
トーストしてミートorレバーペースト、クリームチーズで食べます^^

時に薄くスライスしてサンドイッチもイケます。
しっとり感のあるハムやオイルサーディン、チーズ、そして野菜を挟んで
バター&マヨそしてマスタードたっぷりのっけます。

わたしは和辛子が好きなのでマスタードではなく和辛子をよく使います。
和辛子は邪道かな^^ でも、和辛子の場合もたっぷりのっけます。

のっけ過ぎて(?、辛さに泣ける時があります(ρ_;)


年末から窯に作品を詰めたのだけど
気がかりがあって詰め直しをすることにして
元日の朝が明けてゆくのを温かいミネストローネと
大好きなライ麦パンをほおばり待ちました。
ミネストローネはセロリ、バジル、オレガノなど
たっぷり加え自己流で作ります(美味しいのだから!)

もう何年になるかな(?、お正月料理は並びません。
と言いながら、やっと窯詰めをやり直して1月3日
お雑煮ぐらい…と思い、今朝作ってみました^^

作ったという代物ではないのですが、暮にお隣からお餅を頂いていました。
柔らかいうちに切ったから形は不格好だけど杵つきだそうです。

ささやかに
わたしの贅沢を楽しみます
(*^ー^*)




いただきます^^










窯の電源をONしました。

窯出しまで数日間待ちます、この時間は長くて
なかなか来ない恋人を待つ気分です。
いつもフラれっ放しです。
七年越しの恋もそろそろ疲れています。



これから豆を挽いてcoffeetime^^






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一年の計

2018-01-02 | GREETING


とても素敵な映像です^^
Mt. Hehuan with sea of clouds & Milky Way @ TAIWAN


↑ ここををリックしてください。  音量は時間の帯の右、段々になってるところで調節してください^^






智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ…
(草枕より)


住みにくくてなのか、そうして事を荒立てず
まずまずで生きるようになって、忘れてしまったことがある。

ほとんどのことはまずまずで、どうでも良いことなのだけれど
肝心なものも一緒に、まずまずと言いながら置忘れてきて
「なんだかなぁ…」と呟いていた。


年を重ねて忘れていく
忘れようとするものがあるのだけれど…^^













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