エピローグ
「うおぉ、美しい! いつまでもこうして飛んでいたい」
「こうやって、ずーっと、この球体の周りをくるくる周っていたいね」
僕らは、5つの光だった。
僕は、5つの光のうちのひとつで、でも、他の4つの光と別に存在している感覚はなかった。
「こんなきれいな球体の周りを飛ぶって、すごいね! ますますワクワクしてきたぁ」
光のひとつが言うことは、他の光が思っていることと同じだった。
僕らは、小さな彗星のように、光のしっぽをたなびかせながら、美しい地球の周りを高速で周回していた。
昼の部分、夜の部分、北半球、南半球あますところなく無心に飛んだ。
「これが、お楽しみの場所なんだぁ。感動だなぁ!」
僕らは、何のために、ここへ来たのか分かっていた。
とても、ワクワクしていた。
トキメイテいた。
やっとここに来ることができた、という嬉しい気持ちでいっぱいだった。
待ちきれないくらい、楽しくて、ワクワクすることが、ついにやってきたのだ。
しばらくして、どの光が促すというわけでもなく、僕らは、地球の地面めがけて急降下していった。
第一章 赤レンガの壁
(それにしても、何なんだろう。さっきの夢は)
(さっきの夢のほうが、この海風に当たっている感じよりも、リアルな感じがする)
全身きれいな黄色の毛並みのオスの猫、ホアンは、海のそばの雑木林で昼寝をしていた。そして、いつもと同じように、昼寝から目覚めた後の、夢と現実の境目をまだうろついているところだった。
まだ、太陽は空高い位置にあり、獲物の野ねずみを狩るには、早すぎる時間だった。
ホアンは、木々の間から差し込んでくる暖かい日差しを全身の毛で感じながら、目をつぶったまま、のんびりと、また寝て先の夢の続きを見ようか、それとも起きて海の波打ち際辺りを散策して何か面白そうな漂流物がないか調べてみるか、どっちにしようかと考えていた。
ホアンは夢の中へ入ろうとしてみたが、さっきの、自分にはよく理解できない感覚に戻ることが出来そうになかったので、寝るのをやめて起きることにした。
海風に当たると気が引き締まる。ホアンは、砂浜の海岸線を歩きながらこの島のことについて思いをはせていた。
(朝、太陽が昇ってから、この海岸線をずーっとトコトコと疲れないスピードで歩いていったとしたら、太陽が沈むころには、たぶん島を4周はできるな。そう考えると、えらい小さな島だな。海の向こうには、また別の島があるんだろうか?)
寝ぼけていたのがいきなり潮風の空気を嗅いだものだから、本能のまま生きているという感じのホアンにはめずらしく、難しいことを考えていた。
砂浜は、日の光を反射して、全体がクリーム色がかった白色に光っていた。
突然、雑木林の葉っぱの擦れ合う音が大きくなり始めた。
風が強くなったわけではない。
地震だ!
地面が揺れるのがホアンにも分かる。
ホアンは一目散にさっき寝ていた雑木林の木の根っこめがけて全身でかけった。ここがこの世で一番安心する場所だと感じていたからだった。
木の根の日陰でなく、日の当たっている方に身を丸くしている間も地震の余波が続いていた。
以前は、地震がやってくる大体一日前までには、ああ来るなって分かっていたけど、最近のは予知が全く出来ないのだった。なぜなのかホアンには分からなかったが、数も多いし、大きさも大きい地震が、急にやってくるのだった。ここ最近。それに加えておかしいのは、津波が全くやってこないことだった。
今回の地震は、かなり大きかったようにホアンには感じられた。
ホアンは、雑木林の中の、島全体を円で囲んでいるように建っている赤レンガで出来た壁が崩れているのではないかと思って、地震が完全に治まったと感じてから、その壁の方へ早歩きで向かった。
赤レンガの壁は、猫が地面からジャンプしたら、飛び乗れるくらいの高さで、越えてその先に向かうことも可能な建造物である。誰が何の目的で設置したのか分らない。島の海岸線と並行してずっと連なっていて、つまり、島全体を円で囲んでいるのだ。赤レンガの壁と海岸線の間の、島全体を覆う森の端っこの雑木林と砂浜が、唯一猫の住む場所だった。
少なくともホアンは赤レンガを越えてはいけないと思っていた。赤レンガを越えることは、今の安住の地を離れることに感じた。だから、赤レンガの壁が崩れるようなことがあると、自分の身の安全が脅かされるような気がして、ホアンは壁を確認しに行ったのだった。
壁はそう遠くなかった。
ホアンは壁の前に、自分より濃いめの黄色、黄土色の毛並みの猫がいて、壁をじっと見つめているのを見つけた。
(ジンじゃないか。どうしたんだろう?)
ホアンはジンのもとへ跳ねて行くと、ジンもホアンの体が草を摩る音で気づいて、ホアンの方に目をやった。
ジンは、ホアンにとって一番気の合うオス猫である。毛の色が似ているということ以上のもので、気が合うのだ。毎日を野ねずみ狩りや昼寝で過ごすことが幸せな猫だ、という共通認識がお互い心地よいのである。ジンにとっても身の安全が行動する際の最重要項目になる。
「ホアン。壁は崩れてないね。お前も崩れたら心配だからここへ来たんだろう?」
ジンが、ホアンがここへ来たわけを見透かして言った。
「さっきのは、壁崩れちゃいそうなくらいの揺れだったから、びっくりしたんだよ。そう、崩れたら心配なんだよ」
ホアンが後ろ足をたたんで姿勢を楽にしながら言った。なんでもいいからジンと話すとなぜか安心するのだ。
「ところで、ジン。今夜、野ねずみ狩り一緒にやらないか? 俺、また、いい場所見つけたんだ」
ホアンの提案にジンはすぐ乗っかった。
「よし、今日は、たらふく腹を満たすぞ! ホアン。ところで、お前、ホンのところへ行ってやらなくていいのかよ。最近行ってやってないだろう?」
ホンとは、ホアンと恋仲になっている赤っぽい毛色のメス猫だ。何事においてものらりくらりのホアンを引っ張っていくタイプの勝気なメス猫である。ホアンのどこに惚れているのか、ジンには、さっぱり分らないのだが。
「今日は、ホンに会うのより、野ねずみ狩りがしたいんだ」
ホアンは、ホンがあまりにも自分のすることにいちいち干渉してこようとするところが少し嫌になる時があって、今日はそういう時だった。だから、そう答えた。
「よし。じゃぁ、今夜お前と野ねずみ狩りだ。それにしても、俺には、恋ってもんが良く分からねーな。ホンのことお前どう思ってるんだよ?」
ジンが訊ねた。
ホアンはジンの質問に適当に答えて、話を野ねずみの肌の色と味の関係についてに強引に持っていった。
ジンも食べる話になるとそのことで頭がいっぱいになる。
二匹は、赤レンガの壁を離れ、元の住処へとゆっくり歩きながら、野ねずみ狩りの作戦やら何やらの話をあきることなく、楽しんだ。地震のことなどどっかへ行ってしまったようだ。ホアンとジンにとっては、野ねずみ狩りが一番ワクワクするのだ。というより、猫にとっては、皆がそうかもしれないけれども。
ホアンとジンが野ねずみ狩りを楽しみにして、日が完全に落ちるのを待ち遠しく感じているころ、もう一匹の猫に起こる一大事件がせまっていた。