蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

ありがとう、マエストロ・オザワ!

2017年05月18日 | 季節の便り・旅篇

 一瞬、頭が真っ白になった。大分iichikoグランシアター「第19回別府アルゲリッチ音楽祭2017」の舞台で、75歳のアルゲリッチに手を引かれ支えられながら、曲がった背中とややおぼつかない足取りで、81歳の小澤征爾が登壇した瞬間のことだった。

 私の手許に、一冊の文庫本がある。裏表紙のキャッチコピー……「外国の音楽をやるためには、その音楽の生まれた土地、そこに住んでいる人間をじかに知りたい」という著者が、スクーターでヨーロッパの旅に出たのは24歳の時だった……。ブザンソンの国際指揮者コンクール入賞から、カラヤン、バーンスタインに認められてニューヨークフィル副指揮者に就任するまでを、ユーモアたっぷりに語った「世界のオザワ」の自伝的エッセイ……。
 この「ぼくの音楽武者修行」を読んで以来40年余り、ようやく叶えた夢だった。1959年にギターとスクーターを積んで貨物船で渡仏、ブザンソン国際指揮者コンクールと、カラヤン指揮者コンクールでそれぞれ第1位を獲って以来、1961年ニューヨーク・フィルハーモニック副指揮者に就任、1964年トロント交響楽団の指揮者就任、1966年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を初指揮、1970年にはタングルウッド音楽祭の音楽監督就任、同年サンフランシスコ交響楽団の音楽監督就任、1973年、38歳のときに、アメリカ五大オーケストラの一つであるボストン交響楽団の音楽監督就任、2002年、日本人指揮者として初めてウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートを指揮、2002年ウィーン国立歌劇場音楽監督に就任……
 「世界のマエストロ・オザワ」の華々しい活躍に、「一度でいいから、ベルリン・フィルを振る小澤を、現地で見たい」とさえ憧れ続けてきた。しかし、国内の演奏会にも何故か縁がなく、いつしか小澤は遠い遠い憧れに留まってしまっていた。

 リタイアして間もなく、「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」のチケットをようやく手に入れて航空券まで手配したが、やむを得ない理由でキャンセルせざるを得ない事態になった。
 やがて小澤を暗雲が襲う。2005年暮れに体調を崩し、同年12月に白内障の手術、2006年帯状疱疹、慢性上顎洞炎、角膜炎、2010年食道癌で食道全摘出手術、2015年腰椎棘突起および横突起骨折……もう、直接彼を見ることはないだろう、憧れは憧れで終わるだろうと諦めていた。

 先月、新聞紙面に「GS(最上席25000円)で小澤征爾指揮、マルタ・アルゲリッチのピアノで、ベートーベンのピアノ協奏曲第1番を聴くツアー」の募集を見付けた。限定25名の特別企画で一人7万円……カミさんのもろ手を挙げての賛同を得て即決申し込んだ。

 前から4列目のGS席だったが、残念ながらピアノの陰になって、指揮棒を振る小澤の全身は見えなかった。ピアノの下に、僅かに腰から下が垣間見えるだけで、譜面台に時折腕の影が映り、譜面を繰る指が掠める。ピアノが主体の時は腰をおろし、オーケストラが謳う時には立ち上がり、大きく腰が動く。それでも、憧れの小澤がそこにいた。瞼の奥では、元気なころの小澤の姿をピアノの向こうに見ていた。
 2008年1月23日、ベルリン・フィルハーモニー大ホールでベルリン・フィルを振る小澤のDVDが我が家にある。曲はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。指揮棒を持たない小澤が、時に厳しく、時に柔和に、そして時に悲哀をにじませるまなざしで、曲をダイナミックに、繊細に紡ぎあげていく。その姿を脳裏に彷彿させながら、うっとりと聴き入っていた。

 曲が終わる。万雷の拍手の中で、小澤が繰り返しコールに応えて舞台に戻ってくる。5度6度、7度8度、……「ありがとう、マエストロ。本当にお疲れ様でした。もういいから、帰って休んでください」と心では叫びながら、立ちあがったまま拍手の手を止めることが出来なかった。固まった背中と腰で、懸命に少し膝を折りながら挨拶を繰り返す姿は、痛々しく切なく、瞼が熱くなった。この歳で、そしてこの身体で指揮台に還ってくる……その凄絶なまでの音楽への執念に打たれ、圧倒されるほどの感動に身体が震えた。。
 最後にアンコールに応え、モーツアルトのディヴェルティメントを振って、「世界のマエストロ・オザワ」は鳴り止まぬ拍手の渦の中を、前かがみになり肘を曲げた両腕を振りながら、ようやく舞台を去って行った。やり尽くし、すべてを達観したような穏やかな後姿だった。

 翌朝、まだ冷めやらぬ想いを胸に由布院に走った。バスを降りて亀の井別荘「湯の岳庵」での食事を前に、「茶房・天井桟敷」に寄った。アジア人観光客の原色と姦しい声が行き交い、安っぽい場末感漂う由布院を歩く気は毛頭ない。
 木の階段を上がり、入り口を入ってすぐ左に、作り付けのテーブルに、窓に向かって二つの椅子が置いてある。右側に衝立のように壁が立ち、店内のざわめきを断って、目の前の古い格子窓越しに、緑の木立だけを見入ることが出来る席に座る。このお気に入りの席で、言葉はもう要らない。新緑の楓を真っ赤なプロペラ(種子)が鮮やかに彩り、真っ青な初夏の空を、由布岳の山裾が斜めに切り取る。
 やり残したことのひとつが、思いがけず叶えられた熱い旅の最後は、イエーメン・モカの芳醇な珈琲の香りに包まれて過ぎて行った。
                  (2017年5月:写真:茶房・天井桟敷の窓から)
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