蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

(旧作) 花吹雪 奈良紀行(2)

2017年05月05日 | 季節の便り・旅篇

 眩しい日差しを弾き返しつつ、奈良盆地から山あいにはいった近鉄電車は、やがてトンネルを抜け峠を下って「室生寺大野口」に走り込んだ。ホームに散り敷いた桜の花びらが一陣の風に舞い上がり、梢から散るそれを巻き込んで豪華な竜巻となる。
 山深い里の佇まいは、初夏を思わせる陽気の中に旅心をしっかり包み込んで、私たちを迎えてくれた。室生寺へは更に7キロとある。勧められるままにタクシーに乗り、川沿いの道を上がることにした。

 まだ、昨日の阿修羅の余韻が心を揺らし続けている。あの後辿った道筋もそれぞれの記憶を残してくれた筈なのに、阿修羅への想いにくらべれば、それなりのものでしかなかった。
      ――――――――――・――――――――――

 興福寺・国宝館の脇を抜け、国立博物館の前を東に歩き、北に折れて東大寺・南大門をくぐる。国宝の仁王像は、一体が修復の為に無粋な工事用のテントで覆われていたが、西の一体だけでも、運慶・快慶の乾坤の鑿の響きを聴くには十分だった。
 正面に金色の鴟尾を大屋根に載せた大仏殿が天を威圧し、枝垂れた桜が今を盛りの妍を競う。巨大な廬舎那仏は、仄暗い堂の中で28年前に仰いだままに、56葉の蓮華座の上に、天平の開眼以来1239年の歴史を見守り続けていた。

 東の回廊の裏を北に進むと観光客の喧騒も途絶え、やがて二月堂への裏参道に出る。所々朽ちかけた土塀沿いに、幾つか小さく折れながら、切れては続く浅い石段と緩やかな坂を上る。右手の小さな畑を隔てて、荒れた土塀の上に室町時代の大浴場・大湯屋の甍が連なり、もう夕方近い参道は、歴史を辿るにふさわしい静けさに包まれていた。もうひとつの奈良、というより、本当に味わいたかった鄙びた奈良の佇まいが、この裏参道には残されていた。
 上り詰めて目を上げると、そこに二月堂があった。
 崖にせり出した舞台造りの回廊に立つと、眼下に奈良の街並みが広がる。右に大仏殿の甍、そして木立の向こうに興福寺の五重塔が立つ。汗ばんだ肌に夕風を入れながら、心地よいため息が漏れた。

 三月堂(法華堂)。

 かつて高校時代、卒業アルバムの編集に携わったとき、出入りの写真館から一枚のモノクロの仏像の写真をいただいた。初めて仏像に心を魅かれた、いわば私にとっての開眼となった一枚の写真、それがこの三月堂の本尊脇侍・月光菩薩像だった。以来34年を経て、いま実物の前に立った。深い感慨があった。
 本尊・不空羂索観音菩薩の左右に帝釈天、梵天。脇侍として日光・月光菩薩。その左右に地蔵菩薩と不動明王。最前列に阿吽の金剛力士。奥に福徳円満の女神・吉祥天、弁財天。本尊の陰に執金剛神。そして内陣の四隅を持国天、増長天、広目天、多聞天の四天王が守る。15体の諸仏を脇に置いて、三面八臂の菩薩は天平以来の衆生済度の慈愛のまなざしを惜しみなく注ぎ続けていた。

 日暮れが近い。 
 「今日は、ここまでにしよう」
 三月堂の茶店でひと休みした後、小径を下る。木立の中には、もうひっそりと黄昏が忍び寄っていた。散り敷いた桜の花びらを豪華なしとねに、ひと群れの鹿が、あるいは座りあるいは佇み、時折寂しげな鳴き声を届けてくる。鏡池のほとりを抜ける頃には、あれほどの人影は嘘のように消えて、ただ静けさだけが夕べの風の中にあった。
 大和路の旅の初日は、ようやく終わろうとしていた。
     ――――――――――――・―――――――――――

 宇陀川の流れの向こう、大野寺の弥勒磨崖仏を車窓からの一瞬の目に止め、室生川の蛇行に沿って道が続く。15分も走ると室生寺。険しい山肌の木立に埋もれる女人高野は、シャクナゲの季節には早く、散り急ぐ満開の桜だけが惜しみなく花びらを舞わせていた。
 天平の昔、済度を求める幾多の女人にとって、ここは都からどれほど遠い奥山だったことだろう。病気平癒の祈願のみならず、様々な心の葛藤を抱いて山道に杖を引いたに違いない。いにしえの女人たちへの想いに、ふと朱塗りの太鼓橋や仁王門の華やかさに一抹の違和感が芽生える。しかし、それらも石段をゆっくり上がるうちに消えて行った。
 時折、梢からシジュウカラの澄んだ囀りが降ってくる。遠くでツツドリも鳴いて、のどけさは深まるばかりだった。

 金堂にまたひとつ、息を飲む仏の慈愛を見た。前面に十二神将が、小振りながら運慶作と伝えられるにふさわしい見事な躍動をみせ、一木造りの本尊・釈迦如来像が立つ。右から薬師如来、地蔵菩薩、本尊を挟んで文殊菩薩。そして、左端に立つ十一面観音のすがたに接したとき、息を呑む感動があった。
 板壁を背にした華麗優美な仏は、ふくよかな等身大の容姿と限りなく優しい顔容で立ち、その半眼に見詰められているうちに、いつしか心鎮まり、様々な煩悩の全てが溶けていくような不思議な安らぎに包まれていった。
 忘我恍惚にも似た安らかな表情で、妻が沈黙の掌を合わせる。女人済度の室生寺、その実感は本尊よりもこの仏にあった。

 五輪塔を左に見て石段を上がると、深い杉木立を背に美しく可憐な五重塔が見えてくる。僅か9間あまりの小さな塔なのに、檜皮葺の軒を深く反らせ、くすんだ朱塗りの柱と白壁の調和が、見事に完成された天平の建築美を新緑の中に浮き立たせていた。マニアが数人、前景に桜を入れてカメラの収めようと騒ぎ立てるのが少し煩わしい。
 絵に中に溶け込んで憩う妻を残し、およそ400段の石段を奥の院に挑戦する。途中数段下る以外は、ひたすら原生林に囲まれた急峻な胸突きに、息を喘がせながらの登りが続いた。笑う膝を宥めながら、湿った朽ち葉の匂いの中を登り詰めたところに、方3間の御影堂が、厚板段葺の頂きに石造りの露盤を載せてひっそりと佇む。その裏に、諸仏出現したといわれる奇怪な巌と七重塔が木漏れ日を浴び、木立の間から見上げる空は見事に晴れ上がって、もう初夏の紺碧に染め上げられていた。

 花びらの舞う太鼓橋を踏み渡り、たもとの橋本屋で「しめじ丼」を食べる。往復800段の石段に苛められたふくらはぎの痛みも室生寺の里の思い出に加えて、バスを待ちながら長谷寺へのコースを確かめる。
 白い蝶が室生川のせせらぎを越えて、対岸の花吹雪の中に紛れて消えた。
                 (1991年4月:写真:東大寺三月堂・月光菩薩)
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