蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

大地からの贈り物

2017年05月03日 | つれづれに

 3日続けて8、000歩以上を歩き、その後に激しく身体を使う陶酔が待っていた。
息を弾ませ、足腰と腕を使い、汗にまみれ、それでいて心地よい無心の境地だった。

 ゴールデンウイーク恒例の行事のひとつ、庭の手入れと家の大掃除……我が家の、冬型から夏型への「脱皮」である。因みに沖縄でダイビングの計画がある年は、更に綺麗になった庭にビーチ・ベッドを持ち出し、海パン一つになってひたすら紫外線を浴び、裏表甲羅干しして真っ黒に日焼けする。こうして「下焼き」しておけば、スキューバ・ダイビングにしろシュノーケリングにしろ、苛烈な沖縄の太陽を浴びて、背中と太ももやふくらはぎが真っ赤に日焼けして、夜も眠れないほどの痛みに苦しむことはない。

 このところ日照りが続いて固くなった地面を、強引にスクレーパーで雑草を根っこから掻き取っていく。縁先の庭から始めて家の周囲を一周しながら全ての雑草を掻き落とす作業は、この歳には結構厳しいものがある。コロ付きの庭仕事用椅子を転がしながら、陣取り合戦のように掻き取っていると、時に重心が逸れて椅子から転げ落ちそうになる。それが一段と腰と脚に負担を掛ける。普段使わない筋肉が悲鳴を上げる。流れる汗が全身を濡らして下着までズクズクになり、目が潤むほどの暑さにタオルを2本も替えた。
 こんな時、不思議に頭の中は何も考えずに真っ白な無心……だから現役の頃から、この作業はストレスを解消する癒しのひと時だった。

 植込みの下に潜り込み、下草や羊歯を抜き取っていると、ツツジの葉陰から黄色いエビネランが花穂を現した。父の形見に隣りの家から移し植えたエビネランが、4株に増えて毎年花を咲かせ続けている。縁側から見えるように、ツツジの下枝を少し刈り込んだ。
 もう一つのツツジの下では、遅れ馳せのシャクナゲが蕾を着けていた。隣りに2階建てのアパートが建って以来、日中は庭の半分が日陰になってしまった。せめて西日だけでも当たるように、此処も下枝を刈る。こんな思いがけない発見があるから、庭仕事も楽しい。
 掻き採った草を松葉箒で日差しの下にかき集め、しばらく乾燥させて夕方ゴミ袋に収めると、わが家の庭は蘇る。
  
 ひと息いれて喉を潤した後、山野草の鉢を移動させる。冬は陽だまりに並べ、5月になると半日陰に移す。自然界から人工的な環境に移すと、こんな配慮しないと山野草はいつの間にか消えていく。
 昨年の夏の酷暑、冬の乾きと寒気の中で、バイカイカリソウ、ツクシカラマツ、ミスミソウ、エイザンスミレ、サギソウの鉢を駄目にした。地植えしたハルトラノオ、チゴユリ、ミヤコワスレも、土が合わないのか土の養生を欠いているためか、いつの間にか駆逐されて姿を消した。スズランは何故か鉢植えでも地植えでも、株は増えているのに10年以上花を着けない。
 山野草は「やはり野に置け」である。

 山椒の古木の脇で紫蘭の隙間の雑草を抜いていると、塀際に3本の小さな山椒の実生が立っていた。何とも可憐な姿に、鉢に移して愛でることにした。何故か山椒は何年か経つと枯れてしまうことが多い。その為の備えでもある。
 せっせと庭仕事に汗を流したことへの、大地からのささやかな贈り物だった。

 午後、暖房カーペットを片付け、1階から2階まで全ての部屋に掃除機を掛け、雑巾で拭き上げて、わが家の夏型への「脱皮」を終えた。8時から4時まで働いて足腰は軋んでいるが、シャワーを浴びながら心はほこほこと満ち足りていた。
 これから11月まで、わが家の入浴はシャワーになり、湯船に浸るのはたまに行く温泉のみとなる。アメリカの次女の家を度々訪れるうちに、すっかり習慣になってしまったアメリカン・スタイルである。

 腰を痺れさせる心地よい気怠さが、夏への扉を開いた。
                    (2017年5月:写真:山椒の実生)
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