蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

隠居道楽揃い踏み

2017年06月04日 | つれづれに

 六月博多座大歌舞伎・八代目中村芝翫襲名披露公演(昼の部)から帰ると、庭に綺麗な箒目がついていた。見やった先の松の古木がすっきりと剪定されていた。留守中、植木屋さんがはいったらしい。夏を迎える準備が、もうひとつ整った。

 前から3列目、なかなか手に入らない上席である。博多座大向う・飛梅会会長による「歌舞伎のミカタ」中級講座。初級から参加しているうちに気の合う仲間が自然に集い、7名の会が出来た。講座を終えて、近くの喫茶コーナーで歌舞伎談義に耽るのが恒例になった。読書会や古典文学講座と同様、何故かこの会も男は私一人である。花に囲まれて、果報なひととき……とは言っても、輪の中心には常にカミさんがいるから……私は楽チン楽チン。
 その仲間の一人、音羽屋後援会会員の彼女が確保してくれた席だった。菊之助が「藤娘」を踊る。今最も輝いている女形の一人、「これが見納めかもしれないから、近くで観たい!」というカミさんと私の希望……以前は、高齢の役者の舞台を「見納め」という気持ちで見ていたが、最近は自分たちが高齢だから「今のうちに見ておかないと」という意味での「見納め」なのだ。歌舞伎仲間2人と4人で、「芝、はし、ふく、哥」と4人の名前を図案化したお祝いの緞帳を見上げて、開幕の杵を待っていた。
 3階席からの声掛けの楽しみは、後日夜の部の「口上」にとってある。

 「菅原伝授手習鑑・車引」……中村獅童が肺腺癌で急遽休演となり、橋之助改め芝翫が代役で松王丸をつとめた。梅王丸を国生改め橋之助、桜丸を宗生改め福之助、杉王丸を宜生改め歌之助と、親子4人の同時襲名の顔ぶれが舞台に揃うことになった。獅童には申し訳ないが、思いがけない儲けものの展開である。ひたむきに務める三兄弟と、父親と師の立場で温かく厳しく見詰める芝翫と、一生に一度の心に残る襲名舞台だった。(歌舞伎談義はカミさんの領域だから、敢えて触れない。)
 此処では……3列目は、役者と目が合う席である。先日の太宰府天満宮参道のお練りでの声掛けと、食事が終わって偶然出くわし、博多座社長に紹介されて言葉を交わして芝翫さんと握手を交わして、「成駒屋~っ!」と声掛けて見送った4人である。目線が合う度に、何となく覚えていて目線を送ってくれているような気がして、独りよがりにときめいていた。

 「藤娘」……菊之助の美しさに、ただただ酔った。
 幕間に、今日も絶妙な声を聴かせていただいた飛梅会のA会長と話を交わす。「菊之助の藤娘は、実は平成9年以来2度目なんですよ。だから、初役みたいなものです」という。やっぱり、1等席で観てよかった。
 「彦山権現誓助剱:毛谷村」の菊五郎の余裕、「天衣紛上野初花・河内山」の芝翫の意気込み……「久し振りに、歌舞伎らしい歌舞伎を観た!」と高ぶる気持ちを抑えきれない4人は、例によって珈琲を喫みながら、夕方まで話し込んでいた。
 因みに、読書会は今「伊勢物語」を、そして古典文学講座は「仏教と落語」という新鮮な視点で学んでいる。

 翌朝、梅の実を捥いだ。もう目の前に梅雨入りが迫っている。雨が来る前に済ませようと、木の下にビニール傘を逆さまに開いた。1キロも採れたらいいと思っていたが、捥ぎ終わってみればなんと4キロもある。仕方なく、今年も梅酒を漬けることにして酒屋にホワイトリカーを買いに走った。14年物から2年物まで、既に一生分の20本余りの梅酒がキャビネットに眠っているが、少し歌舞伎仲間にも分けてあげることにしよう。
 梅酒3.6リットル(2升と言いたい旧い世代である)と夏用の梅サワー1リットルを漬けて、ラッキョウと併せて4瓶の揃い踏みを仕上げ、張り替えたばかりの真っ白な障子の前に並べた。襲名の4人の揃い踏みとは比べようもないが、これはこれで近年のご隠居の道楽揃い踏みである。
 さぁ梅雨よ、いつでもやってこい。
                   (2017年6月:写真:隠居道楽揃い踏み)

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