西やん中洲にいます。

西やん59歳、日々の出来事独り言

思い出話72 【仕事の辞め方5】

2016-12-13 20:06:17 | 思い出話
こんばんは。

今日は、奇数日。
夜の仕事の日です。

では、熊本に引っ越し、転職してからの話です。

熊本で入社したのは、本社が東京にあり、札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡に支社があり、そこに、大型のコンピュータを置いて、全国をネットワークで結んでいた会社でした。

入社後何年かして、最初に東証2部に上場し、更に東証1部となった会社です。

横浜にソフトウェア開発拠点があり、私が勤務した熊本は、『熊本ラボラトリ』と言う名称で、福岡支社とは組織上は全く別で、横浜の開発部隊の直轄として、新しく作られた部署でした。

私が入社した時点で、私を含めて8名。
課長と、他に2名が元々の社員で、残りの5名が中途採用でした。

事務所の場所は、熊本城の近くで、熊本市役所とは、道路を挟んで反対側。熊本市の中心部のビルの7階でした。

『熊本ラボラトリ』が開設された目的は、システムの設計と、製造・試験を分離し、東京の仕事を東京で設計し、製造・試験を東京に比べ、人件費、単価の安い地方でする、分離のための実験的試みでした。

ネットワークも繋がっていたので、物理的には可能でしたが、失敗に終りました。
東京で設計をする部隊が、自分達で開発する要領で設計したため、その部隊の中での『暗黙の了解』部分が伝わらず、熊本からの質問の量が半端ない量になり、設計書に書いてない事は作れないので、結果として、『熊本に出してもダメだ』という評価。

何度か試みましたが、結局、熊本のメンバーが東京に出張して対応する事になり、当初の目的は達成できませんでした。

その後、名称も『熊本事業所』に変更となり、熊本のメンバーが東京に出張して、いっしょに設計をして、熊本に持ち帰り、製造・試験を行い、最後の試験は、また出張して対応するスタイルとなりました。

仕事の内容も、基本ソフトに近いものから、業務アプリケーションに変わっていきました。


ブライベートな面では、最初は民間のアパートに住んでいましたが、近くに出来た新築の県営団地に当たり、引っ越しました。
かみさんは、長女が生まれてからは、専業主婦となり、団地に引っ越してから、長男が生まれました。

かみさんは、団地に引っ越したことで、近所の同年代のお母さん達と友達になり、子ども同士も同級生だったりで、同じ熊本と言っても、天草の生まれなので、知らない土地と同じでしたが、いい環境のところに引っ越しができました。

結局、熊本には7年住みました。

私の年齢も30代半ばになった頃です。
その時の熊本事業所は、メンバーは入れ替わりがありましたが、人数的には10名程度で、そんなに増えてはいませんでした。

管理職は、課長が一人でした。
私が、年齢的に30代半ばになり、管理職登用が近づいた頃の事でした。
課長との面談で。
『熊本にはポストがないから、更に上に行きたいなら、東京に来いと本社は言っている。東京に来なければ、上は当面ないそうだ。』と言われました。

管理職になる事より、元々は、かみさんの実家に近い所に住み、いつ何どきでも、実家に帰れるようにすることが目的での転職でした。

その言われ方もあり、その会社を辞めて、再度、転職する事を考えはじめました。


今日は、動き出したので、この辺にします。
続きは、またの機会に。

では、また。


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