西やん中洲にいます。

西やん60歳、日々の出来事独り言

思い出話77 【仕事の辞め方8】

2017-01-03 21:12:31 | 思い出話
こんばんは。

1月3日も終わろうとしています。
明日の4日からは、昼の仕事も始まります。
今日は、火曜ですよね。明日が水曜。
少しの間ですが、曜日の感覚が無くなってしまいます。

今日は、夜の仕事の2連チャン、2日目です。

少し、間が空きましたが、『仕事の辞め方』です。おさらいを。

前回までは、熊本に居た時の会社を辞めて、福岡で職を探し、専門学校の先生と、東京に本社のある会社の福岡の事業所とで迷った結果、開発の現場である会社を選んだ事までお話ししました。

いざ、この会社に入ってみると。
最初から管理職での入社でしたが、『課長代理心得』と言う肩書。
私の入社前年採用の6人と、同じ年採用の8人の新人が居て、開発の仕事をするには、日々、教える事ばかり。それも、大変でしたが。

はっきり言って、この会社の事を、あまり調べずに入社してしまいました。
ただ、調べても分からない事だったとは思うのですが。

当時の所長(私を面接して下さった方)は、防衛大学校卒業の自衛隊OB でした。私と同郷の福井出身。
この所長と、東京の本社から立ち上げメンバーとして来ていた係長の人が犬猿の仲と言うか、しょっちゅう喧嘩して、怒鳴り合い、事業所の中が、どよーんとした雰囲気に包まれていました。

『(転職を)失敗した』と思いました。

それが、私が入社して1、2ヶ月で、突然、二人が居なくなりました。その情報はほとんど耳に入って来ませんでした。
所長は退職。係長は東京に戻されました。

それで、代わりに所長になったのが、本社の常務取締役。もちろん、兼務です。毎週、水曜、木曜に一泊で来られるようになりました。

懇親会をして、二次会でカラオケに行った時に、私がCHAGE&ASKAの曲を歌ったら。
『西山さんは、若い人を相手するため若い歌を覚えて、偉い』と、褒めて下さった方です。

それから、私は新人6人を抱えて、あるメーカーのシステムを、別のメーカーのコンビュータに移植するシステムを担当しました。
対象のコンビュータが無いため、地場のソフト会社に一部を発注し、そこの会社のコンビュータを借りました。

この仕事は、自衛隊関係の仕事で、全体は本社で請けているもので、私は、本社との調整と、地場の会社との調整。そして、6人の新人の指導と、最初からハードな仕事をしていました。

あるとき、別の仕事で問題が起こりました。
私より先に入社した、『課長代理心得』のHさんの仕事で、サブに、中途採用の女性のYさんが付いていたのですが。

この仕事がスケジュール通りに進まず、大きく遅延していました。
原因は、H課長代理心得とYさん(係長)との確執。何かともめて、方針が決まらないため。Hさんは制御ソフト畑の方で、業務ソフトの経験がなく、Yさんは業務ソフト一筋の方。その経験とブライドから意見が合いませんでした。

それで、ある日、所長(常務)に呼ばれ。
『西山さんが上にたって、仕切りなさい。2人にも、そう命じるから。』
と言われました。

Hさんは、私より年上でしたが、所長命令で上にたち、状況を把握して、方針も決めて、2ヶ月くらいで、何とか終らせる事が出来ました。

すると、また、所長に呼ばれ。
『西山さん。Hさんはどう思う?やっていけそうかな。』
と聞かれました。
その時、私は、Hさんは、この会社では無理だなと感じていたので、率直に。
そして、所長が私に求めていた答えも察しがついたので。

私『難しいと思います。』
と理由も説明して、答えました。

その直後に、所長と話をしたHさんは、退職しました。
私は、彼のためには、その方がいいと判断したのですが、その後の展開が早すぎて、苦労されたかな。と思いました。

その直後に、『心得』がとれて、『課長代理』になりました。

『辞め方』の話ですが、しばらくは、『辞めさせ方』の話になります。

『冷たく』です。
そう言う時期がありました。


では、また。


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