白鳥太郎の弓道のおつまみ

弓の稽古、試合、審査の事。道場の愉快な弓友達の事など気の向くままに書いてます。
たまに妄想したり?

正しい心で見ること

2016年10月18日 21時36分57秒 | 弓色のレシピ
10月18日(火)

月初の山口までの長距離ドライブはガラスの腰には少々キツかったようです。

その疲労が今年もギックリ腰を誘発してしまいました。


症状は中度のステージⅡ。

歩けるけれどズボンは立って履けない、洗面台で顔を洗えない。

弓は片手押しでは張れないけれど弓はキチンと引ける。でも矢取りでふつーに矢が取れない。笑


ちなみに自己診断で、ステージⅠは痛みはあるけどふつーに動ける、ステージⅢは腰を伸ばして歩けない状態で当然弓は引けません。

そしてステージⅣはハイハイがやっと。


幸か不幸か、ステージⅡにとどまっているので仕事は休めないしお店も休めない。。。

そんな調子だから発症してから2週間以上たっても治らない。笑


弓は数かけないで温泉通い。

数を引けない分、射についてじっくり考えることにした。





狙うってなに?

ひとくちに狙いと言っても良くわかりません。


狙いは昔から満月、半月、新月などと弓と視覚の関係について言われています。

また、狙いは鼻頭を通して両眼で見て、右眼頭に力を込めて見るとも言われています。

さらに、的を心に映すなどと狙いの味について言われたりします。


実際のところ、的を基準に弓との位置関係を目安にして真後ろから見た矢乗りで的付けを決めたりします。

しかし、狙いとはそんな機械的なものなのでしょうか?



暗闇の中で的が見えなくても立ち位置が決まっていて、その28メートル先に決まった大きさの的があるのであれば的中は高確率で起こり得ることです。

これは目で的を狙っていないのですが、闇雲に矢を放っているわけでもない。。。

確かに目当てを認識しています。

ではどうやって。。。?


正しく引けば的に中るという真理はありますが、矢の着点をはっきり意識しないと的には中らないと思います。

正しい狙いは正射必中の範疇です。


矢を目当てとするところに飛ばそうと思えば目当てとする着点をはっきり意識する必要がありますが、なにも矢を飛ばすことだけではなく、ボールを投げる、蹴る、打つなど全てに当てはまることです。

何百という鳥の群れ全体に向かって石を投げても全く当たらない道理ですね。

狙いを味わいで言えば " 雪の目付け " でしょうか。

天より落ちたひとひらの雪が地上に消えていく、そんな美しく儚い情景を見つめる目は、どんな心持ちなのでしょう。。。



狙いについて確かな答えは得られていませんが、教本をそんな観点から読み込むと、字面だけでは分からないキーワードとなる詞を随所に見ることができます。

それから言うと教本は未完成のような気がします。

しかし、それを完成させていくのは自分ではないでしょうか。



他人の矢乗りを真後ろから見てはいけないと言われます。

失礼だから?

そんなものを見て何の役に立つんでしょう?


そんなことよりも自分の的を見る目は曇りなく澄んでいますか?






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