アルコール依存症ダンナと共依存妻よ~memorial~

平成25年7月7日にアルコール依存症だったダンナが他界しました。書ききれなかった思いを綴っていこうと思います。

江守徹さん

2007-11-30 01:44:06 | ダンナ
最近、NHKのナレーターとして活躍していた、江守徹さんの声がちょっとろれつが回ってなくカンジられました。
ド○ホルン○ンクルのCMでのナレーションでもそうカンジていました。
そうしたら新聞に軽い脳出血をやって、その後も脳梗塞をやって(もしかしたら順番が逆かも)しまったというもの。
彼はものすごい酒豪家でしたがそれからというものお酒をやめたということでした。
やっぱり命って大切なんだな。
ダンナも飲めなかったら死んだほうがまし!!とさんざん言っていたのに、今は飲めば体調が悪くなるのでお酒を飲まないでいるようです。
ダンナと江守徹さんのことを話していたら、ダンナは「本当は飲みたいんだよ。飲めなくなってかわいそうだ」と言います。
なにそれ?自分も同じなの?と思ったら、「俺だってもうお酒はダメになってしまったなあ」と言いました。
そうだね、ダンナ。体が受け付けてくれないものね。
ちょっと飲んだらもう調子が悪くなってしまうものね。
ってことは飲める体調だったら、ダンナは飲みたいってことではないの。
ダンナはいまだに自分がアルコール依存症だということを否認してるというわけなのです。
う~む、今度のお正月はどうするのか今から不安でもありますが、また飲んだら具合が悪くなると思うので好きなようにさせておこうと思っています。

星空

2007-11-28 23:46:35 | 
星を見上げるのは好きだけれど、星空には悲しい思い出があります。
東京のマンションに住んでいたときにダンナが暴れて私に殴りかかり、私を外に追い出したり、私が怖くなって自分から逃げ出したりしたとき、マンションの駐車場で時間をつぶしてるときに見上げた空には、星。
繁華街だったのでそれほど見えませんでしたが、やはり深夜も遅くなってマンションの暗がりにいれば、星がよく見えました。
悲しくて悲しくて、どれだけ泣いたことでしょう。
殴られた、腕や肩は痛いし・・・・

それから、ダンナが家では飲まずに外で飲むようになったときに夜中の2時過ぎ頃に電話がかかってきて、東京まで迎えに来いというもの。
西武園脇の多摩湖狭山湖を通って、行くのですが、本当に真っ暗なんですよ。
星がすご~くきれいに見えました。
途中で車から降りて、自動販売機で心を静めるために缶コーヒーを買って星を眺めながらよく飲みました。
冬はとくに星がきれいでしたが、寂しくてしかたがなかったですね。

そんなことって本当に忘れられないものです。
星空を見るのは好きだけれど、本当につらかった思い出です。

診察日

2007-11-26 21:32:18 | 
今日は私の神経科の受診日でした。
いつものように隣の市の駅まで朝、ダンナに送ってもらいました。
実を言うと最近開き直りぎみで安定剤やパニックの薬を前ほど飲まなくなってきたのです。
ダンナが先日飲んでもそんなにあせらなかったし。
だから薬が残っていたのでどうしようかと考えていたのですが、やっぱり調子のいいことも先生に話しておいたほうがいいかなと思い、行くことにしたのです。
いつものように混んでる待合室。
私の番になり先生とお話。
この前ダンナが飲んだけれど、あせらずに済んだことと。飲んでもすぐに具合が悪くなったのでダンナが暴れなかった話をしました。
先生に「主人が飲んでも、もういいやって思うようになんだか開き治りました」と言ったら、「それでいいんだよ」という返事です。
結局調子がいいので不安が強いときに飲む、頓服薬を貰わずに帰ってきました。
とにかく、飲んでもすぐに具合が悪くなる。なんといいことでしょう。
これなら安心していられます。
お正月も来るし、飲みたい気分でしょうが、ダンナ自身もきっと飲むことに不安を感じているのではないかと思っています。

義母が来る

2007-11-20 23:10:07 | ダンナ
今日、義母と義兄が遊びに来ました。
1~2ヶ月に一度は我が家に遊びに来ます。
ダンナの顔を見にくるのです。
ダンナが飲酒しているときは一切来ません。
断酒中だから来るのです。
近所の有名なおいしいお蕎麦やさんでお昼を食べて、有名なお肉直営店でごっそりお肉やらソーセージ、ハムなどを買ってくださいます。
ありがたいなあと思うのですが、今回も兄とダンナとで旅行の話をしていました。
今度は岐阜に遊びに行こうということでした。
ダンナは飲んでからはずみがついたのか今はちょっと飲みたい気分のようです。
ここでおさえないといけないのですが、義兄がね~、どうもねえ~
アルコール依存症同士だからしかたがないのかなあ?
ダンナと義兄の話を聞いてるとお酒の話ばかりです。
聞いててはらはらしてしまいますよ。
ちょっといやだなあと思ってる、私なのでした。

心配しなくていいこと

2007-11-18 01:17:02 | ダンナ
ダンナが仕事をしていたとき、今日は仕事に行くのか。やっぱり昨日飲み過ぎたから行かないかも・・・
また迎え酒をするのか・・・という不安。
とにかく日曜、祝日の翌日は休んでしまうことがすごく多かったです。
それで言い合いになることは、会社に誰が電話をするか。なのです。
いつも、怒鳴られるのでしかたなく私が電話していました。
「ちょっと風邪をひいて熱があるようなので今日はお休みさせてください。」と。
ところが、そのうち会社のほうでもおかしいと思ったのでしょう。
「本人が動けないのならしかたがないですが、できましたら本人から電話させてください。」
それからはダンナがしかたなく休みの電話を入れるようになりました。

ダンナは飲みすぎて救急車で入院。
血を吐いては入院。
欝になっては会社に行けなくなる。
どれだけ会社を休んだことでしょう。
はじめのうちは診断書を会社に郵送するだけでよかったのですが、やはり世の中上手くはいきません。
そのうち、会社に診断書を直接持っていかなければならなくなってしまって、これがいやでしかたがありませんでした。
1ヶ月に一度は診断書を持っていくのです。
そうして上司や総務の人達の前で縮こまっていなければなりません。
何を言われても、「申し訳ありません」の返事をしていました。
でもしかたがありません。
こうしないとダンナが会社にいられなくなるのですから。
ダンナは公務員です。
本来ならこんな社員、とっくに首になっていたことでしょう。
でも、ダンナは「お前を食べさせていけなくなるからがんばる」といい続けていました。
会社に行こうとすると吐くようになったり、降格したりとダンナも会社がそうとういやだったようです。
でもこれはダンナが自分が悪いのですよ。
アルコール依存症という病気になっても飲み続けたからです。
ダンナもついにガマンできなくなりました。
入院して2ヶ月も休んだあと会社にどうしても行けなくなりました。
ダンナは「なあ、もういいか?会社をやめても」と私に言ってきたのです。
定年まで2年とちょっとあるときでした。
定年までつとめあげなかったけれど、ダンナにしてはこれがせいいっぱいだったでしょう。
生活設計が崩れてしまいましたが、これで私もなんだか肩の荷がおりたようになりました。
これからダンナの会社に行かなくて済む。これから心配しなくて済む。とほっとしたのを覚えています。
まあ、会社をやめてから連続飲酒になり、それはそれですごいめにあいましたが。
ダンナは体を壊し、もう少しで死ぬところでした。
今は飲んでも、すぐに体の調子が悪くなります。
一応断酒中。スリップしても具合が悪くなり連続飲酒ができなくなりました。
今はダンナの飲酒に前ほど心配しなくなりました。

父母との関係

2007-11-16 01:16:11 | ダンナ
我が家は数年前に私の実家にダンナといっしょに私達が同居をしたのです。
それまでは東京に住んでいました。
ダンナから同居しようと言ってきたときはびっくりして本当に考えてしまいました。
なにしろダンナはアルコール依存症です。
でも、その頃はちょうど断酒中だったのかな。
ダンナは私の実家が好きでほとんど毎週のように週末は実家に遊びに行っていたのです。
私も高齢になってきた父母が心配でいたので思い切って同居に踏み切りました。
初めはよかったのですよ。
でもダンナが飲酒するようになるといやでも父母に今まで隠していた、飲酒による問題がわかってしまいました。
父は何かあるたびに私とダンナを離婚させたがっていたようです。
そうですよね。自分の子供がアル中で怒鳴られてばかりいるのを見てるのは辛かったと思いますよ。
ダンナは飲酒と断酒を繰り返していたので断酒中のダンナにはほっとして、ふたたび飲酒を始めると、本当に辛かったと、父母は言います。
一度だけ、あまりにひどかったときに父に離婚しようかなあとこぼしたことがありますが、普段がんばってる私を見て、胸をいためながらも応援していてくれました。
飲んでないときのダンナは父母とも仲良くしていたのですが、やはりいっしょに暮らすうちにうざったくなってきたのでしょう。今はほとんど何も話さなくなってしまいました。
ひとたび飲酒をすると、ダンナは私の父母が大嫌いだと怒鳴ります。
きっと負い目を感じるのだと思います。
父母はダンナに対して、私のことで説教じみたことなど一度も言ったことはありません。
よく、まあがまんしてくれてると思っています。
婿と舅の関係って難しいものです。
気をつかってくれてる父母には本当に申し訳なく思っています。

告げ口

2007-11-14 21:17:52 | 
今日はいつもの病院で診察。
いつものように看護師さんに血圧を測ってもらい先生の診察を待ちました。
ダンナの血圧は今日も低い。
上は98あったのですが、下が48しかありませんでした。
こんなんで平気なのかしらと思うのは私だけでないはずです。
順番がきて先生の診察です。
いつものように、ダンナが先に診察です。
その後私の診察で、先生はいつものようにダンナの具合を聞きました。
先週、飲んでしまったこと。
その後具合が悪くなってしまったことを先生に言いましたよ。
先生は「そうですか、また飲みましたか~」とザンネンそうでしたが、ダンナの具合がどういうふうに悪くなったかを聞きました。
話すと、「もう体がもたないのでしょう。飲み続けられなくなったんですよ。これはこれでいいじゃないですか」との事。
私もそう思います。
なんだか、ダンナがもうあまり飲めなくなったと思ったら、私の気持ちも落ち着いてきました。
以前ほど、安定剤やパニックの薬を飲まないですむようになってきたのです。
だから今は私的には安定した精神状態でいられるようです。
これはすごく良いことなのではないでしょうか。

心配するダンナ

2007-11-12 00:47:38 | ダンナ
実はワンコの散歩中に公園の入り口に鎖がかかっているのですが、それをまたぐときに思いっきり転んでしまった私。
ダンナはびっくりして駆け寄り、「大丈夫か~」
私は痛いやらで、しばらく転んだままでした。
なんとか起き上がったのですが、膝も打って、手もついたので痛い、痛い。
「痛いよ~」と言ったら、めちゃくちゃに怒られました。
「だからいつも気をつけろ、あせるんじゃないって言ってるだろう。まったくお前はわかってない」
怒っていながらも心配するダンナ。
ダンナは私になにかあると大変な心配様です。
これがひとたび飲酒中だと、私のことなんて心配のしの字もなく、ただ自分がお酒を飲むことばかり考えるようになってきます。
もちろんワンコの散歩なぞ、行きはしませんしね。
とにかく心配性のダンナ。
私は少し甘えてみせてるくらいが気分が良いらしいのです。
だからパパがいなくちゃダメなのよ。って言うと嬉しそうににやにやします。
こんなときが続けばいいんですけれどね。

落ち着きました

2007-11-10 21:09:53 | ダンナ
先日の飲酒でどうなるかなと心配しましたが、その後落ち着きを取り戻したダンナ。
今はスーパーに行ってもお酒売り場でも関心を示さず通り過ぎていくようになりました。
先日の飲酒でやっぱりあまり飲めなくなったなあと確信しました。
だから安心しています。
また飲んでも、1~2日飲めばもう具合が悪くなることでしょう。
ダンナも自分で飲むと具合が悪くなるってわかったのではないのでしょうか。
先日飲酒した後からなんだか落ち着いてきたように感じます。
ダンナ、悟ったからなのでしょうかねえ~
このまま落ち着いて飲酒を考えないようにしてくれたらいいのですが。
でも、飲めなくなってきたのはやっぱりダンナの体がだいぶ悪いってことなのでしょうか?
今までのつけがみんなきてるんですよね。

視線

2007-11-08 14:23:13 | ダンナ
ダンナの調子もよくなり、(本当はしばらく調子が悪いままのほうがいいのですが)いっしょにスーパーに買い物に行きました。
ダンナ、いつものようにカートを押して、「今日の夕食と明日の夕食は考えているのか?」と言います。
ダンナは私が献立を言うとその材料のみを買いに行きます。
だから私はこれが見たい、あれが見たい。などとはできないのです。
とってもせわしない買い物ですよ。
飲んだ後の買い物って本当にイヤです。
ダンナがこのまままたお酒を買ったらどうしようと思うからなのです。
案の定、お酒売り場でダンナは立ち止まって焼酎を見ています。
厳しい視線でお酒を見ていました。
私は「あ~、やっぱり飲みたくなってしまったんだな~、買うって言うのかなあ」とドキドキしてしまいました。
ダンナはふっと気がつき何事もなかったようにお酒売り場を離れましたが、何もしゃべりません。
きっと本当に飲みたかったんでしょうね。
今回はなんとかがまんしてくれたようです。
あ~、だけど、飲んだ後って本当に心配になりますよ。
まさしく私は共依存。こんなことでやきもきするなんてね。

具合が悪くなったダンナ

2007-11-06 14:07:53 | ダンナ
昨日、お通夜だと言って、義母のところにでかけたダンナ。
昨夜はダンナがいなくてすっきりせいせいしましたよ。
ついでに気分もよかったので父母を焼肉に連れていってあげました。
ダンナがいたら、父母もいっしょに食事に出かけるなんてことはできませんからね。

今朝もダンナから電話がなかったので、「あ~、きっと昨夜から飲んでて酔ってるんだなあ~」と推測。
午前10時過ぎに義姉から電話がありました。
「由美ちゃん、Tちゃん(ダンナ)お義母さんのところで飲んでるんだってね。今、お義母さんから電話があって、うちの人出かけていったわよ。きっとまたなんとかしてくれって言ってきたんだと思うわ~。
由美ちゃんもたいへんね、酔っ払って帰ってくるのね。お~、イヤだね」
「いつもお義兄さん、呼ばれちゃうわね。申し訳ないわ」
義姉。「いいのよ。でもTちゃんのアルコールのこと、お義母さんも、うちの人もわかってないわねえ~。まったく一口だって飲んだらダメなんだって、って何度も言ってるだけど、それでケンカになっちゃうのよ」とのこと。
私。「お義兄さん、うちまで送ってくるつもりかなあ~?」
「ううん、うちの人午後から仕事ででかけなくちゃいけないから、S線の駅まで送ると思うわよ」
それから義姉と私とで、どうしてダンナの家系はお酒がひどいんだという話で盛り上がってしまいました。
義兄もよく話しを聞くとまさしくアルコール依存症。
まったくなさけなくなるわ。という話で義姉との電話は終わりました。
少しだけでもこうしてグチをお互い言い合えると少しはストレス発散になりますね。

さて、ダンナか義兄から電話があるだろうなと待っていたら、ダンナからの電話。
「今、T駅まできたから時間みて迎えに来て」
「は~い、わかりました」
するとまたすぐに電話がかかってきました。
「おなかすいた!!おなかすいた!!おなかすいた!!」とダンナ。
私はきっとそういうだろうなと思って朝からロールキャベツを作っていたのでした。
「ロールキャベツ作っておいたから、家に帰ったらすぐに食べられるから」と言ったら。
「もう、もたない。おにぎりが食べたい。駅まで持ってきて」とこうです。
しかたがないので急いでおにぎりを2個こしらえて、迎えにいきましたよ。
ちょうど、電車が駅についたところでした。
「おかえり~。お疲れだったわね」
と言ったのですが、ダンナの顔色悪し。
おにぎりをほうばります。
車内はお酒の匂いがぷんぷんです。こちらが気持ち悪くなるくらいです。
ダンナはおにぎりを食べ終わったあとに、「体がなんだか変だよ。具合が悪いよ」と言います。
今までもさんざん同じことを繰り返してきたのでどうして悪いかもわかります。
血糖値が下がってしまっているので体に力が入らず、震えてしまうようなのです。
「家に帰ったら、すぐに砂糖水作ってあげるから、それ飲んでね」と言いました。
ダンナはシートを倒してすごく悪い顔色をして寝ていました。
家についても車から降りるのが容易ではなくやっとの思いで家の中に入りましたよ。
ダンナに砂糖水にレモンを絞ったのを入れて飲ませたら、ほっとしたようです。
ところが、脚に力が入らないから、2階に上がれない。だからいつもRちゃん(私の弟)が泊まりに来たとき寝るところで寝る。と言い張ってききません。
しかたがないので1階の部屋に布団を敷いて寝かせました。
おとなしく横になり今頃はぐっすりです。
は~、よかった!
今日はダンナの実家まで迎えに行かなくてすみました。
本当だったら、お義母さんに昨夜はお世話になりました。と挨拶の電話を入れなくてはならないのでしょうけれど、今はそんな気になりません。
しかし、ダンナ。本当にお酒が弱くなりました。
これでは連続飲酒はできないようです。
おとなしく寝てくれたので今回はほっとしましたよ。

飲みたいから?

2007-11-04 00:10:03 | ダンナ
ダンナの知り合いの人が亡くなりました。
義母からの連絡で知ったようですが、有名な人なので新聞の死亡記事欄にも出ていました。
ダンナはさっそく、義母に「お通夜には俺も行くよ」と言っていました。
この亡くなった人はダンナの最初の結婚のときの仲人さんです。
ぜんぜんお付き合いはしてないし、ましてや義理の姉が亡くなったときだってダンナはお通夜にもお葬式にも出席していません。お香典を包んだだけなのです。
でも、今回は行くと言っています。
これはたんに飲みたいだけだなと、私は思っています。
ダンナはこの前友人と飲んだばかり、ダンナの悪い癖は飲む間隔が短くなっていってそのうち毎日飲むようになるというものです。
きっとこの前の飲酒で飲みたい気分が出てきてしまっているのでしょう。
そのうち、だんだん飲むようになるのかなあ。
ダンナのお母さんはダンナが行くと言ったときに「あなたはいいわよ」とはっきり言ってくれたらいいのに、そんなことは言わずに反対に来るようにと勧めたようです。
まったく、頭にきてしまいました。
私が「じゃあ、その日はお母さんのところに泊まってね」と言うと、「うん、泊まってくるよ」という返事。
きっと腰をすえて飲みだすことでしょう。
次の日の告別式には出席せずに義母の家で飲み続けるようになると私は思っています。
そうして、義母からたぶん、「なんとかしてちょうだい!!早く迎えにきてちょうだい!!」という電話がかかってくるのではないかと思っています。
私が一生懸命飲ませない様にしても義母や義兄が飲ませるような環境を作ってしまうことが許せません。
あ~、どうなるんだろうと不安でしかたがないのですが、もし吐血した~!!と言ってきたら、「救急車呼んで病院に連れて行ってください」と言うつもりでいます。

忘れることはできない

2007-11-01 02:55:20 | 
ダンナが飲酒していたとき。
目が据わってきてグチグチと文句を言い出し。
そのうち、怒鳴りだし。
それから暴力を振るったこと。
言い返すこともできない私。
暴力を受ける私。
逃げ出す私。
今、思い返すとぞ~っとします。
ときおり、ダンナのその頃の言い方があると、心がきゅ~んと痛くなり、心臓がばくばくしたりします。
本当に怖かった。
悲しかった。
怒りがあった。
不幸だと思った。
今、その頃のダンナはいないけれど、忘れることはできない。
絶対一生、忘れられないと思います。
happyさんのブログに許せるか。ということと、忘れられるか。という問がありました。
今、許してはいると思います。
でもダンナは絶対断酒をしてるわけではありません。
飲むとやっぱり許せなくなります。
忘れられるか。ということは絶対にない。
絶対にあのころの辛さは忘れられない。
ダンナを殺して自分も死のうと何度も思ったことを私は忘れられません。
わがままなダンナに付き合う今も大変だけれど、でもやっぱり今は普通の生活ができています。
これって、本当に幸せなことです。
いつまでもこのままでいたいと思うけれど、爆弾をかかえているようなものと思っています。