世界に一つだけの姥花日記

貴方は貴方らしく私は私らしく、世界にただ一つだけのきれいな花を一生懸命咲かせましょう。
シニア主婦の平凡な日記です。

それでも山へ行きたい!

2014年09月30日 | 登山 ハイキング ウォーキング


<大山中腹富士見台からの眺め>

日々刻々と流される御嶽山被害状況に心痛めています。

こんなに多くの犠牲者を出さずに済む方法はなかったのでしょうか?

9月初旬より火山性微動が続き、公共機関にはその情報が連絡されていたようですが、
何故一般登山者には知らされなかったのでしょう。

登山は自己管理、自己責任の世界ではありますが、情報なくしては自己責任も何もありません。

少々腹立たしい気持ちになっています。

毎日テレビに釘付け、何が生死を分けたのか、運 不運だけとは思いたくないのですが・・・・。

私たち夫婦がその場に居合わせても決しておかしくない状況です。

夫婦で考えました!

真っ暗になった登山道で皆がパニック状態、2人がはぐれないでいることができるかどうか?

今回も母親、兄とはぐれ、未だに行方の分からない小学校5年生の女の子。

親御さんの心の悲しみ、苦痛の叫びが聞えるようで、いたたまれない気持ちです。

今朝も、運悪く今回のような場に遭遇したら、どう身を護ればよいか、専門家から教示がありました。

ご覧になった方もいらっしゃるでしょう。ザックが多いに役に立つようですね。家で実践、練習した私です。

しかし、私は生きて帰れないかもしれない。そんな恐怖を感じます。

私の身を庇って夫まで道連れにするわけにはいきません。「貴方だけでも生きて!」ときっと思うでしょう。

夫婦、親子、友達、恋人間で、つらい体験をなさった方がどれほどいらっしゃるか?涙が溢れます。

今尚山に取り残された数十名の方々が、一日も早くご家族の元へ帰れますよう、切に祈って止みません。

 

            

こんな惨事が起こっても、「それでも山へ行きたい!」

昨日は久しぶりの快晴の下、山へ出かけました。天気予報と睨めっこ、前夜突然決めた山行きです。

いつものように夫の付き添いを頼みましたが、夫の返事はつれなく、NO!

連日のお出かけで少しばてていたようです。お父さんらしくないわね~。でも仕方ありません。

「それなら私ひとりで行くわ。こんな晴天、滅多にめぐりあえないもの」 「高尾山ぐらいにしとけよ」
「高尾山?たまには違う山がいいな」

行き先は、夫の心配をよそに丹沢大山(1252m)に決まり。大山ハイキングはこれで4度目です。

 


<阿夫利神社下社→山頂→阿夫利神社 時計回りに1周です。予定はヤビツ峠から >

勿論おひとりハイキングは初めて。やはりひとりは心細い。いろいろトラブルがありました。

写真を織り交ぜながら(写真と文は必ずしも一致しません)、そのトラブル、ドジをお話します。

まず出だしから躓きました。

小田急線の人身事故で電車が30分も遅れ、午前中1本しかないヤビツ峠行きのバスに間に合いませんでした。
そこで今までとおなじルートに変更。上の図の白線。

 
<ケーブル利用で山頂駅へ。車掌さんがとてもユニークでした。歌の披露があり>


<阿夫利神社下社 大山は別名雨降り山とも呼ばれ、ここは雨乞いの神社 
どんなに雨乞いしても一滴の雨も落ちてきそうにないこの青空!>

 
 <いきなり物凄い階段>

ここは表参道ですが、決して整備された登山道とは言えず、小石交じりのきつい上りが続きます。

しかしこの真っ青な空、輝く緑、爽やかな心地よい風、時折聞える野鳥の声。最高の気分です!

途中、江戸時代茶店が置かれたという富士見台と呼ばれる場所があり、ぽっかり、薄っすらと青空に浮かんだ富士山を拝むことができました。(冒頭の画像です)

 

山頂まで後200m、10分。山道上りの200mは長いです。私は15分かかります。頑張れ!

 

山頂到着、休息(5分ずつ3回の休息)を含めて下社から2時間の行程でした。
コースデーターより15分遅れ。私としてはまずまずかな?

1時間山頂でお弁当タイム、休息をとり、見晴台に向けて出発。

こちらの山道は表参道とは違い、よく整備され、なんと歩きやすいこと。

でもこんな道もありますから決して油断は禁物です。

 
<ミニはしごと鎖です>

1時間の下りで見晴台に着きました。振り向くと今登った大山がド~ンと背後に聳えています。
「オ~あそこに登ったんだ~ 」 感動の一瞬です。

ここから2度のドジ。まず道を間違えました。ケーブル山頂駅に降りるつもりが日向薬師方面に下ってしまいました。

これがまたとってもいい道なんです。しかし15分ぐらい下ったところで、待てよ、これはいつもの道と違うな~と。

地図を広げ、立ち止まって困惑していると、中年の一人歩きのおじさん、「どうしましたか?」と親切に話しかけてくださいました。

やっぱり「日向薬師」に向かう道でした。そのまま下っても良かったのですが、全く下調べもしてない上に、時間的にもケーブル駅に下るより倍かかります。バスの時間もわかりません。

再び見晴台まで上り返し、ヤレヤレと東屋で一服して正規のルートをスタート。

しかし10分下って、今度は見晴台東屋のベンチに乱視矯正用のメガネを置き忘れたことにきずきました。
(下りではこのメガネをコンタクトの上にかけるようにしています)

また引き返し!一体私は何をやっているのでしょう。こういう時にお父さんが居たらな~。

 

見晴台からケーブル下社駅まではアップダウンの少ないよく整備された道でスニーカーでも歩けそう。
しかしここが事故の多い危険箇所です。片側が絶壁になっていて、滑落しやすく、落ちたらひとたまりもありません。

そこに滑落防止鉄鎖が設置されていました。以前にはありませんでした。まだ一部工事中です。

下社から帰路はケーブルに乗らず、女坂を歩いて降りるつもりでしたが(ケーブルは片道切符でした)、
思わぬ時間的、距離的、精神的ロスをし、くたびれました。ケーブルで下山です。

帰宅して夫に報告。「無事でよかった」。なんて大袈裟な!

次回大山に出かけるときは貴方と一緒ね。是非ヤビツ峠から山頂、日向薬師のコースを歩いてみたいわ。

長くなってしまいましたこの辺で止めます。またコメント欄でお話しましょう。

  

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楽しい運動会の最中に!

2014年09月28日 | 日記

驚きました!

孫(小学校2年生)の楽しい運動会の最中、スマホを見ていた息子が突然「ウッソー!」と叫び声を上げました。

お弁当を食べ終え、午後の競技が始まった頃だと思います。

あの木曽の御嶽山が噴火したというのです。

夫は7年前に噴火した御嶽山の話だと思ったようですが、息子が「違う違う、いまだよ、いま、さっき」と興奮しています。

それから大変です。運動会どころではありません。

息子も夫も山屋、私も山ガール(?)の端くれです。

何より、私にとっては御嶽山は登頂した数少ない3000m級の百名山のひとつなのです。

その時の様子はコチラをご覧下さい「木曽の御嶽山(3067m)」

あの美しい御嶽山が噴火?信じられませんでした。でも事実です。御嶽山は活火山なのです!

何の予兆もなく突然噴火するなんて!と思いましたが、9月始め頃より、小さな地震が続き、
一応注意は呼びかけていたとのことですが・・・・・。

今年の夏から秋にかけて、天候不順が続き、山愛好家たちにはストレスがたまっていたことでしょう。
夫もしかりです。

そんな折、やってきた週末の好天気。山々の紅葉も始まり、だれでも山行きを考えます。

私たちも、孫の運動会がなければ、きっと何処かへ出かけていたことでしょう。

友達からメールが入りました。「まさか御嶽山に行ったりしてないわよね~」と。心配してくれて有難う。

多くの方々がお怪我をなさり、また行方不明の方々も数十人いらっしゃいます。

さぞかし怖かったことでしょう。遺書メールを家族に送った方もいらしたとか。

もしも私がその場に居合わせたら、きっと腰を抜かし、恐怖で動けなくなったかもしれません。
考えたくありません。

今朝のニュースで、親子で登山をしていた家族が山頂付近で小学校5年生の娘とはぐれ、安否がわからないということです。

何方かに助けられていることを祈ります。山好きの孫とだぶり、胸が苦しくなりました。

日本には沢山の火山があり、そのお蔭で美しい山々と温泉を堪能している私たちですが、
ひとたびそれらに異変が起こると、大惨事につながります。

これからは山行きに際して、天候だけでなく、噴火、地震に関する情報もチェックしなければなりません。

10月、夫は山仲間と那須連山の縦走に参ります。那須茶臼岳も活火山、激しく火口から噴煙を上げています。

山愛好家の皆さん、気をつけましょう!

           

昨日の孫の運動会は暑くもなく寒くもなく、絶好の運動会日和でした。

毎年訪れる運動会!孫の確実な成長を感じ、嬉しい限りです。

それにしても子供の数の少ないのが少々気がかり。住宅地の都下の公立小学校ですが、一クラス24人3学級。

このまま行くと、将来的に学校統合もあり得るのではないかと思ってしまいます。

子供たちはそんなおばばの心配などよそに、一生懸命走り、踊り、応援し、盛り上がった運動会の一日でした。

元気をありがとう!

にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ 運動会の画像は児童が大勢写っていて、ブログ向きではありませんので写真なしです。申し訳ありません。

 

 

 

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ドスコイ、ドスコイ~初めての大相撲観戦

2014年09月24日 | 日記

暑い夏をダラダラと怠慢に過ごした付けがまわってきたのでしょうか。

突然涼しくなってきた昨今、何故か雑用に追われています。

と言っても遊びが大半で、自ら立てた計画に日々負われているような生活に少々嫌気がさしています。

ブログ更新も遅れ勝ち、というかやる気も時間もなくて・・・・。

それでも非日常の出来事は、思い出として記録しておきたく、重い腰、いえ重いペンを執ることに致します。

そんな気持ちで綴るブログには心がこもらず、決して面白い記事ではないかもしれませんが、ご容赦ください。

 

今毎日熱戦が繰り広げられている大相撲秋場所!両国国技館に観戦に行ってまいりました。

私、実は大の大相撲ファンなんです。毎場所のテレビ観戦は欠かせません。

息子が中高生の時、よく言われたものです。

「大相撲が始まると、夕飯が遅くなるから嫌だな~」って。夕飯の支度の手を休めてはテレビにかじりつき応援。

ごめんね!母親失格です。

確か私が小学校の頃でしょうか、「栃若時代」でした。栃錦と若乃花!勿論皆さんよく覚えていらっしゃいますよね。

まだ我が家にはテレビがなく、ラジオの前で必死に応援しました。若乃花贔屓でした。

そんな私ですが、国技館に足を運んだことは一度もなく、日経新聞を通して今回初めてチケット前売りを購入しました。

2階のイス席、力士の取り組みは小さくて見えずらい面もありましたが、時折双眼鏡を覗きながら楽しみました。

なんといってもテレビで観るのと違い、その臨場感は最高で、歓声の渦の中で自ずと興奮してきます。

野太い声の応援、可愛いかなきり声の子供たちの声、そして若い女性の黄色い声援。
それらは殆ど2階席から投げかけられているのもわかりました。その声たるや館内によく響き渡ること!

観戦したのは9日目。大関豪栄道と稀勢の里の取り組みは名勝負でした。苦し紛れの首投げで豪栄道の勝ち!

また前頭三枚目嘉風が横綱鶴竜を破った取り組みには、場所名物座布団が舞い、2階からの眺めは壮観でした。

幕内土俵入り前、14時ごろから幕内力士が南門より続々と国技館入りします。(横綱、大関以外)

 
<左 隠岐の海 右 勢 両力士ともイケメンです

話題の力士をかなり身近で見ることの出来るチャンスなのですが・・・・。これには忍耐が必要(笑)。
いつ現れるかは全くわかりません。

残念ながらイケメン力士遠藤、今場所話題の逸ノ城はなかなか現れず、痺れを切らした私は、見ずして館内に入りました。

土俵に上がった力士は大きくてちょっと怖くて近寄りがたいです。

でも素顔の浴衣をまとった近くで見る力士はとっても爽やかでカッコ良くて、それにコロコロしていて可愛い!親しみを感じます。

一時八百長問題、暴力事件で大相撲も人気低迷の期間がありましたが、やはり国技!
再びその人気は盛り返してきています。連日満員御礼!

しかしひとつだけ残念なのは外人力士の活躍に日本人力士がおされ気味であることです。

数えてみました、幕内の外人力士、何人だと思いますか。東西幕内力士70人のうち、24人が外人力士です。

なんと3分の1以上です。ご存知のとおり横綱3人は全てモンゴル人。今場所話題の怪力モンスター逸ノ城もモンゴル人です。

私は彼らも大好きですし、日本の国技大相撲発展のために活躍してくれる彼らに感謝しています。

でもでも・・・・・日本力士、頑張ってください。これが本音です。

最後に私が贔屓とするお相撲さんは「豊真将」。山口県出身、真っ向勝負のとても礼儀正しい好青年です。

残念ながら怪我が多く、今場所も休場していますが、来場所の活躍を期待します。

大相撲観戦前に両国界隈を散策しました。そのお話はまたの機会に。

これは観戦前に食べた昼食「ちゃんこ鍋定食」。食べ安いボリュームで思ったいたよりずっと美味しかった!お勧めですよ~。

 

 

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富士山裾野ぐるり一周ウォーク第13回

2014年09月19日 | 登山 ハイキング ウォーキング


<静かな本栖湖>

涼しくなりました。そして日が短くなり、あっという間に暗くなってしまいます。

「秋のつるべ落とし」とはよく言ったものです。

昨日も友達とゴルフに出かけ、ゴルフ場を出たときはまだ明るかった空がみるみる暮れていき、帰宅したときはすでに真っ暗。

何だかふとうら寂しい気持ちになるのは私だけでしょうか。ボヤボヤしていると今年も終わってしまいますね。

 

昨年10月からスタートした富士山裾野ぐるり一周ウォークも13回目となり、順調にいけば年内に上がりとなります。(17回)

まるで「すごろく」、「スタンプラリー」のようで、歩いて富士山の諸々を学ぶより、今ではゴールそのものが目的になってきました。

先日大雪山旭岳で例年より9日早い初冠雪が観測され、富士山もそれに遅れること2週間ぐらいで毎年初冠雪となるそうです。

今回はまだ黒い富士山でしたが、次回は薄っすらと白く薄化粧をした富士山に出会えるでしょうか。

今年の富士山登山者は世界遺産に登録されたにも関わらず、昨年より6万人減少したそうです。

少々意外な数字ですね。

その理由として考えられるのは、最もポピュラなー登山口冨士スバルライン5合目吉田口まで マイカー規制が行われたこと、
それが減少の一つの原因ではないかと言われています。

そしてもうひとつがこの夏の天候不順。

誰しもが苦労して登りついた山頂での日本一の雄大な眺めを期待したいですもの。
またそれでなくても厳しい富士山登山 !不安定なお天気は登山者の命を奪いかねません。

そんな天候不順が私たちの「富士山裾野ぐるり一周ウォーク」にも影響しました。

13回も(実際は11回目が抜けているので12回)富士山のすぐそばまで出かけていきながら、
富士山全景を見られたのは何回あったかしら?ちょっぴり残念な気持ちです。

今回もご他聞にもれず、ウォーク中は全く影も形もなく、その位置さえ分からず・・・・。

しかしゴールに着いたとき、突然山頂の雲が流れ、一瞬ですが頭を覗かせてくれました。


<こんな写真しかありません。載せるにはちょっとね~ でもこの日唯一見えた富士山です!>

「皆さん、よく歩きましたね。お疲れ様!ご褒美です!」とでも言ってくれているようでした。

富士吉田市の北口本宮浅間神社をスタートし、時計回りに今回は富士山の北西側を歩きました。

割石峠から青木が原樹海を通り、本栖湖、精進湖民宿村へ抜ける約8キロのコースです。

 
<左 カントウヨメナ 右 ツリガネニンジン>

 

  
<左 ユウガギク 右 冨士アザミ>

青木が原樹海は国指定の天然記念物。

松本清張の小説の影響で「自殺の名所」という俗説もありますが、そんな印象は全くなく、遊歩道も整備され、
広いキャンプ場もあり、森林浴、ハイキングに最適な森でした。

 

コケやキノコ類がたとても多く、珍しいキノコもありました。キノコ類に興味のある方にはたまらないところでしょう。

 
<タマゴダケ 食べられます。白い皮がむけて真っ赤なきのこが!綺麗!>


<美しい形をして輝いていたきのこ> 


カエデは26種類あるそうです。ここにあるのは一番おおきいのがテツカエデ、そのほかイロハカエデ、
エンコウカエデ ハウチワカエデ どれがどれだか忘れました

 

参加者にはお1人参加の方が多く(私もひとり参加)、毎回一期一会の出会いがあります。

今回も偶々お隣のバス席となった75歳のご婦人から、とても心に沁みるよいお話を伺いました。

また機会があればお話したいところですが、長くなるので・・・・・。

 

翌日はまた早朝出発で友達とのゴルフラウンド ま~よく遊ぶこと!我ながら呆れます

数日前ゴルフ人生恐らく最後となるだろうドライバークラブを新品に変えました。

 
<左旧ドライバー、右新ドライバー ヘッドが大きくて面食らいます

お店で試打したのみでドライビングレンジでも全く練習せず、いきなり本番ラウンドです。

それでも嬉しくていそいそと意気揚々と出かけましたが・・・・・・・

当たらない。どうしたことでしょう!得意とするドライバーなのに。散々なスコアーでした(毎度のことですが・・・・)。

練習、練習!新しいクラブになれる必要があります。

明日は夫に付き合ってもらい、ドライビングレンジで打ち込みます。ファイト!

 

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ごきげんよう~「村岡花子&赤毛のアンフェスタ」

2014年09月15日 | 日記

この画像を見ると、朝ドラの「花子とアン」のテーマ曲が聞えてきそうです。

皆さん、ご覧になっていらっしゃいますか?勿論私は欠かさず観ております。

常に高視聴率を保ち続けたまま、もうすぐ終わりを迎えようとしています。

今朝はまた放送終了後、脚本家中園ミホさんと美輪明宏さんとのトークがあり、とても興味深く拝見しました。

村岡花子が大田区大森に居を構えていたことはあまり知られていないようです。

私も永年大田区に住みながら、このドラマが始まるまでそのことを知りませんでした。

一昨日、村岡花子が暮らした町「大森」にある「大田文化の森」で「村岡花子&赤毛のアンフェスタ」が開かれました。

友達の誘いもあり、童話作家として、また翻訳家としての真実の村岡花子に出会いたく、行ってまいりました。


<村岡花子と村岡敬三[ドラマでは英次)

いくつかのブースに分かれ、いろいろな催しがなされていましたが、私が一番興味を持ったは、ドラマと史実の違いが何処にあるのかという、馬込文士村担当学芸員のお話でした。

ドラマのほうも、終盤を迎えていますので、実際はどうだったのかお話しても、宜しいですよね。

学芸員のお話の中で特に印象に残った箇所だけお話しますと・・・・。

まず村岡花子さんはドラマの中の印象とは少し違い、実際は昨年の大河ドラマ「八重の桜」の主人公、
「八重」のようなしっかりものの「ハンサムウーマン」であったそうです。

またドラマでは貧しい山梨の農家の出身となっていますが、史実は実家は商人でそれほど苦しい生活ではなかったとか。

またすでに6歳の頃、家族で品川に引っ越してきています。

葉山蓮子こと柳原白蓮は、ドラマでは「腹心の友」となていますが、それほどの深い交流はなく、
むしろドラマでは全く名前も出てこない片山廣子という歌人、翻訳家が彼女に大きな影響を及ぼしました。

学芸員の話によると、葉山蓮子はこの片山廣子と柳原白蓮がミックスされ作り上げられた可能性があるとのことでした。

このほかまだまだ興味ある話が次から次へと飛び出し、あっという間の1時間の講演で、とても全ては書ききれません。

史実とドラマの違いを知ることにより、興ざめする部分もありますが、今朝の脚本家中園ミホさんのトークを聞き、
改めて脚本の素晴らしさを感じ、これからの流れが楽しみになりました。

いよいよ「赤毛のアン」の登場です。


<Green Gablesの前で赤毛のアンの衣装をまとって記念撮影もできます>(私ではありません)

村岡花子が翻訳したモンゴメリー作「赤毛のアン」は戦争で疲弊した世の中に夢と希望を与えていきます。

これからがこのドラマのクライマックス、真骨頂なのですね。

それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら。

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