夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

定年後の「帰宅恐怖症」の男性、買物メール老ボーイ13年生の私は、初めて学び、やがて微苦笑を重ねて・・。

2017-08-05 14:45:54 | ささやかな古稀からの思い

たまたま先程、ときおり愛読している【NEWS ポストセブン 】を見ている中で、
『 定年後の「帰宅恐怖症」、図書館がその手のおっさんだらけに 』と題した見出しを見てしまった。

私は齢ばかり重ねた年金生活の72歳の身であるが、
愛(いと)しき妻と長年に於いて、寝食を共にされた結婚生活の中、やがて定年後の男性が、
我が家に「帰宅恐怖症」になるなんて・・どのようなことなのょ・・と思いながら精読してしまった。
    
この記事の原文は、『週刊ポスト』の2017年8月11日号に掲載された記事のひとつであり、
関連の【NEWS ポストセブン 】に8月4日に配信され、 無断ながら転載させて頂く。

《・・定年後の「帰宅恐怖症」、図書館がその手のおっさんだらけに 

        

「職場」という居場所がなくなる定年後の人生では、「家庭」の占めるウエイトが一気に増す。
ところが、その我が家へ帰ることに、二の足を踏む男性が増えている──その「病」の正体とは。

〈午前中になるべく予定を入れて、“妻が起きる前に出かけよう”と考えている〉、
〈妻から“もうすぐ帰る”という連絡があると、ついため息が出る〉──
そんな人は、すでに「帰宅恐怖症」かもしれない。

そう警鐘を鳴らすのは6月に出版された話題書『帰宅恐怖症』(文春新書)の著者で、
夫婦問題カウンセラーの小林美智子氏だ。

「妻に何度も怒られるけど、その原因が分からないという男性の相談が増えています。
彼らは少しずつ妻と話さなくなり、“妻が怖い”と思うようになる。
そして、なるべく家にいないで済む、方法を考え始める。
それが『帰宅恐怖症』です」

夫婦問題カウンセラーの小林美智子氏の著書では、現役世代の事例が数多く取り上げられるが、
同氏は年齢を重ねたほうが、“病”は深刻になると指摘する。

「夫が帰宅恐怖症であることに、女性はほとんど気付かない。
むしろ、夫が何も言い返さないと、言動を年々エスカレートさせる。

男性の恐怖心は、長い年月の間に少しずつ蓄積され、家に帰りたくない気持ちは強くなります。
そうなると夫婦関係の改善が、さらに困難になってしまうのです」

その病が“発症”するきっかけの一つが「定年」だ。

        


☆逃げ場は「図書館」

家族問題評論家の宮本まき子氏はこういう。
「定年後に帰宅恐怖症になりやすいのが、それまで家庭を、妻に任せていたタイプです。
家で妻と過ごす時間が長くなり、自分の思っていた家庭や妻のイメージと現実の違いに気付く。
そのショックで、家の居心地が悪くなるのです」

都内在住の60代男性Aさんは、その典型例だ。
定年退職したAさんに対し、良妻賢母タイプの専業主婦だった妻が突然、
「これからは自立してもらいます」と言い出した。

上司のような態度で家事指導を始め、
「公民館の『男の料理教室』に行きなさい」としつこく迫る。

トイレが汚れていれば、掃除を命じられ、風呂に毛が一本でも落ちていようものなら、罵倒される。

「最近は空き家になった実家の点検という口実で、
郷里に戻っては、長期滞在を繰り返しています」(Aさん)


お茶の水女子大学名誉教授の土屋賢二氏(72歳)も、帰宅恐怖症の“経験者”だ。
「大学で教鞭を執っていた頃、妻の責めるような視線が気になって、
仕事後に安い喫茶店で、1杯のコーヒーで夜遅くまで粘り、本を読んでから帰っていました」

土屋賢二氏は2010年にお茶の水女子大を定年退職。
「それでも、働いているうちは、まだいい。
残業したり寄り道したりと家に帰らない口実は、簡単に作れます。

定年後は、お金もないから図書館くらいしか行く場所がない。
公園で子供たちの姿を眺めていたりすると、不審者扱いされますからね(苦笑)。
いまや図書館は、そういうおっさんばかりです」

夫婦問題カウンセラーの小林美智子氏は
「妻を怖がる男性の場合、家計を妻に握られていることが多い。
暇つぶしのパチンコにも、行けません」と語る。

        

☆もう一度働こう

土屋賢二氏がいうように、定年後の帰宅恐怖症に職場という“避難先”はない。

「友人宅に遊びに行く予定をなんとか詰め込もうと、あちこちに連絡を取り続けています」
と話すのは元会社員の60代男性。

「退職して知ったが、妻が昼に酒を飲み荒れている。
独立した子供は、“仕事ばかりだった父さんの責任”といって、助けてくれない」

定年によって、それまで気づかなかった家庭内の問題に直面した事例だ。

元会社役員の70代男性Cさんは、同い年の妻が軽度の認知症とわかり、家に帰る気持ちを失った。
「親族から“伴侶なら一生面倒をみるべき”といわれたが、
どんどん自分の知っている妻では、なくなっていく。
ヘルパーさんに任せられるレベルだから、昼から外をブラブラしています」

病の克服は容易ではないが、家族問題評論家の宮本まき子氏は、こうアドバイスする。
「帰宅が怖くなるのは、“定年後は家にいるべき”という固定観念も一因。
アルバイトを始めるなど、社会と接点を持って居場所を探すと、
夫婦関係も改善することが多い。

実は夫が家にいることが、妻のストレスである側面もあるのです」

妻と会う時間を削るために、仕事を探す──
寂しい対症療法に思えるが、土屋賢二氏も同意する。

「定年後の夫婦円満の秘訣は、なるべく接触しないこと。
私は家でテレビを見る時も、ヘッドホンをつけて、妻の邪魔にならないようにしています。
尊敬できる相手でも、ずっと一緒にいると、粗が目に付いてくるものです」

その諦念が一番の特効薬か。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
        

私は民間会社の中小業のある会社に35年近く勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職し、
この間、幾たびのリストラの中、何とか障害レースを乗り越えたりしたが、
最後の5年半はリストラ烈風が加速され、あえなく出向となった。

そして遠い勤務地に勤め、この期間も奮闘した結果、
身も心も疲れ果てて、疲労困憊となり、定年後はやむなく年金生活を始めたひとりである。
                          
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の72歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

そして私たち夫婦は、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

そして年金生活は現役サラリーマン時代は悪戦苦闘が多かった為か、
つたないサラリーマン航路を歩んだ私でも、予測した以上に安楽な生活を享受して、
早や12年半が過ぎている。

        

過ぎし2004年(平成16年)の秋に定年退職し、年金生活を始め、
私は自主的に、平素の我が家の買物の専任者になるょ、と家内に宣言した。

こうした根底には、
定年前の私は、現役のサラリーマン時代は数多くの人たちと同様に多忙で、
家内は我が家の専守防衛長官のような専業主婦であり、日常の洗濯、買い物、料理、掃除などで、
家内なりの日常ペースがあり、この合間に趣味などのささやかな時間で過ごしてきた・・。

こうした家内のささやかな時間を壊すのは、天敵と私は確信して、
私は午前中の殆どは、平素の我が家の買物専任者として、
家内から依頼された品を独りで、スーパー、専門店で求め、買物メール老ボーイとなっている。

こうした中、我が家は世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅みにあるが、
私の生家も近くにあり、私自身としては結婚前後5年を除き、この地域に住んで、
早や67年が過ぎているので、原住民かしら、と年ごとに変わりゆく情景に愛惜を重ねる時もある。

そして私は独りで歩いて、7分前後にある最寄のスーパー2店か、

或いは最寄駅まで15分前後歩いて、数多くスーパー、専門店で買い求めたりしている。

最寄駅までは、利便性ある路線バスは頻繁に走行しているが、季節のうつろう情景を眺めたり、
歩くことは何よりの健康の源(みなもと)と信愛している私は、原則として路線バスに頼らず、
ひたすら歩いて往還している買物メール老ボーイとなっている。

そして買物メール老ボーイの責務を終えた後、帰宅後も私は独りで外出して、
自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを散策して、季節のうつろいを享受している。

こうした根底として、いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、
困窮するので、ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。

        

午後の大半は、私は随筆、ノンフィクション、近現代史、総合月刊雑誌などの読書が多く、
或いは居間にある映画棚から、20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
ときには音楽棚から、聴きたい曲を取りだして聴くこともある。

こうした中、家内は相変わらず料理、掃除、洗濯などをしてくれるので、
私はせめてと思いながら、家内が煎茶、コーヒーを飲みたい時を、
何かと愚図な私でも、素早く察知して、日に6回ぐらい茶坊主の真似事もしている。

そして何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。

或いは、知人とか友人と時折お逢いする時は、しばらく、と私は笑いながら逢ったりして、
日中はコーヒー、夕暮れからはビール、水割りのウィスキーを飲みながら、談笑をしたりしている。

ときおり国内旅行を私たち夫婦は重ねてきたが、旅先でも、私は食事処、ロビーなどて隣席した見知らぬ方でも、
話しかけて談笑したりしている。
                          
こうした中で、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。

        

私たち夫婦の両親は、今や家内の母だけとなっている。
過ぎし
私が定年退職後、年金生活を始める直前に、家内の父が病死され、
家内の母は独り住まいとなったりした。

この当時の家内の母は、日常生活の身の廻りはある程度は出来ているが、
長女の家内は季節の変わるたびに、大掃除、季節ごとの室内のカーテン、布団、暖冷房器具、衣服、庭の手入れなどで、
7泊8日前後で母宅に泊りがけで行ったりし、この間、我が家は私が『おひとりさま』の生活となったりしてきた。

ここ数年は、家内の母の老化と病状で、家内と家内の妹は交互に、
大半は家内の母宅に宿泊して、家内の母の食事、洗濯、掃除、或いは通院の付き添いなどしているので、必然的に多くなり、
この間、我が家は私が『おひとりさま』の生活となっている。

いつの日にか私たち夫婦は、どちらかが片割れとなり『おひとりさま』となるが、
まさかの出来事で、私を残して家内があの世に旅立たれることもあるので、
私は特別演習だ、と自身を叱咤激励して過ごしている。

こうした中、私は恥ずかしながら食事、洗濯、掃除などを若葉マークと称される初心者で、
手抜きをしながら過ごしているが、こうした家事は何かと大変だよなぁ・・と改めて感じ深めたりしてきた。

このような体験も加わり、何かと家内に労(いた)わりを増して、
ありがとう・・、と感謝の言葉をさりげなく言っているのが多くなっている。

        

今回、定年後の「帰宅恐怖症」の男性の心情を読み、妻が軽度の認知症の御方以外は、
定年後の男性ご自身が、自助努力で解決できるよなぁ・・と私は微苦笑を重ねたりしている。


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そんな老人になりたくない (toboketaG)
2017-08-06 09:17:17
時間があればほぼ毎日拝読しております。毎日これだけの記事を投稿するエネルギーに感心するばかりです。私なぞは週1回がやっとこさ。図書館へは予約本の順番がメールで通知された時に受取りに行くくらいですが、閲覧コーナーで新聞や週刊誌その他を熱心に読んでおられる御方々。全員ではないと信じたいですが記事に在ったような家庭事情があるのかと改めて思います。わがつれあいは家にいることが圧倒的に多くなった私にたいしあそこまでぞんざいに扱いません。彼女がいくつかのサークル活動に参加して外出することが多く、貴兄がたびたび触れるおひとり様状態の日が週の半分以上となります。お互いが干渉せずに好きなことをし、夕飯は手作りのささやかな料理を摘まみにしてコップ一杯の冷酒を味わう。互いの今日の動きは簡単に報告しあって、1日が終わる。こんな刺激にない日々の繰り返しですがよくよく考えれば恵まれているなと思うこの頃。ご健勝を祈念します。
貴兄ご夫婦・・最良のセカンドライフ (夢逢人)
2017-08-06 17:19:01
toboketaG様。

>時間があればほぼ毎日拝読しております。
>毎日これだけの記事を投稿するエネルギーに感心するばかりです。
>私なぞは週1回がやっとこさ。

つたない私の投稿文をお読み下さり、感謝致します。

>図書館へは予約本の順番がメールで通知された時に受取りに行くくらいですが、
>閲覧コーナーで新聞や週刊誌その他を熱心に読んでおられる御方々。
>全員ではないと信じたいですが記事に在ったような家庭事情があるのかと改めて思います。

>わがつれあいは家にいることが圧倒的に多くなった私にたいしあそこまでぞんざいに扱いません。
>彼女がいくつかのサークル活動に参加して外出することが多く、
>貴兄がたびたび触れるおひとり様状態の日が週の半分以上となります。

>お互いが干渉せずに好きなことをし、夕飯は手作りのささやかな料理を摘まみにしてコップ一杯の冷酒を味わう。
>互いの今日の動きは簡単に報告しあって、1日が終わる。
>こんな刺激にない日々の繰り返しですがよくよく考えれば恵まれているなと思うこの頃。ご健勝を祈念します。

私たち年代を含め多くの先輩、後輩の男性は、一家の主(あるじ)として、もとより家計の責務で奮闘して働き、
女性の多くは後方支援となり、育児、料理、掃除、洗濯、交際など専業主婦として奮闘されてきました。

過ぎし年の1989年(平成元年)の頃に、評論家・樋口恵子さんが、
定年後に家でゴロゴロしていて、地域活動なとで忙しい妻に、まとわりつく夫の社会風潮を憂い、
掃いてもへばり付いてくる状態をたとえて、『濡れ落ち葉』と的言されていました。

或いは過ぎし年の2007年(平成19年)1月下旬の頃、私は読売新聞の新刊本の広告を偶然に見て、
小川有里さんの著作の『定年オヤジのしつけ方』(講談社 定価1470円)の広告記事は、
定年直後の男性の一部の人達にとっては、この世で最も恐い本のひとつ、と確信を深めながら、
微苦笑したことがあったりした次第です。

《・・ああ、うっとうしい! 毎日家にいる夫。
   家庭内2007年問題を解決する痛快エッセイ!

   「定年迷子」をかかえた妻たちよ。 今立ち上がれ!

【定年オヤジの特徴!】
①テレビがお友達
②お昼は作ってくれるものと思っている
③毎日、ごろごろ居間にいる ・・》

このように綴られていて、定年後の迷子のような心が定まらない男性を正鵠に把握していると思い、
微笑んだり、苦笑したりしてきた次第です。
             

セカンドライフを過ごされる男性は、それぞれの趣味を深めて過ごされれば、
目に輝きがあり、溌剌と過ごしている方が多い、と私は友人、知人と談笑したりしています。

そして不幸にも、たとえ最愛の妻に先立たれて、おひとりさまになっても『生きがい』があれば、
その後の人生も溌剌と生きられる、と私は思ったりしている次第です。

今回、貴兄のコメントを読ませて頂き、
《・・お互いが干渉せずに好きなことをし、夕飯は手作りのささやかな料理を摘まみにして、コップ一杯の冷酒を味わう。
互いの今日の動きは簡単に報告しあって、1日が終わる。・・》

日中はお互いが干渉せずに好きなことをし、そして夕食時にはお互いに報告しあって、
談笑を重ねる貴兄ご夫婦・・
最良のセカンドライフ、と瞬時に好感させられた次第です。


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