夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

上野千鶴子さんの理想の老後生活のあり方、遅ればせながら私は学び、多々教示され・・。

2017-03-06 13:27:53 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅に住み年金生活をしている72歳の身であるが、
ときおり愛読している朝日新聞社系の基幹サイト【dot.(ドット)】を見ている中、
【 「おひとりさま」の上野氏語る パートタイム家族のすすめ 】と見出しを見てしまった。

私が社会学者の上野千鶴子(うえの・ちずこ)さんを書物から知ったのは、
2004年(平成16年)の秋に定年退職をして、
多々の理由で、年金生活を始めて、数年後であった。

上野千鶴子さんが著作された『おひとりさまの老後』(法研、2007年)、
そして『男おひとりさま道』(法研、2009年)を購読した。

こうした中、子供に恵まれた私たち夫婦が、いつの日にか、家内に先立たれて、
私が『おひとりさま』になったことを思いめぐらして、雷に遭遇したように叱咤されながら、
多々教示されたりした・・。

そして『ひとりの午後に』(文春文庫、2013年)に於いては、
上野千鶴子さん自身のこれまでの人生の軌跡を記載されて、稀な優等生のような人生航路を歩まれている御方でも、
苦悩を秘めた歩みがあったんだぁ、と何かと拙(つたな)い半生を過ごしてきた私は、微苦笑させられたりした。

或いは『女たちのサバイバル作戦』(文春新書、2013年)に於いては、
ここ40数年の女性の就職、勤務の実態の苦悩を多々学んだりしてきた。

そして月刊雑誌、新聞などに上野千鶴子さんが寄稿された文を私は読んだり、
或いはネットで偶然にめぐり逢えた寄稿文を精読してきたので、私にとっては信頼できる御方となっている。

今回の記事は、私は見のがしてきた寄稿文であったので、遅ればせながら私は精読した。
             
           
この記事の原文は、『週刊朝日』2013年9月27日号に掲載された記事のひとつであり、
そして【dot.(ドット)】に2013年9月24日に配信されていた。

少し古い記事であるが、私はいまだに老後生活のあり方を模索する時もあるので、
真摯に学びたく、無断ながら転載させて頂く。
              
《・・「おひとりさま」の上野氏語る パートタイム家族のすすめ

「子どもの世話には、なりたくない」という団塊世代の女性が増え、
ちまたではサービス付き高齢者向け住宅も急増している。

社会学者で『おひとりさまの老後』などの著書がある、社会学者の上野千鶴子さんは、
理想の老後生活のあり方についてこう語る。
             

高齢者福祉では、医療、看護、介護の三つの連携が重要です。
しかしこれに加え、ようやく「居住」も、注目され始めたと感じます。

最近では施設の住宅化と住宅の施設化の双方向からの歩み寄りがあり、
そのあらわれのひとつが、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の普及です。

サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)は集合住宅ですから、
隣の生活音が気になる人もいますし、一方では、身近に人の気配がある環境に安心する人もいます。
好きずきですね。

その人の健康状態にも、よりますね。
元気なときは、一人でも大丈夫だったけれど、大病してから不安が強くなり、サ高住に入居した人もいます。

そのサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)には緊急ベルがあって、
呼べば夜中でも担当者がかけつけてくれるから、安心だとおっしゃっていました。

私は、住みなれた住宅で、最期まで暮らしたいですね。
住宅というのは、たんなるハコではなく、身体の延長であり思い出の集積ですから。
             

日本の高齢者は、持ち家率も高いし、貯蓄率・貯蓄額も高い。

高齢期になって、わざわざ有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に移って、
高い入居金や住居費を支払うくらいなら、
自分の家に住んで、その分を外からサービスを購入する費用にあてる方が、よいのではと私は思います。

ただ、私のように最期まで住みなれた自宅でと思っていても、
子世代と同居しているばっかりに、子どもに追い出されるように、施設へ入居したりということが起きます。

あるいは自宅を売却して高齢者住宅に住みたいのに、子どもの反対で住めない人もいます。

日本では、年金も資産も子どもが管理して、使わない、使わせない傾向があります。
親の資金をあてにしない子どもとの関係が、必要ですね。

それと、そもそも親子は、同居しないこと。
日本人は要介護になったときに、子どもがいれば「なぜ同居しないの?」と言われます。

ですが親子で同居していると、子どもに資産を管理されてしまいがちです。
子どものほうも、24時間介護では大変な思いをします。

ならば、はなから親子で、別々にすむこと。
パートタイム家族と考えて、通いながら介護をすればいいのではないでしょうか。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
             

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は67歳の家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に築後39年を迎えた古ぼけた一軒屋に住み、
お互いの厚生年金を頂きながら、程ほど貯金を崩しながら、ささやかに過ごしている。

こうした中で、いつまでもささやか倖せを続くことは考えられないので、
いつの日にか、どちらかが介護を受けることも、漠然としながらも私は思案する時もある。

日本人の平均寿命は、1956年(昭和31年)の当時は、男性が63.59歳、女性が67.54歳であったが、
その後、食生活の改善や医療の進歩などで延び続け、
おととしの2015年(平成27年)には、男性が80.79歳、女性が87.05歳と私は学んだりした。

そして介護の必要がなく、健康的に生活できる「健康寿命」も、
2013年(平成25年)の時点の推計で、男性が平均で71.19歳、女性が74.21歳と知ったりした。

こうした中で難題は『健康寿命』と『平均寿命』の間で、介護を要する期間である。
                          

私たち夫婦は、頼れる人もいないので、介護・要となった時は、やむなく介護施設に思っているが、
介護施設に入居して、平均5年ぐらいで、亡くなる方が多いと学んできた。

そして要介護認定されている場合は、
特別養護老人ホーム(特養)や介護老人保健施設(老健)などの介護施設のほか、
有料老人ホーム、 介護型のサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)やケアハウス、グループホームなどを学んだりしてきた。

しかしながら、特別養護老人ホーム(特養)の入居は競争が激しく、やむえず有料老人ホームを思案したりした。

そして東京や大阪などの大都市の有料老人ホームは、入居一時金が3千万円ほど必要。
更に月々の管理費もかかり、入居時に4千万~5千万円ぐらいの資産がなければ・・と読んだ時、
裕福でない私は溜息を重ねたりした・・。

或いは地方なら有料老人ホームなどの高齢者住宅でも、1千万円ぐらいの物件がある、と学んだりしてきた。
     
我が家も無念ながら程ほどの貯金しかなく、高価な有料老人ホームには、とても・・と思ったりしている。
そして程ほどの介護施設に入ったとしても、永らえば、やがて貯金が底をつく、と思い憂いたりし、
やはり私の晩年期の最大の難題と思いを深めたりしている。
             

私は2004年(平成16年)の秋に定年退職後、多々の理由で、年金生活を始めた。
そして私は、家内より早く亡くなると思いながら、
私たち夫婦は、公正証書の遺言書を作成できる処に出向いたのは、年金生活を始めて、まもない時であった。

もとより遺(の)こされた家内が、生活に困苦しないように、
私は、少なくとも責務と深く思いながら、実施してきた。

そして悩ましい相続に関しては、私が亡くなった後に、家内、私の兄妹の間で、揉めることなく的確にしたい為に、
作成したこともあったりした。

こうした中で、私が亡くなった後は、質素な家族葬として、
墓地は一代限りとなるので、長兄の子供である甥っ子ふたりに何かと面倒をかける、と長年に思案した結果、
私たち夫婦は樹木葬ができる墓地を買い求めたりした。

そして永代使用権、永代供養料、永代管理料などを一括納入し、
いつの日にか、埋葬されて、土に還える、と私たちは選定したりした。

そして私が亡くなった後は、やむなく自宅を売却して、小さなマンションを買い求めて、
趣味を大切にして、生活して欲しい、と私は家内に幾たびに言ったりしてきた。
             

しかしながら、この世はまさか予期しない出来事もあり、
家内が私を残して、あの世に旅立つこともある。

こうした時は、私は古ぼけた一軒屋に住み、『おひとりさま』の生活を過ごすか、
或いはやむなく自宅を売却して、小さなマンションを買い求めて、『おひとりさま』の生活を過ごすか、
ときおり私は思案する時もある。

こうした状況に私が遭遇させられた時は、私自身が『健康寿命』の範囲で、
今のように平素の買物をしたり、自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを散策を
できるかどうかで決まる、と思ったりしている。

或いは介護要となってしまい、やむなく介護施設に入居する場合も、あり得る。

このように私は年金生活12年半の中、漠然としながら思案したりしてきた。
             

今回、上野千鶴子さんの理想の老後生活のあり方を多々学び、
いずれにして、いつの日にか、それぞれ決断をする時がある、と思いながら、
晩秋期のそれぞれの決定する要素は、資金も時間もやり直しがきかない事項と思い、再び模索したりしている。

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