夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
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日本の高齢者は、なぜこうも「不機嫌」なのか、つたないサラリーマン航路を歩んだ72歳の私は学び、やがて微苦笑を重ねて・・。

2017-05-16 15:47:20 | ささやかな古稀からの思い
先程、ときおり愛読しているネットの『東洋経済オンライン 』を見たりしていた中で、
【 日本の高齢者は、なぜこうも「不機嫌」なのか
           ~会社にへばりつこうとすることと密接な連関~ 】と題された記事を見た。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の72歳の身であるが、
どのようなことですか、と思いながら記事を精読してしまった・・。

この記事を書かれた御方が、初めて知るコミュニケーション・ストラテジストネットの岡本 純子さんであり、
『東洋経済オンライン 』に5月16日に配信され、無断ながら転載させて頂く。

《・・日本の高齢者は、なぜこうも「不機嫌」なのか
             

世界中に「怒り」が蔓延する中で、特に最近、日本で話題になるのが、キレる高齢者だ。

駅や病院などでの暴力、暴言、犯罪などが取りざたされ、高齢者に対する若い世代の反感の声が強まっている。
まさに、世代間闘争の様相を呈しているが、なぜ、日本の高齢者は「不機嫌」なのか。
そこに処方箋はあるのだろうか。

気がつくと、確かに、身の回りでも、頑迷で不機嫌なお年寄りを見掛けることが多くなった。

筆者も先日、こんなシーンを目撃した。
電車内で、やや足を伸ばして座っていた若い女性に対し、
途中から乗ってきた高齢の男性が、その足を軽くたたき、「邪魔じゃねえか」とキレ、つかみかかるようにして声を荒げた。

その後、その女性も負けじと「あんた、触ったでしょ」と応戦、すさまじい言い合いバトルに発展した。
高齢男性にとっては、その反撃が意外だったようで、逃げるように降りたが、女性が猛然と追いかけていく展開となった。

別の日には、バスの中で、子供が泣いているところを母親が必死であやしていたのだが、
後ろに座っていた老夫婦が顔を見合わせ、
「ああいうのは、親が何とかすべきだよねえ」などといらいらしながら話しているのを聞いた。
             

☆高齢者は本当に「キレやすい」? 

保育園の建設に「うるさくなる」と反対する。
若い駅員を怒鳴りつける。
店員にいちゃもんをつける。

人の言うことを聞かず、自分の主張ばかりを声高に叫ぶ――。
そんなイメージばかりが増幅し、高齢者害悪論がはびこるが、
はたして、高齢者は本当に若年層よりも「キレやすい」のだろうか。

確かに、高齢者が怒りやすい、という説はよく聞く。
高齢になると脳の前頭葉が収縮し、判断力が低下し、感情の抑制が利かなくなるというものだ。

また、男性の場合、男性ホルモンであるテストステロンが低下し、
60代、70代になると、女性の更年期にも似た抑うつ症状が起きるという。

こういったことから、欧米でもGrumpy old man syndrome (気難しいお年寄り症候群)、
Irritable male syndrome(イライラ男性症候群)といった症状が顕在化するとも言われている。
             

☆定説は?

しかし、驚くことに欧米では、「年を取ると、より性格が穏やかになり、優しくなる」というのが定説だ。

筆者も通算6年ほど、イギリスやアメリカで暮らしたが、
お年寄りになればなるほど、話し方がゆっくりになり、気は短くなるというより、長くなる印象がある。

一昔前までは日本でも、こちらのイメージのお年寄りが多かったように思う。

科学的に見ても、そういう傾向を実証するデータは多い。
今年1月にイギリス・ケンブリッジ大学の脳科学者たちは、脳の分析調査を発表、
「年を取るほど脳の前頭皮質が薄くなり、よりしわになることなどから、気が長くなり、穏やかになる」と結論づけた。

ケンブリッジの科学者の言葉を借りれば、
「人間は年を取るほど、神経質ではなくなり、感情をコントロールしやすくなる。
同時に、誠実さと協調性が増し、責任感が高まり、より敵対的でなくなる」のだそうだ。

これはまさに、日本の高齢者に対する評価とは真逆である。
             

☆人は年を取るほど幸せを感じるはずなのに…

不満を抱える日本の高齢者。
これは世界的な幸福度の調査からも垣間見える。

そもそも、幸福度を測るランキング調査などにおいて、
日本は先進国の中では、かなり低い順位に終わることが多い。

たとえば国連の「World Happiness Report 2017」によれば、
日本の幸福度は世界155カ国中51位。
サウジアラビアやニカラグア、ウズベキスタンなどよりも低い。

OECDの「Better Life Index(2015)」によれば、人生に対する満足度は、38先進国中29番目だ。
これについては、日本人はこうした調査において、低めの点数をつける傾向があるとの指摘がある。

だから、国際比較にはあまり意味がないという人もいるが、
それはさておき、問題は、日本では年を取るほど、不幸だと感じる人が多いという結果である。

人は年を取るほど、幸せを感じる人が増える。
これは欧米などで顕著な傾向だが、日本では、まさにその逆。

年代別の幸福度を追った調査では、先進国においては、
幸せは若いころに高く、中年で低くなり、高齢になって再び上がるというまさにUカーブの傾向がある。

17~85歳までの2万3000人を対象にしたロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの調査では、
最も幸せなのは23歳と69歳だったそうだ。
一方、日本では年を取るにつれ、幸福度が下がっていく。

年を取れば幸福になるという傾向について、英『エコノミスト』誌は
「年を取るほど、争いごとが少なく、争いごとに対するより良い解決法を出せる。
感情をコントロールすることができ、怒りっぽくなくなる。

死が近づくと、長期的なゴールを気にしなくてよくなり、今を生きることが上手になる」
と分析しているが、なぜ、こうした現象が日本では起きないのか。
             

これには多くの原因が考えられるだろう。
朝日新聞の声欄では、「キレる高齢者が増えている」と指摘する若者の意見に対し、
高齢者の立場からさまざまな意見が寄せられている。

「暇なんだ」、「話し相手が欲しい」、「自分にイライラしている」、
「私たちは一生懸命働き、そのおかげで日本は先進国入りをし、東京オリンピックまでやれた。
お国のために働き続けてきた私たちの言動を大目に見てほしい」、

「昔のように3世代が一緒に暮らすことも、
お寺で法話を聞いた後に、他の信者と会話を楽しむことも少なくなった。

人生に対する不安や不満を、誰も本気で聞いてくれない。
老年期は寂寥(せきりょう)感がつのるばかり」などといった声が集まった。
             

☆満たされない承認欲求

病気、身体的な不自由。金銭的な不安。

さまざまな要素は折り重なるとしても、これは世界各国共通の話である。
「なぜ、日本だけが」という話については、(略)筆者が特に、大きな要因ではないかと考えるのは、
高齢者の深刻な孤独感、そして、満たされない承認欲求だ。

以前、日本の中高年男性が特に孤独であるという話(日本のオジサンが「世界一孤独」な根本原因)を書いたが、
社会的孤立感は幸福度を最も大きく下げる原因であり、
都市化、過疎化、核家族化、少子化などによって、その度合いは年々、加速している。

と同時に、人としての生きがいの重要な柱である「人に認められたい」という欲求が
満たされる機会が、ほとんどなくなってしまっている。

「承認欲求」は人間の根源的な欲求の1つだ。
子育てや仕事で認められ、感謝され、必要とされていた自分が、
いつの間にか、邪魔な存在になっている、と感じるとき、人は生きがいを失うのではないか。

そこに重なるのが、「特に、経済的ニーズがない人でも、いつまでも会社や組織にへばりつこうとするのか」
という疑問だ。

企業のトップなどを経験した後、顧問や相談役などとして、会社に残り続けようとする人たちは少なくない。
今、大変なことになっている電機メーカーを含めて、顧問や相談役がワンフロアに集結し、
「老人クラブ状態」というのは、よく聞く話だ。

何でも、こういう人々は、「部屋」と「黒塗りの送迎の車」と「秘書」、
この3種の神器を失うことが、何より怖いのだという。
             

☆エグゼクティブは退職後、チャリティ活動へ

ひるがえって、欧米などでは、企業のトップや幹部は、日本のエグゼクティブの10倍も100倍も稼ぎ、
とっとと辞めて、リタイアメントライフを送るのを楽しみにしている。

世界に散らばるセカンドハウスを行き来したり、好きな趣味に没頭したり、講演活動をしたり。
リタイアメントはまさに、夢を実現する待ち焦がれた時間でもある。

こうしたエグゼクティブは退職後、チャリティ活動にいそしむ。
たんまり稼いだおカネをごっそりと寄付し、〇〇図書館、××ホール、などと名前を冠した施設を造ってもらう、
慈善事業に寄付して、ありがたがられる。

また、それほど余裕がなくても、ボランティアなどして、社会貢献をする。
こうしたことで「承認欲求」「名誉欲」を満たしていくのだ。
             

日本ではこうした話は、あまり聞かない。
黒塗りに固執するおじさま方が恐れているのは、社会から認められなくなる、必要とされなくなる、
そういった高齢者特有の喪失感なのだろう。

批評家の浅田彰氏は、「(ドナルド・トランプ勝利の背景には)白人男性を中心とする『サイレント・マジョリティ』の『承認』欲求、
つまり、過剰な『承認』を受けているかに見えるマイノリティへの嫉妬と憎悪が異様に亢進していたことがある」と看破したが、
日本のキレる高齢者の怒りのマグマの源泉は、同様の「満たされぬ承認欲求」といえるのかもしれない。

キレる高齢者が増えている、というが、それは社会全体に高齢者が増えたから、
そう見えるという側面はあるだろうし、

単に、年を取れば、気が短く怒りっぽくなるからということで、片づけられるものでもない。

そうした意味で、高齢者を疎外したり、単に批判したりしても、何ら問題は解決しないし、
今若くても、誰もがいつか同じように、自らの成功体験をひけらかす頑固で、
怒りっぽい高齢者になるかもしれないのだ。

高齢者の承認欲求という渇望を満たすためには、
新たな顕彰のシステムやコミュニティづくりのアイデアも必要だろう。

また、世代間、さらに高齢者同士のコミュニケーションが、質量ともに絶対的に不足している。
声をかける。あいさつをする。感謝をする。褒める――。

何げない言葉がけや会話から、お互いをハッピーにするきっかけは、生まれてくるはずだ。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
             

私は東京オリンピックが開催された1964年(昭和39)年の秋に、
大学を中退し、アルバイトや契約社員をしながら映画・文學青年の真似事して、やがて敗退して、
やむなくサラリーマンに転進する為に、コンピュータの専門学校で一年ばかり学んだ後、
この当時は映像・音響の大手メーカーの民間会社に、何とか中途入社出来たのは、1970年(昭和45年)年の春であった。

そして配属された音楽事業本部の片隅で勤めていた私は、
まもなくこの中のひとつの大きなレーベルが、外資系のレコード会社として新設され、私も移籍の辞令を受けて、
音楽に直接に関わる制作畑ではなく、商品、情報、経理、営業畑などの部門を異動したりして、
35年近く勤め、2004年〈平成16年〉の秋に定年退職した身である。
             

こうした中で幾たびもリストラが行われたりし、
やがて1998〈平成10〉年に音楽業界の売上の主軸となるCDがピークとなり、
この前後は、各レコード会社が社内業務の見直し、組織の大幅な改定、グループ会社内の統廃合、
そして資本による合併などが行われたりした。

これに伴ない、正社員のリストラが行われ、
人事配置転換による他部門の異動、出向、早期退職優遇制度により退職が行われ、リストラ烈風となった。

こうした中で、私の勤めいていた会社も、人事配置転換による他部門の異動、出向、早期退職優遇制度が実施された。
                    
そして激動の1998年(平成10年)の前後は、先輩、同僚、後輩の一部の人が、
やむなく第二の人生を選択し、早期退職優遇制度に申請を出されて、退職されたりした。

やがて私は1999年(平成11年)の新春、あえなく出向となった。
           
もとより出向身分は、会社に直接に貢献できる訳もなく、まぎれなく戦力外なので、
私は都心にある本社に30年近く勤めたが島流しのように放り出され、
屈辱と無念さが入り混じ、私でも失墜感もあり都落ちの無念さを感じたが、
半年後から何とか馴染み、朝は4時45分に起床して、帰宅は早くても夜9時過ぎが多く、奮戦したりした。
                    
出向先は少し遠方地にある各レコード会社が音楽商品のCD、DVDなどを委託している物流会社で、
この中のひとつの物流センターに異動させられて、
販売店からの日々変動の激しい日毎の受注に応じた出荷作業、
或いは返品を含めた商品の出入り、保管などの業務管理を行っていた。
             

こうした中でセンター長をはじめとする正社員の5名の指示に基づいて、若手の男性の契約社員、アルバイトの10名、
30代と40代の多い女性のパートの120名前後の職場であった。

やがて私は若手の契約社員、アルバイト、そして女性パート人達と業務上の打ち合わせ、親睦会、
そして現場での立ち話したり、管理部門として立場で、社内の事情を把握するにつれて、
意外と賃金を含め冷遇されていると解かってきた。

そして物流現場で多くの人達に効率よく動いて頂く為に、上に立つ方に様々なタイプがあることを知った。
短絡的に云えば、あたりは柔らかく指示するタイプ、或いは威圧的に形で指示するタイプであった。

私のそれぞれの若手の男性の10名、そして女性のパートの120名前後のお方に性格を知る必要があると思い、
ともかく私なりに脳裏に刻み、 多くのお方のその人なりの長所と短所を覚えた。

私は出向の身分で、ある面の責務は物流会社にゆだねられることもあった為か、
あたりは柔らかく接することができ、たとえばミスなど気付いた場合、
その当人の性格を加味し、人前を避けて注意したりした。

もとより再発防止が目的であるので、威圧的に行っても当人が傷つく場合が多いので、
これは私の性格からして避けたのである。
そして物流センターの現場では、出来る限り笑顔で大きな声で接していた。
        
やがて私は出向先で2004年〈平成16年〉の秋に、何とか定年退職を迎えられたのである。
             

まもなく出向先の物流会社で私の歓送会を開催して頂き、
女性のパート方達から花束、贈呈品、そして色紙にほぼ全員からの短かなメッセージを見た時、
涙があふれそうになり困ったのは事実である。

私は現場で立場の弱い人達から、限りなく多くの心の勉強をさせて頂いた。
指示する立場であれ、傲慢さをなくし謙虚な言動がいかに大切なのかを、
改めてこの人たちから多々学んだのである。

私は殆どレコード会社の本社で情報畑、管理畑で30年、その後の5年は物流会社に出向で、
サラリーマン生活を終えたのであるが、
今でもこの物流会社で出向したことは確かな心の節度として、かけがえのない貴重な財産と思っている。
             
           
そして、私は出向身分であったので、何とか烈風から免れたのも事実であり、
定年前の退社された同僚、後輩に少し後ろめたく、退職後の年金生活に入った理由のひとつとなった。

しかしながら根底の実情は、この当時は大企業も盛んにリストラが実施され、
たとえ私が定年後に新たな職場を探しても、これといった突出した技術もない私は、
何よりも私なりに、出向先で体力も気力も使い果たしてしまった。

このような拙(つたな)いサラリーマン航路であり、もとより一流大学を卒業され、大企業、中央官庁などに
38年前後を邁進し栄達されたエリートとは、遥かに遠い存在であり、
何かと半生記は自慢史が多い中で、私は砂漠にある一粒の砂に過ぎない、と感じ深めたりしている。
                           
そして定年退職するまで人生は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれながら、つたない言動も多く、
ときおり敗残者のように感じることも多く、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思い、年金生活を始め、早や13年生となっている・・。
             

今回の記事を私は読みながら、小心者の私は年金生活の中、高齢者が暴力、暴言、犯罪などに関しては、
お歳を召されて、今までこの人生、何を学ばれたのですか、と苦笑されたりし、
私は人の痛みを学んできたので《・・年を取ると、より性格が穏やかになり、優しくなる・・》このように感じたりした。

まして《・・企業のトップなどを経験した後、顧問や相談役などとして、会社に残り続けようとする人たち、
こういう人々は、「部屋」と「黒塗りの送迎の車」と「秘書」、この3種の神器を失うことが、何より怖い・・》
中小業で奮戦してきた私は、無縁であったが、心の節度が欠けた御方たち、と微苦笑をさせられたりした。

そして何かと気弱な私としては、年金生活の中、いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩くことが多くなっている・・。

もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
歩くことが何より健康体の源(みなもと)と思い、そして適度な熟睡する睡眠、或いは程ほどの食事が、
セカンドライフ健康体と信愛し、年金生活を過ごしている。

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