夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

「ボツイチ」になった時、立ち直るためのアドバイス、ときおり『おひとりさま』になる私は、真摯に学び・・。

2017-04-23 16:20:37 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅に住み年金生活をしている72歳の身であるが、
ときおり愛読している朝日新聞社系の基幹サイト【dot.(ドット)】を見ている中、
【 「ボツイチ」楽しむシニア 秘訣は“好きな人を作る”? 】と見出しを見てしまった。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で古ぼけた戸建に住み、年金生活も早や丸12年半が過ぎてきた・・。

そして家内は、私より5歳若く、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

今回、『ボツイチ』と見出しを見て、どのようなことなの、と思いながら記事を読み始めたら、
《・・死に別れのおひとりさまを「ボツイチ」と呼ぶ・・》と齢ばかり重ねた私は、初めて学んだりした。

そして我が家は、ここ数年、ときおり家内が独り住まいの家内の母宅に、
家内の妹と交代で、看病で宿泊することも多くなっていて、
私は我が家で独りぽっちの『おひとりさま』の生活をしたりしている。

こうした時、年に数回ぐらい、この世は予測できないことも多々あり、
まさかの出来事で、家内に先立たれることも考えられるので、
私が『おひとりさま』になってしまうことを思案する時もある。

こうした心情を秘めている私は、記事を最後まで精読してしまった・・。
             

この記事の原文は『週刊朝日』の2015年12月25日号に掲載された記事のひとつであり、
朝日新聞社系の基幹サイト【dot.(ドット)】に2015年12月21日に配信されて、
無断ながら転載させて頂く。

《・・一人暮らしのシニアが増えている。
近頃は死に別れのおひとりさまを「ボツイチ」と呼ぶことも。

大切な人を失えば、喪失感に襲われる。
立ち直るきっかけは、何か。

料理をしたり、旅をしたり、恋をしたり・・・。
自分なりのサバイバル術で、前向きに強く生きる人たちを紹介する。
             

立ち直りに時間がかかりながらも、夫との「思い出の地」を巡り、
心を整理したのは、愛知県在住の荒木和子さん(78歳)。

夫は6年前の正月の朝、食事中に目の前で倒れ、帰らぬ人となった。
さよならも言えなかった。

「そのときは、次男が同居していたので、世話をすることで悲しみはまぎれましたが、
3年間は死を受け入れられませんでした」

亡くなって4年目の暮れ、夫が残した多くの書籍のリストを作ることを思い立った。
会社を定年後に、明治維新やシーボルト、地方史の研究などに取り組んでいた。

故郷・群馬の文書館に書籍リストを送り、利用できる書籍を17冊選んでもらった。
「去年その本を車に積んで、主人が通った文書館に一人で行きました。
主人とよく泊まった浅間温泉にも、今年は3度出かけました」

思い出の場所に一人きりで出かけ、楽しめることが、大きな変化だった。

「今私が元気でいるのも、夫と過ごした年月のおかげだなと気づきました。
6年過ぎて、やっとたどり着けた境地です。

40代で独身だった次男も昨年所帯を持ち、ホッとしました。
体の動く限り、どこでも行きたいですね」

荒木さんは、おひとりさまの境地を深めたようだ。

違う異性に恋をして、「どきどき」を生きがいにした例もある。
             

本誌でおなじみの帯津良一医師(79歳)は、まさにその達人。
今年1月、愛妻(享年69歳)の七回忌を迎えた。

だがその別れは、衝撃的なものだった。

「6年前、妻と娘で、浦和のホテルに泊まりに行っていたんですが、
娘から朝電話があって、『大変だーお母ちゃんが死んでる!』と。
持病もなかったので、まさかという思いです」

警察がホテルに入った。
鑑識の見立ては、心筋梗塞。

「私は患者さんが亡くなっても泣かないので、身内が死んで泣いたら恥ずかしいと思った。
でも何より驚きすぎて、涙が出なかった」

今は一人で、埼玉のアパートに暮らす。
「娘や息子と暮らせば?、という声もあるんですが、
老後の世話のために、家族を呼ぶのはどうかと思うし、一人も慣れれば楽。

貝原益軒を師と仰いだ神沢杜口も44歳で妻を亡くした後、
娘と住んだらと親戚に言われたが、一人暮らしをした。共感します」

帯津医師の場合は、講演や執筆のためにホテルに泊まることも多い。
その時間が気分転換にもなるという。
「とくに書くことは、新たな世界を得た感じでいい。締め切りに追われることすらどきどき」
             

もう一つの楽しみが、大好きなお酒と、恋だ。
「町の蕎麦屋や居酒屋に行くのが楽しくて。しかもそこに意中の人がいれば最高」

数年前に、東京・神田のウナギ屋の60代の女将に「好きだ」と告白したという。
「旦那さんもいる人だが、粋でね(笑)。
最近は私の友人が、紹介しろと言って、ウナギ屋についてくる。
好きな人は3人くらい作るといいですよ、片思いでもね」

恋は医師にとっても、薬以上の効き目があるようだ。

☆立ち直るためのアドバイス

※泣きたいときは思い切り泣く
※引きこもらない、酒におぼれない
※自分や伴侶のことを知らない人と会ったり、まったく新しいことに挑戦する
※自立心を持つ(家族と住んでいるときから家事をする)
※伴侶以外に腹を割って話せる友人を持つ
※元伴侶に遠慮せずにどんどん恋を(再婚も)
※あまりに立ち直れなかったら専門医を訪ねる

(帯津医師、精神科医の和田秀樹医師への取材から)・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
             

過ぎし2010年8月下旬の頃に、私は医学博士で病院長の帯津良一さんに、紙上でめぐり逢えた。
新聞の出版広告で偶然に読み、この雑誌が女性月刊誌の『婦人公論』と知り、
私は恥ずかしながら買い求めて、精読したりした。

《・・(略)・・私の理想は、「達者でポックリ」逝くことです。
死ぬ直前まで自分の足で歩き、自分の口で食べ、自分の頭で考えることができる。
「寝たきり」とは180度対照的な死に方が、「達者でポックリ」だと言えるでしょう。
・・
人生は生老病死ーーつまり死も含めて、丸ごと自分の人生なのだから、
「死に時」も「死に方」も自分らしくありたいという考えが基本です。
                                                

「いたずらに死を恐れるあまり不要に長生きしても意味がない」と考えるようになったのは、
このホリスティック医学の考え方に共鳴し、
その理念に基づいて自らの病院を設立した40半ば以降です。
・・
私もブラッと飲みに行けなくなったら、そろそろ「死に時」ですかねぇ(笑)。
理想は、下町の小料理店に出向き、さぁ、今日は何をツマミに飲もうかなとワクワクして暖簾をくぐっているときに、
心筋梗塞でバタッと倒れるなんていうのがいいですね。

年齢に関していえば、80歳くらいまで生きれば十分ではないですか。
もちろん、肉体面でも精神面でも人それぞれ個人差がありますから一概には言えません。

しかし、自力で自由に動けるのは、せいぜい80代まででしょう。
90代になると、何かしら衰え、欠けてくる。
いくら頭がしっかりとしている人でも、足腰が立たなくなったり、その逆のケースも起こります。

ましてや100歳なんて、どんな人でもポンコツになっているはずですよ(笑)。
おめでたいと言うけれど、100歳以上は、やはり「生き過ぎ」だと私は思います。

これとこれができなくなったら、自分はそろそろ「死に時」かもしれない。
その線引きは人それぞれですし、それがわかれば、
「生きているうちにこれだけはやり遂げておこう」という人生のテーマも見えてくる。

つまり、自分にとってベストな「死に時」を考えことは、
今、生きているこの時間を最大限に充実させて生きていくことにもつながるのである。(略)・・》
                                   

このような深く学び、今後の確かな晩年期の導きの御人にめぐり逢えた、と深く感じて、
これ以降、帯津良一さんの言動に注視して、信愛を重ねている。
                          

今回の記事を読み、私は多々教示されたが、私が思考している「ボツイチ」の『おひとりさま』の生活観、
だいぶ違うかしら、と私は微苦笑をしたりした。


私は家内が亡くなった時は、世の中はこのようなこともあるの、
と茫然(ぼうぜん)としながら失墜感を深めて、やがて四十九日を終えて、樹木園に行き、埋葬をすると思われる。

そして家内に先立たれた時、こうした古ぼけた家でも小庭の手入れも含めて維持管理するのは、
私たち夫婦の長き航路を歩み、愛惜感もあり、苦痛が増したりするので住めないだろう、と私は改めて感じている。

やむなく小庭のある古惚けた一軒屋を処分し、大きな公園が隣接した場所で、
小さな2DKのマンションに転居すると思われる。

そしてスーパーと本屋に徒歩10分前後で行けた上で、
大学総合病院に公共の路線バスなどの利便性のある場所を選定するだろう。
                                                                                  
この前提として、もとより住まいが狭くなるので、
やむなく本の大半は処分し、500冊前後に厳選した上、
映画作品のDVD、そして音楽のCD、DVDは程々に多いがすべて移動する。

こうした独り身の『おひとりさま』になった時の私の日常生活は、
付近の公園で四季折々の情景を眺めながら散策したり、
スーパーでお惣菜コーナーの売り場で買い求めたり、本屋に寄ったりして、数冊を購入する。

そして小さな2DKの12畳は居間として、少し大きめのテープルを置き、壁一面に本と映画・音楽の棚で、
テープルにはバソコンを置き、窓辺のバルコニー越しにマンション敷地内の大きな樹木が数多く観え、
食事もこのテーブルを使い、四季折々の常緑樹、落葉樹の情景を眺める。

そして6畳はベットの下には、収納棚に下着と靴下、壁側は衣服棚・・
付近の区立の小公園を散策代わりに、毎日のように歩く。
                                                                                                             
こうした中で、週たった一度だけ定期便のような居酒屋に行き、
中年の仲居さんと談笑し、からかわれながら、純米酒を二合ばかり呑むだろう。

そして私は家内の位牌の代わりに、定期入れに愛用した革のケースに、
家内のスナップを入れて、いつも持ち歩くと思われる。
                            

こうした日常生活を過ごすと思われるが、
私は国内旅行も好きなので、少なくとも年に4回ぐらいは2泊3日前後で、各地を訪れるだろう。

劇作家のチェーホフの遺(のこ)された、
《・・男と交際しない女は次第に色褪せる、女と交際しない男は阿呆になる・・》
と人生の哲学のような名言は、どうしたらよいの、と私は考えたりするだろう。

やむなく、私は宿泊先の仲居さんで、お酌をして下さる方たちと、
やさしくふるまいながら語りあうと想像される・・。

そして、その夜は枕元に革ケースを置いて、
人生はいつまで続くの・・、と天上の人となった家内に呟(つぶや)きながら、眠るだろう。
                                       

このようなことを私は、ときおり思案してきたが、こればかりは、
その時になって動顛しながら、初めて実感されことだよねぇ、と私は心の中で呟(つぶや)いたりした。

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