夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

終末期の患者との対話 反復と沈黙を繰り返し信頼関係築く、私は学びながら、やがて平素の夫婦間の会話でも・・。

2016-10-16 16:03:32 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅に住み年金生活をしている72歳の身であるが、
先程ときおり愛読しているネットの『NEWS ポストセブン』を見たりしていると、
【 終末期の患者との対話 反復と沈黙を繰り返し信頼関係築く 】と見出しを見て、
真摯に学びたく、精読した。

この記事の原文は、『女性セブン』の2016年10月20日号に掲載された記事のひとつであり、
関連の『NEWS ポストセブン』で2016年10月12日に配信されていたが、 無断ながら転載させて頂く。

《・・「究極の苦しみ」の中にいるのが、終末期を迎えた患者さんだ。

そして、「終末期を迎えた患者さんのお話に、じっくりと耳を傾けること。
それが『苦しみの中でも穏やかにすごす大切な秘訣』を学ぶ第一歩である」と話すのは、
これまで2800人以上の患者さんを看取ってきたホスピス医の小澤竹俊さんだ。

終末期の患者さんと向き合う中で、
「苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかってくれる人がいると、とても嬉しい」
と実感したという小澤さんが、「患者さんの話を聴く」ということの意味を語る。
            

ここで、あるホスピス病棟の患者さんと、3人の看護師のやり取りを例にあげ、
「丁寧に話を聴く」とはどういうことなのか、考えてみましょう。

患者さんは、余命3か月の宣告を受けた、40代後半の女性。
その彼女が、「昨夜、眠れなかったんです」と訴えました。

それに対し、1人目の看護師は「だって昨日の昼間、ずっと寝ていたじゃないですか」と答えました。
残念ながら患者さんは、この看護師には心を開くことができません。

2人目の看護師は「じゃ、今晩は睡眠薬の量を増やしましょう」と答えました。
そうお声がけする気持ちはわかるのですが、この言葉も、患者さんの心には響きません。

ところが3人目の看護師は、「そうですか、昨夜、眠れなかったんですね」と患者さんの言葉を反復すると、
足を止め、正面から患者さんと向き合いました。

患者さんの言葉に潜む苦しみをキャッチしたからです。
患者さんは「そうなんですよ」とつぶやき、軽くうなずきました。

苦しみをキャッチしたら、言葉を反復し、正対する。
それこそが、単なる「話し相手」ではなく「理解者」になるための、聴き方の基本です。

そして、苦しみを抱えた人が「この人は自分の苦しみをわかってくれた」と感じたときに
初めて発するのが「そうなんですよ」という言葉であり、とても重要なキーワードだといえます。
            

さて、患者さんと3人目の看護師のやりとりの続きをみてみましょう。
看護師は、患者さんの目を見て、黙りました。

励ましの言葉をかけたいところですが、しばしの沈黙を大切にすることも、
苦しみを抱えた人にとっての「理解者」になるためには大事なのです。

やがて患者さんは口を開きました。
「昨夜は隣の人がうるさかったんです」

「隣の人がうるさかったんですね」
看護師は患者さんの言葉を反復してうなずき、目を見て再び黙ります。

さらなる沈黙のあと、患者さんはこう言いました。
「・・実は、家で待っている主人や子供のことが心配で、昨夜は眠れなくなりました」

これこそが、患者さんが本当に聴いてほしかった気持ちです。
しばしの沈黙が、秘めていた相手の思いを引き出しました。

反復と沈黙を繰り返しつつ、「そうなんですよ」という「気持ちが伝わった信号」をキャッチし、
うなずきながら相手の話を聴く。

そうすることで初めて、会話の内容が深まり、信頼関係が少しずつできあがっていきます。

もしみなさんが、人とのコミュニケーションに悩んでいるなら、
ぜひこうした聴き方を実践してみてください。

そうすることで、きっと相手から「この人は、自分のことをわかってくれる」と感じてもらえるようになるはずです。
            

「苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかってくれる人がいると嬉しい」というのは、
人生の最後が近づき、究極の苦しさの中にいる人だけでなく、万人が抱いている感情だといえます。

わかってもらいたい気持ちを、うなずきながら反復してくれる。
自分を肯定してくれる相手に、人は必ず心を開きます。

人生最後の時が近づいたかたがたと向かい合える人は、
日常の中での悩みや苦しみにも対応できるはず・・私はそう思います。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
            

私は多々教示され、やがて飛躍すれば平素の夫婦間の会話でも、ときおり会話してきたことに思いを馳せたりした。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったで、たった2人だけの家庭である。
そして何かと私の兄妹にも、ためらいがあることなどは、お互いに話し合ったりしてきた。

私は数多くサラリーマンと同様に多忙な勤務をして、夕食は7時にすることなどは殆どなく、
深夜の11時前後に帰宅することが多く、こうした時でも私は夜食をつまみながら、
疲れて眠さも感じたりしていた中でも、お互いに本日の出来事を話したりしてきた。

ときには私の兄妹との確執も話したり、或いは私が40代の初めに顔の鼻近くに不可解な腫瘍と見られる腫(は)れが出来、
やがて築地にあるガンセンターで手術を受けて切開して頂いたりした。

少なくとも、こうした時は私にしても、家内にしても、我が家の人生の危機で、
これ以外でも幾たびか遭遇して、私たちは真摯に話し合い、何とか乗りこえてきたが、実態であった。
            

今回の記事に於いて、私は数多く学びながら、特に《・・この人は、自分のことをわかってくれる・・》、
少なくとも夫婦間でも、そうですよねぇ、と私は深く同意をしたりした。

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