夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

この年始の三が日、私の昼食は、ここ13年は温かいご飯に大根(ダイコン)下(お)ろし・・。

2017-01-04 12:32:34 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の72歳の身であり、
私が定年退職する2004年(平成16年)の秋の直前に家内の父が死去し、
家内の母は独り住まいとなったので、年末年始には我が家に来て貰っている。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったのでたった2人だけの家庭となり、
家内の母が来宅し、この時節の年末年始を共に3人で過ごすのが恒例となっている。

私の母が亡くなる1998年〈平成16年〉の生前までは、
家内が世間並みに御節(おせち)料理を三段重として、
素材の購入から料理までを一週間ぐらいで、ふたセットを作ったりしていた。

ひとつは独り住まいの私の母、そして我が家で頂く分である。

このようなほど程の御節料理から遠ざかって、ここ13年間の我が家は、
それぞれ3人が食べたい御節の単品を買い求めたり、家内は少しばかり料理をしたりしている。

こうした中、最寄駅の仙川にある4店、或いは最寄のスーパーに買い求めたり、
そしてここ5年ぐらいは通信販売の盛況で、我が家も遅ればせながら、製造元の現地などの販売所に連絡して、
購入したりしている。
たとえば、ホタテ、数の子などである。

結果として、我が家の食卓は、御節料理の単品が並び、各自が好みの品を食べ、
元旦の朝はお雑煮を頂いている。

このような昨年末の28日の夕食の時からは、
家内、家内の母はビール、私はウィスキーの濃い水割りを呑みながら、
御節料理のそれぞれ単品を食べたりして、お互いに3人で談笑しながら酒宴の真似事をしている。
                       

こうした生活をして新年を迎え、年始の三が日に於いて、私の昼食は、恥ずかしながら披露すれば、
大根(ダイコン)を下(お)ろして、お醤油をかけて、温かい白米のご飯にのせて食べたりしている。
そして、食後は煎茶を飲み、至って満足している。

このような私の昼食を見ていて、 家内たちは最初の頃は呆れ果てていた・・。
『あなたは・・やはり幼年期に農家の児として・・育ったためかしら・・』
と家内は苦笑したりして私に言ったりしていた。

『こうした食べ物は・・この世で一番美味しく・・贅沢な食事だょ・・』
と私は笑いながら言ったりして、早や13年が過ぎている。
             

私は民間会社の中小業で35年近く奮戦したが、大学は中退、その上に25歳で中途入社の関連で、
出世競争にも早々と敗退したつたないサラリーマン航路を歩んだ私でも、
定年後の年金生活の中で、せめて正月の三が日の昼食だけは、自我独尊のように愛食している。

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