浪速おやじのつぶやき日記

川柳・都々逸・詩などでボケ防止

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「海賊と呼ばれた男」著者・百田尚樹

2015-06-13 11:37:54 | 読書感想文

「海賊と呼ばれた男」著者・百田尚樹
      読後感想(浪速夢見頃)
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最近:著者・百田尚樹が自民党の「文化芸術懇話会で」
言論弾圧をあおる暴言や沖縄県民への侮辱や
特に沖縄の二つの新聞社はつぶさにゃあかんと
言論弾圧発言した事に怒りを感じています
 今迄は著者・百田尚樹の著書を愛読し
支持してきましたが残念ですが・おさらばです
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 主人公の國岡鉄造は出光佐三で「國岡商店」が
「出光興産」であることを作家も出版者も隠していない
小説の内容は主人公の体験で有り歴史そのもので有る
開業当時から株式非上場を貫き創業者の個性と
経営哲学で築かれて(従業員8749人2014年3月)
2013年売上高5兆350億円まさに巨大企業である
 戦後の復興期から高度成長期の約40年間
石油等の供給安定や過当競争の正義感といゆ倫理観を
貫いた日本の誇るべき人物であ有る
 戦後の世界のエネルギーを牛耳る国際石油資本とも
真っ向から対決し日本経済を救った人でも有る
 戦後に何もかも失い店の存続さえ危くなった時に
社長の國岡鐵造が外地にいる700人の店員の首を
1人も切らないと宣言したのは店の将来を信じて
頑張っている店員達を裏切ることは出来なかった
アメリカの占領軍(GHQ)重圧にも果敢に戦った
 國岡商店の社是は「社員は家族」「非上場」
「出勤簿は不要」「定年制は不要」「労働組合は不要」
(解雇はしない) は創業以来の会社の制度であった
 GHQの高官が國岡商店の営業活動を調査した折に
終戦後、中国にあった國岡商店の営業所は雇っていた
中国人たちへ退職金を支払っている事だった
こんな会社は当時ほとんどなかった
 この小説を読み終わった時、日本にも武士道的な
信念を持った経営者が居た事に感動し、今後も國岡鉄造
の様な経営者が育ってくれる事を期待したいと思います
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永遠の0「ゼロ」著者・百田尚樹読後感想(浪速夢見頃

2015-04-24 13:24:08 | 読書感想文

永遠の0「ゼロ」著者・百田尚樹
        読後感想(浪速夢見頃)
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 太平洋戦争時の特攻隊員の海軍零式戦闘機隊員の
実践状況を描き出す事を通じて当時の軍部の
エリート将校たちの兵隊の命を軽んじ、
作戦の失敗の責任も取らない軍部の当時の
状況を見事に描き出した戦争告発の作品が
ベストセラーと成り注目されている事にも
感激しています
 現政権の安倍首相の軍国化方向が太平洋戦時と
同じ感覚で平和憲法を敵視して自衛隊の
海外派兵をもくろみ自衛隊を「我が軍」と
平気言う体質に恐怖を感じる
 経済界の大手会社が社員を使い捨てにする
ブラック企業はまさに従業員をゼロ戦・海軍零式
戦闘機隊員と同じ様に戦時中と同じく国民・民を
犠牲した状態は何ら変わらない
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 私の祖父は日露戦争で乃木大将で有名な203高地激戦の
生き残りで最後は2兵になり移動しては発砲しロシア軍を翻弄し
進軍を阻止した功績で国から勲章をもらったそうです
祖父は歴史的な名家のお嬢さんと結婚した時にその名家には
男児が居なかったので、結婚して男児が2人出来れば
家名維持の為2人目を養子に渡す約束をしたのです
 その祖父はジャングルの中から帰国した三男の叔父に
胃が萎縮して居るから、一度に食べさせると死ぬ人が多いと
長男の嫁の母に言って、粥からしか与えなかったそうです
祖父は72歳まで生きました。
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 祖父の長男の私の父は海軍へ召集され、
乗っていた軍艦が日本近海で撃沈されて、海上に2~3日
漂って運良く助けられ九死に1生を得たと言っていました
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 祖父の次男の叔父は家名維持の為2人目を養子に渡す約束を
守り祖父の次男は歴史的な名家に入籍し国宝級の名刀を軍刀と
して持参して出兵したが、南方戦線で戦死し遺骨も帰らず
持参した軍刀は多分上官が着服したのでしょう
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 祖父の三男のもう1人の叔父は、南方で終戦も知らされずに
ジャングルの中で3年間、部隊が最後の2人になるまで
戦争を続けて、口に入るものは動植物類など、何でもで
食いつないで「お互いの尿まで飲んだ」と言い、
私が汚いと言うと「尿は血液だ」と平然と言ったのを
覚えています、餓死寸前に捕虜になり、
やっと帰国出来たとの事です
 叔父も祖父の日露戦争での祖父の勲章を思い出して
ジャングルで頑張ったのかもと 想像しています
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