ふだん草紙。

the ordinary book

「求むる有るは皆な苦なり」

2017年04月20日 | 日記


契約先←→担当Fさん←→私←→経理部という流れで先週からずっと仕事をしている。

Fさんが経理と直接やり取りしてくれればいいのだが、Fさんはそれを嫌がって私を間に入れている。
Fさんは権力者(部長)なので断れない。そして自分の部署では権力者のFさんも他部署である経理部の権力者(副部長)とは直接話をしたくないのだ。
※ちなみに私もFさんの部下ではないが、私は権力者ではないので気楽に頼まれてしまう(トホホ)


お金の流れや契約内容にそってきちんと仕事をしなければならない経理部と、自由に動き回って契約先と話をしてくるFさんとは水と油。
とにかくお互いの主張がぶつかる(私を間に挟んで)。

互いから互いの主張(と悪口)を聞き続けた1週間。どちらの気持ちも分からんでもないが今回ばかりはFさんの言い分に無理があるだろうよ。

フリーな感じで契約先とやり取りした流れを社内にそのまま持ち込んで、他部署と上手く連携とれなかったり、正規のルートでないと注意を受けたりしたときに「あーあ、マニュアル人間ってことね~。」の捨て台詞はないだろう。

マニュアルの内容を理解もしてない人間が何を言う。
フリー&クリエイティブ&フレキシブルだけで会社が回ると思ってんのか、と言いたい。
(もうちょっとマイルドな言い方で言うのは言うたけど。)


応用とか、慣例にとらわれないとか型にはまらないとかが効果を発揮するのは、基本のできている人が状況に応じて行う場合のみでしょう。
基本を把握していない人が、フリー&フレキシブルをゴリ押しするのはただの自分勝手だし、無免許運転の信号無視と一緒です。
まずもってあなたはマニュアル人間をバカにする立場にない。


しかしFさんの対応力が弱いおかげで私が自分のスキルを上げる機会をもらっているとも言えなくもないのでありがとうとも思えなくもないけどなー(笑)



--- そして2日が経過する。



最近Fさんから丸投げされている仕事がとてもしんどい。

めんどうな内容とは言え仕事それ自体はそんなに嫌じゃない。
わからないことはたくさんあるけど、それを調べて新しい知識が身に付くことは嬉しいし、いろんな部署の人と話ができて世界が広がる感じも嫌じゃない。
むしろそれをめんどうがって丸投げしちゃったFさんは、無自覚のうちに成長の機会を失ってて気の毒な人だとすら思う。


それなのに、なんだかすごくしんどいのは何故だろう…と考えた。


で、たぶんそのしんどさの原因は、Fさんからちょいちょい言われる嫌味や捨て台詞なんだと思い当った。
丸投げされた仕事をがんばってやっているときに、その本人からからかうように暴言を吐きかけられるのがどうにもしんどい。ヤル気が落ちる。


からかうような暴言はFさんの得意技だ。

誰かがこれを言われているのを聞くと、自分は言われないように(自分は言われたくないから)なんとなくFさんを支持する、という雰囲気が一部にできあがっている気がする。


暴言を言う人の強みはそこにある。


まさにクラスのいじめっこ。
臆さず暴言を放つことを強くカッコいいと周りが勘違いすることがあり、それを利用して一瞬その場を制圧する。
そして、かわいがる(=自分を支持する)相手と威圧する相手とを明確に分けることでマイワールドを作り上げる。マイワールドの運営にはワールドの外に対する暴言が用いられる。

最近の私に対する嫌味暴言捨て台詞の裏側には、本来は自分がやるべき仕事を他部署の私にやらせている負い目も加えてあっただろう。
嫌味暴言捨て台詞をぶつけることで負い目を覆い隠し自らの権威や正当性を誇示しようとしたのかもしれない。

でも私は彼のワールドの人間ではないので、そんな威嚇を受けたところで愛想をする気になんてならないし、ただただ嫌な気分になるだけ、仕事のヤル気が削がれるだけだ。


でもこんなFさんみたいな人、世の中にはいーっぱいいるんだろうな。

こういうタイプの人からの嫌味暴言捨て台詞の類にいちいちイラつかず、サラリ華麗に流すスキルもこの際身につけるいい機会だと思うといいかもしれん。


さて、ではどうしたら嫌味暴言捨て台詞にイラつかずにいられるだろうか。

例えばキャバクラで働いているお姉さんたちは日々こういう傍若無人なおじさん達を相手にサラリ華麗にお仕事をされているのだろう。
お姉さんたちはどういう心持ちでおじさん達の相手をしているのだろうか。

そもそも、そのおじさん達はお客さん=お金だから、イラつく次元にないのかもしれないか。

私もFさんをそう思えればいいのかしら…。
そういえばFさんはお酒を飲むといつもなかなかに低レベルな下ネタのセクハラをかましてくる。そうか向こうがその気ならこちらもキャバ嬢になったつもりで相手をすればいいのか。

いやいやいやいや社長ならともかく、Fさんは私にとってお客さん=お金じゃないし、その考え方ではすぐに限界がきそうだ。

ではやはり、さっき読んだ本の中にヒントがあるような気がする。
「求むる有るは皆な苦なり」という臨済禅師の言葉にヒントがある気がするぞ。


そもそもは私の中にある「求むる心」から「苦」が始まっている、と。


Fさんが丸投げしてきた仕事を代わりにやって「あげてる」ことに感謝して「欲しい」と思っているところに、感謝はおろか嫌味や捨て台詞をお見舞いされ、驚き腹立たしく思っているのだよね私は。

だからまず、「感謝して欲しい」という求むる心を捨てよう。
これで「丸投げ」に対するイラつきという苦がなくなる。

次に「嫌味暴言捨て台詞を吐かないで欲しい」という求むる心を捨てよう。
役職ある立場の人はそんな態度をとらないはず、とらないで欲しい、立派な人でいて欲しいという期待(求むる心)もあったからそれも捨てよう。

何か言われて嫌な気持ちになるとき(苦があるとき)は、まずそれに先んじて「求むる心」が確かにある。

苦を感じてイラつくのとせめて同時に、できればその前に、その「求むるもの」が何なのかを自分に問うてみて、それに気付いて、それを捨てて前に進もう。

Fさんにイラついているうちは、もっと他の気付くべきことや、ありがたいと思えることに思いが及ばない。


そういえば、最近感じていたイライラも

声をかけたら返事をして「欲しい」とか
挨拶をしたら挨拶を返して「欲しい」とか
ゴミはゴミ箱に捨てて「欲しい」とか
自分のミスをきちんと認めて「欲しい」とか

一見正論を唱えているようで、実は私の「求むる心」から生み出されているイライラ(苦)。

返事や挨拶をしない人も、ゴミをきちんと捨てない人も、ミスを誤魔化す人も、嫌味暴言捨て台詞を言う人も、みんなその人そのままでいい。
その人たちは「私が求むる」ような人にならなくていい。


そして逆に、特別に求めなくても

愛想よく返事や挨拶をしてくれる人
いつも感じよく一緒に働ける人
嫌味や捨て台詞を言わない人

がいる。

それってすごいよね。すごいありがたいことよね。
そこを評価することなく、それが当たり前と思い、感謝する気持ちを持ってなかったわ。
それは当たり前と思っているから、逆にそれを得られないときにイライラしていたわ。

逆、逆逆、逆だったー。


「求むる有るは皆な苦なり」

そうだ、「苦」を感じるような状況にすら感謝だわ。
だってそれは自分の「求める心=ちょっとした傲慢さ」に気付くきっかけになってくれるんだもんね。


「苦」を感じたら、これまた伸びるチャンスと認識すべし、だ。




 
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