ゆこちんのトランペット

トランペット奏者 藤井裕子のコンサート情報、トランペット談義のつもりが…こぼれ話や大きな声では言えない話も満載です!

ふと、、、

2017年06月30日 10時51分03秒 | 音楽&トランペット&レッスン
最近、ブログをちゃんと書いてなかったので、これからは嫌われること覚悟で、批難ゴーゴーもさもありなんと、張り切って思うところを書いていこうー!!と思っちょりますぞー。


んで、その第1弾。



私は、あちこちで吹奏楽部の指導をしているけど、全国大会でしのぎを削るようなレベルのところへは行ってないし、つーかそんなところが依頼してくるような、そういうところが求めているような力も持ち合わせてないから、声もかかりまへん(≧∇≦)


で、先日出会った先生は、そういうところにもご指導に行っておられるようで、ふとした話から、顧問の先生のお子さんの行きたい学校の吹奏楽部の話になり、


そのレベルだったら朝練とか当たり前。全寮制の方がいいというところもある。

とか、

だから下手くそなのか

とか、

◯◯の限界

とか、


ブラック部活になるか、宗教(教祖)になるか紙一重…


など、そういう話になって。


きっと、吹奏楽の世界では常識なんだろうな…とは思いつつも、

なんか、いっきに変な気分になった。




ちゅーか、ほんのチョット前なら、そーだよねーっと私も思った(あるいは、全国大会レベルはそうあるべきなんだー!!と自分を説得した)と思う。

でも、今はすっかり考えが変わってしまったのよ。




世の中、「結果を得たければ、何かを犠牲にしてでも頑張る」「努力なくして結果は得られない」「努力の先に結果がある」「努力すれば必ず結果はついて来る!!」「やれば誰でもできる」という風潮があると思う。


感動のドラマには、努力や自己犠牲が付き物だし、結果が得られなかった人たちは、「自分たちはあそこまでは頑張れなかったから…」と納得する。



で、


最近考えが変わったってのは、


努力すれば誰でもできるのか??
何を目的にするのか??
必要なのは「犠牲」なのか??



努力すれば…

というのは一見希望があるように思えるけど、裏を返すと、結果が出ないのは努力が足りない、ということになり、より一層の努力が求められ、それでも結果(この場合はコンクールでの賞)が得られなければ、こんなに努力したのに、、、という無力感とか、結果を出せない自分に対する自己嫌悪などを引き起こすことにはならないのかな?



えーっと、するってーと練習もしないで結果を得るなんてできるわけないじゃん?!バカじゃね??と言われてる気がする。


さにあらーず!!!!!


練習は「したければしたらいい」と思っているのだよ。

「やらなければならないからやる」てものは多分そんなに心からやりたいことじゃないでしょ?ってこと。

例えば、トランペットが好きで好きで仕方なければ、止められても朝練習したくなるかもしれない。
アンサンブルが好きで仕方なければ、仲間と「これだ!!!」と思えるまで、合わせができれば、めちゃくちゃ幸せだろう。

それは楽チンではないかもしれないし、なんで出来ないんだ?と悩んだり迷ったりすることは絶対あるだろう。
でも、「やりたい」ことなんだから、それは犠牲じゃないよな。


いい指導、効率の良い指導を受けてどんどん上手くなる楽しさはきっとある。

でも、それって「自分のなりたい姿」「やりたい音楽」をやるためならいいけど、そういうんじゃなくて、「上手いことは良いことだ」的な他人の価値判断に載せられて、養殖みたいに育てられてるって部分もあるような。

他人の価値判断に従うってことは、結局は奴隷的な精神を育てて行くってことで、「結果が欲しければもっと頑張れ!!」という他人の価値判断に従って、頑張ることに。

自分の価値判断で自分の人生を送る練習をするには、「やればできる」という判断じゃなくて、出来ないことだけど「やりたいからやる」「できるようになりたいからやり続ける」。

自分は「出来ても出来なくても存在だけで素晴らしい」って思う方法もあるし、「どうせクソみたいな(失礼!!)存在なんだから、出来なくても失敗しても全く問題ない!だからやって出来なくて当然なんだから失敗しても何も恥じることもガッカリすることもない。安心してやりたいことをやれば良い」と思う方法もどっちもある。

私はどっちにしても「生きてるだけで丸儲け」っていうさんまさんの言葉よろしく、他人の価値判断に戦々恐々する必要はなく、自分の本当にやりたいことをやる「勇気」があれば良いのかなと。


だから、「努力すれば」も「努力したのに」も必要ない。


やりたくてやってたら、、、、

わあ!!!!こんな結果が出たー!!!!!!


というのが一番かなと。




そう思ったら、自分はだいぶスッキリした。
他にもスッキリする人がいれば良いなと。めっちゃモヤモヤする人も続出しそうだけどね(≧∇≦)

まー、そこも他人の価値判断だから人それぞれで良いってことでッ(*^ω^*)
ジャンル:
ウェブログ
コメント (3)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 6月29日(木)のつぶやき | トップ | 6月30日(金)のつぶやき »
最近の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (せきざわ)
2017-06-30 20:17:03
はぁ…(*^^*)ありがとうございます。スッキリしてきました。
特に『養殖』ってところ、ハマりました〜。
生命力のある演奏者でいれたら素敵だろうな、ナンテ思いました。
せきざわさま (藤井裕子)
2017-07-03 01:38:49
わーい、コメントありがとうございます(*^ω^*)
スッキリしてくてくださってたら、めっちゃ嬉しいです。

「こうあらねば!!」という世間の価値判断に知らないうちにすっかり縛られて、コンクールに勝つためには…ということがもはや前提だったり、技術があれば、ミスがなければ、完璧な演奏なら…みたいなところが手段じゃなくて目的になってるって気がして来てます。

何かを伝えたい、とか表現したいとか…そういうのがすっ飛んでる、、、そこが養殖って感じになっちゃうのかなー。

演奏者側も指導者側も場合によっては聴衆も、ちゃんとしてるとか、精確とかを基準にしてしまいがちで、それは何となく「そういうのが良い」って言う、世の中の価値判断に頼って、自分の感じる力をスポイルしてるのかなと。

かく言う私もここ数年、ガッチリそれに縛られて、自分自身を見失ってた気がして来ています。これから少しずつ、自分の肚をキッチリドッシリさせていこうと思っちょります

これからもよろしくお願いします
よろしくお願いいたします! (せきざわ)
2017-07-03 22:48:04
このところ、私自身の『楽しい』はどこ?と、模索中です。。。
大事なものを見失ったり手放したりしないよう、、、少し遠くを見つめてみます。

こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします(*^^*)
ちょくちょくお邪魔させていただきますm(__)m

コメントを投稿

音楽&トランペット&レッスン」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。