YU@Kの不定期村

不定期に気ままに、映画&特撮レビューブログ。

仮面ライダークウガという呪縛

2015-11-11 18:41:53 | 特撮



こんにちは、YU@K(@slinky_dog_s11)です。

2015年の秋、特撮ヒーローファンにビッグなサプライズが舞い込んだ。2000年放送「仮面ライダークウガ」のプロデューサーであった高寺成紀さんがパーソナリティを務める「高寺成紀の怪獣ラジオ」に、ゲストでオタギリジョーが出演したのだ。クウガの主役・五代雄介を演じたオダギリジョーには、「その出演歴を黒歴史としているのでは?」という噂が長年付きまとっていた。そんな疑惑の払拭から始まった2週続けてのゲスト主演。それを聴きながら、「仮面ライダークウガ」はやはり偉大な作品であるが故に、未だに根強い呪縛であると痛感せざるを得なかった。

「オタギリジョーは特撮ヒーローを馬鹿にしている」。そう噂され続けていた15年。今回のラジオ出演においてオダギリジョーは、はっきりと「今でも特撮ヒーローは好きではない」と明言した。しかしそれは「クウガを蔑ろや黒歴史にしている」ということとは絶対にイコールではない。当時の高寺プロデューサーをはじめとする製作陣が「どうにか新しいヒーロー物を作ろう」と過去のそれらを否定し汲み上げ積み上げた諸々において、オダギリジョーの「“それまでの”特撮ヒーローは好きではない」という概念が共鳴したのだと感じた。「新しいヒーローを作る」というベクトルにおいて、オダギリジョーがいかに真摯に五代雄介を演じてきたか。ラジオではそれが何度も何度も語られた。

【参考】
怪獣ラジオで語られた、オダギリジョーの『クウガ愛』(本当の戦いはここからだぜ)



※※※


「仮面ライダークウガ」は、非常に神経質な作品である。本当に、病的なまでに神経質だ。場面が切り替わると、画面下にその場所名と現在時刻が分単位で表示される。「実際に怪人が出現したら警察組織はどう対応するのか」。本物の警察に取材に行き組み上げたというその設定は非常にリアルであり、ヒーローであるクウガも“未確認生命体”として銃殺されかけてしまう。その登場人物はなぜこのような行動を取るのか。今現在何に悩んでいるのか。何を抱えているのか。「ヒーロー番組だから」という言い訳を絶対に用いず、一般のドラマと同じ目線でそれらを描き切った。





「ヒーロー番組だから」は、何も悪いことではない。「子供向け」も、「子供騙し」とは違う。そして「大人向け」は、「グロやエロや倫理的に良くない要素が多い作品」と必ずしもイコールではない。特撮ヒーロー番組は、メイン視聴者である子供を中心に据えながら、様々な歴史を残してきた。その中で、どうしてもおざなりになってしまう部分はあったし、それは往々にして「ドラマパート」や「現実味のある演出」に割り当てられて“しまう”ことが多かった。

「ヒーローが登場して怪人を撃破する」。その大命題の中で、「そのヒーローが登場することで世間はどう変わったのか」「現実的に多方面からどういう視線を向けられるのか」という面は、どうしてもその尺を犠牲にしてしまう(もちろん全てがそうではない)。そんな大きな歴史の流れの中で、2000年に仮面ライダーを復活させる。「過去のヒーロー物」とは違うヒーロー物を作ろうと奮闘した製作陣が辿り着いたのは、諸先輩方が犠牲に“してしまった”(“せざるを得なかった”) 「ドラマパート」や「現実味のある演出」への異常なまでの注力だったのだろう。

各種フォームチェンジにも、しっかりとした意味と発動背景がある。ジャンプ力が高い姿では打撃が弱まり、洞察能力に長ける姿は長時間それを維持できない。ポケモンの属性やジャンケンのグー・チョキ・パーのように明確に割り当てられた各種フォームチェンジは、「敵に応じてそれを使い分ける」という戦略性の高いドラマに繋がっていく。これにより、「ヒーローが怪人を倒す」、その行動に明確な理屈が付与され、「ヒーローだから倒せる」という(良くも悪くもそれらしい)“言い訳”を完全に封殺した。勝つためにはロジックが必要であり、敵の弱点を一緒に見切る警察組織との連携がそこにしっかり絡むという構図だ。時には属性設定がピンチに働くこともあり、そのピンチが一層理屈を強くした。





ヒーローの戦いに持ち込まれた分かりやすい戦略性は、そのタクティクスが積み上がるまでの人間関係に裏付けされているから魅力的だ。冒険家である主人公は「敵を殴って殺す」こと自体がジレンマであったし、相棒の刑事はそんな彼を時に叱り時に支え続けた。世間の目が幾度となくクウガに厳しくなっても、支えてくれる人間・懐疑的な人間、その全員にしっかりとした背景と説得力が持たされる。そして、それらを全て超越した別の倫理観で動く怪人集団。神経質なまでに緻密に構築されたドラマが、神経質な“ジャンケン”であるアクションシーンに転化される。


※※※


正直、完璧に近い。もちろん色んな意見はあると思うが、私個人は、「仮面ライダークウガ」という作品の完成度はほぼ完璧だと感じている。小学生の時に観たので思い出補正は拭えないが、それを差し引いても、一介のオタクとしてきっぱりと断言できる。だからこそ、クウガが完璧だったからこそ、平成ライダーというコンテンツはその後15年も続いていくことになる。

クウガが作ったフォーマットを群像劇に特化させたアギト。否定から生まれたそれらを更に別アプローチから否定し生まれた龍騎。ドラマ重視の作風を手を変え品を変え継承したファイズ、剣。新生を目指して紆余曲折を経た響鬼に、非常に屈折した原点回帰を果たしたカブト。その変化球が後に大きくなりすぎる電王と、どこか足を引きずりながらのチャレンジだったキバ。総括し全てを壊したディケイドを経て、平成ライダーはコンテンツとして「安定」を獲得していく。





しかし、往々にして「安定」とは「狭まる」ものであり、多方面のビジネスの縛りが強くなった平成ライダーシリーズは、その持ち味を変えなければいけなくなっていく。年に3回の映画を作り、毎週のように玩具を薄利多売し、曲を作りイベントを回り、キャストとスタッフはその膨れ上がったコンテンツに忙殺される日々を送る。個人的にクウガに次ぐ完成度だと捉えているダブルが成功し、その後、番組のフォーマットはそれを踏まえたものに固定されていく。縛りを脱却しようとした鎧武のような作品が“現れるくらいに”、固定化は進んでいく。

今や、クウガのような仮面ライダーは絶対に作ることができないのだろう。あんなに緻密にドラマを描くことも、自由度がある訳でもない。良くも悪くもノルマが多く、表現への規制も厳しくなった。「やらなきゃならないこと」をひたすらに並べ、その組み合わせで面白さを作る。「さて、何からやろうか」というクウガの作り方は、現在ではおそらく通らないのだろう。しかし、それは(あえてこう書くが)クウガのせいでもあるのだ。クウガが良すぎたから、クウガが出来過ぎていたから、平成ライダーというコンテンツはここまで膨れ上がった。しかし、我々のような面倒臭いオタクは、今でも心のどこかでクウガと比較してしまう。


※※※


クウガは、原点でも、基本でも、王道でもない。あれは究極の変化球だった。曲りに曲がった変化球の上に積み重なった平成ライダーシリーズが、真っ直ぐに進んでいく“はずがない”。「今のライダーに比べてクウガは良かった」という物言いは、私から言わせれば「LINEに比べて文通は良かった」という言い回しと同じだ。文と文を交す文化がその後に電子メールを経て今現在LINEのような形になっている訳であって、それは「劣化」でも何でもなく、純粋な「変遷」だ。文通には文通の頃にしか出来なかったこと、そしてLINEはLINEにしか出来ないことが、あるはずなのだ。

ただ、観ている私もオタクなりに歳を取る訳で、いつまでも公平な目を持つことはできない。クウガにワクワクした少年時代の自分の“目”は、今ではかなり小さくなってしまった。それは、順調に(?)オタクとして成長してしまい、「作品がどう作られているか」「前後の歴史においてどういうポジションなのか」という視点が育ってしまったからだ。ある意味、余計な知識が全身にこびりついてしまった。だから、これは単なる事実として「クウガと今のライダーは安易には比べられない」し、それはどの分野のオタクも似たり寄ったりではないだろうか。

「今のライダーをクウガと同じ視点で楽しむことはできない」。それが嫌でも分かっているので、ここ数年の私はパズルを観察するように仮面ライダーというコンテンツを楽しんでいる節がある。オタクだからこその予備知識と予測に基づいて、毎週のように組み上げられるパズルを観て、「なるほどそうきたか~」とか「もっと上手くできただろ~」とか、そんな感じ方をしていると思う。

ネットの海には「子供番組を大人のオタクが観てどうこう言うのは無粋で見苦しい」という声もあるけれど、私から言わせればそういう人たちが誰よりも「子供」を馬鹿にしている。「仮面ライダーは子供向け」? そんな塩が塩辛いくらいに当たり前の話を得意気に言わないでくれ。だからといって自分たちが偉いだの何だのと言うつもりは無く、子供様々なコンテンツであることは誰よりも分かっているつもりだし、それはイコール「大人は感想を控えるべき」でも何でもないのだ。





クウガという作品は、私や、私と同世代の好事家たちの人生を盛大にこじらせた。そしてその完璧すぎた完成度は、今もなお15年経って、自らがベースとなったコンテンツの首を絞める向きすらある。これまで書いてきたことを全て否定するようだが、「クウガはクウガで終わって平成ライダーというシリーズにならなければ良かった」と今でも少し思っているし、でもパズル観察の楽しさはそれはそれで乙だ。クウガという「呪縛」は十数年経った今でも、己のコンテンツと多くのオタクたちを苦しめ続けているのである。

しかし、一介のオタクとして、「現役の仮面ライダーを観る今の子供たち」が「クウガを観て衝撃を受けたあの頃の私」であることを願って止まないのだ。そうであることも、そうでないかもしれないことも、今の“目”を失った私には判断ができないのだから。


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20 コメント

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Unknown (やじるし)
2015-11-12 14:06:30
こんにちは。以前からYU@Kさんのクウガ評を読んでみたいと思っていたので嬉しい記事です。
僕も「仮面ライダークウガ」という作品の完成度はほぼ完璧だと感じています。

例えば、たまに指摘される「榎田さんとジャンの決着を終盤まで引っ張り過ぎ問題」ですが
・クウガは本筋とサイドストーリーを並行するドラマ作りが基本なのでそれを終盤までやっただけ
・決着のつけ方もそれまでの積み重ねや伏線が生きている十分納得できる過程と結果
・クウガ対ガドルの戦闘シーンは3話もあった割に短いけれど全話の中でもトップ5に入れたい名バトル
これだけ内容が充実していたので特に不満はありません。
そもそもこんなド終盤までサイドストーリーに尺を割いたりそのせいで戦闘が短くなるのは異質かもしれません。ですが、僕は「だってこれクウガだもん」で納得できる魅力と内容のある作品だと信じています。

ちょっと信者すぎるというか盲目的かなという気もしますが、僕にとってもクウガは大切な作品の一つです。長々と失礼しました。
「らしさ」と戦った結果 (muccoro)
2015-11-12 19:27:33
こんにちは、muccoroです。
オダギリジョーさんのラジオ出演はネットニュースで知りました。彼がクウガのことを公の場で語ることは二度とないかもと思っていたので、驚きました。

これは私が中学生の時の話なのですが、昼休みに、明らかに特撮に対する興味が薄いであろう女子二人組が、「ねえ知ってる?最近の仮面ライダーはライダーがたくさん出てきて殺し合いするらしいよ。」「えー何それ恐いw」といった会話をしてるのを偶然耳にし、「いや…間違いではないんだけどさ…」とかなりモヤモヤした覚えがあります。極端な例かもしれませんが、平成ライダー『らしさ』というものがこういう風に世間に認知されてるのか…と感じた瞬間でした。

仰るように、シリーズ物でこのような『らしさ』が生まれることは必ずしも悪いことではないと思います。「このシリーズの見所は何?」と聞かれたときに分かりやすく説明できるポイントができるというのはそれまでの積み重ねが実を結んだ事を意味します。しかし上で述べたように、やがてそれは揶揄される対象になるおそれもあるんですよね。だからこそ、昭和ライダーで築かれた『らしさ』から脱却しようとスタートしたのが平成ライダーだったはずですが、それが長期化に伴って自らが生み出した『らしさ』に縛られることになるというのは、なんとも皮肉な話です。

今はどうでしょう。「最近のライダーはやたらアイテムが出てくる」なんて風に認識されてるんでしょうか、やっぱり(^o^;)
Unknown (kazu)
2015-11-13 19:26:15
YU@Kさん記事拝見しました。
私は、電王がうっすら、キバからオーズをはっきり見てそれからはチョコチョコ、見たり見なかったりという感じなので全くクウガは見ていないのですが、このレビューを見てライダー達の違和感が通った気がします。
私の見てきたライダー達は、安定からの試行錯誤の時代だったのだなと実感しました。
解き放たれるには… (taketyann)
2015-11-14 21:26:17
管理人様、ご無沙汰しております。

私もクウガの大ファンで、文字通り「完璧」な作品と思っています。平成ライダーで全話をDVDで持っているのはクウガだけで、何度見返してもよくできた構成に唸らされます。

そんなクウガが呪縛と言われるのは少し悲しい気もしますが、確かにそういう面はありますよね。

私は昭和ライダーを見て育ち、大人になってからクウガを見た世代なので、新世代ライダーの展開をこれまでずっと見守ってきました(鎧武は挫折しましたが)。

確かにクウガの完成度には及ばなかったものの、新しいドラマを生み出そうというスタッフの意欲を感じる作品がよくぞここまで続いたと思っています。

ただ、さすがにここ数年は制約が多すぎて、特に玩具としてのデザインが優先されすぎているのを見ると、そろそろシリーズを閉じる潮時では…と感じます。

ライダーもウルトラマンもガメラも一旦シリーズを終えたのち、違う世代が新たな作品を生み出したのと同様、利権やしがらみを断ち、「いい作品をつくる」という原点に立ち返るための休眠に入る時期が来ているのではないでしょうか。

大好きなクウガが「呪縛」ではなく、伝説と呼ばれるようになるような作品が、将来新たに生み出されることをオールド特撮ファンとして願っています。
Unknown (Unknown)
2015-11-15 21:11:21
平成ライダーに限らず色んなコンテンツにも存在するであろう、長寿シリーズにおいて避けられない問題だと思います

自分はリアルタイムで平成ライダーを見たことはなく、最近クウガからオーズまでを続けざまに(昭和ライダーもいくつか)一気見したのですが、それぞれ違った面白さがあり、もちろん不満点が無いわけではありませんが、テーマや作風の工夫は充分なされてると思います

特撮ヒーロー物を全然見たことがない、いち20代の意見ですが参考になれば嬉しいです
コメント返信 (YU@K)
2015-11-16 17:05:22
>ですが、僕は「だってこれクウガだもん」で納得できる魅力と内容のある作品だと信じています。
クウガのドラマと戦闘のバランスは本当に独特ですよね。私も近いですが、その魅力を覚えてしまうと、何やっても「是」に感じてきちゃうから困りものと言うかw それほどに引力のある作品だと感じています。

>昭和ライダーで築かれた『らしさ』から脱却しようとスタートしたのが平成ライダーだったはずですが、それが長期化に伴って自らが生み出した『らしさ』に縛られることになる
もうまさに、ここに尽きると思います。「らしくなさ」が「らしさ」になってしまった今、「らしくなさ」を覚えてしまっている我々世代としては、やはり思うところがありますよね…。

>私の見てきたライダー達は、安定からの試行錯誤の時代だったのだなと実感しました。
キバ以降は、流れの激しい時代だったと思います。作り手も、多方面との絡みの中で、変える部分・変えない部分・挑戦する部分等、その前の時代より沢山取り組み、試行錯誤していたのかな、と。

>大好きなクウガが「呪縛」ではなく、伝説と呼ばれるようになるような作品が、将来新たに生み出されること
クウガはまさに伝説だとは思っていますが、仰る通り、どうしても功罪を挙げたくなる作品でおあり…。特に昨今の制約の多さは、やはりクウガやその前のライダーを知っていると、余計に強く感じてしまうんですよね。

>もちろん不満点が無いわけではありませんが、テーマや作風の工夫は充分なされてると思います
もちろん、他のライダーを貶す気はさらさらありません。というか、クウガ以降毎年平成ライダーは楽しんで観ています。ただ、リアルタイムで追っているせいか、やはり制約の多さや大局的な作風の変化には、嫌でも嗅覚が働いてしまいまして……。
呪縛の大きさ (kachan)
2015-11-20 17:31:11
初めまして。
別の記事から来たのですが、とても興味深い話をなされていたのでコメントにきました。
自分も中学一年でクウガに「やられた」人間の一人なので、お気持ちはよくわかります。あのドラマ面の完成度の高さは中々どころか、未だに比類するものを見つけられないくらいに感じております。
呪縛の問題も、それを逆に楽しむ視点も、似たような形で仮面ライダーを楽しんでいたのでまさに我が意を得たりという思いでいたので、この記事を非常に楽しませていただきました。
自分の意見ではありますが、この記事で挙げられている呪縛は色々なところで言われていますが、実は「クウガという呪縛」は存在せず、ライダーが直面しているのは「東映という呪縛」であり、それは同時に「子供向けという呪縛」の影響で、クウガは他作品を縛るのではなく、同じように縛られた中で輝いていると感じています。
以下、とても長くなりますが、制作側の事情も楽しみの中に見る同じオタクのたわごとと思っていただけると幸いです。

元々ライダーも含む東映特撮は一年で一本という制作体制を守っておりますが、これはスタッフ・キャスト・キャラクター・ストーリーを入れ替える事で新規視聴者を獲得し、長期シリーズで発生しうる視聴者の固定化と、それに子ども向け特有の視聴者の入れ替わりが重なり後釜を設けられなくなる危険を回避するためのものです。
事実、戦隊ヒーローは一度中断していますが、この原因がシリーズ切り替えによる視聴者離れで、遠因として前シリーズが人気を博した結果二年間に渡る長期放送となり、視聴者の入れ替わりとリンクしきれず、後番組についた視聴者が少なかったためとされ、これ以前から続いていたライダーシリーズ等と比較検討の末、作品は最大一年、なるべくキャラクターやストーリーは作品ごとに別人を登場させるという縛りが生まれました。絶対のものではありませんが。
ゆえに生まれた呪縛は強く、例えば記事で触れられているグッズや映画も一年幕引きという中で徐々に組み込まれたものですね。
劇場版は東映の映画展開の都合も大きく、それ以前の映画は東映まんがまつりやイベント合わせでの制作が多く、クウガは結果的に映画が作られず終わった形でした。
翌年のアギトから戦隊ヒーローとの併映で映画が作られ始め、今はMOVIE対戦も組み込み、作品ごとの連携が構築されています。
また、構成の面でも延長がない形でプロットが組まれており、この点がクウガでは非常に上手く働いています。
クウガは映画で続編を作ろうという話がありましたが、これが出来なかった理由は一年完結のために綺麗に話を閉じてしまったことが影響しているのは知られているところです。
シリーズの特徴とも言えるビジネスの縛りの強さは、実のところクウガ以前に確立されてまして、フォームチェンジの特徴(平行して使う必要を作る)は、フォームを使い捨てないようにして商機を増やすためだと言われています。初期フォームを併用しつつ、意匠を残したライジングフォームを出して再び商機を作り、算段の上ではアルティメットフォームで最後の商戦(年末商戦)という形であり、アメイジングマイティの存在にバンダイが目を白黒させたり、アルティメットフォームの販売タイミングが無くなってしまったと嘆いたといううわさ話が流れてきたりするのもさもありなんといったところです。
このフォーム間のバランスは肝心の商戦を担当するバンダイがウルトラシリーズで恩恵を受けたところであり、こちらも平成とくくられるウルトラシリーズのトップバッター・ウルトラマンティガで同じ特徴のフォームチェンジが登場し、クウガは(バンダイ的には)ライジングフォームによる変化などが追加された発展解消というスタイルになっています。
そもそもフィクションにはこの手の発展解消がつきもので、特撮ヒーローも例外ではありません。
例えば巨大ヒーローというジャンルは怪獣モノの問題点(毎週出てくる怪獣に出くわす主役という構図自体に違和感が生まれ、更に主役たちがただ怪獣に勝ってしまうと怪獣が弱いだけに思える)を解消するためにヒーロー物のフォーマットを輸入した結果(スーパーヒーローという特殊な力を持つ存在で怪獣の強さと主人公の強さを両立させ、スーパーヒーローやその仲間が組織化する、あるいは共通の敵と戦うことで毎週敵に出くわすことに正当性を付与する)で、一見突飛なこのガジェットを導入した作品が「ウルトラマン」と「マグマ大使」の二本、一週違いで放送開始となったのも、ある意味発展解消の一形態であることの証左と言えます。
つまり、ストーリー上のヒーローの立ち位置の発展解消というのは、特撮ヒーローというフォーマット上でのクウガの特徴とでも言うべきところで、シリーズ立ち上げで注力できたという面もあるとは思いますが、後の平成ライダーの変遷と大きく変わることなく、クウガの特徴がここに集約されていると言うのが私の印象です。
こう捉える人間としては、クウガの完成度の高さは伝説的であり、作品の面白さもまた伝説的ではありますが、これを単独の呪縛とまで捉えるのは神格化してしまった我々の側であり、平成ライダーシリーズへのクウガによる縛りを作っているのは、ある意味クウガの完成度に当てられすぎた我々なのではないかと思うのです。
クウガと同じ地平に並べた時、平成ライダー各シリーズはむしろ同じ視点で、違う面白さが見えます。実のところ龍騎の斬新さは未だに印象深く、自分が食らった一撃の威力ではクウガに匹敵しています。その分、全体の展開はこの強烈さに見合った力強さを最後まで保てなかった印象で、全体としての面白さは評価が低くありました。
クウガは"一連の"平成ライダーの中ではドラマ面での完成度が特徴として輝き、なればこそクウガの完成度の高さが際立っているなと、そう思うのです。
自分で作品を縛り直してみると、成長して固まり小さくなったと思える目が、まだまだ視野を広げられ、色々な場所から見落としていた面白さを色々と再発見出来るのだと気付かされました。
また新たなシリーズで、新たな楽しみが得られたら良いなと、仮面ライダーゴーストを楽しんでいる若輩者が長々と失礼いたしました。
Unknown (Unknown)
2015-11-28 22:54:36
それまでの仮面ライダーを壊す為に圧倒的な整合性を築いたクウガ、仮面ライダーというコンテンツを守る為にそれまでの仮面ライダーの世界の整合性を徹底的に破壊したディケイド。ユーケーさんが最後に載せたこの二人の画像を見ると何だか感慨深いです。
PS
いつか、ユーケーさんの「仮面ライダーウィザード」の総評を読んでみたいです。
コメント返信 (YU@K)
2015-11-30 14:41:25
>クウガの完成度の高さは伝説的であり、作品の面白さもまた伝説的ではありますが、これを単独の呪縛とまで捉えるのは神格化してしまった我々の側であり、平成ライダーシリーズへのクウガによる縛りを作っているのは、ある意味クウガの完成度に当てられすぎた我々なのではないかと思うのです。
熱のこもったコメント、ありがとうございます。「そうなんだよなあ、そうなんだよなあ」などとボヤきながら読ませていただきました。仰る通り、クウガという呪縛は存在そのものが非常にあやふやであり、あるとすればそれは私のような面倒くさく育ってしまったファンの中にだけ存在するのかもしれません…。その認識の奥底にあるジレンマと折り合いをつけながら、毎週今も仮面ライダーを観続けるのですよね。

>最後に載せたこの二人の画像を見ると何だか感慨深いです。
俯瞰してシリーズを観ると、非常に意味深なカットであるなあ、と我ながら思い直したところでした。ウィザード総評、考えてみます…!
Unknown (ゴダイゴ)
2015-12-10 05:32:13
初めてコメントさせていただきます。



>>キャストとスタッフはその膨れ上がったコンテンツに悩殺される日々を送る。

揚げ足を取るようで申し訳ないのですが、悩殺ではなく「忙殺」ではないでしょうか?
たしかにクウガは女性キャストがグロンギ含め魅力的でしたが…
すいません。わが意を得たりと読み進めている途中で思わず笑ってしまったもので、不躾ですが。


記事を読んでいてふと思い出したのですが
アイテム過多による、演出やストーリー作りへのノルマの多さが批判されがちな所謂W以降のコレクションアイテム重視の平成ライダーですが
龍騎の頃でしたか、脚本の小林靖子さんがインタビューで

「真剣に戦っている場面で、デッキからカードを抜いてバイザーに入れるという動作が入ると、見ていてそこで感情の流れが途切れてしまう」

と、昨今の批判を先取りしたような発言をされていました。
当時、ライダーバトルロワイヤルという尖りきった設定に心酔していた中学生の私は何の違和感も疑問もなく見ていましたが(笑)
いい年しておもちゃも買いましたし。

今のにぎやかなベルトや、芸人さんの一言ネタのような音声のアイテムも、ちびっ子はもとより今のオタク予備軍の10代はそういうものとしてフラットに見ているのでしょうね、きっと。
コメント返信 (YU@K)
2015-12-15 16:37:04
>揚げ足を取るようで申し訳ないのですが、悩殺ではなく「忙殺」ではないでしょうか?
大変失礼しました…。完全な誤字です。修正します。ありがとうございました。

>ちびっ子はもとより今のオタク予備軍の10代はそういうものとしてフラットに見ているのでしょうね
にぎやかなベルトから入った世代がどんどん膨れ上がっている今、彼らがどんな認識で観ているかはとてもきになるところです…。
Unknown (Unknown)
2016-01-25 15:08:16
クレヨンしんちゃんにおける「オトナ帝国」みたいなものですよね
あれも長い間映画クレヨンしんちゃんというシリーズにとっての呪縛となっていましたし、フォーマットの中で決定的な一つが出てしまうと、それが本来異端として語られるべきものであってもそれを求められるようになってしまうということですね
コメント返信 (YU@K)
2016-02-08 13:09:38
>フォーマットの中で決定的な一つが出てしまうと、それが本来異端として語られるべきものであってもそれを求められるようになってしまう
まさに仰る通りだと思います。クオリティの高さ故の足かせですね…。
Unknown (Unknown)
2016-02-23 22:57:15
以前からYU@Kさんのブログを拝見しておりましたが、今回が初のコメントになります。
これまでコメントはせずに記事を読むだけでしたが、ちょっと気になる事があったので書かせて頂きます。

今日たまたま東映の公式youtubeで限定配信されているクウガの48話を見たんですが、そのコメント欄に当記事の一部を改変したり、コピペしたものを繋ぎ合わせて構成されたコメントを見つけました。

限定配信の動画なので、何時かは削除されるから放っておくかとも思ったのですが、あたかもその投稿者自身の意見としてコメントされていた事が大変不愉快だったので、単なる自己満足かも知れませんがお知らせした次第です。

自分の知っている方の記事がこの様に扱われるという事態に初めて出くわして、驚きと同時に怒りの様なものまで込み上げて来てしまいました。
我ながら「この感情はちと過剰過ぎるかな」とも思いますが……。
まあ、若気の至りという事で。

当たり前ではありますが、対応に関してはYU@Kさんにお任せいたします。
(僕自身YU@Kさんがこういう事に関してどの様に考えてらっしゃるか把握しておりません。もし何処かでご自身の考えを示していたのであれば、わざわざ書き込んでしまい失礼いたしました。)

PS
この際なので少しだけクウガについてお話しさせて頂きたいと思います。
僕が初めてリアルタイムで視聴した仮面ライダー、それがクウガでした。
正直リアルタイムで観ていた頃の記憶は、幼かった事もあり微々たるもので、あまり印象深い作品という訳ではありませんでした。しかし、ひょんな事からクウガを見返し始め、気付いた時にはすでに、僕のハートはブラストペガサスで射抜かれていました。今でも折に触れて見返し、五代さん(敬意を持って敢えてこう呼ばせて頂いております)を始めとする人々の姿に胸を熱くしております。
特撮作品数ある中で、特に感慨深くかつ魅了された作品の一つが、この仮面ライダークウガであります。
コメント返信 (YU@K)
2016-02-25 09:04:07
>Unknown様

ありがとうございます。私も実際に見に行ってきましたが、まさか本当にこんな事態があり得るとは(笑)
しかも、そっくりそのままコピペではなく微妙にあちこちが改変されていて、むしろ手間がかかっているのではと妙に感心してしまいました…。
不愉快さが0と言ったら嘘ですが、まあ、彼(彼女?)にとって細かに改変してまで載せたくなるほど感銘を受けた文章が書けていた、という謎の自信に繋がりました。所詮youtubeのコメントですしね。そっくりそのまま別のブログなんかに書かれていたら、私も異を申し立てたりしたと思いますが。

とはいえ、貴重な体験でした。ありがとうございます。また、該当のコメントを読まれて「これはあの記事だ」と気付かれたUnknown様にも、深く御礼申し上げます。嬉しいです。
Unknown (名無しのアニ特さん)
2016-03-14 21:59:59
テレビドラマとしての"仮面ライダークウガの凄さ"が良く分かりました。
コメント返信 (YU@K)
2016-03-28 14:30:19
>テレビドラマとしての"仮面ライダークウガの凄さ"が良く分かりました。
そう仰っていただけてうれしいです。ありがとうございます。
Unknown (Unknown)
2016-08-05 16:34:22
初めまして、YU@Kさんのブログを始めて読まさせて頂きました。クウガに対していのレビュー滅茶苦茶感動しました。YU@Kさんの巧みな文章力と説得力にグッと来ました。『クウガは、原点でも、基本でも、王道でもない。あれは究極の変化球だった。~』のくだりは何処か潜在的な部分で感じてはいたもののはっきりと明記されて目から鱗です。ホント確かにそうだなと思います。
自分もクウガは初期作にして平成ライダーの中でも全く別次元な作品だと思います。良くも悪くも平成シリーズはこの『クウガ』の呪縛に憑りつかれていますよね。ガンダムファンが「ファーストしか認めない」とか言っているのを聞くと「はあ?」とか思ってしまいますが、結局自分もその類でしたww
最近ではより子供向け感が増してきて販促展開が大人には見え見えで鼻に付きまくりますが、それでも見やめられないのがライダーなんだよなぁと、、、
「子供向け番組」と未だに揶揄する人がいますが、ある意味仮面ライダー程その時代その時代を写して来た写し鏡のような存在はないと思います。ただ強いだけでなく時に草食系、時に絶食系、時に乙男系なんてのも出て来ましたし。色んな現代の物を取り込んで来たと思います(ベルトのガジェット含めw)。それだけ気が付いたら平成ライダーにも歴史ができていたという事ですよね。
しかしその原点にあるのはベルトに何の装填もしない、カードもメモリもアイコンも使わないシンプルな第一作目であるクウガで、そしてそれが一番普遍性を持って作られているという所に改めて凄さを感じます。
一見さんでつらつらと長文済みませんでした(汗)これからもYU@Kさんのブログ楽しみに拝見させて頂きますm(_ _)m
懐かしいです (きんもり)
2016-10-02 12:08:59
初めまして、YU@Kさんのブログを見て6年ほど前にとあるサイトに評価文を投稿したことを思い出しました。

  私は昭和ライダーの世代です。おじさんです。当時はライダーは海外特撮に比較すると「子供向け」というより「子供騙し」という扱いだったと思います。しばらく特撮も見ませんでした。クウガも実は1話を見てまだ
「ふうん」という感じで見なくなかったのですが、兄の家で甥姪が見ているTVでクウガが放映されており、その話で刑事の拳銃を自分のボウガンに変形させたところをみて「ほう!」という感じで感銘を受け、見始めました。

 見始めると矛盾点がほぼ無く、ドラマに重点を置いていて見ごたえがありました。登場人物がいい人すぎると言われることがありますが、「良いことと悪いことをわかりやすく、明確にすること」が「子供向け」には必要であり、登場人物がいい人か悪い人かわかりずらいのは子供向けには不要です。そういう意味でクウガは「子供向け」なのだと思います。ただし、ルールやロジックを無視した矛盾点が多いのは「子供騙し」として区別されるべきであり、そのような「子供騙し」が少なかったのもクウガを「子供向け」と考える理由です。「子供向け」というのは単なるジャンルであり、構造や品質を指すものではなく揶揄されるべき言葉ではありません。よく出来た「子供向け」は大人の鑑賞にも耐えられるのだと思っています。

 残虐な表現が多いと言われますが、直接表現(死体そのもの、人の傷)ではなく、血の手形など大人が見て
「ひどいことがあった」と理解する描写のほうが多かった印象です。子供が怯えるのは、それを見たご両親や
登場人物の怯え、苦痛などを感じ取っていることのほうが多いのではないですかね。

 また、登場人物の殆どは職業に携わっていて、各々の義務と責任を全うすべく働きます。ただ、刑事である
一条だけが、その義務と責任を五代に依存するしかなく、その歯がゆさがよく出てたと思います。五代も単なるいい人ではなく、ところどころ無理をしている感じが伝わってきました。だからこそ、最終回にて無理を重ねた五代の素顔は、あのような激しい慟哭を伴った感情の発露として表現され、物語を通して見てきた人々の心を打ったのだと思います。

 クウガは自分にとっては「最後の昭和ライダー(解答編)」とでも言うべきものです。これ以降ライダーはほとんど見てません。いいものを見させてもらったとスタッフには感謝の気持ちで一杯です。乱文・乱筆失礼致しました
p.s. ライダーものとしては特訓があったり、「おやっさん」がいたりとライダー1号を意識しており、また怪人の個性
   がよく出てたりとよかったのではないかと思います。
   デザインも私には好みでした。
過去記事に失礼します。 (TSUCHI)
2016-12-10 21:30:47
はじめまして。記事、読ませていただいております。YU@Kさんの記事は、作品の感想・違和感をとても冷静に言語化している印象があり、読んでいてとても説得力を感じます。
これからの活動も応援しております。頑張ってください。

ただ、今回この記事を読んで、違和感を感じた箇所がありました。後半のこの文章です。

>ネットの海には「子供番組を大人のオタクが観てどうこう言うのは無粋で見苦しい」という声もあるけれど、私から言わせればそういう人たちが誰よりも「子供」を馬鹿にしている。
(中略)
>だからといって自分たちが偉いだの何だのと言うつもりは無く、子供様々なコンテンツであることは誰よりも分かっているつもりだし、それはイコール「大人は感想を控えるべき」でも何でもないのだ。

「子供向けだからと言って大人が感想を控えるべきではない」という主張までは理解できました。ですが、「私から言わせればそういう人たちが誰よりも「子供」を馬鹿にしている。」と仰る理由が示されていないように感じます。
わざわざ太文字フォントで示されているので、恐らくこれがYU@Kさんが最も仰りたいところなのでしょう。が、なぜ「子供番組を大人のオタクが見てどうこう言うのは無粋で見苦しいと思う人は子供を馬鹿にしていることになるのか」、理由が示されていないため、正直困惑します。
無粋だとか見苦しいだとか言う感情は、普通はその人から自然に出てきてしまうもののはずです。そういったものを指して、「そういう気持ちを持つ事は子供を馬鹿にしているんだ」と言われると、「どうして?」と言わざるを得ません。むしろ、「子供」を盾にして自分と違う考えを持つ人間を封じようとしているようにも捉えられかねないのではないでしょうか?

YU@Kさんは、作品への冷静な評論とは裏腹に、自分の感情を論理的に見つめること、そしてそれを文章にし、自分とは違う考えを持った人に自分の考えを分かってもらうということが不得手な印象を勝手に持っています。今回の「子供を馬鹿にしている」という言葉も恐らくポロリと出てしまったものだと思いますが、それは何故か?ということを示さなければそれはただの中傷で終わってしまいます。もちろん理由を示したところで暴言には変わりませんし、そもそも個人の趣味のブログに一介の読者がそこまでの配慮求める理由もありませんが。

長文失礼致しました。貴ブログの益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。

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