YU@Kの不定期村

不定期に気ままに、映画&特撮レビューブログ。

なぜ「セッション」のラスト9分19秒は素晴らしいのか? ~血とビートの殴り合い、恫喝の向こうの涙

2015-04-17 17:09:49 | 映画



こんにちは、YU@K(@slinky_dog_s11)です。

映画「セッション」(原題:Whiplash)、本当に素晴らしい映画だった。興奮したし、泣いた。アカデミー賞の助演男優賞・編集賞・録音賞を受賞しているにも関わらず、日本では上映館数が極端に少ないのが非常に悔しい。私が住む長崎でも上映予定が無く、九州では福岡と沖縄のみという大参事。事前の情報や予告を観て期待値がうなぎ上りだったが長崎では上映が無いと知って落胆。福岡への遠征を考えていたところ、filmarks主催の青山シアターでのオンライン試写会を知り、なんとこれに見事当選。スクリーンでないのは惜しいが、自宅で公開1週間前に鑑賞。PCをHDMIケーブルで40型のTVに繋ぎ、部屋を暗くして、ヘッドホンを爆音に。まさに鳥肌と興奮と涙の106分だった。

以下、映画「セッション」のレビュー・感想・解説です。事前の宣伝でも謳われているとおり、ラスト9分19秒の展開が非常に素晴らしい!…が、これはぜひ内容を知らずに臨んで欲しいので、レビューの前半はネタバレなし、後半にネタバレ込み、という形で書きます。私事ですが、小学生の頃からずっと吹奏楽で打楽器をやっていたので、その音楽経験者としての感想も交えながら…。





映画『セッション』予告編(4/17公開)




■シンプルさと狂気の熱演、「セッション」の概要

「セッション」の何が素晴らしいかを挙げていけばきりが無いのだけど、まずはその洗練された必要最低限の作り、コンパクトさに尽きる。上映時間はわずか106分という短さ。登場人物も舞台も極端に少なく、物語も時系列に一本道。これだけ書くと薄味な映画に思えてしまうかもしれないが、この非常にシンプルなレールの上に極上の物語と演出が配置されているのだ。結果として、とても観やすく、良い意味で頭を空っぽにして臨める。事前の予習や予備知識なんかは不要。音楽の経験も必要ない。ただ、この106分に身を投じれば良いのだ。

物語は、主人公アンドリュー・ニーマンがドラムを叩くシーンから始まる。彼は名門音楽大学に通う学生で、将来偉大な音楽家になる事を目指して練習に励む。そこに現れたのが指揮者であり教官のテレンス・フレッチャー。大きな声で厳しく彼の演奏にダメ出しをする。その後、フレッチャーの指揮するバンドにドラマーとして招待されたニーマンだったが、彼の常軌を逸した恫喝と暴力の指導に、次第に音楽家を目指し俗世を捨てていく事に…。傲慢さと野心が見え隠れするニーマンに対し、一貫して厳しい指導を続けるフレッチャー。彼ら2人の戦いは、思わぬ着地を迎える事になる。

基本的に教官と生徒の1対1の物語なので、物語の構造は非常にシンプル。他のキャストは、主人公の恋人と父親、ライバルとなるドラマー数人、程度だったかな。舞台も、練習をする大学と発表会やコンサートの舞台が数か所。それと主人公の実家にデート先が数点。本当にこれだけ。それもそのはず、本作の製作費はわずか3億。驚異の低予算でアカデミー賞3部門を受賞したと、世界的にも話題を集めているのだ。





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主役のアンドリュー・ニーマンを演じるのはマイルズ・テラー。決して目を疑うようなイケメンではないのだけど、今作「セッション」における彼の演技は凄まじい。ナチュラルに狂っていくその才能と傲慢さ。少しオタクっぽい風貌が、音楽に懸ける学生としての説得力を持っている。鬼教官テレンス・フレッチャーを演じるのはJ・K・シモンズ。個人的にはライミ版「スパイダーマン」の編集長でお馴染み。彼の演技は本当に狂気の極致。怒り狂ったかと思えば、優しい笑顔もあったり、でもやっぱり怖かったり。飴と鞭というより、鞭と鞭と鞭とたまに少量の飴、といった感じ。観ているこっちの鳥肌が立ち、心臓を掴まれる。このフレッチャーというキャラクターの信条が物語のキモなのだが、それを見事に成立させる熱演だった。

監督のデミアン・チャゼルは弱冠28歳。自身がジャズドラマーを目指していた経験があり、それがこの映画に活かされたとか。脚本も兼任しており、彼のシナリオが2012年のブラックリスト(映画化されていない脚本のなかでも特に優れた脚本のリスト)に載ったことで映画化に繋がったという背景も面白い。詳しくは後述するが、確かに音楽経験者だからこそ撮れた画や演出に溢れていたな、と。



■こんなリアル、本当は観たくない!音楽という狂った世界

私が「セッション」になぜ憑りつかれたかというと、この映画が音楽界の歪な情景を見事に切り取っているからだ。音楽、そして音楽家を目指す者の人生は、本当に狂っている。私自身、小学生の頃から社会人バンドまでずっと吹奏楽で打楽器をやっていたし、弟はプロの音楽家を目指して留学をした。音楽の世界で奮闘する者の苦悩には、少しだけ理解があるつもりだ。

音楽家を目指すというのは、相当な博打。仮に才能があったとしても、それに何倍もの努力を重ねて、更に運があってやっと成功のほんの一片が見えるか見えないか。本当に狂った世界であり、表現は悪いが、普通であれば志さない。やめておいた方が良い。人生においてハイリスクすぎるからだ。更に、音楽家を目指すという事は、莫大なお金がかかる。楽器、練習場所、指導料…。それだけの時間とお金をかけても、夢破れて音楽を諦める人が世界中に大勢いる。夢を追うのはどのジャンルでも難しいのだろうけど、こと音楽については、本当に異質で狂っている

そして、周囲からの理解も難しい。「セッション」劇中でも、主人公は音楽をやっている事を半ば馬鹿にされてしまう。「良いか悪いかは評価する人のセンスなんだろ? そんなの運じゃないか」。スポーツとは違い音楽は、明確な得点が積み上がる世界ではない。だからこそやりがいがあるし、だからこそ辛い。そして、名門チームの二軍でプレーするアメフト選手の方が、名門大学の一流バンドで叩く専任ドラマーよりはるかに評価されてしまう。音楽の「すごい」や「うまい」というのは、中々それをやった事が無い人には伝わらないものだ。分かり易く伝えるための数的データもない。孤独に狂った世界なのだ。





主人公ニーマンも、そんな世界に身を投じている。やってもやっても届かない技術、周囲からの冷ややかな目線、理解を得られない信条。彼の野心はフレッチャーの指導を受け、やがて傲慢さに変わっていく。偉大な音楽家になるためには、全てを捨てていかなければならない。寝る間を惜しんでドラムを叩き、手を血だらけにし、何度も絆創膏を貼っては氷水で冷やす。画面から伝わるその「痛さ」に、思わず顔をしかめてしまう。彼の孤独で前しか見ない戦いが、見事に画面に展開されていくのだ。ああ、こいつ狂っていくな、常軌を逸していくな、と観ているこっちが心配になっていく。でも、だからこそ報われて欲しい。この、努力を超えた努力の成果が観たくてたまらなくなる。

画面全体の明度が極端に低く、暗いシーンが連発。まるでニーマンの心情を投影したかのよう。そして何より、バンド全員で行う全体練習の演出が素晴らしい。指揮者が指揮を始める前のあの一瞬の緊張感。空気が張りつめて、全員の視線が指揮者に集中して、まるで空気中のホコリが床に落ちる音まで聞こえるような、あのヒリヒリしたほんの一瞬。あの瞬間を、この「セッション」は見事に表現している。それは、楽器を構えたキャストの額の脂汗がくっきりと視認できる程に寄ったカメラアングルに、音の無い音、そして何よりJ・K・シモンズの強烈な眼光によるものだ。厳しい指導者が始める合奏練習は、本当にあそこまで張りつめる。空気が凍るのだ。

私は小学生の頃から吹奏楽をやっているが、当時とても怖い先生に教わっていた。というか、今でいうと一発で教育委員会にクレームがいくほどの、暴力教師だ。長い定規で頭をぶたれるのは毎日の事で、演奏中に間違えたら指揮棒が飛んでくるし、げんこつなんか当たり前だし、正座させられた状態でもみあげを引っ張り上げられたりもした。土日も夏休みも無く、休日も朝から夕方までひたすら練習。家に帰っても練習。そしてまた怒られるの繰り返し。何度も練習中に泣いたし、嫌で嫌で仕方がなかったし、その先生に本気で死んでほしいとすら思った事がある。というより、当時は毎日のようにそれに近い感情を抱いていた。しかし、私のいたバンドは全国大会の常連校だった。結果はついてきたのだ。そしてそれから20年以上経った今では、その先生が生涯の恩師だと思っているし、頻繁に連絡を取り合う仲になっている。

決して、音楽指導における体罰やいきすぎた指導を肯定するつもりは無い。しかし音楽というのは、こういう歪な師弟関係や指導が「あり得る」フィールドなのだ。往々にして、「あり得る」。「セッション」の師弟2人のやり取りも、あの強烈な指導も、決してフィクションではない。あれは紛れもなく、あの世界にある真実なのだ。物語としてはもちろん創作だが、デミアン・チャゼル監督自らのジャズドラムの鍛錬の経験が(本作のように厳しい指導を受けた経験が)、この映画には確実に活きている。





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異質な関係や指導が「あり得る」ほどに歪で狂った音楽界。それを見事に表現したこの「セッション」は、俗にいう“リアル”な映画なのだ。少なくとも、20年以上音楽をやってきた私には、そう感じる事が出来た。

本編中盤、フレッチャーが彼の本心を吐露するシーンがある。「危険なのは、上出来(グッジョブ)という言葉だ」。狂気の天才はいつだって“不十分”の烙印を押され、それを跳ね除けようとして努力を重ねてきた。そこで諦め潰えた者は、成功しない。彼の音楽指導における哲学が、ひいては人生哲学に繋がる印象的なシーンだ。前述したように、音楽指導というのは、非常に屈折した行為だ。それがまかり通ってしまう事が、本当はおかしい。しかし、あそこまで常軌を逸した指導がもしかしたら「是」なのではないか、と思えてしまう程に、この「セッション」の空気感は絶妙だ。観客が、“狂気に慣れて”しまえる。映画に、狂気に対する説得力がある。そのパワーに、頭がクラクラしてしまうのだ。

そしてその狂った師弟関係が、奇妙な絆に変化し、ラスト9分19秒に繋がっていく。この瞬間、涙が止まらないのだ。恫喝の先にあるあのシーンも、あのカットも、あの演技も、全てが昇華されたその先の展開全てが素晴らしいのである。もはやネタバレを避けるなら「素晴らしい」としか言いようがない。これはぜひ、余計な知識を入れずにスクリーンで目撃して欲しい。


※以下、「セッション」のネタバレがあります。






■なぜ「セッション」のラスト9分19秒は素晴らしいのか?

ラストの展開、それはあのステージでの出来事。フレッチャーが見せた優しさは完全なフェイク。行き過ぎた指導が露見し大学を辞めさせられた、そんな自らを陥れたニーマンに復讐するため、あえて嘘の選曲を伝え、観客の前で恥をかかせる。一度離れ離れになった師弟がステージで絆を取り戻す展開かと思ったら大間違い!フレッチャーが本番直前に「お前だろ」と告げた辺りから完全に脳みそグラグラ。観ているこっちも「え?」と冷や汗が出る中、他の演奏者が次々と別の楽譜をめくり出す。あの焦燥感は半端じゃない。それでいて、演奏が始まると何とか食らいつこうとするニーマンが非常に滑稽。横の弦バス奏者に「何やってるんだ!?」と言われるも、だってどうしようもないのだ。あの数分間は非常に怖かった。どんなにドラムを叩こうも、曲と合わない。一応“それっぽく”合わせようとすればするほど、見苦しさが増すというあのジレンマ。もう、正直観てられなかった。

そして、訪れる敗北。フレッチャーの、自分自身のステージでもあるのにそれをあえて失敗にしてまで復讐するその徹底ぶりに頭が下がる。ステージから満身創痍で身を引くニーマン。抱きかかえる父。「お前はよくやった」。ほくそ笑むフレッチャー。ここでニーマンが何を思い、何を決心したのか、考えると面白い。彼はフレッチャーの本心や信条を、すでに知っている。どこまで彼の意図を汲み取ったのか、どこまで理解したのか分からない。また、今回のはもしかしたら単純な復讐劇なのかもしれない。ニーマンが「どこ」まで考えを巡らせたのか非常に興味深いが、彼はまたステージに戻っていく。フラフラと。





フレッチャーはマイクを持ち、観客に対して説明している。「次はゆっくりした曲を…」と言いかけたその時、ニーマンのドラムが炸裂する。たった1人での、ドラムソロ。しかも、“ゆっくりした曲”だなんて絶対にあり得ないそのテンポ。仰天する他の奏者に、目を見張るフレッチャー。彼がニーマンを脅すも、聞く耳を持たずドラムを叩き続ける。「合図する!」。横の弦バス奏者にニーマンの決意の眼光が飛ぶ。ここで、観ているこっちは物語の落とし所を完全に見失う。まさかの展開なのだ。以前ステージ上でフレッチャーに殴りかかったニーマンだが、彼の2度目の反抗は拳ではなく、ドラムだった。

そして、彼の狂気の演奏が周囲を巻き込み、他の奏者もそれに従うしかなくなる展開。まさに「ねじ伏せる」。ニーマンはその驚異的なテクニックと覇気により、周囲を強制的に演奏に連行した。あのフレッチャーですらその曲に合わせて指揮をするしかない。弦バスのビートが入り、ピアノが続き、遂に「キャラバン」のイントロに入った瞬間のあのカタルシスったらない!ニーマンのフレッチャーへの復讐が、最も“正当な”方法で達成された瞬間なのだ。まさにこの数分間に、復讐劇が交差する構成になっている。フレッチャーからニーマンへの、ニーマンからフレッチャーへの、互いの復讐がクリティカルにヒットするのだ。しかもニーマンのは、この映画で終始求め続けられた圧倒的なまでのドラムテクニックによる復讐だ。これで痺れない人がいるだろうか!

「キャラバン」の序盤、仕方なくこの曲の指揮に収まる事にしたフレッチャーは「お前を殺す」とニーマンに囁く。そして、ここから!ここからの!J・K・シモンズの演技が本当に素晴らしい!全ては表情の演技だ。彼は気付いていく、ニーマンが仕掛けたこの「キャラバン」が素晴らしい演奏に到達しつつある事に。ニーマンのテクニックが、パワーが、他の演奏者を見事に引っ張り上げ、バンド全体が何段階も高い次元に到達しようとしている。J・K・シモンズの表情のひとつひとつから、それを読み取る事が出来る。彼の、認めたくない満足感、それでもこの演奏に納得してしまう音楽家としての性、そのジレンマが読み取れる表情が完璧なのだ。

演奏中盤、管楽器の矢継ぎ早のリズムとドラムソロが何度も交互に行われるフレーズがある。管楽器が「タラッタラッタラッタラ!」と鳴らすと、ドラムが「ドカドカドカ!」とソロで返す(「セッション サウンドトラック」収録「キャラバン」3:43~)。これが何度も繰り返されるくだりで、フレッチャーはとても楽しげに指揮をしているのだ。両手の人差し指を交互に前に指して、この「キャラバン」を指揮する事を純粋に楽しんでいる。ここ!ここなのだ!もうここで泣く!ニーマンの演奏が、あのフレッチャーを楽しませたのだ!あの鬼教官を、純粋に指揮する楽しさに導いたのだ!もはやこの一瞬で、ニーマンはフレッチャーの指導を超越している。弟子が、師匠の教えを超え、還元している。一瞬前まで復讐し合っていた2人が、この瞬間、確かに同時に音楽を楽しんでいるのだ。しかし、これはまだこの映画の最高到達点ではないのだから恐ろしい





そして、やがて「キャラバン」が終わる。が、ニーマンのドラムは鳴り止まない。彼のドラムは怒涛の勢いのまま続いていく。演奏に没頭し満足感を得ていたフレッチャーも、ここで流石に焦りを覚える。しかしニーマンはまたもや「合図する!」と。ここで、フレッチャーは彼の意図を察するのだ。

ニーマンのドラムソロは続く。叩き続け、叩き続け、リズムを超越し、息と意識が薄くなる。もはや何を叩いて何をしているのか分からなくなる程に、彼の意識は高次元に達していく。あれぞまさに“ドラマーズ・ハイ”な状況だ。しかし、意識が飛びそうになる彼の手綱を握るのは、フレッチャーだ。彼がドラムのそばに歩み寄り、ニーマンのソロを見守り、そして指導する。この瞬間、他の演奏者も、ホールの観客も、もはや2人には見えていない。それは本編最初のシーンと同じく、まるで2人きりの練習室だ。あの1対1の戦いが、もっともっと高い次元で、あろうことか本番のステージで再現されていく。そして、今回ニーマンはフレッチャーの要求にことごとく応えていくのだ。

そして!ここ!ここだ!ここがこの映画の最高到達点!ニーマンのあまりのドラムソロと強打によりスタンドの接続が緩くなり、倒れかけたサスペンドシンバルを、フレッチャーが手に取り、立て直すのだ!彼が!あのフレッチャーが!「大丈夫だ、そのまま続けろ」という表情でニーマンを自然とサポートし、手助けするのだ!

…もうこの一瞬で、私は完全に泣いてしまった。ぶわっと、涙が溢れ出てきた。絶え間なく続くドラムソロの最中に、これまでの師弟関係の全てが昇華されたあのシーンを観て、感極まってしまった。フレッチャーがニーマンをサポートする。手助けをする。ニーマンがドラマーとしてこれまでにない境地に辿り着きつつある事を、鬼教官が認めた何よりの証拠である。彼の教えに、恫喝に、暴力に、ニーマンが完全に応えて、あろうことか師匠を真っ直ぐにねじ伏せた瞬間なのだ。あの一瞬で遂に完成した2人の絆を思うと、涙が止まらないのだ。

やがて終わりを迎えるドラムソロ。感極まっているのは観客だけでなく、劇中のニーマンとフレッチャーも同様だ。そしてそれはただのドラムソロではない。「キャラバン」はまだ終わっていないのだ。溜めて、溜めて、そして辿り着き、管楽器のハーモニーが「キャラバン」に幕を下ろす。瞬間、「セッション」は終わるのだ。スパッとエンドロールに入る。見事!見事である。もうあそこまで行ったら、何かやるだけ野暮なのだ。終わった後の云々なんて、もはや必要ない。ビートで理解しあったのは、ニーマンとフレッチャーだけでなく、観客と「セッション」も同様なのだ。ここでさくっと終わるその潔さが、ラスト9分19秒を唯一無二の素晴らしいシーンに仕立て上げている。

この「セッション」のラストの一連の展開。まずは師匠から弟子への復讐、そして弟子から師匠への復讐、力技で復讐を遂げる弟子、それを認める師匠。やがて、この「キャラバン」1曲の中で、どん底の状態からこの上ない高みにまで、2人の絆が構築されていく。その瞬間、2人はもしかしたら初めて音楽を純粋に楽しんだのだ。本当に見事だ。最高だ。最高としか言いようがない。だからこそ、このラストの展開は素晴らしいのである。この記事のタイトルに「血とビートの殴り合い、恫喝の向こうの涙」と書いたが、涙したのは言うまでもなく観客である。何かを失った訳でも、何かを得た訳でもない。ただ単純に「到達した」からからこそ、そこに届いたからこそ、涙が出る。このラストシーンがあってこそ、「セッション」は唯一無二の傑作になったのだ!


Caravan



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52 コメント

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興奮!! (りこ)
2015-04-18 00:58:16
お久しぶりです!
(きょうは会社休みます以来)
いてもたってもいられずコメントを笑

私も先週辺りに飛行機で鑑賞してから
興奮がいつまでもさめず、
公開初日の今日、劇場へ行ってきました!

結末を知りながら見ると
感じ方がまた違って、
再び深い感動と興奮に陥りました!!
もう1回見たい!!!
あーーーー鳥肌が!!!
フレッチャーが画面に出ていると
自分も緊張するんですよね。
そんな映画、最高すぎますよね!!

今年は映画が豊作ですね(^^)
Twitterで度々絡みたいと思いながら
鍵付きなので話話し掛けられず。。
よかったらフォローしてください!
アカウント:marimariko1211
コメント返信 (YU@K)
2015-04-22 13:39:54
>りこ様
お久しぶりです!そしてお返事が遅くなってしまい大変申し訳ありません!
私も結末を知ってからもう一度見たいと思っているところです。緊張感が半端じゃないですよね。ご承知とは思いますが、Twitter、フォローさせていただきましたので、どしどし絡んでくれたら嬉しいです。よろしくお願いします。
はじめまして! (発情アニマル)
2015-05-04 16:35:32
『セッション』評があまりに素晴らしく、また、私も同意見です!と思ったのでコメントさせて頂きます。

映画は先ほど鑑賞しましたが本当に最高でした!
私も元吹奏楽部で、トロンボーンを吹いていましたので劇中のバンド描写が痛いほどリアルに感じられました。
「音程が違う奴は誰だ!」のシーンでは当時の顧問を思い出したり(笑)
ラストで、主人公がドラムを叩き出したシーンでは思わず立ち上がりそうになる程興奮したり。
音楽をテーマにした映画は数あれど、リアルさと映画としてのカタルシスをここまで両立させた映画は初めてでした。
コメント返信 (YU@K)
2015-05-05 21:49:26
>発情アニマル様
コメントありがとうございます。自分でもかなり熱を入れて書いたレビューだったので、そのように仰っていただけて嬉しいです。

音楽経験者としては、やはり異が痛む描写が多かったですねぇw 音楽を文字通り楽しむということを一種捨てて、ここまでカタルシスに寄せた映画は久しぶりでしたね!
やっと感想を読むことができました (yatarou)
2015-06-02 23:26:45
本日、運よく映画舘でセッションを観賞することができ、やっとこの感想を読むことができました。映画本編も最高でしたが、YU@Kさんのラストシーンの深い解説にぐっときてもう一回セッション見たいなあと思いました。〝「到達した」からからこそ、そこに届いたからこそ、涙が出る"、の一文。あのラストの演奏シーンの表情や動作ひとつひとつが師弟の絆の構築をものすごく雄弁に表現していたのだということを、YU@Kさんの音楽愛に溢れた文章で知ることができました。素晴らしい解説を読めたこと、そしてYU@Kさんのツイートきっかけでこの映画を見ることができたこと、本当に感謝です。ありがとうございました。

コメント返信 (YU@K)
2015-06-03 10:17:06
>yatarou様
やっとのご鑑賞、おめでとうございます。そして、嬉しいお言葉の数々、ありがとうございます。自分が面白いと思ったものを多くの人に知って欲しいという思いでツイッターやブログをやっているところが大きいので、大変嬉しいです。
共感できました (SARTO)
2015-06-16 21:17:07
昨日やっとこの映画を見て、色んなレビューを読んでたのですが全くしっくりこなかったのですが、このレビューを読んでスッキリしました。

私も音楽をやっていたので、あなたと同じような見方をできたのかもしれません。
今はモノづくりを生業としていますが、ニーマンやフレッチャーのような本物を追求する魂みたいなものに共感し、刺激され、映画を見た後、物凄く充実しました。
やっぱ本物の表現者ってのはこーだよなっていうw
まぁ、僕にはそこまで到達できませんが・・・。
もっかい見よう
コメント返信 (YU@K)
2015-06-18 09:28:29
>SARTO様
スッキリきたというご感想、嬉しいです。ありがとうございます。
私もどうひっくり返ってもここまで到達できる気はしませんが、やはり、音楽経験者は色々と思う所の多い映画ですよね…。私ももう一度観に行く予定です。
素晴らしいレビュー (shin)
2015-06-22 11:19:19
YU@Kさん

昨日映画を観て、詳しく内容を知りたく、このHPにたどり着きました。

ジャズは好きですが、楽器を習ったことのない私にとっては、理解が難しいところもありました。

でも、YU@Kさんのレビューを読んで、胸につかえたものがすっと心になじんでいく感覚というか…とにかく、わかりやすく、楽器素人の私にも大変わかりやすい記述・素晴らしいレビューで、感謝を伝えたくコメントしました。

YU@Kさんの文章を読んで、もう一度映画館に行こうと思いましたよ。

私には長崎に住む弟がいるのですが、彼にもメールでこの映画を勧めました。長崎セントラル劇場でも上映するようですね…。

YU@Kさんの、わかりやすい解説にとても感謝しています。
ありがとうございます!!

コメント返信 (YU@K)
2015-06-22 13:02:33
>shin様
とても嬉しいご感想、ありがとうございます!「わかりやすい記述・素晴らしいレビュー」というような感想をいただきたくてレビューを書いている部分もあったもので…。
仰る通り、「長崎セントラル劇場」での上映もあるようですね。今度こそスクリーンで没入できることを楽しみにしています!
ありがとうございます! (ねむねむ)
2015-07-03 22:59:38
この作品について、色んなレビューを読んだものの、今一つ納得が行かなかったのですが、YU@K様のレビューを読んで「成る程、そういうことか!」と、まさにカタルシスを得られたので、御礼申し上げます。
コメント返信 (YU@K)
2015-07-06 17:41:13
>ねむねむ様
コメントありがとうございます。お役にたてて、本当にうれしいです。
納得 (通行人)
2015-07-21 02:49:12
本日映画を観て参りましたが、はじめて食い入るようにみたので、終わって何を語り合えばいいのか忘れてしまうほどでした。こちらの評を読んで、そうそう、そうだったとあらためて余韻に浸らせていただきました。すばらしい文を読ませていただき感謝です。
コメント返信 (YU@K)
2015-07-21 08:55:54
>通行人様
こちらこそ、お褒めの言葉、どうもありがとうございます。
闘い (PineWood)
2015-07-31 04:56:28
師弟間の闘いというような観点も見所だが、親子の確執・和解という切り口で本編を見るとjazzを主題にしたスウェーデン映画(ストックホルムでワルツを)を思い出す。実話・実体験がドラマのベースになっているのに違いはないが、(セッション)本編はショートショート映画のもつような凝縮されたダイナミズムが特徴。映画(ブラックスワン)で登場人物が極端に強調された表現主義の妙味もある。邦画クラシック映画としてでは衣笠貞之助監督の(狂った一頁)が川端康成タッチの新感覚派思い浮かんだ。
コメント返信 (YU@K)
2015-08-01 22:28:54
>PineWood様
作品タイトルの補足、ありがとうございます。
すばらしい (秋空)
2015-10-20 14:08:32
見事なレビュ-。
本業の方ですか?

映画本編をみた時より、YU@Kさんの文章をよんでるほうがなんだか高揚しましたよ。

コメント返信 (YU@K)
2015-10-23 14:29:26
>秋空様
ズブの素人ですが、嬉しいお言葉ありがとうございます。
感謝の気持ちを (Marina)
2015-10-25 13:29:57
今、TSUTAYAで新作のDVDとして借りてきてセッションを見終わったところです。
この見終わった後のなんとも言えない興奮と感動を、同じ気持ちの方がいらっしゃらないかネットで検索してみたところあなた様のブログへと辿り着きました。
自分では言葉にすることができなかった感情が、このブログによりやっと言葉にすることができました。本当に激しく同意見です、ありがとうございます。
上映している映画館が少なかったこともありスクリーンで見ることができなかったのですが、意地でもスクリーンで見なかったことをとても後悔しています。それほどまでに素晴らしい作品でした。
興奮した状態のまま書き込んでおります、下手くそな日本語ですみません。
あなた様のブログへと辿り着くことができて本当に良かったです。Twitterの方もぜひフォローさせていただきます。ありがとうございました。
コメント返信 (YU@K)
2015-10-26 14:56:26
>Marina様
嬉しいご感想、本当にありがとうございます。私自身も、感動をなんとか文字に起こせて保存できたと感じていて、たまに自分で読み返してしまいます。同じく熱い思いを抱いた方と感覚を共有できるのは、こちらこそ嬉しいです。ありがとうございます。
Unknown (青猫)
2015-11-04 23:04:30
果たして最後のシーンは復習だろうか?
フレッチャーは、ジャズを誰より愛し、追求する人物のようだ。それなのに自分の指揮する大切なコンサートで、教え子を陥れ思い知らせるためだけの理由で、曲を変更したりするだろうか?あまりにも子供じみている。神聖なステージに対する冒涜だ。そんなことは、おそらくしない。あれは危険だが、さらなるジャズの高みへと昇華するためのニーマンに対するストレスだと思う。追い詰めるのは得意のやり方だ。ニーマンも理解しているからこそ、退学になった後のシーンでフレッチャーの事を批判しない。だから、逃げなかったのだ。結果、歴史に残るソロシーン(劇中では多分)となっている。ちなみに、泣ける映画とも思えない。人生で勝つことの大切さ、認められることの喜びを教えているシビアでタフな映画だと思う。
Unknown (jazz musician)
2015-11-05 20:30:03
映画を見て面白かったのでレビュー探していたらここにたどり着きました。
微妙に間違ってますが最後のシーンで「何やってんだ?」と言われ「お前を殺す」と言ったのはニーマンですね。
皆がこの映画のラストシーンに感動したのは、フレッチャーと音楽を楽しんでるからではないと思います。ましてやフレッチャーの要求に応えたからではないと思います。
我々が感動したのはフレッチャーに打ち勝ち本物のジャズミュージシャン、つまりバードになったからだと思います。
フレッチャーの言った「バードは二度と挫折しない」の通り、ニーマンはフレッチャーにもう二度と負けない。きっとこのシーンの後、彼はフレッチャーの元を離れ本当のジャズミュージシャンになったであろうと思います。

この映画はある意味誤解を招きそうなので言っておきたいことがあります。
現存する巨人と言われるジャズミュージシャンの多くはマイルスデイビスという偉大なジャズミュージシャンによって育てられています。
彼はとても優しく音楽に真剣な方でした。
日本の本の多くにはなぜかマイルスは「俺様、俺様」の様に和訳され人物像を書かれているが決してそうではない。多くのマイルスと関わった人が、彼の優しさについて語っている。彼の口調を実際に映像で見ても俺様の様子は一切ない。
彼は決してフレッチャーではないです。
別意見 (ISSI)
2015-11-06 12:12:43

もしサッカー映画で、スパルタ顧問の先生が、天才プレーヤー(キーパー)を生む為にスパルタ指導で才能ある主人公を締め上げる。それに付いて行けず先生に暴力をふるい退学になる。主人公の告発で先生も退職させられる。でもその先生がW杯の監督になり、その大舞台でキーパーだった主人公をダマし出場を要請するが復讐の為、突然フォワードで使う。その為、負けそうになるが、突然、主人公が勝手にキーパーになり神憑り的ファインセーブで勝つ。観客は大盛り上がり、鬼監督もまんざらでもないって話だったらどうだろう?
何じゃその話?って思わない?
ホントに何が言いたいのかわからないヘンテコなストーリーだった。
たかだか3億円の製作費でアカデミー賞3部門を取り、評価も異常に高い。
こりゃあ見なきゃ!と意気込んで見たが、 主演の鬼教官が自分の輝かしいキャリアを捨ててしまう様な、カーネギーホールの大舞台で主人公に突然、別の曲を与え復讐する。でも主人公の即興の酷い演奏は直接、指揮者である自分(鬼教官)の評価につながるはずである。つまり鬼教官自身が二度とJAZZの世界に戻る事は出来なくなる行為である。復讐の為なら復讐にもならない、ただ常軌を逸した自分の評価を下げる(JAZZの世界から抹殺される)だけの理解できない事をする。
これが音楽となると皆さん納得するみたいであるが僕にはかなり違和感がある。スポーツに比べ、音楽(奏者)は評価されない事を、この作品を通して訴えていたが、でも一番音楽を馬鹿にしているのは作者に思えてならない。
Unknown (Unknown)
2015-11-09 00:00:12
 全てはラストのための布石だったのだ!
「私をなめるなよ。密告はお前だ」
 え? もう終わり間際なのにこの台詞? 一気に私は不安に包まれる。そして容赦ない仕打ちにマジかよと唖然としてた。
 ステージから立ち去るニーマン。そうか、ここからが本当のステージに繋がるのか・・・。しかしどうやって? あの鬼教官はガチだ。どうやって盛り返すのだ? 気づいたらワクワクして仕方なかった。
 勝手に演奏を始めるニーマン。なるほど自分でステージを作り上げたのか。きっとここから噛み合わない何かがなめらかに回り始めるのだ。うん、とても良いんじゃないかな。いい作品だったよ。
 そしてキャラバンの演奏が終わる。しかしニーマンは止まらなかった。え? ちょ、よくなりそうだったじゃないか、どうして? もう何がなんだか分からなくなりそうになる。
「アンドリュー何のマネだ!?」
「合図する」
 ニーマンに疑問投げかけたはずの教官が頷く瞬間最高に鳥肌がたった。ここだ! ここからが真のクライマックスだったのだ。
 シンバルを元に戻すシーン。フレッチャーが、自身の顔を手の平で拭うところもビリっときた。まるで、こいつは俺も気合を入れないとやばい! とでも言ってるかのようだった。
 最後の最後に向かい合う二人。笑顔になるニーマンと真剣な表情のままなフレッチャーも感が深いものを感じる。フレッチャーの口元を映さなかったのも計算の内か? やりきったと笑顔を見せるニーマンに、いやまだだ! 終わるまでは油断するなと気迫を見せるフレッチャーのようにも感じたのだ。
 まさにセッション。しかし私はドラムで踊る血や汗を見るとパッションという単語も思い浮かべた。まさに熱い作品だった。ラストだけを何回も見返してしまった。それほど余韻がしばらく残ったのだ。
 ところで彼女は・・・ニコルだったかな? あれは何だったのだろうかww
 
一番ピンと来たレビューでした (セッションさん)
2015-11-11 16:16:23
ラストのシンバルスタンドを直す場面、フレッチャーが上着を脱ぐシーン、2人の眼だけのシーン、監督のパッションが込められた渾身の場面だったと思います。
ジャズを馬鹿にしてるだのなんだのとのレビューが目立つ作品でも有りますが、映画自体を良く見てないのではないかと私は思ってしまってました。
そこで出会ったこのレビュー!
レビューを見ながら熱くなり、上着を脱ぎたくなりました。
ありがとうございます。
Unknown (Unknown)
2015-11-12 13:55:14
素朴な疑問として、ニーマンはそんなに優れた音楽家(になれる素質を持つ人物)として描かれていたでしょうか?
フレッチャーのもとで、彼はドラムをものすごいスピードで叩けるようにはなったかも知れませんが、ビッグバンドジャズを演奏するにあたってのアンサンブル能力には著しく欠けています。
演奏シーンでは一貫して(クライマックスに至ってもなお)、周囲との音楽的コミュニケーションをする描写は行われず、ただただ自分のパートに没頭するのみです。
独りよがりのテクニック自慢を延々と聴かされるのは全くの苦痛でしかなく、なぜ多くの人がここに感動されるのか、私には全く理解出来ませんでした。
コメント返信 (YU@K)
2015-11-30 16:04:28
>泣ける映画とも思えない。人生で勝つことの大切さ、認められることの喜びを教えているシビアでタフな映画だと思う。
私の文中で使用した「泣く」は「感動する」というよりは「感極まる」というニュアンスで、例えば(個人的な例で恐縮ですが)「パシフィック・リムの冒頭の出撃シーンで泣く」のと同じ部類かな、と捉えております。

>この映画はある意味誤解を招きそうなので言っておきたいことがあります。
実際のジャズプレイヤーに関するお話は当記事では扱いません。あくまで「映像作品」として捉えたお話に限りたいと思います。(もっと専門的に意見を交せる適当な場があると思いますので)

>何じゃその話?って思わない?
私は思いません。「セッション」にミソは、鬼教官であるフレッチャー自身が全く褒められた人間でもないし常軌を逸している、という点だと考えます。

>まさにセッション。しかし私はドラムで踊る血や汗を見るとパッションという単語も思い浮かべた。まさに熱い作品だった。ラストだけを何回も見返してしまった。それほど余韻がしばらく残ったのだ。
言い得て妙ですね、「パッション」。

>レビューを見ながら熱くなり、上着を脱ぎたくなりました。
嬉しいお言葉、ありがとうございます。

>独りよがりのテクニック自慢を延々と聴かされるのは全くの苦痛でしかなく、なぜ多くの人がここに感動されるのか、私には全く理解出来ませんでした。
私としては、その独りよがりな部分に段々と傾倒していく様こそが魅力的に見えました。フレッチャーも、ニーマンも、非常に捻くれて拗らせて、常識から遠く外れた地点で最後の最後に波長が合う。だからこそ面白いのかな、と。
最高ですU+2757U+FE0F (namaco)
2016-01-22 13:26:50
今見終わったばかりなのですが、この興奮誰かと共感出来ないかと思い、あちこち検索していましたら、こちらにたどり着きました!本当に素晴らしい言葉で、スクリーンを丸ごと表現されていて、読ませてもらって更に感動が増しましたU+2728主人公の俳優さんはどうやってドラムをあそこまでマスターしたのか、主人公の2人の目でのやり取り、狂気から理解し合うまで…久しぶりにこれこそ映画を見る醍醐味と、最後まで通して思える映画でした~U+2757U+FE0F そして素敵なブログを拝見させて頂いて感謝ですm(_ _)m
コメント返信 (YU@K)
2016-02-08 13:06:41
>namaco様
こちらこそ、ありがたいお言葉の数々に感謝です!
レビューに感動しました^^ (はじめまして)
2016-02-14 19:04:03
映画そのものよりこのレビューに感動しました。
映画のほうは、「フレッチャーが教えたことってテンポだけじゃん? この人ほんとにすごいの? クラブでピアノ弾いているの見ても、ああーっ本当はすごい人なんだ!っていう気がしないなあ。 ラスト、自分の評価を下げてまでそんなことする?ってか代わりのドラマー用意するでしょこの人なら絶対。だからニーマンが出る幕はないはず」とか思っちゃって、いまいちのめり込めなかったんです。
でも、レビューを読んだら、ああそういうのめりこみ方があるんだなと思って、DVDを返却するのを1日延ばしてラストをもう1回観ることにしました。
コメント返信 (YU@K)
2016-02-15 17:19:37
>はじめまして様
大変ありがたいご感想で嬉しいです…。私の解釈が正解か否かもどこにも確証はありませんが、そう仰っていただけて書き手冥利に尽きます。
フレッチャーというキャラ解釈 (Imperi)
2016-02-29 17:16:09
レビュー大変興味深く読ませていただきました。
この間この映画を見て大変興奮しました。
誰も指摘されてませんが、フレッチャーが穏やかなトーンの時に必ず話すチャーリー・パーカーがシンバルを投げられたからバードになれた話、あれにフレッチャーを解釈するヒントがあるんだと思うのです。
つまりラストの大掛かりなフレッチャーからの復讐はニーマンに向けての、チャーリー・パーカーが投げられたシンバルなのではないかということです。(冒頭のパイプ椅子なんかじゃ全然足りない!)
そしてフレッチャーは「これで復活できないならそれまでの奴。努力してまたいつか這い上がって来い」ぐらいに思っていたのに、すぐニーマンが戻って来るので戸惑います。
そして即座にニーマンのターンが始まることで「今じゃない。もっと努力してからこい」と思うのですが、圧倒的なニーマンのドラムのクオリティに、覚醒するタイミングがフレッチャーの想定していたものよりはるかに早く訪れたことにフレッチャー自身も戸惑いながら指揮を始めたんではないかと思うのです。
ただ、このラストのステージの直前、フレッチャーは「ここでスカウトに嫌われたら廃業しかない」と言っているので、ニーマンのために設けられた障害だったとしたら、高すぎるハードルになってしまう気もしますし、僕の解釈はややフレッチャーをいい人にしすぎな気がしなくもないですね。
あと首吊り自殺した元生徒ですが、もしフレッチャーが僕の解釈のような人物なら、交通事故と言ったのは嘘ではなく本当にそう聞いていたんじゃないかとも思います。だから本気で涙した。単なる私怨でやったんならやっぱりあの話も嘘だったんだろうな、そんな奴だったんだろうな、という所ですかね。
あのフレッチャーの復讐はニーマンの成長のために用意したのか、フレッチャー自身のための復讐だったのか。その解釈によってフレッチャーというキャラの解釈が大きく変わるな、と僕は思いました。
コメント返信 (YU@K)
2016-03-07 10:36:30
>あのフレッチャーの復讐はニーマンの成長のために用意したのか、フレッチャー自身のための復讐だったのか。その解釈によってフレッチャーというキャラの解釈が大きく変わるな、と僕は思いました。
同感です。私もこのレビューでは後者寄りの解釈で書きましたが、前者の可能性も全く捨てきれず、かといって劇中では確固たる明言が無いんですよね…。その辺りの解釈のブレを楽しむためにあえて浮かせたままにされているのかもしれません。
あきれる (あきれる)
2016-04-03 00:54:07
音楽は芸じゃない
音楽はスポ根じゃない
音楽は競うものじゃない

吹奏楽みたいなもので殴られながら洗脳された人の映画評ですね
私は不愉快なだけの映画だと思いました

テンポがただしいのがそんなに良いならシーケンサーにやらせれば良い
確実に合う

調子外れの歌を歌うボブディランは今でも世界を回ってますが、あの音楽で回れますか?

音楽、というか芸術をなにもわかってない人が作った映画だし、この感想文も何もわかってない
呆れましたし、情けないですね
サーカス団でもやった方が良いです
お邪魔します。 (あいち)
2016-04-08 22:02:59
1年前の記事へのコメントすみません。
レビューを楽しく読ませていただいました!
私も最近見まして、所々みなさんどう解釈しているのか知りたくて検索していました。
丁度Imperiさんの言う様に、フレッチャーがどういうつもりなのか、というのが曖昧なんですよね。
ショーンが自殺だったと知った時(いつ知るのかもう知っているのか)の素の反応が知りたいのです。
知ってたのに事故ってことにしてたら完全にサイコパスなので、その線はないと思いますが、自分も大事な本番直前に「私を舐めるなよ・・・」とか言うくらいですからね(汗)

最後の演奏は心からオンガクを楽しんだ、という綺麗なものではなく、ボクシングでいう打ち合いの大激闘の最中に生まれる2人だけの感情に似たものと捉えました。

映画としてはもちろん、ズバッと終わってブラボーなのですが、この後ニーマンとフレッチャーは後腐れなく別々の道、ということになるんでしょうかね。


とにかく強烈なインパクトを残すエゴイズムとバイオレンスな映画でした。

視野は広く持ちたいものですね!
うーん… (ウィキニキ)
2016-04-09 20:13:39
私は楽器経験者として、 音楽業界に携わる人間の泣き言に付き合うのはウンザリ

ショービズの裏側を暴くショービズなんて、所謂ひとつの禁忌

この評価には賛同しかねますね
殴り合い!でもいいけど。 (おこめ)
2016-04-12 03:20:00
うーん。9分19秒の前半部分の考察には同意しかねるなぁ。
フレッチャーは偉大な演奏者を育てることに異常に執着してたから(←バーの場面より)、ラストは復讐というよりも、さらなる成長を見込んで恥をかかすための試練をニーマンに与えるっていう意味合いの方が強かったんじゃないかな。

で、ニーマンがこの時にフレッチャーの思い描いていたストーリーのはるか上をいって、師弟関係の終焉とともに「セッション」が成立。っていう流れに見えたよ。

だから自信をつけてからフレッチャーと殴り合ってるつもりになってたのはニーマンの方だけで、フレッチャーは最後の最後以外は全て計算済みだったはず。指導者としての狂気の為せる技だね。

この記事の筆者さんは自身が「元プレイヤー」だったことからニーマンに傾倒したんじゃないかな?

まぁ一意見として。
Unknown (おら)
2016-06-26 00:49:56
自分はジャズよりロックが好きな人間ですが、感動して観ました。で、フレッチャーですが、やはり本物のサイコパスなんじゃない?と思ってしまいました。ステージで復讐するなんてありえないでしょ。ただ、彼にとってのジャズ・音楽とは絶対的なものなのでしょう。自分に歯向かう者は絶対に許さないし認めない。ただし、ミュージシャンとして強いエゴを持ったニーマンはフレッチャーの鞭によって覚醒したのは確か・・・と感じました。サイコパスの暴力に屈することなく(あきらめかけてたけど)、音楽に対する愛情と向上するための努力を惜しまない人物だったことによって開花した才能がCaravanで表現された瞬間が圧巻のラストシーンになった・・・と解釈してます。予期せぬドラム・ソロに入ってからの圧倒的な演奏とその場に魔法が起こったことが、邦題の「セッション」とした理由なのかな。原題のWhiplash(鞭打ち)より適している様な気がします。
Unknown (Unknown)
2016-09-09 10:50:29
素晴らしいレビューですね。よりこの映画の理解が深まった気がします。
邦題を「セッション」にした人も素晴らしいですね。「ウィップスプラッシュ」じゃ、日本人にはピンと来ませんもんね。
Unknown (Unknown)
2016-10-28 13:07:50
ドラムと映画好きのおっさんですが全く心に響かず。ただの恐怖映画。やってる音楽もビッグバンドだし。音楽ってテクニックの更に上にある創造性とかパーソナリティが重要でテクニックはあって当たり前。とてもバードの域まで達しない。バディー・リッチなんてだだテクニックがすごい人じゃん。ジャズマンじゃない。音楽ファンが見たら呆れる映画だと思う。
Unknown (Unknown)
2016-11-26 12:39:52
なるほど、教師の体罰はすごい、素晴らしい。
いつぞや、バスケ部部長が教師に圧力をかけられて自殺したことも、弱虫だとおっしゃりたいのですか。
感動しました。
私も、教師からいじめられて不登校になったことを恥として生きていきたいと思います。
教師の体罰やいじめはありがたい物だと思わなければいけないのですね。
こんなに素晴らしいレビューをありがとうございました。
Unknown (Unknown)
2016-11-26 12:43:11
なんとなく、スパルタ教育が好きな団塊世代・団塊ジュニア世代が好きそうな映画ですよね。
Unknown (Unknown)
2016-11-26 12:52:28
福島から埼玉に避難してきて、クラスの子にいじめられても教師は全然話を聞いてくれなかった、といういじめ問題についても、教師に従うべきだと思いますか?
いじめられる方が悪いのだと思いますか?

吹奏楽部をやるのは勝手ですが、自分勝手な体罰美化運動を映画に投影させるのは辞めていただきたい
Unknown (Unknown)
2016-11-26 12:54:25
これってスパルタ教師に従うような映画でしたっけ?
熱い教師と生徒の物語でしたっけ?
違うような気がするんですけど
これってホラーサスペンスじゃないですか?
自分のことしか考えてない者同士が駆け引きする映画でしょ
日本のスパルタ教育に頭まで浸かった人が書いた記事なんでしょうか
Unknown (Unknown)
2016-11-26 12:58:44
吹奏楽部…嫌いでしたね
うちの学校は管弦楽でしたが
教師が生徒の話を聞こうともしないで、体罰をするんですよ
それって教育ですか?
違いますよね
奴隷を調教してるだけでしょ
部活の大会の成績で学校の評価が決まるから、部活で先生が生徒を厳しく調教するだけですよ
生徒は内申書を気にして先生に従う
ある意味この映画と同じですよね
駆け引きの世界ですよ
そこには愛も心も何もありません
管弦楽に興味のない生徒にも「うちの学校は素晴らしいんだ!管弦楽部がこの学校を左右してる!」みたいに無理強いするのはやめてほしかったですね
だからいじめも不登校も減らないんじゃないですか?
こういうスパルタ教育を美化する所が日本の学校教育の腐った部分ですよね
早く目を覚ましてほしいですよ
まあ真理に気付かないで、ただ教師の言う事をホイホイ聞いてるほうが楽なんでしょうがね
Unknown (Unknown)
2016-11-26 13:00:47
テクニックだけならロボットや機械にもできますよね?
人が演奏するから心が大事なんじゃないですか
スパルタ教師は心を殺す存在だと思います
奴隷を調教するような中学ならまだしも、音大でそれやってたら鼻で笑われますよ
記事書いた人は音大の出なんですか?
Unknown (Unknown)
2016-11-26 13:06:15
教師に殴られて、女ですが顔にすごい深い傷がつきました
一生痕が残ります、ってお医者さんに言われました
高校に行けなくなるから、教育委員会には言いませんでした
レビューおもしろかったです (みな)
2017-01-04 22:41:40
最後の解釈だけは他の人と同じで私もちがいました。フレッチャーほどの頭のキレる完璧な天才指導者が たかが復讐のために、カーネギーホールという素晴らしい舞台で復讐をするだろうか?何度も何度も獅子が崖から子どもを突き落としては這い上がらせる指導法をしていた、フレッチャー。監督本人が、フレッチャーという人物は、子どもの実力をひきださせる指導をしないことの方が優しい指導よりも罪だっと考える人だといってました。わざわざ、ニーマンの実家近くのジャズバーでピアノの演奏会をしたりするのも、彼をバンドに誘ったのも、舞台で大恥をかかせたのも
すべて、偉大な音楽家に昇華させるため。フレッチャーは自分の人生かけて、ただただ偉大な音楽家を今のこの世で作りたい。いや自分が聴きたい!そんな人だと思います。この映画が私も大好きです。
きもちわるい (ジャズマン)
2017-03-07 00:10:32
ジャズをどれだけ分かっているか知らないが、軍隊まがいの吹奏楽と一緒にしないでほしい。周りでジャズをやっている人でこの映画に賛同する人はいない。ジャズは競争の音楽ではない。この映画でジャズの「セッション」をしている場面は一度たりとも登場しないし、ビッグバンドの吹奏楽的な面だけ切り取っている。楽器演奏で大成するには人並みはずれた努力が必要だがそれはこの映画みたいに他人に尻を叩かれながらやるものではない。
それを見て昔の吹奏楽時代を喜んでいるあなたとそれに賛同する老害たちが日本の吹奏楽をだめにしているのだろうなぁ…
それが狙いだと何故気づかない? (「セッション」を感じれなかった人達へ)
2017-03-23 18:31:52
106分間一体何を見ていたの?「セッション」と言う映画は、主人公は音楽のことをみんなを見返すための武器としか考えていない子供で。音楽家としても鬼コーチの教育の仕方は決してあっているものとは言えないもので・・・ スパルタ教師。体罰が。そんなこと分かっている。先生が映画の中で悪役のような立場として扱われていることをわかってほしい。
「本当のジャズはこういうものじゃない」と言っている人はこの映画を作り上げたスタッフにざまーみろ!と言われるぞ。それが狙いだったのだから。少なくとも最後のシーンは二人がジャズ本来あるべきものをを「楽しめていた」ことが重要なのではないの?
このコーチと青年は「セッション」したんだ
Unknown (Unknown)
2017-06-14 08:36:21
偏った音楽映画と捉えられがちですが、実際は完璧に熟成された”音楽者映画”なんですよねぇ
Unknown (Unknown)
2017-06-14 08:48:45
もうここのコメント欄にある否定的意見の文型が全てを語っているよ
つまりは本気で音楽にのめり込んでいる人というのは良くも悪くも偏執的だということ

あの手この手の論法でこの映画を是が非でも否定しきってやろうとする姿がそのまま劇中の二人とぴったり重なる

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