YU@Kの不定期村

不定期に気ままに、映画&特撮レビューブログ。

どうして「体育の授業」のおかげでスポーツが嫌いになってしまうのだろう

2015-10-19 12:22:24 | 提言



こんにちは、YU@K(@slinky_dog_s11)です。

私は昔から運動が苦手だった。全く偉ぶる話でもないのだが、事実として、今でも本当に運動が苦手だ。職場の行事等でスポーツ大会があるといつも気が重いし、往々にしてチームの足を引っ張るポジションに陥る。走力も反射神経もお察しレベル。幼稚園児の頃に母が見かねて水泳教室に通わせてくれなかったら、おそらく今でもカナヅチだっただろう…。書いていて惨めになってくる。

そんな私のツイッターのTLに、昨日以下のようなツイートが流れてきた。




これを機に、昨日は割とずっと「体育の授業」について考えたり調べたりしていた。率直に言うと、私は体育の授業によってスポーツそのものに大きな苦手意識を持ってしまったし、ハッキリ言って「嫌い」に近い感覚を抱くようになった。どうしてそうなってしまったのだろう。改めてググってみると同じような感覚を持っている人はかなり見つかったし、割と前々から各所で議論されてきたことのようだ。最終的には文部科学省のホームページを夜中にずっと読んでいた。


※※※


順を追って紐解いていくと、まずはとっても歪んだスクールカーストの話からになってしまう。

体育の授業で一番嫌だったのは、紅白試合だ。例えば、サッカーやバスケやバレーにソフトボールといったもの。私はこれらの授業で、本当に惨めだった記憶しかない。運動部所属のイケイケのウェイ系なクラスメイトがここぞとばかりに張り切り、主にボールを独占する。そりゃ、上手い人と下手な人が一緒にやったら上手い人にボールが集まるのは当たり前なのだが、下手な人である私のような人間は、ボールにも触れず触ったところで足手まといになり、意味もなくフィールドを右往左往する最高に恥ずかしいひと時を過ごすハメになる。

想像して欲しい。例えば音楽番組でEXILEが歌って踊っている同じステージの隅で訳も分からず放り込まれた人間が滑稽にダンスの真似ごとをしているのだ。それを、クラスメイトという観客にずっと観戦されている。恥ずかしいったらありゃしない。





そんな中、ATSUSHIやTAKAHIROのごとくウェイ系のウェイマンたちは活躍し歓声を集める。彼らは紅白試合に本気なので、例えばサッカーだと「マイボマイボ!」と声を上げながらガチ試合を展開する。そこに私のような運痴野郎が参入する隙は無いし、仮に突入したところで足を引っ張り白い目で見られる展開しか待っていない。彼らウェイマンたちは、ただ本気で試合をやってスポーツを楽しんでいるだけなのだが、ここで「得意な人」と「苦手な人」の間に大きな溝が出来る。たまに「一緒にやろう」と手を差し伸べるタイプのイケメンウェイマンがいるのだけど、彼のような存在は希少種。多くのウェイマンたちは感覚で「(私のような)ボールを回さない方がいい相手」を判断し、意識の外に追いやる。それは、自分たちが楽しむために、試合で勝つために、当然の判断とも言える。

そうして、「苦手な人」は体育の時間で往々にして公開処刑される。クラスメイトが体育座りで見守る中、ひとりずつ跳び箱や何かのプレーをさせられたりと、思い出すだけで胃が痛くなってくる。マラソン大会で遅くにゴールに辿り着いた人が24時間マラソンのように応援されるのも、控え目に言って生き地獄だ。

共通して言えるのは、前述のサッカー紅白試合におけるウェイマンたちも、マラソン大会終盤で応援する集団も、何も悪気が無い、ということだ。彼らはただ本気で楽しんでいるだけだし、むしろ応援に至っては良かれと思ってやっている。「運動が苦手な人」がそこでどんな屈折した感情を抱くかなんて、おそらく考えたこともないんじゃなかろうか。「得意な人」には、「運動・スポーツは楽しいもの」という揺るがない感覚があるだろうから。


※※※


例えば私は根っからの文化系で20年あまり音楽をやってきた。吹奏楽やクラシックと今も関わる生活を送っている。だから、(あえてこう書くが)、平均よりはリズム感がある方だと自負している。そんな私が何らかの集まりで初対面の人やらとカラオケに行った時に、たまに絶望的にリズム感のない人と出会うことがある。誰でも知っているポピュラーな曲のサビでも、わざとやってるんじゃないかというくらいにズレる。「どうしてこの裏拍が入れないの?」「なんでそんな肝心なフレーズをすっぽかすの?」と、割と真剣に疑問を抱いてしまう。

おそらく、運動が得意な人もこういう感覚なんじゃないだろうか。人には向き不向き・得意不得意があるのは当たり前なのだが、自分がその界隈に浸かっていると、それが不得意な人の存在がいつのまにか理解し難くなっていく。それは嘲笑でも軽蔑でも何でもなく、ただただ純粋に、「“できない”ことが理解できない」のだ。だから、体育の授業において私のような「運動が苦手な人」は、得意な人からすると「理解できない相手」であり、「なぜ楽しいはずのスポーツを楽しめないのか?」という無意識な疑問を出発点に、意識から外れていくのだろう。「そもそもできないから苦手意識がある」という感覚が共通項になることは滅多にない。(誤解が嫌なので再度書くが、「理解できない」ことが「悪い」という話ではなく、それはある種当たり前のことであると思う)

私は特撮が好きなのだが、今の嫁さんと付き合っていた頃に話の流れで「ショッカー」の話題になった。嫁さんは「え?“ショッカー”って何?」と真っ直ぐな疑問をぶつけてきたのだが、私にとっては「初代仮面ライダーの敵組織の名称」として半ば常識レベルの知識だと思っていたので、心底驚いた。「ドラえもんの好物はどら焼き」くらいのレベルで皆が知っていると思っていた。その後も「ち、違うんだ!あの全身黒タイツの奴らの名前が“ショッカー”という訳じゃないんだ。合ってるけど違うんだよ!」と面倒臭い説明を重ねてしまった記憶がある。





上のカラオケやショッカーの例で、「結局自分の音楽得意自慢かよ」とか「オタクの知識マウントうぜぇな」と思った人もいると思う。心の中で、大なり小なりモヤッとしたものを抱いた人も多いのではないだろうか。それこそがまさに、「運動が苦手な人」が「得意な人」に感じてきた感覚だ。互いに悪気は全く無いのに、その断絶が結果として出来上がってしまう。無意識に、相手に非常に屈折した形で劣等感と嫉妬心を抱かせてしまう。抱いた方も抱いた方で、その感情への自己嫌悪とも付き合っていく。こうして「運動が苦手な人」は、小中高の12年間ずっと、体育の時間でそんなドス黒い感覚を味わい続けていく。


※※※


ここまで読んで、「そんな難しいこと考えずに素直に楽しめよ」、と思う人もいると思う。しかし、私のような人間から言わせれば、まさにその視線こそがダメージになってしまう。素直に楽しみたいのは当たり前なのだ。大人になって今でもスポーツに苦手意識があるけども、体を動かすこと自体は嫌いじゃない。自分のペースでウォーキングしたり、夫婦でスポーツ施設に行ったりするのも楽しい。でも、例えばサッカーに代表されるような団体競技に、言い知れぬ嫌悪感を持ってしまうのだ。それは、小さい頃から前述の感覚を味わってきたからだし、それがオタク層とウェイマンたちのスクールカーストにまで自虐的に波及してしまい、本来悪くもないウェイマンたちに心の中で毒づくような、そんな人格を形作ってしまう。

おかげで、申し訳ないがワールドカップの時に渋谷で騒ぐサッカーのサポーターに対する嫌悪感には凄まじいものがある。あそこには、学生時代に感じた「ウェイマンたちの悪意のない悪意による集団圧力」のようなものが渦巻いて見える。「なんで楽しめないの?」「なんでこの祭りに乗れないの?」と、一緒に騒ぐのが当たり前かのような視線を向けられている錯覚を覚える。





もちろん言うまでもなく、あの手の乱痴気集団に一番迷惑しているのは節度を持ったサッカーファンだろう。あんなのは往々にしてごく一部の話なのに、一緒にされたくはないはずだ。しかしネットでは、まるで彼らに親でも殺されたかのように「民度が低い」「日本の辱」と袋叩きの光景が繰り広げられる(実際に他者に迷惑をかけている面も強いが)。これも根底にあるのは、オタク層が過去の体育の時間に受けたトラウマ感情の再発(裏返し)なんじゃないかな、と思えてならない。

「苦手」「できない」が理解されず、更には「楽しんで当たり前」という視線を向けられてしまう。できなければ「やる気がないからだ」と言われ、やったらやったでお荷物扱いされる。こうやって、「運動が苦手な人」はスクールカーストを嫌でも意識してしまい、行き場のない憎しみと自己嫌悪から「スポーツ嫌い」になってしまうのではないだろうか。


※※※


度々書いているが、そのウェイマンたちや、スポーツが得意な人・楽しんでいる人が悪いという話をしているのではない。ATSUSHIやTAKAHIROも、ただ一生懸命にパフォーマンスに興じているだけで、ステージの隅の私を辱めようなんて思ってもいないだろう。しかし、事前にHIRO社長にダンスを教えてもらったり、ATSUSHIとカラオケで練習をしていたならまだしも、突然ステージにぶち込まれるのだ。

体育の紅白試合もそれと同じようなもので、サッカーのルールやポジションなんてほとんど知らないのに、いきなり競技をさせられる。ウェイマンたちは経験則から戦略や攻め手を感じ取り連携を取るが、それが全く分からない私には動くことさえできない。当たり前のように「ボールがどこに来るか」が分からないので、それは裏を返すと「ボールがどこに来ないか」も分からない、ということだ。つまり、突っ立っているだけで邪魔になる。座学でいくと、九九もアルファベットも分からないのに数学や英語のテストを受けるような感覚である。冷や汗が止まらない。





柔道など事故(怪我)が起きやすいものはしっかりと基本の受け身から教えてくれるが、球技を中心に「知っていて当然」かのように始まる競技において基本を教わった記憶は私にはあまりない。体育の先生も「スポーツは楽しくて当たり前」な環境で育った人が多いだろうから、むしろ練習や基礎より模擬試合の方が生徒も楽しめると思っているのだろう。こちとら模擬試合の方が苦痛なのに、ここでも「“わからない”ことがわからない」という断絶が作用してしまう。基本も教わらず、ただ惨めな公開処刑を体験する。それが、私にとっての「体育の授業」だった。

国語や算数といったいわゆる「五教科」「受験科目」には、基礎から教え、苦手な生徒をどうその教科に向き合わせるかといった方法論が深く議論されているイメージがある。私の実体験においても、例えば理解度によってクラスを分けて、苦手な人にどう教えるかに腐心していた先生は多い記憶がある。しかし「体育」となると、途端にその性格が薄くなってはいかないだろうか。「スポーツは楽しくて当たり前」、そんな悪気のない前提で囲ってしまい、「苦手な人」をどうそれに向き合わせるかという感覚に欠けてはいないだろうか。もちろん、苦手な人に手を差し伸べる体育教師やイケメンウェイマンも世の中には沢山いるのだろうが、少なくとも私は不運にもあまりそのような人には出会えなかった。(すでにダメージが大きく気付けないパターンもあったかもしれない…)


※※※


最初に書いた文部科学省のホームページに、『体育の目的の具体的な内容-すべての子どもたちが身に付けるべきもの-』という項がある。この中にも「『身体能力』に過度の重点を置くことは、逆に子どもたちの体育嫌いやスポーツ嫌いを助長することにつながりかねない」と書かれており、私のような人間を生み出してしまう危険性については言及されている。

しかし、そもそもそれよりも上の段である序文にある「体育は他の教科・科目ではできない身体運動を通しての『経験』ができる教科・科目である。例えば、『身体を動かす楽しさ』に関する経験、『競争、達成』に関する経験、集団活動の経験などをすることができる」という方向性が、多くの「運動が苦手な人」に効果的に行われているのか、大きな疑問を抱いてしまう。「体育の授業」で「身体を動かす楽しさ」を感じた記憶は滅多にないし、「競争、達成」なんて始めから負けレースでしかなかったし、「集団活動」についてはスクールカーストを意識させられるばかりだった。そこに「自分なりに頑張ってみよう」が受け入れられた経験は、ハッキリ言って無い。

私のような存在を含め、「体育の授業」が日本のスポーツ総人口をガリガリ削っているのではないか、という思いが拭えない。体を動かすこと自体は好きなのに、スポーツ、それも団体競技には果てしない苦手意識と嫌悪感がある。そして、そんな自分も嫌になってしまう。私だって、本当はEXILEのようにかっこよく踊ってみたいのである。


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86 コメント

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激しく頷きながら読みました (はちべえ(柴犬))
2015-10-19 18:25:22
自分も運動ダメ人間です(^o^;)

そして『男に生まれなくてよかった』とも思ってます。(わりと本気で)

女だと、ありがたいことに『体育ができない』はそれほど大きなマイナスポイントにならないんですよね…

男だと、そうはいかないことが多いから…とくにモテたい盛りの男子中高生の時期は辛いでしょうね…

余談ですが、運動ができないことを逆手にとって、みんなに愛されてる男子…具体的には仮面ライダーバロン役の小林豊さん… すごく尊敬します…

自分の弱点すらモテ要素に変えてしまう…!こんな戦いかたができる発想力とハートの強さ…!ある意味、真の強者といえるのかもしれない…!!!
Unknown (Unknown)
2015-10-19 21:27:53
運動音痴をルックスで補ってお釣りがくる人はあまり参考に…

僕はスポーツ観戦全般(特に野球)が好きなので、球技はルールもざっくり知っていて、
ポジションの役割も大体分かって特に嫌いじゃなかった(やるのは億劫)ですが
陸上系や器械体操系は本当に嫌で嫌で仕方がなかったですね…
タックルやらボールカットに行く体も取れずごまかしが効きませんし…

あ、あと渋谷の馬鹿騒ぎは海外厨(海外リーグが好きすぎて日本サッカーを腐し倒すバカ)とかその辺も叩いているんで
運動音痴のヲタクが云々で言うにはちとピントがズレる気がしますよ
大変興味深く読ませていただきました (ドラドラー)
2015-10-19 21:39:15
僕も運動が大の苦手で、今回の記事には大いに共感しています。

でも個人的には、『周りの空気を壊すようなことになったとしても、スポーツのできる人間に対して「俺は運動が苦手だ」とはっきり言うべきだ』と思っています。

実際スポーツ大会の時に、僕も思い切って言ったら、運動が得意なクラスメートが色々と気遣ってくれましたし、ミスをしても咎めるようなことはせず、「ドンマイ!」と言ってくれました。

さすがに先輩後輩問わず、同じ境遇の人間が多い「体育祭」では通用しませんが……

ほんとにそう! (misaki)
2015-10-20 11:14:02
わたしも、体を動かすのは好きだったのですが体育は苦手。
体育の授業は苦手ながらもせめて楽しんで!と頑張っていましたが、体育の先生にできないくせにヘラヘラしてるな!って恫喝されていつも凹んでました(;_;)

親になり、子供には体を動かす楽しさを知ってもらいたくて、いくつかスポーツ系の習い事をさせてみました。
でも、幼稚園くらいまでは「楽しく体を動かす」タイプのスクールがあるのですが、小学校からは突然「上を目指す」みたいな方針になってしまい、そういうことに真剣じゃないと行きにくくなってしまうんですよね。
同感 (somabito)
2015-10-20 12:55:25
全く同感です。同じ経験をしました。一つだけ違うのは、私が子供の頃は同級生から「お前のせいで負けた」とののしられたことで、励ましのことばなどかけられたことはありませんでした。教師は「できんじゃないだ。やらんだ。」と言われました。

こういう少年時代を過ごしたのは「サッカーの街」です。

音楽でも同じ事がありますよね。他の教科でも。
でも体育ほどではありません。

健康のために運動アレルギーをなんとかしたいと思うのですが、幼い頃についてしまったものはなかなか。
Unknown (Unknown)
2015-10-20 14:46:16
渋谷の馬鹿騒ぎしたいだけのカスどもを、「サポーター」と呼ばれることにどうしても不快感を禁じ得ない……
多分西宮の阪神ファンも道頓堀に飛び込みたいだけのバカに辟易してるんだろうなあ……
Unknown (Unknown)
2015-10-20 15:17:22
私も同様に、体を動かすのは好きだけれどスポーツ競技は苦手な人間です。

スクールカーストにおける、「スポーツが出来るやつ」の評価の高さは異常とも思えます。
スポーツが得意な人からすると、的確な動きができない人間は、運動神経が悪いというより総合的に愚鈍に見えるんですね。グズノロマで空気が読めず、頭も悪いように思われる。運動神経のみならず、人格や頭脳までも漠然と否定されてしまいます。たとえ成績が良くても「学校の勉強しか出来ないガリ勉タイプの人間馬鹿」みたいに、逆に軽蔑される対象になったり。当人は、せめて勉強だけでも頑張らなきゃ…と必死に勉強してるだけなのに。
運動が得意なタイプとそうでないタイプは、交友関係を築きにくいのが現状だと思います。勉強が出来なくても運動ができれば人気者、勉強はできても運動ができなければ馬鹿にされるという構図が完成しているのですから。

勿論、そういったスクールカーストが通用するのは学生時代だけで、従順で元気の良い体育会系を贔屓にする上司も多いものの、社会に出れば誰にも平等にチャンスが巡ってきます。
しかし、それまでの長いスクールカーストによって、引っ込み思案で集団になじめず卑屈な人格が形成されてしまっていたら、平等なチャンスを活かせなくなってしまう。

悩ましい問題だと思います。
Unknown (Unknown)
2015-10-20 16:30:38
>サッカーのルールやポジションなんてほとんど知らないのに、いきなり競技をさせられる
これは本当に大きいと思います。
私は小学校時代、休み時間の遊びのほとんどが体を動かすものだったこともあって、運動部ほどではありませんが当時は運動神経は平均以上に優れていたといたと思っています。

しかし、体育の時間に行った野球では全く活躍できませんでした。
まず何故利き腕と逆にグローブをつけるのかがわからりません。それがわかっても、ボールは捕れません。ボールに追いつけても、利き腕でない手なんて普段使わないし、そもそも捕り方を知らないのです。ボールは投げれば明後日の方向に飛び、エラーを連発しました。
もちろん、私がエラーするたびに何やってんだと周囲から責められます。
ゴロを打つとみんな一塁から飛び出しますね。足は速かったので私は出塁し、同じように一塁から飛び出しました。そして二塁に進み、その時も飛び出しました。当たり前のようにタッチアウトになりました。飛び出していいのが一塁だけだなんて、そんなこと私は知りませんでした。
もちろん「何やってんだよ」と周囲からはため息が漏れます。出塁すらできない人からも責められます。私は塁に出るのも嫌になりました。と言うよりも、野球自体が嫌になりました。また何か間違ったことをして、責められるのが嫌だったのです。ただただ終わってくれと願っていました。

球技は知ってるか知らないかで絶望的なほどに差が出ます。知らなければ、0です。クラスで一番足が速かろうが、野球の知識がない子は絶対に野球で活躍なんてできません。そして、教えられません。経験のある同級生も、知ってて当然みたいな態度を取りますし、そもそも彼らは教え方もわかりません。知らなくてもある程度の他分野の知識・経験があれば多少補うこともできるでしょうが、子供にはそんなものありません。
知ってて当然みたいな顔をして私を責めた同級生が悪いとは思いません。ですが、その「知ってて当然」なことを教師から教えられることなく球技をさせられること、これだけは絶対におかしいと思います。
知ってて当然なことを教えるのが学校なのであって、それを教えないのならなんのために学校があって、なんのために教師がいるんでしょう。
Unknown (Unknown)
2015-10-20 16:46:38
女性ですが1コメさんの環境と違い、体育が苦手でずいぶんといじめられました。
運動会のリレーチーム分けで私と同じチームになったのがわかると教室から「あーあ・・・」とため息をつかれていたり
ドッジボールではうまく動けない私をウェイマン達が獲物と言わんばかりにわざと狙って思いっきりぶつけてきていたり
大人数で混ざり合うバスケやサッカーの授業ではさっと足を引っ掛けられたりぶつかられたり
どれもスポーツのワンシーンとしては違和感ないものなので問題視する声もあがりませんでした。
体育は学校が許可した「いじめの時間」だと思ってます。
同じく (丹善人)
2015-10-20 17:00:42
運動まったく苦手な者です。すごく同感です。
ただ僕の場合にはラジオ体操が得意だったのでその部分だけ落ち込まずにすみました。
すべての人間がすべての教科である一定レベル以上にあることを強要される体制に疑問を感じ続けています。運動「だけ」が得意な人に花形になれる場が与えられるのは良いと思います。それはそれでいいけれど、苦手な人にまで強要してほしくない。
僕はカナヅチで、学校時代最初の水泳の授業で見捨てられて以来、水泳の授業はすべて見学しました。社会人になって初めて「水に浮く」ことができるようになって、今ではプールの端までは泳げるようにはなりましたが、学校では何も教えてはもらえなかった。体育の授業なんていらないなと思ったり。
同感です (Sweet)
2015-10-20 19:05:01
私も体育の授業は同様の理由で嫌いでしたね。
ただ、誰の足を引っ張る事もなく、中の上程度のタイムが出せた長距離走と、運動音痴を心配して親が通わせた剣道は、高校の授業で剣道部員以外には無双出来る位には勝てたので楽しかったですね。
よく親睦会的にソフトボール大会なんかに強制参加させられ、苦痛でしかない時間を過ごす羽目になったりもしましたが、多分主催者は「絶対誰もが楽しめる」「嫌いな奴がいるはずない」って思っているんでしょうね。
ホントこういう連中には「剣道」の楽しさを思い存分叩き込んでやりたいですわ。
Unknown (20歳女)
2015-10-20 20:40:46
とても同意したい記事です。

わたしは小さい頃から山登りをしていて体力は有ったのですが、技術や知識が足りず団体行動の競技ではいつも足手まといでした。
小学生の時にクラブ活動で運動部(色々なやりたい運動をする部)に居たのですが、クラブの時間になるとみんなで集まって何をするかを話すだけ、ルールを話すことはありませんでした。
野球をした時は集まって直ぐに試合が始まり、わたしはルールがわからないまま打者になりヒットを打ちました。走る方向が分からず、観客の友達に「どっちに走ればいいの!」と聞くと、「箸を持つ方に走るんだよ!」と言われ、わたしは左利きなので左の方向に走り出しました。と途端に周囲からブーイングが上がり、何が何だか分からないまま、そのあとはずっと外野にいました。ローテーションでやっていたのに何故ずっと外野のままなのか、試合に混ぜてくれないのか、わからないまま試合は終わり、それから今まで苦手意識が消えず野球は大嫌いです。


自分の知っていることはみんなが知っている、常識だと思う風潮、あると思います。なんでこんなことも知らないの?と言われることはとても辛い事です何でこんな事も出来ないの?これほど酷い言葉はないと思います。他の授業でも同じ事です。音痴な事が苦痛だと感じる授業をする音楽の教師もいました。運動が出来ない事が苦痛だと感じさせる体育教師には沢山出会ってきました。

単純な、ほんの小さな出来事でしたが、走った後のわたしに「ふざけてんじゃねー
ぞ」と言った男の子を忘れられません。わたしは真剣にやっていたんです。

運動が出来なくても真剣にやってる人が楽しめるような授業を子供達には受けて欲しいと思います。


長々と失礼しました
Unknown (体育だけに限らない)
2015-10-20 21:14:39
苦手なことややりたくないことをする時間が苦痛なのはスポーツに限らずどんなことにでもあるでしょう。体育の時間だけが特別だとは思いません。得意分野では活躍し、苦手分野では惨めな思いをするというのは多かれ少なかれあるものです。
Unknown (イチヤ)
2015-10-20 21:50:31
すごく共感しながら読ませていただきました。
ほかの方も書かれてる人がいましたが、私もつくづく男子に生まれなくて良かったと思います(苦笑)。

私自身は、スポーツ自体は嫌いじゃないですし、むしろ見るより参加する方が楽しいんですが(ありがたいことに下手でも楽しんで参加出来る環境が一時期だけですがありました)、ルールもコツも分からないままいきなり実践に放り込まれるのは本当にどうにかしてほしいと思います。どんなにメジャーな球技でも、興味がなければそもそも知ろうと思わないのは当たり前だと思うんですが、思い至らないものなんですよね…。
せめて上手い人と初心者で分けるか、数を合わせてレベル差の少ないチーム分けにすればいいのにとか思ってましたww

親がプロ野球ファンで、テレビではよく野球が流れてましたが私自身は一切興味がないのに親が見たいからで見せられていたせいか未だに野球だけは苦手です。サッカーやバレーは漫画やアニメの影響でルールも覚えて好きになったんですが、野球だけは相変わらずダメで…(ワールドカップなんかもそこそこ見てましたが、一人で見る方が好きなので集団圧力みたいなアレは私も苦痛です)。

長くなってしまってスミマセン。
Unknown (き1)
2015-10-20 23:00:38
人生って得意なもの、楽しいものだけで成り立つわけじゃないし、若いころに苦手なものとどうつきあうか考えるのも必要な経験じゃないの?
お気持ちわかります... (元体育教員志望)
2015-10-20 23:23:40
気持ちは分かります。
ただ、体育教員も何でもできるわけではなく、苦手はあるんですよ。

水泳が得意だった私は球技はまるでダメ。
バスケのドリブルなんかできやしない。

一括りにしてほしくないですね。

どうも、体育が苦手な人は体育教員や体育が得意な人にプロトタイプがあると思っているようで、やや迷惑です。

私は国語が大好きで本も沢山読みますし、どちらかというとオタク的な面もあります。

でもたまたま、「泳げた」のでそちらの道に進んだだけだったのですが、体育の講師をやっているときにはバリバリの体育会系とみられて困ったものです。

だから皆さん、何事も苦手な方面には特に偏った見方をしがちだと反省してください。

ちなみに私は数学が大の苦手。
先ほど5教科は基本から教えると言いましたが、何が基本なのかは教えてもらっていません。
よほど、今のスイミングスクールのほうが基本から教えてくれます。

数学教師から「こんなものも分からんのか」と言われたことは数知れず。
体育の苦手な皆さん恨みに似た感情をお持ちで、私からしたら5教科も50歩100歩。

体育の先生も哀れなもんだと思います。
Unknown (Unknown)
2015-10-21 03:25:21
とても共感できる記事でした。私も球技がとても苦手で、体育の時間中はストレスで腹痛を起こしていました。

苦手だから惨めだ、恥ずかしいというだけの問題ではないのですよね。
人より下手糞で惨めだなんて感覚は、そのうち慣れます。
それよりも、
スポーツのルールや立ち回りを、何故かみんな知っているのに自分だけ知らない恐怖。
何もわからないのでいちいち人に伺いを立てないと動けない恐怖。
マイナス戦力ゆえに嫌われ者になり、ひたすら輪から外される恐怖。
「この下手糞をどう邪魔にならないように運用するか」ということを議論させて皆に迷惑をかける恐怖。

授業外でのスポーツ経験が乏しいというだけで、授業中にこれらの恐怖を味わうことから逃れられないのです。

これらの経験から導かれる、「自分の苦手との付き合い方」なんて、
「邪魔にならないように1時間遠慮し続ける」ことや、「空気を壊さないように楽しくもないのに1時間半笑いで居続ける」ことだったりするのです。
こんな感じで、「自分は役立たずのカスなので、居ないほうがマシだ」という感覚を幼少からずっと味わい続ければ、心はどんどん屈折していくものです。

今振り返れば、もっとポジティブな向き合い方だってあったかもしれませんが、子供ですから、怯えることしかできませんでした。

体育の授業で、平等に体を動かす楽しさを伝えたいのならば、誰も経験が無いようなマイナースポーツを積極的に採用するなどして、運動センス以外をフラットにするのが良いのではないかと思います。
「下手な人が悪い」のではなく、「上手い人が凄い」のであれば、結果的に上手くできなくても、怯えることは無いと思うのです。

自分も屈折していますね。 (雅)
2015-10-21 09:32:53
ほぼ100%共感できる記事です。
自分も球技を中心に全ての競技が苦手で、小学校~中学校の体育の授業でトラウマを植え付けられたクチです。

上の方のコメントにもありましたが、「役に立たないコイツをどうやって邪魔にならないようにするか?」という議論は実際にありました。
自分なりに頑張っているつもりなのに、体育の授業ではクラスメイトから嫌な顔で見られることは日常茶飯事。「お前のせいで点が入らなかった」「お前のせいで負けた」と言われることもしょっちゅうでした。
「公開処刑」という表現は、言い得て妙だと思います。

最近、ラグビーワールドカップでの日本代表の活躍が話題になっていますが、そのブームにイマイチ乗り切れていない自分を感じることもあります。
団体競技・チームプレイといったもの全般に対する強烈なトラウマがあるため、たとえ「観客側」としてさえ素直に応援したり、盛り上がることができないのです。

自分は社会人になってから、フィットネスクラブに通いウェイトトレーニングをしています。周囲からは「健康や体型に気を遣ってる人」「体を動かすことが好きな人」という目で見られる機会も増えてきました。
そんな自分でさえ、職場対抗のボーリング大会では小学校時代の悪夢がフラッシュバックして、冷や汗が止まらなくなることがあります。そのくらい、運動音痴が学生時代に刷り込まれたトラウマは強烈なものなのです。

「元体育教員志望」さんのコメントは、とても意外に感じました。
確かに運動が得意な人を見ると、「どうせすべての競技がそれなりにこなせてしまうスポーツ万能な人なんだろうな」と決めつけて勝手に羨んでしまいがちな傾向はありますね。(実際に自分の周囲にそういった人が多かったということもありますが)
Unknown (もん)
2015-10-21 10:41:57
体が小さく、足は遅く、投げても蹴ってもボールが飛ばない私とチームを組みたい人なんていません。
そりゃそうです。自分が一番よくわかっています。
私と組まなくていい人のホッとした表情は、おっさんになった今でも覚えています。
私にとって体育は劣等感を植え付けるだけの時間でした。

上に「若いころに苦手なものとどうつきあうか考えるのも必要な経験じゃないの?」とありますが
どうつきあうかを考える以前に駆り出され、罵られ、邪魔者扱いされます。
何とかしようと筋トレの真似事をしても、私は何も変わりませんでした。
さらに困ったことに、考えたところで体育からは逃げられません。詰んでます。
小中高の12年間、強制的に週に数回ゴミクズ扱いされる経験は必要でしょうか?
Unknown (Unknown)
2015-10-21 18:44:40
いきなり競技をさせられるなんてホントにあったのかな;;;少なくとも私の学生時代は団体球技でもパスや素振りやルールを授業で何回もやり、ゲームなどは最後のほうでやった記憶がちゃんとあるんだけどな…
だいたい嫌な思いをするとすればみんなと一緒にするゲームだろうからそっちの印象ばっかり残ってしまうのかもしれない。苦手なものほど「相手が悪い」と偏りがちになることも一因かと(私の数学の記憶はそんな感じ;;)

学校の先生をやってみればわかりますが、学校の授業は基礎もルールもほっぽっていきなり試合やテストをさせるような乱暴なことはそうそうしませんよ。これは体育だけじゃなくて他の教科もそう。基礎の部分で習熟度に差が出るから、いざ試合やテストになるとできるものとそうでないものが出てしまう。ただ一般のテストと違って体育はそれが目に見えてしまうということは否めないですね。こればかりはどうにもなりませんが、YU@Kさんがいままで教わった先生もちゃんと基礎から教えてくれてたと思いますよ。
Unknown (Unknown)
2015-10-21 20:39:38
>いきなり競技をさせられるなんてホントにあったのかな;;;
なければこんな意見は出ませんよ。
現実に基礎もルールもほっぽっていきなり試合やテストをさせるような乱暴な教師はいくらでもいます。
私の時も「サッカーをやる、グラウンド集合」とだけ言って体育の時間に姿を現わすことなく完全に生徒任せにする教師がいました。小学生の頃の話です。
あなたの人生ではきちんと教えられたし、そういうことはなかったのかもしれませんね。あなたが先生をやっているというのなら、常識のあるいい先生なのでしょう。
しかし、その現場を見たわけでもその人の人生を体験したわけでもないのに「ない」と断定するなど言語道断です。
この世にはあなたの持つ常識からかけ離れた、あなたの「普通」から完全に逸脱した物事はいくらでもあります。すべての事象があなたの体験した出来事と同じように行くとは限らないのです。
私からしてみれば常識ですし、社会人にもなってそんなことすらわからないあなたが信じられません。
まぁ、知らなかったことは今更どうしようもないので学びましょうね。
わかる・・ (千菊丸)
2015-10-21 21:49:01
わたしも学生時代、体育の授業が嫌いでした。
水泳の授業以外、嫌いでした。
なんというか、アウトドア派が偉い、スポーツ出来る奴偉い!みたいな空気の中で授業を受けるのが嫌だったような気がします。
サッカーのポジションも分からずサッカーしろと無茶ぶりされたり、素人なのにプロ級のダンスをしろとか無理ですよね。
Unknown (Unknown)
2015-10-21 22:08:38
>>いきなり競技をさせられるなんてホントにあったのかな;;;

小中高でサッカー野球中長距離のルールを一度たりとも体育教師の口から聞いたことの無い私が通りますよっと。
結果として点数が残る机のテストは、そりゃ教師の評価に繋がる訳ですから教えます。
しかし、全てが教師のさじ加減で済む体育に関してはその限りではないかと。
私がそうですし。
そしてそもそも皆が皆、貴方の教師のような人であったならこのような記事は出来ませんし、共感も集まるはずがありませんからね。
同感 (飛鳥)
2015-10-21 23:52:03
体育の授業は、得意な人はどんどん上達し、苦手な人は放置され、うとまれ、何も身につけぬまま、劣等感と悲哀に満ちていくばかりでした。

たとえば、サッカーでは、2人組でパスの練習などはするものの、試合と基本練習の関連が全くわからないのです。バスケなんかも、ついていけません。どこにパスしていいかもわからないし、受け取るにも必ず失敗します。
ソフトボールもルールが全くわからない。
体育の先生は、生徒が知っているという前提で進めていく。何がストライクなのか、、打ったのにどうしてアウトになったり、打たないのに1塁まで行かされたり、授業では全くわかりませんでした。
早く走る方法やコツも教わったことがありません。ちゃんとしたトレーニングをしてもらえれば、少しは上達したはずです。
Unknown (Unknown)
2015-10-22 00:15:29
>なければこんな意見は出ませんよ

共感!といってる人の中には多分に覚えてないって人もいると思っているだけで。私は断言しているわけではなく、もしかしたら忘れているだけで、もしかしたらちゃんと教わってるかもしれないよと言いたいわけです。丹念に振り返って、いや、やっぱりいきなり試合にぶっこまれた!というならそれは本当かもしれません。
私は私の体験で語りましたが、皆さんも自分の体験で語っているようなので、お互い自分の記憶を疑ってかかるべきかもしれませんね。
ちなみに…乱暴な先生はいくらでもいる…というのはあなたの主観ですよね(まさか「自分の周りの人もそう言ってたもん」とか言いませんよね)そういう先生からしっかり教わったという人もいるかもしれません。他人に常識うんぬん言う前に自分の発言こそ浅慮だと振り返るべきだと思いますよ。
うーん (べん)
2015-10-22 03:54:15
>2015-10-22 00:15:29 のunknownさん

おっしゃること、よくわかります。
この記事に共感できる人がたくさんいるのは分かります。僕もこの記事を読んだ時、「ああ、なんとなくそんな気がする」と思いました。雑な体育の先生も、きっと相当数いるのでしょう。
ただ、僕は記憶をほじくり返すと、中学の時、体育のバレーボールでは、額の前に三角を作ってトスの練習からした記憶があるし(ヘディングにいくような感覚で、手だけではなく体ごとボールに向かうのだ、という指導も確かありました。)、高校の時の体育の先生はかなり雑な先生でしたが、サッカーの授業ではインサイド・ステップ(名前あってるかな・・)のパスの練習を2人1組でやりました・・。記憶に新しい大学の授業のバスケでも、ボールハンドリングからやった記憶があります・・。
この記事に共感する人が多いのは、「なんとなく」はわかるのですが、学校の先生には授業する上でのカリキュラムもあるだろうし、さすがに体育の授業は「みんな知ってそうな競技なら、いきなり試合形式から始まって、基礎をなーんも教わってない」てこと、ないんじゃ、ないかなぁ・・・と、よくよく考えると、そう思います。僕も運動はかなり苦手でしたが・・。
Unknown (Munam)
2015-10-22 05:10:21
体育の授業のせいでスポーツを嫌いになってしまう、というのは事実だと思います。一方で、適度な運動は脳を活性化させて学習効果を上げるので学校教育には必要というのも事実です。そこで思うのですが、体育の授業はやめて、毎朝学習効果を上げるための体操をやって(スポーツ嫌いになる人がでない程度の)、スポーツを楽しみたい人は放課後の部活ということにすればどうでしょうか?
なんでこうなるのか? (てつ)
2015-10-22 12:06:45
体育の先生に成ろうとする人がウェイマンばかりだからさ。
Unknown (Unknown)
2015-10-22 12:58:57
全く同感です。

私は体育の授業に出られず(身体に障害があるという訳ではなくトラウマで)、必修単位を取るのを諦めて高校を中退しました。
この問題は、決して大げさではなく、人の人生すら左右しうると思います。

「苦手な事に向き合う経験も必要」的な反論をされている方もいますが、このエントリーにも既に書かれているように、国語や算数といった科目では苦手な子でも基礎からなんとか入れるように配慮される傾向が多いのに、体育ではそうでない場合が多いため(ちゃんとやってくれる先生も世の中には居るのだろうとは思いますが、私も個人的な実感としてはエントリーに完全に同意です)、不公平が生じています。
これが例えば算数や国語といった重要な科目で、苦手な子は放置してどんどん先に進み、容赦なくテスト、というような方針を取った場合でも、それを「苦手な事に向き合う経験も必要」で済ましていいのか、ということを考えてみて頂きたいです。

苦手な事には向きあいたくないと言いたいわけではなく、私自身もそういった経験は人にとって必要なのだろうとは思いますが、学校のカリキュラムは、そのための場であってはならないと考えます。
なぜなら、身体を動かすこと、スポーツの楽しさは、まさしく「すべての子供が身に付けるべきもの」だからです。
体育に限らず学校のカリキュラムは「すべての子供が身に付ける」ためにあるシステムであるということだけは疎かにしちゃいけない。
逆に、教育のために、「苦手な事に向き合う経験」を子供たちに体験させる必要があるのであれば、「その経験で苦手を克服できました」という目的が向かっていくべきで、トラウマ作らされました、人生が歪みました、という帰結は絶対にあってはならないし、そういう人が発生している現状があるのであればそれは放置してはならないはずです。
Unknown (Unknown)
2015-10-22 14:51:20
ルールも教えられずバッターボックスに立たされ、球を打ったはいいがその後どうすれば良いのか分からず棒立ちする私に飛んでくるヤジ

サッカーでパスをされるも、ボールの勢いに怯えうまくとれず、そのまま相手に渡ってしまって試合に負けたことを理由に体育の授業以外でも虐められ

固め技を決められ体を痛めながら降参している私に「甘えるな」と言い試合を続けさせ 通知表の評価を下げる柔道教師を目の当たりにして本気で自殺を考えたことも

いまでもテレビでスポーツ選手が映るたびに嫌な思い出がフラッシュバックしてきます
テレビでスポーツの試合を観戦している家族の姿ですら嫌悪するほどスポーツが嫌いになりました

あんなものが授業なわけがありません 自殺の助長です
Unknown (Unknown)
2015-10-22 17:47:16
>>いきなり競技をさせられるなんてホントにあったのかな;;;

俺ん時も先生は教えてくれなかったなあ。
ドリブルしてパスしてゴールにボールを蹴ると言うことしか知らなかった。オフザボールの動きなんて教えてくれないしディフェンスの仕方も教えてくれないしドリブルのコツも教えてくれなかった。手本を見せて、はいお前らも今みたいにやれって感じだった。ドリブルの仕方だけ教えられて試合出されてもそもそもボールの動きの予測の仕方や一対一の勝負の仕方も教えてくれないんだから経験者にカモにされるのは当たり前。
経験者はもう知ってるからスッと入れるけど未経験者への説明としてはかなり説明が雑すぎるというか行間がある説明なんだよね。経験者はそこすっ飛ばしてもわかるだろうけど。
Unknown (Unknown)
2015-10-22 18:05:45
あとPKについての説明もあまりないよね。だいたいペナルティエリアの中で倒したらPKって説明は雑すぎる。ちゃんとペナルティエリア内で反則を犯すとペナルティキックになるってことについて、その反則が具体的に何かを教えてくれないと。
ペナルティエリア内でクロスが故意じゃなくても手に当たったらPKになるなんてこと経験者以外わかる訳ないじゃん。PK!PK!って叫んでる同級生が自分には宇宙人にしか見えなかった。
Unknown (Unknown)
2015-10-22 23:05:07
コメント見る限り、幸せに育ったやつが今の教師やってんだなあと思う
そら苦労してる子供達の事の理解なんてできませんわ(笑)
Unknown (Unknown)
2015-10-23 01:22:54
体育の先生には恨みしかないな
球技とかのチーム分けする時にドベの順番からチームメンバーを指名していくってやり方を取ってくれた
お蔭で上手な人にはめっちゃ不機嫌になられた
そりゃお荷物だと解ってる上に最下位は後始末の罰ゲーム付だもんで全部の恨みは選んだこっちに来る
体育の授業が終わった後でも上手な子の不機嫌とその子に申しわけないとこっちは萎縮するしではっきり言って不仲の原因にしかならない授業だった

Unknown (Unknown)
2015-10-23 08:51:03
授業の中でのルール説明や基礎的な練習を行う時間は存在したので、自分は体育教師に対する恨みはそれほど強くありません。
ただ、運動音痴だった自分は基礎練習ですら上手くいかないですし、仮に基礎練習では上手くできたとしても、それを実際の試合の中で生かすことができませんでした。

自分が問題だと思うのは、運動が得意なウェイマン達の評価が異常に高すぎること、運動が出来ないだけで人格や人間性なども全否定されてイジメの原因にすらなってしまう空気だと思います。
国語や算数の成績が悪くても、それだけが原因でイジメの対象になったりクラス内での居場所が奪われることは少ないかもしれません。でも体育の授業で活躍できない(運動ができない)ことは即座に致命傷になってしまいます。

「ふざけてんのか?」「何でできないんだ?」「本気でやってるのかよ?」「できないならもっと練習しろよ」
そう言いながら、刺々しい視線を浴びせてくるウェイマン達の顔は今でも忘れることはできません。

学校の体育の先生に、「運動が苦手な子に手を差し伸べて引き上げる」といったプロのスポーツトレーナー並みの指導力を求めるのはお門違いだということは判っています。
授業の時間も限られていますから、そういった子のためだけに時間を割くことも難しい。

でも、体育の授業のお陰でスポーツが嫌いになりすぎて、プロ野球のドラフト会議のニュースでさえ見ていてモヤモヤした気持ちになってしまうほどスポーツ嫌いをこじらせた人間がここにいます。
今では筋トレやウォーキングなど、自分1人で出来て、失敗しても誰にも迷惑をかけない運動しかできませんし、「自分は死ぬまでスポーツなんでやらないぞ!」という強い拒否感を持っています。
Unknown (k)
2015-10-23 22:57:25
「公開処刑」

まさにこの表現がぴったりで笑いましたw
学生時代はほぼ週3で公開処刑にあってたのですから私がスポーツ嫌いになったのは必然だったのかもしれません

私はとにかく体育で人に迷惑をかけて罵声を浴びるのがすごく苦手だったので、ビリでもマラソン大会とかのほうが好きでした
ビリは恥ずかしいですけど、誰にも怒られないし恨まれないですからね
Unknown (Unknown)
2015-10-24 19:38:18
体育の授業で、ルールの説明(このゲームでは何をすればよいのか)は簡易的にされたような記憶はありますが正式な違反行為や反則行為についての説明はなかった記憶があります。
試合の審判などはその競技に詳しい部活動の生徒が担当していたような記憶があります。
従って、授業で教員から説明を受けていないような細かいルール違反でもすぐに笛を鳴らされ、そのルールを理解しているウェイマンのチームメイトに怒られるという目には何度も遭いました。

バスケットボールのダブルドリブル、サッカーのオフサイド、野球でバッターボックスに居る時ホームベースを踏んではいけない?
そんなの聞いてねーぞ!と反論しても「それがルール」「知ってて当然」と一蹴されて終わり。

厳格なルールのもとにゲームをするなら、せめて説明をする程度はして欲しかったですね。
体育の授業を廃止すべき (たれ)
2015-10-26 08:29:30
もう、組体操問題に限らず体育の授業自体が危険で害悪に満ちたものでしかないことは明らかになったんじゃ無かろうかと。そもそも、勉強する場所であるはずの学校でなぜ玉遊びなんかする事が認められているのかがおかしい。

学習塾にはそんな無駄な設備は皆無だから、教育の成果として学校よりはるかに高い成果を上げている。名門校になりたい学校は、「体育の授業はありません」を宣言すれば大成功するんじゃ無かろうか
Unknown (あす)
2015-10-27 23:50:37
すいません映画記事を見に飛んできたので一言

自分の出身の中学、高校では団体競技でも
そのとき経験者が1人もいないような競技、あとクラスに1、2人しかその部活で活動してない競技をやる機会がありました。具体的にはハンドボール、ラグビーです。

どちらもまずルールからみんなで横一線で教わり、1つ1つ練習してハンドボールのほうは2年、ラグビーは3年かけて(一定の季節にやって、また次の年みたいな)練習して、最後に試合をやっていくという恐らくなかなかない方式でした。

皆さんの意見をみるとスクールカーストを持ち込まれるのが、運動能力で差別が生まれることに嫌悪感を抱かれる方が多い印象でしたが、こういったマイナースポーツを1からやると、なかなかいつもの学級と異なる雰囲気、かつ運動が得手、不得手の差はもちろん多少はありますが(むしろ「差」なんてどこにでも存在する)比較的横一線、しかもその競技得意な面子が一定数存在しないため、上記の運動下手を差別することはなかったように思います。

個人的な感想、また過去のことだったのですが、体育の授業も個人的には工夫の余地があるものであり、自分はその2つで特にみんなで適当にやりつつ、みんなで新鮮味を感じながら、楽しく「体」を動かした記憶があるので、学生時代の体育に好感情を抱いてる人だっている、ということを示すため、ここに文章を残させてもらいます。
Unknown (通りすがりの菓子売り)
2015-10-28 22:00:47
あの頃の胃の痛みを思い出します。
球技が本当に苦手で苦手で、さほど仲良くない人からボールを奪うとか、さほど仲良くない人とペアを組んでなにかするというのが、とても嫌でした。
自分でも足を引っぱっているのがわかるので、あなたも私とチームになってうんざりしてるんでしょう、みたいな僻みも出てきて余計に身体が動かなくなっていました。

でも元からの仲良しグループ同士ではそれなりに身体も動いていたので、運動そのものではなくて人間関係の問題がかなりの割合を占めていたのだと思います。
体育は団体行動が多くて、その点が国語や数学とは気の持ち方が違いました。自分が数学ができなくて迷惑がかかるのは自分だけですが、体育ではチームメイトにも迷惑がかかります。
そのあたりのの違いを教師陣には理解してもらいたかったです。私だって好きで迷惑かけたかったわけではなかったので。
超同意です (レフ)
2015-10-30 22:07:01
学生時代の体育に感じてたイヤーな気持ちがしみじみよみがえる記事でした。
今は大人になって自主的に健康のために体を動かしてますが、「走る」だけでも子供のころに走り方やフォームについて指導や説明があればもっと違っただろうなと思います。

一番理不尽だったのは、中学の時に学年トップの成績で、授業もきちんと出席して保健体育のテストもほぼ満点だったのに、成績表で10段階評価で1をつけられたことです。
さすがに抗議に行きましたが、「せめて体育だけでもいい評点つけてやらないと高校に行けない奴がいるからお前から削った。我慢してくれ」とヘラヘラ笑いながら言われました。
校長に訴えて撤回されましたが、教師の間ではかなり問題になったらしいです。運動神経悪い奴には何してもいいとバカにしてないと出来ない所業だよなーと思います。
Unknown (Unknown)
2015-10-31 01:08:36
私も体を動かすことは好きなのですが、体育の授業は嫌いでした。
もともと運動が苦手で、他の人の足手まといにしかならないのに参加しなければ単位がとれない。
自分の下手くそなプレーを晒すのも恥ずかしかったし、できる人の足手まといになるのが本当に申し訳なかった。
自分のせいでチームが負けた時の罪悪感たるや。
よくぞ言ってくれました。 (Taku)
2015-11-01 05:29:47
いやいやいや、運動音痴な人間の、スポーツ得意な人への嫌悪感をよくぞここまで言ってくれました。なんかもう、これって俺のこと? っていうくらい、完全に思いが一致してます。
これほど完璧に、俺が体育の授業で味わい尽くしてきた屈辱を言い表してくれた文章に出会ったことがありません。ただただ同意するのみです。
現役の高校生ですが、同感です (しろくろ)
2015-11-01 18:29:03
自分も現在進行形で同じ思いをしています。

小中で辛い目に合い、せめて勉強だけでもと努力し、進学校とまではいきませんが、普通の高校の進学クラスに入りました。ここなら運動ができない生徒にも配慮してくれるだろうと思っていたのですが、しかし、期待とは裏腹に体育の時間の担当は運動部上がりで運動部顧問、声が大きくて強面で怒りっぽいバリバリの体育会系教師です。
最初はやりにくいな、と思っただけでした。でもその人は教師という立場にもかかわらずできない生徒を「アホ」「ボケ」「できるやつの邪魔するな」「あいつは本当にダメだな(他の生徒に言いながら)」
などと暴言を吐く乱暴な人です。
特に僕はダントツで運動音痴なので他のいわゆる運動ができないオタク系の生徒と比べても大きく差があります。だから体育の時間はいつも地獄です。
進学校ではなく、運動部が強い普通の高校に進んだのがいけなかったのでしょうか。それとも単に運動ができない自分が悪いでしょうか。おそらくどちらも正解なんでしょうね。
これからも体育の教師にいじめられながら、他の僕より勉強ができない男子からはここぞとばかりにいじられ、女子には陰でクスクスと嘲笑される、そんな学校生活が続くと思うと憂鬱です。
Unknown (いやいや)
2015-11-02 04:14:09
なんかコメント欄が鬱積とした感情の捌け口としかなっていないのが残念ですね

運動が苦手なのか、、対人関係が苦手なのか、、学校という特殊な社会生活が苦手なのか、、体育教師という存在が苦手なのか、、はたまた自身のコンプレックスを強制的にさらけ出されてしまったことへの苦い思い出なのか、、
感情が渦巻きすぎていて記事+コメント欄全体ではよくわからないモノになってますね

ただ1番感じるのは学校教育ってほぼ体験した人の100%が、なんであれ不満をもっているのに一向に改善されませんよね。
フィードバックが存在しないんだもんな
Unknown (Unknown)
2015-11-02 22:35:12
まぁこういうところで学校が悪い、授業が悪いといってる人は他のことでも他人やシステムのせいにして生きているのでは。要するに自分でなんとかするつもりがない。
Unknown (Unknown)
2015-11-03 21:28:52
コメント欄を見ると、「体育の授業でトラウマを植え付けられた」という多数の意見がある一方、授業の進め方が良かったのか、体育の授業に好印象を持っている人も居るようですね。
私は前者ですが、このコメント欄が鬱積した感情の捌け口になってしまっているという点は認めざるを得ません。

さすがに体育の授業を廃止しろというのは極論だと思いますが、個人的にはもう少しだけ「運動音痴」を引き上げるための何らかの措置や指導があっても良いと思います。
それが難しければ、試合の時間を削って基礎練習やルール説明に多くの時間を割くなど、今すぐにでも出来ることはあるはず。(ウェイマンからしたら退屈でしょうけどね)

体育の授業が、「スポーツ嫌い人間の量産の時間」になってはいけないと思うのです。
Unknown (Unknown)
2015-11-04 13:35:14
体育によってスポーツ自体、大嫌いになったこと、見に覚えがあります。
体育の授業がある日は、殊更ストレスにより、学校を休みがちになりました。学校そのものも嫌いになり、学校に関連するあらゆることが嫌いになり、拒否反応を感じます。今でも悪夢として学校らしきもので苦しめられます。
体育に限らず、集団活動は、任意参加にして頂きたい。私は体育は全く楽しめず苦痛でしたので、体育を楽しむ生徒たちと自分を、授業中は完全に隔離して頂いても良い、……そう思うくらい嫌でした。

他人を理解できないことが悪いのではなく、理解できなくとも、それを推し量ること……、その気持ち・姿勢が大切なのですね。それは健常者が、足を失った方の気持ちを完全には理解できないが、察することは出来るように。

> 「“できない”ことが理解できない」
仕事での熟練者にも、新しい人に対し、時折その愚かさを露にされる方がおります。人間は『初めから上手く出来る訳はない』。それを心に留めて頂きたい。達人であっても初心者だった頃があるのだと。

なぜだか、体育では、そのスポーツのルールを説明されずに、スポーツを始めることが多々ありました。そのやり方ならば、やはり、望んでそのスポーツをやる人たちだけで行って頂きたい。

球技の方が嫌いで苦手で、柔道のように1対1の方は、苦手意識が小さかったです。集団が嫌いでした。

強弱の付け過ぎた競争は、楽しさを激減させました。人それぞれ、身体は違うのだもの。

そもそも何より、今の学校のシステムそのもの、旧時代的な感じがしております。学校の雰囲気が、どことなく100年以上、古い時代、旧態依然な感じが、するときもあります。
そろそろ新しい教育システムが欲しいですね。
Unknown (Shol)
2015-11-12 02:29:18
よくぞ言っていただきました!

検索からたまたま来たのですが、運動音痴→音楽得意と来て、女性だと思っていたので、大変共感しました。
私は二十代の男ですが、引用してあるツイートのように、運動自体は嫌いではなく、また、小学校のダンスや水泳が嫌いだった記憶もありません。サッカーはとにかく嫌いでした。ルールを知らない、その話題について触れられることも無かったので(知ってるのが当たり前/絶対的に良いという感じ)、自分の劣等感の原因も解けたようで、また、ホッとしました。
小学校からの友人の一人(男です)は中学生のとき、「集団競技が嫌い」と言っていました。なぜならチームの負担になる(負けの責任になる)から。だから選択授業のときは柔道を選んだ、と教えてくれました。私は、そうだよね、と暗い気持ちで共感を示しました。
私の家系/親戚はみんな運動が得意で、運動が苦手なのは私だけ(?)で、今でも「自分って英語でいうブラックシープ(black sheep)みたい」と思ったりします。妹は体力測定で女子のトップだったことがあったり、父は大学では格闘技系のクラブの主将を務め、母は中学時代に球技で全国大会に出場、他の近い親類もマラソンやらバレエやら野球やらで運動系で、誰も自分の気持ちを分かってくれないというか、仲間はずれにされているわけではないのに自分は仲間はずれ、というか、本当にblack sheepでいる心境で…
ブログを読んで、自分って一人じゃないんだな、と思った次第です。
あ、ちなみに私の運動の不得意さは、中学では体力測定のときにクラスで男子の中で最下位(発表されたわけでもありませんが、棒高跳びやハンドボール投げなど(本当に嫌いだった)みんなが見ているところでやるので普通に分かりますよね(^_^;))だったので本当にお察し状態、なのに身長はクラスで1~2番というレベルの高さだったため、会う人会う人に「何か運動やってるの?」「え~、バスケでもやればいいのに~」など言われ、もちろん向こうは私が運動が得意か不得意かは知らないし、知ってても多分そこまでひどいと思わないので、イヤミな感じではないのですが、私の心境としては無意識的ですが「自分の身長は運動じゃないと役に立たないってことか…」と思ってました。でも、それは父に「でくのぼう」とことあるごとに言われていたのが原因だと思います。周りがみんな運動できる環境で育ってきて、私はのろまに見えたんでしょうね、「グズ」とかも普通に言われていました。(ていうか父親の部屋に「グズ病を治す本」とかいうタイトルの本があって、タイトルのグズは自分のことだと当たり前に思ってましたが、やっぱりそうなんだろうな、多分)
思い出して暗くなってきました…。やっぱり何につけても思いやりが大切です。
中学のときは、テストで学年で1番を取ったり(一回だけですが)したこともありましたが、劣等感は消えず(どす黒いものではなく、自分が劣ってる、運動ができる人はすごいんだ、自分は必要なレベルにも達していない、という感覚)、自信がなく、大抵は落ち込んで過ごしていました。
勉強はできたのに自分を十分だと思えず、辛かったと思います。あんまり覚えていません。
私も音楽は得意な方だと思います。リズム感覚はありませんが、音程とかはちゃんと取れるはずです(合唱コンクールではパートリーダーに選ばれたりしました)。あとは、録音されたものの速度が変わって音が高くなったりしていると分かって、しかもすごく気になります。(YouTubeとかの話ですが)
ある女性のラジオDJが「学校ってみんな同じもの(教科)を同じように、あるレベルまでできていないと駄目で、それが当たり前になってる。でも違うでしょう?できないのがあって当たり前。だからそれでいい(不得意なもの/教科があっていい)し、得意なものを伸ばすべき」とおっしゃっていて、その言葉にもかなり救われました。(ちなみにおおたこぞうさんという方です)
だからそういう考えが周知されて、広く受け入れられてほしい。前記の「思いやりが大切」と言うのはそのDJの言葉を聞いて出てきたりしたものです。
長くなりました。でも、ブログに攻撃的ではない形で、しかも運動が得意な人にも分かるように、ただ「こう思ってる」だけではなく「なぜそうなのか」という細かいところまで書いてくださって、つまり愚痴ではなく理解をもたらす目的で書いてくださったのが、まるで代弁していただいてるようで、これはコメントしなければ!と思いました。あなたは良き代弁者です(笑) どうもありがとう。
私も (Unknown)
2015-11-20 15:01:33
小中高、一度もルールの説明なんかなかったなー。
「今日から来月いっぱいまでは○○をする」というお達しが授業の始めに言い渡され、そのあとすぐに試合開始だったよ。そして○○の期間が終わるまで延々と試合だけ。水泳も同じで、初日の始めからタイムを測り、全員測り終えたら自由時間の水遊び。
苦手なものに耐える力が云々とか笑えるわー。
そもそもまともだったら"苦手なもの"にはならなかった。
91年生まれだけど、今は中学ではダンスが必修とか聞いて震えるしかない…。

でも、ひとつだけ。
小学校の体育でサッカーをやったとき、地元少年サッカーチームのエースだった男の子が、あまりにもできない私を見かねてボールの蹴り方を教えてくれた。
その子の言うとおりにしただけで、本当に簡単にうまく蹴ることができた。あのときの感動は今も忘れない。
これを全国の体育教師に読んでもらいたい (メガネン)
2015-11-21 01:16:40
子供の時から感じてましたけど、体育に関しては好きが当たり前の人が教えてるんですよね。他教科なら受験や定期テストで嫌な記憶もあるでしょうし、周囲に勉強嫌いな友人もいたでしょうから、嫌いな子供がいるのは前提として考えられてるんですよね。
体育はそこがすっぽ抜けてるのが一番の問題だと思います。

自分自信学生時代は一応体育会系の部活に所属してましたが、それはたまたまスポーツ特に球技がダメだが何故か腕っぷしが強かったので舐められない為って後ろ向きな理由からです。当時はやるのも見るのも嫌いなスポーツ特に球技でしたが、大人になりちょっとミスって怒鳴る同級生とケンカにならずにすむようになって見るのは好きになりました。ジョギングやウェイトや自転車などの1人で出来るスポーツはするようになり大好きになりました。
ただ、今でも集団でする球技をやるのは気後れします。

ボールの投げ方一つ分からない子供は確実にいて、鉛筆の持ち方は教えてもボールの投げ方は教えない理由が分からない。体の動かし方さえ分かれば、仮に球技は不向きでも運動は好きになれる可能性あるのに。大人になってからそれを幸いにも知る事ができましたけど、子供時代に知ってればもっとスポーツに対しての幅が広がったのにと思います。

まぁ、こんな事言ってもしょせん鈍臭い連中の戯言扱いされそうですけどw
私がスポーツを憎む理由 (scarabee)
2015-11-21 15:15:26
ああああ!こういうことなんです!私がスポーツ大嫌いで「スポーツ好きでしょ?」「オリンピック楽しみでしょ?」「侍ジャパンを応援せよ」的な世の中を憎んでいるのは!!!
もうトラウマで心身ともに受け付けないんです!
私にスポーツの話をしないで!!でも本当はそう思ってる自分を治したい!けど!もう時は遅いのです!!

ニュースで必ずスポーツのコーナーがあるのが許せないほど嫌いです。だったらもっとためになる文化的なコーナーを増やせよ!と思います。

今まで読んだ、どんな記事よりも共感でき、感激しています。同じ考えの人がいて救われました。ありがとう!!、
Unknown (Unknown)
2015-11-22 18:40:35
さらっと見た限りどうにもスポーツが苦手で嫌いという方のコメントが多いような印象を受けますので、好きな立場からですが

苦手だからといってスポーツは悪だと言わんばかりのコメントをするのはどうかと思います

記事の通り、体育の授業で安易に紅白戦をするのは、得意な子供にボールが渡りすぎる、もしボールが回ってきても苦手な子供ではミスをしてしまう、などの問題が有ると思います

ここにおいて対策は全くないのか?そんなことは無いはずです

私の通っていた高校の体育は、新しいスポーツに切り替わる際はオリエンテーションで基礎技術のレクチャー、毎時間スタートは基礎練習からでした

また、科目は選択式で、強豪だったサッカー部の選手はサッカーの選択を避けたり、高校以前に経験のある生徒は苦手な人に教えたりと、ある程度体育の環境は整っていたように思います

勿論、完全とは言えないまでも、授業を練っているのだろうと感じるものでした

つまり私が言いたいのは、日本のすべての体育の授業が酷いものではない(それでも多くの学校では記事のようなことが起きているだろうとは思います)、そして、スポーツが嫌いではなく、体育が嫌いなのでは?という事です

私は渋谷でお祭り騒ぎするエセサッカーファンは嫌いですし、小学校ではいわゆるボールの回ってこない運動音痴側でしたが、それでもスポーツは好きです

願わくば体育教育が良い方向に向かって、運動が好きな子供が増えるといいな、と思います
Unknown (Unknown)
2015-11-22 20:06:07
スポーツ・体育の才能が無い人って、今の体育のカリキュラムだと成果があがらず無駄な時間が多いですよね。体力作りとして体操やジョギングなど簡単な運動をするくらいなら意味があると思いますが、全く上達の見込みの無い種目を長時間かけて教育することにロスを感じます。その時間英会話(たとえばですが)など当人にとって有効なことに当てた方が、豊かな人生を送れそうな気がしますね。
unknown (unknown)
2015-11-22 23:43:39
自分も、体育の授業を通して大きな劣等感とトラウマを植え付けられた一人です。体力もなく、走るのは学年で一番遅く、球技も苦痛で仕方ありませんでした。
体育も他の科目もテストがありますが、他の科目はペーパーテストが主なので、全員の点数がわかるように公表されることはまずありません。だから、点数が悪い人は隠し通すことができます。しかし、体育の場合は実技テストがメインで、クラス全員が見てるところでやらされます。そして、その結果を皆知ることになるのです。苦手な人も点数を隠すこともできず、まさに公開処刑状態なのです。わたしも、長短距離走も幅跳びもボール投げも跳び箱も皆が見ている前で無様な姿を晒し、中には心ないクラスメイトがそれを見て笑われ馬鹿にされという経験をずっとしてきて、大きな劣等感と自己否定感を植え付けられてしまいました。
球技の時間も、得意な人達が楽しそうにボールに向かっている中で、何をしていいのかわからず、ただ早くこの苦しい時間が終わればいいと願うだけでした。途中で一生懸命ボールを追いかけているクラスメイトが試合中に「○○(私の名前)やる気だせよ!!」と罵声を浴びせられたことも何度もありました。先生からも同じようなことを言われたこともあります。はっきり言ってやる気なんかあるわけないし、苦手で苦痛を感じている人に対するそういった配慮の欠片もない言葉に苛立ちと悲しみを感じるのみでした。そんな私も、20代の時にスポーツクラブで素晴らしいインストラクターの方に出会い、体を動かすことの楽しみを初めて知り、その人に憧れて、自分も今はインストラクターの仕事をしています。そのインストラクターの方が体力が無く、全くの初心者でも楽しく運動できる方法を教えてくれたのです。学校では、走り方も、球技のボールの扱い方も何一つ教えてもらえた記憶はありません。でも、30代後半の今は同年代の方よりも、もちろん体力はかなりあります。中学生の頃は1.5km走るのも地獄だったのに、いまは10km走るのも朝飯前です。学校で苦手意識と劣等感を植え付けられたのに、民間でお金を払っているところがそれを払拭してくれたというのは何とも皮肉な話です。
でも、体育以外でも、他の教科の勉強も学校の先生よりも予備校の先生の方が指導力が高い人が多くいるように思います。学校の教師は勉強だけでなく、生徒の人間形成のための大きな役割を担っているというかもしれませんが、その役割を十分果たせているのかというと甚だ疑問です。少なくとも、私が学生のころ(特に高校)に出会った先生方は今の自分にとって反面教師になっている人の方が多いです。
同感しました。けど、、 (なが.)
2015-11-23 19:08:10
中高生のころ僕はスポーツも学力も平均中の平均でした。

筆者の方の背景は存じませんが、これだけ筋道立てて文章を書けるってことは、きっと平均以上の「先天的な知能指数」を持ってらっしゃるのではと思います。

きっと、きっちりと大学を出てきっちりとお仕事されてるんだろうと拝察します。

そういうのって、運動神経と同じで「最初からの個人差」ってあるんですよ。不公平な。

あと、そういう筆者さんみたいな能力のある人のうち、「体育の授業でかいた恥を勉強ではらしたい!」って努力して勉強してるひとも多いと思います。

まれに、クラス一番のスポーツマンで成績もトップで、みたいな人もいますが、

だいたい凄いウェイマンってお勉強の方はちょっとあれでしょ??クラスマッチではかっこいいけどテストの返却のときは頭かいて苦笑いしてて、数学の授業で黒板の数式解きなさいって教壇に呼ばれて一つも書けずにみんなに冷やかされたり、

きっと彼はそこで無意識に「俺にはサッカーがある」って言い聞かせて恥に耐えてます。

ブログの筆者さんはスポーツで恥かいた分それを起爆剤の一つにして勉強したんじゃないかな??

そういうのって大事だとおもいます。恥をかくのも人生の肥やし。体育の授業で恥かかされた分、数学や英語で一番になって女の子にもててやろう!みたいな、

あと、スポーツマンで尊敬されるのって20代まで(プロは除く)

あとは野球がすごくてもサッカーがうまくても「そういう趣味の人」って思われるだけ。

大人になったら運動おんちでも、仕事できる男の方が結局「漢(おとこ)」だと思いませんか??

体育の授業で恥かくのも、数学の授業で黒板の数式解くように前に出されて何も書けずに恥かくのも同じです。多分そのせいで数学嫌いが増えてるでしょうけど(^o^)やっぱりどっちも必要なんじゃないかなー。

とっちらかった文章で失礼しました。
無題 (バキオ)
2015-11-23 23:04:26
日本とアメリカ両方で教育を受けました。理由にはあまり共感できないけど、日本の体育がクソつまんないのは確か。スポーツはずっと嫌いだったけどアメリカで好きになったし、大人になってからはもっと好きになりました。スポーツ教育に対する考え方というか、スポーツを通して得ようとしている物がまったく違う気がする
無題 (Unknown)
2015-11-24 10:38:12
あれ?みんなサッカーボールでハンド野球やらかしたりしないのか。
自分も体育の授業が苦手でしたが、スポーツは嫌いになれませんでした。
運動が苦手でも頭の良い子は良いプレイしますよ、何をしたらいいか事前に聞いてきたり調べてくるので。
自分は運動が苦手で頭も良くないダメな子でしたがw
やっちゃいけないルールは聴かれる前に教えるべきだと自分も思います。
でもルールが決まってるって思いこむのはヤバいと思う。ルールは自分達で決めていくものだし。
特に小学生は出来ない事が多いからローカルルールをスポーツにぶっこむものが大事だと思い込んでます。
もしかしたら小学校の先生が良い人だったのかな?

後、渋谷で騒いでる連中は大っ嫌いです。どうせ野球でもハンドボールでもラグビーでも似たように騒ぐニワカファンなんだろ!と思い込んでます。彼らはスポーツが好きなんじゃなくて騒ぎたいだけの問題児ですから。
激しく同意です (りゅうぱぱ)
2015-12-06 23:02:59
はじめまして。
実に共感できる記事でした。
途中から涙が止まりませんでした。
あぁ、この人もかつて自分がそうだったようにあの「体育の授業」をうけていたのだと。
おこがましい言い方をすれば「あなたは僕だ」と思いました。

僕にも息子がいますが、始末の悪いことに家内はこの記事に登場する「ウェイマン」側の人間です。
なぜスポーツが楽しくないのか、ということが理解できないのです。
無条件にスポーツは楽しいものだという認識があるのです。
息子には僕のように体育嫌いにはなってほしくない、そう願います。
Unknown (ナナッシー)
2015-12-19 14:15:35
(真の意味での)友人関係とかスクールカーストから無縁だったので、記事の内容は観念的に理解した感じw

今思い起こせば、体育・音楽の教師の教えるスキルはどう見ても低く、人間的にも日教組のセンセーと大差ない未熟な人が多かったなぁとは思う

もっとも、私にとって生涯最高の恩師は体育教師だったのも事実
Unknown (tanto)
2015-12-23 23:11:11
いわゆる「五教科」は、テストをしても、成績が曝されることはほぼありません。成績の良い方は発表しても、下位の人の点数を名前を公表、なんてしない。

ところが、体育は、大抵曝される。
「こっそり」ビリっけつ、というのは有り得ず、体育祭なんて、生徒どころか親や地域の方々まで見守る中で運動音痴を披露するため、まさに市中引き回しにあった気分でした。

体育で、ヨガとか体幹トレーニングとかスロージョギングとか、自分の体をコントロールするための技術を教えてくれたら、運動を楽しめる人が多くなると思います。
Unknown (Unknown)
2015-12-25 22:16:58
読んでてめっちゃめちゃおなか痛くなった
10年以上たっても思い出すとちょっと死にたい
Unknown (ららら)
2015-12-29 06:29:26
なるほど非常に納得しました!

昔、体育の授業で運動が苦手な私の友達が運動できる(いわゆるウェイ系の)人達に茶化されてるのを見てどうしようもない憤りと劣等感を抱いてしまいました

運動できる人にも性格悪い輩は結構いまして、例えばサッカーの試合でも自分達だけでボールを回せばいいものをわざわざ私の友達に回して、あらぬ方向にボールを蹴る友達を嘲笑っていました

運動できない人が嘲笑の対象にされる授業
やっぱりおかしいと思うんです
Unknown (Unknown)
2016-02-23 23:49:39
水泳の授業、ほんっとに嫌でしたね。15m泳げないことで、本当に苦労しました。

でも、努力しましたね。とにかく25m泳げるように。いっぱい水に潜って体動かして、浮いたり泳いだりする方法を考えました。
だから、今となってはいい思い出だし、水泳も嫌いではありません。
Unknown (こっしー)
2016-02-25 23:57:12
私は,運動神経に関しては下の下の下でした。
でも,スポーツは見るのは嫌いじゃないし(積極的に見たいわけじゃないですが),やるのもお遊び程度だったら大丈夫です。

だから,体育の授業=即悪というのは違うと思います。
全体的に先生にも恵まれていたし,運動神経ある人にバカにされることにも耐性があったり,どんないに嫌でも見学・欠席はしないぞというプライドを持ってたりして,授業に無理くりでも絡んでたせいか,体を動かす楽しさを十分に学ぶことが出来ました。

けれども,コメント欄を見る限り,私の学校よりひどい教え方(ルールとかは私も教えられたことは数える程度ですが,基礎練習すらしないのは・・・)とか,ひどい虐められかたをされた方もいるようですね。そりゃ、トラウマにもなると思います。
これだと,運動神経が悪い人が体育で得られる「出来るようになる喜び」とか感じる余裕もないと思います。

私個人としては,この記事を見たスポーツ嫌いの人は楽しめる環境があれば,スポーツは楽しいということを知ってほしいですね!積極的にスポーツをしなくても,トラウマが解消されることを願ってます。虐めて来るヤツがいないなら,迷惑をかけるかもということを気にせず楽しもうとする姿勢でいることで,うまくスポーツを好きになれる可能性は高いです。(周りが気にしてないのに,自分からスポーツを怖がるのは勿体無いという考えです。)

逆にスポーツ好きの人は,運動神経の悪い人の苦労をこの記事を通して,少しでも感じてほしいですね。個人的には正直マラソンで応援するなとかは違うかなと思います。(応援されて素直に頑張りたくなる人も多いと思うので。多分応援でも辛くなるのはトラウマを刺激されてやじられてると感じるのだと思います)しかし,無下に扱われたら,ただでさえ怖い,スポーツがもっと嫌いになる人が多いのだと意識してもらえるとありがたいです。

まぁ,体育は悪じゃないという立場ですが,今の体育の授業のやり方は,合わない人にとってかなり辛いということは100%同意します。そのあたりの意識がいつか生徒側でも,先生側でも少しでも変わるといいですね。

コメントでの他教科の苦手な方の意見も考えると,あらゆる授業で,どんな初歩的とされていることでも,分からないこと・知らないこと・(教えてもらったことの中で)抜け落ちてしまうことがあるのだから,粘り強く(本当に分かるまで)教え続けないと,トラウマにつながってしまうのだと思いました。
そういえば,水泳の授業で,いつまでも呼吸が出来なかったのに,,高校生のころに少しコツを教えてもらうだけで,合う程度出来るようになったことを思い出しました。やはり基礎でも分かっていない人にキッチリ教えることは大切なのでしょう。

恐ろしい長文かつ,チラシの裏に書けとなりかねないような,まとまりのなさ。加えて超個人的意見でしたが,運動神経のないものの一人としてコメントを残させてもらいました。

記事の作者様,斜め読みでもこのコメントを読んでくれた方,ありがとうございました。
運動会トラウマ (Unknown)
2016-03-04 10:38:21
私は、毎年運動会が雨で中止になれ、と祈っていた派です。勉強の苦手な人間が、テストの度に「オマエが今回最低点だ」と言われ、笑われるでしょうか。運動会の徒競走とはそういうことです。理不尽この上ない。

そういう経験が人生に生きているか?いえ、ベースで自信がなくなっているだけのこと。”謙虚になった”と言えば聞こえはいいけど、結局要領のいい連中に勝てない人生です。

私は学校を死ぬまで恨む。
Unknown (Unknown)
2016-03-04 11:03:13
ホントそうなのですよ。その通りだと思います!
50代女性です。体育大っ嫌い‼‼ですた。体育の時間は常にさらし者状態でした。未だにその劣等感は消えずにいます。トラウマです。

最近、運動会の組体操の賛否が話題になってますが、子供たちの達成感がどうの言ってるテレビの人たちに対し、運動できた人の言い分だなってイラッとしてしまいます。運動会そのものが苦痛でした。

今、50代になり、あの頃スポーツ得意だった子がしわとシミと腰痛に悩まされている事が唯一の救いです。
その通り! (名無し)
2016-03-04 11:27:01
未だに「運動」嫌いです
何が楽しいのかわかりません。
苦痛以外の何物でもない・・・

思い起こせば確かに学校での体育の授業です
当たり前にできることと思われているのでしょう事が
出来ないんだから仕方がないのです

で、運動会
地獄でしたね
しかも全員強制参加
渋っているうちに誰もが嫌がる競技に出る羽目になり
更に体育嫌いを加速するんです
更にマラソン大会もありましたね
体育が無ければどんなに幸せかと
Unknown (子育て卒業ママ)
2016-03-04 11:35:47
私は、現在20歳、17歳の子供を持つ母です。
ちなみに、学生時代は運動苦手、すみっこ系の子でした。
ですが、身長が高かったので見た目で運動できる人チームに入れられて・・・身長の無駄遣い!!などと言われていました。
そのため、二人の子が子供のころからとにかく運動をさせました。スクールに通わせるのではなく、公園や買い物の行きかえりになるべく歩いたり、高いところから手をつないでジャンプさせたり。歩けるようになったらすぐにボールを持たせ、キックして夕方になるまで外で遊ばせました。
さすがの運動音痴でも幼稚園生くらいまでなら優位な立場で教えられます(笑)
きっかけさえ作ってしまえば、子供は勝手に学校でも花形になっていきました。リレーの選手や選抜チームに選ばれ・・
学校を恨む気持ちは自分にもありますが、負の連鎖?はちよっとの親の気持ちで断ち切れます。たぶん。
過去を恨んでも仕方ない!!

次の世代でリベンジを!!運動ができる子の親はこんなにも運動会が楽しいのか!と実感しました。
私個人の体験でした。
Unknown (Unknown)
2016-03-04 11:39:06
私は知性の無い体育教師が嫌いでした。知性の無い体育教師は簡単に人を傷つけ、全て根性論で片付けてしまいます。多分今でも状況は同じでしょう。学校は学問さえ与えていれば良いものを。
同感! (Unknown)
2016-03-04 11:46:13
40代女性。
小学校から体育の授業大嫌い。特に水泳。泳げないのに泳げる前提の授業。途中から(高学年くらい)から水泳の授業は見学です。
高1の時の体育の教師が「水に浸かるだけでいいから」と言ってくれたので入って遊べました。ほんとは暑いから水に入りたいですけどね。

それに似たのか子供も泳げません。
同じことで悩んでプールのない私立中学に入学したいと頑張っています。
そんな娘の不満は、泳げないと馬鹿にされるのに、勉強ができないと馬鹿にされないのは何故?です。
なんで泳げないの?簡単なのに。って言われるけど、
じゃあなんでこのくらいの計算できないの?
とは、誰も言わないですよね?

体育の授業なんて無くなればいいのに。運動会もいらない。親になった今でも、苦痛です。見るのが。
Unknown (Unknown)
2016-03-04 12:04:16
本筋とは外れますが。
たしか8,9年前、我子が通っていた大坂の中学で2年連続で体育教師がそれぞれ不祥事起こして、解雇された事がありました。
Unknown (Unknown)
2016-03-04 12:30:46
体育の授業で基礎的な動きやルールをしっかり教えてくれない、という意見。
ある意味納得いく部分と、本当にそうなのかな?と思う部分があります。

小学校の場合、グラウンドや体育館で細かい話をして、まじめに聞いてくれる児童がどれだけいるかという問題があります。
結果、先生や運動神経の得意な子が模範演技だけやって見せて、「じゃあやってみろ」という形になりがちなのだと思います。
見た上で何回やっても同じように跳び箱が跳べたり、後転なんてできない、と周りが当然のようにやっていくのをぼんやり見ながら思っていたのをこの記事で思い出しました。

中学校・高校まで行くと、私のいた学校ではルールの説明は教室の座学でやっていた記憶があります。
期末テストで保健体育の試験の時には、体育のテスト範囲は座学でやったルールのことが含まれていました。
実技については基礎的なことは教えてくれたかな。それが出来るかどうかは別問題として。
バレーのレシーブやサッカーのドリブルのような基礎技術を、一人ずつ実技試験としてチェックされるようなことはなかったと思います。
それでも上手い子との力量差は歴然で、実技がゴミな分をペーパーでカバーして評定の帳尻合わせをしていました。

あと、体育嫌いを助長する要因になりがちなのが、
学校のイベント事で運動面を求められることが結構ある、というのもあると思われます。
運動会、マラソン大会、球技大会…上手い人からカスのように扱われることが多かったのは授業よりもイベント事だったように思います。

ただ、コメントで皆さん書かれてるように、体育以外でもそれぞれ苦痛な場面は学校生活の中でどこにでもあります。
体育以外の教科が苦痛な場合、最低週1で苦痛な時間はやってきます。それが5教科なら、高校まで行くと最悪毎日になりえます。
同じ体育でも、教室での座学が苦痛で実技はすごいけどテストがボロボロ、という子も私の周りにはいました。
イベントごとでも、たとえば写生大会や合唱コンクールが苦痛、という子だっていると思います。
それらの学校生活で起こる全てのことが苦痛になる、という人はたぶんほとんどいないのではないかと思います。

今仮に、ここを見ている人の中に学校生活を送っている人がいたならば。
もし、体育の授業がどうしてもつらいと思う場合、実技の中で何かひとつでいいので人並みに出来るものを作っておくと
「これの時は気が楽だ」と思えるようになるかなと思います。
自分の場合は、小学校最初から体力づくりのために親にやらされていた中距離走が、小学校後半から高校を出るまでずっと命綱になりました。

ここのコメントにあるように、体育をずっと恨み続けるのではなく、誤魔化しながらでいいから
どうにか運動と付き合っていける方法を、それぞれの子供・家庭で考えていけるようになることを願ってやみません。
サッカー (彰吾ラブ)
2016-03-04 12:51:36
サッカーの授業の話で言うと基礎自体はやるんですよね。例えばインサイドキックとリフティングとか。で、ですねインサイドキックはまあいいんですけどリフティングなんて出来ても試合では全く役に立たないわけです。多分評価する時に分かり易いからするんでしょうけど。この二つだけ教えてもらって、ハイじゃあ試合ですって大きなグラウンドに放り込まれても普段サッカー見ないと何していいかすら分からないんですよね。どこにいたら正解なの?っていう。だから当然楽しめないっていう。楽しめないだけならいいんだけどチームの足を引っ張ってるという意識があって申し訳ないからどんどん試合をやりたくなくなると。今僕はサッカー好きだから思うんですけど、ボールを持ってなくてもサッカーではDF出来たりするわけです。例えばこの範囲にいて絶対縦にだけは突破されるなとか言われてたらね、居場所があったんじゃないかなと。サイドに開いていてボールが来たらゴール方向にクロスを入れろとかね。それだけでいいからと言ってくれたらね。そういう競技の本質みたいなものを教えて欲しいんですよほんとは。小手先のどこで使っていいか分かんないテクは要らないんです。
Unknown (Unknown)
2016-03-04 13:03:08
まず運動をすると苦しくなるという事。
走ったり、泳いだりすると苦しくなる。
心臓が痛くなって、おなかが痛くなって、最後に吐き気をもよおす。

数学で計算出来なくて苦痛だとかいう比じゃない。
でもそれが周りには分からない。
頑張ってゴールに向かえとしか言われない。
こっちはもうゲロ吐く寸前なのに、
これ以上どう頑張ったらいいのか。
体育教師には恨みしかない。

しかし体育の成績ではなんとか3をキープしていた。
受験のために必要なのだ。
実技ではゼロだが、筆記試験で満点をとって、ようやく平均になれた。
実質これは、運動ではないが。
息継ぎが (奈々)
2016-03-04 13:05:04
水泳の授業ってコツを教えてくれないんですよね。
どこがおかしいから体が浮かずに沈むのかを教えてくれたら修正出来るんだけど、授業では教えてくれない。
ただひたすら自分の番に泳がされるだけ。
こんな反復だけじゃあ泳げるようにならないですよ。
まあ教師自体が水泳のプロじゃないからどこに問題があるのか気付けないんでしょうけどね。
本当に共感しました! (モモンガ)
2016-03-04 13:12:30
私は今高校生なのですが、とても共感しながら読ませて頂きました。

私も運動音痴で小学校の頃から体育の授業は嫌いでした。もちろん、今も嫌いです。
誰にでも得意不得意は当然あるし、運動ができて勉強ができない子もいれば、その逆も然り。またはどちらもできるか、どちらもできない子だっています。
勉強が不得意でも、自分から露呈したりしなければ晒されることはありません。強要はいじめになりますし、補習とかに呼ばれても複数人いたりしますから、自分だけって事もありません。
しかし、体育は違います。皆がいる前で、クラス全員又は学年、学校全員の前で晒し者にされなければいけません。
私は中学校の運動会の長距離走が本当に嫌いでした。代表者が走ればいいのに、全員が走らせられ、ゴールは学校の運動場、保護者なども見ています。ビリの方だと生徒にも見られ、微妙な応援とかが逆にとても辛かったです。最後の方でゴールしてもただ嫌なだけでした。
上記の方の言うとおり、水泳の授業もそうで、体育は何の種目取ってもそうです。球技ならバスケやバレー、野球、サッカーなど、他にも器械体操、陸上競技など、様々あります。しかし、どれをとっても試合や発表会など、公開処刑が存在します。部活などの経験者ハンデなどある人もいたりしますが、運動音痴はそれすらないから本当に辛いです。
運動が出来て体験のした事のない方には分からないかもしれませんが、本当に苦痛で仕方ありません。もし、文科省などの偉い方が皆運動できる方であれば、運動能力を助長するという考えや、この教育方法を改めてほしいです。
また、よく先生方が「スポーツの楽しさを教えれた」とか言っているのですが、こちらとしては、むしろ苦痛を教えられ、嫌いになったとしか言わざるを得ません。

本当に体育は苦痛でしかありません。同じ考えを持っている方がいて安心しました。
Unknown (Unknown)
2016-03-05 15:11:49
このコメ書いてる奴の中に、
体育嫌い=スクールカースト下位
と決めつけている奴がいる。

これだからウェイマンは困るね。
お前 (分からんわ)
2016-03-12 17:40:56
運動音痴はお前のやる気のなさだ。国語、英語でも自分でモチベーション上げないと、上達するわけ無い。
頷ける記事でした (Unknown)
2016-03-13 18:18:54
学校教育ではないですが、カラオケとか飲み会とかでも通底するものがあると思いました。

指導してくれる人の有無、経験の差、楽しいと感じられるか否かの感覚が人それぞれで有るか。

そういったものを踏まえずに「上手い・下手」「出来る・出来ない」の圧力から「嫌い」が芽生えてくると思います。
Unknown (A)
2016-04-21 22:57:10
私も運動神経が恐ろしく鈍く、しかし変に力だけはあったので、ソフトボールを体育でやったときは、他の生徒に投球するとぶつけてしまいそうで危険だ、という理由で、見学させられました。先生の判断は正しかったのかもしれませんが、以後、団体競技は大っ嫌いで、自分でやらずとも、サッカーや野球の応援など見ていて吐き気がします。
ところで、スポーツというのは、英語ではスコアを競うゲームという意味で、体操のような非競技性のものは含まないようです。スポーツはいりませんが、エクササイズはやらないと体に良くないと思います。学校の体育で、スポーツを止めてエクササイズを専門にやればいいのではないでしょうか。競技としてのスポーツは選択制にして、やりたい人たちだけがやればいいのです。学科でも、微分積分のような高等数学などは選択制にして、無理にやる必要はないと思います。
Unknown (A)
2016-04-21 23:13:39
追伸ですが
競技としてのスポーツを授業でやるということは、学科、例えば数学の授業で毎回全員にテストをして、その結果を公表するようなものでしょう。数学ができないスポーツマンの諸士にとっては数学の時間は地獄となりますね。でも、人と競う必要のない、エクササイズであれば、できない(わからない)のはちょっと恥ずかしい程度ですむと思います。
体育の介 (Unknown)
2016-04-27 07:11:20
下手なりに体育は嫌いじゃなかった人間です。
主婦になり、子供と一緒に教育テレビを見るようになって、『体育の介』という番組に出会いました。
その番組のように、ちゃんと基礎を教えてもらえたら、もっとできたのかなー、と思ったり。
でも、実際に子供だったら、話し半分になってしまうのかもしれませんね。
Unknown (Unknown)
2016-05-14 16:25:33
活字苦手だから太字のとこしか読まなかったけど、本当体育はつらかったよね。バスケのドリブル苦手で真面目にやってるのに「真面目にやれ!」って言われたり。
球技とか他人と一緒にやるスポーツは嫌いだけど身体を動かすのは嫌いじゃないです。
Unknown (Unknown)
2016-05-22 11:32:58
体育の授業は廃止すべき
特に虐めや差別に繋がりやすい球技系全般と事故が多数起きてる組体操、柔道などは学校で強制するのはおかしい
それから中学などでは運動系の部活動に入部強制させる学校もあるが、それも廃止すべき
運動得意な奴が好きでやる分には勝手だが、運動音痴な人にまで運動部を強制させるのは狂っている
共有させていただきます (kyle)
2016-06-19 11:54:48
この記事に凄まじく共感したのでFBとTwitterで共有させていただきました

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