おおた幸世(大田幸世)です。平和で豊かな枚方を市民みんなでつくる会

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枚方美術館問題の公園見守り隊 現地での最後の集まりに参加しました

2016-08-29 14:17:44 | 枚方市美術館問題
 台風の影響が心配されましたが、今日は美術館建設に反対する中央公園の見守り隊の最後の現地での集まりでした。ちょうど2年前の8月29日に「現地の見守り隊」が開始されましたが、計画が白紙になるという結論がだされ、市民の努力が100%みのりました。
 代表の古谷學さんは、「はじめは知らないもの同士でしたが、誰もが様々な力をお持ちの方々でした。市役所から感謝状がほしいぐらいです」という趣旨の挨拶をされました。
 私は、楠葉、長尾、牧野に住んで、「美術館計画は白紙に」趣旨に賛同し、署名等の取り組みに参加されていた方のメッセージをよせがきにし、見守りたいの方に手渡しました。
 途中、雨が降りだしましたが、多くの方々にとり、私にも記念になる日になりました。

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感動!枚方美術館問題 諦めなければ声は届くんやなぁ 子供の声に励まされます

2016-08-24 09:22:21 | 枚方市美術館問題
 枚方の美術館問題は、市議会の条例問題を残しているが、「平和がいちばん」8月号に投稿された文章を見ると、建設予定地の香里ヶ丘中央公園であそびたいと期待していた幼い子供たちの姿が見える。公園が戻り本当に良かった。その投稿は・・・

 諦めなければちゃんと声は届くんやなぁ

 1年半前、美術館建設予定地の森が舞台の絵本『アラカシのもり』をかきました。「今日にも木が伐られるかもしれない」という危機感を抱く毎日。森を守るために自分には何ができるだろう。絵本はその一つの答えでした。
 息子は階段でおやつを食べるのが大好き。友達やお姉ちゃんと一緒に、果物を食べたり、パンを食べたり。そんな幸せなひとときを絵本にもこっそり描きました。喋れるようになってからは、森のフェンスの前を通るたびに「階段でおやつを食べたい」と言うように。あの頃のこと、覚えてるんだ。度重なる市への署名に「かいだんでおやつをたべたい」と毎回代筆でコメントを添えました。
 
 7月6日。フェンスに貼り紙があるという知らせを聞き、急いで駆けつけると、「7月7日撤去します」とのこと。夢じゃないかと 何度も声に出して読み返しました。もうもう嬉しくて。涙で字が滲んで見えました。その夜は、家族で前夜祭。この2年間、森をめぐる動きを見ていた中1の娘も、「スゴイ!」「友達にも報告せなアカン!」と喜び爆発。諦めなければちゃんと声は届くんやなぁ、と娘が話すのを聞いて、頑張り続けてきた背中を見ていてくれたんだと。子どもたちにとっても、とても身近だった今回の美術館問題。活動のすべてが生きた勉強になったのではと思います。何もかもが嬉しくて、親子で何度も乾杯しました。

 7月7日、朝から息子と森へ。みんなが見守る目の前でフェンスがどんどん外されていき、あぁ、夢じゃなかった、と。荒れた森が手入れされ、夕方になってようやく中に入れるようになると、息子はすぐに階段へ。ささやかな夢だった「階段でおやつ」。長くて困難な道のりだったけど、夢が叶う日が来た・・・! 見守り隊の方たちも一緒に喜んでくださり、とんがりコーンで「カンパーイ!」。今までの月日が頭をよぎり、感無量。みんなの力で森が市民のもとに戻り、息を吹き返し、みんなが笑顔に。一生忘れられない一日になりました。
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沖縄・高江から緊急報告  どうなってるの政府の暴力的な動き

2016-08-23 09:15:18 | 沖縄基地問題 
 ここまで民意を無視していいのでしょうか。沖縄知事を先頭に「これ以上基地はいらない」という沖縄の方々の思いを、ここまで蹂躙していいのでしょうか?基地経済ではなく観光産業で既に沖縄の経済は成りたつています。 「平和がいちばん」8月号の投稿を紹介します・・・
(投稿)
 沖縄県東村高江で起こっていることを知り、じっとしていられず仲間と一緒に行ってきた。参院選の翌朝、ずっと中断していたオスプレイ着陸帯新設工事が再開され、七月二二日には抗議する市民とN1入り口監視テントを暴力的かつ違法に排除。同様のことがN1裏でも起こりそうだというので八月五日の夜の集会から参加した。

 全国から続々と集まった人は一〇〇〇人を超え、急きょテントを拡張しても入り切れない。監視のため駐車している警察車両にも移動を要請してのテント前集会となった。テント強制排除の動きは土曜にはなく、月曜か火曜か、というので予定を変更、さらに二泊して九日に帰神した。六日以降も三〇〇人規模の集会となり主催者(県民会議 オスプレイ・ヘリパッド建設阻止高江現地行動実行委員会)も驚く。福島、赤嶺、糸数、山本太郎国会議員、県会議員、弁護士団、住民代表らも参加し発言した。確かに闘志満々の熱い集会で歌声にも力がこもる。

 でも六日の集会に参加した目取真俊さんが重要な提起をした。本当に工事を止めるにはどうしたらいいのか。テントを守る集まりが盛り上がったと喜んでいていいのか・・・目取真さんらは、車をのろのろ運転することで資材搬入の車列の進行を妨げる作戦を県道で展開している。しかし警察力にはかなわない。一、二時間は遅らせることができるが。

 現地行動は大事だ。常に入れ替わり立ち代わり全国から仲間が来て大いに盛り上がるべきだ。工事を少しでも滞らせるべきだ。今年度内完成という政府の意思をくじきたい。

 その現地行動を力として、もっと大事なこと、本当に大事なことに取り組まないといけない。それは全国的な世論の形成。国会での真実の暴露。実は沖縄県内でも高江のことは十分に知られていない。「基地負担軽減」詐欺と呼ぶべき手口でより獰猛な戦略・作戦に備えた基地強化を強要してきたことをもっと暴露しないといけない。今はそれで頭がいっぱいだ。
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枚方美術館問題白紙に 今、 市議会が問われている

2016-08-22 17:58:10 | 枚方市美術館問題
 7月7日美術館建設予定地を囲んでいたフェンスが枚方市により取り払われました。本当に嬉しいことです。2年にわたる公園の見守り隊も8月29日(10時から)の集まりが最後になります。大きな闘いだったと思います。市民の会「平和がいちばん」の8月号の1面を紹介します。

 香里ケ丘中央公園に計画されていた美術館問題は一応の決着を見ました。市長は議会で計画の白紙撤回を示し、公園の木々を取り囲んでいた工事用フェンスも7月に撤去され、原状に復旧されました。8月4日、市民代表と会見した市産業文化部長は「市民無視で進めてきたことは反省している」と述べました。

 市長と市議会は“二元代表制”で、より良い町をつくるため市民から選ばれたそれぞれがお互いにチェックし 合います。美術館問題の発端とその後の混乱は、あげて前市長の独断による計画導入でした。それは今や誰の目にも明らかです。一方、市長の独裁的な行政運営に市議会がチェック機能を果たしたのかという疑問が市民には残っています。

 14年3月の「寄付」を受け入れた議会では美術館計画の不透明さなど多くの疑問が噴出し、賛成した議員すら「負の遺産になる可能性が高い」と指摘しました。年間数千万円の運営費の負担や香里ケ丘の地域活性化につながるのかという疑問を賛成議員も払拭できないまま動き始めたのです。新市長が白紙撤回を示した全員協議会での討論では、計画推進の議員はこの問題が混迷を深めたのは「枚方市が、私も含めてですけれど、どういうふうな美術館かということを詰めてこなかった」からだと総括しています。また「覚書」締結後に美術館の先進地視察をした議員は、建設計画の目的・コンセプトや運営経費などに問題があるとして「枚方市の美術館の在り方が恥ずかしく感じる」と報告しています。

 賛成していた議員のこれらの発言や文書に接すると、市民は「あのまま建たなくて良かった」と心底思います。未成熟な議論で建つ美術館にも、飾られる美術品にも不幸です。その費用を長年負担し続ける市民はもっと不幸です。ここから示される教訓は、市長が示す方針や具体策について納得いくまで議論が尽くされる市議会でなければならないということです。                    以上
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相模原 障がい者殺傷事件から見えてくるもの・・日本国憲法から考える

2016-08-18 15:53:28 | 日本国憲法を考える
 この事件は、非常に衝撃だったが、ある記事を読んで納得した。その新聞はMDS新聞。何度も読み返したが、憲法がないがしろにされている今こそ、必要な視点だと思う。その記事を広めたいとすぐに思いました。以下、記事から・・


  相模原 障がい者殺傷事件/背景に弱者切り捨ての新自由主義政策/時代を象徴するヘイトクライム

 神奈川県相模原市の障がい者施設で入所者19人が元職員の男に刺殺される事件が発生した。容疑者は「障がい者は死んだ方がいい」と語り、重度の障がい者を選んで殺傷した。差別感情にもとづく憎悪犯罪=ヘイトクライムであることは明らかだ。障がい者を「生きる価値がない」とみなす排除の思想。その発信源は安倍政権が推進してきた新自由主義政策にある。

◎ナチス化する日本
 「意思疎通ができない重度の障がい者は生きていてもしょうがない」「国の税金の無駄だ」「自分が抹殺事件を起こせば法律が変わるきっかけになる」「障がい者の大量殺人は日本国の指示があれば、いつでも実行する」等々。
 これらの発言が示すように、容疑者の元職員は「自分は正しい」との確信を抱いており、障がい者抹殺計画を実行すれば国に喜んでもらえると考えていたふしがある(衆院議長に渡そうとしていた手紙の文面を参照)。おぞましい話だが、主観的には正義感と「愛国心」にかられて実行した計画殺人といえる。
 彼は措置入院中だった今年2月、「ヒトラーの思想が2週間前に降りてきた」と病院の担当者に話していた。ヒトラー率いるナチス・ドイツは障がい者を生きる価値がないと決めつけ、「国家的安楽死」と称して大量に殺害したことで知られている。

 この抹殺指令は第二次世界大戦勃発の直前に発令された。つまり、総力戦体制づくりの一環として、戦争遂行や生産活動に寄与できない障がい者の殺害を命じたのである。国家のお荷物になるだけの者を生かしておく必要はないというわけだ。なるほど、「障がい者がいなくなることで国家の経済的負担が軽くなる」という容疑者の考えはヒトラーの思想と一致する。

 ただし、彼は「自分の考えがヒトラーに似ていることは施設側に言われて気づいた」と供述している(8/2日刊ゲンダイ)。家宅捜査でナチスに関する書籍や資料が見つかっていないことをみても、ナチスに傾倒した結果、障がい者抹殺の思想を抱くようになったとは考えにくい。
 では、何の影響を受けたのか。弱者切り捨てがまかり通る現代日本の風潮であろう。新自由主義政策が自明のこととされ、競争に負けた者、競争に参加できない者は容赦なく排除される社会のあり方だ。この容疑者だけがヒトラーに似ているのではない。今の日本そのものが「生きる価値」を国家が決めたナチス化しつつあるのである。

◎安倍自民党と同じ
 犯罪は時代を映す鏡という。安倍政権が掲げる「一億総活躍社会」には、活躍できない者は社会の一員ではないという響きがある。人間の命までコスト換算し、生産性の低い者は価値がないとみなす。そんな経済至上主義に支配されたこの国の姿を今回の事件は象徴しているように思う。
 実際、安倍自民党の極右政治家や彼らの取り巻き連中は、障がい者や老人への社会保障支出を「国家財政の無駄」とみなす言動を何度も開陳してきた。老後を心配する高齢者に「お前、いつまで生きているつもりだ」と言い放った麻生太郎副総理。医療費の増大について聞かれ、「私なら延命治療などせずに尊厳死を選択する」と語った石原伸晃・経済再生担当相等々。

 事件発生後も、安倍政権を熱烈に支持するネット右翼たちが「カネ食い虫を殺して国の役に立った」など今回の犯行に「理解」を示す意見を撒き散らしている。“障がい者を殺せば愛国者として英雄視される”という容疑者の考えは、あながち妄想ではなかったということだ。

◎反人権思想を許すな
 新自由主義政策の実行者たちは分断支配の手口を使う。民衆の怒りが自分たちに向かわないようにするために「君たちの生活が苦しいのは、あいつら(障がい者、老人、生活保護費受給者、外国人等々)のせいだ」とささやくのである。これが数々のヘイトクライムを誘発してきた。
 焚きつけられた嫉妬の感情は対象への憎悪に発展し、制裁や排除を正しい行為とみなす社会の風潮が背中を押す。このような図式での社会的弱者を狙った犯罪は随分前から起きていた。たとえば、各地で相次ぐ少年らによるホームレス襲撃事件である。

 言い方は悪いが、社会の底辺にいる者が自分よりさらに弱い者を「役立たず」「社会のゴミ」と決めつけ攻撃する。そのことによって歪んだ正義感を満足させ自己肯定感を得ているのだとすれば、あまりにも悲しい。差別感情を扇動した者の罪は重い。
   *  *  *
 誰もが個人として尊重され、幸福を追及する権利を無条件に持っている--この天賦人権思想を自民党の改憲草案は否定する。権利には「責任や義務」が伴い、「公益」に尽くす見返りとして与えられるというのだ。こうした発想の延長線上に今回の事件があるような気がしてならない。
 国家や資本の利益に貢献しない者は無価値である--そんな反人権思想を絶対に許すわけにはいかない。

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