ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

130年のDNA

2016-11-20 08:26:12 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「100年前から」11月13日
 書評欄に、瀧井一博著「渡邉洪基-衆智を集むるを第一とす」についての、磯田道史氏による書評が掲載されました。ちなみに渡邉洪基とは、初代東大総長を務めた人物だそうです。
 書評の中で磯田氏は、『政談をしない。専門を狭く深く掘り下げる。学会内で活動し、その評価を重視する。日本の知的風土には、たしかに、そのような傾向があるかもしれない~(略)~単純化して結論をいえば、伊藤博文と渡邉洪基などが、これを設計・誘導していった』と書かれています。そして、『「政談的知識人」は排除せよ。伊藤と渡邉が、そうして、この国の知の制度をつくっていった』とも述べていらっしゃいます。
 私はこのコラムで、我が国では理科教育の充実は繰り返し叫ばれてきたが、社会科学につながる社会科系の教科科目のの充実が叫ばれたことはないという偏りを指摘し、問題視してきました。ノーベル物理学賞や化学賞の受賞者は毎年のように出ますが、世界第3位の経済大国でありながら、ノーベル経済学賞の受賞者はいませんし、哲学や社会学、法学や歴史学の分野で世界に影響を与える学者も輩出されていません。
 科学は技術に直結し、産業に貢献して国力増強につながるのに対し、人文科学系は何の役にも立たない、むしろ口先ばかり達者で屁理屈をこねまわし、政府批判をする輩を生むだけだ、というような見方が政府関係者の中に多いように思えて仕方がなかったものです。
 もちろんそれは、教員時代、指導主事時代を社会科一筋に過ごしてきた私の僻みなのだと冷静に分析してはいましたが。ところが、伊藤博文と渡邉洪基が、政談的知識人の排除を念頭に我が国の学問・教育制度を構想していったという記述を目にし、私の僻みではなく、我が国では初めから政談的知識人に結びつきやすい人文科学系の発展には冷淡であったという心証を得ることになってしまいました。
 伊藤博文は長州出身の総理大臣、歴代総理大臣は山口県出身者が最多を占めています。そして、現在の安倍首相、理科と英語という国力増強に役に立つ教育改革を進めている安倍氏、自らの政治姿勢への批判を嫌う安倍氏も、長州人として自己規定しています。その安倍内閣が、大学の文系学部の縮小を進めようとしたというのは偶然なのでしょうが、妙に納得してしまいます。
 100年以上続いた我が国の教育の人文科学系軽視のDNAは、容易には変えられないのでしょうか。

 

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