ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

私のNO.1

2017-08-13 08:01:44 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「マイ」8月4日
 漫画家やくみつる氏が、『「大相撲総選挙 スゴい力士30傑」世代を映す〝マイ1位〟』という表題でコラムを書かれていました。ちなみに、大相撲総選挙は、10000人以上にアンケートを実施しスゴい力士を選ぶという試みです。コラムの中でやく氏は、『相撲を見るようになって最初に刷り込まれた強豪横綱像=スゴい力士と、人は認識する』と述べ、『58歳の私であれば、幼児期から小学生の間、ずっと見続けていた大鵬こそ古今1位と信じるし、40代なら北の湖や千代の富士を指し、30代なら貴乃花』と世代別1位を挙げ、『白鵬が優勝回数や通算勝利数の記録を更新しても』マイ1位は揺るがないというファン気質を説明しています。
 微笑ましい話です。しかしそれは最強力士は誰かという話だから微笑ましいのです。最強力士が誰であろうと、私たちの生活には影響はありません。しかし、これが法や制度といった社会のあり方を決めるということになれば、世代や経験だけが基準となった私的な思いは危険でさえあるのです。
 青少年の凶悪犯罪が増えたという人がいます。その人の正直な実感なのでしょう。しかし、警察庁の統計によれば、青少年犯罪は減っているのです。それにもかかわらず、感覚が優先され、犯罪が増えているのだからその抑止のために厳しい罰を与える必要があるという論理で少年法が改正されるとすれば、それは今流行の「不都合なファクトより心地よいフェイク」という落とし穴にはまることになってしまいます。
 学校教育についても、こうした「マイ1位」的な感覚や思い込みによって新しい仕組みや制度の導入が検討されるという事態は珍しくありません。というよりも、もっともそうした弊害が現れやすいといってもよいかもしれません。
 著名人が口にする教育論について、「恩師」に対する思い出が、学校論や教員論の根底にあることが少なくありません。進学校と底辺校、公立と私立、昭和と平成、都会と地方など、自分の経験を客観視することなしに、「昔は良かった」や「私立の自由な校風礼賛」を臆面もなく語り、それを一般的な学校論に拡大するなど、百害あって一利なしです。
 逆に、自分の接した教員や授業を基に、学校制度を個性抑圧の仕組みと批判したり、異なる価値観を認めない硬直した体質と決めつけたりする人も少なくありません。
 また、「マイ1位」とは違いますが、客観的な事実に基づかない議論も横行しています。以前も書いたことですが、「みんなで手つなぎゴール」という都市伝説が、競争原理導入に使われたことがありました。ゆとり教育で円周率が3.14から3に、というフェイクがゆるみ教育の象徴として使われたこともありました。
 話が逸れてしまいましたが、学校教育についても、教員の処分率、体罰の発生率、学力調査の結果、いじめ自殺の発生率、教員の志願者数、公立と私立の入学時の学力差、問題行動の発生率と内容の変化、などそれぞれの統計の取り方の変化も勘案した上で、経年比較して語るという姿勢が必要です。

 

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