poppy

地球人の観察日記

poppyの世界へようこそ

2010-01-01 17:55:47 | Weblog
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お引越し

2009-01-01 23:51:32 | Weblog
お引越しをすることにしました。
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相手と向き合う勇気

2008-01-02 12:28:44 | Weblog
私は今まで自分の考えや気持ちを上手く相手に伝えることが出来ませんでした。これには色々な理由があります。

伝えられるだけの言葉を持っていなかったこと。感情的になって冷静さを失い、勝手に悪い方への思い込みをして相手の本心を聞こうとしなかったこと。自分に自信が無かったために、相手の顔色を窺いながらいつもビクビクしながら話していたこ。それから、言わなくとも相手は解ってくれるだろうと思い込んでいたこと。などなど・・・

なによりも傷つくことが恐かったのだと思います。正直に素直な気持ちを言った時に、もし相手から拒否されたら、鎧や盾ではなく、自分自身の体に直接傷を負うことになるのですから。

では、私はいつまでもそんな弱虫でいいのか?ある日私は自問自答しました。恐怖など相手を信頼していれば私の妄想によるものだ。拒否されたって私が私でなくなるわけじゃない、傷ついたらまた立ち上がればいい。そんな風に自分を奮い立たせて決意した私は、それから勇気を出して実行しています。どう言おうかとかなり言葉を考えて、なるべく飾らず思っている通りに、そして恐がらずに。何事も初めの一歩までは大変なものです。でもそれからは加速度的にできるようになっていきます。

相手と向き合うことは本当に勇気が必要です。言いたいことを言えば、相手から聞きたくない言葉が返ってくることもあるでしょう。しかし、その分嬉しい言葉も返ってくるのです。誰とでもそのような関係を築くのは難しいですが、自分が大事にしている人とはそうすることでより愛が深まるのではないかと私は考えます。

このことは次のような言葉としてよく耳にします。「喧嘩するほど仲がいい」。喧嘩するにも勇気と相手への真剣な気持ちが必要です。お互いに向き合って言い合ってこそ喧嘩ができるのです。そして解決された後には意見をぶつけ合ったことがより強い絆と信頼、愛へと繋がります。

相手を大事に思うならば、相手から逃げずに、まず自分から相手が向き合ってくれる機会を作ってみると自分の周りの状況が素敵に変わっていくのではないでしょうか。
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自分と向き合う勇気

2008-01-02 12:26:38 | Weblog
以前、主役は自分という文章を書きました。あれから数ヶ月経った今、また思うことがあります。

私は、これからどんな風に生きていきたいのかということです。そして、現時点での結論を出してみました。それは「自分らしく振るまい、自分らしく生きること」です。それには自分についてよく知ることと、自信が必要になります。自分と冷静に向き合い、自分の個性を知り、長所を磨くこと。勿論、短所は気を付けること。自分を大切に思い、自分らしさを守り通すことこそ私が平常心でいられる生き方だと気が付きました。そしてこれからは、あるがままの自分を受け入れ、自分という人間を最大限に生かす生き方を目指そうと思います。今生で、自分なりに魂を高められるところまで高めて、次に生まれ変わってくる自分に今世での最高級の自分をバトンタッチしたいと思うのです。

ところで、出る釘は打たれるという諺がありますが、日本では人と違うことをしていると自分勝手なやつだとか、だめな人間だというレッテルを貼られてしまいます。でも、全てがそうとは限らないのです。ただ、今まで通りという古いシステムから抜け出す勇気がなかったり、多数派の意見は良いことのように見えてしまうだけなのかもしれないのです。だから私は人と違うことが出来る才能を潰さないために、どんな時でも自分らしく振舞おうと決めたのです。人と同じことをやっていても新しい道を切り開くことはできません。そこには孤独な道があるかもしれないけれど、私はいつかそれを乗り越えて、自分の居場所と幸せを自分で掴み取ってみたいと思います。

なかなか自分らしく振舞えない私がこういうことを考えた理由にはもう一つあります。皆、大人になるにつれて社会に適応するために灰色の世界を自分の心の中に作っているように思った私は、大人になりたくないと強く思っていました。不平を言っている大人達を見る度に、私はずっと夢や希望を持ち続けていたいし、社会や人間関係という檻の中で生活したくはない。未来に起こることにいつもワクワクしていた心を曇らせたくない、と思っていました(そういう思いを込めて書いてみたのがトップ記事の「FAIRY」だったというわけです)。社会や誰かに自分を預けるのではなく、自分で考えて行動し、いつも自分らしく振舞って生きていられれば、大人になっても子供の心を忘れることなく、さらには大人の心をプラスさせた魅力ある人間になれると今は思っています。私は人と同じことをしていても満足できない体質です。だから自分らしさに自信を持って今を一生懸命に生きてみようと心に強く思いました。
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知っているけどしていないこと

2008-01-02 12:18:32 | Weblog
「しっているけれどしていなこと」

って一体どのくらいあるのだろう?

例えば、私は今日買い物袋を持って買い物に行った。レジ袋は環境に良くないと知っていながら今まで袋を持っていくことをしていなかった。こういった身近で小さなことから始まり、私達はどれだけのことを見てみないフリをしているのだろう。

先人達の教えや本から得た知識は沢山あるけれど、それを実生活に活かしているだろうか?知識を頭に入れて実行してこそ、その知識は存在価値を持つ。今の状況を好転させる方法を知りながらも自分が何もしなければ変わることはない。誰かが何かしてくれるだろうと受身の生き方を選ぶのではなく、目の前のことを一生懸命にやって能動的に自分の人生を自分の手で切り開いていく生き方をしようと思う。
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試練は理想の人間に近づくチャンス

2007-12-28 18:27:27 | Weblog
私は芯のある、心の強い人間になりたいと思って生きてきました。何度も落ち込んで、もうダメだと思うことがあるたびに、「神様は乗り越えられない試練を私達にお与えにはならない」という言葉を思い出して、前進して新しい自分を育ててきました。超えられない試練が与えられないのならばこれも乗り越えられるはずだ、弱い自分に負けたくはない、と自分に言い聞かせて。

そして、強さと同時に優しさと愛のある人間になりたいと思っています。その両方を併せ持つことはまだまだ私には難しいです。それでも、一生懸命にそうなりたいと思って日々生きていれば理想に近づけると思っています。人は自分の心で考える通りの人間になるものだと思うから。

しかし・・・1つクリアしたと思えばまた次の課題が現われてくるものですよね。


試練というのは、その人の魂がそこから学ぶことがまだあるから起こるもので、魂の成長の1つのプロセスとして必要な時期を見極め、解決できそうだなと魂が思った時にやって来るものなのだと思います。そう、必然なんですよ、きっと。試練というのは成長できるチャンスが巡ってきたということでもあるんですね。だから毎回逃げないで真っ直ぐに取り組むことが必要なんです。


私は弱い人間です。でも、弱いとわかっているからこそ強くなれる。誰もがみな、限りない可能性と力を秘めてこの世に生を受けました。私はそれを自分がこれから生きていく中で本当かどうか確かめてみようと思います。
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大人になることの素晴らしさを伝えられる大人に

2007-12-27 22:47:13 | Weblog
大人になる。それって一体どういうことなんだろう。

現実社会を上手く渡っていくための方法を取得することが素晴らしい大人なのかな。

愛想笑いをしてでも仕事の評価が良ければ出来る大人なのかな。


大人になる。それって子供の心を失ってしまうこと?

きっとそうじゃないよね。大人になるってことは、子供の頃からの夢や希望を叶えられるってことなんだ。そして、どんどん自由になれるってことなんだ。

子供の心を手放すのではなくて、その心に現実性を肉付けする。

全てが自分の思い通りにはならないけれど、それでも夢を諦めることはないんだ。

妥協しつつも、核となる大事なところは揺るがずに押さえる。

諦めることと妥協することとは違う。


私は夢や希望を失わない。

子供の頃に五感を通して感じた感動を忘れない。



夢は子供だけがみるものではなくて、何歳になっても持ち続け、新たに生まれてくるもの。

夢っていうのは、思い描いた数だけ叶えることができるんだ。


最近は、こんな大人になりたい!と子供が思うような大人が、なかなかいなくなってきたように思います。そんな中、私が未来の子供達に伝えられることってなんだろうと最近考えます。

それはずっと夢を追い続けてキラキラとしている背中を、子供達に見せることなのだと思います。自分を自分でかっこいいと思えるような生き方を貫くこと。そうしていれば、何も言わなくとも光の道を進もうとするのが子供なのではないかと思います。

まだなかなかうまくは表現できないけれど、そういうことを伝えられる大人、親になろうと思います。



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FAIRY

2007-12-26 18:14:12 | Weblog
妖精さん、私はあなたがいるって信じてるよ。

大人になったってその思いはずっとずっと変わらない。

そんなのいやしないさって大人たちは言うけれど、それは忘れてしまっただけなんだ。

子供の頃には見えていたはずのものたちを。

会いたいと思ったらいつでも会えるのさ。

心の目で見ればいつでもね。



これは私が「星の王子様展」に行った後に思いついて書いてみたものです。
・・・そういえば、まだ星の王子様を本で読んだことがありませんでした。
今度読んでみようと思います。
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飛躍

2007-08-13 03:20:59 | Weblog
私は今までの過去にあった苦しい出来事や、言われた言葉に縛られ振り切ることができずにいました。過去のトラウマがあるから、もうこれ以上私には何もできない、前へは進めないという自分に対する逃げへの言い訳がそこにはあったのです。どんなに枝葉の部分の悩みは解消できても、幹の部分に差し掛かるとどこか逃げ腰になっていました。
でも、もうそこから目を背けることは出来ない、そう魂の声が言いました。


この1か月間、過去で深く関わった人達への思いが、毎日寝ても覚めても頭の中でグルグルしていました。どうすれば良いのかがわからなくて、そしてそれがわかってからもそれを自分の中で処理するには相当の時間とエネルギーが必要でした。
強くなりたい。もっと強くそして優しい、愛に満ちた人間になりたい。
毎日そのことばかりを考えて悶々としていました。


そしてやっと私の中で彼らに対する思いを振り切りました。
守ってほしかった、わかってほしかった、愛してほしかった・・・
さまざまな思いはあったけれども、今の私はそれらの負の思いを洗い流せるほどの幸せの中で生きています。

もう私は彼らを許し、彼らを自由にしてあげようと思います。
そこに執着していたのは、本当にその人達の幸せのためにやっていたからではなくて、小我つまりは私自身がしてほしかったことだったのです。
それは見返りを求めるものであって、本当の愛ではなかったということです。
結局、私のしていたことも、否定していた彼らの愛と同じでした。


執着心や怒りを手放すことによって、過去に生きていた自分とはさよならをして、今を生き、そして未来へ真っ直ぐに目を向ける勇気が今まで以上に湧いてきました。



事実を歪めずに、現実を受け入れ、自分に嘘をつかないで生きることはその時は苦しいものです。
しかしたとえ困難に見える道でも、魂の声によく耳を傾けて勇気を出して進むことによって、結果としてそれは自分が生きやすくなるために通る道だったと気づくはずです。



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お休み

2007-07-10 21:11:17 | Weblog
最近、自分の内面にまた変化がありそうな予感がします。
こういう時は、自分とじっくり向き合うことが大切。

しばらくブログはお休みしようと思います。

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