永遠のアイドル岡田有希子さんの紹介〜ユッコのページ〜 

1984年にデビューした永遠のアイドル岡田有希子さんの本当の姿を後世に残すためのブログです
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岡田有希子さんのことを当時の担任が語る(その2)

2015年10月27日 | 
前回に引き続き当時担任だった竹内先生が岡田有希子さんを語ることを納められた本のご紹介です

岡田有希子さんは愛知県名古屋市出身で名古屋市立高蔵小学校に通っていました。
何事にも一生懸命で努力する・・・そんな少女だったそうです
それは完璧を求めすぎた側面もあったという・・・

『竹内は、生徒としての佐藤佳代(岡田有希子の本名)を怒ったり、
 注意したりした記憶がない。とにかく、彼女はミスというものを犯さない生徒だった
 たとえば、彼女が誤解されるような事態が起きた場合も、
「あの佐藤はそんなことをするわけないだろう……」という雰囲気が自然にできる。
 また、その行ないが注目に値することであれば、
「ああ、佐藤なら当然のことだろう……」という評価が生まれる。
 そういう大人たちの空気の中で彼女は育ってきた

「それが、かえってあの子にとって、よくなかったのかもしれない……
 芸能界みたいな厳しい世界で生きてゆくにはあまりにも優等生すぎたのかもしれない」
 と竹内はいま思う……。』

竹内先生は子供として優秀な佐藤佳代を感じながら
大人になり芸能界へ入った岡田有希子さんを親のような気持ちで見ていたんでしょうね・・・

(岡田有希子さんに関する掲示板 http://snow.advenbbs.net/bbs/yukiko.htm)

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岡田有希子さんのことを当時の担任が語る(その1)

2015年07月20日 | 
誰もが子供の時をよく知る大人は親以外というと担任の先生ではないでしょうか
岡田有希子さんは愛知県名古屋市出身で名古屋市立高蔵小学校に通っていました。
当時担任だった竹内先生が岡田有希子さんのことを語ったことをおさめた本があります。

『彼女が出演している歌番組をみることがある意味でつらいという気持ちさえあった
次々と輩出されてくる新人の後ろで自分の出番を待っている彼女の表情がカメラでとらえられた時など……。
「ああ、佳代ちゃん(岡田有希子の本名)の気持ちがわかる気がする……」
それは、たいがいがさびしそうな表情だった。自分が追い抜かれるのでは……という危機感。
その顔は笑っているが、竹内先生にはさびしそうに映って仕方がない。その胸中が手にとるように感じられる。
「佳代ちゃんは、昔から、負けん気が強かったものね……」』

担任の先生は子供たちをよく見ていて一人一人の性格をよく把握していると聞きます
竹内先生はテレビで映る岡田有希子さんの姿や表情を親が見るような目で見ていたのでしょう。

また、岡田有希子さんの小学校時代のことを色々な側面からその性格を話しています。
「確かに無邪気な子ではあるが、天真爛漫とはどこかちがう。
 キャッキャッと騒ぐかと思うと、スッと自分の中に入りこんでしまう。
 大人のように頭のいい面を持っていた。なんでも手放しで喜ぶということはなかった。
 無邪気な反面、この教え子はすごく考えこむところがある」とも言っています。

竹内先生は当時色々な雑誌で岡田有希子さんと一緒に登場していました。
それは、名古屋という故郷に帰ってきた岡田有希子さんを取り上げているときです。
笑顔でみなと一緒に写っている竹内先生ですが10代で東京に行き芸能活動をする佳代ちゃんこと岡田有希子さんのことを
その性格を知ったうえで本当は大変心配していたんですね・・・


詳しくは、「I Believe In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp
(岡田有希子さんの生涯や内面をBOOKのコーナーで知ることができますよ)


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母親が娘(岡田有希子さん)の姿を見送ったあの2日前の出来事・・・

2015年03月15日 | 
もうすぐ4月・・・気候も時折暖かい日がありますね・・・
岡田有希子さんのあの日が近づいてきました。あの1986年4月8日から今年で29年・・・
そこで、避けてはいましたが少しあの日の2日前のことを文献から触れたいと思います。

岡田有希子さんは4月6日に名古屋で里帰りコンサートを開いています
それも実家から歩いていける距離にある会場でした。

その日の夜に久しぶりに実家へ寄ったそうです。
岡田有希子さんは名古屋で仕事があっても必ずしも実家によらなかったそうです。
きっと、帰ると家族に甘えてしまう自分がいたから本心では帰りたい気持ちがあってもそうしなかったそうです

実家に帰り、最近の写真ということで姉の成人式の写真などを見ていたそうですが
ある1枚の写真を見た時、妙に黙りこんでいたと母親が語っています。
それは父母姉の三人で写っている写真だったという。

そして、帰り際にこんな一言をつぶやいたと言っています。
「お父さんかお母さん、どちらかひとりでも東京に来たほうがいいみたい。そのほうがお金がもらえるみたいだよ。ま、私は好きにやってるからいいんだけど……」
母親の手記によると「いままで決してそんなことをいう娘ではなかった」というように
岡田有希子さんは人に弱みを見せずつらいことがあっても自分1人で背負ってしまう性格だったそうです
母親は後になって妙にその言葉が気になったということです。

これが岡田有希子さんが家族に漏らした最後の弱音でもあったようで、それがメッセージのようでもあり母親は悔やんだそうです
現在、岡田有希子さんのファンだった人は子供を持っている方も多く気持ちは痛いほどわかるのではないでしょうか・・・

そして、名古屋駅発午後8時53分の新幹線で彼女は東京へ向かい、母親が見た岡田有希子こと娘「佳代」の最後の姿だったそうです・・・・・

詳しくは、「I Believe In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp
(岡田有希子さんの生涯や内面をBOOKのコーナーで知ることができますよ)
 
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岡田有希子さんの生涯を取り上げた本(賞レース)

2014年12月24日 | 
今年もそろそろ終わりです。
年末と言えば当時は歌の賞レースというものが盛んでした
日本歌謡大賞や日本レコード大賞などです。

岡田有希子さんも新人賞を多く受賞していましたし本人もそれを欲していたようです。
しかし、あまりそれを表に出せない自分がいたようです

「中学校のころ、芸能界に入りたくて、あっちこっちのオーディションに応募の葉書を書いた。
 クラスメートの中にも応募する者はたくさんいたが、みな大半は面白半分で葉書を送っていた。
 しかし、彼女だけは本気だった。彼女は本気で応募していることを知られるのを恐れた。
 内心は胸がつまるほど真剣に思いつめていたのである
 賞獲りレースの場合もまったく同じだった。心の中では猛烈にそれを欲していた。
 だが、それを知られることが恥しくって、人前ではよけい引っ込み思案になってしまった」

そして、レコード大賞の最優秀新人賞を獲得し喜びにあふれていたのですが
その後の家族との会話では争った同期の歌手にお詫びする気持ちを口にしていたそうです。
「Kさんに申し訳ない。Oちゃんにわるい……と泣き叫んでしまった

岡田有希子さんは元々自分を犠牲にしても他人を優先するような人ですから
ふと終わった賞レースにわれに返り本来の自分に戻っての言葉なんでしょう。

やっぱり、本当は大変思いやりのあふれる人なんですね・・・

詳しくは、「I Believe In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp
(岡田有希子さんの生涯や内面をBOOKのコーナーで知ることができますよ

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岡田有希子さんの生涯を取り上げた本(子供の頃)

2014年11月09日 | 
岡田有希子さんの子供の頃はどんな少女だったんでしょうか?

そこで、岡田有希子さんの生涯を取り上げた本からお話します

「母親にしかられた佳代(岡田有希子さんの本名)は、降りしきる雨の戸外に飛びだし、
 そのまま泣きつづけるといういじっぱりな面も見せた。」
「幼稚園の幼少組の頃、女の子でひとりだけ、鉄棒の逆上がりができる子がいた。
 佳代は燃えた。幼稚園から戻るとその下にゴザを敷き、
 午後2時から夕暮れまで練習してついに逆上がりをマスターしてしまった

ということから、「負けず嫌い」ということもできますが
「これと決めると最後までやり通す」というような「意志の強い人間」になる可能性が
幼少の頃から垣間見えるといえるかもしれません

それは、小学生になると成績や生活にも現れます。

当時の担任の竹内先生が語っています。
「どの科目を4にしようかと悩んだくらいである。オール5なのである。
 勉強ばかりか掃除の時間などでも手を抜くということがない生徒だった。」

勉強なども「やるぞ」と思うと全力を尽くして達成しようとしたのでしょう。
ただ、苦手なことも中にはあるようでしたから、
ひたむきな努力家といえるのではないでしょうか


詳しくは、「I Believe In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp
(岡田有希子さんの生涯や内面をBOOKのコーナーで知ることができますよ



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岡田有希子さんの誕生日&ホームページの紹介

2014年08月22日 | ユッコ
8月22日は岡田有希子さんの誕生日です。本当なら47歳です・・・・・
岡田有希子さんの内面は控えめで努力家で人のために生きるような人なのできっと素敵な女性になっていたでしょう。

誕生日にちなんで、最初にブログ掲載した内容を再掲させていただきます

「岡田有希子さん(ユッコ)を紹介するホームページをお知らせします

 ・BOOKのコーナー(本当の内面を取り上げた本です)
 ・ラジオのコーナー (長く担当していたラジオ「ちょっとおあづけ」です)
 ・動画のコーナー  (生い立ちも取り上げた番組「栄光のスター最後のメッセージ」)
 ・名古屋のコーナー (生まれ育った名古屋の地)
 ・東京のコーナー  (岡田有希子さんのかかわりのある東京の地)
 ・雑誌のコーナー  (ディスコグラフィー的雑誌)
 ・リンクコーナー  (ホームページのリンク)
 ・掲示板コーナー  (岡田有希子さんへ思いを語ってください)
 ・ユッコよ安らかに (岡田有希子さんに会える成満寺をご紹介)

なつかしいあの時を思い出し一度ご覧くださいね http://yukko.digi2.jp」
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「ほんとに私も異性と話すのが苦手・・・」と岡田有希子さんが話をしています(ラジオΑ

2014年07月21日 | ラジオ
みなさん、中学高校時代の時をちょっと思い出してください

クラスで普通に異性に話をしている人達とそういえばなかなか話をしてない人達がいたような気がします。
みなさん同性とは普通に話をしていますし学校生活では特にどちらでもいいようなことなのですが・・・  

さて、岡田有希子さんは自分で異性と話があまりできない人だと語っていました(1984.11.5)
これは、おたよりのコーナーで異性と話ができない人から
卒業が近づきもっと異性と話をしておきたいという相談に応えてのことでした。

「私もそうなんですよね(異性と話ができない)・・・・
 最近はね(芸能界に入り)、でもおしゃべりしなきゃいけないかなっていうことで
 まあわりと前よりはしゃべれるようになったんですけども・・・
 やっぱりね・・・何ていうのかな・・・・おとなしい人とね・・・向こうから話かけてくれないと
 やっぱり1対1だとしゃべれないですね・・
 ほんとに私も(異性と話すのが)苦手だからね・・・
 こういう気持ちってわかるんですよね・・・・・」

岡田有希子さん自身が異性と話すのが苦手なので
あまりいいアドバイスができていない自分にも気づき苦笑いもしています。
「普通に気楽にしゃべったら・・・気楽にしゃべれないということですけど・・・(苦笑)?!?!」

でも、異性と話をあまりできない岡田有希子さんですが内面はとても素敵な方なんですよ

詳しくは、「I Believe In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp
(岡田有希子さんの生の声や性格をラジオのコーナーで知ることができますよ)


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岡田有希子さんが自分の恋愛観を話していますよ(ラジオァ

2014年04月30日 | ラジオ
「ちょっとおあずけ」は岡田有希子さんが1984年10月から1985年10月までの1年間パーソナリティを務めていたラジオ番組です。

このラジオでは時々ゲストが来てトークします。
サンミュージックに所属していた岡田有希子さんは事務所の先輩太川陽介さんと恋愛トークをしました。

ユッコ「お姉さんより私が先に結婚したいです!なんて・・
太川さん「いつ頃結婚したいの
ユッコ「私は22歳ぐらいで結婚したいです・・

太川さん「どんな恋をしたい?」
ユッコ「そうですねー、ん・・あの・・・
    結婚するのはすごい普通の人と結婚したいんですけど、
    一度だけ、なんか・・すごい思い出になるような恋っていうか・・・
太川さん「燃えるような?」
ユッコ「うん・・・一度だけしてみたいですね・・・

太川さん「今はもう彼氏は絶対つくらないで
ユッコ「ハイ、え!あ・・いないんですよ〜、つくりたいなすごく〜
    ほしいんですけど・・いないんですけど・・」
太川さん「いいじゃない・今は・・」
ユッコ「でもやっぱり憧れはすごくありますね。友達とかでもそういうふうに・・・
    こう・・彼がいることか見ると羨ましいなっ・・・

岡田有希子さんは恋愛経験があまりなく初恋というものをしたことがない状態で芸能界に入ったらしいです。
ですから、恋愛というものにとても憧れていたようですね・・・}

詳しくは、「I Believe In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp
(岡田有希子さんの生の声や性格をラジオのコーナーで知ることができますよ)
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岡田有希子さんと長山洋子さん(同級生)との友達トークで大盛り上がり       (ラジオぁ

2014年03月01日 | ラジオ
岡田有希子さんがパーソナリティをしていたラジオに同級生の長山洋子さんとの友達トークがあります。
長山洋子さんと言えば今は和服が似合う演歌歌手として有名ですが
元々は岡田有希子さんと同期のアイドルです

堀越高校の2年B組で隣同士だったそうです。
岡田有希子さんが1年の2学期に名古屋から転校してきた時、
人見知りをする岡田有希子さんが皆の前でもう聞こえないくらい小さな声で
「佐藤佳代(岡田有希子さんの本名)です・・・よろしくお願いします・・・」
と言って覚えられないくらいだったと長山洋子さんが語っていました。

友達トークとなり岡田有希子さんも名古屋弁が出て「1日中、学校行っとったよね〜」と語っています。

そして、まだデビューする前の高校1年の時に原宿に行ったことを話し始めました
ユッコ「あ!あたしがさーまだ転校してきてさー10月ぐらいにー初めてさー」
ようこ「そうそう!原宿行ったんだよねー」・・・・・・・

ユッコ「あ!あれがあるんだよねオカマがいて〜(笑)洋子気持ちが悪い気持ち悪いって言って、見なきゃいいのにチラチラ見てさー(笑)」
ようこ「だって、すごい気持ち悪かったじゃーん(笑)カツラか髪の毛を必死になって何か手でこうどかしてたじゃーん!」
ユッコ「目があったとか言ってなかったー」
ようこ「そうそうそう、何十回と目と目があってさーなんか追いかけられて来そうで怖かったも〜ん!」

最後に「来年も一所懸命がんばっていい年にしようねー」とまとめていました。

岡田有希子さんと長山洋子さんとで女子高校生の友達トークで大盛り上がりでした


詳しくは、「I Believe In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp
(岡田有希子さんの生の声や性格をラジオのコーナーで知ることができますよ)










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岡田有希子さんはラジオのパーソナリティがとても合っていますね(ラジオ)

2014年02月04日 | ラジオ
岡田有希子さんはかわいくて控えさのある女の子でした。
でもラジオでは明るく楽しい雰囲気で時には声優のようでした

おたより募集をちり紙交換風に
「ごちょう〜ないの皆さま〜岡田有希子のーちょっと-おあずけでーございます〜
大阪に行くので
「頑張って!たこ焼きを、食べてきまーーす
東京ディズニーランドに行ったことを自慢して
「ふ・ふ・ふ・!有希子ちゃんもちゃんと行ったことるあるんだぜ!へ
自分の鼻がつぶれていると言われたはがきで
「うるべェ〜バ・バカヤロォ〜〜!ちょっと何か言ってやって
愛車が廃車になったハガキで
「くやしぃーよ〜〜!」
冬は自分のラジオを聞いて温まってと言ったあと
「ナーンチャッテ!自分で言っちゃったりなんかしてー
ハガキのペンネームを読むとき
「ペンネーム、わかんねぇーーー

などなど・・・
岡田有希子さんはテレビでの雰囲気とラジオでの雰囲気は違いましたね。
ラジオの方が人が見えない分、ラフな気持ちで楽しく自分を出していました。
そう考えると・・
岡田有希子さんはラジオのパーソナリティに大変合っているとも言えるのではないでしょうか・・・


追伸:岡田有希子さんの生の声や性格をラジオのコーナーで知ることができますよ
「I Beliebv In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp

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岡田有希子さんのラジオで自分の性格を語る(ラジオ◆

2014年01月26日 | ラジオ
「ちょっとおあずけ」は岡田有希子さんが1984年10月から1985年10月までの1年間パーソナリティを務めていたラジオ番組です

岡田有希子さんはラジオではかわいく明るい女の子でした
ただ、1回だけ自分の性格を悔やんでいるようなトークがありました(1985年3月11日)

同じ誕生日で同じ血液型の方からのハガキで私も同じようなところがあるという内容でした。
「私も変に人のことを考えちゃうんですよね
 なんかやろうとか思っても逆にうっとしいとか思われるんじゃないかとかね・・・ 
 う〜ん、ありがとうと言ってるけどほんとは迷惑なんかじゃないだろうかとか・・・
 優しくしてくれるけど・・・ほんとはなんか思ってるんじゃないだろうかとかね・・・
 すごいなんか気にしなくていいようなことを考えて行動をおこせないってよくありますね・・・

・・・・と、自分の性格を「損な性格」と語っています

しかし、そう言いながらも自分がこうしてオーディションを受けて芸能界に入って行動を起こせてる自分を語り
おたよりをくれた人を勇気づけていました
さすが、最後はファンを元気づける方向に持っていくのですね

岡田有希子さんの先ほど自分が語っていた性格が人を思いやり人の犠牲になり
人にやさしくなれる要素を備えているということができると思います

当時、明るく元気さが全面に出ていたアイドルが多い中
そんな岡田有希子さんに惹かれていたファンは多かったですね・・・


追伸:岡田有希子さんの生の声や性格をラジオのコーナーで知ることができますよ
「I Beliebv In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp

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特番「栄光のスター最期のメッセージ」より岡田有希子さんの特集

2013年12月22日 | 動画
「栄光のスター最期のメッセージ」という特番での岡田有希子さんの話その4(エピローグ編)です。

岡田有希子さんは絵が大変うまく小学校の時に本格的に美術の先生に習いに行っていたほどです
お姉さんが言っています。
「朝日新聞の写生大会があって、私もつきあって熱田神宮に写生をしに行ったんですが
 あまりにもうまいんでみんなが佳代(岡田有希子の本名)の周りに集まってきちゃって、
 びっくりした思い出があります

岡田有希子さんの墓標に刻まれている詩があります。
「もしもゆっくり休みがとれたら・・・油絵を描きたい
 ファーストビデオで行ったスイスの山々を真っ白なキャンパスに描きたい
 幼いころ、どうしても画家になりたかった私
 今、素顔の私に戻ってキャンパスに色をほどこして行く時
 いいようのない安らぎを覚えるのです・・・・・」

そして、芸能界に入って書いていた日記は2年目の途中で終わっていたそうです
ちょうどコンサートがあった日の気持ちを書いていました

「・・・今日はうれしかった・・・一生忘れないだろう・・・・・」

これが18歳岡田有希子さんの最後の日記の言葉でした・・・・・


*詳しくは「I Beliebv In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp
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特番「栄光のスター最期のメッセージ」より岡田有希子さんの特集

2013年12月12日 | 動画
「栄光のスター最期のメッセージ」という特番での岡田有希子さんの話その3です。

岡田有希子さんが所属していたサンミュージックの相沢社長(当時)のインタビューがあります
相沢社長はその人だけに力を入れているという誤解を受けないため社長室に所属の芸能人の写真をかざりません。
しかし、あの後岡田有希子さんだけは例外で大きな写真を飾っています
また、手帳にも岡田有希子さんの写真だけはずっと入れていたそうです。

「清潔感がすごくあふれていましたね。本当にすばらしい知性を持った子だと・・・
ほんとにおつきあいというか会えば会うほど・・・一緒に話せば話すほど・・・
こう・・・深みがあって引きつけられていくような・・子だったですね・・・
と相沢社長は答えていました。

岡田有希子さんが新人キャンペーンの時にも似たような話を聞いたことがあります。
当時はアイドル全盛期、かわいい人は当たり前の時代。
キャンペーンでは歌と当時に人前で話もすることにもなります。
それを見て聞いているうちにお客さんの反応が変わっていったそうです
岡田有希子さんは性格が大変良く控えめながら一所懸命で・・・・そんな姿から内面の良さを感じとったのかもしれません
結婚していたらきっと旦那さんを陰で支える素敵な女性になっていたでしょうね・・・・

*詳しくは「I Beliebv In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp



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特番「栄光のスター最期のメッセージ」より岡田有希子さんの特集

2013年12月03日 | 動画
「栄光のスター最期のメッセージ」という特番での岡田有希子さんの話その2です。
当時の事務所の福田専務が新人キャンペーンの話もしています。

レコード会社への挨拶まわりで最初は何月何日にどんな曲でデビューする
ということを一生懸命言っていたそうです
しかし、福田専務は
「ユッコちゃんね、キャニオン(レコード会社)の人はそんなことは全部わかっているの。向こうは・・・
それよりはあなたの自分はこういう女の子ですとか、自分はこういう気持ちでいますとか、そういう話の方が・・・向こうもね、わかってくれるから・・・」と注意をしたそうです
福田専務は多くの新人を育成しているのでその経験からのアドバイスをしたのでしょう。

すると、次のあいさつからすべてを変えたそうです
「・・・奥様のいらっしゃる方は奥様に対する愛情の半分だけでも、恋人のいらっしゃる方は3分の1でも、愛情を有希子にください」とあいさつしたそうです

この挨拶は大変評判が良かったそうである宣伝の人は
「僕は女房も恋人もいないから100%あなたにあげます」と言われたそうです。
福田専務はこれを見てとても頭のいい子だなーと感心したそうです
岡田有希子さんも本当は一生懸命考えた末の言葉だと思います。

岡田有希子さんは色々なスタッフからも好感を持たれていたようですね・・・

*詳しくは「I Beliebv In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp


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特番「栄光のスター最期のメッセージ」より岡田有希子さんの特集

2013年11月24日 | 動画
テレビで岡田有希子さんが取り上げられることは大変少ないです。
しかし、正面から取り上げていただいた番組もあります
これは「栄光のスター最期のメッセージ」という特番で夏目雅子さんなど亡くなられた方を特集しました。

その中で岡田有希子さんは「よみがえる天使の笑顔」というタイトルで
生い立ちから芸能生活、またその後のことまでまとめられていました

この中で岡田有希子さんが所属していたサンミュージックの当時の福田時雄専務の話があります。
福田時雄専務は岡田有希子さんを「スター誕生」というオーデション番組でスカウトした方です
「スター誕生」の舞台に出てきた岡田有希子さんをそのかわいらしさと歌のうまさに惚れ込んだそうです。

「ユッコちゃんが出てきただけでもう胸がワクワクした
 早く歌わないかと・・そんな感じだった・・・かわいくて・・・
 それで歌い出したらね・・・声がとってもいい声だったんで・・・
 もう他の子どうでもいいぐらい・・
 もう佐藤佳代(岡田有希子の本名)っていう名前が頭にこびりついて帰ってきたのを覚えているんですけどね・・

岡田有希子さんは芸能のプロの方から見ても
デビュー前からそのかわいらしさと歌のうまさは天下一品だったようですね・・・・・

*詳しくは「I Beliebv In Yukiko」のホームページ http://yukko.digi2.jp
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