台北に来ると寄るおみやげ屋があった。
人懐こい日本語ペラペラのおばちゃんがやっていた。
最初は2012年11月。雨でやることがなく、ホテルの部屋の雑誌に広告があったので行ってみた。
次は2015年2月。
「私のこと覚えていますか?」と北京語で尋ねたら、覚えていてくれた。
今回も行くつもりで、店の名前をネットで検索したら、「2016年2月廃棄」とあった。
そうなるといてもたってもいられず、昨夜夕飯後に歩いて行ってみた。
そこは日本料理の居酒屋になっていた。
外でくつろいでいる隣のマッサージ屋さんに聞いた。
「ここのおみやげ屋さんは?」
「おみやげ買いたいの?」
「いや、ここのおばちゃん知っているから…」
「もう止めた」
「いつ?」
「ずっと前」
「病気だったのですか?」
「いや、田舎に帰るって」
考えてみたら、母よりも年上だから、いつご隠居されても不思議ではなかった。
しかし、会えると思って来た人に会えないのは何とも悲しい。
もう一度会いたかったな…
今はこの台湾の空の下でお元気でいることを願う。
人懐こい日本語ペラペラのおばちゃんがやっていた。
最初は2012年11月。雨でやることがなく、ホテルの部屋の雑誌に広告があったので行ってみた。
次は2015年2月。
「私のこと覚えていますか?」と北京語で尋ねたら、覚えていてくれた。
今回も行くつもりで、店の名前をネットで検索したら、「2016年2月廃棄」とあった。
そうなるといてもたってもいられず、昨夜夕飯後に歩いて行ってみた。
そこは日本料理の居酒屋になっていた。
外でくつろいでいる隣のマッサージ屋さんに聞いた。
「ここのおみやげ屋さんは?」
「おみやげ買いたいの?」
「いや、ここのおばちゃん知っているから…」
「もう止めた」
「いつ?」
「ずっと前」
「病気だったのですか?」
「いや、田舎に帰るって」
考えてみたら、母よりも年上だから、いつご隠居されても不思議ではなかった。
しかし、会えると思って来た人に会えないのは何とも悲しい。
もう一度会いたかったな…
今はこの台湾の空の下でお元気でいることを願う。