幸隆の国から

いい湯、歴史の跡、豊かな自然、
幸隆を中興の祖とする真田一族の地「信州上田」、
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青函連絡船「八甲田丸」見学ノート

2017-04-29 | 日記
八甲田丸は1964年に就航している。
古い記憶をたどれば、学生の時、函館出身の友人に誘われ北海道に旅をした。
その時乗ったのが、就航からそれほど経ってはいない「八甲田丸」だとの記憶が残っている。

「青函連絡船メモリアルシップ 八甲田丸」として、そのままの姿で係留され公開されている。

まずは操舵室へ。
長さ132m、幅17.9mの巨体をここでかじ取りをする。
舵は思いのほか小さく、車のハンドルより少し大きいだけだった。
スイッチや計器類がたくさん並んでいる。


エレベータで機関室に降りると、1600馬力の見たことのない大きさのエンジンが8基。
4基一組となってそれぞれ左右のプロペラを廻し、推進力となるのだそうだ。
このエンジンがすべて稼働したら、機関室はかなりのエンジン音と熱気が充満することだろう。


汽船には必ず煙突があり、そこから煙を吐く姿を思い浮かべる。
エンジンの排ガスが、太いパイプを通って煙突に抜けていくようになっている。
こどもの日も近く、こいのぼりが泳いでいた。


煙突の内部に入ってみると、広いスペースの中はこんな形になっていた。
ここから階段で上に出ると、視界360度の展望が開ける。


なお、八甲田丸には1200人以上の旅客の他に、48両もの車両を積めたという。
青函を結ぶ人や物資の移動に、無くてはならないものだったことがよく解る。
私に解らないのは、「地上のレールと、海上の揺れる船のレールをどのように接続したか?」ということ。
船内には、異なるタイプの車両が2両展示されている。
この車両を見ただけでも、船に積むことができる重量はすごいということを改めて知ることになった。

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