82 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 うんうん (Fam) 2009-08-31 09:15:10 そうですね全てを知って初めて答えに辿りつく段階があるのは間違いないのですよねイリス様がこうやって書かれることは無駄ではありませんしね。神は黙して語らず御釈迦様が相談してくる相手ごとに発する言葉を変えていたのもそういう理由ですよね。相手が受け入れられない事を諭しても意味が無いのです。今、この時に必要な事を伝えてあげることが重要なんですね。ですので教義などの経典を残すなとおっしゃるわけです。受け取り方により変わってしまうから。私は仏教って答えの無いなぞなぞ本だと観じています。これこれ、こういう時に、こういう話をしました。それを観てあなたはどう思いますか?と、いうのが仏教の真髄なのではないかな?と、思います。ま、私も仏教をきちんと勉強したわけではありませんが、そうだと確信しています。 返信する ドラマの中での役柄 (ものぐさ) 2009-08-31 12:31:54 大丈夫ですよ。イリスさんの意図するドラマの意味は私にはちゃんと伝わってますから(笑)私の人生のドラマの役は前もって決まっていて変更はできません。一生悲劇の役を演じてください生まれる前からの約束です。と捉えたらこれほど理不尽で納得いかないことはないかも知れません。けれど、自由に生きていいのですよ。どんな役を演じて生きていくのも自由です。与えられた環境や状況の中で幸せな役でも不幸な役でも好きな役を好きなだけ演じていいですよと・・・。あなたの人生のドラマでは、あなたが主人公です。あなたはどんな成長をしていきますか?でもあなたの人生で出てくる脇役の方も全てあなたが演じています。自分ではそんな意識は持てないでしょうけどでもあなたが一人何役も演じています。だから誰かを傷つければ自分を傷つけることになり誰かを愛せば自分が愛されることになる。自分のドラマの中で自分に関わる脇役の方をよく見てください。あなたの知らないあなたを鏡のように映し出し憎まれ役もかって出てくれます。優しさや思いやりであなたは「愛」だと教えてくれます。きっとあなたにも同じ部分があるはずです。決して認めることも許すこともできない方でも出来事でもあなたも役が変われば同じ事をする可能性があります。同じでありながら、どうして私のほうがマシだと言い切れるのですか?どうして私が正しいと言い切れるのですか?人を殺めることもだますことも裏切ることも傷つけることも批判することも私はしない!!そう言うほうがよほどの奇麗事だと思ってしまいます。光にも闇にも傾く可能性がある自分を知っていくからこそ自分のあり方に意識していくことが大事なのですよ。と言う私の人生のドラマを私は演じています。ちなみに息子のドラマの中では私は「鬼母」の役のようです(汗)演じているつもりで、無意識でいると鬼になりきってしまっていますけど(T-T) 返信する きゃ~!! (ものぐさ) 2009-08-31 12:45:03 自分のコメント離れてみたら、長くなりすぎです。イリスさんごめんなさい(汗)あくまで私の場合ですので、皆様流してくださいませ~(汗) 返信する 思ったこと (neko) 2009-08-31 13:16:09 あきのさんの言いたいこともわからんでもないが(というか、私自身もさわらさんの伝えることがまだまだしっくりこない方ですが)、さわらさんの仰るように、「ドラマ」とか「演じる」という意味について、完全に解釈が間違っているように思います。「演じる」といっても、何も演じていることを意識して、「本当の自分とは違う人柄の役を演じている」ということではないですよね?だから、母親の我が子に対する愛情は、「本当は愛情などないのに、愛情があるかのように演じている」わけではないと思いますよ。 返信する 『丁度よい』 (旅がらす) 2009-08-31 14:12:30 たぶん、誰にだって人に云えない苦しみや哀しみは あるものですよねそれぞれに その人なりのいまを『体験』してるだけだと思ってますもちろん、自分を取り巻く世界や因縁の影響も受けもし、いろんな事象からメッセージを受けつつ、その時その時の判断、選択、他に委ねることで・・思いもよらない変化は起こっていきますけど体験してる 体験しにきてる昨日、動物園のおサルさん親子に学んだこと・・『愛すること』『信頼』生きてりゃいろいろあるけど・・自分には良寛和尚の『丁度よい』のことばがしっくりくるんだけれどおまえにはそれが丁度よい・・ 返信する ありがとうございました! (まかろん) 2009-08-31 14:16:45 お早うございます。土日とパソコンから遠ざかっていたため、イリスさん始め、多くの方のコメントを頂いていたことに気付きませんでした。お礼を申し上げるのが遅くなり、申し訳ありませんでした。「本当は何一つ傷ついていない」というのは、以前イリスさんがおっしゃってた、ゲームの中の話、と思えばそうかもしれません。正直なところ今は、本当に渦中だった日々は10年以上昔で、後はその後遺症にずっと悩まされてきた、という、今地獄をみている人から見ればユルい状況だからイリスさんの言葉を受け入れても良いかも、なんて思っているだけかもしれません。そう信じたがっているだけでしょ、と言われたら、にわか信者には返す言葉もありません。なので、大変恥ずかしい感想なのですが、それでもやっぱりイリスさんの言葉は分かるような気がしました。「本当は傷ついていない」というのはまだ実感として分からないのですが、あの体験があったからいろいろなことを考えることができた、と思うんです。(残念ながら、ずっとずっと考えてはきたのですが、まだご覧の通り、ウロウロしております)そして、それをやった父はそれがどんな衝撃を子供に与えたか分からないでしょうが、私は分かります。また、自分の子供を持った時どうすれば良いか、さっぱり分かりませんが、アレはダメだ、ということは分かります。ものぐささんがおっしゃってた、「負の連鎖を断ち切る」ことができるかもしれません。舞姫さんがおっしゃってましたが、「親も自分のドラマを必死に生きてきただけ」。全くそうだと思います。最近、少しずつ父への感情を切り離してみるようにしていたところ、父もそのまた母親へ遺恨があったようで、そういった話をする父を見て、「この人も一人の人間だったんだなぁ」と思う時があります。きっとそういった負のエネルギーの行き場を子供に求めるしかなかったのかもしれない、と少し思います。こはきゅさんのおっしゃる通り、「~であるべきなのにっ!」と父に期待していた自分がいます。そうして「私は可哀想なのよ、なんとかしてっ」とやっていたように思います・・・。イリスさんの記事を読んで思ったのですが、別に父のやったことを「許す」、つまり悪いことに目をつぶれ、ということはしないで良いのかな、と。彼は間違ったことをした(いや、この判断もいけないのかもしれませんが)、その通り、そこは認めて良い、でも、彼にも事情があった、私も過大な期待をかけ、また可哀想な自分に酔っていた、だから悪いことを悪い、と認める以上の責めはもう止めよう、っていうか・・・。真摯に感想を書こうとすればする程、ほころびが大きくなってしまいます・・・。長文・悪文ですみません。イリスさん、Famさん、ものぐささん、舞姫さん、みぃさん、ポケチューさん、その他、お時間を取って頂いた皆様に心から感謝を致します。匿名希望さんの「なんで自分の母親を殺さないでこれたのかわかりません」という言葉には胸を突かれました。またあきのさんがそれだけ深く追求されるのは、やはりそれだけ深い痛みがあるからだと思います(30日の質疑応答はこれからじっくり拝見いたします。すごく勉強になる内容と見受けました)。イリスさんより更に言葉足らずで申し訳ないのですが、イリスさんとコメントを下さった皆様、またいろいろ派生して意見を寄せられた皆様、本当にありがとうございました。 返信する 連投 (^_^;)ゞ (旅がらす) 2009-08-31 14:29:11 いろんな紛争や事故、病気で命をおとしてゆく人もいる神もそれを承諾してる自分でさえ多くの動植物の命の犠牲の上に生きている互いに生きて、生かされている 返信する 時間はないけど (かるら) 2009-08-31 15:24:53 10年前、おそらくさわらさんの言ってることは理解できなかった。スピ知らずで必死に生きていた。今、水が染み入るほどさわらさんの言ってることが理解できる自分がいる。では今、どちらを選びますか?さわらさん言ってることを選びます。自分の中の「揺るがないもの」と同じだから。 返信する 目指すものは同じ (Leaf) 2009-08-31 16:10:52 こんにちは。それぞれのアプローチの仕方が違うだけで、イリス(さわら)さんもあきのさんも、自分もどんな人も目指すところは一緒なのかもしれないな、と感じました。心(感情)や身体は傷ついても、その奥にあるもっとも神聖なもの(魂?)、その人の存在そのものは傷ついていない、穢されていない。そう解釈してもいいのかな?「夢」や「ゲーム」「ドラマ」という言葉を使うと、どうしても現実逃避をして虚構の世界に逃げているようなイメージが浮かんでしまうけど、イリスさんのおっしゃっていることは、厳しい現実世界を生き抜いていくための”軸”をしっかりと持つということ、苦しみや悲しみと正面から向き合うために必要な生き方の姿勢、そういうことのような気がしています。 返信する 初めまして。 (篠崎由羅) 2009-08-31 17:40:46 記事、拝見させて頂きました。イリスさんのように、すべてを「達観された」方であれば、是非、このことを一度ご一考頂けたらと存じます。◆地獄の中で、愛を唱える勇気があるか?1994年に起こった「ルワンダ紛争」のことは、ご存知と思いますが、その実話を元にして作られた映画「ルワンダ・ホテル」「ルワンダの涙」という作品のことは、ご存知でしょうか?もしよろしければ、一度ご覧になってください。そして、ご自身で是非、問いかけなさってみて下さい。(勿論、イリスさんが「これ以上枠を広げられない」という状態であれば、無理強いは致しません。)◆自分が紛争時フツ族だったら、虐殺されるツチ族を目の前にして助けに行けただろうか?◆自分がツチ族で、家族が目の前で殺されていく中でも、すべてを赦せるだろうか?◆自分がフツ族で、ナタを手に渡され「ツチ族を殺せ」と言われた時、それを拒めるだろうか?◆自分が国連職員だったら、残されるツチ族達と運命を共に出来たか?この時、ご自身の姿勢をどれだけ維持出来るか――是非、ご一考なさってください。愛とは、「地獄の中」でこそ本当の光を放つものだと――私はそう思います。その証明を、映画「ルワンダの涙」の中で、クリストファー神父が証明してくれています。所詮私達は、先進諸国で、豊かな国と飽食の中で生きる存在です。日本は、管理された「熱帯魚の水槽」のようなものです。(でも近々、この境界が解かれる危険性を、私は感じています。)自分達の苦悩を卒業した後は、地球上に生きる兄弟達の苦悩を取り払う番ではないでしょうか?勿論、そこまで強くなれる人間は――そうそういません。(それだけの強さがないから、私達はこうした「甘い国」に転生してきたのだと、私はそう痛感しています。)私は今、日本のカルマの深さを体感している最中です。>旅がらす様初めまして。横レス、失礼致します。紛争や飢餓を、神は決して承諾されていない――私はそう確信しています。それは、資本主義国家の揺らぎが証明しています。もし神が紛争や飢餓を承諾し、理不尽な支配の元で苦しんでいる人々を承諾しているのであれば、金融不安が果たして起きたでしょうか?原因不明のウィルスが流行るようなことが、あったでしょうか?日本が、先進諸国であるにも関わらず自殺大国と言われるような現状が起こるでしょうか?時代は、究極な局面を迎えています。世界の現状を知ることが、先進諸国で甘い蜜を吸ってきた私達にとって、優先すべき事柄なのではないでしょうか?※ご自身の問題をまずは優先的に考えたい、という方は世界の問題に目を向けなくて結構です。何故なら、それほどまでに「闇が深い」からです(私は事実、そうしたアフリカに関するNGOの知人、国際機関の友人・知人が大勢いる為、現状を見聞きしているから知っているというだけの話ですので)。ただ、「日本の現状が、世界の現状だ」とだけは、絶対に思わないでください。そして、日本で言う「愛」が、世界で通用するとは思わないで頂きたいのです。世界の闇は――もっと「深い」のです。 返信する 篠崎さま (イリス) 2009-08-31 18:01:40 初めまして。コメントありがとうございます。おっしゃること、おっしゃる意味、とてもよく解ります。その映画を見たことはありませんが、もし自分がその場所にいたなら、自分の命優先に考えていたと思います。そして相手を憎んでいたと思います。ですが、私がここで申し上げていることは、「その現実を変えるため」のものなんです。闇は深い。それはよく分かります。ではなぜ深いのか?そこを考えてほしいのです。現実は…この世に起こる「現象」は私たちの「意識」の映し鏡です。どんなに鏡相手に奮闘しても、決して変えることはできないんです。力によって変えようとするものは、それよりもさらに強大な力によって変えられることとなります。争いは争いを呼び、憎しみは憎しみを呼ぶ。それは歴史を見ていれば、いやと言うほど分かっていると思います。今までのやり方では、ダメだ、と言うことが…ですので、私たち「一人一人の意識」を変えることが必要なんです。現実を受け入れた上で。今なぜこの「豊かな」日本にいるのか。それは命の危険がなく、「精神」について考える余裕があるからです。そうして一人一人の意識が変わり、「集合意識」変えられたならば…(変える、と言うより「選択する」の方が適しているかと思いますが)世界は変わります。今世界中で飢えに苦しむ人達、弾圧に苦しむ人達、戦争に苦しむ人達の上にも、平和が訪れるんです。私はそれを伝えています。それは荒唐無稽のように思えるかもしれません。理想論だと思われるかもしれません。ですが、「今までのやり方」で平和を模索するよりは、全くもって現実的です。今は誰もが「恐れ」や「自分だけ」と言うエゴのせいで、武器を手放そうとしませんし、特殊な状況下であれば、人の命を奪っても何とも思わない状態なんです。そんな状態で、どうやって彼らを救うのでしょうか。平和が訪れるのでしょうか?闇は深い。だからこそ、光も強い。これは本当に、自分が「そうだ」と思わないことには納得できない、理解できない部類のものです。ですので、理解して欲しいとは思いません。けれども、私はこのやり方で一人一人の「内側」を平和にし、世界を平和にしたいと思っています。そして旅がらすさんがおっしゃるように、真実は、この悲惨な状況さえも「必要だから起こっていること」であり、神(宇宙、全てそして私たち自身)は承諾している、と言うことです。 返信する ばればれですが (uni) 2009-08-31 18:51:41 さわらさん、少し気になった箇所がございますので質問させてください>辛さや苦しさの裏側にある「真実」を…「苦しみ」と言う「形」を取ったその奥の「本質」に気付き、知ることなんです。ここでおっしゃられる「本質」とは何を指すのでしょうか?>そして自分で自分を苦しめている「思い込み」を手放し、全てを受け入れて自分を許せば解放されるんだ、と言うことを知って欲しいと思っています。これはどういう意味なのでしょう?ここでおっしゃられる「思い込み」とは何を指すのでしょう?「解放」とはどういう意味ですか? 返信する ばればれでした (イリス(さわら)) 2009-08-31 20:06:25 本質、とは「純粋な意識(神)」でもある「愛」です。解放、とは「こうしなきゃいけない」「こう生きなきゃいけない」と言うような「思い込み」や常識や「偽りのアイデンティティ」を手放した、真に自由な存在である「本来の自分」に戻ることです。 返信する Unknown (旅がらす) 2009-08-31 20:11:16 篠崎由羅様、はじめまして。ありがとうございます。『神が承諾している』には自分なりの理由があります。自分は二十歳の時から、骨腫瘍の再発を繰り返し5回の手術を行ってきました。その間に同じ病や難病で何人もの亡くなっていった方、子どもたちの姿をみました。いつも忘れません。そして、自分の身に起こってることですから現実を100%受け入れざるをえません。夢でもありません。なんでだろうと考えた時もあります。現在でも脚に痛みがでる度にいやがおうでも、そのことを考えてしまいます。でも自分には、『神はただだまってみている』にしか思えません。自分にすれば『神の承諾』であるし、それが救いでもあるんです。『神の無関心』ならたまったもんじゃありません。病気と闘っている他の人の姿をみても、それ以外の理由が自分にはみつからないのです。ただ、世界を創造した存在ならばきっとそれなりの理由があるはずだと思いたい。でも、宇宙創造の遥かな営みに比べれば、神にとっては、人類の創世史、ましてやその中の自分の存在など泡沫の泡みたいなものじゃないかと考えもします。 返信する Unknown (旅がらす) 2009-08-31 20:21:13 以前、アスファルトの上をアリンコがセッセとエサを運んでて、通りかかった車のタイヤに轢かれぺしゃんこになったのを見たんです。アリンコも神が創造したものならば、そこに答えがあるようにも思えて・・極論すれば、『神は承諾していない』のなら、どうして、たまたま乗り合わせた列車や飛行機事故に巻き込まれた方々がいたのでしょうか。人間のやることを『神はだまってみている』『神は無関心』『神は承諾している』唯一人間のできることは『神』に変わって救いの手をさしのべることでしょうか?今、自分の中では、ドラマ・ゲームではなく『体験』なんです。『世界の闇』と『愛』についてはもっと考えてみます。そして、自分にできることから実践します。まずは『家族を愛すること』 返信する Unknown (ur) 2009-08-31 20:51:01 はじめまして。今回はブログへのリンク等々、ありがとうございました。時間が限られておりましたので、少々簡単にではありますが、イリスさんのブログを拝見させていただきました。おそらく、イリスさんに同感される方がたの気持ちというのもわかる気がします。実際に、「霊我を通じて真我から得ることができた愛」を感じたからです。そして真我からの訴えだからこそ、これだけたくさんの方がイリスさんに共感し、癒されているのだと思います。(だから、わたしはイリスさんが「誰も癒せない」というのは、少々ひくつになってしまっているだけだと感じました。)そして、自分の感情について、とても正直に表現されておられると感じたので、イリスさんの考え方、感じ方に嘘偽りはないと思います。それが「個人に向けたもの」であれば、わたしもたどり着いた理論上、納得することができますが、上記のコメントを読ませていただいたところ、「すべての世界」と仰られておられるとのことで、すこし話が違ってくるのではないか、と。そこで、あくまでわたし個人の考えを述べさせていただこうと思います。意見をシェアさせていただく場を設けてくださって、ありがとうございます。(大変長くなったので分割させていただきます。スペースを大量に拝借してしまい、申し訳ありません。)> ですが、私がここで申し上げていることは、「その現実を変えるため」のものなんです。“ その現実 ” というのは、文面から察するに、先述したとおり、「世界すべての現実」のことを仰っておられるようですね。そして、その「世界すべての現実」が、「自分たちの意識」で起きている現象だ、と。なるほど、それについては少しずつ述べさせてさせていただこうと思いますが、わたしの答えはNGです。こちらから先にわたしなりの見解を述べさせていただこうと思います。> 現実は…この世に起こる「現象」は私たちの「意識」の映し鏡です。> どんなに鏡相手に奮闘しても、決して変えることはできないんです。わたしから見ると、この「現実」という概念に関しては、「自分たちそれぞれが、見てきた事象で組み立てられた現実」「自分たちが両手でまかなえる範囲の現実」「自分たちの手が届く範囲の現実」だと、わたしは感じます。なぜかというと、人間には「意識」と「無意識」があります。人それぞれ、『無意識に影響を受けているとは言えども』、実際に「これが自分の生み出した現実である」と捉えられる範囲は、あくまで左脳の働き、自我の働き、ひとびとが「意識したもの」だけで生じているからです。『無意識の影響というのは、意識しないかぎり、意図的に実感できるものではない』ということは、ご理解いただけるでしょうか。無意識の影響というのは、「意識して始めて影響力をもたらす」のです。たとえば今まで、お化粧する手順を適当に…無意識にやっていたとします。そこで、すごく綺麗なお化粧をする人に、「こうやったらいいよ!」というすばらしい手順を教えていただいた、と。『教えていただいた時点』で、またはその手順に『自分で気付いた時点』で、わたしたちは「それ(手順)」を “ 意識して扱えるようになる ” 、と思います。料理に例えてもいいでしょう。今までは適当に作っていたカレーのつくっていたとして、でも、そのカレーに満足できなかった。どうやったら美味しいカレーをつくれるのだろう?と考えているうちに、すばらしく美味しいカレーをつくる人に出会った。そしてその人が、美味しいカレーのつくり方を教えていた。覚えた、つくった、確かに美味しかった!というふうに、このブログに通っておられる方々も、(例えが安っぽいですが)イリスさんの仰られる考え方を、偶然(意識的・無意識的に)引き寄せ、共感し、例えのように受け取って、自分なりに人生をお化粧してみよう、料理してみよう、とされているはず。そしてそれがみなさんの「未来」、「現実」に繋がっていると思いますが、“ あくまでそれは「無意識的な変革」ではなく、「意識的な変革」である。 ”ということが言えると思います。いかがでしょうか?なにせ、 「 求めたからこそ出会い、出会ったからこそ『意識できた』 」 ことのです。そして、「変えることができた現実」というのは『自分のものだけ』であるということ。なので、自分が変わったことによって、自然と周囲のひとに、多少なり影響を与えているとしても、それはあくまでも「自分の手が届く範囲の現実」であると感じました。そしてそういった過程を通して、人々は成長していくものだと感じています。だから、確かに、そういった「個人的な現実」は、「わたしたち個人個人の意識の映し鏡」と言えると思います。それゆえに、「自分の意識を変えれば、自分の現実(の見方、感じ方)を変えることができる」ということが出来ると思います。そしてそれを、イリスさんはお伝えしておられるのだろうな、と。そういった経由から、イリスさんのご主張は、とても霊我(ハイヤーセルフ)に適っておられるものだと思います。“ 同じ意識・考えを持っている人びとでそれを分かち合うこと ” は、確かにできますので。しかし、そういった意識改革をすることで、『世界すべての現象』に変化(平和)を起こすことができるか?と言われれば…、わたしの至った結論では「否」、できません。「世界すべての現実」が、「自分たちの意識」で起きている現象では、ないからです。 返信する Unknown (ur) 2009-08-31 20:51:18 特に、>そうして一人一人の意識が変わり、「集合意識」変えられたならば…(変える、と言うより「選択する」の方が適しているかと思いますが)世界は変わります。>今世界中で飢えに苦しむ人達、弾圧に苦しむ人達、戦争に苦しむ人達の上にも、平和が訪れるんです。と考えておられるので、この考えを覆すような発言になりますが、集合意識というものが、どういったものかご説明できるでしょうか?意識というものは「波」、すなわち “ 特定の周波数を持ったエネルギー ” 、ですね。ひとつの意識とシンクロする意識を持つと、その周波数はより強いものとなっていきます。たとえばピアノのオクターブやハーモニー。同時に奏でることで、より深い音色と振動を聞き手に伝えることができます。集合意識というものを音楽に例えるのであれば、イリスさんは、その音楽をシンフォニックに奏でることによって、(つまり、オーケストラのように奏でることによって)すべての世界は平和になる、とお考えであると感じました。さて、ここで問題です。意識というものは波であり、周波数です、と申しました。それはもっと簡単に言えば「地震」のようなものである、とも言えますね。地震が起きれば、震源地に近いものほど影響を受ける。オーケストラも、奏でている地点では大音量で響きます。「オーケストラ(音楽)」「地震」このふたつの例えからご説明すると、集合意識の変革というものは、音楽や振動を「ある特定の地点から響かせること」です。『では、その音色や振動は、どの次元、どの世界、どの意識にまで響くのでしょうか?』飢えに苦しむ人たち、弾圧に苦しむ人たち、戦争に苦しむ人たちの世界や意識にまで、『現実的に』、響きますか……?さきほど、意識と無意識のご説明をしました。「豊かな国のわたしたちですら」、「願いに適う現実(考え方や物資)が届かなければ、意識の変革はできない」のです。飢えに苦しむ人たちには、まず、確実に、テレビもないでしょう。電話も、手紙も、ラジオすら、ほとんど無いと言えるでしょう。むしろ、そういった振動に耳を傾けることができるほど、体力や精神が元気かと言われれば、おそらく答えはNOでしょう。つまり、実際にその振動が届くことはほとんどない、と言えます。また、弾圧に苦しむ人たちが、「わたしたちはすばらしい意識改革を出来ました!幸せになりました!」という音楽を聴いたら、さて、どう思うのでしょうか?どう感じるのでしょうか?振動というのは正直です。言霊のように、幸せを発するのであれば、それは幸せとなって届きますが、そのなかに「こういった経由で幸せになった」という「理論」があるのであれば、振動のなかにはその理論が入ってしまいます。(たとえば、同じ音を紡いでも、メロディによって聞こえ方が違うように、です。)振動のなかに理論が入ればどうなるか?「そういった理論を持たない人たちには、そもそも聞こえない音(振動)」になってしまうのです。言語と同じです。日本語で「愛している」と伝えても、スワヒリ語で話す方々に「愛している」という気持ちが、日本人と同じように伝わるか、と言われれば、答えは否、です。その時点で、相手の意識を変えることができません。人間というのは自分の意識と言語で生きているのですから、「感覚を鵜呑みにはしない」ものであると言えるでしょう。みなさまも、そうなのではないでしょうか。日本語で書かれているからこそ、理解できる。その真意を感じられる。しかし、日本人同士ですらすれ違う。「これは本物かもしれない」と感じても「そう簡単には信じられない」。これは「人間」の誰もが、「世界中の人が持っている人間の原理のひとつ」なのではないでしょうか?なにせ、そう簡単に信じられないからこそ、自分が教え込まれた宗教のみを信奉して戦争が起こるのですから、おそらくそういうことなのだと感じます。次に、戦争に苦しむ人たち。「わたしたちは平和な国で苦楽を乗り越えながら幸せになることができました。 戦争を体験したわけではないですが、 戦争はいけません。何があってもいけません。」はたして、苦しむ人々を、苦しみから救い出す力がある、と言えるのでしょうか?振動というのは正直です。こういった気持ちが入ってしまう時点で、かすめこそすれ、真に相手を射抜くような、相手を根っこから共鳴させることができるような意識の変革を起こすことはできないと思います。そして、さきほど申しましたとおり、たとえば日本人の意識で愛を伝えても、『その意識を理解できる人々にしか響きません』ので...。集合意識というのは、『夢のように一瞬で世界を変えるもの』では、ありません。ひとりひとりの変革を待っているうちに、何人の人びとが不本意な死を遂げるでしょうか?その後に世界を変えても、人を亡くした悲しみは消えないのではないですか?わたしたちは意識を変えるだけで、そういった悲しみは受けないかもしれません。でも、彼らにとって「平和」が訪れたとしても、その裏には非常に濃い、たくさんの悲しみが影を落とすのではないでしょうか? 返信する Unknown (ur) 2009-08-31 20:51:26 そして、水面に、石を投げ込んでみてください。石を投げ込んだら、波紋が出来ます。『しかし、それは、水面が広ければ広いほど、 “ 端のほうにまで伝わる前に消えてしまいます。 ”』集合意識とはまさにこのように響くものです。『徐々に周囲に変化をもたらすもの』と言えるでしょう。これもまた、地震と同じですし、オーケストラの音楽についても、東京全土で奏でていたとして、沖縄に居たら聞こえない、というのと同じです。それでも尚、振動の届かない地点に居られる方がたの現実までもを、「自分たちの意識」が作り出している現象だと言えるでしょうか?「そもそもわたしたちの現実というのは、苦しんでいる人びとが作り出した現実」なのでしょうか?おそらく、想像もできない生活でしょうから、きっと意識にも無意識にも、わたしたちの意識とは入っていないのではないか、と思います。その逆もしかり、です。たとえば9.11の事件を知らなければ、意識することができなかった事柄があるのではないでしょうか?「すべてはひとつ」「繋がりあっているもの」というのは、確かにそうだとわたしも信じていますし、そう感じています。ひとりでも多くの方にご理解いただける表現をさせていただくために、散々異なった表現で述べさせていただきましたが、『集合意識という「点」の動きで、どこまで伝わるのか?どこまで変わるのか?』と言えば、…おそらく、その集合意識に属したひとたちの現実、及び、その周辺のひとびとの意識しか変わらないでしょう。それが波のように伝わって、最後は世界平和に繋がるか?と言われれば、言語の壁、国の壁、考え方の違い、世界にはびこる想像もしていなかった壁に、その振動は消されてしまうように感じます。また、> 今は誰もが「恐れ」や「自分だけ」と言うエゴのせいで、武器を手放そうとしませんし、特殊な状況下であれば、人の命を奪っても何とも思わない状態なんです。> そんな状態で、どうやって彼らを救うのでしょうか。平和が訪れるのでしょうか?彼らはエゴのせいで武器を手放せないのではない、とわたしは感じますが、いかがでしょうか。『特殊な状況下』でなくても、人の命を奪っても、なんとも思わない方が、日本にもたくさん居られます。「彼らは生きるために、やむを得ず武器を手に取ることを “ 選ばざるを得ない環境 ” に居る」としたほうが適切ではないでしょうか?彼らが、本当に『何も思わずに命を奪っている』と御思いなのでしたら、一度はわたしたちと同じように、死を覚悟された方だとお見受けしましたので、『その場で死刑を処される覚悟』で、わたしたちを殺そうとしてみてください。イリスさんは、イリスさん自身でいろいろな感情や感覚に向き合っておられると思います。そういった方が、(例えば)「対立する相手である」からといって、死ぬ覚悟でわたしたちを殺そうとすることができるでしょうか?必ずそこには、さまざまな考えや思いが生じるはずです。武器を持つ方々も、「わたしたちと同じ人間」だと考えれば、イリスさんがお持ちの感情や感覚を持っておられる方だということもご理解いただけるはず。人間のほとんど誰もがそういった「感情」や「感覚」を持っているということをお忘れになって、「武器を持たなければならない方々」のことを、「人の命を奪ってもなんとも思わない状態」であるとされるのは、いささか短絡的な結論であると感じました。それとも、そういった方がたではなく、武器を手にして人を虐殺するような心無い方のみを指しているのであれば、お互い、もうすこし表現に気をつけるべきであると言えます。わたしは表現から汲み取れる意図に気をつけ、イリスさんは、表現から相手が汲み取る意図に気をつける、ということです。もし、わたしの意図の汲み取りが間違っていなかったり、イリスさんがわたしの述べた方々を「そもそも考えておられなかった」のであれば、もう少しすこしだけ、述べさせていただきます。兵士たちが実際に戦地に向かえば、大切な家族のことも、想うでしょう。そしてその家族を無くす怖れがあるのであれば、目の前の「誰か」を殺めなければならない。「しかも、自分と同じように、大切なものを持つ者を殺めなければならない」と考える兵士たちは、おそらくとてもたくさん居られると思います。なにせ、殺しにいくまでに、長い長い物理的な道のりがあるのですから。(もちろん、戦場の真っ只中で、それを思い返すことは、できないかもしれませんが。)世界には子供を兵士として参入させ、「大切なものがなく、ゲーム感覚で人を殺すことができる人間を育てること」があるくらいです。紛争が頻繁に起こっている地域では、そういうことが普通に行われています。そして、「たくさんの人間を殺すことができる=称号が与えられる」という本当に「ゲーム感覚」の現実をみせ、幼い子供たちを、10代の青年たちを、実際に戦争の兵器にしているということをご存知でしょうか。彼らがイリスさんの述べたような「心無い武器をもつ人間」に育っているのであれば、はたして本当に、彼らを「心ない人間」としてしまうことが、できるのでしょうか?それが現実なのです。 返信する Unknown (ur) 2009-08-31 20:52:20 そういった事実を知っておられてもなお、『「わたしたちの意識」が変われば、すべての人に平和が訪れる』と、言えるのでしょうか?「わたしたち」の意識変革が、現実的に、物理的に、伝わるでしょうか。それはまさに、「豊かな国に生きている余裕のある人間」だからこそ言える言葉ではないですか?わたしはイリスさんにではなく、これを読んでおられ、興味をもった方がたにお伝えしたいです。おそらく、イリスさんと同じ考えをされているかたが、たくさん居られるだろうと思うからです。豊かな国から発せられた音楽は、他国でも「豊かな人びと」にしか通じません。実際は飢えに苦しむ人々のためと謳われて募集される募金などが、実際はその国で飢えている人ではなく、「その国を管理している方々に流れてしまっている」という実情があるそうです。(詳細に通じておりませんので、奥まで触れることができませんが...)それは実際にそうなのではないか、と感じます。すこし、想像力を働かせてみてください。“ その国の飢えている人々 ” というのは、おそらく「お金というものに触れていない」というのは想像が付くと想います。そして、お金がないから飢えているわけですが、「お金を得る環境がない」のです。そしてその「環境」をつくっているのは誰か?と考えれば、「その国の豊かな人びと(有権者)」である、ということは察しが付きます。そして「そういった国の有権者」であればあるほど、おそらくお金にとても執着していると思われます。なにせ、国そのものの実情が「お金がないと生きていけない」わけですから、すこしでも多くのお金を溜め込もうとするはずです。自分が餓死したくありませんから、ね。しかも、お金を一度でも与えてしまえば、延々とお金を取られ続けるでしょう。彼らは飢えで死ぬか死なないかの手前ですから、必死なのです。そして飢えた人びとはお金を得る環境がないのですから、返すことができません。返すことができない人びとに対してお金をささげるというのは、自分の財源をすべて干されてしまうのと同じこと。おそらく日本人でも、することができる人というのはほとんど居ないでしょう。そうなると、どのような経由でお金が入ってきていたとしても、有権者たちが工作を重ねて自分たちのものにしてしまう可能性のほうが大きいと言えるはず。はたして、『その国に居る方々ですら触れることができない意識』に、「豊かな国の個人的な意識改革の総合体が奏でる音楽」というものは、本当に届くのでしょうか?個人個人の意識を改革して、それぞれが幸せになるということを目指しておられるのであれば、こういった小言を言う必要はないと思いましたが、『集団意識の改革で、すべての世界に平和が訪れる』と仰っておられるので、長くなりましたが、思わずコメントを残させていただきました。そしてまさかわたしたちのブログの名前を題名にしていただいて、しかもリンクまで貼ってくださるとは(本当に)思っていなかったので、驚きました。わたしは最初に述べたとおり、わたしはイリスさんが、実際に「愛」を感じ取ろうとしている人だと感じました。それゆえに、これだけはっきりと主張をしておられるのだと思いますし、実際にこうやって交流する方々が居られるのだと思います。そういった意識があれば、確かに、イリスさんを信じられる方がたを幸せに導かれることと想いますので、あきの嬢を交えた今回の特定のテーマに関する論議は差し置いて、イリスさんの感じられる愛を発信され、イリスさんの信じられる方がたを、イリスさんの信じておられるやさしさを交えて、「個人の意識の改革に向けて」交流されると良いのだろうなと感じました。イリスさんの文面からは、確かに「愛」を感じますので...わたしたちのブログでは、真我、自我、といった観点を強く主張されておられたので、そういった「観点・概念を解釈した上でのわたしたちの姿勢」について述べさせていただきました。事後報告になってしまい、申し訳ありません。最後に、わたしたちにも、イリスさんと同じく、「ひらめき(目覚め)と、熟考(考え)があって生まれた表現のみである」ということを、お伝えしておこうと思います。本当に長くなりましたが、読んでくださって、ありがとうございました。 返信する urさん (イリス) 2009-08-31 21:25:06 とても丁寧なコメント、ありがとうございました。urさんの主張を理解させて頂きました。その上で、少し説明させていただきたい、と思います。それはurさんの主張を非難するものではなく、ただ「私はこう思う」と言うものですので、ご了承ください。私たちの意識が、「個人的な範囲で」現実を反映している、と言うことはその通りだと思います。が、大切な所が抜け落ちているんです。私たちの意識はもともと「一つ」である、と言うこと。今も繫がっているんです。私が申し上げているのは「表層の意識」ではなく「超意識」とも言われる「神意識」のことです。意識を閉じてしまっている人たちの「表層意識」に波紋を起こすことは、確かに難しいし、無理だと思います。人は「真実」を前にすると心を閉ざす習性が往々にして見られますから。が、私たちの「意識」がその「神意識」と繫がることで、「今平和である」ことを知ります。「全てが一つ」であることを知ります。全ては「愛」であることを知ります。この現象界で起こっていることの大体が分かるようになるんです。恐れや不安から解放される。奪わなくても、攻撃しなくても幸せになれる。自分が幸せになることと、人を幸せにすることが同じだ、と言うことが。そしてよく言われますが「100匹目の猿」現象、「パラダイムシフト」を起こすことができるんです。その人の「奥深くから」アプローチするのです。人は外側から変わるのではありません。自分自身から、内側から変わっていくものなのです。自分自身が、自分の内側の「愛」を通して、満たされ、癒されるのです。満たされた魂(意識)は、今度はそれを他に「与えよう」とします。与えることと受け取ることは同じなのです。自分を癒すことは、同時に「他」を癒していることと同じなんです。自分を許すことは、相手を許すことなんです。>イリスさんが「誰も癒せない」というのは、少々ひくつになってしまっているだけだと感じました。私はそうは思いません。私は誰も癒せないんです。もし誰かが「私の言葉によって癒された」とおっしゃるならそれは、その人自身が私の言葉を「見つけて」、自分で自分を癒したのです。私は、それを伝えたいと思っています。丁寧なコメント、本当にありがとうございました。たくさんの方々の「考え方」や「受け取り方」を教えていただきました。私は、人間を信じています。こうやって、一歩ずつ「真実」に向かおうとするその姿勢を。勇気を。 返信する 通訳不可能性 (庵之雲) 2009-08-31 21:39:21 通訳不可能性ってのはほんとうに難しい問題ですね。相手の言葉の意味やニュアンスを正確に汲み取れないと、コミュニケーションは成立しない。さわらさんの返信は素晴らしかったです。お疲れ様でした。(^O^) 返信する つけたし (イリス) 2009-08-31 21:47:53 ちょっとつけたしを…本当は「意識を閉じてしまった人々」である、「武器を持っている人」「弾圧をする人」「奪う人」の方が、救いが必要なのだと思っています。けれども、その人達は「神意識との繫がり」を自分から絶ってしまっているので、内側からすらも、届かない。もしかしたら最後まで届かないかもしれない。けれども、どんな人でも本質は私たちと同じです。「目覚めた」人達から「内側」で光り続けることで、「意識的に」選択する人達が増え、目覚める人が増え…その輪が大きく光が強くなればなるほど、自ら「暗闇」に生きる人にも光が届くんです。集合意識は、一人一人の意識の集まりです。一人一人の意識が変われば、集合意識の「選択」も変わります。できない、と決め付けるのは、早いと思うんです。やってもいないのに?私は「出来る」と確信しています。必ず。自分自身が、自分自身の内側にある「神」に触れることで。「自分自身」を思い出す(知る)ことで。 返信する Unknown (篠崎由羅) 2009-08-31 21:48:54 イリスさん、コメントありがとうございます。本当はあまり、他者様のブログで横レスするのは望ましくないと思ったのですが、旅がらすさんに直接メールする術がなかったので、あえてコメントさせて頂くことをお許しください。>旅がらす様※あまりこちらのブログでコメントを続けてもご迷惑かと思いますので、もし何かありましたら、メールフォームのURLを残しておきますので、私の方まで個人的にメールをお願いいたします。初めまして。ご丁寧にありがとうございます。旅がらすさんが受けられた辛さ、よく分かります。私自身、公には出来ないのですが病気で20数年苦しんでいます。しかも、その病気はあまり他者から認められるようなものではないので(精神的病ではなく、身体的病です)社会的認知度の上でも辛い想いをしました。しかし――その結果辿り着いたのは、「物質界における結果に拘っても、絶対に幸福は得られない」というものでした。私達人間に必要なのは、結果ではなく「過程」なのだ、と。私が仮に、この病気を元に死に至っても、私は「人生における過程」の中で精一杯生きられたのなら――それでいい。本心から、私は「死を恐れていない」のです。本当に必要なのは「生き様」ですので。毎月激痛と苦悩に喘いでも、それでも、絶対に誇りと真理の探究への信念だけは失うつもりありません。>でも自分には、『神はただだまってみている』にしか思えません。そうですね。神は、黙って見ているものかもしれません。神が親なら、尚更です。でも、「ただ黙って見ている」のと「気づきを待っている」のでは、根本から違います。私達人類は、「神に頼る」のではなく、「その足で歩かなければならない」のだと、私には思えるのです。神は「ただ黙って見ている」のではなく、「人類の自立」を待っているのではないでしょうか?私は深く精神世界――大学などの専門機関で哲学・宗教学を研究してきた人間ですが(あくまで研究端なので、宗教にはいっさい属していません)、それでも、神の存在を確信しています。しかし、私にとって神は「独占すべきもの」ではなく、「万民の者」であって欲しいのです。私は神に頼るよりも、「神の僕(しもべ)」となる道を選びます。そんな私にとって、20数年の病と苦しみは――とるに足らない「付属品」でしかありません。何故なら、世界にはもっと哀しい出来事と、痛ましい事件と、理不尽な出来事が沢山あるのだから。>でも、宇宙創造の遥かな営みに比べれば、神にとっては、人類の創世史、ましてやその中の自分の存在など泡沫の泡みたいなものじゃないかと考えもします。私は、自分は「泡で構わない」と思っています。だからこそ、ひとつの泡として「同じ泡の人達の痛みを知りたい」そう思っています。神の本当の願いは、そこにあるのではないでしょうか? 本当に正しい親は、兄弟達の喧嘩を黙って見ていたとしても――承諾はしていないはずです。「自分達で、過ちに気づいて欲しい」そう願うものなのではないでしょうか。>唯一人間のできることは『神』に変わって救いの手をさしのべることでしょうか?私は「そうだ」と思います。少なくとも、「同じ人類同志、出来る限りの力を尽くす」ことだと、そう思います。そうでなければ、何故神は、人に「知能」を与えたのでしょうか?人の痛みを知り、感動を知り、愛を伝えようとする力を与えたのでしょうか?それは、私達が共に「助け合う」ことを理想とし、前提とされていたからではないでしょうか?旅がらすさんのお気持ちも、私にはよく分かるのです。この世は、確かに「無情」です。でも、無情だからといって――理不尽だからといって、そこをただ通過してはいけない――そこを見過ごしてはいけないのだと、私は痛切に感じるのです。>まずは>『家族を愛すること』これは身近で、素晴らしい第一歩だと思います。そこが出来なければ、先には進めないと思うので。ただ、私はもうずいぶん前から「神の僕」となる道を選んでいるので、独身を貫いています。旅がらすさんは是非、身近にまずご家族を愛するところから始められてください。そして機会があれば、是非、私が上述した映画などもご覧になって見てください。では、イリスさん、他の皆様。お目汚し失礼致しました。【旅がらすさんに追伸】……って、メールフォームアドレスが登録出来ませんでした(phpファイルは、弾かれてしまうようですね;)ので、ブログURLを残しておきます。そのメールフォームから、何かあればご連絡下さい。 返信する 感想 (2・くー) 2009-09-01 01:34:30 >私は「出来る」と確信しています。必ず。私が生きられるのは、あと40年くらいでしょうか?先のことはわからんけど、私が生きてる間じゃなくていい。私もそう信じてます。You may say I'm a dreamer But I'm not the only one I hope someday you'll join us And the world will live as one 返信する 今更ですが、ありがちょん♪ (こはきゅ) 2009-09-01 02:42:48 自分の本当に望む事を知りたいと、渇望するって言うのも大げさかもしれないけど、足掻き続けていましたがっ。今日もイリスさんとこ来て、エントリー読んで。コメント欄またもやすごい事になってるので~飛ばしてwPC閉じて、家事をしていたら~ぽこんと腑に落ちた事がありました。8月20日の「全てはひとつ」のコメ欄でイリスさんの>どんな人であれ、私にとっては様々な学びや教えをくれる>「鏡」であり「師」でもあります。人は鏡という意味。冷静に周囲の態度を見れば、自分がどう行動しているのか観察すればわかるやーんって事に気がつきましたのん。(気づくの遅くて恥ずかしいっす・・・)周囲が笑顔でいれば、私も笑顔が多いのだろう。周囲が怒っているのならば、私も怒ることが多いのだろう。周囲が欲しがりさんばかりなら、私も欲しがってばかり。「自分を知る」って、一人難しく考え込まないで、自然に人と接する時の相手の反応で知るという事も、方法の一つなのだなぁと。いや~、いい年して今更なのですが・・・。(滝汗いつも「周りが無気力だっ!プンスカ」って思ってたのですが、周りへのアプローチの仕方が~ズレていて(毎回ズレてるわ~)、それが周りの無気力を更に促して。ははっ。私があり方を変えて、それで行動すれば~また違った「鏡」の中の姿が見れそうです。本当にちょこっとづつですが「自分を知る」って実感~。ほいでもって~またもや今日、声を出して笑わせてくれたイリスさんに心から~感謝のキッス!!コメ欄の流れ、ぶった切りですみません・・・。 返信する Unknown (angle) 2009-09-01 03:11:20 端っから暴言吐くように聞こえるかもしれないが、こういった物言いしかできねえ人間だからわざわざ人格を取り繕うようなことはしないことにさせて頂く。そして俺もお前さんと一緒で批難するわけじゃなく、俺はこう感じた、俺の考え方ではこう思うって視点で話させてもらうな?まず、「超意識」「神意識」って何だ?どうやって一人一人の意識が「神意識と繋がった」と判断するんだ?言葉でか?誠意でか?それともそいつ個人の「安心」の度合いでか?それともお前さんが繰り返している『目覚め』とかいう『覚醒度数』の話か?ドラッグやってんのと大差ねえ発言だけど、…大丈夫か?気を付けねえと新手の宗教になっちまう。その信奉者も同じくだ。その辺には十分気をつけたほうがいいと俺は感じた。ひとまず言っておくと、「すべてはひとつでみんな内部で繋がってる」ってお話だが、残念ながらそういうわけでも無い。長くなるから割愛するが、内部で繋がってる人間は限られてる。ヒントは魂っつうのがひとつの法則だけで生まれてるわけじゃないってことだ。それに、真我を最初から有してない存在が居るらしいが、「すべて」という概念のなかに「可能性」という原理がある時点で、誰もそれを否定することはできないだろうよ。どの世界も人間の理解だけで成り立ってないってことだ。俺の中には疑問点ばっかりだから質問攻めみたいで申し訳ないが、一体どうして「すべての人間の『内部』が繋がってる」と断言できるんだ?何がお前さんをそう信じさせたんだ?その「目覚め」とやらで得た「実感」だけか?「実感」があるかどうかっつうのはお前さんもご存知のように人それぞれだ。つまり「目覚め」っつうのが無くても、目覚めてるやつが居るだろうし、そういうやつほど愛だのなんだの唱えずに真っ当に人間を生きてるように俺は感じてる。しかも自分が満たされることじゃなく、相手が満たされることで自然と自分が満たされるということを知ってる。自分が満たされないと与えられない人間も居るのは確かだ。だが、そういった存在すべてが超意識だとか神意識だとかで得られる快感を求めてるのか?俺には、自分が満たされないと感じている人間は、常に誰かからの愛を求めていたように感じるが、違うか?なんのために人間はそれぞれ存在してる?なぜ男女という概念があってそいつらは愛し合うんだ?「『自分以外の誰か』から与えられる愛」を求めているからじゃ、ないのか?おそらく、だな。誰かからの愛が得られなかった人間が、そういった神意識だ、超意識だといった「自分しか居ない状態でも体感できる愛」っつうのを求めるんだと感じるが。…違うか?お前さんは本当は、誰かからの愛が欲しかった、違うか?でも得られなかった、だから一人で生きるしかなかった、泣いても喚いても何も変わらなかった。そして、死を選んだ。人は本気で死を選ぶとき、何より孤独を感じてるんだ。または本当の孤独を求めるために死を選ぶ。少なくとも俺や仲間たちはそうだったが、他の人間もほとんど同じだろう。でもその死を、お前さんの真我は赦さなかった。お前さんに生きて欲しかったってわけだ。死なせないためにお前さんが信じられる考え方も与えた。お前さんがありありと感じ取った、超意識だとか神意識だとかの『愛の大きさそのもの』が、お前さんに『ただ、生きて欲しい』って伝えてたんじゃないのか?そしてそれを感じたお前さんの世界は一瞬で変わった。つまりお前さんの真我は、そこまで劇的な変化をもたらさなければ…お前さんを救えないと判断したわけだ。おそらくそれほどまでに苦しんでたんだろう。真我は「あんた個人を救いたかった」。恐らく、その考え方ですべての人を救えとは言ってないだろう。それはお前さんが自分で言っている通りだ。神さまは、ただ、あんたに生きて欲しかっただけだ。あんたには生きる価値がある。そう言いたかっただけなんじゃないか?すべての人間は内部で繋がっているわけじゃない。すべての人間が神意識や超意識を求めるために生きているわけじゃない。「自分ひとりで感じられる境地」を求めているわけでも、ない。大概の人間が、「誰かと分かち合える現実」を求めて生きてると俺は感じる。そして十分苦しんだお前さんにはひとつの答えが与えられた。その答えがあれば、お前さんは「誰かと分かち合える現実」を手に出来ると、真我と霊我が相談したんだろうよ。そして実際に、お前さんはその考え方を伝えることで、誰かと分かち合える現実を、今、手にしてる。 返信する Unknown (angle) 2009-09-01 03:11:47 なあ、悪いことは言わねえから、今度は、その超意識だとか神意識だとかの概念抜きで向き合ってみろよ。お前さんは生きる価値を見出した。そして分かち合える喜びも体験できたんじゃねえか?そしたら今度は…ゲームだとか役割だとか与えられた考え方だけで生きるんじゃなくて、お前さん自身の経験から、同じ苦しみを持った人間に、「お前さん自身の愛」を与えてみたらどうなんだ?超意識と繋がってられるなら、尚更だ。満たされてるんだから、お前さんは与えられる場所に居るはずだ。あんた自身の経験を分かち合ったとき、始めて同じ経験で苦しむ人間を、本当に救い出せるんじゃないのか?お前さんにはそういった可能性があるんじゃないのか?あんた自身が体験してきた、苦しみ、憎しみ、激情と向き合ってる人間がここには居るんだろうよ。ちょっと昔の自分に、言ってみな。「神意識」「超意識」を体験すればパラダイムシフトが起こって全世界が救われるって。だからそのままで居てもいつかパラダイムシフトが起こってあんたも救われるよ、と。…あんた自身が苦しんでたとき、そんなこと、求めてたか?違うだろう?恐らく、お前さん自身、生きてることに必死だったろうよ。そしてここに立ち寄る人間も、多分、そうだ。現実が辛い、苦しい、どうしようもない、助けて欲しい。だからスピリチュアルだとか劇的な変化だとかを求めてるんじゃないのか?苦しんでたときのお前さんはそうじゃなかったか?真我を体験するまで、あんたにはゲームだとか役割だとかいう概念はあったか?無かったはずだ。つまり、その考えをするから神意識とやらを体験できるわけじゃない。真我を体験したからこそ、その考えに至ったんだろう?本気で死を選ぶほどの状況になったからこそ超意識だとか真我だとかが現われたんだ。そしてこう伝えたんだろう、あんたには生きる価値がある、だから生きろ、と。ここに立ち寄る人間は神意識を求めているわけじゃないだろうよ。ただひたすら、辛くて苦しい現実を、一歩でもなんとかしようという姿勢でここに居るんじゃないのか?そしてそういった人間があんたを頼ってる。「これでもかという苦しみを得てきたあんた」を頼ってるんじゃないのか。俺はそう感じるが、違うか?すくなくとも、あんたの考え方を通じて、神意識や超意識を求めてる人間は少ないと感じたが、どうだ?そんな意識よりも、ただひたすら現実をすこしでも生きやすくしようとしてんじゃないのか?今、そういった人間の前で、あたかも昔の自分のように苦しんでる人間の前で、あんた自身が出来ることは何だ?現実は役割だ、ゲームだ、超意識だと訴えることか…?パラダイムシフトが起こって世界が救われるとかそういう話をすることか?俺にはあんたが、ここに立ち寄る人間に、ゲームだの役割だの、霊我から与えられた後付けの考え方を用いずに、「自分の経験から親身になって受け答えする姿」を想像することができるが、見当違いな話か?そして今までも、そうしたときに相手との交流が生まれたんじゃないのか?考え方じゃなく、互いに苦しい経験を分かち合えたときに、あんたを信じる人が生まれたんじゃないのか?あんたの苦しみの上で生じたその考え方が、苦しんできたあんたを変えたからこそ、その考えを信じてる人間が生まれたんじゃないのか?そしてお前さんを頼ってる人は、お前さんの考え方じゃなくて。お前さん自身の経験を信じてるんだよ。わかるか?あんたの苦しんだ経験があるから、その考えを信じてんだ。あんたのその苦しんだ経験が、今ここに人を集めてんだ。あんたの考え方じゃない。あんたの人間性が人を呼んでるんだよ。俺はあんたの考え方がパラダイムシフトを起こすことより、あんた個人のそういう可能性のほうが、何億倍も信じられる。そして実際に、その可能性のほうが、あんたのいう平和を生み出すだろうよ。あんたは自分を信じてないかもしれないが、あんたを見てる人間は、あんたを信じてるんだ。超意識だとか、ゲームだとか、役割とかを信じてるわけじゃない。「あんたの経験から生じた考え方だからこそ信じてる人」が、おそらく、お前さんが考える以上に居るだろうよ。勝手な話をして悪かったが、素直に思ったことを話したまでだから、あとはお前さん自身の受け取り方次第だ。それに俺は自分の考えに理解を求めてない。ただそう思った、そう感じたというだけだ。それに超意識だの謳うよりも、そういった現実のほうが、あんたには似合ってるだろうよ。それはおそらく、お前さんを頼る人間が一番感じてることだろうしな。この記事は好きに削除してもらって構わない。最後にひとつ。頼むから、実際に世界が変わったとして、どういう仕組みで変わったかという真相も見ようとせずに、「ああ、私たちの起こしたパラダイムシフトが…」とか言い出すなよ? 返信する Unknown (Unknown) 2009-09-01 04:58:18 意識的に生きる……意識的に生きる……それ大事 返信する おはようございます♪ (苺) 2009-09-01 07:53:47 なかなか気軽にコメントできる雰囲気ではないんですが、イリスさんに伝えたくてコメントします♪私はイリスさんに苦しみを分かち合って欲しいだとか、苦しみから助け出して欲しいとかそういった気持ちはぜんぜんなくてただ、私はイリスさんが好き♪それだけです(^-^)難しいことはわかりません。でも心が喜ぶことはわかります。それで充分かなと思っています♪だからイリスさん、出会ってくれてありがとう!(^o^) 返信する 結局・・・ (neko) 2009-09-01 08:34:54 それぞれに確固たる信念や哲学をお持ちの方同士において、勝ち負けもなく、納得しあえることもなく、平行線のまま終わると思います。右翼と左翼が永遠に分かり合えないように。 返信する neko様 (Fam) 2009-09-01 08:40:33 それは無いと想います。永遠に解りあえないなんて。ただ、溝が深いことは確かです。それを埋める為には何をするか?と、いう事だと観じます。(*^-^*)がんばりまっしょい♪ 返信する ばればれですが (uni) 2009-09-01 08:54:40 横槍失礼しますよ理詰めの真剣な議論が行われている時に、議論の方向性と乖離した内容や、単なる個人の情緒的感情を書き込むことは、議論の行方を削ぐことであり、場合によっては方向性や結果をうやむやにしかねません。このようなことは如何なものかと。質問者は真剣勝負をしているのかもしれませんよ。 返信する angleさん (イリス) 2009-09-01 10:12:18 長いコメント、ありがとうございました。そうですね~「超意識」や「神意識」と言った言葉をチョイスしたのがちょっと、間違いだったかなぁ。そんなに大げさなことじゃないんですよ。快感とかでもなくて…ただ「本来の状態」に戻っただけ、のことなんです。ですので「内部で繫がっている」と言うのも少し御幣がありますね。「みんな同じ存在」「一つの存在」と言った方がいいですよね。なので、その本来の状態に戻ったら、みんな同じ(一つ)だった。ってただそれだけなんです。ものすご~くシンプルなんです。ですので、みんな同じ(一つ)だってことを忘れている今の方が、特殊なんですね。(わざわざ忘れてここに来ている訳ですから、当然と言えば当然なんですが)大丈夫です。誰でも、angleさんも、本来の存在に戻れば、否が応でも分かりますから。何度も言いますが、私は誰かを導こうとか頼られようとか救おうとか教えようとかこれぽっちも思っていません。ただ自分が思ったことや体験したことを書いているだけです。ここに来られている方も、私を「頼ろう」とか「救われよう」と思っている人は一人もいません。ただ自分たちの「心の声」に従って、「真実」であろうものをチョイスしているだけなんです。あくまで対等な関係です。自分の中で「違う」と思われれば去って行かれるでしょうし。パラダイムシフト、と言うのも、そうおかしいことじゃないですよね。ソ連崩壊やベルリンの壁崩壊や、天動説から地動説へ変わったのも、パラダイムシフトです。一人一人の「意識」が選択したことが、大きな流れとなって「時代が変化する」だけのことです。私はあなた方よりもずっと「超現実的」だと思っています。いずれ科学が発達すれば、証明されることばかりですから。「真実」を見ないで、現実は語れません。で、私が苦しんで「真我」が現れて…と言うくだりは、思いっきりangleさんの「想像」「主観」ですよね。超現実的な私は、人の体験を自分の「主観」に置き換えて、「推測」で語ったりはしません。それは「あなたの見た夢は、そうじゃなくてきっとこうですよね?」と言っているのと同じだからです。何度も言うように、人は自分で自分を癒し、自分で自分を救うんです。人にそれを求めている限り、決して癒されないし、救われないんです。人に満たしてもらおうと思っている限り、決して満たされません。そうだなぁ…死のうとまでして、心身ともにボロボロだった人間が、今存在しているだけで幸せで、周りの人や環境も劇的に変わり、毎日充実した日々を普通に…(ただの主婦ですから)「超現実的に、しごく真っ当に」生きている、と言うんじゃ「証明」にはなりませんかね?そこには死ぬほどの苦しみを「乗り越えた」と言う美談もありません。ただ静かな気付きがあっただけです。信じている人も信じられない人も、気付いていてもいなくても、嫌でも何でも、今この瞬間もみんな繫がっているし、同じであるんです。いまの目の前の「現実」を曇りの無い目でしっかり見据えていれば、時代の「流れ」が分かるはずです。貴重なご意見、ありがとうございました。 返信する Unknown (neko) 2009-09-01 10:37:13 Famさんへそうですね、確かに「永遠に」という表現は不適切でした。気の遠くなるくらいの長い時間を許すのなら、わかりあえる可能性が0ではありませんから。ただ、僕が言いたかったのは、確固たる信念をお持ちの方々は、確固たる信念ゆえに安易に妥協し「そうですね」とはならないということです。イリスさんが冒頭述べられたように、きっと平行線におわるだろうから記事にしなかったという選択が正しいと思うということです。わからないことを確認するという意図なら別ですが、「あんた間違ってるよ」という戦いを繰り広げてもどうかと思うということです。それぞれの考えや主張はそれぞれのブログで展開すれば良いわけで、共感できないなら静かに去ればいいと思うんですよね。いや、これは私の考え方で、イリスさんがこういう議論も大歓迎というのであれば、余計なお節介ですが。uniさんへ私やFamさんのことかな?違ったらごめんなさい。(というか、誰に対してのレスなのかは書いてもらった方がわかりやすいです)uniさんの横槍も私の横槍も、それが必要か不必要化はイリスさんが判断することでしょうね。私やあなたのブログではありませんから。 返信する つけたし (イリス) 2009-09-01 11:52:21 inuさんnekoさん(↑おぉ!犬さんと猫さんが並んだっ!感激~)横槍が嫌な場合、不必要な場合はちゃんと申し上げますので、大丈夫です。お気遣いありがとうございました。 返信する あっ (イリス) 2009-09-01 11:56:38 つけたし、と書きつつ、書き忘れてました…(ど、どんだけぇ~)angleさん>最後にひとつ。頼むから、実際に世界が変わったとして、どういう仕組みで変わったかという真相も見ようとせずに、「ああ、私たちの起こしたパラダイムシフトが…」とか言い出すなよ? ↑あははははは!言いませんよ!面白いなぁ。ご心配なく!そのときには、「どういう仕組みで世界が変わったか」分かっている人たちがたくさんいるでしょうから、大丈夫です。 返信する Unknown (uni) 2009-09-02 00:41:39 ここでの議論は終了されたのですかね?某氏の某箇所の書き込みには、揺るがせにできない核心が綴られていたと思います。正直申しまして、ここに来て初めてさわらさん以外のまともな意見(皆さん失礼!!)に出会った気がします私はあまり人の意見に共感はしませんが、そんな私が続きを見たいと思わせる内容でした。某氏の引き続きの意見および、この議論の継続を期待します。 返信する Unknown (uni) 2009-09-02 01:53:09 2009-09-02 00:41:39 の書き込みの>まともな意見(皆さん失礼!!)を>共感できる意見に改めますね 返信する angle様 (ふう) 2009-09-02 02:08:40 残念ですが、それでもゲームは続いているのです。「ゲーム」という言葉に対する「感性」や「経験」が人によって違うので、誤解されているかもしれませんが私たちは「宿題」を解きに自分で環境設定した人生というゲームを始めたのです。死ぬべきときがわかる人がいるのも、設定を思い出すからです。解くべき宿題をカルマ、と呼ぶのかもしれませんが私にはまだわかりません。私は目覚めてはいませんし、スピリチュアルには懐疑的です。でも小さな頃から自分が「ここ」を選んで生まれてきたことを知っています。自分で選ぶならお金持ちで容姿端麗に、とおっしゃっていた方がいましたが、その方自身現在実際に生きていてその条件を選ばない生き方をいつのまにか選んでいるはずです。どうしてわかるか…「小さな頃は神様がいて、素敵に愛を届けてくれた…」って歌がありましたがあんな感じです。知りたいことがあると、心の中で誰かが教えてくれました。世の中のすべてはこんなにシンプルなのに大人はどうして気付かないのかな、と思ってました。誰かの声が聞こえなくなって、そのほとんどのことを忘れましたけど…でも自分で選んでここにいることも、こうしていることも、出会うべき人に出会ったときも、別れるべき時も時折大人になっても思い出させてくれます。むしろ聞いたことのない人が不思議です。ちゃんと心の中を空っぽにしてやさしい気持ちで求めてみたら聞こえるのではないでしょうか。声というか言葉というかテレパシーみたいなものというか、そんな感じです。変な人と言われるのが厭なので内緒にしていますが、そういう人は多いと思います。 返信する ありがとぅ! (イリス) 2009-09-02 06:52:41 コメントありがとうございます。uniさんそのようですね!たぶんもう彼らはここにいらっしゃらないんじゃないかと思います。お互い「意見の違い」を認識しましたし、このままお互いの意見を言い合ったとしても、「平行線」ですし…nuiさんのように何か「答え」を求めて議論していた訳ではなく、もうご自分なりの理論や答えが確立されて、それをイリス(さわら)の主張と異なるがために、「疑問」と言う形でコメントされていただけなので。ふうさまangleさんへのレスですので、控えさせていただきますね。コメントありがとうございまいした。 返信する Unknown (uni) 2009-09-02 12:33:59 どうやら某氏やその他の方達は、別のそっち系の人たちのようですね。何人かは発言の内容からそれぽっかったですが、某氏もそうだとは意外でした。かなりしっかりした鋭く、本質を突いた意見を述べられていたので。そういえばどなたかが、「自分が現在の環境ないし状況を選んで生まれてきたことを知っている」という趣旨の発言をされていましたが、私は自分が「ここ」を選ばなかったであろうことを知っています。 返信する Unknown (ウル) 2009-09-02 20:02:14 イリスさん今日は。こちらのブログへの書き込み、ありがとうございました。そうですね。わたしたちとイリスさんは、互いに「真我」「自我」といった「魂の観点『そのもの』」に関する理解が、どうしてもすれ違ってしまっており、それ故に理論の対立を致しました。また、わたしたち自身は、自分たちの信じる魂や次元の観点が、実際に世界にまかり通る真理である、と感じています。そしてイリスさんご自身も、自分自身の観点を信じておられます。だからこそ平行線にはなるのは致し方ないということは、今回のやり取りで十分に承知させて頂きました。ただ、理論の真相につきましては、おそらく明確な結果が出るものと感じております。「真理」とは「法則」であり、「その法則はすべてに通ずるもの」である、と認識しておりますので、『一部のものではなく、「すべて」に通ずる理論が「真理」』だと思っております...魂の存在は「真理」の一部ですので、そういった概念から世界を紐解かれるのであれば、自ずと「どの理論が真なる理(法則)であるのか」という判断をすることがあるのではないか、と感じました。そして、真理を真理だと証明するためには、「実際にその理論(法則性)が、どれだけ『認識できる現実世界』すべてに通じているか」ということをそれぞれが見出し、実感することが大切なのではないかと思っております。感覚だけにすべてを委ねてしまえば、自己の消失を起こしかねませんので。また、今回、わたしたちは自分自身への理解を求めているわけではなく、意見交換の場ということで、自分の信じる意見を書かせていただいたに過ぎません。そしてその意見のどちらを選択されているかということは、イリスさんの仰る通り、個人個人の選択に委ねられています。わたしはイリスさんご自身が、純粋に人間味に溢れた方だと感じましたし、そういった人間味と、そこから説かれる理論に惹かれて居られる方がたくさん居られるでしょう。それ故に理論の決着を出すよりも、読み手個人がそれぞれ自分にあった理論を信じられる読者の判断が重要だと感じました。わたしたちは物事を多角的に見ることによって選択を促しているようなものであって、対立から勝利を得て、理論を唱える方の立場を無くしてしまうことを目的としているわけではありません。なのでこの書き込みを最後に、この場での議論を終了させていただこうと思います。しかしながら、イリスさんが「真我」「自我」「次元」等々の概念から魂を紐解かれ、その理論を主張される場合、わたしたちの理論とは対立せざるを得ないと思われます。ですので、私は特に理論を説く者として、イリスさんご自身にいくつかお伝えしておかなければならない点があると感じました。わたし個人はブログを始める当初から、イリスさんが説いておられるそれぞれの概念について紐解く予定いた身ですので、もし今後わたしたちのブログを読まれて、不快になるようなことがありましたら、申し訳ありません。今後、イリスさんがしておられた発言などを引用しているように感じる理論があったとしても、それはイリスさん個人の発言から引用しているものではありません。なぜかというと、イリスさんと同じような観点をあちらこちらで見かけることが以前からあったからです。また、ゲームや役割、ドラマといった観点などを広めておられるのもイリスさんだけではありませんので、今後わたしたちの理論のなかに、イリスさんの発言を引用している節が感じられても、それはイリスさん個人に対してではなく、そういった考えをされている方が複数居られたということをご了承いただければ幸いです。わたしたちは個人的な対立をするために書いているわけではありませんので、イリスさんご自身に対する批判的な態度を取ることはありません。(主に「解釈の違い」により、今回は意見を進言せざるを得なかった、ということです。)それでは、特別何かがない限り、今後わたしたちが顔を出すことはないと思いますが、もし、わたしたちの意見に興味を持たれた方が居られましたら、この投稿の、ur というわたしの名前にブログへのリンクがありますので、そちらからお願い致します。大々的にリンクを貼ってしまうことは、意見交換の場とは言え誘導行為となってしまうと感じましたので、控えさせていただきます。それでは、貴重な大変貴重なやり取りをさせていただきました。ありがとうございました。 返信する Unknown (ウル) 2009-09-02 20:18:50 uniさん最後にひとつ、横レス失礼致します。uniさんの仰る某氏という方がどなたかは特定することができませんが、内容からわたしたち異論を唱えた者のなかの一人だということは確かだと感じました。明確な異論を唱えていたのはわたしたちの他、おひとりだけですし、複数人である表記がありますので、おそらくわたしたちの内の誰かだろう、と。uniさんの仰る「そっち系」という世界が、どういった観点を持った世界なのかということを的確に汲み取ることは適いませんが、おそらく、哲学的・心理学的な観点からの精神世界と、一般スピリチュアルブームでもてはやされている、霊的(心霊的)精神世界の違いを仰っておられるのではないかと感じました。わたしたちは、それぞれ、「そのふたつの精神世界は常に複雑に入り混じっており、どちらが欠けても真相ある世界というものは成り立たないことがある」ということを実感しております。それ故に、わたしたちはその両方を探究している身である、ということをここに記させていただこうと思います。連投失礼いたしました。 返信する 真理とは…… (ナルポ) 2009-09-02 20:31:43 真理を体験によって知った者と真理を推測する者が真理について議論をするhttp://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/45f359409c0f7e372c77fe22f7b99962/?cid=4bb742f8cb5ddcd5a753d3c3a1f939ab&st=0http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/103d839c3ce491a3f32329de3890aa80/?cid=4bb742f8cb5ddcd5a753d3c3a1f939ab&st=0http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/6e834221abe725be0a17dfef0c5dfaf8/?cid=4bb742f8cb5ddcd5a753d3c3a1f939ab&st=0 返信する Unknown (uni) 2009-09-02 20:59:57 ドグマチックだよなあ・・・ 返信する ギャラリーへ (ナルポ) 2009-09-02 21:14:59 決めつけるなより多くの情報に触れてもらいたいだけだ 返信する Unknown (uni) 2009-09-02 21:23:44 ・・・・・・ 返信する ウルさん (イリス) 2009-09-02 22:32:24 コメントありがとうございました。そうですね!こちらのブログでは理論や知識は手放しちゃおうぜ!と申し上げておりますので。知識や理論から入る方と感じる方から入る方、様々いらっしゃるでしょうし。最後にそちらにお詫びのコメントをさせていただいてからは、お伺いしておりませんし、今後もお伺いすることはないと思います。ありがとうございました。 返信する uniさんへ (ふう) 2009-09-03 03:03:17 >そういえばどなたかが、「自分が現在の環境ないし状況を選んで生まれてきたことを知っている」という趣旨の発言をされていましたが、私は自分が「ここ」を選ばなかったであろうことを知っています。なによりです。今度は、早く「未来」を思い出せますように。 返信する ふうさん (uni) 2009-09-03 13:59:02 >早く「未来」を思い出せますように。あなたとは違う意見を書いたから怒られたのですかね?多分私と会話をしたければこのようなことは書かないと思うのですよ。あなたはまだ悟っていないと書かれていましたので、つまり凡夫だということだと思いますが、凡夫同士で、上記のような会話が成立しますかね?まあ怒っているのであれば会話もへったくれもありませんが 返信する uniさん (ふう) 2009-09-03 15:14:25 私こそ、お気を悪くさせたのでしょうか…。怒る、なんてとんでもないです。私は怒ると何故かとても疲れてしまうので、怒ることが得意ではありません。uniさんは他人に対しても一生懸命で、いつも知らない人に対しても諦めずに果敢に挑んで対話したりしてすごいなあ、と思います。時々、そんな無茶ができて、うらやましいです。何もしらないくせに、って怒るかなあ…独り言ですよ~私がinuさんのファンだったのは好戦的な態度の裏に、人に対するまっすぐな「愛」を感じたからです。これから成長していく人だな、って可能性を感じたからです。(何年先かはわからないし、もしかしたら選ばないかもしれないけれど)…inuさんは自分と他人の距離が近くて素直で強いけれど、「人がいい」とこもあって見捨てられるのが怖い。でも言わずにいられない。私は他人とそんなに一所懸命「怒ったり」するくらい自分を開いて会話したり執着したりできません。私はそういう裏返しの「求愛」というかそんなのも面倒で、本当は冷たいのかもしれません。実際興味のない人はすぐ忘れます。まあ、私のことはどうでもいいですね。さわらさんごめんなさい。もう少し、いいですか?過去を思い出す、というのはそれしか表現できなかったからです。具体的に説明すると…う~ん…uniさんは心の中で「やっと会えた」ってひらめいた人と愛し合ったことがありますか?私はあります。初めて抱かれるのになつかしくて、私の体の中が彼に満たされるたびに、心の奥から言葉が光のようにあふれてくるのです。イエス、イエス、イエス!私は幸せ!ああ、そうだ私はこの人と愛し合う感覚を味わうために、ここにきたずっとずっと前に、たぶん生まれる前に私がそう思ったことを思い出したのです。おバカでしょう?私もそう思ってました。結局恋愛なんて相手に投影した自分を愛するようなものなのに、なに浸ってるの?ってでも自分で経験してしまうと、どうしようもないのです。恋愛の駆け引きもたてまえも、なんて無意味なんだろう。魂が選んだ相手と愛し合うだけで、こんなに幸せになれるって。そうして「声」が知らせるのです。「もう充分」って。その瞬間、彼への執着がすうっとなくなるんです。あ、クリアできた…って思って、どうして自分がそう思ったのかなんてわからないけど、あなたが選びたくなかったのに選んだ理由を、思い出すことが、生きているとあるのです。気付けないとまた繰り返さなくちゃいけなくなるのです。uniさんの場合は初めは恋愛じゃないかもしれないけど、思い出せるような気がします。自分でも怪しい人だな、って思うけど…過去を思い出すことって、現実にあるんです。 返信する 訂正&お詫びです (ふう) 2009-09-03 15:21:37 ごめんなさい。上記の「過去を思い出す」は「未来」の誤りです。まあ、どっちでも同じなのですが。 返信する ふうさん (uni) 2009-09-03 16:03:30 >私こそ、お気を悪くさせたのでしょうか…。いえ 決してそうではありません。私は怒ったなんて書いていません。掲示板のやり取りは言葉が全てだと考えております。それ以外は全て推測です。ただ、なぜふうさんはあのようなことを書かれたのか疑問に思ったのです。「未来を思い出す」という意味の通らない言葉を投げかけられましたので、多分怒っていらっしゃるのだろうと(私も推測しておりますね)。あるいは別の意味があるのかと。ちょっとふうさんの記事で気になったことがあったものですから。でもこれに関しての討論はもう無用です。>何もしらないくせに、って怒るかなあ…独り言ですよ~怒ってはいません。というより、これを書くとふうさんに不愉快な思いを与えるかもしれませんが、私は当初より、さわらさんと雲氏以外、全く眼中にありません。ですので私の意見の否定・批判・悪口・非難・中傷を書かれても全く問題ではありません。以前にも書きましたが、事実の誤認・論理の飛躍・破綻・矛盾の指摘などはむしろ歓迎しております。私は別の目的でここにきていますので、その目的さえ達成できれば、その他のことは全く問題ではないのです。ですから、意見があわないことはほとんどですが、それにイライラするとか腹を立てるなどということはありません。一度だけ少しむっとしたことがありましたが、そのときは正直に相手に対し書いています。余分な気遣いは無用です。>人に対するまっすぐな「愛」を感じたからです。私は人並みの愛情は持ち合わせておりますが、さわらさんの仰る「愛」などはこれっぽっちも持ち合わせておりません。私の前で他人がころべば、私はその人を抱きかかえ助けるでしょうが、その相手が「さっさと救急車を呼べ」とか「丁寧にしろ」なんて言えば、蹴飛ばすでしょう。>(何年先かはわからないし、もしかしたら選ばないかもしれないけれど)これは私は覚醒できないということでしょうか?それは困ったな(笑)私は覚醒に憧れていますので。というより覚醒すると言うことはどういうことか分からないので、興味があるといったほうが正確ですね。>…inuさんは自分と他人の距離が近くて素直で強いけれど、「人がいい」とこもあって見捨てられるのが怖い。ここの部分は意外な指摘です。よろしければお聞かせください。>uniさんは心の中で「やっと会えた」ってひらめいた人と愛し合ったことがありますか?残念ながらそのような経験はありません。そのようなドラマチックな出会いに男の私も憧れはしますが、普通の恋愛のみです。>私はあります。初めて抱かれるのになつかしくて、私の体の中が彼に満たされるたびに、心の奥から言葉が光のようにあふれてくるのです。それは素晴らしい、正直そう思います。>イエス、イエス、イエス!私は幸せ!ああ、そうだ私はこの人と愛し合う感覚を味わうために、ここにきたずっとずっと前に、たぶん生まれる前に私がそう思ったことを思い出したのです。おバカでしょう?私もそう思ってました。結局恋愛なんて相手に投影した自分を愛するようなものなのに、なに浸ってるの?っておバカだなんて思いません。男の私でも憧れる内容で、ふうさんよかったですねと思います。>でも自分で経験してしまうと、どうしようもないのです。恋愛の駆け引きもたてまえも、なんて無意味なんだろう。魂が選んだ相手と愛し合うだけで、こんなに幸せになれるって。私も思わず微笑んでしまいました>そうして「声」が知らせるのです。「もう充分」って。その瞬間、彼への執着がすうっとなくなるんです。あ、クリアできた…って思って、どうして自分がそう思ったのかなんてわからないけど、そういうものですか>あなたが選びたくなかったのに選んだ理由を、思い出すことが、生きているとあるのです。気付けないとまた繰り返さなくちゃいけなくなるのです。この意見に関しては私は否定的です。>自分でも怪しい人だな、って思うけど…過去を思い出すことって、現実にあるんです。もしかして>早く「未来」を思い出せますように。は「未来」ではなく「過去」の間違いなのでしょうか? 返信する うん? (Unknown) 2009-09-03 18:52:05 uniさんってもしかして十代ですか?あ 答えたくなかったらいいですちょっと興味が出ただけなので 返信する Unknown (uni) 2009-09-03 19:01:35 >uniさんってもしかして十代ですか?はい 16歳です>あ 答えたくなかったらいいですちょっと興味が出ただけなので いえいえ答えたくないなんてとんでもない興味を持っていただいて大変光栄ですついでに、どんなパンツを履いているかも答えましょうか? 返信する Unknown (Unknown) 2009-09-03 20:05:23 思った以上に若いですねww大人びてはいますが、なるほど、いろいろと合点がいきました。ちなみに僕は23♂なので男性のパンツには興味ありません(笑ハハハw将来性を感じますね。社会に出るとまたいろいろ挫折もあり、学ぶことも多かろうと思いますががんばってください。取り留めなく心のままにコメントしてしまって失礼しました。 返信する Unknown (uni) 2009-09-03 20:17:16 >思った以上に若いですねwwすいません 正確に言えば15歳と9ヶ月です。今年16歳になります。>大人びてはいますが、なるほど、いろいろと合点がいきました。それはよかったです。>ちなみに僕は23♂なので男性のパンツには興味ありません(笑ハハハwあっ あなたは23歳でしたか なるほど、いろいろと合点がいきました。>将来性を感じますね。何の将来性かよく分かりませんが、ありがとうございます。>社会に出るとまたいろいろ挫折もあり、学ぶことも多かろうと思いますががんばってください。はいっ ここでのコメント欄の皆さんのように、一生懸命、気づきに、学びに邁進しますので応援して下さい!!!>取り留めなく心のままにコメントしてしまって失礼しました。いえいえまた何かありましたら、遠慮なくお聞きください!!! 返信する あ (イリス(さわら)) 2009-09-03 20:49:35 やっぱり!inuさんは10代だと思ってました。かわゆいですもんね!これからinuちゃんとかinuたんとかinuぴょんとか呼ぼうかな~~~(笑) 返信する さわらさん (uni) 2009-09-03 20:56:40 思春期の少年をからかわないで下さいよー深く傷つくぢゃないですかもう 失礼しちゃうなー 返信する Unknown (イリス(さわら)) 2009-09-03 21:23:37 あっはっは!冗談ですよ!(半分本気だったり笑)ちゃんと一人の「男」として見てますよ~ 返信する Unknown (ふう) 2009-09-03 21:52:00 >ここの部分は意外な指摘です。よろしければお聞かせください子どもというのは、他人と自分の区別がつきません。十代になれば、自分じゃないから他人だろう、という認識はあるけれど、他人との距離の測り方はまだ経験値が少ない分難しいのです。同じ「赤」という言葉にしても、夕日をイメージする人もいるし、赤信号をイメージしたり救急車をイメージしたり、サルビアの花をイメージしたり…本当の意味で他人を理解することも自分を理解してもらうこともできないことを大人は知っています。こんなことを言ったら、人が気を悪くする、ということを知るのも大人の他人との距離の測り方です。inuさんが他人を理解するためには、まず他人にもそれぞれ感情があって悲しんだり喜んだりすることを感覚的に身につけていかなければならないのですが、でも、かわいいし♪こうしてさわらさんの弟みたいになついていればさわらさんが覚醒も導いてくれますよ。 返信する ふう様へ (ものぐさ) 2009-09-03 22:39:30 こんばんは。いきなり、すみません(汗)私も初めて会った瞬間に「この人だ!!やっと会えた!!ずっと自分が探していた人にやっとで巡り会う事ができた!!」そう思ったことがあります。今でも会った瞬間の感覚は鮮明に残ってます。きっと、ふう様も同じような感覚だったのかなと思ったら何だか嬉しくなってコメントしてしまいました。すみません、唐突で(汗)失礼致しました。 返信する ものぐさ様!ありがとうございます (ふう) 2009-09-03 23:05:21 うれしいです!私は出会った瞬間その人が三男で、四国出身で、○○大学だってことまでわかってしまいました。え?なんでって、自分が気持ち悪かったです。あの感覚は、時間を超えてますよね。私は前世とか言う人を何言ってんの、とバカにしてました。ちなみに次に出会った人はその瞬間、胸に軽い衝撃があって何かが抜け出たような感覚がありました。あれって魂かなあ…(犬夜叉みたいに魂は少しずつ抜けるものなのかしら…)そうして急にふわふわってして、酔っぱらったときみたいしか歩けませんでした。しかも、マイクロダイエットでもエステでも痩せなかった私がお水も飲めなくなって、5キロやせました。びっくりです。恋愛がらみのスピリチュアル体験みたいのはいっぱいあります。私ってホント、俗っぽいです…(泣)ものぐさ様も、素敵な出会いをなさったのですね…でも、もうすぐ次いくかもしれませんよ(笑)プログラムを消化してないと、結婚してても運命の出会いが次から次へとくるので…危ないです。 返信する ふうさん (uni) 2009-09-03 23:14:16 ご意見ありがとうございました。正直申しましてあまりしっくりはこなかったのですが・・・まあふうさんが私に対して、どうのような印象をお持ちなのかはそれとなく察しました。もちろん、私とは何の関係もありませんが。ところで、ふうさんの名前を以前もどこかで見た気がしましたが、確か、「思ったこと」のスレッドに投稿されていませんでしたか?「潜在意識」云々とかかれていましたので、てっきり違う人宛かなと深く考えもせず素通りしましたが、あれはもしかして私宛だったのでしょうか?もしそうなら素通りしてしまった失礼をお許しください。それと「未来を思い出す」などということは、私にはとても起こりそうにありませんが、もしそのようなことがあればご報告いたします。ご指摘ありがとうございました。 返信する ふう様へ (ものぐさ) 2009-09-03 23:53:21 コメント有難うございます!!今、その時の人は私の旦那様になっています。(は、はずかしい(///▽///)ゞ)時間を越えると言うのも分かる気がします。私は小さい頃から私が結婚するのは九州の人だろうという予感みたいなものがずっとありました。(何故なのかはサッパリ??なんですけど(汗))実際に結婚したのは九州の人でしたから(笑)不思議ですよね~。(イリスさんごめんなさい(汗)、記事と関係ない話で、失礼致しました)ふう様、同じ感覚のお話を分かち合うことができてとても楽しかったです。有難うございました(*^-^*)/ 返信する ご挨拶が遅れましたが… (ふう) 2009-09-04 17:43:02 さわらさんいつもやさしく寄りそった素敵な記事をありがとうございます。毎日楽しみに拝見しています。さわらさんはたぶんご自分が思ってらっしゃるよりずっと多くの人の心にダイレクトに愛を届けていらっしゃると思います。私にはぽちっと押すくらいしかできませんが、蔭ながら応援させていただいております。ものぐささんやinuさんとのコミュニケーションの場をお貸しくださってありがとうございました。貴重な楽しい体験でした。最後に、お二人にお礼だけ言わせてください。inuさん出すぎたことを言いました。ごめんなさいね。お若いのにさわらさんのところで真摯に勉強する姿勢が凄いなあ、と思って興味を持っていました。どうぞもう私にはお構いなく、…目的を達成してくださいね。ものぐさ様うらやましいです。ものぐささんは、可愛らしい方なのね(文章からも、幸せオーラを感じます)ものぐささんも、私と似ている(ご迷惑でしょうが…)ところがある気がします。もう一人、時間を超えた出会いがあるかもしれなくて、結構辛いかもしれないけど、どうぞご主人とずっとお幸せに。 返信する ふうさん (uni) 2009-09-04 18:27:14 >出すぎたことを言いました。ごめんなさいね。とんでもありません。あなたに質問したのは私の方ですから。話ができて楽しかったです。>お若いのにさわらさんのところで真摯に勉強する姿勢が凄いなあ、と思って興味を持っていました。ハハハ 本当に15歳だと思われているのでしょうか。まあ素敵な女性に可愛いと思われることは、男として幸せなので別に構いません。どのみち私には何の関係もありませんし。>どうぞもう私にはお構いなく、…目的を達成してくださいね。了解いたしました。私はふうさんのような情熱的で恋多き(失礼かな?)女性は大好きです。あなたがイメージ通りの人であればなんか嬉しいですね。もちろん、あなたには何の関係もありませんが。 返信する ふう様へ (ものぐさ) 2009-09-04 20:04:29 有難うございます。可愛いだなんてコメント頂けて、コピーして残しておきたいぐらいです(笑)二回目の成人式まで間近なアラフォーですけど(T-T)それに私もふう様のコメント拝見して(私の方こそ、ご迷惑かも知れないですけど)似ている気がすると思いました。私も小さい頃から、心の奥の声?みたいなものが聞こえてましたから(笑)次の出会いに備えて、ご自分の愛のレベルをどんどんあげて行ってくださいね!!お互いに思いやりをプレゼントしあえる素敵な方とめぐり会われることを願っています。色々とお話させて頂けて、本当に楽しかったです。ありがとうございました。イリスさん、コメント欄を(勝手に(汗))使用させて頂いて有難うございました。楽しい時間を提供していただきました♪ 返信する えっ (Unknown) 2009-09-04 22:24:44 uniさんの年齢は嘘なの? 返信する Unknown (uni) 2009-09-04 23:04:31 >uniさんの年齢は嘘なの?15歳と9ヶ月であります 先輩!!何か疑問の点があれば遠慮なくどうぞです 先輩!! 返信する Unknown (Unknown) 2009-09-04 23:35:48 まともに相手してなかったの? 返信する Unknown (uni) 2009-09-05 00:12:42 >まともに相手してなかったの?とんでもないです 先輩!!何か疑問の点があれば遠慮なくどうぞです 先輩!! 返信する Unknown (Unknown) 2009-09-05 00:44:37 タチわるいな。こっちは真正面から向き合ってるってのに。しかし今感じているこの不信感はどこか懐かしい。学生時代は君みたいなのがたま~にいたなぁ……学生なのはほんとかな?まあ、いいや。まともに相手されてないみたいだし、ここらへんで終わりに。レスは不要です。 返信する あ そうそう (Unknown) 2009-09-05 00:46:40 もし年齢が嘘ならみんな信じ込んでるみたいだから一応訂正しておきなよ。で、嘘じゃないならまぎらわしい態度ですいませんって謝りなw 返信する Unknown (Unknown) 2009-09-05 09:59:45 >こっちは真正面から向き合ってるってのに。真正面から向き合うのにUnknownでありますか 先輩!!あなたの田舎ではそれが礼儀ですか 先輩!!>しかし今感じているこの不信感はどこか懐かしい。学生時代は君みたいなのがたま~にいたなぁ……あっ あなたは23歳でもしかすると社会人1年生ですね 先輩!!なるほど、いろいろ合点がいきましたであります 先輩!!>まともに相手されてないみたいだしまともに相手する時にパンツの話などするとお考えですか 先輩!!23歳社会人なら察してくださいであります 先輩!!>ここらへんで終わりに。あずゆうらいくであります 先輩!!>レスは不要です。 あっ 失礼しましたであります 先輩!! 返信する Unknown (neko) 2009-09-05 10:49:06 相変わらずuniいや、inuさんは面白いなぁ(^v^)ちなみに私は13歳であります。先輩諸氏!! 返信する ありがとぅ! (イリス(さわら)) 2009-09-05 11:06:14 コメントありがとうございます!ふう様こちらこそ初めまして!いつも応援ありがとうございます「ポチ」だけ、なんてそんな!それが、とても嬉しいですよ~~~~!(笑)ものぐささんお気になさらず!ものぐささんと旦那サマの話は私も興味あるんですよね~~~ムフフ☆(笑)Unknownさんそうですね~無理にとは申しませんが、できれば名前を記名していただければありがたいなぁ、と思います。inuさんの年齢に関しては、気にしないでいいと思いますよ!(笑)inuさんお手柔らかにお願いしますよ、先輩!何歳でも関係ないですが、もうちょっと大人なコメントでお願いしたいであります、先輩!nekoさんあははは!中学生じゃないですか!ワタクシの年齢の半分って…!(笑) 返信する 犬っころ (Unknown) 2009-09-05 19:47:00 どうでもいいけど社会人二年生です。ハイ15歳にもなったのならもう少し大人のコメントでお願いします。この恥さらしめwさわらさんわかりました。別所に書き込むことがあれば何かしら名前をつけます。 返信する Unknown (uni) 2009-09-06 00:14:38 >犬っころ uniであります 先輩!!>どうでもいいけど社会人二年生です。ハイ本当にどうでもいいであります 先輩!!中卒、社会人8年生かと思っておりましたであります 先輩!!>15歳にもなったのなら15歳と9ヶ月であります 先輩!!これを言うのは3度目であります 先輩!!簡単なことなのでそろそろおぼえていただきたいであります 先輩!!>もう少し大人のコメントでお願いします。大人のジョークは苦すぎたでありますか 先輩!!>この恥さらしめwあなたのジョークはパンチが効いてないであります 先輩!!何の恥かはよく分かりませんがありがたく頂戴いたしますです 先輩!!最後に、23歳社会人2年生Unknown大先輩にっー 敬礼!!! ビシッ!!! 返信する uniさん (苦しみの連鎖(Unknown)) 2009-09-06 08:02:31 君はさ、人によって態度変えすぎだよ。ぞんざいに扱っていい人と尊重する人、どんな基準で決めてるの。どんな基準であれ、そのことで相手は嫌な思いをすることを考えてほしい。冗談やおふざけみたいなことも、時と場と相手の真意をよく考えてから決めてほしい。ひょうひょうと余裕ふかしたいところだけど、ちょっとムッとしている。ほんとは笑って流せるのがいいんだろうけど。この苛立ちは俺のエゴとペインボディか……。 返信する Unknown (uni) 2009-09-06 14:26:14 おや? あなたはおそらくは23歳社会人2年生Unknown大先輩ですね?>君はさ、人によって態度変えすぎだよ。あなたも同じではないのですか?>ぞんざいに扱っていい人と尊重する人、どんな基準で決めてるの。私に対し丁寧に接する人には私も丁寧に、小馬鹿に接する人には私もそのようにあなたも同じではないのですか?>どんな基準であれ、そのことで相手は嫌な思いをすることを考えてほしい。おやおや どんな会話でも相手がいて成立するということをご存知ないようだ。>冗談やおふざけみたいなことも、時と場と相手の真意をよく考えてから決めてほしい。そのようにしておるつもりですが 足りませんかね?>ひょうひょうと余裕ふかしたいところだけど、ちょっとムッとしている。あなたが私の記事を読んでいるのならば、何度も言ったはずだ。私には何の関係もないと。>ほんとは笑って流せるのがいいんだろうけど。そう思うのならそうなさい妄想に腹を立てるとは、まったく、お気の毒な人だ 返信する uniさん (苦しみの連鎖) 2009-09-06 16:24:33 この話題で長引かせるのもなんなので、これで最後の書き込みにします。レスはしてもしなくても構いませんが返信はできません。え~と。まあ、僕も感情にまかせて無礼なことを書いてしまったし、uniさんのことをあれこれ言うのはもうやめておきます。>小馬鹿~これについては断っておきますが、僕は小馬鹿にするつもりはありませんでしたよ。特に初めや二番目のレスでは、誠意と親しみを持って書いていました。あとパンツの件はイマドキの十代らしいジョークだと思いました(笑…ではそんなとこで失礼します。 返信する コメントをもっと見る 規約違反等の連絡 コメントを投稿 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
全てを知って初めて答えに辿りつく
段階があるのは間違いないのですよね
イリス様がこうやって書かれることは無駄ではありませんしね。
神は黙して語らず
御釈迦様が相談してくる相手ごとに発する言葉を変えていたのもそういう理由ですよね。
相手が受け入れられない事を諭しても意味が無いのです。
今、この時に必要な事を伝えてあげることが重要なんですね。
ですので教義などの経典を残すなとおっしゃるわけです。受け取り方により変わってしまうから。
私は仏教って答えの無いなぞなぞ本だと観じています。
これこれ、こういう時に、こういう話をしました。それを観てあなたはどう思いますか?
と、いうのが仏教の真髄なのではないかな?と、思います。
ま、私も仏教をきちんと勉強したわけではありませんが、そうだと確信しています。
意味は私にはちゃんと伝わってますから(笑)
私の人生のドラマの役は前もって決まっていて
変更はできません。一生悲劇の役を演じてください
生まれる前からの約束です。と捉えたら
これほど理不尽で納得いかないことはないかも
知れません。
けれど、自由に生きていいのですよ。
どんな役を演じて生きていくのも自由です。
与えられた環境や状況の中で幸せな役でも
不幸な役でも好きな役を
好きなだけ演じていいですよと・・・。
あなたの人生のドラマでは、あなたが主人公です。
あなたはどんな成長をしていきますか?
でもあなたの人生で出てくる脇役の方も全て
あなたが演じています。
自分ではそんな意識は持てないでしょうけど
でもあなたが一人何役も演じています。
だから誰かを傷つければ自分を傷つけることになり
誰かを愛せば自分が愛されることになる。
自分のドラマの中で自分に関わる脇役の方を
よく見てください。
あなたの知らないあなたを鏡のように映し出し
憎まれ役もかって出てくれます。
優しさや思いやりであなたは「愛」だと教えてくれます。
きっとあなたにも同じ部分があるはずです。
決して認めることも許すこともできない方でも
出来事でもあなたも役が変われば同じ事をする
可能性があります。
同じでありながら、どうして私のほうがマシだと言い切れるのですか?
どうして私が正しいと言い切れるのですか?
人を殺めることもだますことも裏切ることも
傷つけることも批判することも私はしない!!
そう言うほうがよほどの奇麗事だと思ってしまいます。
光にも闇にも傾く可能性がある自分を知っていくからこそ
自分のあり方に意識していくことが大事なのですよ。
と言う私の人生のドラマを私は演じています。
ちなみに息子のドラマの中では私は「鬼母」の
役のようです(汗)
演じているつもりで、無意識でいると
鬼になりきってしまっていますけど(T-T)
イリスさんごめんなさい(汗)
あくまで私の場合ですので、皆様流してくださいませ~(汗)
「演じる」といっても、何も演じていることを意識して、「本当の自分とは違う人柄の役を演じている」ということではないですよね?
だから、母親の我が子に対する愛情は、「本当は愛情などないのに、愛情があるかのように演じている」わけではないと思いますよ。
それぞれに その人なりの
いまを『体験』してるだけだと思ってます
もちろん、自分を取り巻く世界や因縁の影響も受けもし、いろんな事象からメッセージを受けつつ、その時その時の判断、選択、他に委ねることで・・思いもよらない変化は起こっていきますけど
体験してる
体験しにきてる
昨日、動物園のおサルさん親子に学んだこと・・
『愛すること』
『信頼』
生きてりゃいろいろあるけど・・自分には
良寛和尚の『丁度よい』のことばがしっくりくるんだけれど
おまえにはそれが丁度よい・・
「本当は何一つ傷ついていない」というのは、以前イリスさんがおっしゃってた、ゲームの中の話、と思えばそうかもしれません。
正直なところ今は、本当に渦中だった日々は10年以上昔で、後はその後遺症にずっと悩まされてきた、という、今地獄をみている人から見ればユルい状況だからイリスさんの言葉を受け入れても良いかも、なんて思っているだけかもしれません。
そう信じたがっているだけでしょ、と言われたら、にわか信者には返す言葉もありません。
なので、大変恥ずかしい感想なのですが、それでもやっぱりイリスさんの言葉は分かるような気がしました。
「本当は傷ついていない」というのはまだ実感として分からないのですが、あの体験があったからいろいろなことを考えることができた、と思うんです。
(残念ながら、ずっとずっと考えてはきたのですが、まだご覧の通り、ウロウロしております)
そして、それをやった父はそれがどんな衝撃を子供に与えたか分からないでしょうが、私は分かります。
また、自分の子供を持った時どうすれば良いか、さっぱり分かりませんが、アレはダメだ、ということは分かります。
ものぐささんがおっしゃってた、「負の連鎖を断ち切る」ことができるかもしれません。
舞姫さんがおっしゃってましたが、「親も自分のドラマを必死に生きてきただけ」。
全くそうだと思います。
最近、少しずつ父への感情を切り離してみるようにしていたところ、父もそのまた母親へ遺恨があったようで、そういった話をする父を見て、「この人も一人の人間だったんだなぁ」と思う時があります。
きっとそういった負のエネルギーの行き場を子供に求めるしかなかったのかもしれない、と少し思います。
こはきゅさんのおっしゃる通り、「~であるべきなのにっ!」と父に期待していた自分がいます。そうして「私は可哀想なのよ、なんとかしてっ」とやっていたように思います・・・。
イリスさんの記事を読んで思ったのですが、別に父のやったことを「許す」、つまり悪いことに目をつぶれ、ということはしないで良いのかな、と。
彼は間違ったことをした(いや、この判断もいけないのかもしれませんが)、その通り、そこは認めて良い、でも、彼にも事情があった、私も過大な期待をかけ、また可哀想な自分に酔っていた、だから悪いことを悪い、と認める以上の責めはもう止めよう、っていうか・・・。
真摯に感想を書こうとすればする程、ほころびが大きくなってしまいます・・・。
長文・悪文ですみません。
イリスさん、Famさん、ものぐささん、舞姫さん、みぃさん、ポケチューさん、その他、お時間を取って頂いた皆様に心から感謝を致します。
匿名希望さんの「なんで自分の母親を殺さないでこれたのかわかりません」という言葉には胸を突かれました。
またあきのさんがそれだけ深く追求されるのは、やはりそれだけ深い痛みがあるからだと思います(30日の質疑応答はこれからじっくり拝見いたします。すごく勉強になる内容と見受けました)。
イリスさんより更に言葉足らずで申し訳ないのですが、イリスさんとコメントを下さった皆様、またいろいろ派生して意見を寄せられた皆様、本当にありがとうございました。
いろんな紛争や事故、病気で命をおとしてゆく人もいる
神もそれを承諾してる
自分でさえ多くの動植物の命の犠牲の上に生きている
互いに生きて、生かされている
スピ知らずで必死に生きていた。
今、水が染み入るほど
さわらさんの言ってることが理解できる自分がいる。
では今、どちらを選びますか?
さわらさん言ってることを選びます。
自分の中の「揺るがないもの」と同じだから。
それぞれのアプローチの仕方が違うだけで、
イリス(さわら)さんもあきのさんも、自分もどんな人も
目指すところは一緒なのかもしれないな、と感じました。
心(感情)や身体は傷ついても、
その奥にあるもっとも神聖なもの(魂?)、
その人の存在そのものは傷ついていない、穢されていない。
そう解釈してもいいのかな?
「夢」や「ゲーム」「ドラマ」という言葉を使うと、
どうしても現実逃避をして虚構の世界に逃げているような
イメージが浮かんでしまうけど、
イリスさんのおっしゃっていることは、
厳しい現実世界を生き抜いていくための”軸”を
しっかりと持つということ、
苦しみや悲しみと正面から向き合うために必要な生き方の姿勢、
そういうことのような気がしています。
イリスさんのように、すべてを「達観された」方であれば、是非、このことを一度ご一考頂けたらと存じます。
◆地獄の中で、愛を唱える勇気があるか?
1994年に起こった「ルワンダ紛争」のことは、ご存知と思いますが、その実話を元にして作られた映画「ルワンダ・ホテル」「ルワンダの涙」という作品のことは、ご存知でしょうか?
もしよろしければ、一度ご覧になってください。
そして、ご自身で是非、問いかけなさってみて下さい。(勿論、イリスさんが「これ以上枠を広げられない」という状態であれば、無理強いは致しません。)
◆自分が紛争時フツ族だったら、虐殺されるツチ族を目の前にして助けに行けただろうか?
◆自分がツチ族で、家族が目の前で殺されていく中でも、すべてを赦せるだろうか?
◆自分がフツ族で、ナタを手に渡され「ツチ族を殺せ」と言われた時、それを拒めるだろうか?
◆自分が国連職員だったら、残されるツチ族達と運命を共に出来たか?
この時、ご自身の姿勢をどれだけ維持出来るか――是非、ご一考なさってください。
愛とは、「地獄の中」でこそ本当の光を放つものだと――私はそう思います。
その証明を、映画「ルワンダの涙」の中で、クリストファー神父が証明してくれています。
所詮私達は、先進諸国で、豊かな国と飽食の中で生きる存在です。
日本は、管理された「熱帯魚の水槽」のようなものです。(でも近々、この境界が解かれる危険性を、私は感じています。)
自分達の苦悩を卒業した後は、地球上に生きる兄弟達の苦悩を取り払う番ではないでしょうか?
勿論、そこまで強くなれる人間は――そうそういません。(それだけの強さがないから、私達はこうした「甘い国」に転生してきたのだと、私はそう痛感しています。)
私は今、日本のカルマの深さを体感している最中です。
>旅がらす様
初めまして。横レス、失礼致します。
紛争や飢餓を、神は決して承諾されていない――私はそう確信しています。
それは、資本主義国家の揺らぎが証明しています。もし神が紛争や飢餓を承諾し、理不尽な支配の元で苦しんでいる人々を承諾しているのであれば、金融不安が果たして起きたでしょうか?
原因不明のウィルスが流行るようなことが、あったでしょうか?
日本が、先進諸国であるにも関わらず自殺大国と言われるような現状が起こるでしょうか?
時代は、究極な局面を迎えています。
世界の現状を知ることが、先進諸国で甘い蜜を吸ってきた私達にとって、優先すべき事柄なのではないでしょうか?
※ご自身の問題をまずは優先的に考えたい、という方は世界の問題に目を向けなくて結構です。何故なら、それほどまでに「闇が深い」からです(私は事実、そうしたアフリカに関するNGOの知人、国際機関の友人・知人が大勢いる為、現状を見聞きしているから知っているというだけの話ですので)。
ただ、「日本の現状が、世界の現状だ」とだけは、絶対に思わないでください。
そして、日本で言う「愛」が、世界で通用するとは思わないで頂きたいのです。
世界の闇は――もっと「深い」のです。