イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

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ESKI DOGAN BEY KOYU(旧ドアンベイ村)

2011-09-29 00:40:21 | 
 
日本からの友達と一緒にMETROPOLISの後に向かった先はAYDIN(アイドゥン)県、ミレトス、プリエネなどの遺跡のすぐ近く、ESKI DOGAN BEY KOYU(旧ドアンベイ村)です。この村の歴史は紀元前7世紀までさかのぼることができるそうです。
 
 
 
1924年まではギリシャ人が住む村で、ギリシャ語でδωματια(DOMATIA=ドマティア)と呼ばれていたそうです。かつて森の中に一軒一軒の家が離れて建っていました。それぞれの家には大きな中庭があり、独立した部屋の様に建てられていました。この部屋のことをギリシャ語でDOMATIAと言ったことからここが村となった時に、村の名前をDOMATIAとしたのだそうです。
 
 
 
ギリシャ人が村を離れて行く時に、悲しみのあまり家を壊して行ったり、その後の定住が進まなかったり、道が狭い、風が強いなどの悪条件が重なったこと、近年になって火事があるなどして、村は1985年に完全に空っぽにされ、この村のすぐ下の道路沿いにYENI DOGANBEY KOYU(新ドアンベイ村)が作られました。
 
    
 
その後、かつて病院、学校、交番として使われていた建物が、新たにDILEK半島国立公園のビジターセンターとして修復されたことにより、国内外からこの村のすばらしさを知る人々が再びこの村を守り生かそうと、うち捨てられていた村の家や土地を買い、伝統を壊さぬ形で家の修復を始めたのだそうです。
 
 
 
村に入るには干上がった川にかかった橋を渡ります。冬にはこの川にも水が流れ、村の中から始まるハイキングコースにはギリシャ人達が生活用水としてつかっていた湧き水や小さな滝が見られるそうです。今この村がどんな状態になっているのか大した知識もなく訪れました。修復がされているとは聞いていたので美しい家々を見た時、当然人が住んでいると思ったのですが、村の中には人っ子一人いません。猫が三匹、聞こえるのは風の音、そして一軒の家から芝生に水を撒くスプリンクラーの音のみ。でも花はきれいに咲き、家の窓にはカーテンがかかり、テーブルの上には花が置かれ、誰かが住んでいる気配はあります。でも誰もいないのです。
 
 
 
ほとんどの家は鎧戸が閉められています。修復された家もあれば朽ちかけた家もあります。村の真ん中にあるモスクのミナレ(尖塔)はくずれかけています。横にある建物はまるで礼拝堂のような形、窓からのぞくとドイツ語らしき文字も見えます。
 
 
 
途中でトルコ人でもないし、英語圏の人でもない外国人のおじさんが観光客を案内していました。それから窓は閉まっているけれど一軒だけ人の気配がありました。それだけ・・・。どのくらいの時がたったのか、私達は村の静けさと美しさにぼうっとしていました。不思議の国に迷い込んだ様な気分です。精霊や妖精たちがあの村にはいたような気がします。
 
 
 
下界と言うか現実の世界に戻り、最後は夕日を眺めながらお魚を食べようと言うこの日の私のプラン。ESKI DOGANBEY村から10分ほど海に向かって走るとDIL湖という湖があります。ここはちょうど北海道のサロマ湖のような場所、海と湖を仕切る砂嘴(さし)があります。道の行き止まりにぽつんとお魚レストランがありました。こんな最果て?でもお客さんは結構いるものです。普通お魚レストランには猫達がおこぼれを狙ってウロウロしているものですが、ここはアヒルや鴨がテーブルを巡回してえさをねだっていました。
 
 
 
 
 
 
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METROPOLIS(メトロポリス)

2011-09-24 11:29:24 | 

日本からのお客様2011年第二弾!長年のトルコ語お友達が恒例のトルコ旅行の途中にイズミルまで足を伸ばしてくれました。しかもまたまた大量の救援物資とともに・・・。私よりもはるかにトルコ通、歴史通ですからイズミルでもそろそろ行くところが尽きて来たかと悩んでいたのですが、インターネットをさまよっているうちに(?)素敵な場所を見つけました。本当に探せばいくらでも出てくる穴場だらけのトルコです。

イズミル県TORBALI(トルバル)市、イズミル中心から45kmほど、最近は高層アパートの建設が進みつつありますが工場と畑もまだまだ多く見られます。OZBEK(オズベキ)村とYENIKOY(イェニキョイ)村の間、一面に広がるにんにく畑の向こうの山の斜面にMETROPOLISはありました。METROPOLISは古代イオニアの都市の中で重要な位置を占めました。名前の由来は女神「METER ALLESIA」に由来するそうです。この女神を祀っていたとされる場所が別の場所にあるそうですが、そこから発掘されたものからここが信仰の中心地であっただけではなく占いや予言の中心としても栄えていたことがわかるのだそうです。

豊穣な土地にあった為ワインの生産が盛んでスミルナ(現在のイズミル)とエフェソスを繋ぐ道の途中に位置することもあって当時の商業の要衝でもあったようで、HEGESIASという名の銀行家が生きていたことまでわかっているそうです。ここに住んでいたお金持ち達はMETROPOLISをすばらしい都市にする為にあらゆる投資をしたのだそうです。

訪問者もなく管理しているおじさんが一人。入場料もなし。ここにモザイクがあることをあらかじめ読んでいたので、おじさんに聞いてみるとにやっと笑って「見せてあげましょう」と鍵をとりに行きました。手には鍵と水を入れたペットボトル。入り口近くにある建物へ。おじさんモザイクの上に水をかけていきます。すると色あせたモザイクがたちまちいきいきと蘇ってきました。これらはローマ時代のものでDIONYSOS(ディオニソス)とその后ADIADNE(アリアドネ)など神話の登場人物や劇で使う仮面などが見られました。管理しているおじさんによると、このモザイクのレプリカを作ろうと長年試している人たちがいるそうですが、どうしてもこれと同じ美しいものはできないのだそうです。

劇場はアナトリア地方で石でできた劇場としては最も古いものの一つ、紀元前2世紀のものだとと考えられているそうです。4000人収容で舞台の床は白と青の大理石で覆われていました。

その他にローマ時代に来ればやっぱりお風呂。紀元後2世紀に造られたとされるお風呂は、床下を温めるシステムがよくわかります。ここではお風呂だけではなくスポーツ施設もあったそうです。

下の写真は、METROPOLISの議会場跡です。400人収容で円形の座席の間にはライオンの脚が施された階段が3箇所あり外に出たい人たちは、会議の邪魔をすることなくこの階段をつかって上へ出ることができたそうです。

遺跡の周りは城壁で囲まれていますが、もともとヘレニスティック期に作られたものでビザンツ時代に補強されたようです。今でも発掘は続いており、畑の真ん中の発掘場所からまだまだたくさん色々出ているようです。

TORBALIにはまだ考古学博物館がありませんが、この遺跡から出たものが散逸しないで見ることができるようになるといいのですが。

 

 

前回のクイズ?の正解は「ピスタチオ」でした!cakeさん、mikiさんさすが!!!

まめさん、写真をどうもありがとう! 

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TURK JAPON DOSTLUK KONSERI(トルコ日本友情コンサート)

2011-09-19 22:22:04 | イズミル暮らし・イズミル案内

9月16日、イズミルのアフメドアドナンサイグン芸術センターでTURK JAPON DOSTLUK KONSERI(トルコ日本友情コンサート)が開かれました。この日演奏された曲は向山精二さん作の「紀伊の国交響組曲」の第5楽章「友情」。奇しくも121年前の1890年9月16日、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が現・和歌山県串本町沖で遭難し650人の乗員のうち500名余りが亡くなるという大惨事がありました。生存者達は村人たちの献身的な介護により無事に母国に戻ります。日本とトルコの友情の始まりともされるこの事故から更に95年後の1985年、今度はイラン・イラク戦争でテヘランに取り残された日本人215人がトルコ航空機により救出されるという出来事がありました。

この二つの出来事に感激した和歌山県在住のアマチュア作曲家向山精二さんは、2つの出来事を音楽で表現、向山さんが10年前から取り組む「紀伊の国交響組曲」の第5楽章「友情」としてまとめられました。

~第5楽章は2つのパートに分かれる。その1『九死に一生』は、テヘランからの救出劇がテーマ。中東の不穏な雰囲気から戦争勃発直前の救出、感謝に至るまでを6曲で、その2『エルトゥールル号の軌跡』は、トルコ出航から日本での拝謁、帰路の台風、遭難、救出を経て友情がめばえるまでを10曲で表現した。この中に、感謝と、両国の人を讃える詞を挿入し、合唱団が日本語、トルコ語で歌い上げる。また、演奏中は向山さん自らがトルコの空港で撮影した映像をはじめ各事件にかかわる映像をバックに流し、実感してもらう考えだ。
 向山さんは「日本とトルコ、両国の人による命と命の助け合い。これこそが真の友情。曲を通じて後世に伝えて行きたい」と目を輝かせている。~
ニュース和歌山2010年9月18日号掲載記事より抜粋。

この着物姿が様になっているトルコ人の司会者は、現在大阪大学博士課程在籍のHALITさん。我楽亭 ハリト(わらってい・はりと)という芸名の落語家でもあるそうです。

コンサートは2部構成、1部の後にサプライズゲストが!テヘランへ日本人救出の為の飛行機を操縦した機長オルハンさんが会場にいらっしゃったのです。86歳ですが矍鑠としていらっしゃいます。

休憩時間に一言お礼を言いたいと、思い切ってオルハンさんの側まで行きました。どのように救出に向かったか、任務を拒否することなど考えもしなかった、その時の日本人の様子、天皇陛下からの勲章を受け取ったことなど、きっともう何回も説明されていると思いますが、しっかりとした口調で休憩時間が終わるまで話して下さいました。恥ずかしながら(?)私も「日本人としてとても感謝しています」と伝えることができました。

そして2部の後にもサプライズ。今度は遭難したエルトゥールル号から生還した69名の一人テヴフィックさんの娘ムザッフェルさんでした。120年前に兵隊だったお父さんの娘さん、一体おいくつなのでしょう。しっかりとした足取りで舞台に上がり「父はどのように助けられたかを生涯話し続けていました」と説明してくださいました。

向山さんの曲と映像で蘇ったトルコと日本の友情物語、お二人のサプライズゲストで更に生き生きと熱く心の中に刻まれました。エルトゥールル号遭難とテヘラン救出、どちらも一人でも多くの日本人とトルコ人に知って欲しい出来事です。

 

 

アダナへ引っ越してしまった日本人嫁仲間まめさんから、

 アダナの街角で売っていたこれ、一体なんでしょう?

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LABRANDA ve IASOS

2011-09-14 10:32:38 | 

イズミルからムーラ県ミラスへ向かう道路を左に折れて山道を上ること14km、松に覆われた山の中にLABRANDA(ラブランダ)の遺跡はありました。行き交う車もない遺跡の入り口近くの木陰で、村の人らしきおじさんが昼寝中でした。私達の車の音を聞くと飛び起きたおじさん、手にはしっかり入場券の束が。

LABRANDAは古代ミラスへ水の供給を行っていた場所でもあり、今でも村には「LABRANDA」ブランドのミネラルウォーターの工場があります。

アナドルの南西部にいたカリア人たちにとってLABRANDAはかなり重要なカルトの中心地だったそうです。少なくとも紀元前6世紀から信仰が続いていたそうです。ペルシャ軍に反旗を翻したミレトスに加わったカリア人たちは紀元前497年の戦争で負けてしまいます。

紀元前4世紀にカリアのMAUSOLES王はLABRANDAを家族の神聖な場所とします。MAUSOLES王は自分に企てられた暗殺から免れたことから、その弟IDRIEUSと一緒にゼウス神殿と二つの大きな宴会場などを作りました。この宴会場は現在でもよく残っています。この神聖な場所では毎年5日間続く宗教的なお祭りが行われたそうです。344年にIDRIEUSが亡くなるとこれらの建設にも終止符が打たれ、カルトの中心地としての役割も4世紀頃の大火により終わったそうです。その頃ものとされる墳墓が現在修復中でした。

 

IASOS(イアソス)はミラスから28km、KIYIKISLACIK(クユクシュラジック)村にあり、三方を海に囲まれた二つの半島にあります。ここに入植した人たちのリーダーの名前がIASOSでした。紀元前5世紀までIASOSに関する記述はあまりないそうですが、発掘すると紀元前3000年までさかのぼることができるそうです。

IASOSは小さな家族経営のペンションと入り江にある数軒の魚レストランのほかには何もないような村ですが、その静かな入り江の景色は、回りにまるで要塞のように建っている別荘郡の醜い景観で台無しにされつつあります。私が持っているガイドブックにも「(醜い別荘を)なるべく見ないように努めながら(イアソスに近づくと)」と書いてありました。

内陸部にある通称「BALIK PAZARI(魚市場)」はIASOSの博物館になっていますが、その名前はかつて村民によってこの建物が魚市場に使われていたことから。入り江にくるとそこはまるでオープンエアーの博物館の様に遺跡に覆われています。町の会議場、アゴラ、運動場などを見ることができます。

当時IASOSでは男の子達を運動場で運動した後海で洗うのが習慣でした。ある時、岸へ近づいたイルカが子供達の一人を背中に乗せて海へ連れて行っては、また岸につれて戻ってきていました。この話を聞いたアレキサンダー大王は子供をバビロニアへ連れて行き、海の神ポセイドンの司祭としたとか。IASOSから発掘された紀元前3世紀のものとされる硬貨にイルカの背に乗った子供が描かれているそうです。

何千年もの歴史を一気に旅することのできるトルコ、遺跡と共に生活する地元の人々は自然体で遺跡の中にとけこんでいますが、年々侵食してくるように増え続ける別荘郡、そして建設途中で放棄され廃墟の様になっているところも少なくありません。もう少し景観や村の人と別荘族?の共生を考えた街づくりを考えられないものだろうかと旅するたびに思います。

 

 

現代のLABRANDAの水

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RAMAZAN BAYRAMI(ラマザン休暇)

2011-09-09 15:55:49 | 

8月1日から29日間続いた今年のラマザン(断食月)、一日は長いし、喉は渇くし、朝4時ごろ起きて食事をとってまた寝るというのもなかなか大変でしたが、過ぎてみればあっという間、早くも暦は9月です。まだまだ最高気温は35度前後の日々が続くイズミル、でもさすがに日差しになんとなく秋の気配が感じられるようになりました。

日本では台風の被害が甚大な様子、雨の心配をすることなしに生活していることが申し訳なくなります。トルコの学校は6月から始まった長い長い夏休みを経て、新1年生は9月12日から、その他の学年は9月19日から新しい学年が始まります。その前に最後のTatil(休暇)と言うことで、ラマザンバイラムがありました。

普通宗教上の休暇はだいたい3・4日ということが多いのですが、今年は直前になって「公務員は9連休!」が発表されました。こういう直前になってのお休みの決定が結構あるトルコ、お仕事滞らないんでしょうか・・・。不思議です。

我が家は9連休と言うわけには行きませんでしたが、珍しく6連休!以前からずっと行きたいと思っていたMUGLA(ムーラ)県のOREN(オレン)と言うところへ行くことに。トルコでは日本のように各種至れり尽くせりのガイドブックはあまりないので、我が家の旅は行くところ(宿泊先)を決めたら地図を開いて、その途中にある遺跡や景色のよさそうな場所を探しながら巡っていくスタイル。

今回もMUGLA県の中の遺跡やトルコの夏のリゾート地として有名なBODRUM(ボドルム)半島を回りながらORENまで。ORENではホテルの前の海岸で海に入ったり、チャイを飲んだり、観光客も少ない小さな入り江を探してドライブしたり、のんびりと過ごしてきました。LABRANDA(ラブランダ)、EUROMOS(エウロモス)、IASOS(イアソス)、BECIN KALESI(ベチン城壁)などの遺跡はほとんどガイドブックにも載っていないし、訪ねる人も少ないマイナーな遺跡ですが、予想していたよりも見応えがありました。

そして今回の旅の一番の収穫はなんといってもこの蟹~!!!IASOS(KIYIKISLACIK村)と言う本当に鄙びた村にあるレストラン、トルコで初めて食べた蟹!!!Mavi Yengec(青蟹)と言う種類だそうですが炭火で焼いただけなのに絶品でした。二人で無言でかぶりつきました。しかもお値段1杯10TL(約430円)。この蟹を食べるためだけにでもまたこのKIYIKISLACIK村へ行く価値ありです。

そしてもう一つはBODRUM半島のYALIKAVAK(ヤルカヴァク)と言う海辺の街で食べたKABAK CICEGI DOLMASI(ズッキーニの花のピラフ詰め)。夏になるとパザルや街角で摘んだばかりのズッキーニの花を売っているのを見かけるのですが、買って料理する勇気もないし、花にご飯?と言う感じでした。家庭料理レストランのメニューに見つけて思い切って食べてみることに。これがまた美味しかった。来年の夏には絶対にチャレンジしようと今からレシピ研究中です。

結局食欲がメインの旅だった様ですが、遺跡について次回ご紹介したいと思います。

 

 

 

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