イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

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DEDE(デデ=おじいちゃん)

2008-01-26 21:15:08 | イズミル暮らし・イズミル案内


さてこの懐かしい白黒の写真に写っている二人は誰でしょう。



この写真がヒントです。そう、昨年亡くなったアナアンネ(おばあちゃん)とその旦那様、デデ(おじいちゃん)の在りし日の写真です。デデはまだ49歳の若さで亡くなったので夫はデデの顔を知りません。警察官だったデデは生きていれば今年で98歳、なんとアナアンネより3歳年下の旦那さんだったそうです。

去る1月7日はデデの命日でした。デデとアナアンネの子供であるアンネ(義母)とテイゼ(叔母さん)には二人のお兄さんがいましたが、二人とも既に故人となり私はお目にかかることはできませんでした。アンネとテイゼは今でも毎年命日には「ロクマ」を配ってババ(お父さん)のことを偲びます。

 テイゼとアンネ、ロクマ記念にパチリ。こうやって見るとやっぱり似ている姉妹です。

前回までは住まいの前の通りで人通りも少なかったのですが、今年は人通りの多いところにロクマテントを設置、時間帯もちょうど昼時と、学校から走ってもらいに来る子供たちもおり盛況であっという間にすべてのロクマを配ることができました。

 
ロクマ職人さんたちが上げたものをすぐにシロップにつけて配ります。うちから大きな容器を持ってくる人も。


自分の順番が来るまでじっと待っていた男の子。

近所のお店や日ごろ付き合いのあるご近所さんにテイゼ達が配りに行っている間、私も配るお手伝いをしました。大きな容器を持ってくる人には何個入れようかなかなか難しい判断です。

 
日本へ紹介するからと言うと喜んで何回もポーズをとってくれたロクマ職人さん達。

こうやって通りすがりのデデを知らない人たちにも美味しいロクマを食べてもらい、皆さんに「安らかに」と声をかけてもらってとてもいい供養になったと思います。アンネやテイゼはいまだにアナアンネのことを思っただけで涙があふれてくるのですが、こうやってデデのことを笑顔で思い出すようにアナアンネの思い出話もできるようになってくれたらなあと思っています。



ロクマの作り方は「トルコ@気のむくままにっ記」シィさんが別ブログ「Merhaba@キッチン」で紹介されています。

 ※そのシィさんのリクエストにお応えして、職人さんがロクマの生地を
  油に入れて揚げている様子を写してあったので短いですがご紹介します。 

 




父親が亡くなったのは深夜で今でも夜中に明かりのついている
家を見るとその時のことを思い出すというテイゼ。

            






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DUZCE(デュズジェ)2

2008-01-21 10:54:05 | 

GUZELDERE SELALESIへ行く途中にあるEFTENIGOLU(エフテニ湖)、湿原のようです。

日本からトルコへ戻って二日目、この日はイズミルまで戻らなければなりません。なんとしても晴れてもらって念願の「GUZELDERE SELALESI(ギュゼルデレ滝)」を見なければ。願いがかなったのか朝ホテルの窓から外を眺めると真っ青な空に太陽、地面からは湯気がぽっぽと上がって雨上がりのDUZCEはぴかぴかに輝いていました。



ホテルで道を聞いて出発したものの、ドライバーは方向音痴の夫、すぐに違う道へ…。でもこれは「ジャーミー(モスク)の角を曲がって」と言われたからです。トルコにジャーミー、日本のコンビニのようにあちこちにありますから。夫は方向音痴ですが野生の感があるのか、間違えたこともすぐに気がつきます。
無事に体制を整えて道を進むとこんなかわいらしい吊り橋がありました。まだ空気はもやっていてなかなか素敵な風景です。


途中で見かけた小屋。雨の多い黒海地方では作物を貯蔵する為に高床式にしているのだと思います。

もともとこんなマイナーなDUZCEのGUZELDERE SELALESIになぜ行きたかったかと言うと、TRTと言うトルコの国営放送で「GEZELIM GORELIM(ゲゼリム ギョレリム=旅をしよう、見よう)」と言う番組があり、トルコの地方のさまざまな村を訪ねてそこの習慣や美味しいもの美しいものを紹介しています。もう1年以上前にたまたまこの番組でDUZCEを紹介しておりGUZELDERE SELALESIの美しさに、ぜひ行かねばと思い続けていたのです。すぐ忘れる夫の為に、玄関にメモまで貼り付けていました。



GUZELDERE SELALESIは国立公園の中にあり、ちょっとした休憩所と宿泊ができるロッジがあります。確か4人定員で1泊10,000円程。500円ほどの入場料だったか駐車料金たったかを支払っていよいよ滝へ。



滝までの道は下り坂でよく整備されています。雨に湿った落ち葉を踏みしめながらかなり下まで降ります。だんだん勢いよく落ちる水の音が大きくなりそしてついに木々の間に120mの高低差で落ちる滝の姿が見えました。


滝つぼのすぐ近くまで降りていけるのですごい迫力の水音を全身で感じることができます。



 

 

 

いかがでしょうか、少しでもこの滝の美しさを味わっていただけましたでしょうか。いつまでも眺めていたい景色です。後ろ髪を引かれるように降りてきた道を元に戻り、休憩所でチャイをいただきました。滝を抱く山を遠くに眺めながらできることならばこのままここにずっと座っていたいと思いました。

 
シーズンオフのせいで訪れる人も少なく滝を独り占めすることができました。


いくら風景に満足してもおなかはすく私。


見えるかな、霜を見るのも久しぶりでした。

朝早くに出かけたのに念願のGUZELDERE SELALESIで予想以上に時を過ごしてしまい、イズミルまでの長い道のりへ泣く泣く出発しました。


お気に入りの一枚。裸の木々の間にぽつんと見える家。


そしてイズミルに到着したのは深夜の3時。途中で何回も急カーブの山越えがあり雪のちらつくところもあってかなり怖くて遠い道のりでしたが満足のトルコ「ただいま旅」となりました。




帰りたくなかった私の気持ち、わかりますか?
         






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DUZCE(デュズジェ)1

2008-01-15 12:20:41 | 


夜の停電が前回のブログを更新してからパタッとなくなり、その代わりに午前中9時半から12時近くまでの間に毎日電気が消えるようになりました。でも夜の停電よりはずっとまし、こうやってトルコ生活に慣らされていくのです。

日本から帰国後、イスタンブルからイズミルへ帰る途中で以前から行きたかったDUZCEという所へ寄ったことを今頃になってやっとご紹介したいと思います。イスタンブルからDUZCEへは170キロ余り、まあ普通に走れば3時間で着くと軽く考えて走り出した雨のイスタンブル…

ヨーロッパとアジアをへだてるボスフォラス海峡、ヨーロッパ側にあるアタトュルク空港からアジア側のイズミルやDUZCEへは、この海峡を橋で渡らなければなりません。ボスフォラス大橋には第一と第二があり、うちの車はKAMYONET(カムヨネット)という種類の為、第一大橋を渡ることが禁止されています。以前おのぼりさん丸出しで知らぬ間に第一大橋に突入してしまい罰金を取られた悔しい過去があります。前回「トルコへ」でも書きましたが方向音痴の我が夫、同じ間違いは犯すまいと第二大橋へ続く道を探すのですが焦ると…

3回か4回同じところを回り、既に時間は23時でした。それでも橋を抜ければまっすぐ一本道、何とか2時には予約しておいたホテルに到着することができました。3時にベッドに倒れこむまで日本の家で目が覚めてから26時間起きていたことになります。


ロッジ風でシンプルながらなかなか快適だったホテル。

前日の大雨に続き翌朝も残念ながら霧に煙るDUZCE、私たちが今回のメインにしているところは滝、こんな日に行っても足場は悪いし寒くてろくに見えないだろうからとこの日は近場をドライブすることにしました。DUZCEと言う地名は余りなじみがないと思うのですが、1999年8月に死者17.262人を出したM7.4のマルマラ地震を覚えていらっしゃいますか。DUZCEではその3ケ月後にM7.2の地震があり818名の方が亡くなっています。2002年にこの地を通り過ぎたときはまだクズライ(トルコ新月社=赤十字に相当する)のテントで生活している人たちもおり胸が痛みましたが今回は表面上は何とか整えられているように見受けられました。

 

 

見ているだけで寒くなってしまいますが、黒海地方の空気は日本から帰ってきた身にも優しくしっとりとしていてエーゲ地方ではなかなか見られない木々の紅葉も見られ、日本の秋を堪能してきたばかりでしたが「トルコの晩秋もなかなかのもの」と嬉しくなりました。





写真では山肌にへばりつくような小さな村々の美しさがなかなかお伝えできないのが残念です。ジャーミー(モスク)のミナレや黒海特有の家のつくり、立ち上る煙、そこにいるだけでいいという感じです。



このあたりは鍾乳洞が多いことでも有名らしく、色々と聞いたのですがどこも入り口が閉じられていて中に入ることはできないと言われて今回は断念しました。このロバを連れたおじさんに道を聞いたところはかなり標高も高く雪が降り出していました。



時間もまだ早いと言うことで、黒海のAKCAKOCA(アクチャコジャ)と言う街へ(地図参照)向かいました。黒海に沿った街へ行くと二人とも必ず「老後は黒海に住もう」と言うことになります。どこがいいと言われても困るのですが、最初に住んだチョルムを思い出させるせいか、緑が多く落ち着いた街並み、エーゲのまぶしい太陽に慣れてしまうとこういう少し陰のある風景に惹かれるのかもしれません。



AKCAKOCAのMERKEZ CAMII(メルケズジャーミー=中央モスク)はセルチュク時代の八角形の屋根とトルコ民族の大テントをイメージしたと言うモダンな建物です。地震にも耐えられる構造だそうで久しぶりにジャーミーの中に入ってみました。そしてジャーミーにお祈りのためにはいる人が身を清める為に利用している「SADIRVAN(シャドゥルヴァン)」では、噴水部分に大理石の玉が乗せてあり流れる水の力でその玉がくるくる回っていました。



 中央に見える大きな丸い玉が噴出す水の上でぐるぐる回っています。


MERKEZ CAMIIと黒海をお天気のいい日に望むと・・・。(写真はAKCAKOCAの役所のHPから拝借しました)

インターネットで調べるとMEHMET AKIF KOSKU(メフメットアキフ屋敷)と言うのが特別な建築家に作らせた家で見るに値すると言うので訪ね訪ねて見つけたのですが、門も鎧戸も閉まっており人の住む気配なし、べルを鳴らしたら管理をしているらしき人が出てきて「一般に公開はしていません」と言われてしまいました。

 
一応外から写真だけ写した「MEHMET AKIF KOSKU」。

帰りに道端で売っていた果物の中に初めて見る「MUSMULA(むしむら=西洋かりん)」を発見。食べると柿のようなディーツのような不思議な味がしました。もう1回食べたい?と聞かれたら…ううううむ。



 これがMUSMULA。

次回は感動の「GUZELDERE SELALESI」をご紹介します。






もうすぐ1歳を迎えるエリフ。一人遊び中。
           






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停電

2008-01-08 10:26:24 | イズミル暮らし・イズミル案内


この写真、大晦日の食卓…ではありません。ここ数日の夜の我が家のサロンの光景。毎日停電です。もう怒る気力も残っていないくらいです。クルバンバイラム(犠牲祭)が過ぎた頃、2・3日停電がありました。もちろん何の知らせもなしにです。その後、電力会社のサイトを見たら12月28日にイズミルの多くの地区で時間を決めて点検の為の停電があると告知がしてあり確かにその通り停電になりました。これでちゃんと元通りに電気のある生活が送れると当然思い込んで新年を迎えました。新年の2日間は大丈夫でした。そして悪夢は3日から始まりました。今日は1月8日ですが、夕べまで毎日夜20時半とか21時半になるとぶちっと暗くて寒い世界がやってきます。日曜日などは13時半に電気が切れて夜の23時についたかと思ったらまた1時間後には消え翌朝の8時まで電気なし。どういうことなんでしょう。更に悲しくなるのは電気がないのはうちのアパートを含めてほんの6棟位のアパートだけ。その他の家々には煌々と明かりがつきエアコンの室外機は暖かそうに音を立てているのです。うちだけ…。でも他の地域でもこのようなことが起こっているらしいのです。少しでも暖かくなるかな、と家中にろうそくを灯して懐中電灯の明かりで新聞を読む…なんだかもう哀れな我が家なのです。お気に入りのドラマを見ている時に限って切れるのでもうストーリーわからなくなります!電力会社の「ALO電気(?)」186番に電話をしても常にお話中、万が一通じても5分くらいたらいまわしにされた挙句に全く要領を得ないお詫びの一言すら絶対言わない人が出るだけで余計腹が立ちます。最近は電気がついただけで感謝をするようになってしまっています。もちろん電気も水道もある当たり前の生活ができることに感謝をすることは大切だと思うのですが、限度がありますよね。こうしてトルコ人は「諦めを知る人」になっていくのでしょうか…。



さて気分を変えて楽しい写真で締めくくりたいと思います。
この一家は夫の職場友達のご家族です。年末に食事にお呼びした時の写真です。食事が終わる頃になって遠慮がちに娘のIPEK(イペッキ)が「あの…CUBUK(チュブク=棒、つまり箸のこと)で食事をするって難しいですか?」と聞きました。それでは食べてもらいましょう!と言うことで全員で箸に挑戦してもらいました。



言い出しっぺのIPEK・アンカラ大学で法律を学びたいと言う優しい高校生です。お母さん手編みのセーター、素敵でしょう?



弟のBURAK(ブラク)・去年学校で1番になり学校からのご褒美でイズミル国立バレーオペラ団のコーラスに入団した小学3年生、素敵なボーイソプラノです。



無邪気で明るいお母さんDILEK(ディレキ)・ご両親はギリシャ生まれのトルコ人、おじいちゃんはアルバニア人、でも自分には絶対アジアの血が流れていると言います。高校時代からハンドボールのトルコ代表選手だったそうです。



朴訥でまじめなお父さんMURAT(ムラト)・照れながらも箸に挑戦していました。



この記事を書きながらイズミル在住のジャポンゲリン友達に電話してみたら、彼女の地区でも11月から1ケ月程このようの停電状態が続いたとのこと、彼女の家の夕飯はいつも向かいのアパートからの明かりで食べていたのだそうです。まだまだ当分続くと言うことでしょうか…。風邪ひかないようにします。皆さんも手洗い・うがい励行で寒い冬を乗り切ってくださいね。




DILEKが作ってくれたソックスカバー。
         






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寒の入り

2008-01-04 18:13:30 | Weblog

我が家の大晦日の食卓。

1月5日は「寒の入り」です。冬至の日から数えて15日目が小寒で「寒の入り」となる。立春前日(節分)までの1ケ月が「寒の内」で厳寒の時期。裸参り、寒垢離(かんごり)、寒稽古などの寒中行事が行われる。-「歳時記カレンダー」より-


日本で買ってきた「歳時記カレンダー」。異国の地では日本の季節の移り変わりを愛でる心がとても懐かしいのです。

イズミルもずいぶん冷え込んでいます。こちらでは石炭ストーブを焚く家が多いので寒い日の日暮れ時は、煙突から昇る煙で街全体に霧がかかったようになります。夕刻の明かりとともになんとも幻想的で健康には悪そうな石炭の煤ですが、私は結構好きな風景です。

新しい年が明けて早くも5日。皆さんはどんなお正月をお過ごしになりましたか?こちらは1日だけがお休みで2日からは職場も学校も通常通りなので元日もいつもの休日のような拍子抜けするような普通の一日でした。トルコでは大晦日の年越しを日本のクリスマスののりでお酒を飲んだりケーキを食べたりして祝います。TVはYILBASI(ユルバシュ=年の初め、でもなぜか大晦日のことをこう表現しているような…)特別プログラムやYILBASI PIYANGO(ユルバシュピヤンゴ=年末宝くじ)の当選番号発表番組などで盛り上がっていました。


買い物客でにぎわう大晦日のショッピングセンター。

我が家も31日は一応家庭内(?)ユルバシュパーティーの買出しに大きなショッピングセンターへ出かけました。日本にいた時は年末に自分へのご褒美に大好きな「虎屋の羊羹」を奮発して買っていたものですが(笑わないでくださいね)、こちらには虎屋もないので更につつましくスターバックスコーヒーでコーヒーとチーズケーキを自分に奢ってちょっと贅沢をしたような気分になって帰ってきました(トルコのスタバは、日本よりもずっと高いのです、相当な贅沢です!)。


これが4分の1宝くじ。

さて我が家にもピヤンゴ(宝くじ)が1枚ありました。これは先日AYVALIKへ出かけた時に給油をしたガソリンスタンドで1枚おまけにもらったもの。トルコの年末宝くじは1等賞金約25億円と言うとんでもない額!だからかどうかは知りませんが1枚約2400円もします。この外にCEYREK(チェイレッキ=4分の1)という券があってこれは1枚約600円、そして当選した場合に受け取る賞金も4分の1になります。我が家がもらったのもこのCEYREK宝くじでした。自分で買ったわけでもないし当たるなんて絶対ありえないし、期待もせずに新聞に入っていった別刷りのPIYANGO版を見てみるとなんとー!当たったのですよ。当選金額は80YTL(約8000円)、4分の1になるので受け取れるのは20YTL(約2000円)ですが、それでも結構大金(…かな?)。スタバで奢った分の元は取れたと大喜びでした。今年は春から縁起がいいかな。

トルコの悪いニュースはすぐに日本でも報道されると思うのですが3日にはディヤルバクルという場所でテロリストによると思われる爆発があり5名死亡、70人以上の負傷者が出ています。ディヤルバクルのメイン通りで18時前という通勤通学の時間帯に、しかもDERSHANE(デルスハネ=塾)の前で爆発は起こりました。塾の終業時間前だったのでまだこれだけの被害で収まったけれどもしこれが終業時間に爆発していたら塾から出てくる多くの子供たちや出迎えの親達も被害に遭い大変な死傷者が出ただろうと言われています。

またトルコの国会で、禁煙に関する法案が通りました。大統領が承認すれば4ヶ月後に施行されることになります。法案によると、18歳未満へタバコを販売した者は1年の懲役刑、タクシーやドルムシュ(乗り合いミニバス)、フェリーなどの公共交通機関やモスクや学校などの公共施設での全面禁煙、テレビ番組でタバコを含む映像の放映禁止、カフェやバーなどでの禁煙席と喫煙席を設けることの義務化などが実施される予定だそうです。
試行期間もなく何でもいきなり法律になってしまうトルコ、法律はできるけれどそれを取り締まったり軌道に乗るように啓蒙するシステムがありません(と思う)。だから法律が施行されても右往左往するのはいつも国民、すぐに熱くなるトルコ人ですがこういう不条理に対してはやけに我慢強く耐えるトルコ人、愛国心はものすごいけれど国には期待していないということなのでしょうか。

今日は少し独り言が多くなりました。新年早々頭を抱えたくなるような出来事の多いトルコですが、宝くじ運にあやかって笑顔で明るく過ごしていきたいと思っています。今年も「イズミル便り」ともどもよろしくお願いいたします。






スタバで飲んだもの。名前は…忘れました。
           






☆現在のイズミル☆

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