イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

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春が来た!

2007-03-27 05:31:34 | Weblog
 部屋に入っただけで良い香りが。

先週の東京は3月も半ばと言うのにこの冬の初雪が降ったようですが、イズミルも同じように寒が戻り何日か寒い思いをしました。そこへブログお友達「kaya!kaya!!kaya!!!」のkopekkayaさんが、旦那様のうーちゃんと一緒に我が家へ遊びにいらっしゃり、フリージアの花と一緒に我が家へも一気に春を運んでくれました。

トルコへ来て4年、日本の友達に会うことが難しくなったかわりにブログを通してトルコを初めとする海外に住むたくさんのお友達が出来ました。ほとんどの方たちとはまだお目にかかったことはありませんが、夫がトルコ人である人とは妙な連帯感(?)、海外で暮らすことの楽しさ、寂しさ、むかつくこと、泣きそうなこと、不安などありとあらゆる今の気持ちを共有できる貴重なお友達だと思っています。



kopekkayaさんもそんなお友達の一人、そして幸運なことに今回2度目の再会をし、おしゃべりする機会に恵まれました。目がくりくりして赤いほっぺでペコちゃんに似ているkopekkayaさんはドイツ在住。昨年電撃入籍をされたトルコ人の旦那様うーちゃんさんはトルコのマルマリス在住で身長190センチ!お二人は来る5月の結婚式に向けて着々と準備を進めていらっしゃいます。(着々だよね、kokekkayaさん…。)今回はkopekkayaさんが休暇を使ってトルコへいらっしゃいました。うーちゃんの本拠地イズミルで花嫁衣裳などを見立てたり(たまたま私の友達が花嫁衣裳屋さんのアトリエで働いていたので彼女にも手助けをしてもらいました。これも何かの縁ですね。)結婚式で使う小物を探したりと、短い休暇で結婚式の準備やうーちゃんの家探しと大忙しのkopekkayaさんでした。

新婚さん、しかも現在はまだドイツとトルコに別れて暮らしているのにもうずっと一緒にいるようなお似合いのご夫婦です。kopekkayaさんとうーちゃんはドイツ語、kopekkayaさんと私は日本語、うーちゃんと夫と私はトルコ語と3つの言葉が飛び交い楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまいました。5月の結婚式に再びお目にかかれること、美しい花嫁姿を見れることが今からとても楽しみです。



わざわざ私へのお土産にと、ドイツからとんでもなく大きい生の生姜となんとドイツ製の「SAMURAI MIX」なんて名前のあられを持ってきてくれました。ありがとう!!!

   







    
ティラミスを作ってみました。   


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春分の日とNEVRUZ(ネヴルズ)

2007-03-22 08:26:37 | Weblog

「平安と平和、愛をもたらすことを祈って・・・NEVRUZ(YENIGUN)おめでとう」トルコ軍の公式HPより。

3月21日は日本では「春分の日」の祝日でしたね。そろそろ早咲きの桜を見に出かけた方もいらっしゃったのではないでしょうか。春分の日は自然をたたえ、生物をいつくしむ為の祝日で祝日法上では春分日と定められている為、その前年の2月1日に、国立天文台が作成する『暦象年表』という小冊子に基づいて閣議で決定され、官報で発表されるのだそうです。だから年によって20日になったり21日になったりするのですね。国民の祝日となる1948年より前は「春季皇霊祭」といって皇祖の神霊、つまり天皇の先祖を祀るお祭りだったそうです。


トルコ・シヴァス。

ここトルコでは3月21日は「NEVRUZ」と呼ばれ、各地で盛大に色々な行事が行われました。この「NEVRUZ」と言う言葉はトルコ語ではなく元々はペルシャ語起源の「新しい日」と言う意味があるそうです。イランを中心に中央アジアの国からアフリカまで広範囲で祝われているそうです。




アゼルバイジャン。


カザフスタン。


イラン。新年を祝う為の商品で色とりどりのパザル(市)。

トルコでは南東部に多いクルド民族の祝日となっている為、毎年この日はクルド人たちの民族運動で何かと騒動が起こります。今年も何日か前からニュースでは「何かが起こりそうな」報道をしトルコ軍の公式HPではあえて「NEVRUZ」の文字とともに「YENI GUN」と言うトルコ語を表記しトルコとして祝う姿勢をアピールしていました。そして南東部へは軍隊が大移動をしているという報道も。

 
首都アンカラにあるTRTでの公式行事。

 NEVRUZの火に点火するエルドアン首相。

朝からトルコの国営放送TRTではエルドアン首相を初め多くの閣僚達も参加した公式行事や中央アジアの国々を中継で結びその祝典の様子を全世界へと放送していました。NEVRUZと言うとこの辺では路地のような狭い道路に火を焚いてその上を子供達が飛ぶ姿を見かけることがあります。公式行事でもエルドアン首相が火を点火しその上をおじさん大臣達が飛んだり(エルドアン首相は腰痛の為飛べません)、鉄を打ったり、卵を叩き合ったりしていました。写真をご覧になって感じられるかもしれませんが、イスラム教の行事とは少し雰囲気が違います。これはイスラム以前のゾロアスター教の新年の祝祭に由来するからの様です。


トルコ・エルズルムの小学校。

夕方のニュースでは「何かある、何かが起こると言われていたNEVRUZ、もちろんあちこちで石が飛んだり、火炎瓶が投げられたりはしました、でも大事には至りませんでした!」と言っていましたが石や火炎瓶が飛ぶことが大したことではないのがトルコなんでしょうか。


トルコ東部の町ハッカリではこの日の行事が禁止された。暴動を防ぐ為に役所の前を守る軍隊。

何かと問題を起して、国情を揉めさせたい一部の人がいることは確かでしょう。トルコ軍のポスターのように「平安と平和、愛」が普通のこと、特別に言う必要がなくなるNEVRUZが毎年続くといいなあと思った一日でした。






 
トルコ・セルチュク大学にて「春の娘」。

 




本日の写真はANADOLU AJANSI(アナドルアジャンス)のHPから拝借しました。
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40GUN(クルクギュン=40日)

2007-03-19 06:48:07 | Weblog

起きている時はなかなかじっとしていないエリフ。

トルコで出産、子育てをご経験のジャポンゲリン(日本人嫁)の皆さんは40GUNと言う習慣を経験されましたか?トルコでも最近はこういう風習が都会に行くにつれ薄くなり実際に行う人も少なくなっているようです。でもまだまだ地方へ行けばその地方独自のやり方がもっと色濃く残っているところもあるのではないでしょうか。


エリフのお気に入り、窮屈そうなのにこの中だとおとなしく寝ています。
この日はお姉ちゃんビルテンのお下がりの初スカート姿。(義妹の手製です。)


1月に生まれた義妹の娘エリフも先週生後40日を無事に迎えました。この産後40日の間は母子ともに外出をせず、安静に過ごす期間となっているようですが、日本でも生後約一ヶ月後にお宮参りをしたりしているのを見ると昔から母子保護の為にどこの国でも色々な風習が考えられたのでしょう。


今のところ瞳の色は「鉄色」のような不思議な色です。
抱っこしているとたまに微笑むんですよ~。オババカ。


昔は40日の間は赤ちゃんをお風呂にも入れず、初めて40日目にお風呂に入れたことから40日目にお風呂へ入れることが行事として残っているようです。最近は40日ではあまりにも長いと言うことで20日目にこの行事を行う人もいるようです。

アンネ(義母)と義妹による40日の行事はまさに20GUNと40GUNのミックスヴァージョン。まず20日目に20個の石を拾ってきて洗い桶にいれてから赤ちゃんを洗い、最後にざるの様なものに石をあけてそれを通した湯を赤ちゃんにかける。その後最初に外出をします(義妹はどこへも行かなかった)。訪問先からは卵、砂糖、衣類、ハンカチ、靴下などが贈られるそうです。
次に40日目に今度は40個の石を入れた洗い桶にTESPIH(テスピフ=数珠)を入れ、それに41回「Bismillahirrahmanirrahim(慈悲深きアッラーの名において)」という言葉を唱えてから取り出した後20日目と同じ様に赤ちゃんを洗い、頭から石を通した湯をかけます。この時にIHLAS(イフラス)を3回、FATIHA(ファティハ)を1回詠むのだそうです。(IHLASとFATIHAはいずれもコーランの章)


お風呂に入れているところを写させてとはどうしてもいえませんでした。
因みにトルコでは親と子供が一緒にお風呂に入ることはないようです。



この様にみんなに見守られながら、どんどん大きくなっているような気がするエリフです。



    


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春の味BAKLA(バクラ=そらまめ)

2007-03-12 06:08:49 | 料理
弥生三月、日本は百花繚乱色とりどりの花を見るのが楽しみな季節ですね。(花粉症の方にとっては受難の季節ですが。)


ギョズテペのフェリー乗り場。気がつかずにこんなに遠くまで来てしまいました。

私の住むエーゲ地方、特にイズミルはどうも街角に花が少ないような気がします。季節を花で感じることが余りないので、こちらから探しに行ってやろうじゃないかとお散歩に。でもやっぱり一年を通じて温暖な気候の反動かいつもと同じ風景。青空の色が少し濃くなったくらいでしょうか。


イズミルで一番好きな風景。



散歩中に見かけた色鮮やかな八百屋さん。
手前に見える洗面器の中は皮をむいてあるエンギナル=アーティチョーク。


と言うわけでやはり季節を感じるのも食べ物でと言うことになります。トルコのパザルへ行けば季節の野菜が一目瞭然!形は不ぞろいだけどトルコ人らしい妙な几帳面さで並べられた野菜たちが「食べて食べて!」と存在を主張しています。夏は夏の野菜、冬は冬にしか食べられない野菜をたっぷり食べる醍醐味はトルコならではの楽しみ…でしたがここ数年トルコでも一年を通して探せばなんでも買えるようになってきてしまいました。


さやもまだ柔らかく産毛がふわふわ。

その中でこのBAKLAはまさに春を告げる味、と私は思っています。日本ではどちらかと言うと初夏の味でしょうか。桜の咲く2ヵ月後がその地方での空豆の旬だと言わているそうで各地によって呼び方が異なるのは土地によって空豆の利用法と収穫期が違うからなのだそうです。
四月豆(四国)、五月豆(静岡)、夏豆、冬豆(神奈川、冬に植えるから)、雪割豆(千葉)、 大和豆(大和(奈良県)で多く作られたので)、雁豆(伊勢)、唐豆(九州)、南豆(花が南向きに咲くので)など…ご存知でしたか?皆さんの故郷ではなんと呼ばれているのでしょうか。


トルコの野菜を見慣れた目には日本の野菜はきれい過ぎて作り物のように見えます。
写真は「食材事典美味探求 」から拝借しました。


そら豆の原産地は北アフリカからカスピ海南岸にかけて、5000年以上前からチグリス・ユーフラテス川流域で栽培されており その後、古代エジプト、ギリシア、ローマなどで栽培され、中国にも今から2000年前には渡っていたようです。 まさに古代文明を支えた栄養源だったわけです。エジプトのそら豆を使った料理ターメイヤが有名ですよね。

そら豆と言えば茹でて皮をむき塩味のそら豆と一緒にビールをくいっ!と言うイメージがあります(私は飲めないのであくまでもイメージ)。
日本でそら豆をさやごと食べることはあるのでしょうか。トルコでは日本で見かけるそら豆のように大きく皮が固くなってしまう前のそら豆がこの季節に出回ります。そしてもう少し時がたつと日本でも見られる大きなそら豆がIC BAKLA(イチバクラ=そら豆の中身?)として売られるのです。



トルコでのスタンダードな料理の仕方はオリーブオイル煮。

①BAKLAのさやのはじっことスジを取り、適当な長さにカットする(この時爪が真っ黒になります)。
②小麦粉とレモン汁を溶かした水に浸しておく。
③みじん切りにした玉ねぎをたっぷり目のオリーブオイルで炒める。
④玉ねぎがしんなりしたらBAKLAを入れ、色が変わるまで6・7分炒める。
⑤小麦粉とレモン汁を溶かした水を材料が隠れるくらいまで加え、塩、砂糖(砂糖は隠し味程度)で味付けをしBAKLAが柔らかくなるまで50分ほど煮る。
⑥火からおろす直前にDERE OTU(ディル)のみじん切りを加える。
⑦冷めるのを待ち、サービスする時に彩りが良いように別にしておいたDERE OTUを少しかけニンニク入りヨーグルトで頂く。

DERE OTUの香りとよく合ってなんとも爽やかな春の味です。


②と⑤で小麦粉レモン汁入りの水を使う理由ご存知の方いらっしゃいますか?
色が変わらないようにだと思うのですが小麦粉は何の働きがあるのかなあ。
アンネ(義母)はもったいないので②で使った水を⑤でも使えと言うのですが、
義妹は「いやだ!」と言って内緒で捨てています。
 


Afiyet olsun!

 海岸通沿いでチャイ。  
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YouTube

2007-03-08 08:59:41 | Weblog
YouTubeご存知ですよね。Wikipediaによると「YouTube(ユーチューブ)はアメリカ合衆国にある企業で、インターネットで動画共用サービスをおこなっている。」とあります。世界中の人が個人で写したビデオなどを公開しそれを世界中の人が共有できる使いようによっては素晴らしいサービスです。私も日本のCMや気に入った歌、そしてかわいい動物のビデオ、コミカルな映像等を暇な時に楽しむことがあります。昨日たまたまYouTubeを見ていた時にメインページに「今日最もアクセスの多かった映像」の一つとしてアタトュルク(トルコ共和国の初代大統領、トルコを亡国の危機から救ったとして今でもトルコ人のヒーローとして尊敬されています)の写真が掲載されていたのですが、私は特に開くこともせず他の映像を楽しんでいました。

今日YouTubeのアドレスwww.youtube.comを開こうとするとこのような表示が現れました。



「このサイトへのアクセスは裁判所の決定により禁止されました。」とあります。

トルコは国としてトルコからYouTubeへアクセスすることを禁じたのです。今の時代、どこの国でこんなことがなされるのでしょう。インターネットのニュース等を見る限りことの事実を報道するのみで、国がインターネットを規制するということに対しての反発や反論は見られません。

昨日のアタトュルクは3月3日にギリシャの狂信者の名前と見られるユーザーネームを使った何者かがアタトュルクが恥ずべき何事かを言っている33秒間の映像を公開したものだったそうです。これに対し24時間で12,000件のアクセスがありトルコ国民を侮辱したとしてYouTubeへ大変な数の抗議があったそう。事の発端はギリシャのパイロットがトルコの戦闘機が墜落すると言うビデオを公開、それに対して今度はトルコからギリシャをホモセクシャル、バイセクシュアルなどと表現しているビデオを公開と、元から仲が決していいとは言えない、トルコ・ギリシャ間のインターネット上での罵り合いがエスカレートした末のことだったようです。

もちろんトルコで生活する者として、トルコが好きな一人としてアタトュルクやトルコを侮辱されることは面白くありません。でも所詮は他愛ない原因の子供の喧嘩、そこへ国が出てきてアクセスを禁止することは普通のことでしょうか?それにアクセスがいくら禁止されても夫の様のPCオタク(古い?)はさっさと抜け道を見つけてアクセスしているのです。いくら隠したって見たい人は見るだろうし、根本的な問題の解決には少しもなっていないのではないでしょうか。トルコとギリシャ、どっちもどっち、でももちろんアタトュルクを侮辱されたことに対して国として正式に抗議をし、YouTubeにそのビデオの公開を差し止めることを請求すれば済むことだったのではないでしょうか。

この「裁判所決定により」という文字を見た時は目を疑いました。何だか情けなくなりました。皆さんはどうお思いですか。

アナドルアジャンスによる夕方のニュースによるとこのアクセス禁止決定はアタトュルクへの侮辱が含まれる映像がYouTubeから削除された場合に廃止されるとなっており、既に映像は削除されているようですが今この文章を書いている時点では普通の方法ではYouTubeへはアクセスができない状態です。






今日の夕方、イズミル港から出航していく豪華客船の明かり。ギリシャの島巡りかなあ。
トルコとギリシャの間にはこんなに美しい海があります。
  

        
  
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イズミル名物LOKMA(ロクマ)

2007-03-02 07:44:25 | イズミル暮らし・イズミル案内

シロップのかかった軽いドーナッツのような味。

イズミルの街を歩いたことがある方、ご覧になったことはありませんか?白いテントとそこから続く行列を。もしかしたら「どうぞうどうぞ」とテントの主に誘われて召し上がったことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。

イズミルを歩くと結構な確率で遭遇するこの行列が「LOKMA(ロクマ)」です。イズミルに住み始めてすぐに道行く人が皆シロップのかかったドーナッツのようなものの入った容器を持って歩いているのを見て「美味しそう、どこかで焼き立てを売っているのかしら」と思ったものです。夫もイズミル出身ではないので二人して羨ましがるのみ。

ある日、叔母さんの家にいた時に誰かが「ほらこれがイズミル名物ロクマだよ」と言って外から持ち帰ってくれたのが私のロクマ初体験でした。




ロクマウスタ(職人さん)たち。

イズミルではロクマは買ったり自分で作るものではなく配っているものを頂くお菓子です。「出張ロクマ屋」があってロクマを配りたい人が日時と人数を予約するとその時間に自宅や店の前にテントや材料、揚げ油、配る為の皿、爪楊枝、紙ナプキン等一式用意してロクマを揚げてくれます。道行く人に声をかけて配るのは施主(?)の役目。お金をはずめば配る人も連れてきてくれるのかもしれません。


こんなロクマトラックもありました。


豪快イズミルロクマ娘達。

イズミル以外でもこういう習慣があるのでしょうか?配るのは、いわゆる「hayir(善、善行)」の為。一番よく見かけるのが家族の命日に故人の冥福を祈って配るロクマ。その他にも願をかけてそれが叶った時、家を買った時、男子のスンネット(割礼)の時、お店の開店祝いなどに配るようです。お福わけのような意味もあると言うことでしょうか。

ロクマのテントを見て「あ、ロクマだ!」と並ばずにはいられないのがイズミルっ子、散歩中に少しおなかがすいた時にもちょうど良い量でロクマの行列を見て素通りすることは難しいかもしれません。この味を知っている人なら尚更…。
このロクマ、もちろん家庭でも作ることは可能です。以前叔母さんの家にお掃除に来ていたギュルオバサンが作ってくれたことがあるのですが、ギュルオバサンのロクマを食べたらもう道端のロクマは食べられない!と思うほど美味しかったです。でもやっぱりロクマのテントを見つけて小走りで列に並び熱々をもらって頬張る美味しさも捨てがたいんですよね。要するにロクマ大好き!

    

    

  


知り合いの奥さんの命日に配られたロクマ作りの模様を撮影。

普通は、配る側が用意した容器に4・5個入れてくれるのですが、近所の人やずうずうしい人(?)は大きなボール持参で列に並びます(洗面器のような容器が恥ずかしい人は子供に並ばせる)。自分の前にそんな人がいると順番が来る前に揚がったロクマがなくなってしまうなんてことも…。でも何しろhayirの為ですから「そんなにたくさんあげられません」なんて言えません。そして道行くバスやタクシーを止めて運転手さんにもふるまっています。もらった人は施主に「Allah kabul etsin(アッラーが(善行を)お認めになりますように」と声をかけます。近所付き合いや人情の薄くなったイズミルでもロクマの時だけはほのぼのとした人付き合いの情を感じることが出来るような気がします。



ご興味のある方、ロクマの作り方です(トルコ語)
   ↓
http://www.nepisirsem.com/resimliyemektarifi.aspx?yemekid=1014






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