喫茶・野菊

ゆるく書いています。

海の石炭。

2017年04月24日 | 日記
25日が締め切り日だというのに
昨日23日の午前中
原稿そっちのけで石狩浜へ行く。

春のビーチコーミングという
浜歩きをする会に参加するためだった。

砂浜に流れ着いた漂着物を
「海からの手紙」といい、
どこからやって来たのか
何を伝えたいのかを読み解いてゆく。

30人ほどの人々が、
それぞれのターゲットを定め
不思議な距離を取りながら歩く。

私は石が好きなので
琥珀を(正式にいうと琥珀は石ではない)みつけようと思った。

数日、海が荒れていたせいもあるが、
浜にはたくさんの石炭が流れ着いていた。

「石炭のあるところに琥珀はある」

この定説は
ビーチコーミングに参加して習得した知識だった。

私は遠回りでも
石炭から探すことにした。
きっと石炭の隣に琥珀がニコニコして
待っているんじゃないかと
想像しながら歩いた。

案の定、他の参加者は
そのルートで見事に琥珀を採取して
嬉しそうに見せてくれた。

さて、私も…

ところがだ。

歩けど探せど
犬も歩けば石炭にぶち当たるのごとく
黒々と輝く大粒のダイヤで
ビニル袋が膨らんでいく。

どんどん溜る。

琥珀はない。

私には見えない。

老眼ということもあるだろう。

琥珀はとても小さいのだ。

え?そんな大きな(それでも1センチ未満)琥珀があったって?
いいなー。

石炭。

キウイほどの大きさの石炭がゴロゴロ落ちている。

石狩川のはるか上流には
炭坑町が多く点在し
そのほとんどが閉山している現在でも
こうして石炭は大河の流れに乗り
100kmほどの長旅を終えて
石狩浜に辿りついていた。
えらいね、あんた。

おそらくはじめは
ボーリング玉みたいな大きさだったんでしょ?
ここまでくるのに
あっちこっちぶつかって
キウイになってひと息ついていたら
私に拾われちゃったってところかしら?

一思いに燃やしてくれ?

バカをゆえ。
そんな残酷な事
もう少し年を取らないと
できるわけがないだろう。

それにうちには
石炭ストーブがないのだし
燃やさないから安心してくれ。

私の母方は石狩川の上流にある炭坑町の出。
じいさんは炭坑会社の機械課に所属していた。
石炭は
私にとって
親しみはないけれど
懐かしいと思わせる唯一の化石。

50個以上拾っただろうか。

その中のひとつに
琥珀がめり込んで
飴色の輝きを放っていた。

座りのいい石炭は
机の上に飾ることにした。

これで
この先私がどんなにボケても
曽祖父の代から
ずっと石炭と一緒に暮らしてきた
「アタシんチ」を忘れることはあるまい。







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