喫茶・野菊

ゆるく書いています。

石狩画廊

2016年11月08日 | 日記
ひょんなことから
何かを思い出すまではいい。
その時にきっと見たと思われる
やや霞みのかかった向こう側を
この際だから今一度確かめて
そうだそうだ、そうだった
まだボケちゃいないぜと辛口を叩きながら
安心したりするのは人間だけだ。

犬は
過去に受けた痛みや経験が忘れられずに
時々人に尾を振る気力を失うというが、
実のところ
今日の出来事であらかたの感情は形成されている。
「つべこべ言わずにおやつをくれ」
犬は生きても
12,3年の短い一生なのだから
いちいち覚えていては
身が持たないと言った方がいいのかな。

ねぇ、ちょっと
あの日のこと憶えてる?
犬は首をかしげるが、
これがもしヒトであれば、
なおかつその時の当事者であれば
「あの日」というフレーズだけで
あぁ、アレね。あの日はびっくりしたね…と、なるだろう。

記憶の引き出しというものは
おそらくヒトそれぞれの形状をしており
引き出しの数も性能も違う。

私の引き出しは
生まれつき底が抜けていて
後ろの方でないまぜになり
まったく整理されてはいない。
それどころか、
「高校生」と書かれた引き出しなんかは特にひどいことになっている。

多感な時期とはいえ
あろうことに
夜見た夢と実際の思い出が一緒の引き出しなのだ。

数年前
バスケ部のOG会があり
夏休みの合宿の思い出を満面の笑みをたたえて
私が語り始めた時、事件は起きた。

「こんなことあったよねー!」

一同が驚愕の表情を浮かべ
全員のおでこに
(どなたかお医者様いませんか)と書いてあるのを
私は見逃さなかった。

「…それね、夢だから」
あ、そっか。これは夢で見たヤツだったか!てへへ。笑うしかない。
指摘してくれたT嬢は
ある意味、私慣れしているのでどってことはない顔をしていたが、
他のみんなは
私が危険な人物であると
ここできっちりと
インプットしたことだろう。

記憶は時とともに曖昧になるのが世の常だが、
夢で見たことがそのまま思い出になってしまう
特異体質のやつなんて
生まれてこの方
おのれしか出会ったことがない。

拝啓、母上さま。
お元気ですか。

ちょっとお聞きしますけど
今さらといわず、白状してください。
私がお腹にいるとき
何か良くないものでも
やったんでしょうか?
例えばですよ?
白い粉とか吸ってません?
つわりがひどくて
太田胃散を服用していた?
うーん、それかなぁ。

あたくしの記憶装置は
かなりの確率で欠陥商品ですぞ?
ここにきて
やはり不便なものですから
早急にリコールしたいのですが、
無理?ですよねー。

では、恥という一字に
この先一生
小突き回されて
生きて行けばいいんですね?
かしこ

それからというもの
私は覚えている記憶を
信用しなくなった。
たとえそれが
若い時の甘い記憶でもだ。
「もしかして、あの思い出は夢で見たことかもしれないな」

またしても
前置きが長くなり過ぎた。

話しは石狩画廊である。

先日、ひょんなことから
十数年ぶりに
画廊のあった場所に立った。

当然のことながら
住む人のいなくなった家は取り壊され
跡形もなく
別になんにもございません
お忘れくださいと言いたげに
もとの砂浜に戻っていた。

石狩画廊の主宰をしていた渋井氏との出会いは
私が高校生の頃に
何となく画廊を訪れたことから始まる。

入館料200円を置き
コの字型に作られたギャラリーを眺めながら歩いた。

私は絵画などにまったく興味はなく
ただただ、ほうほうと
わかったような顔をしてギャラリーを歩き終え
コの字型の真ん中にある
サロンなる場所で
小さな
小さな
コーヒーをいただいた。

2度書いたのにはわけがあり
本当に小さいカップだったことに他ならない。
後にも先にも
ひとくちコーヒーというものを飲んだのは
この日だけだろう。

渋井氏はいう。
「絵が好きなの?」
私は返答に困った。
「どの絵がいいなと思った?」
ここからの記憶はまったくない。

実は絵なんてどうでもよくて
石狩浜に変な人が住んでいると聞いて
どんなひとか会いたかっただけですとは、その時いえなかった。

子どもというものは
社会に遠慮があってしかるべきだし、
子どもが子どもらしく爛漫であるべきは
近所の公園で遊ぶ時だけである。
大人の顔色を適切に読み取り、
その場に応じて振る舞いなさい。

どうしてなのか、
その頃生きていたうちの爺さんの小難しい言葉なぞ
思い出したりしていた。

あの日私は
もう立派な大人だと思っていたけれど
大人風の立派な子どもに他ならなかった。

渋井氏がどんな顔をしていたかは
老眼のせいか
もはやさっぱり見えないのだけれど、
なぜだか
あの時
私に語りかけてくれた優しい声を覚えている。
脳はダメでも
耳の機能は無事のようだ。

彼が死んでからもう
20年以上経つのに
「ぼくはね…」と
話しはじめる時の声だけが
記憶の引き出しの隅っこにしがみついて
ギリギリ落下せずに残っていた。

けれどねぇ

今思えば
私は本当にあの時
石狩画廊に行ったのだろうか、
渋井氏に会って談笑したのだろうかが
ひじょうにあやしい。

ひょっとしてこれは
『夢で見た方の思い出かもしれない』

ま、どっちでもいいか。
石狩画廊はもう砂の中なのだし、
自分を責める必要もなくなったのだから。



















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