アトムの子のスピリチュアリズム日記/埼玉シルバーバーチ読書会感想

     
      この地上人生を生きる目的は、『霊界』という本来の世界へ帰るための準備期間です。

4月の読書会に参加して…

2017年05月19日 13時49分06秒 | 日記

 かなり暑い1日でした。読書会の会場もクーラーの準備がまだ整っていないため、室温が高いままの勉強会となりました。ただ、この日は嬉しいことに「イースター」の日と重なりました。スピリチュアリズムの進展具合いが霊界のイエスのところに報告されているはずです。そして、読書会のことや私たちスピリチュアリストのことも伝えられているかもしれません。

 さて今回の読書会では、「死の直後」について学びました。誰もが必ず迎える「死」ではありますが、その本人の霊的目覚めの度合いによって、死後直後の様子(用意されてる背景)が違うことを知りました。「霊界」の存在を信じているかどうかでも大きく変化するというのです。「死の直後」について学べば学ぶほど、地上人生のあいだに「霊的真理」を知ることの重要性を感じるとても大きな時間でした。

 心の恩師である(漫画家)手塚治虫先生が、生前テレビの中で話していたことを思い出しました。「自分が医者をしていたころ、患者の臨終に立ちあうことが多かったです。その時に、あれほど苦しんでいた人が、亡くなる直前ウソのように穏やかな顔になっていきました。皆がみんなです。そのとき思ったのです。もしかしたら、次の世界があるのかもしれない。生まれ変わりがあるのかもしれない…」。私は、幼いころから「火の鳥」を繰り返し読んでいましたから、生まれ変わりがあることは普通のことと思っていました。詳しい内容が分からなくても手塚先生の世界観を純粋に受け入れていました。

 「死」や「死後の世界」を追い求めてきた(この世の)多くの宗教でさえ、結局のところ正しい答えや納得できる答えを見出すことはできませんでした。しかし、手塚先生の言葉を現実のこととして、唯一周りに伝えていける人間がいるとするなら、それは「スピリチュアリスト」だけだと思っています。なぜなら、スピリチュアリストは「死」や「死後の世界」についてのスペシャリスト(専門家)だからです。ネットで勝手に盛り上がっている自称「スピリチュアリスト」の人たちのことではありません。本物の「スピリチュアリスト」とは、シルバーバーチの霊訓(霊的真理)に出会い、その真理と真剣に向き合い、学び、実践しながら「霊的真理」を人生の指針として歩み出している人たちのことです。もちろん、私もその1人として日々努力しているところです。

 また、今すぐ誰かに伝えるチャンスがなかったとしても、ポイントをついて簡潔に語る準備さえできていれば、(いずれチャンスが訪れたときこそ)相手の魂に真実が伝わるときだと思っています。1人でも多くの人の心に正しい霊的知識が伝わっていくことは、本人の生き方が変わるだけではなく、霊界の人たちの負担を減らすことにも繋がります。同じ地上人として生まれた兄弟姉妹なのですから、共に歩んでいけたら最高の幸せだと思っています。


      スピリチュアリズムの思想体系【1】(時間軸)
          「死の直後」

(1)死の直後(死から幽界まで)の全体図
                    ↗ 混乱状態………………………… 〈1〉
死の瞬間→死の眠り→死の眠りからの目覚め→死を頑なに否定→地縛霊……〈2〉
                    ↘ 死に気が付く(死の自覚)…〈3〉

   〈1〉大半の地上人(霊的無知な一般人)……死の自覚(×)(※1)
   〈2〉唯物論者や間違った宗教の狂信者………死の自覚(××)(※2)
   〈3〉生前から霊的知識を知っている人(スピリチュアリスト)……死の自覚(〇)(※3)

※死の直後から「幽界(霊界のことですが、地上に一番近い場所)」に入るまでのプロセスは、どの人もほぼ同じですが、「幽界」にたどり着くまでの時間は個人差があります。

※死の瞬間(死ぬとき、またはシルバーコードが切れる瞬間のこと。半睡眠状態で苦しくはない。地上では残念ながら脳死=死であると医者が判定してしまう)→死の眠り→死の眠りからの目覚め(一人ひとり眠る期間が違う。霊的知識があると、人によっては直ぐに目覚める)→死を頑(かたく)なに否定(自分が死んでいないと思っている状態が長い)

※1)大半の地上人は(霊界から見て)、霊的なことをなにも知らないため「死」の自覚ができずにいます。
※2)死後、合図があるまで墓の前で待たなければならないなど、「魂」に染み込んでしまっている宗教の狂信者、または自分が死んだと自覚しているのに宗教の教えをひたすら守っている人。
※3)霊界の生活を直ぐにスタートできる。

〈1〉大半の地上人(霊的無知な一般人)

混乱状態→調整期間(休憩所での眠り)→死の自覚(霊的覚醒)→他界者の出迎え→再び調整期間→幽界へ

※ ↑ 個人差がありますが、大まかな流れです。混乱状態(自分の死体や家族の泣く姿を見て声をかける。肉体が無いことに気づかず、訳が分からず混乱している)→調整期間(霊体で生きていくための身体の調整が、病院内で行われる)→肉体が無いことに気づき、霊的覚醒によって霊視能力が開ける。そこでやっと、霊界の様子や出迎えの人たちの姿が見えるようになる。出迎えの人たちは、本当は調整期間から付き添っているのですが、肉体の目でいるため見えずにいた)→再び調整期間(ここでは意識の調整がなされる)

〈2〉唯物論者や間違った宗教の狂信者

死を頑(かたく)なに否定→地上生活の継続・地縛霊同士が集まって悪事を働く(※1)→心の痛み・苦しみ(摂理)と反省→調整期間(長い眠り)→死の自覚(霊的覚醒)→幽界

※1)地縛霊が集まる場所には、地上のような協会が存在し讃美歌も歌われている。「地獄」という特別な場所があるわけではないが、地縛霊が集まる=地獄のような場所になっている。

※地縛霊同士が集まり悪事(憑依)を働き続けたとしても、摂理に反している行いにはいずれ終わりがくるもの。摂理により、心の痛みと苦しみがやってきます。そして内省や反省の気持ちが起きます(地獄から脱出する一歩)。その後は再び調整期間として何十年~何百年もの長い眠りに入るのです。その長い調整期間を経ると少し生まれ変わり「死の自覚」が生まれます。悪事を働いてきたことへの償い(カルマ清算)をしてから、「幽界」へ向かうことになります。

〈3〉生前から霊的知識を知っている人(スピリチュアリスト)

死に気が付く(死の自覚)→他界者との再会→幽界へ行くか、短い調整期間を経て幽界へ

※「死」に対する知識を持っているので、理解が早く、霊視能力が直ぐに発揮できるため、亡くなった人や霊界の人たちの姿をハッキリ認識でき感動的な再会ができると言われています。


(2)死後の出来事

●一人一人の霊的内容によって、死後のプロセスはさまざま
〈大半の一般人の共通の体験〉
 ①死の瞬間…シルバーコードが切れる
       死の眠りに陥る
       本人には苦しみがない(全身麻酔をかけられたような状態)

※こちらから(私たち)見ると、最後まで苦しいのではないかと胸が痛みますが、実際はそうではありません。

シルバーコードの切断

 シルバーコードは、ハサミやナイフで切るように、スパッと切れるわけではありません。普通は伸びたり縮んだりしながら、徐々に細くなって切れていきます。シルバーコードが切れるときは、大半の人は意識を失い深い眠りの状態に入ります。全身麻酔をかけられたような状態と考えたらよいでしょう。

 シルバーコードが切れる際には、霊界の霊たちその多くが、地上時代に本人と深い関係にあった家族や知人など)がコードを切り離す手伝いをします。もし、そうした人々の手に負えないようなときには、霊界にいる専門の医師が立ち会って手助けをすることになります。

 実は死者の霊体を肉体から離れさせるには、かなりの技術が必要とされます。霊体と肉体との間には、クモの巣のようなネットワークが張りめぐらされています。2本の太いシルバーコードは、その中で特別なものです。それらを穏やかに切断してあげないといけないのです。病死の場合であれば、時間をかけて1本ずつ切り離していくことになります。急激に切断すると地上人の霊的意識にショックを与えるようになり、その後の幽界での生活に、わずかですが障害をもたらすことになるからです。

死の眠り

 霊体と肉体を結んでいたシルバーコードが切れる瞬間は、本人は半睡眠状態で、ほとんど意識を失っています。これが「死の眠り」です。死に際しての苦悶の表情や身もだえの様子を見るのは、死を看取る地上人にはとても辛く、いたたまれない気持になりますが、当の本人は何の苦しみも痛みも感じていないのが普通です。

 傍(はた)からは、死にかけている人の顔が苦痛に歪んでいるように見えても、もうこの時点では本人には全く苦痛はありません。苦しいのは意識を失う前であって、死ぬ時ではないのです。昔からよく“死に顔が悪いと地獄へ行く”といったようなことが言われてきましたが、これは単なる迷信であって事実ではありません。ニューズレター39号 P3~4)

一般的には、地上から霊界への移行に困難はともないません。大抵の人間は、死の瞬間を無意識状態で迎えるからです。シルバーバーチの教え 上・P189 6行目~8行目)

②死の眠りからの目覚め

  ・地上の人間や自分の遺体が見えたりする
  ・すでに他界した知人がぼんやり見えることもある(※)
  ・さまざまな変化に驚き混乱し、死んだことに気が付かない…〈1〉〈2〉の人
  ・霊的知識を知っていた人は、眼ざめとともに自分の死を自覚する…〈3〉の人

※霊視能力が全開ではないため、ぼんやりとしか見えません。

死の眠りからの目覚めと混乱

 シルバーコードが切れると、霊体だけになった人間は、いよいよ地上を離れ霊界(幽界)に入ることになります。その際、人の心がさまざまであるように、死んで霊界に入るまでのプロセスも一人一人異なります。ここでは、ごく普通の“善人”と言われる人の死の直後の様子を見ていきます。

 深い眠りに落ちた後、シルバーコードが完全に切れて霊体と肉体が分離すると、やがて本人は麻酔から醒めるように目を覚まします。目覚めるまでの時間は、人によって異なります。いつまでも目覚めることなく暗黒の境涯に堕ちていく者がいる一方で、反対にほとんど眠りのプロセスなくして霊界入りする人もいます)

自分の遺体と泣き悲しむ人々を見る

 
死の眠りから目覚めると、ある人はぼんやりした意識の中で、自分とそっくりの人間がベッドに横たわっているのが見えます。人によっては、あまりにも自分に似ている人間を見て驚きます。さらに不思議なことに、先程まで自分の病室に集まり、最後の別れをしたはずの家族や親戚の人たちの泣いている姿が見えます。

 そこで「私はここにいるよ!」と大きな声で叫ぶのですが、その声はいっこうに伝わりません。それでその人たちの肩を叩いたりするのですが、全く気がついてくれません。周りの人たちは皆、自分がそこにいることが分からないのです。

死の自覚の芽生え

 大半の人間はこうした状況に非常に戸惑い、不安に駆られ、混乱するようになります。自分を取り巻く様子に大きな不安を抱き、動揺するようになります。「自分の頭がおかしくなったのではないか?夢を見ているのではないか?」と混乱状態に陥るのが普通です。ニューズレター39号 P4)

死後のことで、ぜひとも知っておいていただきたいのは、肉体を捨ててこちらの世界――生命の別の側面、いわゆる霊の世界へ来てみると、初めのうちは戸惑いを感じます。思いも寄らないことばかりだからです。そこで、しばらくは地上世界のことに心が引き戻されます。愛情も、意識も、記憶も、連想も、すべてが地上生活とつながっているからです。そこで、懐かしい場所をうろつきますが、何に触っても感触がなく、誰に話しかけても――我が家でも会社でも事務所でも――みんな知らん顔をしているので、一体どうなったのだろうと困惑します。自分が“死んだ”ことに気づかないからです。しかし、いつまでもその状態が続くわけではありません。やがて霊的感覚が芽生えるにつれて、実在への自覚が目覚めてまいります。福音 P34 10行目~P35 2行目)

ーーー死後の生命を信じず、死ねば終わりだと思っている人はどうなりますか。

 死のうにも死ねないのですから、結局は目覚めてから死後の世界の事実に直面することになります。目覚めるまでにどのくらい時間がかかるかは、魂の進化の程度によって違います。すなわち霊性がどれだけ発達しているか、新しい環境にどこまで順応できるかにかかっています。シルバーバーチの教え 上・P188 後1行目~P189 4行目)

③調整期間

  ・死後の最初の調整は、休息所での眠りを通してなされる(※1)
  ・地上的雰囲気から隔離し、霊的雰囲気・霊的大気になじませていく(※2)
  ・霊体を霊的世界に適応させ、霊的意識を目覚めさせることが目的
  ・死を自覚したあとにも、人によっては再調整が必要となることもある(※3)
   その際も、休息所で眠りの時を過ごす
   この時、多くの人が地上人生を振り返ることになる(死後の審判)(※4)

※1)霊的知識が無い人に、まず肉体がないことを分からせることからスタート。
※2)少しでも早く、霊体で生きていくことを自覚させなければなりません。
※3)まだ(いろいろな意味で)自覚に至ってない人。
※4)自分の地上人生の内容を、すべて自分で見る→自ら裁く→それが死の自覚に繋がる。

幽界での休息所

(略)死んで間もない新参者は、いまだ地上の波動を持ち続け、すぐに霊界になじむことができません。そのため休息所で、自分の身体や精神を霊界に適応させるための調整が行われることになるのです。その間に、霊体にまとわり付くように残っていた「幽質接合体」の残滓(ざんし)は脱ぎ捨てられ、霊体(幽体)だけの存在になっていきます。

 もちろん自分の死をすぐに自覚できるような人、あるいは生前から死後の世界の存在を知り地上にいながら霊的な歩みをしてきた人の場合は死後、休息所での意識と身体の調整は必要ありません。

4、幽界での審判

地上時代のすべての体験・行為が、眼前に示される

 休息場所ではこうした適応プロセスが進行する一方、半醒半睡(はんせいはんすい)の状態(まどろむような状態)の中で、地上時代の自分の歩みを回顧することになります。自分の目の前に、地上時代のさまざまな出来事が、映画のスクリーンのように展開していきます。その中にはすでに忘れていた出来事も含まれています。地上でなした行為が洗いざらい示され、より高い指導霊のインスピレーションの影響を受けながら見つめ、地上時代のすべての行為を自ら査定することになるのです。

 これが「幽界での審判」と言われているものの実際です。ニューズレター39号 P6)

④死の自覚と霊的覚醒
  
  ・自分が死んだことを自覚(認識)
     ↓
地上を卒業して霊界に入ったこと、霊界の住人になったことを受け入れるようになる
     ↓
   霊的意識の目覚め(霊的意識の覚醒)が起こる

迎えの霊たちとの喜びの対面

感激的な対面

 死の自覚が芽生え始めると、すでに他界している親族や兄弟・知人が目の前に現れるようになります。実はこうした親族たちは、死に際してずっと付き添い、新しく霊界入りするための手伝いをしてくれていたのです。本人に死の自覚が生まれると「霊的視野」が開け、周りにいた人々の姿が見えるようになるのです。
 
死後、自分が死んだことに気がつくと、喜びの時が訪れます。すでに亡くなっている人たち、自分と親しかった人たちが大勢集まり、自分の霊界入りを心から歓迎してくれる「最も感激的な再会の体験」をすることになります。

霊界にいる霊たちは、地上人の死を正確にキャッチ

 霊界では地上の縁者・知人の死は、正確に知られるようになっています。死の時が近づくと、地上人を迎えに幽界まで降りることになります。

迎えの霊たちは、生前の姿をとって現われる

 霊たちは一時的に、どのような姿形(すがたかたち)をとることもできます。それによって新たに霊界入りした者に身元を知らせることができるようになります。地上で幼くして亡くなり、親よりも先に霊界に入った子どもは、その母親が霊界にきた時には、一時的にかつての子どもの姿で現れます。母親はそれによって間違いなく、我が子を認識することができるようになります。このため霊界での再会においては、何の問題も生じません。ニューズレター39号 P5)

⑤他界者との再会と喜び
  ・死を自覚→霊的意識が覚醒→霊的視野(霊能能力)が開ける(霊眼)→すでに他界している家族や知人が現われる(出迎えを受ける)→再会の喜びと感激→幽界へ(新しい生活の始まり)

魂に意識がある場合(霊性が発達している人の場合)は、霊的身体が徐々に肉体から抜け出るのが分かります。すると霊的な目が開き、自分を迎えに来てくれた人たちの姿が見えます。そしてすぐに新しい生活が始まります。教え 上・P195 2行目~4行目)

ーーー霊界では、幼くして他界した我が子がすぐに分かるものでしょうか。

 分かります。親が我が子だと分かるように、子どもの姿を装って見せてくれるからです。子どもの方はずっと両親の地上生活を見ていますから様子がよく分かっており、親が他界したときには真っ先に迎えに来てくれます。教え 上・P199 後1行目~P200 3行目)


(3)睡眠中に行われている他界後のリハーサル(神の配慮)

 ・すべての地上人が、睡眠中に幽体離脱をして、幽界でさまざまな体験をしている
 ・生前から死後の生活のリハーサルをすることで、死後のショックが和らげられるようになっている
 ・睡眠中の霊界探訪の体験は忘れてしまうが、死後、肉体がなくなると、睡眠中のすべての体験を思い出すようになる

※これらのことは、シルバーバーチが初めて地上に伝えてくれた内容。人間は「肉体を持った霊的存在」であり、肉体を持って地上を生きるということは、ある意味「特殊」なことです。

ある日の交霊会でシルバーバーチは、その日の出席者に睡眠中のことに言及して、人間は地上にいる時からしばしば霊界を訪れている話をして――

「そうでないと、いよいよこちらへ来て本当の意味での“生きる活動”を開始すべき霊にとって、霊界の環境がショックを与えることになりかねないのです」


「では、私たちが死んでそちらへ行くと、地上で睡眠中に訪れた時の体験をみな思い出すのでしょうか」

「もちろんです。なぜかと言えば、その時点であなたは肉体の制約から解放されて、睡眠中にほぐされていた霊的意識を発揮できるようになっているからです。その新たな自我の表現活動の中で睡眠中の全記憶、睡眠中の全体験の記憶が甦ってきます」道しるべ P19 7行目~P20 3行目)

続いて出された質問は、そうした睡眠中の体験はただ単に死後への準備なのか、それとも為すべき仕事があってそれに従事しに行く人もいるのか、というものだった。

シルバーバーチが答える――

「仕事をしに来る人もいます。睡眠状態において背後霊団の仕事にとって役立つ人がいるのです。(たとえば暗黒界へ降りて幽体で霊媒の役をすることがある)しかし、ふつうは死後への準備です。物質界での生活のあとから始まる仕事にとって役に立つような勉強をするために、あちらこちらへ連れて行かれているのです。そうしておかないと、いきなり次元の異なる生活形態の場へ来た時のショックが大きくて、その回復に相当な時間を要することになります。
道しるべ P22 8行目~P23 4行目)


(4)死後のケア

 ・他界者(新参者)の多くが混乱したり、地縛霊になって悪事を働いたりして、霊的進歩の道を歩めなくなっている
 ・霊界にいる先輩霊が新参者のケアをして(治療※1・休息を与える・指導や教育※2)、霊界人の一員としての道を歩ませるために働きかける
 ・本来は不要なこと(※3)だが、利他愛から出た救済活動として行っている

※1)肉体の傷が、霊体にまで及んでるときは「霊体の治療」が行われます。
※2)地上で生きているあいだにも、インスピレーションを送って指導や教育はなされますが、亡くなってからもいろいろ働きかけてくれます。
※3)本来は(自分で)自分の死を自覚していければいいのですが、霊的無知なためどうしても高級霊の手助けが必要となります。

★「もちろんです。大きな違いがあります。もしも地上の人間のすべてが正しい知識をもち、自然な生き方をすれば――もしもですよ――そうすれば、死に方があっさりとして、少しも苦痛を伴わなくなります。そして、死後の霊的身体を調節する必要もないでしょう。ところが残念なことに、実際はそんなにうまく行っておりません。

地上を去って霊界へ来る人のほとんどが、自分がこれからどうなるのか、自分というのは一体どのように出来あがっているのか、霊的な実在とはどんなものかについて、恐ろしいほど無知なのです。その上、地上で十分な成長をしないうちにこちらへ来る人が、それはそれは多いのです。

そういう人は、わたしがたびたび言っておりますように、熟さないうちにモギ取られた果物のようなものです。ルースちゃんも知っているとおり、そんな果物はおいしくありませんね? 果物は熟せばひとりでに落ちるものなのです。霊が十分に成熟すると、自然に肉体から離れるのです。今わたしのいる世界へ、渋い果物や酸っぱい果物がぞくぞくと送り込まれております。

そのため、そういう人たちをこちらで面倒をみたり、監視したり、手当てをしたり、看護をしたりして、霊界に適応させてあげないといけないのです。みんなが、ちゃんとした知識をもって来てくれれば、わたしのように地上の人間の面倒をみている者は、とても手間がはぶけて助かるのですけどね」福音 P76 2行目~P77 3行目)


(5)霊的真理を知ることの重要性

 ・霊的真理を知っているかどうかが、「死の自覚」に決定的な影響をもたらす(※1)
 ・霊的真理を知っている人…自分の死をすぐに自覚して次のプロセスに進んでいく
 ・霊的真理を知らない人……死を自覚するまでに遠回り(※2)をしなければならない

※1)真理を知って「死」を自覚することが何より大事です。しかし「死」を自覚できない普通の人が死後、混乱したり地縛霊にならないためにも、「睡眠」がとても役立っていると言えます。
※2)地縛霊で何百年も無駄に過ごすこともあります。気をつけたいものです。

★「死後の目覚めは理解力が芽生えたときに起こります。霊的知識があれば目覚めはずっと早くなります。その意味でも私たちは、無知と誤解と迷信、間違った教義と神学をなくすために戦わなければなりません。それらは、死後の目覚めの妨げになるからです」教え 上 P188 2行目~6行目)

 ・間違った宗教の教えに洗脳され、それが魂にまで染みついた人は、死の事実が受け入れない。真でも生きてると思い込み、狂信の中で地上と同じ生活を続けることになる。霊的意識が目覚めるまで、狂信的な地縛霊として過ごすようになる。(※)

※『宗教の全体像』でも学習しましたが、宗教というものは真剣にやればやるほど、魂の奥深く染みつき「死後」にまで持ち越してしまうほどやっかいな問題です。シルバーバーチがキリスト教に対して徹底的に攻撃するのは、間違った宗教のせいで死んだあとも大変な影響を本人や霊界に及ぼすからです。これほどの悲劇はありません。

★「霊界から見る地上は、無知の程度がひどすぎます。その無知が生み出す悪弊には、見るに耐えないものがあります。それが地上の悲劇に反映しておりますが、実はそれが、ひいては霊界の悲劇にも反映しているのです。地上の宗教家は、死の関門をくぐった信者は、魔法のように突如として、言葉ではつくせないほどの喜悦に満ちた輝ける存在となって、一切の悩みと心配と不安から解放されるかに説いていますが、それは間違いです。真相とはほど遠い話です。

死んで霊界へ来た人は――初期の段階にかぎっての話ですが――地上にいた時と少しも変わりません。肉体を捨てた――ただそれだけのことです。個性は少しも変わっていません。性格はまったくいっしょです。習性も特質も性癖も個性も、地上時代そのままです。利己的だった人は、相変わらず利己的です。どん欲だった人は、相変わらずどん欲です。無知だった人は、相変わらず無知のままです。悩みを抱いていた人は、相変わらず悩んでおります。少なくとも霊的覚醒が起きるまでは、そうです」福音 P188 10行目~P189 6行目)

 ・霊界下層に地縛霊が存在することは、霊界人にとっても悲劇

■生前から正しい霊的知識を知っておくことは、死後、地縛霊にならないための最善の方法
■死後についての霊的知識は、地上人が持つべき最も重要な知識であり常識。
  霊的知識の無い人の死後は、突然、見知らぬ海外に一人で放り出されたのと同じ

※本当の終活(終末活動の略)とは…お墓や遺言書を用意することではなく、霊的知識を身につけることだと言えます。また、たくさんの宗教の本を読むより、シルバーバーチの「霊的真理」の本を読む方がいいのです。できるだけ地上にいるうち、また幼いうちに「真理」に出会うことができたなら本当に充実した地上人生を歩むことができるのです。

※「真理」の身近な伝道とは…少しの言葉で「死」や「死後の世界がある」ことを伝えられたら、それだけで十分素晴らしいことだと言えます。

★「あらかじめ霊的知識をたずさえておけば、死後への適応がラクにできるのです。何も知らない人は適応力がつくまでに長期間の睡眠と休息が必要となります。知識があればすんなりと霊界入りして、しかも意識がしっかりとしています。要するに死後の目覚めは暗い部屋から太陽のさんさんと照る戸外へ出た時と似ていると思えばよろしい。光のまぶしさに慣れる必要があるわけです。

霊的なことを何も知らない人は死という過渡的現象の期間が長びいて、なかなか意識がもどりません。さしずめ地上の赤ん坊のような状態です。ハイハイしながらの行動しかできません。睡眠中に訪れた時の記憶は一応思い出すのですが、それがちょうど夢を思い出すのと同じように、おぼろげなのです」道しるべ P23 5行目~後4行目)



※参考資料;スピリチュアリズム普及会発行『ニューズレター39号、シルバーバーチの教え(上)、スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ、地上人類への最高の福音』

※なお、これらの引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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