アトムの子のスピリチュアリズム日記/東京スピリチュアリズムサークル(旧 埼玉シルバーバーチ読書会)感想

     
      この地上人生を生きる目的は、『霊界』という本来の世界へ帰るための準備期間です。

6月の読書会に参加して…

2017年07月10日 04時54分43秒 | 日記

 梅雨入り宣言をされてから、ほとんど雨の降らない日が続いています。読書会当日も雨に降られることなく過ごしやすい1日でした。しかしその一方で、記録的な豪雨により大きな被害が出ている地域もあり、「特別警報」が発令されるほどの危険な状態です。まだまだ予断を許さない深刻な状況ですから本当に心配ですし、毎回多くの犠牲者や被災者が出てしまうことにとても胸が痛みます。これ以上、被害が拡大しないことを祈っております。

 さて、6月の読書会では『死後の世界観』を学びました。前回は、霊界通信によって多くのスピリット(霊)から「死の直後の体験談」を聞き、リアルな感情や心情を読み解くことができました。死後世界の知識があるかかどうかでも死後直後の精神状態に大きな差がみられました。今回は、従来の宗教の「死後世界観」とシルバーバーチの伝えた「死後世界観」を比較しながら、幽界の生活や幽界での霊的純化・浄化の流れを学習しました。幽界での生活や、幽界での(霊的)成長の流れを知ることはとても大事なことです。この先、確実に自分たちが通る道なのですから。

 また「幽界」の存在や内情を知るほど、温かい「神」の配慮・愛に気づかされます。私たち人間(同士)は、時に突き放すことも愛だと思ってしまい、あとから振り返るとその行動は利他的な思いからだったのか、利己的な感情だったのか考えてしまいます。しかし、「神」の愛は完璧です。「神」は、私たちがどこへ行ってもショックや不安に陥(おちい)らないよう細部にわたって準備してくださっています。霊訓に出会ったことはもちろんですが、「読書会」に出会わなければここまで気づかないことでした。決して見捨てられることのない「神の愛」があるからこそ、私たちは安心して地上人生を全うしていいのだと心の底から思えるようになりました。

       スピリチュアリズムの思想体系〔Ⅰ〕(時間軸)
     死後世界観(他界観)【1】ーーーーー幽界

1)スピリチュアリズムの死後世界観(他界観)の概要(※1)
  
   死 → 死の直後(死の自覚)(※2)
     → 幽界(※3)      →→→→ 霊界
      ・過度的な死後の世界       ・本格的な死後の世界
      ・地上的意識・地上臭を拭い去る  ・本格的な霊的成長のプロセス
      ・霊的純化のプロセス

※1)シルバーバーチが、完成された最高レベルの「死後世界観」を伝えてくれました。実は、霊界通信のほとんど(9割くらい)が「幽界」からのメッセージなのです。地上臭が残るため亡くなって間もない人や、ときに地縛霊や低級霊と繋がりやすいためです。「500に及ぶあの世からの現地報告」や「天国と地獄」などの内容もほとんどが「幽界」からの霊界通信だと言えます。それに比べ、高級霊(界)による霊界通信は、数々の条件をクリアしなければ地上にメッセージを送ることができません。シルバーバーチの霊訓は高次元の内容を伝えてくれた数少ない「霊界通信」だと言えます。(※シルバーバーチから「地上の言語では伝えにくい」などの言葉をよく耳にしますが、制限された地上の言語を使わなくてもいいほど高い階層にいるその一例と言えます。言語ひとつにしても決して簡単なことではないのです)
※2)「死の自覚」を持つことは、とても大事なことです。これを自覚しないことには、次の世界に進めません。
※3)「幽界」は、「霊界」に行くための準備期間として存在する過度的(一時的)な世界なのです。幽界ではまず「霊体」に慣れさせるために調整が行なわれますが、意識の調整にはそれだけでは時間が足りません。地上へのいろいろな執着などを捨て去るための霊的純化・浄化が大事になってきます。


(2)従来の宗教(キリスト教・イスラム教)の死後世界観(他界観)と
   シルバーバーチの死後世界観の比較
 ①従来の宗教(キリスト教・イスラム教)の死後世界観

   / 天国(神の支配)                 \
 死     (煉獄(れんごく)・中世カトリックの民間信仰)  2分的他界観
   \ 地獄(サタン・悪の支配)             /  善悪の2つの世界が対立

※世界人口72億のうち、キリスト教とイスラム教の信者を合わせると約50憶人(世界人口の6割)いると言われています(それに比べて、スピリチュアリストは10万人いるかどうかです)。その中でも特に、(2千年かけて積み重ねてきた)キリスト教の間違った死後世界観を、イエスを筆頭にシルバーバーチや多くの霊団が60~80年かけて薄皮をはがすように少しづつ正していっているところなのです。

※「煉獄(れんごく)」とは、天国と地獄の間の世界のことで、中世カトリックの民間信仰→洗礼を受けたあとに罪を犯した場合→死後、天国に行く前に「煉獄」という場所で犯した罪を一度償うのです。

余談ですが、中世カトリックでは、キリスト教の組織腐敗が進み多額の献金をする者が高い地位にいけるというような状況になっていきました。その資金集めとして「免罪符」が大々的に売られたのです。これを買えば、最後の審判で罪が消える・許されるというものでした。後に、これに反発したルターたちによる宗教革命「プロテスタント」が起こっていきます。

※従来の宗教(キリスト教・イスラム教)では、天国か地獄か2つに1つしか選べませんでした。天国に行った人間はその後もずっと天国にいられるし、地獄に行った人間はそこで永遠に苦しみ続けるという(世間一般に広く認知されているような)オーソドックスな世界観が今なお存在しています。その間違った認識しか持ち合わせていないため、彼らの死後「幽界」では高級霊たちの手が回らないほどの状態になってしまっています。

 ②シルバーバーチの死後世界観

☆「死」 → 「霊的地獄」…幽界の中でもっとも地上に近い下層世界。亡くなったあとこちらに行ってしまう人(霊)もいる。暗いスポットで本当の意味での地獄。地縛霊同士、グループや徒党を組む世界。

☆「死」 → 「幽界」 → 「霊界」…(普通はこちらの流れで進む)霊界は、各個人の霊性レベルに応じて行く階層が違う →  霊的親和性(霊系・グループ・家族)によって、自分も自然とその中に入っていく。決して1人ぼっちではなく自分の分身のような集まりの中に入る(※)

※)霊界は「多層的世界観」と呼ばれ、例えるならバームクーヘンのように多数(無数)の界層からなる1つの世界。


※キリスト教正統派の他界観(カトリック他界観)からシルバーバーチの他界観に至るまで、さまざまな他界観が説かれてきた
(ダンテ…14世紀の神曲/スウェーデンボルグ…幽体離脱/神智学…ブラウ゛ァツキー”死後の世界は7つ”/初期のスピリチュアリズム/マイヤース…スピリチュアリスト”死後の世界は6つ”)


(3)幽界の環境とそこでの生活

 ①外見上は地上世界とそっくり(※1)、地上界にあるものはすべて存在する
 ②地上界と違って、物質がないため、時間と空間の制約がない(※2)
 ③地上世界との最大の違い
   ・意識(心で思ったこと)が実現・形体化する
   ・欲しいものが自由に手に入り、願い事が実現する(※3)
 ④肉体の代わりに、霊体が新しい身体となる
   ・最初は多くの人が肉体を持っていると勘違いする(※4)
   ・地上時代の身体の不自由さはなくなり、軽やかになる
   ・疲れも障害もなくなり、若返ることもできる(※5)
 ⑤肉体がないため、肉体を維持するための飲食・睡眠が不要となる
  (ただし食べ物を食べたい人は自由に食べることができる)(※6)
 ⑥地上と違って、心(精神)が中心となる
   ・地上ではモノ(物質)が中心だったが、幽界では物質はなんの力も持たない
 ⑦心と心がテレパシーで通じる(※7)
   ・言葉を用いずに思考(考えていること)や感情などの心の内容が相手に伝わる
 ⑧思うだけで場所の移動が行われる。行きたい場所に瞬時に行くことができる(※8)
 ⑨自分の心の内容(霊的内容)が周りの人にストレートに知られる(※9)
  そのため地上のように、ウソや隠し事ができない
 ⑩地上で知り合いだった人、愛し合った人、歴史上の人物と会うことができる(※10)
 ⑪昼と夜の区別がない(※11)

※1)ショックを受けないようにという本当に細かいところまで行き届いた「神」の配慮です。それゆえ、死んだことに気づかないという状態だとも言えます。
※2)いろいろな違いに、「あれ、地上ではない?」と少しずつ気づいていきます。
※3)地上では寝る間も惜しんで、欲しい物を得るために必死で働いてきましたが、幽界では何でも欲しいものがタダで手に入るのです。
※4)幽体が新しい身体ではありますが、地上時代から肉体と幽体の「二重構造」になっているため、もともと持っています。
※5)希望の年齢・体型になることができます。
※6)どんなに食べても、お腹いっぱいにはならないし太りません。地上時代は食べるために働いてきましたが、幽界ではその必要がないのです。次第に食べ物への執着は消え、この先なにをしたらいいのか…という気づきが出てきます。
※7)英語もフランス語も必要ありません。
※8)好きな乗り物に乗ることもできますし、歩いて行くことも可能です。
※9)相手の霊性が分かってしまいます。地上で、とても偉そうに言ってた人が、実は…ということもありますし、その逆もあります。
※10)霊性が少しでも合えば、もしかしたら近くで会えるかもしれません。
※11)地上臭や地上の思いが強ければ、昼と夜は存在しますが、あくまでも幽界は「昼」だけの世界なのです。

※このように「幽界」は夢のような世界なのです。霊界通信によって、亡くなった多くの人たちの話を聞くだけでも想像を超える美しい世界であることが分かります。しかし、時間の経過とともに「本当の世界(地上世界)」ではないことに気づいていきます。そして、簡単に手に入ることに「飽き」がきます。幽界の重要な意味がここにあります。つまり「幽界」は純化の世界なので、「飽き」がきたということは純化が進んだと言えるのです

※ちなみに、シルバーバーチは「幽界は素敵なところですが、霊界はもっと素晴らしいところです」と伝えてくれています。

※「幽界」は本来一時的に住む場所なのですが、地縛霊のように何十年、何百年とそこで生き続ける人間(霊)もいます。地上時代の執着から、いつまでも同じ場所にとどまり、挙句の果て波長が合う地上人にくっつき悪事を働き続けていくのです。

★霊の世界は地球の回転による影響は受けません。したがって霊の世界には、昼と夜の区別はありません。太陽のエネルギーは地球が受けているだけで、私たちには関係ありません。重力(引力)の作用も地上界の物質が受けるだけで、霊の世界とは無縁です。霊的法則とは別のものです。シルバーバーチの教え・上 P197 後4行目~後1行目)

※霊の世界は「霊的法則」のみです。

★ーー霊界での移動のスピードには限界がありますか。

 霊界(この場合は幽界のこと)での移動には時間と空間の制約はありません。霊界の生活に慣れた者には、時間と空間の制約はないのです。各自の思念と同じ速さで、どこへでも行くことができます。霊界では、思念は実在性を持っているのです。霊界に住む者にとっての移動のスピードは、各自の霊性の高さによって制約され、自分の霊的レベルを超えることはできません。教え・上 P198 1行目~5行目)

※霊性が低いと瞬間移動ができないこともあり、あくまでも自分の霊的レベルを超えることはできないのです。

★こちら(幽界)では話すということはしません。お互いが思ったことを翼に乗せて送るのです。それは、あっという間に空間を飛んでいきます。返事も同じようにして届けられますから、言葉は要らないのです。心の中に美しい絵を描いて、それを瞬時に送ることもできます。こちらにはあなたが住んでいる世界より、もっと多くの美しいものがあります。樹木や花や鳥、小川もあります。美しい絵が欲しいと思うだけで、すぐにそれをつくることもできます。必要なものは何でもつくれるのです。シルバーバーチの教え・下 P148 2行目~8行目)

※他に、「最後の啓示P38~P39」「教え・上P194」「地上人類への最高の福音P27~P28」


(4)幽界での霊的純化のプロセス

  ・霊界という純粋な霊的世界に入る準備段階として、地上的意識・地上臭を拭い去る   ⇩
   霊的純化……幽界の一番の目的
  ・霊的に純化された霊は、幽界での生活は不要となり、次の世界(霊界)に入っていくようになる
  ・死後、幽界を素通りして、ストレートに霊界に入っていく人間(※イエス)もいる

※イエス…地上にいながらにして地上臭が無く、高い霊的意識のなかで生きてきた「イエス」にとって、幽界に留まる必要も理由もないのです。イエスほどでなくとも霊格・霊的意識の高いスピリチュアリストも例外ではありません。


〈霊的純化のプロセス〉
   幽界での生活(欲望が何でも叶う生活)に飽きる(※1)
        ↓
    地上的欲望、肉的・物質的欲望を捨て去る
        ↓
    霊的本性(ほんせい)が目覚め、霊的なものを求めるようになる
        ↓
    (自ら)霊的成長したいと思うようになる(※2)
        ↓
    新たな世界「霊界」に移動(※3)

※1)自己満足の世界が繰り返されるため、新しい刺激が得られることはありません。好きなものを好きなだけ手に入れていく生活にいずれ嫌気がさしていきます。
※2)地上に生きている間にも「魂の叫び(霊的本能)」はあったのですが、幽界での生活は(肉体がないため)霊的本能がより本格的に動き出すことになります。幽界の仕組みは、良心の声・魂の声(本来の自分の心に)に耳を傾けることができるようになっているのです。
※3)無理やり連れていかれるのではなく、自らそう望む(霊的目覚め)ようになっています。自動的に眠りにつき、霊界へと旅立つのです。

※スピリチュアリストであっても、それぞれのレベルがあります。(例えば)地上でシルバーバーチの本だけを読み続け実践をしなかった人は、幽界でもひたすらシルバーバーチの本を読み続けているのです。自分の考えや執着を直ぐに変えることはできません。しかし、いつかは”これではいけない”ということに気づきます。そこからが本当の「霊的目覚め」の始まりなのです。

★幽界の住居について
「私は今とても幸せです。私は特別どこかへ引っ越したいと思うようなことはありません。もちろんこちらの世界には、たえず前進し続けたいと思っている人々もいます。しかし今の私には全くその気がありません。
 でもそのうち、ここからどこかへ行くように言われるような気がします。私には、なぜそうしなければならないのか分かりませんが……。私は今のままでいいのです。私だけの素敵な小さな家があり、私の気にいったすべてのものがあり、友だちもいます」(略)「「私は生前ずっと、ロンドン郊外の田舎で生活したいと思っていました。私はいつも自分の小さな家が持てたらいいと思っていました。田舎に移り住んで、すべての喧噪(けんそう)から逃れた生活をしたいと思っていました。今、私は自分が願っていたような家を手に入れました。これ以上ほしいものはもうありません。
 でも私は、それはある点ではよいことではないと思っています。こちらの人々(指導霊)も、私にいつも”もっと意欲を持つべきだ”と言います。しかし私は、自分の小さな家にいるだけで本当に幸せなのです」ニューズレター40号)

※他に「500に及ぶあの世からの現地報告P232~334」、「スピリチュアリズム入門P148~153」



※参考資料;スピリチュアリズム普及会発行「ニューズレター40号」「500に及ぶあの世からの現地報告」「スピリチュアリズム入門」「地上人類への最高の福音」「シルバーバーチの教え上・下」「最後の啓示」

※なお、これらの引用にあたっては『スピリチュアリズム普及会』の許可を得ています。