ガーデニングと野菜作り

初めての野菜作りとガーデニングに夢中な私。花や、収穫した野菜の写真を紹介するブログです。

産経新聞6月9日モンテーニュとの対話より

2017-06-14 16:15:33 | 日記
モンテーニュの言葉によると、わたしの持論は、「他人に自分を貸すことはしなければならないが自分以外の者に自分を与えてはいけない」ということである。
そのうえで、自分を貸す決断をしたなら、「その引き受けた職務のために、注意と骨折りと説得と、そして必要な場合には汗をも血をも、拒むことを欲しない。
と彼は言う。
この言葉は私の琴線に触れた。そして私に安らぎを与えてくれた。
モンテーニュの決意に比べれば私の気持ちなど比較にもならないぐらい恥ずかしいが
私の中途半端で何も捨てることもできない、また選ぶこともできないそんな状態で
イライラしていた自分に決意を促してくれた。
特に心打たれた部分は自分以外の者に自分を与えてはいけないという部分である。
私は自分を他人に与えることが価値のあることだと思っていた。
苦しみや自己犠牲でしか自分の価値を考える事が出来なかった。
その結果はさんざんたるものであった。
もうすぐ57歳になろうというおばさんが何たるざまだ。
自分の20歳の息子の方がよっぽど世の中を知っている。
しかしモンテーニュは最晩年にこう言っている。
「少しも他人のために生きない者は、ほとんど自分のためにも生きていない」と。
これはどう解釈すべきか。
自分なりに一生懸命考えてみた。
他人の為に生きることは自分の為に生きるのと同じと言う事か?
いや、人間と言うものは自分の為には生きることは出来ないのか?
モンテーニュは自分を貸すにあたっては霊魂の自由を大切にしなければならない
と注意喚起する。
霊魂の自由とは極めて自分を見失わない人だけが持てるものなのか?
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