さて、いよいよ「翔ぶが如く」、最終回になります。最終回のレビューは、なんだかこんなに長くなってしまったんですけど(汗)、驚くなかれ、これで「75分拡大版」とかじゃないんですよ。キッチリすっきり45分。45分にこれだけ盛り込んで、登場人物たちのそれぞれの人生に納得いく落とし前をつけ、物語をキリリと完結させ、過去の追憶と未来の展望に思いをいたす余韻を添えて、45分! す、凄いっ。これ見ちゃうと、今年や去年の大河の最終回って、ホント無駄だらけだとよくわかります(今年のはまだ最終回迎えてないけど…笑)。
小説「翔ぶが如く」のラストはこのように締められています。
「西郷らの死体の上に大久保が折り重なるようにして斃れたあと、川路もまた後を追うように死に、薩摩における数百年のなにごとかが終息した」
幕末以来の三十年くらいじゃなくて「数百年」というところがミソで、ほんとうにこの戦いをもって、薩摩武士というものが絶滅し、日本におけるプリミティブな侍の原型が完全に消え去り、そういうことで新たな時代がやってきた。そして、その時代は、輝かしく発展していくもの…とはいえなかったんじゃないかという含みをもたせるところに、長大な原作のミソがあるように思えます。
ドラマ版では、そういう、若干アイロニカルな司馬流近代史観を反映するってことはなくて、最後にでてきた赤ちゃんを希望の種として、わりとフラットな未来への夢を託すところで終わっているわけです。これは好みが別れるところで、個人的な好みを言わせてもらうと、ちょっと甘さに落ちた感じで、それまでのドラマの濃さにそぐわない感じがするんですけど…。
でも、まあ、最終回です。そんなに固く考えなくても、これまで生きてきた男たちの熱い死に様を堪能するだけで、おなか一杯、涙腺決壊! これは大河史上に残る名最終回というべき、第2部の19話、トータルでの48話を見てまいりましょう。
最終回「明日への飛翔」
明治10年9月19日、鹿児島に、西郷隆盛(西田敏行)と300人の仲間の、最期の朝がやってきます。山県有朋の下知で一斉攻撃がはじまり、城山の洞窟を出た西郷と部下たちは、汚くなった軍服の残骸を脱ぎ捨てて、いと(田中裕子)が差し入れた、あたらしい薩摩縞の着物に着替えていました。
そして一行は、ほとんど無防備に、政府軍にむかって突撃していくわけです。もう完全に死ぬ気なのですが、西郷は、「まだまだ」といいながら走り続け、政府軍の前線から丸見えのスペースまで進みます。果たして、被弾し、歩き続けられなくなった西郷は、かねて最期の介錯を命じていた別府晋介(黒田隆哉)に、
「晋ドン、もう、ここいらでよか」
と声をかけ、ゆうゆうと胡座をかくんですね。西郷の最期を見守る仲間達にも、涙はなく、なにか巨大な達成を見届けるように、敬虔な表情でいます。
そして西郷があおいだ蒼天に浮かんだのは、大久保(鹿賀丈史)と自分の若き日の姿。鹿児島の海岸を大笑いしながら疾走していた日の残像だったんです(涙涙…)。深く目を閉じた西郷の首は、別府晋介の介錯で胴体から離れていきます。
巨星は落ち、残された薩摩男たちは、それぞれ自分の死地を目指します。ここからは…凄いですよ。おそらく大河ドラマ史上、もっとも詩的なバイオレンスシーンなんじゃないでしょうか。
弾雨のなかを、「ああ、天なり…」とつぶやきながら、放心したように歩く村田新八(益岡徹)。アコーディオンは火中にくべましたが、幻のアコーディオンが鳴り響きます。桐野利秋(杉本哲太)は塹壕の上に仁王立ちして銃を撃ちまくる。すみません言わせてください、もう、痺れる!!格好良すぎるっ!! 人斬り半次郎が刀を捨て、まるで西部劇のガンマンのように、ストイックな顔で銃を乱射する、これが、この無骨な男のたどり着いた人生の結論だったのでしょうか。この上なく美しい澄んだ顔で銃を乱射する半次郎に、幻のアコーディオンの音色が被る。そしてついに半次郎も、額を銃弾に打ち抜かれ、大の字に斃れて死んでいきます。半次郎に死に遅れまいと、別府晋介と辺見十郎太(川上泳)は互いに刺し違えて…そして全てを見届けた村田新八が、刀を逆手に腹かっ切って…男たちは、こうして全員死んで行きます。
鶴丸城の島津久光(高橋英樹)は放心して天をあおぎ、呟きます。「こいで、薩摩ん武士が全部死んでしもうた…」。みんな島津の家臣だった…と、ガックリ膝を負って涙をこらえる久光の、なんともいえない老いと衰えと、さいごにのこった殿様の誇り。はじめて久光がノーブルにみえたこのシーン。妾腹コンプレックスの久光が、殿様として最高の境地にたどり着いたんですね。いやすばらしいです。やはり高橋さんは斉彬じゃなく久光の人だったのだ。
賊魁西郷隆盛が鹿児島で討ち取られたという電信は、太政官の会議に持ち込まれます。大久保は衝撃をこらえて、淡々と連絡所を参議一同に回覧し、「これで九州の叛乱は鎮圧されました」と宣言するのですが、会議室を出た瞬間、わなわなと震え、滂沱の涙が溢れ出すんですね。ううっ(涙)。
西郷の死を聞いた従道(緒形直人)は、取り乱し、官職も辞して鹿児島に帰ると荒れ狂いますが、大久保に、それでも不世出の英雄西郷隆盛の弟か!と叱咤され、「武士が終わった世の中を力をあわせて作っていかんにゃ、追い腹切っても詫び切れん」といわれてなんとか思いとどまります。実際、従道が辞職とかしたら、政府にケチがつき、戦後処理にかなり悪影響が出るところだったんですね。
乱から数ヶ月、明治11年があけ、年始の席に集まった薩摩人たちは、あのときの処置はよかったと語り合いますが、キツイのは川路(塩野谷正幸)への風当たり。川路が密偵などを放ったり、やりすぎたせいでこんなことになったのでは…と、みんなハッキリ言いませんが思っているわけです。川路も、心労からすごく憔悴しているのですが、兄を失った従道が、親切に「酒でも酌み交わそう」と心を開いてくれて救われます。が、川路はまもなく、心労からの病で亡くなってしまうんですがね(場外での話)。
大久保は、岩倉具視(小林稔侍)から、九州鎮圧にたいし、勲一等旭日大授章という最高クラスの勲章が授与されると言われます。これはものすごい心外な話で、西郷を鹿児島で討ったことで叙勲されるなんて、そんなのあり得ない、辞退します!と言い切ります。が、「そなたは受けねばならんのだ。生き残った者の、政治に命を賭ける者の宿命と思わんとな」といわれてしまいます。これは従道の辞職の件と同じ。西南戦争における政府の勝利を国民に疑わせないため、叙勲の辞退は許されないのです。どんなに憎まれても、それが宿命なのですから…。
西郷を討ったことで叙勲されるなんて、しかも受けるなんて本心か、と驚く妻の満寿(賀来千香子)に、大久保は言います。
「たとえ西郷隆盛を殺したとはこんオイじゃち、後世まで言われても構わんち、決心した。吉之助サアとオイのことは、どしこ言葉を尽くしても、とうていオイ達ふたりの他にはわからんじゃろう」
西郷を失い、鹿児島で気丈に生活を再建していたいと(田中裕子)のところに、ボロボロになった千絵(有森也実)がたどり着きます。千絵は、八郎太(堤真一)の子を妊娠していたんですね。「矢崎サアのためにも、うちん人のためにも、そん子は産んで貰わにゃないもはん」と、いとに力づけられて、千絵は西郷家で出産にそなえることになります。
その千絵の姉の千草(南條玲子)が住む東京の下町では、西郷が死んで星になったという錦絵が流行。西郷星を拝めば世直しがなるといわれ、千草も星を見ているのですが、そういう都市伝説が流布する世相を憂えた大久保は、客観的な西郷の伝記を書かせることにします。ライターに選ばれたのは、大久保の言論弾圧で1年も投獄されていた海老原穆(草野大悟)です。
大久保に呼び出された海老原は、舌鋒鋭く大久保の専制を批判し、わたしが伝記をかくなら西郷をファシズムに対する抵抗者とみなし、遠慮なく政府を攻撃するがそれで良いか!と噛み付きます。大久保は、「明治は30年からだと思っている、最初の10年は出発で、次の10年で新政府を軌道に乗せ、そのあと民権に移行するのだ。その下準備の為に、専制といわれようと何だろうと、私はいまの仕事をやりぬく!」と。
この大久保の決意に、共感した海老原は、それでは自分の身があまりに危険だ、身辺気をつけなさいと忠告していきます。
この忠告を、大久保は淡々と受け流してしまうのですが、その運命の日は、果たしてやってくるんですね。あーもうこのあたり、どうなるか知ってるだけに、馬車に乗っちゃだめえ!紀尾井坂に行っちゃだめえ!!と思ってしまうんですが(涙)。
大久保利通は、出勤途中の紀尾井坂で、斬奸を叫ぶ士族のテロリストによって斬殺されてしまいます。この刺客たちが、大久保を討ったあと遺体にむかってふかぶか一礼し、その足で自首するというのが、なんともいえない古きよき香気を感じたりするのですが…。
斃れた大久保が最後に見たのは、蒼天にうかぶ、吉之助と自分の若き日の姿。鹿児島の海岸を大笑いで疾走する……って、そう、西郷が最後に見たのと同じものなんですよ。もうタマランですよ。号泣−っ!
大久保の遺体を収容するのは従道なのですが、この人も、なんでこんな…とおもうほど悲劇にばかり立ち会ってきてますよね。この中から立ち直って名なり功を遂げた西郷従道って、ホント偉い人だったんだなあと思っちゃう。
こうして大久保も世を去り、満寿もあとを追うように亡くなり、鹿児島では、千絵の子供(女の子)が生まれています。千絵は…ハッキリとは言いませんが、亡くなったような感じ。いとが、鹿児島の海岸で「愛ちゃん」と名づけた赤ちゃんを抱いて、桜島にむかい、「オマンサアの爺っさまは西郷隆盛と大久保利通…」と語りかけるところで、物語は終わるんですね。
海岸にひとり居るいとの頭上を、カメラがずーっと退いて俯瞰していき、いとの背後に「現在の」鹿児島の市街地が広がっていく。そして両方をくるみこむように、鹿児島湾と、桜島が遠望できるというラスト映像は、とても詩的で印象深いものでした。そうです、こんなふうに現在は過去と地続きなんですよね、ということを、シミジミ噛み締めつつ、平成2年の名作大河ドラマ「翔ぶが如く」、ここに完。
小説「翔ぶが如く」のラストはこのように締められています。
「西郷らの死体の上に大久保が折り重なるようにして斃れたあと、川路もまた後を追うように死に、薩摩における数百年のなにごとかが終息した」
幕末以来の三十年くらいじゃなくて「数百年」というところがミソで、ほんとうにこの戦いをもって、薩摩武士というものが絶滅し、日本におけるプリミティブな侍の原型が完全に消え去り、そういうことで新たな時代がやってきた。そして、その時代は、輝かしく発展していくもの…とはいえなかったんじゃないかという含みをもたせるところに、長大な原作のミソがあるように思えます。
ドラマ版では、そういう、若干アイロニカルな司馬流近代史観を反映するってことはなくて、最後にでてきた赤ちゃんを希望の種として、わりとフラットな未来への夢を託すところで終わっているわけです。これは好みが別れるところで、個人的な好みを言わせてもらうと、ちょっと甘さに落ちた感じで、それまでのドラマの濃さにそぐわない感じがするんですけど…。
でも、まあ、最終回です。そんなに固く考えなくても、これまで生きてきた男たちの熱い死に様を堪能するだけで、おなか一杯、涙腺決壊! これは大河史上に残る名最終回というべき、第2部の19話、トータルでの48話を見てまいりましょう。
最終回「明日への飛翔」
明治10年9月19日、鹿児島に、西郷隆盛(西田敏行)と300人の仲間の、最期の朝がやってきます。山県有朋の下知で一斉攻撃がはじまり、城山の洞窟を出た西郷と部下たちは、汚くなった軍服の残骸を脱ぎ捨てて、いと(田中裕子)が差し入れた、あたらしい薩摩縞の着物に着替えていました。
そして一行は、ほとんど無防備に、政府軍にむかって突撃していくわけです。もう完全に死ぬ気なのですが、西郷は、「まだまだ」といいながら走り続け、政府軍の前線から丸見えのスペースまで進みます。果たして、被弾し、歩き続けられなくなった西郷は、かねて最期の介錯を命じていた別府晋介(黒田隆哉)に、
「晋ドン、もう、ここいらでよか」
と声をかけ、ゆうゆうと胡座をかくんですね。西郷の最期を見守る仲間達にも、涙はなく、なにか巨大な達成を見届けるように、敬虔な表情でいます。
そして西郷があおいだ蒼天に浮かんだのは、大久保(鹿賀丈史)と自分の若き日の姿。鹿児島の海岸を大笑いしながら疾走していた日の残像だったんです(涙涙…)。深く目を閉じた西郷の首は、別府晋介の介錯で胴体から離れていきます。
巨星は落ち、残された薩摩男たちは、それぞれ自分の死地を目指します。ここからは…凄いですよ。おそらく大河ドラマ史上、もっとも詩的なバイオレンスシーンなんじゃないでしょうか。
弾雨のなかを、「ああ、天なり…」とつぶやきながら、放心したように歩く村田新八(益岡徹)。アコーディオンは火中にくべましたが、幻のアコーディオンが鳴り響きます。桐野利秋(杉本哲太)は塹壕の上に仁王立ちして銃を撃ちまくる。すみません言わせてください、もう、痺れる!!格好良すぎるっ!! 人斬り半次郎が刀を捨て、まるで西部劇のガンマンのように、ストイックな顔で銃を乱射する、これが、この無骨な男のたどり着いた人生の結論だったのでしょうか。この上なく美しい澄んだ顔で銃を乱射する半次郎に、幻のアコーディオンの音色が被る。そしてついに半次郎も、額を銃弾に打ち抜かれ、大の字に斃れて死んでいきます。半次郎に死に遅れまいと、別府晋介と辺見十郎太(川上泳)は互いに刺し違えて…そして全てを見届けた村田新八が、刀を逆手に腹かっ切って…男たちは、こうして全員死んで行きます。
鶴丸城の島津久光(高橋英樹)は放心して天をあおぎ、呟きます。「こいで、薩摩ん武士が全部死んでしもうた…」。みんな島津の家臣だった…と、ガックリ膝を負って涙をこらえる久光の、なんともいえない老いと衰えと、さいごにのこった殿様の誇り。はじめて久光がノーブルにみえたこのシーン。妾腹コンプレックスの久光が、殿様として最高の境地にたどり着いたんですね。いやすばらしいです。やはり高橋さんは斉彬じゃなく久光の人だったのだ。
賊魁西郷隆盛が鹿児島で討ち取られたという電信は、太政官の会議に持ち込まれます。大久保は衝撃をこらえて、淡々と連絡所を参議一同に回覧し、「これで九州の叛乱は鎮圧されました」と宣言するのですが、会議室を出た瞬間、わなわなと震え、滂沱の涙が溢れ出すんですね。ううっ(涙)。
西郷の死を聞いた従道(緒形直人)は、取り乱し、官職も辞して鹿児島に帰ると荒れ狂いますが、大久保に、それでも不世出の英雄西郷隆盛の弟か!と叱咤され、「武士が終わった世の中を力をあわせて作っていかんにゃ、追い腹切っても詫び切れん」といわれてなんとか思いとどまります。実際、従道が辞職とかしたら、政府にケチがつき、戦後処理にかなり悪影響が出るところだったんですね。
乱から数ヶ月、明治11年があけ、年始の席に集まった薩摩人たちは、あのときの処置はよかったと語り合いますが、キツイのは川路(塩野谷正幸)への風当たり。川路が密偵などを放ったり、やりすぎたせいでこんなことになったのでは…と、みんなハッキリ言いませんが思っているわけです。川路も、心労からすごく憔悴しているのですが、兄を失った従道が、親切に「酒でも酌み交わそう」と心を開いてくれて救われます。が、川路はまもなく、心労からの病で亡くなってしまうんですがね(場外での話)。
大久保は、岩倉具視(小林稔侍)から、九州鎮圧にたいし、勲一等旭日大授章という最高クラスの勲章が授与されると言われます。これはものすごい心外な話で、西郷を鹿児島で討ったことで叙勲されるなんて、そんなのあり得ない、辞退します!と言い切ります。が、「そなたは受けねばならんのだ。生き残った者の、政治に命を賭ける者の宿命と思わんとな」といわれてしまいます。これは従道の辞職の件と同じ。西南戦争における政府の勝利を国民に疑わせないため、叙勲の辞退は許されないのです。どんなに憎まれても、それが宿命なのですから…。
西郷を討ったことで叙勲されるなんて、しかも受けるなんて本心か、と驚く妻の満寿(賀来千香子)に、大久保は言います。
「たとえ西郷隆盛を殺したとはこんオイじゃち、後世まで言われても構わんち、決心した。吉之助サアとオイのことは、どしこ言葉を尽くしても、とうていオイ達ふたりの他にはわからんじゃろう」
西郷を失い、鹿児島で気丈に生活を再建していたいと(田中裕子)のところに、ボロボロになった千絵(有森也実)がたどり着きます。千絵は、八郎太(堤真一)の子を妊娠していたんですね。「矢崎サアのためにも、うちん人のためにも、そん子は産んで貰わにゃないもはん」と、いとに力づけられて、千絵は西郷家で出産にそなえることになります。
その千絵の姉の千草(南條玲子)が住む東京の下町では、西郷が死んで星になったという錦絵が流行。西郷星を拝めば世直しがなるといわれ、千草も星を見ているのですが、そういう都市伝説が流布する世相を憂えた大久保は、客観的な西郷の伝記を書かせることにします。ライターに選ばれたのは、大久保の言論弾圧で1年も投獄されていた海老原穆(草野大悟)です。
大久保に呼び出された海老原は、舌鋒鋭く大久保の専制を批判し、わたしが伝記をかくなら西郷をファシズムに対する抵抗者とみなし、遠慮なく政府を攻撃するがそれで良いか!と噛み付きます。大久保は、「明治は30年からだと思っている、最初の10年は出発で、次の10年で新政府を軌道に乗せ、そのあと民権に移行するのだ。その下準備の為に、専制といわれようと何だろうと、私はいまの仕事をやりぬく!」と。
この大久保の決意に、共感した海老原は、それでは自分の身があまりに危険だ、身辺気をつけなさいと忠告していきます。
この忠告を、大久保は淡々と受け流してしまうのですが、その運命の日は、果たしてやってくるんですね。あーもうこのあたり、どうなるか知ってるだけに、馬車に乗っちゃだめえ!紀尾井坂に行っちゃだめえ!!と思ってしまうんですが(涙)。
大久保利通は、出勤途中の紀尾井坂で、斬奸を叫ぶ士族のテロリストによって斬殺されてしまいます。この刺客たちが、大久保を討ったあと遺体にむかってふかぶか一礼し、その足で自首するというのが、なんともいえない古きよき香気を感じたりするのですが…。
斃れた大久保が最後に見たのは、蒼天にうかぶ、吉之助と自分の若き日の姿。鹿児島の海岸を大笑いで疾走する……って、そう、西郷が最後に見たのと同じものなんですよ。もうタマランですよ。号泣−っ!
大久保の遺体を収容するのは従道なのですが、この人も、なんでこんな…とおもうほど悲劇にばかり立ち会ってきてますよね。この中から立ち直って名なり功を遂げた西郷従道って、ホント偉い人だったんだなあと思っちゃう。
こうして大久保も世を去り、満寿もあとを追うように亡くなり、鹿児島では、千絵の子供(女の子)が生まれています。千絵は…ハッキリとは言いませんが、亡くなったような感じ。いとが、鹿児島の海岸で「愛ちゃん」と名づけた赤ちゃんを抱いて、桜島にむかい、「オマンサアの爺っさまは西郷隆盛と大久保利通…」と語りかけるところで、物語は終わるんですね。
海岸にひとり居るいとの頭上を、カメラがずーっと退いて俯瞰していき、いとの背後に「現在の」鹿児島の市街地が広がっていく。そして両方をくるみこむように、鹿児島湾と、桜島が遠望できるというラスト映像は、とても詩的で印象深いものでした。そうです、こんなふうに現在は過去と地続きなんですよね、ということを、シミジミ噛み締めつつ、平成2年の名作大河ドラマ「翔ぶが如く」、ここに完。












レビューを読んでいると、TUT●YAに飛んでいってDVDを借りたくなる衝動に駈られてしまいます。いや本当に。「真田太平記」も「独眼流政宗」も…くそ〜!懐さえ暖かければなぁ(涙)
さて、かく言う自分は、ようやく原作の3巻まで読み終わったところです(遅)。歴史に興味があると言っても、いやはや私の知識は雀の涙の様なモノですから、明治の政治動乱を理解し飲み込んでいくには相当の時間とエネルギーを費やします。資料やパソコン片手に原作を少しずつ読み砕いていっております…
司馬作品の中でもかなり難易度の高い(気がする)この小説、ドラマ化するとは本当にアッパレ!製作陣に感謝です。そして、小説読破に挫折しかけた私の心にエールを送り続けてくれた庵主様のレビューにも感謝感謝です。リアルタイムで観れなかったのは本当に残念ですが、いつか絶対にDVD借ります!
あと7巻ありますが(長っ;)、ゆっくりしっかり自分の中で消化していきたい作品ですので、焦らずじっくり読んでいきたいと思います。
次はどの名作のレビューでしょうか?楽しみ…あ、天地人レビューの疲れもあるでしょうから(苦笑)、最終回を迎え次第どうぞごゆっくりとお休み下さい。気長に待ってます♪
あれれ、ドラマの感想と関係ない私事をだらだらと書いてしまい申し訳ありません(_ _;)
それではっ!
ありがとうございます。この作品のラストシーンは最高です。こうして自分がここにあると感じます。「昔は良かった。」なんて言いたくは無かったけど、この作品をリヤルタイムで見た事を自慢したくなります。
脚本家・演出家は高い意識を持って制作し大河だけは阿る事無く、変な現代的解釈をせず、その時代を表して欲しい。
また、良き昔を思い出させて下さい。(また言ってしまった。)
これだけ描きこんで45分ということにビックリです。今は視聴率や連載期間の長さだけで作品の良し悪しを判断しがちですが、やっぱり良い作品と言うのは長かろうが短かろうが、構成がしっかりしているんですよね。内容的には幕末で1年、明治で1年とやってもいいくらいの濃さがある中で、よくこれだけまとめきったなあ・・・。
最後の城山のシーンは本当にもう切なくて切なくてたまりません。鹿児島に旅行に行った時、もちろん城山へも行ったんですけど、木々の向こうから桜島が見えて、西郷さんたちも最期にこの風景を見たんだろうかと思いながら見たことを思い出しました。ホントに戦争終盤になるにつれて、皆が却って笑顔になっていくのが哀しくて仕方ない。
戦後のこともポイント押さえつつ、しっかり描かれていることに感動です。このドラマの後、ようやく大久保さんも故郷で認められるようになったということですが、それがよく分かります。それにしてもよく泣く大久保さんでしたが(笑)。心は熱い薩摩の男ってことなんでしょうね、大久保さんも。
ところで、木戸さん臨終のシーンで、文民統制のことを遺言みたいに伝える形で、ちゃんと取り上げられてたことにちょっと驚きました。スルーかと思ってた・・・。でもまあ、最後まで愚痴な感じでしたけど(笑)。
放送当時はまだ子供で、難しかったと言うのもあって見た覚えがないんですが、こうしてレビューを読ませていただけて、最終回は特に一緒に画面を見ているかの如くでした。
ありがとうございました!
庵主さまのレビューのおかげで記憶の底に眠っていたあれこれを思い出せたり、
放送当時には読み取れなかった事への理解が深められたり、
大変実りの多いレビューでした。
庵主さまのレビューで「翔ぶが如く」というドラマを振り返ってみて強く印象に残ったのは、
このドラマにおける人物の描き方についてです。
集団と個人、
公と私(わたくし)、
両方の視点から個々の人物の意識・心情・行動を丁寧に描かれている事です。
今回で言えば、
個人としては下野したいが政府の一員としてそれは出来ない従道さん、
同じく個人としては勲章を辞退したくても政府のために受取らざるを得ない大久保さん、など。
明治初期という時代性もあるでしょうし、
西郷隆盛という個人が不平士族という集団の意識に呑み込まれた、
西南戦争というものを描くためにおざなりにはできない部分だったのでしょう。
ですがそもそも歴史を描くドラマには、
そういう複層的な人物描写はある程度必要な事ではないかと思うのです。
近年の大河にはその辺りが欠けている気がして、
(他にもたくさんの理由がありますが・・・)その事もドラマの質を下げている要因の一つではないかと痛感しました。
また、実在の人物を描く事への誠実な態度も印象に残りました。
大久保さんを襲った刺客たちがその遺体に一礼した場面。
放送当時は大久保さんが亡くなった事ばかりに気をとられていて、
刺客側の様子は目に入っていませんでした。
このレビューでその部分を読んで思わず涙が出ました。
刺客たちの態度に対してだけではなく、
ほんのわずかしか登場しない人物を描くのにも敬意を忘れない作り手の姿勢にも。
またこんな上質な大河ドラマが観たいです。
最初から読ませて頂いてましたが、見応え充分のドラマのようですね。
難しい事は難しいままに、下手にわかりやすくしない、
誰にも媚びない姿勢には、当時の大河ドラマ制作者の誇りを感じました。
歴史は難しいから私も大人になるまでは興味が持てませんでした。
でも小説やドラマ等で魅力的な人物を知り、
もっとこの人物や時代を知りたいと思えると、調べてみたくなりました。
翔ぶが如くは観る人に、純粋にそう思わせる作品だったのだと思います。
(今年の大河も逆の意味で、もっと調べてみたくなるのですが…)
良いドラマを庵主様のレビューで擬似体験できました。どうもありがとうございました。
ありがとうございます。
いや、「翔ぶが如く」と「坂の上の雲」は、私にとっても二大挫折本でしたから(笑)、ってぜんぜん自慢にならないですけど。
最初「翔ぶが如く」の原作に挑戦したとき、ドラマのように幕末から始まる話ではなかったので、え…?と思ってそのまま挫折したという覚えもあります。
「坂・雲」も、売り物の日本海海戦に至るまでが長いですが、「翔ぶ…」の原作も西南戦争までが長くて長くて、そういう点でも似た感じがしますが、その分、最終巻のカタルシスは堪えられません。
ゆっくりとお読みになってくださいね。「坂・雲」の前史を読み解いていくという楽しみもあり、タイムリーですしね。
ありがとうございます。
>こうして自分がここにあると感じます。
そうなんです、ドラマのシーンで、視聴者にそういうことを、ガツンと実感させるというのは、なかなか出来そうで出来ないのではないでしょうか。
田中裕子さんの背後に現代の光景が広がる…というのは、ありがちな手といえば手なんですけど、そこに現代との地続き感を実感させるというのは、そこまでにいたるドラマの質の高さゆえなんですよね。
前から思っているのですが、大河ドラマは、まず歴史考証ありきで、そこをしっかりすればドラマはついてくるものではないでしょうか。
考証をいいかげんにしてドラマ部分ばかり通俗的に盛り上げた結果が今年の…
いや、もう今更言いますまい(笑)
ありがとうございます。
いつも励ましていただいて、なんとか完走しました^^。
初コメありがとうございます。読んでいただけて嬉しいです。
「翔ぶが如く」で鹿賀丈史さんのファンになった方って、けっこういらっしゃるのですね。わたしは同世代なんですけど、ちょっと上なので、放送当時新社会人で、忙しくてとても落ち着いて大河をみたり出来なくて…。たぶん、ガッツリ見てたらわたしも堕ちてたと思います(笑)。
また、そうやって歴史にものめりこみ、いろんな展示を見に行ったりするのも大河ドラマの効能というものですよね。
そういう影響があたえられなくては、大河ドラマの役は果たせないと思うんですが…「坂・雲」はどうかな?
わたしは楽しみなんですが、まあ、不安といったら「気合い入りすぎでは?」ということくらいですかね。
どうしても、最近「凝りすぎ…」と思うようなリキのはいったドラマが目に付くので。この「翔ぶが如く」のように、正攻法で、ドッシリと、ぶれない大河ドラマを作ってくれたら、それだけでいいんですけどねえ…。
ねえ、45分ってスゴイですよね。
当時の大河は予告編と紀行が無かったですが、あれは不要なんじゃないかと思いますよね(とくに今年はつくづく思いました)。
>戦争終盤になるにつれて、皆が却って笑顔になっていくのが哀しくて仕方ない
とくに、最後の夜のみんなの笑顔はほんとうに悲しくて、美しくて、たまらないものがありましたよね。
思い出しても涙ぐむほど。
ほんとうにいちど、田原坂と城山に行きたいと思って何年にもなりますが、いつか実現したいですね。
西郷さんの最期の瞬間に、桜島がバーッと噴煙を噴出す描写が、すごく印象的でした。城山から桜島を見たい、というのは長年の夢です。
ご覧になったとは羨ましい…。
木戸さんの最期も、シッカリやってくれて良かったと思います。文民統制の遺言も、「俊輔を頼みます」っていうのもね。
>集団と個人、公と私(わたくし)、両方の視点から個々の人物の意識・心情・行動
そうです、で、その「公人」という意識が強く生まれたのが、明治を境にというのが興味深いところですよね。
幕末は、藩士としての忠節と、個人の信条というアンビバレンツはあるにはあったんですが、大方にとってそんなに複雑な問題ではありませんでしたよね。
たぶん、大久保も西郷もかなり早い時期に、藩士としての義務感みたいなのを意図的に捨ててしまっていて、かわりに日本国の公人という自覚を、かなり意識して作ってきていたと思うんです。
それが革命を牽引したというのは幸福な時代で、後半にはそれが悲劇になってしまう。
彼らがもう少し無責任だったら、あるいは…と思うんですが。たとえば、岩倉具視のように(笑)。
>大久保さんを襲った刺客たちがその遺体に一礼した場面
わたしも、ここはリアルタイムで見たときのことは覚えてなく、総集編のビデオを見たときも(カットされたのか)記憶にないので、今回見直して、ガツンとやられた場面のひとつでした。
ほんとに、古き日本人の礼節といいますか…。そういうものを丁寧に、敬意をもって扱う、作り手の姿勢もすばらしいですよね。
ほんとうに、またこんなドラマが見られたら…と思います。
>誰にも媚びない姿勢には、当時の大河ドラマ制作者の誇りを感じました
そうなんです、昔の大河ドラマを見て衝撃を感じるのは「視聴者に媚びていない!」ということだったりします。
まあ…それっていうのも、もしかしたら「翔ぶが如く」が最後だったかもしれない、というやるせなさはありますけども。
結局、視聴者は媚びて作ったものなんか見たくないわけですよね。媚びれば止めどがないですから。
難しくても、キャラクターがしっかり描けてて、おもしろければ、スッとはいってくる。結局それだけのことなんでしょうに、媚びて大河ドラマをつまらなくする必要が、どこにあったんでしょうか。
やっぱり、その時代のことを知りたいと日本人に思わせるというのも、大河ドラマの大切な使命だと思うので、そこのところをNHKはちょっと考えてほしいと思います。
ってようは今年のを反省してくれればいいだけなんですけど(笑)。
少々出遅れてしまいましたが、レビューお疲れ様でした!
私はこのドラマが放映されていた当時はまだ子どもで、維新のこともおぼろげに理解している程度でしたが、「政宗」で大河に嵌り、このドラマにもかなり嵌って見ていました。
今でも私の中での西郷像、大久保像はこのドラマのイメージです。特に大久保さん。西郷どん贔屓で大久保さん嫌いな人に会うと、大久保さんにも色々な想いがあったんだ!このドラマを見ろ!といいたくなるくらい(笑)。
善悪二元論的な世界観で歴史を、世界を見ないで…と言いたくなるのですが、今年や去年の大河の駄目さは、そういった単純な世界観にもあるような気がいたします。
他の方の書き込みにもありましたが、複層的に出来ているのが世の中と人間だと思うのです。このドラマは、それをきちんと描いていましたよね。色々な人々の色々な想いと理想が交差するところが、味わい深く、切なく、見ごたえがありました。
色々なものを教えてもらったドラマでした。レビューを拝読して、また久々に見たくなりました。どうもありがとうございました。
コメントありがとうございます。読んでいただけて嬉しいです。
>西郷どん贔屓で大久保さん嫌いな人に会うと、大久保さんにも色々な想いがあったんだ!このドラマを見ろ!といいたくなるくらい
これはスバラシイことですよね。聞く所では、鹿賀丈史さんの熱演で鹿児島で大久保利通の再評価が進んだとかで、そんな効果を上げられるのも、ドラマ冥利・俳優冥利につきることと思います。
西郷さんのほうは、司馬さんが原作で複雑な人に描きすぎてしまったので、「鹿児島に敵をつくった」と言われたとか(笑)。
ご当地の偉人への入れ込みが、ときに人間のネガティブな面を描きにくくして、ドラマをつまらなくする傾向はなきにしにもあらずと思いますが、今年のように、無根拠なヨイショいっぽうで底の浅い人にしてしまうのも、それはそれで罪が大きいと思います。
その点、西郷や大久保も人間で、喜びも悲しみも、弱みもズルイところもありながら、局面局面で逃げずに生ききった…ということを、ずっしり重くかんじさせてくれた「翔ぶが如く」は、大河ドラマのお手本のような作品だったのではないでしょうか。
大河ドラマの見ごたえというものは、そういうところから発生するのだということを、つくづく感じたドラマでした。
たくさん学ばせていただいたのに、最後の最後でコメントが遅くなって申し訳ありません。
ラストシーンですが、これは本当に好みによるところが大きいのでしょうね。
私は肯定派です。
なんというか、これだけ骨太に江戸末期から明治を描いてきた作り手たちの、歴史に対する彼らなりの結論やメッセージが明確に伝わってきます。
(そこがまさに好みの割れるところなんでしょうけど)
それは我々視聴者へのメッセージであると同時に、登場人物たちの人生に対してのひとつの答えを表現したのだと思います。
報道ではなく、ドキュメンタリーでもなく、「ドラマ」であるのだ、という宣言のようにも受け取れます。
甘さに落ちた、とは的を得た言葉だな、とも思いますが。汗
正直、一気に鑑賞したので明治維新後は難しくて感情移入がしにくかったのですが、
それでもラスト・サムライのシーンはやはり痺れまくりました。
一昨年鹿児島を訪ね、城山の鶴丸城の城壁に残る西南戦争の弾劾の後が、まざまざと思い出されます。
あの時、もっとこの歴史を「知って」いればなぁ。
(教科書の知識としてはあったのですが)
ほとんど無知なりにもここまで面白かったのですから、知識があればもっともっと違っただろうにと思います。
後追いではありますが、この場所で色々と学ばせていただけてとても嬉しく思います。
本当にありがとうございました。
いつかまた、ちゃんと鹿児島歴史めぐりに訪れたいです。
今後とも、こちらのサイトで楽しく遊びながら、勉強させていただきますね!
たくさん学ばせていただいたのに、最後の最後でコメントが遅くなって申し訳ありません。
ラストシーンですが、これは本当に好みによるところが大きいのでしょうね。
私は肯定派です。
なんというか、これだけ骨太に江戸末期から明治を描いてきた作り手たちの、歴史に対する彼らなりの結論やメッセージが明確に伝わってきます。
(そこがまさに好みの割れるところなんでしょうけど)
それは我々視聴者へのメッセージであると同時に、登場人物たちの人生に対してのひとつの答えを表現したのだと思います。
報道ではなく、ドキュメンタリーでもなく、「ドラマ」であるのだ、という宣言のようにも受け取れます。
甘さに落ちた、とは的を得た言葉だな、とも思いますが。汗
正直、一気に鑑賞したので明治維新後は難しくて感情移入がしにくかったのですが、
それでもラスト・サムライのシーンはやはり痺れまくりました。
一昨年鹿児島を訪ね、城山の鶴丸城の城壁に残る西南戦争の弾劾の後が、まざまざと思い出されます。
あの時、もっとこの歴史を「知って」いればなぁ。
(教科書の知識としてはあったのですが)
ほとんど無知なりにもここまで面白かったのですから、知識があればもっともっと違っただろうにと思います。
後追いではありますが、この場所で色々と学ばせていただけてとても嬉しく思います。
本当にありがとうございました。
いつかまた、ちゃんと鹿児島歴史めぐりに訪れたいです。
今後とも、こちらのサイトで楽しく遊びながら、勉強させていただきます!
先の投稿の雪蔵は私です。おかしいなぁ、直して投稿したはずだったのに・・・
この書き込みと、先の書き込みを削除お願い致します。
ご面倒をおかけして申し訳ありません。
いや〜…凄かったです!最終回はボロボロと何度も泣きました。最後の最後、現在の鹿児島の風景が映し出される所でも、本当にジーンと来てしまいました。たったワンカットでしたが、過去と現在は繋がっていると強く感じさせるラストでした。
全ての登場人物に命を吹き込み、複雑な時代背景もたっぷりと描く…す、凄い!製作陣には改めて脱帽です。特に、このドラマの放送後、西郷に隠れていた大久保も注目されるようになったと聞いていましたが、納得しました。私自身、大久保利通に対して持っていたイメージは「冷徹」「独裁」などのマイナスな物だったのですが、原作を読み、さらにこのドラマを観た事によって、その意思の強さと一貫した生き様を見直すことが出来ました。
このドラマを観るきっかけを作ってくださった庵主様のレビューには、心から感謝です!
さて、皆様もコメントで仰っていますが、良い意味で視聴者に媚びないドラマ作りをしているな、とつくづく思いました。「ついて来れるもんならついて来い!」と言わんばかりの、濃すぎる熱すぎる展開。素晴らしいです!今のNHKに、このような質の高いドラマを再び求めるのは難しいのでしょうか…(T_T)まぁ、『龍馬伝』今後の展開に期待ですね!レビュー引き続き楽しみにしています(^^)
長文失礼しました。それではっ!