como siempre 遊人庵的日常

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真田丸 第37回

2016-09-19 13:19:35 | 過去作倉庫15~
 前回は、「前代未聞の超高速関が原」などといわれていろんなところで話題になったようです。まあ、話題にならないよりはなったほうがいいんだろうけど、関が原の戦いって、やっぱりこの時代としては決定的に大きなマイルストーンなので、そこは振り返りでひととおり描くくらいするだろうと思ってました。
 それもやらないのも驚きでしたよ。小娘主演のスイーツ大河じゃあるまいし、どんだけ合戦嫌いなんだ。まあ、切ったはったを直接「描かない」なら描かないで、それにかわるものを描くんだろうと一応期待をしてみましたが、それも結局大したもんじゃなくて、その工夫の無さと怠惰さに、いちばん驚いた回になりました。
 先週の上田合戦が、なんか不完全燃焼で、グダグダ文句をいいましたが、やっぱり戦国ドラマには、戦のシーンというのは大切で、とくに天下を左右するようなメジャーな戦は、それなりに工夫をしてきちんと描く必要があると思います。それがないと、運命を左右された「勝ち組・負け組」の人々の心情をいくらコッテリ丁寧に描いても、たいした悲愴感が出ませんし、なにより、見てる視聴者の気持ちの持っていきどころがない。
「花燃ゆ」のときにも同じこといいましたけど、ローリングストーンズのスタジアムコンサートで「スタートミーアップ」とか「イッツオンリーロックンロール」みたいな定番のシンガロング曲をやらない、そしてそのままアンコールもしないで幕しちゃう、みたいなもんですよね。コンサートだったら金返せのブーイングが起こると思います。
 そんなことで、今週は関ヶ原の戦後処理回。関が原を「エア関ヶ原」で描いたぶん、戦後処理をどう盛り上げるかと、若干不安におもってましたが、やはりというか、どう盛り上げる工夫もないみたいで。ただもう、ひたすらつまらない、擁護の余地もない、ひっでえ低レベルな内容でした。
 それ以上特に書くこともないし、文句言う気にもなれない、腹も立たないくらいつまらなかったので、今週は淡々と無感情にいかせていただきます。第37回「信之」


 今週のざっくりしたあらすじ。

 天下分け目の大いくさ・関ヶ原の戦いが、わずか半日で終わってしまったことに衝撃を受ける真田家中。そういわれても全く実感がなく、昌幸(草刈正雄)は近所の城にむだに討ち入ったりなどして余ったエネルギーを発散します。源次郎信繁(堺雅人)に泣いて止められるまで。
 そうこうするうち、行方不明だった三成(山本耕史)が捉えられ、家康(内野聖陽)が大坂城に入場して秀頼を保護下に置いたときき、真田親子も完敗を認めざるを得ない日が来ました。戦に負けてないのに完敗だなんて…と納得はできませんが。
 源三郎信幸(大泉洋)は、父と弟に約束したとおり、ふたりの助命嘆願に奔走。大坂にいって家康に直接命乞いすることに。岳父の本多忠勝(藤岡弘、)も付き添ってくれるのですが(このときの「待ていっっ!!」っちゅう言い方がまんま仮面ライダー1号でお茶吹きましたよ…)、家康はもう勝ち誇っていて、自分に反旗を翻した(端的に言うと裏切った)真田親子は、見せしめのためにも死んでもらうしかない、と。
 エキサイトした忠勝は、もう口添えの域を超えてしまい、信幸に何も言わせずに「真田親子の助命がかなわぬなら、婿と一緒に上田城に籠城し、殿と一戦つかまつる覚悟!!」などと言いだします。いや、この人の場合、ブラフとかじゃなく常に本気。本気なのがわかってるので、家康も、まいったまいったと笑うしかなくて、じゃあ命だけは取らないよ、と約束してくれます。そのかわり、信幸に「父から譲り受けた幸の片諱、捨てよ」と。
 すごいショックをうける信幸。つまり父と弟の命と引き換えに、家族の縁を切れと言われているわけで、懊悩を呑み込んで、「ありがとうございます」といって受け入れるのでした(ここは良かった。大泉洋さん名演技。ちょっと泣けました)。
 その告知にも信幸みずからが行くのですが、昌幸に「なんのために徳川に付いたのだ、役立たず」などと言われてしまいます。そんないわれなき暴言にも耐え、父と弟を城から追い出す役目を負うつらさ…。
 っていってもこういうことを最悪の場合の保険として、両陣営に分かれたわけなので、結果的には円満な着地ですよね。戦の損害も特になく、不動産物件は信幸が引き継いでくれる。支族の矢沢や小山田なども信幸陣営に引き取られてリストラもないので、ほんとに悲愴感のない城明け渡しです。それでも悲愴、悲愴なんだ!という前提で今週の物事はすすむので、ちょっと見てる方とギャップが激しいんですが。だいたいそこまでの上田への愛着も描いてなかったもんねえ。
 そして真田親子は大坂城の家康のもとに出頭。家康から、「高野山に流罪」と、いわば終身刑の宣告をうけるわけですね。武装アイテム一切を取り上げて九度山で飼い殺し。死ぬまで戦などできずにしけた村で朽ちるのだ。この生き地獄たっぷりと味わうがよいわ。うは、うは、うはははは。っと思いっきり昌幸を愚弄して高笑いする家康…。
 まあ、これでラスボスっていったらまともすぎ、ってちょっと失笑しちゃいましたけどね。「殺さぬ理由」を本人に、それそのまんま説明しなくても。ここは「真田太平記」の、真綿で人の首を絞めるような大人な残酷さの家康を懐かしく思い出します。ほかの人はともかく、家康に、こんなバカみたいなド直球の悪者セリフで高笑いなんかさせないでほしかったです。。
 そして源次郎は、紀州に流される前に世話になった筋へのあいさつまわり。寧(鈴木京香)のところで、関が原の勝敗を決する暴挙に出た小早川金吾中納言(浅利陽介)にもあうのですが、金吾は源次郎の顔を見るなり腰を抜かして逃げます。このときは、関が原の具体的な敗因など整理された情報として流布していなくて、べつに誰も金吾個人を恨んだりもしてない、という「情報の時差」感はなかなか良かったと思います。本人の中だけで被害妄想、じゃなくて加害妄想が膨らんでるわけね。寧も「あのこも悪い子じゃないんだけどねえ~」とかいって、さすがにこの人のレベルだとある程度事情知っててもいいと思うんですが、知っててそんなこと言ってるなら、それはそれでメンタル壊れててこわいよな…。
 それ以前の話として、有名な「小早川秀秋の裏切り」ってのをちゃんと説明しない(前回佐助の報告でちょろっと触れただけ)のが意味わかんない。金吾がここまで、愚鈍ななりにじっとり陰気に周りを見てきた経緯があるだけに、その結果を明らかにしないのは、これも不発弾で気持ち悪いですよね。小早川の寝返りなんて猿でも知ってるわかりきったことで、「わかりきったことは書きたくない」のかもしれませんが、そのかわりが、あの、手作りお化け屋敷みたいなスモークの中ににエレキの轟音とともに男闘呼組が出てきてDAYBREAKを熱唱する……え、違う? まあとにかくトートツな妄想シーン、そんで投げやりなナレ死では。わざわざ意味不明にしてるようなもんですよ。
 そのあと春(松岡茉優)から岳父大谷刑部(片岡愛之助)の最期をきき、加藤清正(新井浩文)の気遣いで三成夫人うた(吉本菜穂子)に会って三成の最期もききます。うたさんは壊れちゃってて、「あの方は豊臣のためだけを思っていました」「あの方は豊臣のためだけを思っていました」って延々と繰り返すばかりで、これは痛々しい…。
 そんで治部の死も刑部の死も超あっさりしてます。安上がりです。さんざん描かれたおなじみのエピソードなんかやんないの。干し柿は丹の毒でござるとか言わないの。さすがですね。そんでかわりに何やったかっていったら、これといって別に…。
 ってなわけで大量の不発弾を永遠にのこしたまま、関が原の戦いはこれでおしまいです。疲れ切ってこれも壊れ気味の薫(高畑淳子)の介護も信幸にひきついで、昌幸信繁親子は紀州九度山へ。
 そしてそこで、時空を超えた時の旅人・向井佐平次に出会う!!(違う??)っというところで、以下次回。


今週のざっくりした感想。

 っていっても、ただ「つまんなかった」以外の感想は特にないのですが、そうねえ、今週のこれを、素晴らしかった、感動した、泣けました、みたいに余韻にひたれる方たちって、ほんとに幸せだと思います。
 いや、嫌味でいってるんじゃないの(そう聞こえないだろうけど)。そういう方たちには、わたしにはどう目を凝らしても見えない景色が見えるのでしょうし、そこに展開しているのは、それはそれは感動的な物語なのでしょう。自分に見えないものが見え、感動までできるって、素直に羨ましいですよ。
 そこに想像をたくましくする気もないので、わたしは自分に見えたものに対して自分の感想を言うしかありません。
 あらためて、関が原の合戦の経緯をなにもやらなかったのは、制作費の都合でも単なる怠惰でもなく「そういう意図の物語でした」、ということでよろしいんですね?
 だったらなんで、三成と吉継の物語をあんなに思わせぶりに引っ張ったんですか。それも長々と。へんな妄想まで誘引させて。無駄に長くてダラダラした中だるみの期間、これって関が原への布石?だよねだよね、みたいな言動をさんざん匂わせたりしておいて。
 そういう地雷を埋めおいて爆発させないというのは、これは罪だと思います。単に処理が面倒だから? んなバカな。きちんと要所要所に地雷を埋めたら、理に適った場所で爆発させ、その影響が多方面に及ぶ。そういうのが、1年に及ぶ大河ドラマの仕掛けというものなので、埋めた地雷を爆発させず、回収もしないというのは、人道の面からみても罪だよな。戦争きらいだから爆発させませんでしたで済む話じゃねえよ
 すみません、口汚くて。腹も立たないので淡々とすませるつもりでしたが、書いてたらだんだん腹立ってきました。
 治部と刑部の最期の場面も、あんな最期ですまされても……と納得いかない感MAXでした。あんなもんなら、この人らの出番なんかもっと少なくて主人公とのかかわりも浅くて良かったんじゃないですか? そのぶん、上田と沼田の真田家のほうで描いておくべき物語はあったんじゃないかと思いますけど。というか、そっちをほったらかしにして、一時は「大河ドラマ・石田丸」状態だったわけだから、そのオチくらいちゃんとつけるべきじゃないですかね。
 切ったはったの流血きらいだから戦シーンは書きません・考証の制約があるから、忍びの暗闘とか影武者とかのぶっとんだフィクションも書きません。それで何やるんだって話ですよね。まさか単発の面白がらせみたいな半端エピソードや、くだらないコントで人間ドラマをやってるつもりじゃないよね。それじゃ困る。
 いや、困らない、むしろそれがいいって人が多いから、「好評を博し」てることになってるんでしょうけど、どーなんですかねえ。こういうのが大手を振って通用するようになったら、大河ドラマも終いだよなと思いますけど。っていうか、再来年の作品発表の時点で私のなかでは終わりの鐘が鳴りましたけどね。

 それともうひとつ。たぶんピンと来た人は多かったと思いますけど、刑部の切腹と治部の斬首シーンって、「新選組!」最終回の近藤勇の最期と、スピンオフ「土方歳三最後の一日」の土方歳三の最期の顔に意図的に似せてますよね。ああ、これでジーンと感動できる人に幸いあれ。このてのオマージュ的なものも、度が過ぎると…というか母体の体幹がきっちりしていないと、たんなる悪ふざけとかセルフパロディにしか見えない。それに、元ネタのほうには感動の記憶とか思い入れがちゃんとあるので、腹立ちます。まじで。いい加減にしてほしい。
 そんで最後の向井佐平次登場には、もう投げやりな気分で見てまして、感慨どころの騒ぎじゃなかったですね。ここは佐平次よりも、やっぱり丹波さんに大霊界からお出ましいただいて、特大の鉄槌を下していただきたいところです。
 
 今週はこのくらいで。では。
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