como siempre 遊人庵的日常

見たもの聞いたもの、日常の道楽などなどについて、思いつくままつらつら書いていくblogです。

「翔ぶが如く」を見る!(7)

2009-08-25 21:24:46 | 往年の名作を見る夕べ
 ここのくだりの見所は、なんといっても「正助の変身」、これです。ここまでにこやかで爽やかな好青年というかんじだった正助が、敬愛する吉之助の島流しという事件をへて、権力という力をもちたいと切望する。その力で世の中を揺り動かしてみたい。そのためには手段は選ばない、結果が手段を正当化するまで自分の力でやりぬく!という強い志を立てるにいたる。
 じつはここのところは、全編つうじての重大なカナメのひとつだったりするのです。鹿賀丈史さんが、ここをホレボレするほど格好よく、また説得力抜群に演じているんですよね。何度も何度も見返したくなる名シーンです。大久保利通をこれだけ演じきった人はほかにいないな、と確信させるシーンの、その最初のひとつであります。
 では、史上名高い「薩摩入水」、それに安政の大獄の嵐のなかでの「脱藩突出」をめぐる騒動など、有名場面が続く第12話、13話を見ていきましょう。

第1-12話「吉之助入水」

 捕吏の手を逃れた月照(野村万之丞)と平野国臣(野崎海太郎)は、命がけの国境越えに挑みます。ふたりの受け入れのため奔走する吉之助(西田敏行)と正助(鹿賀丈史)は、縁故・賄賂などあらゆるツテをつかって月照を匿える場所を探そうとしますが、斉彬の死と代替わりで、また保守勢力が返り咲き、旧斉彬派は肩身がせまい。頼れる先もありません。最後の手段と、吉之助は、斉彬の側室のお喜久の方(田中好子)を頼りますが、やはり、殿が亡くなられて全てが変わり、どうにもならないと
 藩主後見となった久光(高橋英樹)も「もともと新しいものはお好きな方ではありません」、だから話は通じないと悲観的なのですが、それでもお喜久の方は、月照が薩摩にたどり着いたら、命がけで自分が匿う、それが亡き殿へのご奉公ですから、と申し出てくれるんですね。
 こうして、落ち着き先も確保された月照は、やっと城下の西郷家にたどり着きます。「あんさんに早まられてはいかんと思うて、精一杯旅を続けてきましたんや」という月照の癒しの笑顔に、涙をながしてひれ伏す吉之助…ですが、そのときにはもう秘密警察が月照潜入を掴んでおり、幕府の捕り方も薩摩に迫っていたんですね。
 藩の監視下に置かれた月照は、藩主をスルーして重臣レベルで「処分」と決定されます。「月照は日向送り」、つまりその場で斬殺ではないんですが、真冬の国境の山中に捨てるという意味で、餓えて凍死に直結ですよね。「こいが、鎌倉以来勇猛と信義を誇った薩摩のご重役の下すご処置か!悔しか!月照様を殺して、殿になんの面目があっとじゃ!」と吼える吉之助。誠忠組で力をあわせ、月照様を救う手段を工夫しようという正助でしたが、吉之助は「無駄じゃ!」と。「幕府を畏れてこげん腰抜けになった薩摩に月照様をお誘いしたとはオイが罪じゃ。薩摩のしたこと月照様にお詫びしてくっで」
 この吉之助の言葉に覚悟があったのを、この時点ではみんな気づかないんですね。ですが、月照はただ深く頷いて、「…わかりました」と。「吉之助、どこまでもお供いたします…」「そんなら宜しゅうお頼み申しまひょ」…この会話の深い絶望感!
 こうして吉之助、月照、平野の三人は日向行きの船に乗ります。そして、荒れる厳寒の海の上で、ニッコリと頷いて手を差し出す月照を、吉之助は抱いて、ドボンと海に飛び込む…という、これが名高い「薩摩入水」なんですが、イヤー、余計なセリフはなにも使わず、目と目と呼吸だけで万感を伝えるという演出術は、このころはまだあったんですねえ!
 月照は亡くなり、吉之助は生き延び、平野国臣は国外追放になります。吉之助の処遇について、斉興(江見俊太郎)は、「島に流しとけ」と。遠島ですかという家来に、「バカ、それでは幕府を畏れて処分したことになるではないか。先の藩主が目をかけた男だ、名前など変えさせて、どこかの島に隠すのよ」と。なかなか粋で温情ある処置ですね。大殿、けっこう悪い人じゃありません。
 こうして吉之助は死んだことにされ、墓もつくられて、藩を上げて守られる形になるのですが、生きる気力を失った当人には、もうどっちでもいいわけです。そんな吉之助を刺激するため、正助は、その後の京都と江戸では、井伊大老の暴虐で、あらゆる要人や橋本左内(篠井英介)まで逮捕されたと語ります。吉之助も「幕府は血迷うちょる!」と、この怒りで気力と信念を取り戻した吉之助は、明けて正月、奄美大島に流されていきます。
 吉之助留守中の心得、とくに「時流を見極め、絶対ムダな突出をするな」と、暴走体質な誠忠組の束ねをまかされた正助は、深く内省して今後の生き方を考えます。その独白がまたイイんで、長いけど採録しますよ。
「オイは考えもした、吉之助サア。井伊は将軍家を担いで、政を思いのままに操っちょる。武力を動かすのも、そん権力でごわんそ。じゃっで、オイはそん権力に近づこうち考えもした。となると、次に力を持つのは三郎様でごわす。 オイはそん三郎様の力をば、こん手に握りたか! むろん、三郎様が憎むべきお由羅の子であることは百も承知でごわす。じゃっどん、あえて申す! そいは小さかこつでごわす!目的のための手段でごわす!吉之助サアに先の殿がおわしたように、正助にも三郎様が必要でごわす。おのれの志を実現しようちすれば、権力者に取り入らんにゃないもはん。志さえ高ければ、そいを恥とすべきではなかち思いもす。そんためには、どげな屈辱にも耐え忍びもんそ。今日ただ今、正助は、そん覚悟をハッキリと決めもした!」 いやーっ、もう、見事!これを、刀を抜き、畳に突き刺し、刃の鏡に映る自分に向かっていうんですよ。マキャベリスト大久保の誕生の瞬間です。これぞ名場面、圧巻です!

第1-13話「正助の布石」

…というわけで、冷酷な変身に至った正助(鹿賀丈史)なのですが、久光(高橋英樹)に近づく手段がなかなか見つかりません。若干あせった正助は、もと商人で顔が広い森山新蔵(東野英心)をたよります。新蔵は、武士身分を金で買ったという引け目から誠忠組の活動に人一倍熱心。ですが、久光の趣味はと聞かれてもあまりネタが無く、「とにかく本がお好きで、あとは碁とか…」。
 これでハタと膝を打った正助。そうだ碁があった!!…といっても正助は碁なんかやったことがないわけです。悩む正助に、妻の満寿(賀来千香子)がおずおず申し出るには、乗願和尚という坊様が久光の碁の師匠をつとめていて、自分の死んだ祖父が乗願和尚の弟子だった。で、ほかならぬ孫の自分が、祖父の碁のお相手をしてました、と。
 あまりの僥倖に狂喜して、正助は満寿の手ほどきで特訓を開始します。訝る妻に、「オイの碁は天下国家のためじゃ!」と言って。そうして10日間不眠不休で碁の初歩を身につけた正助は、はれて乗願和尚に弟子入りするのですが、和尚は正助の打ち筋を気に入り、「品のある碁で、重富の三郎様によく似ている」と!
 これで久光に一歩近づけた正助は、こんどは、本好きの久光のために江戸で人気の国学の本を都合し、乗願和尚をつうじて届けて、自分の名を印象付ける手にでます。
 そうこうするうち隠居の島津斉興が死に、島津茂久が襲封して、父親の久光は「国父様」となります。藩主はまだティーンエイジャーなので、実質藩主ですね。そんな久光のところに、正助は、例の国学書にそっと忍ばせて、「国父様のために死ぬ覚悟の者共に候」として誠忠組の名簿を提出するわけです。果たして、出すぎたマネを!と激怒され、つき返されるのですが、それも正助はある程度読んでいて、久光の頭に自分と誠忠組のことがインプットできればいいと。先の先の手まで読む、碁の呼吸ですね。
 いっぽう、菊池源吾と名を変えて奄美大島に流された吉之助(西田敏行)ですが、孤独と焦燥に精神的に壊れそうな日々を送っております。わけもなく暴れ、海辺でぶっ倒れた吉之助を介抱してくれたのが、愛加那(石田えり)という美人でした。
 荒んだ日々を送る吉之助にも、奄美の島民が砂糖黍畑で酷使され、ひどい搾取をされているのが目に入るわけです。ある日、おさない子供が木に縛られて折檻されるところを助けた吉之助は、島役人にひどく咎められます。「その子供は砂糖黍を舐めた。大事な藩の財産を掠めた」といわれてブチ切れ、おはんは薩摩武士の面汚しじゃ!!と役人を威嚇して退散させた吉之助は、島民の賞賛の視線をあびます。
 これでいっきに吉之助にひかれた愛加那は、自分の織った手作りの着物をもって吉之助を訪ねます。しかし、半分くらいしか意味不明な奄美言葉の風土感はすごい(「島んちゅからのお礼だりょん。こりや、わんが織ったもんだりよっと。寸法のわからんずい、どんな具合だりょんかい?」…なんてぜんぜんいいほう)。翻訳字幕(!)もでます。
 島の吉之助が愛加那と深い仲になりつつある一方で、井伊大老(神山繁)の暴走はやまず、ついに橋本左内(篠井英介)が打ち首に。憂国の士の怒りはついに爆発、水戸と薩摩では同盟をむすび、有志が集団脱藩して挙兵、井伊の首を取る!と、暴走がはじまります。薩摩・水戸間の連絡役になっている有村俊斎(佐野史郎)が過激なことを言って煽り、熱しやすい薩摩兵児はたちまち陶然。で、集団脱藩はバタバタと日取りまで決まるのですが、正助には、ひそかに考えがあったんです。このことを、さりげなく久光の側近に、ツテをたどってリークしたんですね。
 正助の考えは、脱藩突出は過激派だけでやったってしょうがない。一藩あげての挙兵くらい大規模にし、天下を揺さぶりたい。で、久光のリアクションにかけたのですが、正助の読みはズバリあたります。この過激派を、亡き斉彬の遺志である挙兵上京への切り札と見た久光は、連中を抱きこむため親書をしたためます。
 かくして、「兵を挙げる日まで、自分とともに時節を待ってくれ」という久光の諭告が、おいどん連中のまえで朗読されることになります。が、この兄貴たちは「篤姫」に出てたメンバーのように単純じゃないので(笑)、「国父様がそういってくださる以上、時節を待とう」という者と、「水戸の同志との約束はどうなる、突出すべし」という過激派で割れ、取っ組み合いの乱闘に近くなってしまうわけです。で、正助は、過激派の旗振りの俊斎を別室に呼び、刀を突きつけてこういうんですね。
「オイと二人で責任をとってくいやい。オイとオマンサアと、刺し違えて死ぬとでごわす。二人が死んで、殿様や水戸ん衆、誠忠組の同志に責任を取る。そげんすれば、残った同志が必ずや、亡き殿の御意志をやり遂げる道を開いてくれもんそ。こんままでは、同志全員討っ手にかかって犬死となりもんそ。犬死は、吉之助サアの固く戒めるところじゃ!そんうえにオマンサアは、罪のなか追っ手の藩士まで殺める気でごわすか!」
 これは、正助的には完全な死の覚悟、それに1パーセントのハッタリ、みたいな、実に絶妙の大見得なんですよね(しかも、将来の悲劇の予感まで含んでいるとこも凄い)。で、これを「オマンサアを死なせるわけにはいきもはん。生きて亡き殿の遺業をともにやりとげもんそ」と受ける俊斎の、どこか不純な感じも絶妙であります。
 かくして誠忠組の突出は(このときは)未然に防げたうえ、正助は久光にバッチリと印象アピール。野望にむけて一歩を踏み出したのであります、が…


6 コメント

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大久保の「原点」 (雪斎)
2009-08-26 00:05:27
おのれの志を実現しようちすれば、権力者に取り入らんにゃないもはん。志さえ高ければ、そいを恥とすべきではなかち思いもす.

これは、大久保の論理を最も鮮烈に表わした台詞ですね。さらにいえば、西郷との後年の断絶を予言した台詞でもあります。

 小生もブログで書きました。よろしければご覧下さい。
http://sessai.cocolog-nifty.com/blog/2005/05/post_a011.html

マキャベリスト (ゆるちょ)
2009-08-26 21:26:31
庵主殿

いいですね。「翔ぶが如く」。
自分もリアルタイム時は忙しくて、
(忙しい時代でした)
ちょこ、ちょっこっとしか見れなくて、残念だったのですが、
昨年、某大河にぶちあてるように、CSでやっていたので、
いろいろな味わいを感じながら、堪能した次第。

自分は、尊敬する歴史上の人物は?と聞かれると、
源頼朝、徳川家康、大久保利通、
という答えになるのですが、いずれも地味に、
日本の権力構造を整え、結果的に戦をなくした世界を
つくりあげた人々だと思っています。
(ま、いい面だけ、あげれば、ですが(笑))

まあ、この人たちには、おもしろいライバルが存在していまして、
源義経、豊臣秀吉、西郷隆盛、
うーむ、皆、歴史上の人気者なんですねー。

リアリストというのは、無感情にものごとを進めるせいか、
そのライバルになった人間は、非常に感情的で、
それが、他人に訴えるものを大きくするんですかね。

もちろん、歴史好きな人間としては、このライバル達も好きなわけですが、
でも彼らが愛される分、リアリスト達を尊敬して、やまないわけなんです(苦笑)。

鹿児島出身の友人に聞くと、このドラマをみたおかげで、
「大久保さあって、あげなひとだったと、初めてわかりもした」と、
言うことらしく、彼の死後もなお、長く批判されていたみたいで。

でも、このマキャべリスト覚醒の表現。
いーですねー。西郷も、大久保も好きなんです。

そういう意味では、頼朝、家康、利通は、日本の三大マキャべりストだと
思っているので、そこに共通するとして、とても興味深い表現で、
いわゆる、ぞくぞくする!ってやつですね(ザブングルでは、ありません(笑))

あと、彼のセリフ、少し長い時もありますが、内容が深いですね。
聞いていて、素直に説得されていく!。経験から出る言葉として、受け止めてしまうので、
非常に説得させられるんですね。経験の深い人間が、描いているからこそ、
こういうセリフがでるんだと、あらためて、そのレベルの高さに心が震えます。
「そう、ほんとに、そうなんだよな!」、と。

どこぞの、マンセーセリフばかりの、大河風バラエティドラマと比較にもなりませんね。

そういえば、この俊斎役の佐野さんは、
「業界内で大きくデビューできたのは、この役」
とおっしゃられていました。このあやしく、変に切れていく役、相当研究したのでは?。
「この馬鹿!、本当に大嫌い!」と、見たときは素直に思いましたし、それは、佐野さんの術中だった
のですね(笑)。いやあ、やられました。
(この後も、そんなシーン一杯ですが(笑))

庵主殿、レビューお疲れです!。混沌として、日々何があるかわからない中、一筋の光明です。
更に楽しみにしておりますので。

ではでは。
西郷と大久保のマキャベリズム (庵主)
2009-08-27 20:10:59
雪斎さん

>これは、大久保の論理を最も鮮烈に表わした台詞ですね

ですね。それで、すごく興味深いんですが、大久保も西郷も、維新が成ったあとはそういう「結果のためには手段を選ばない」的なことをキッパリと止める…というか、権謀術数や、駆け引きのようなことを一切自分に許さない人になるんですよね。
パワー・ゲームそれじたいに耽溺した人たちとの大きな違いだと思います。
そして、それぞれの理想をめざして愚直なほど堕落を許さなかった結果が……(悲)。

ブログ拝見しました。うわあ……なんか、すみませんこんな駄文にお付き合いいただいて(汗汗)。
じっくりと勉強させていただきます。
歴史をまわした両輪? (庵主)
2009-08-27 20:39:48
ゆるちょさん

>この人たちには、おもしろいライバルが存在していまして、源義経、豊臣秀吉、西郷隆盛

面白いですね! 歴史をまわしたリアリストには、判官贔屓とか、情に訴えるような、日本人好みのヒーローがつきもの…というか、もしかしたらそれが車の両輪で、ものごとを動かすエネルギーを産むのかもしれませんけども。
歴史を回したとまではいきませんけど、真田家の信之・幸村(信繁)の兄弟なんかもそうだと思います。
あと、海外に例をもとめれば、フィデル・カストロとチェ・ゲバラなんかも。

>「この馬鹿!、本当に大嫌い!」と、見たときは素直に思いましたし、それは、佐野さんの術中だったのですね(笑)。

いま思えば、冬彦さんでのブレイクの準備はこのときに完全に出来ていたんですね(笑)。
だってこの人、めったに居ないくらい上手い俳優さんですもん。リアルタイムで見た当時は、ええ、同感、「大嫌い!」と思ってました。そういう役をサラリとできるのは凄いことですよね。
あと、内藤剛志さんの有馬新七も、いいな~、特に声が! ウットリするくらいいい声なんですもん。

励ましありがとうございます。わたしにとっても、こういうドラマを見続けるのは知性と感性の活性剤といいますか、日曜8時でとめどなく痴呆化しないための大事な時間と思っています(笑)。
大久保利通 (くまま)
2009-08-28 09:36:28
いやあ、泣かせるセリフですね。遊人庵さんのブログ読んだだけで、うるうるきてしまいました。高橋英樹が、久光を演じていたのも興味深いです。西郷を信じてついていった月照の気持ち、その月照に申し訳ないと思う西郷の気持ち、現代では、こういう熱い気持ちになる状況がないのは、残念だけど、幸せなことなのでしょうか。考えさせられました。
幸せな時代って… (庵主)
2009-08-30 22:35:16
くままさん

薩摩入水は、なかなか、どうして二人が心中にまで至ったのか、ドラマでは伝えるのが難しいところだと思うんですが、このドラマでは、ふたりの濃厚な情感とか、信頼関係とか、せつせつと伝わってきて素晴らしかったです。

>現代では、こういう熱い気持ちになる状況がないのは、残念だけど、幸せなことなのでしょうか

しあわせ…なんだろうと思いますよね。こんな熱い憂国が巷に溢れている時代って、どんなだろう。幸せな時代じゃないかもしれないですよね。わたしも考えてしまいます。

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