como siempre 遊人庵的日常

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天地人・素朴な学習会VOL2

2009-01-22 21:31:52 | Cafe de 大河
 はい、思いつきと行き当たりバッタリがモットーの素朴な学習会のお時間です。
 今年は、ドラマの流れにしたがってキッチリ学習するのは詳しい方におまかせし、わたしが個人的にひっかかったものを素朴に調べて、結果をご披露するというかたちで参りたいと思います。なので、見る人がみるとお馬鹿な点も多々あるかと思いますが、そこは笑って流してくださいませね。

ということで、今回のテーマ

甘粕正彦とパパイヤ鈴木の関係について

 少し前から気になっていたのですが、昭和の怪人・甘粕正彦は、今年のドラマでパパイヤ鈴木が演じている甘糟景継と関係あるのではないか…と疑問を胸に、また図書館へ足を運びました。

まずは蛇足ながら…

甘粕正彦(1891年ー1945年) 陸軍士官学校から憲兵大尉。無政府主義者大杉栄と伊藤野枝、大杉の甥橘宗一(8歳)を関東大震災後の混乱中に殺害し、死体を井戸に遺棄した(通称甘粕事件)ことで有名に。有罪判決をうけて服役後、満州に渡る。満州ではいわゆる甘粕機関を立ち上げ、満州事変にからむ関東軍の特務工作を数々行う。また、皇帝溥儀を担いで満州国建設にも役割を果たした。満州映画協会理事長を務め、阿片ビジネスをふくむ数々の謀略に関係して、満州国の夜の支配者と称される。終戦直後、服毒自殺。
ドラマチックな人物で、映画「ラストエンペラー」で坂本龍一が演じたのが有名、ほか多くの俳優さんが挑戦しておられます。

「甘粕家は戦国時代に上杉謙信に仕えて川中島の合戦で武勲をあげ、上杉家四天王といわれた甘粕近江守長重を始祖としている。
 陸軍士官学校で甘粕と同期(二十四期)だった佗美浩は、甘粕と甘粕家の始祖の甘粕近江守に関する興味深い話を書き残している。
 日露戦争の二百三高地の戦いで有名な乃木稀典大将の自宅を、二人で表敬訪問したときのことである。乃木は当時、学習院の院長だった。乃木は訪ねてきた佗美と甘粕に、それぞれの祖先を訪ねた。甘粕が甘粕近江守ですというと、乃木大将は「ああ、川中島の勇将の甘粕近江守の一族か」と、さも感心したようにうなずいたという。甘粕がいかに先祖を誇りに思い、甘粕家の家名を汚すまいと思っていたかを伝えるエピソードである」(佐野眞一『甘粕正彦・乱心の曠野』)


姓氏人名辞典などで調べたところによりますと、越後の甘粕氏は、越後国古志郡に起り、清和源氏に発して新田義貞の新田氏の流れを汲む名族、ということですが、このへんは多分に伝承的で真偽不明。ハッキリしているのは、長尾氏に仕えた豪族・甘粕近江守長重(のちに景持)以降とのこと。
…で、この甘粕近江守から13代目にあたるのが、甘粕正彦です。

結果からもうしますと、甘粕氏がこよなく誇りにしていたご先祖は、パパイヤとは別人でした。

甘粕長重(景持 近江守) ?~1604(慶長9)年 謙信・景勝の二代に仕えた武将。第4次川中島合戦(1561 永禄4)では上杉軍の殿軍をつとめ、妻女山から下ってきた武田軍の別働隊と対峙、甲陽軍鑑でもその武勇を称えられている。その後上杉景勝に仕え、数々の武勲をあげる。上杉家の転封に従って会津・米沢と移り、慶長7年、米沢に天正寺を建立、開基となる。子孫は米沢藩の中級藩士として続き、明治維新時、50石を最後に藩籍を離れた。甘粕正彦の父・甘粕春吉は万延元年生まれ、維新後警視庁に奉職。


で、パパイヤ氏のほうは、同族の親戚ですが別人で

甘糟景継(清長 備後守) ?~1611(慶長16)年 長尾家譜代の臣・登坂清高の子。甘糟継義の討ち死にのため、上杉謙信の命で甘糟家を相続する。剛勇無双の武将と伝わり、上杉景勝に仕えた後も数々の武勲を遺した。景勝の移封にしたがい会津から米沢にうつり、米沢では6666石を知行するが、最期は何故か自害したと伝わる。子孫は米沢藩でも重臣として続いた。戊辰戦争で軍務参謀となり長岡藩と同盟して戦った甘粕継成が、その子孫。

…ということでした。
なお、寛永5(1629)年に、キリシタンの甘粕ルイス右衛門という人物が米沢で斬首されて殉教していて、これは甘粕景継の息子とされているそうです。おさない子供を含む家族ともども虐殺されたということで、はるか後年・甘粕正彦がかかわった、大杉栄と伊藤野枝、甥の橘宗一殺しの一件と、時空を越えた血塗られた因縁も感じさせるところです。

系統的には別人ではありましたが、「満州の夜の王」のルーツは、戦国時代の越後に発していたことは間違いないようで。


注*甘糟と甘粕は、「どっちもあり」のようなんですが、とりあえず甘粕で統一、甘糟景継だけはドラマ内での役名の表記に準じました。
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6 コメント

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へえええ (SFurrow)
2009-01-22 22:35:35
そうなんですかぁ。面白いですね。
甲斐の小山田さんとかもいくつか系統があるみたいだから…でも、やっぱり同族ではあったのですね。
こういう話好きなんです。人によっては、祖先の話をするのは部落差別などにつながるから避けるべきとか、親とは関係なく自分は自分という意見の人も多いですけど、個人といってもDNAで成り立っているんだからねぇ。ヒラミキさん親子とか見ても、ほんとに血筋ってすごいなと思いますもんね。
もちろん、偏見や安易なレッテル貼りは避けるべきですけど、人の命の中にも脈々と流れる歴史への畏敬をこめつつ、そういう知識を楽しんでいきたいと思うのです。
そういえば、この数年来親しくさせてもらっていた友人の一人が、実は徳川慶喜の曾孫だったとつい先日知って仰天したところでした。
いやはや世間は狭いというか何というか。
戦国のDNA (庵主)
2009-01-22 23:33:41
SFurrowさん

風林火山のときに、地元の豪族のことをいろいろ調べたことで、かなり土地に密着しているというか、戦国時代と今って繋がっているんだなあとしみじみ思いました。越後や米沢のことはよくわからないのですが(汗)、きっと同じだろうと思います。
わたしもこういうご先祖つながりや、因縁話というのは大好きです。

>人の命の中にも脈々と流れる歴史への畏敬をこめつつ、そういう知識を楽しんでいきたい

ホント、そうですよね。
確かに血筋が続いて、子孫の方もいらっしゃることを思うと、あまりいい加減なことをやってはいけないと思うのですが、遠慮をするというより、敬意を持ちつつ史実には誠実に、をモットーに(笑)。勉強させていただきますという感じで、やっていきたいものだと思います。

徳川慶喜の曾孫さんとはまた!!
世間は狭い、そして江戸時代も近いですね~。いやはや。
ほおおお (レビュ丸)
2009-01-24 10:50:22
庵主様こんにちは!! 甘粕サンのお話、興味深く拝読させて頂きました。で、レビュ丸も気になって手元の『国史大辞典』(吉川弘文館)を引っ張り出して「アマカス」のことを調べてみたのですが、甘粕事件についての項があるだけで、他の記載はありませんでした。
この苗字、歴史上の人物としては例の甘粕大尉のほかに知らなかったので、そのルーツが越後にあり、しかも『天地人』の登場人物とも遠く繋がっているということに、“歴史のロマン”みたいなものを感じました。こういったリンクを知ることも、歴史を勉強することの醍醐味ですよね!! 私たちのルーツも、徳川慶喜とまではいかないにしても、たどってゆけば思いがけない歴史上の人物に突き当たったりして・・・。

映画『ラストエンペラー』(もう20年近く前の作品になってしまったか・・・)で、坂本龍一さんが甘粕大尉を演じられていたのを、懐かしく思い出しました。当時読んでいた雑誌に坂本さんのインタビューが載っていて、甘粕大尉という“悪人”を演じるということを親に話したら、叱られてしまった―――。ということが書いてありました。
上杉謙信の血が… (庵主)
2009-01-24 20:34:12
レビュ丸さん

そうなんですよ!面白いですよね。
天粕氏は、ラストエンペラーなどの印象が強く、なんか怪しげで、暗い陰謀家のイメージがあって。たしかに暗い謀略にいろいろ加担しているし、戦前・戦中の歴史の暗部を背負っているのは確かなんですが、御本人は清廉といっていいくらいの人で、ストイックで、怠惰と不正を嫌い、ふしぎなカリスマ性もあったということです。
これって、なんか上杉謙信のDNAを感じる…と思うのは飛躍しすぎかなあ(笑)。でも、彼のルーツが越後の上杉軍団にあったということで、どうしてもそういうところにロマンを感じてしまうのでした。
坂本龍一さんの親御さん世代というと、戦争をもろに経験していると思うので、甘粕大尉というと「絶対悪」という感じで、おそれをなすというのもわかりますよね。そういう人が戦国の上杉軍団と繋がっているなんて…。歴史は奥が深いです。
さすが (ちさと)
2009-01-25 13:53:10
おもしろいっ。
歴史の世界は奥が深い。
まだまだ自分の知らないことがいっぱいですね。

それにしても採り上げる話題がマニアックでいいですね♪~
是非、またこういうマニアックな学習会をお願いいたします。

ところで、歴史好きならきっと誰でも(自分の先祖はどんな身分だったんだろう?とか、あの時代のあの頃、自分の先祖は何をしてたんだろう?)とか考えたことがあるんじゃないでしょうか。
自分の苗字を考えると、名もない漁民か農民だったんだろうな~って感じですが。。

そう言えば、以前の職場に島津という苗字の人がいました。
島津本家ではなく、分家の子孫でしたが、どの分家の子孫だったんだろう。。
そこ頃は歴史オタクじゃなかったので、そこまで聞かなかったな~。残念。
「島津に暗君無し」と言いますが、その人は分家出身だったせいか、大して仕事はできませんでした(笑)。
先祖代々大人物が続くということは滅多にないんでしょうね~
無名でよかった? (庵主)
2009-01-25 23:28:23
ちさとさん

ありがとうございます。マニアック…というか、幕末のときのように全体俯瞰できる基礎知識が無いので(汗)、どうしても小ネタ拾いに走り、見かけマニアックになってしまうのでした。
こんな情けない学習会ですが、宜しかったらお付き合いねがいます。

わたしも先祖は江戸時代間までは苗字の無い(笑)者だったので、人名辞典に名のあるような人を先祖や係累に持つ気持ちってどんなだろう…とよく思います。
島津さんもきっと、いろいろと面倒が多いんじゃないですかね。
聞いてすぐわかる苗字のひとは大変ですよね。仕事ができなければ出来ないで、なにかと印象に残ってしまうしね。
そのへん、名も無いふつうの係累でよかったな~、と思ったりもするのでした(笑)。

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