como siempre 遊人庵的日常

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真田丸 第40回

2016-10-13 22:27:59 | 大河ドラマ ライブ感想
 40話は、わたしが勝手に定めた「大河ドラマの重要な定点観測ポイント」の最後から二番目です(ちなみに何度も言うけど、第3回・第10回前後または3月最終週・第25回前後または6月最終週・第40回前後・最終回の1話前、の5地点)。
 真田丸に関しては、第1のポイントが目が覚めるくらいよく、第2のポイントもしっかり決まってよかった、けど第3の折り返しのポイントが、なんだかダラーッとスルーされてしまい、ようは折り返しの少し前からこの終盤までの間が、まことに冗長でダラダラして迷走したわけですね。その間不満が蓄積されて、例の「エア関ヶ原の戦い」と、先週のアホみたいな捨て回でもうかばう気もしなくなり、「結局は駄作だったのだ」と見放す寸前にまでいたりました。
 ほんと寸前。こんな駄文を書く縛りを自分に課してなかったら、もう未練もなく先週でリタイアしてたと思います。こんな誰の役にも立たないノルマでも役に立つことはあるんですね、今週見たおかげで、長く続いた真田丸への苛立ちと、生ガスが充満したような不満が、とりあえずですが解消されました。
 いや、面白かったんですよ、今週。全然期待してなかったのですが、のせられて、意外な爽快感に導かれる久々のヒット回でした。なんにせよ、40回という定点でしっかり落とし前をつけるというのは、大河ドラマのツボをしっかり押していて、生理的に気持ちよかったですよ。
 そんでは見て見ましょう第40回「幸村」


今週のざっくりしたあらすじ。


 真田紐のおかげで家族と村人との関係もよくなって、九度山村のスローライフも充実してきた源次郎信繁(堺雅人)のところに、ひとりの浪人が現れます。その男は、遠島になった宇喜多秀家のもと家来の明石全澄(オフロスキー小林顕作)という者で、「左衛門佐様をお迎えに参りました」といいます。
 なんのお迎えに来たのか、さっぱり意味不明の源次郎が導かれるままついていってみると、古ぼけた無人のお堂に、なんと、大坂城で一別以来の片桐且元(小林隆)がいました。且元は涙ながらに久闊を叙し、ぜひとも力を貸してほしいと言います。
 それは、「豊臣と徳川が戦になるので、将として兵を率いて豊臣のために戦ってほしい」というわけですね。世間とは没交渉で情報もはいらない(佐助ってなんのためについてきたんですかね…)源次郎には、なんでどうして、豊臣と徳川が戦になるの、おしーえておじいーさん~、状態なんですが、そういう源次郎のために、且元パイセンはいちから事情を説明します。
 といってもこれは且元側からの説明なので、バイアスかかってんですけど、ようは、あの「方広寺鐘銘事件」の顛末ですね。
 方広寺の大仏開眼に寄進した鐘の銘に、家康の二文字を分断して仕込んで呪いをかけていると言いがかりをつけたことが、大坂の陣開戦のきっかけになるという話なんですが、そこに片桐且元の立場もからめていて、結局のところ、原因は職場イジメですね。秀頼まわりで唯ひとり秀吉時代からの古参になった且元が、大蔵卿(峯村リエ)とか、その息子の大野修理(でたーッ大河ドラマ最強の貧乏神俳優・今井消臭プラグ朋彦!)にネチネチネチネチいじめられ、方広寺鐘銘の件をなんとかしろとムリゲーを強いられる。且元の窮地に家康(内野聖陽)も便乗し、鐘銘の弁明に且元が面会を申し出ても応じないのに大蔵卿が会いに行ったらすぐあってくれて、べつに何も問題ないよ~とか言って且元の立場を悪くします。
 大蔵卿に能無し呼ばわりされ、頭にきた且元が売り言葉に買い言葉で、そんなもんていよくスルーされただけだ、大御所は豊臣家に臣従を要求してて、秀頼様を伊勢に国替え・淀の方を江戸に人質・ふつーの大名並みに江戸に参勤と、三つの条件を出してきてんだ、などと言ってしまったから大変。これは丸っきり口から出まかせであり、そんな作り話をするには且元なりに、豊臣と徳川の間をうまく取り持って自分の立場も保全するという考えがあった由なのですが、ドラマではそんなに複雑なところまではやりません。大蔵卿と大野修理の陰険な職場いじめにブチギレて思い付きで脅しをカマした、みたいな解釈になってます。
 結局、ウソがバレた且元は秀頼の不興も買って立場をなくし、粛清の危険におびえて、脱北するように大坂城を去ります。ところが、且元は家康との専門交渉窓口になっていたために、一方的にそれを馘首するということは自分との縁を切ること=宣戦布告だと、こういう解釈になるわけですね。
 まあ、そういう最後通告的な意味をもつとわかってて大坂城を去ったことも、そもそも人質云々の交換条件のねつ造の話からしても事情説明が不足なので、ほんとに且元ひとりが能無しでバカなせいみたいでかわいそうなんですが……。
 とにかくそんな事情で家康は大坂城に軍事的なプレッシャーをかけ、且元は責任を感じて煩悶。大坂城には、関が原の仕置きのあと浪人してた武将たちが集結して、どんどんシャレにならない臨戦態勢になってしまい、もうこうなったら戦うしかない。でも自分は表に出られない。ついては名将真田安房守の子息たるあなたに、ぜひとも彼らをまとめる大将を引き受けてほしい…と、こういうわけ。
 これを源次郎は「悪いけどおことわりします」と速攻で拒否。わたしは無期懲役の受刑者ですし、ここの生活が不満ってこともない、ってかチョー平和で楽だし。もっとはっきり言うなら「わたし、戦が好きじゃないんで」と。
 こういうことを言われたら、且元もしいてと言えないんですが、なんか、源次郎なんかスカウトしに来た時点でどーみても負けフラグが立ってますよね。どんだけ人材いないんだか。そういう現実に打ちひしがれて、ほとんど死相を浮かべて去る且元を見送り、源次郎が複雑な顔をしているところへ、きりちゃん(長澤まさみ)が来ます。そして大まかな事情をきくと、あっさり「お行きなさいよ」と。
「正直、おれ大軍を率いて戦やったことねえし」と本音をいう源次郎。さらに「おれはここの暮らしで幸せなんだ」という及び腰に、ブチ切れたきりちゃんは、「あんたの幸せなんて関係ねえっっ!!」とものすごい切れ味でバッサリ袈裟懸けに斬ります。そして、やおら立て板に水のように、これまでの源次郎の実績を並べ立てるのですね。実績、というより「何の役にも立ってない歴」を。
 上田時代はお父さんに振り回され、大坂に来たら太閤様に振り回され、小田原開城の説得に行っても役に立たなくて結局ナントカ官兵衛って人の手柄だし、沼田裁定の裁判ごっことかなにあれ?なにも意味ねえし。さらに秀次さまは見殺し、関が原はエア関が原。てめえ生きてて役にたったことあんのかよ、エエ?んなもんで大河ドラマの主役張ってていいと思ってんのか(がむしゃらで無鉄砲でキラキラしていた真田家の次男坊はどこにいったのヨ!とかなんとか聞こえたかもしれませんがそれは音声の乱れ、誤りです)。
 っと、どんどん身もふたもない方向にエスカレートしていくきりちゃんは、「あんたを必要としてる人がいるんだよ。だったら行けよ。男の生きた証みせてみろよ」と、すごいとこに着地して総括します。
 一言もない源次郎は、「俺だって、俺だってな!お前が言ったよーなことはとっくの前から自分に問いかけてんだよっっ!!」と強く抗弁します。が、「…っつか、自分に問いかけるよりお前に問いかけられるほーが効くわやっぱ」
 そこから怒涛のように回想シーンの大パレード。あの人もこの人もそぞろ歩く宵の町、じゃなくて源次郎の脳裏。秀吉であり、景勝であり、氏政であり、出浦昌相であり信尹叔父さんであり、お梅であり、三成であり刑部であり、えーと、あと利休とか助佐もいましたっけ? なんかほかにもいっぱいいて、それがこぞって源次郎を励ましてヨイショヨイショしてくれる、ってな天地人みたいなナンセンスなこともない。ってか、とくに脈絡もないんですが、しいていえば、多くが志半ばで死んだり、節を曲げて埋もれたりして何かを見届けてない人たち、不完全燃焼な人たち、それでも強権というものにめげない反骨心をもっていた人たち。そのトメが亡き昌幸と、おとり婆様です。
…ということで(どういうことだ)、ひとつの覚悟にいたった源次郎。急に部屋にこもって筆を執ったと思ったら、もくもくと、これまでの人生で自分に付けられたタグをお習字し始めます。そして大助をよぶと、それを一文字ずつ切ってまるめてツボに入れなさい、と。
 ってこれ、なんか「天地人」の愛の兜の誕生秘話を思い出す(悪寒)。回想パレードが絡むのもおなじですね。あんなもんオマージュすんなよ。といっても源次郎がやろうとしてるのは兜の前立てデザインではなくて、改名、その片諱をきめようというわけです。もうひとつの片諱は、真田家伝来の「幸」で、大助が言われてツボから引き当てた籤には「村」という一字がありました。
 こうして源次郎信繁は、戦国時代の理想の弟キャラ・名誉ある「信繁」の諱をすてます。兄ちゃんが捨てた幸の片諱と九度山村の村をくっつけて「幸村」という芸名をひっさげ、メジャーデビューに向けて歩き出す。いままでの、役立たずで空気で主人公特権でいろんなとこをウロウロしては余計なことを言って歩いていた40話分の過去を捨てて。そしていつか日本一の兵・伝説の男に生まれ変わる……予定、というとこで、以下次回。


今週のざっくりした感想。

 いやーほんと今週は面白かった。なにが面白かったって、とにかくきりちゃんが面白かった。ここへきてきりちゃんが、40話分の主人公の過去をdisり倒して、新たなる世界に「真の主役」として背中を押す、というより蹴りだす展開は、まさかと思いましたけど面白かったですよ。
 そうですね、きりちゃんって何のために出てきてるのかほんとよくわかんなかったんですが、無理やりなんかにつじつま合わせようという感じでもなかったんですよね。ただ強烈な違和感を放って、どこにでもついてきている。どう処理するんかな、と思ってました。40話もすぎてどうなりようもないけど、どうするのかな、と。
 そんな彼女が、ここまで何一つ役に立っていない主人公を見守るのも「もう菩薩の心」というのに先週は大笑いし、いやー、やっぱこの子のキャラ好きだわーと思ったんですが、今週はまことに溜飲が下がりました。
 源次郎信繁が主役としてなんの活躍もしていない・なんの役にも立ってない、ということは本人が一番よくわかってるけど、なんのためにいるのか不明で誰の役にもたってないのはきりちゃんも同じなんですよね。彼女の身も蓋ももない罵倒は、けっこう自分にむけた自虐だったりもするわけです。
 これって、ちょっと思い出してしまったのが「太平記」の尊氏と佐々木道誉の関係だったんですけど、ぐじぐじ後ろ向きで自己評価が低く、すぐに凹んで「出家する」とか言い出す尊氏を、道誉があの手この手で持ち上げ、背中を押し、時には突き放して蹴りだして、主役の王道に送り出してやる。そのあたりの凸凹とした二人三脚関係を思い出させるものがあって、微笑ましく思いました。キングメーカーと腐れ縁は同義かもしれません。
 こうなると幸村の最後よりきりちゃんのオチのほうが楽しみだ。彼女が大坂夏の陣のときに、あたまに赤い風車をさして無意味な単独特攻をし、幸村の自害と同じ時に派手に討ち死にしていく…ってな(どっかで見た…)展開でも驚かないわきっと。

 あと、源次郎の脳裏にリプレイされた怒涛の回想シーンも、ここまで回想シーンというものがほとんどなかったので、ここにきて一気に解禁したような、すごい怒涛感があって圧倒されました。たんなる尺稼ぎや、後付け伏線のためのリプレイとはちがって迫力ありましたよ。なにが迫力あったって、その回想シーンに具体的な意味づけがほとんどなかった(そのぶん回想される人たちのキャラが立って迫力ありました)ことと、なにより、この人たちの誰一人OPクレジットに「(回想)」つけて出てこなかったことです。 まじめな話、大河ドラマの、それも終盤のOPに「(回想)がだらだら並ぶほど興ざめすることはないですから。

 そんなことで今週はなかなか満足だったんですけど、でも、きりちゃんの渾身のdisり芸でここまでの源次郎の役立たずっぷりが白日にさらされた、これは面白かったけど、そのタイミングが40話ってのはどうなんだ、とちょっと素直に喜べないものがありますよね。
 正直、ここで鮮やかに転換することで、いままでのダラダラ冗漫な展開や、大事な歴史イベントをいなすようにスルーして人をけむに巻くようなことをして、しょうもないコントで時間を無駄にしてきたのが、すべて救済されるのかって言ったら、そこまでじゃないと思う。40話まで十分面白く、十分盛り上がって、さらに終盤盛り上がった名作は、過去にいくつもありますから。
 まあ、ここからでも面白くなればいままで頑張って付き合ってきたのも報われるってもんですけど……。あまり期待するのもどうかな。引き続き、生温かく見守りたいと思ってます。

ではっ。
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