雲随の歴史話

歴史人物の生き方、考え方、行動など一緒に学びましょう。
現在は諸葛亮孔明について記載しています。

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「降伏か決戦か」諸葛亮は呉を議論で制す。

2008年11月14日 | 諸葛亮
諸葛亮孔明は魯粛に連れられて、孫権に会いに行った。
まず最初の問題は
文官達が曹操と戦わず、降伏論を唱えていることだった。

呉の文官は、交戦を唱える孔明を議論で抑えようと議論を始める。

しかし孔明は、1つ1つのふっかけを理論で抑えてゆく。
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張昭 孔明先生はいつもご自分の人生と管仲、楽毅を比べるとか?
   本当なのですか?

孔明 はい。これはただ
   私が人生を比べる方法のひとつなのです。

張昭 劉備玄徳が3回草廬に赴いため、孔明先生は劉備を助ける決意をした。
   それ以来、「水魚の交わり」とか。

   孔明先生は新野にて劉備をいろいろお助けになったそうですね。
   しかし新野・嚢陽は現在、曹操のものです。

   孔明先生はこの件をどうお考えになられますか?


孔明 私から見ると荊州(劉表の領地)を得るのは簡単ですよ。
   しかし劉備玄徳は仁義に厚い人物で、
   同族の領地は奪いたくなかったのです。
   だから私が提案した「荊州簒奪」には辞退されました。

   
   その結果
   子供の劉は、悪い部下の言われるまま曹操に降伏してしまった。
   部下は曹操の臣下になりましたが、降伏した劉と母は処刑された。

   
   凡人のあなたには理解できないのでは?


張昭 孔明先生は、ご自分と管仲・楽毅のことを比べているが、
   比べものにならない。

   管仲は斉恒公を、群勇割拠の諸侯から
   生き残れるように助け続けた。
   また楽毅も燕国を助けて、斉国70の城を獲った。
   「管仲・楽毅」は凄い人物なのである。

   劉備玄徳は孔明先生が来る前なら、新野に城を持いた。
   しかし孔明先生が劉備と一緒になった後は、すぐに逃げ出した。

   新野を放棄して、樊城を逃げ出し、長坂坡では敗北したのだ。
   それからまたも劉の夏口まで逃げたが、今は逃げる所が無い。

   孔明先生が劉備を助けられてから、状況が悪くないですか?
   孔明先生と管仲・楽毅を比べると、かなり違いますよね?

   私は馬鹿正直なのです。孔明先生びっくりしないでくださいね。


諸葛亮は張昭を見て、微笑む。



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孔明 「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」ですな。
    (普通の才能しかない人には、偉人の考え方は理解できない。)

    私が嚢陽の隆中(草廬)にいた頃・・・
    今にも死にそうな病人には、必ず最初うすいお粥を食べさせ、
    次に普通の薬を使用し、内臓を整える。

    それから体調が良くなったら肉を与え、
    その次に強い薬を与えて、完治させます。
    もし順序守らなければ不整脈がでて、死に到ることがあるから、
    いきなり強い薬は使わないのである。
    重病人を安定させるまでには困難が伴う。

    
    私が臣下になった頃とは
    劉備玄徳は劉表の居候の立場だった。

    軍事力と言えば
    不平不満を持った兵士1000人、
    将軍は関羽、張飛、趙雲だけであった。


    つまり新野の劉備軍は重病人と同じ状態だったのである。

    
    新野とは小さな県であって人民・食糧も少ない。
    領地不安定、兵力不足、そんな欠点だらけで、
    兵士の訓練はされず、兵糧は数か月しかない。


    この状況下の中で、博望坡の火攻めと
    新野城の仕掛けにて、曹操軍大将夏候惇、
    曹仁を打ち破ったのである。
    彼らは我らに肝をつぶした。


    私の考えでは、
    管仲、楽毅でも、このようにはゆかないだろう。



    長坂坡で敗北したのは、
    劉備玄徳に付き添った農民10万人を見捨てなかったからなのだ。
    進軍は1日わずか10里(5km)。
    江陵を獲ることも考えず、農民と寝食共にして敗れたのだ。

    
    『これこそが大きな仁徳と大義ではないのか。』

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一同は静まりかえった。


孔明 敗北などは勝敗の中にあっては日常茶飯事である。
   古えにも漢王朝を建国した(劉邦)高祖でさえ
   何回も項羽に敗れていたが最後は
   たった一回の勝利にて皇帝に昇りつめた。

   これは軍師「韓信」の計略か?
   これこそが、国の天命である。

   泰平の世ができあがるには、必ず有能な人物がいる。


   単に物事を大げさに言ったりする者
   無理な事を口走る者
   人を欺く者
   見栄を張って自分の能力が優秀だと思う者
   これら皆、大事なときは役にたたない者である。
   天下恥知らずの笑い者だ。

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虞翻  孔明先生、曹操100万の軍勢が狙っている我々の未来を
    どう思われますか?

孔明  曹操は、袁紹・劉表の降伏した兵を寄せ集めてだけで、
    役立たずばかりで、100万人いても恐れることはない。

虞翻  長坂坡で敗れてから、夏口まで急いで逃げた。
    その上、我々江東の兵に救いを求めて来たのに
    怖くないは嘘でしょう。はっはっっは。

孔明  虞翻どのですね。笑うにはまだ早いのでは?
   
    考えてみてください。
    劉備数千の仁義ある兵が、寄せ集め100万の兵とどのように戦うのかを。
    たとえ負けるとしても、我々は心1つにして曹操に戦うつもりだ。

    孫権の兵は我々と比べれば
    強く、食糧も十分にあり、自然の長江に守られている。
    にもかかわらず、ここに居る者は、主君である孫権に降伏を勧めている。


    これでは、天下の笑い者だ。
    それに比べて、我が主君劉備は逆賊曹操を恐れる人物ではない。

   
   昔、虞翻どのは自分の主君仲翔に
   「孫策(孫権の兄)に降伏するべき」 と勧めたらしい。

   孫権の臣下になったあなたは,今でも主君に
   「曹操に降伏すべき」と勧めているではないか。

   また昔の臆病風の病気が、ぶり返したようだ。
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歩鷹 孔明、虞翻先生に言い過ぎではないのか。
   孔明先生は蘇奏、張儀の真似をしたいのですか?

孔明 蘇奏、張儀は本物の英雄。
   蘇奏は6国の印綬を持っていたし
   張儀は2回も秦国の丞相になられた。

   2人は国家の知勇者であります。
   
   弱者を踏みつけ、
   強者に服従する歩鷹とは違います。
   
   曹操の兵士一人でさえ、目を合わせず降伏するあなたは
   どうして蘇奏、張儀を批判できるのですか?

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篩綜 曹操をどういう人物と思いですか?

孔明 曹操は逆賊。なぜ聞く必要があるのですか?

篩綜 逆賊とは違う。漢王朝はもう終わりなのだから。
   既に3分の2の天下を治めている。
   劉備と孔明は時代を読めていない。絶対に負けるだろうよ。

孔明 篩綜どの!!
   なぜ漢民族の父をそのように言えるのだ!!
   
   この天地の狭間で人は
   忠義に仕え、身を立てて生きてゆくことが重要なのである。
   
   曹操は漢王朝の臣下だった。
   それにもかかわらず、
   漢王朝の復興を叫ばず、反逆の限りを尽くしている。
   これが逆賊でなければ、何だと言うのだ!
   曹操は、漢民族全てで倒さなければならない。
   
   篩綜は漢王朝の臣下であるのに、逆賊曹操に加担しようとしている。
   お前には天もなければ、君子もいない。人間でもない。
   
   「語らずに落ちる。」とは今の事。
   お前とは話しにならん。




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陸績 曹操は献帝を抱え、勅旨を出せる。
   曹操は 前漢の平陽候曹参の末裔。
   既に曹操は天下人である。


   劉備は中山靖王の末裔と自称しているが、
   真偽はわからない。
   世の中にも劉備はあまり知られていない。

   とても曹操に勝てる相手でない。


孔明 あなたは、袁術の席からミカンを盗んだ陸績どの…ですか?
   
   曹操が天下人?
   曹操の祖先、平陽候曹参は漢王朝の臣下の一人にすぎない。
   曹操も漢王朝の臣下でありながら
   皇帝を軽んじ、無視をして、朝廷の権力を利用している。
   漢王朝の乱賊、漢民族の裏切り者なのである。

   献帝は、劉備が皇帝の血筋であることを認めておられ、
   劉備のことを「皇叔」と呼ばれています。


   
   しかし漢民族の父である
   漢を建国した高祖(劉邦)は、農家の生まれである。
   血筋に関係なく、天下を獲られた。
   生まれというものは関係ないのでは?

   
   陸績どのの意見は 子供じみていて、
   とても議論する内容でない。
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巌崚 孔明の言っていることは 無理がある。
   孔明先生は何の書物で、国を統治するのですか?

孔明 私は別に、どこそこの書物で、統治するわけではない。
   このようなお考えをされる方は、
   単に読書しているだけの者が持っている。

   古来より偉人は書物で統治しないし、
   国の統治と書物は関係ない。

   商湯の伊伊は、農家の奴隷であったし、
   興周の姜子は漁師だった。
   後世で言うならば、張儀・陳平なども統治才能があったではないか。

   彼らが「どこそこの書物を参考にしていた。」と聞いたことがない。

   
   現在の人達は、古い人の話ばかり語って、
   ただ毎日いろいろと書くだけであって、
   現実に行動することはできない。

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程乗 話を聞いているだけなら、とても偉いようだが
   儒教の実力が孔明にあるのかどうか?

孔明 儒教と言えば
   君子と小人の違いとは何か?おわかりですか?

   君子の儒とは国を愛し、正義のため、邪悪な者とは戦う。
   社会も良くなり、その名は後世まで伝えらる。

   
   小人の儒とは文章を書いて、ちょっとのことを偉そうに言う。
   これといった凄いことはできない。
   きれいごとは言えるが、実際には何もできない。

   楊雄をご覧なさい。才能もあったし文才も優れた。
   でも王莽が漢を獲ったあとは、
   自分が羞ずかしくなり、最後には自殺した。

   これが小人の儒である。
   どこに徳があるというのだ。

   
   私は程乗どのが大儒だと信じておりますよ。
   あなたが書かれた「周易摘抄」を読みました。
   国に対して忠実であって
   楊雄の真似はしないでくださいよ。
   でなければ末代までの羞じとなるでしょう。

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孔明と呉の文官が討論しているところへ
交戦派の将軍黄蓋がわって入って来て、文官を戒めた。


黄蓋  お前ら文官の口論はここまでだ。孔明先生はとても有能な人物なのだぞ。

    これが接客の態度なのか?
    目前の敵がありながら、戦うことを考えず、
    子供みたいな口けんかをしおって。

    孔明先生、この者達と論じても有益なことは何もありませんよ。
    孔明先生のご意見は、主公孫権にお伝えください。
    劉備・孫権両家で曹操に立ち向かいましょう。
    これが天下というものだ。
    さあ、一緒に主公孫権のところへ行きましょう!


   
孔明は呉の賢者を制し、孫権に面会することとなった。
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「長坂坡の戦い」・・・レッドクリフと同じ頃の三国志演義

2008年11月07日 | 苦難の「長坂坡の戦い」
劉備が頼った荊州(中心は嚢陽城)牧の劉表は
病床であった。


劉表の2人の息子(劉、劉)は暗愚であるため、
劉表は劉備に「荊州を差し上げたい」と申し出る。
しかし劉備は劉表に厚くもてなされたことに
恩義を感じていたので断る。

荊州を継ぐ者は劉に傾きつつあった。
暗殺される危険があった劉は、
諸葛亮に知恵をもらって、
孫権の江東近く江夏の太守となった。
(劉側グループから逃げるため、一番遠く領土をもらう。)


劉表が亡くなると、曹操は自ら80万の兵を率いて南下しだした。


嚢陽城の劉グループは劉備暗殺も計画していた。

劉備 「どうすれば良い?」
諸葛亮「劉璋を斬って、軍を奪い、江東の孫権と組む。
    これしか方法はありません。」
劉備「 劉表に恩があるので劉は斬れない。だが軍を奪うことは賛成だ。」


劉備一行は新野城を脱出して、樊城に向かう。
曹操軍先鋒の曹仁は新野城を占拠した。
しかし
諸葛亮の仕掛けにて城下のあらゆるところから火があがり、
曹仁は退却し、曹操本陣と合流した。


劉備は樊城を捨て、
嚢陽城下で劉の兵を勧誘した後、南へ逃げた。

劉グループは曹操軍に降伏した。
劉は斬られ、
兵馬、水軍は曹操軍に吸収した。


逃走を続ける劉備に
新野・嚢陽の農民もについてきた。
女、子供、老人も付いて来たため逃走速度は落ちてゆく。

付いて来た農民は10万人を越え 一日に5kmしか進めなかった。
領民を捨てて、先に江夏に行こうという者もいたが劉備は

「私に身を寄せる領民を捨てるなど忍びない。
 付いてくる領民を捨ててまで生きようとは思わない。」と言った。

劉備の兵力は2000人しかなく、襲撃を受ければ壊滅する。

関羽は数百艘の船を準備して領民を乗せた。
先に夏口に行って、劉表の救援を求める役目を負った。



多くの領民は船に乗れず歩いて南下することにした。
しかし関羽は 劉表の兵を連れてなかなかもどって来ない。


心配になった劉備は
諸葛亮をも劉表(江夏)の城に送り、協力要請の説得に向かわせた。

武将は張飛、趙雲の2人と劉備のみになっていた。
早く進みたいのだが、領民は疲れて動けないため、
長坂坡にて一夜を過ごすことにした。


その頃曹操は、
足の早い精鋭部隊5000人を劉備追撃に向かわせていた。

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長坂坡の夜、精鋭部隊は劉備一行を見つけ、襲撃をした。*********************
張飛によって劉備は、安全な場所に避難させられた。


抵抗する農民は見境なく斬られ、
捕まった者は、曹操の元に連れられていった。

趙雲は、劉備家族の護衛をまかせられていたが
大混乱の中であったため見失ってしまっていた。
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明け方、
長坂坡にもどってきた劉備と張飛は、
無数に転がる領民の無惨な死体を目にした。

生き残った麋芳は突き刺さった矢を抜かないまま
「趙雲が裏切って、曹操に投降したようだ」と言ったが
劉備は「趙雲は私を裏切るような男ではない。」と叱りつけた。

張飛「自分の目で確かめて来る。もし裏切っていたら
   俺が趙雲を切り殺す。」と行って兵20人を連れて、曹操軍を追いかけた。

張飛は長坂橋にさしかかったとき
趙雲は簡雍を抱きかかえて戻ってきた。

趙雲「糜夫人(劉備の妻)、阿斗(劉備の子。劉禅)が連れ去られて行った。
   追いかけて連れ戻すから、ここは頼む。」と言って、
   再び単騎で戦場に戻っていった。

張飛は長坂橋を守り、林の後ろでは兵20人が
大軍がいるように砂煙をあげさせた。

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趙雲は最初、
曹操の側近、夏候恩を見つけ槍で突き刺した。
このとき、曹操の宝剣「青」を手に入れた。
この剣は切れ味凄まじく、欠けることがない。

さらにひっきりなしに来る敵を倒し続け、
廃屋の奥に
阿斗を抱きながら動けない麋夫人を見つけた。

趙雲「一緒に逃げましょう。この馬に乗って下さい。」
糜夫人は大腿部を骨折したのでとても動けない。

糜夫人「私は足が折れ、趙雲の足でまといになる。
    この阿斗さえ、助けてもらえば心残りはない。」

趙雲は糜夫人を励まして誘い続けるが、曹操兵が駆けつけてきた。
趙雲が闘っている間、
糜夫人は死を決意して井戸に身を投げた。

趙雲が曹操兵を斬りつけ、井戸を覗くが、
既に糜夫人の姿は見つけられなかった。

趙雲はどうしようもなく、井戸周囲の壁を倒して隠した。




趙雲も覚悟を決めた。
阿斗を自分の胴に巻き付け、劉備の所に向かう。

趙雲に無数の曹操兵が立ち塞がった。

騎馬の武将、歩兵など向かって来るが、
趙雲は振り払い、斬りつけて闘い続ける。

その勇猛な趙雲を見ていた曹操は
「良い武将だ。殺さず、生け捕りにせよ。」と命じた。

次々に曹操兵は斬られ、既に50人以上が討たれていた。


趙雲は、土穴に足を引っかけて馬からも落ちる。
張合阝が槍で突こうとすると、
趙雲の馬が怒りだし、張合阝はびっくりしてひるんだ。

九死に一生を得て、再び馬に乗ると、
前後から、馬延、張據⊂膿─張南が向かってきたが、
趙雲の青が鋭く、切り倒していった。

趙雲は身体中に返り血を浴びながら、
馬を走らせ
張飛の長坂橋までたどりついた。

趙雲「曹操が追って来たから止めてくれ。
   阿斗を主公に渡しに行ってくる。」

張飛「安心しろ。後はまかしておけ。」と
長坂橋に立ちふさがった。

曹操軍は趙雲を追って進軍してきた。
張飛「俺は燕人の張飛である。死にたい奴から前に来い!!」と
怒鳴りあげた。
目は血走り、髪は逆立ち、殺気だっている。

張飛の後ろの林では砂煙があがっていた。

曹操は関羽が以前言っていた
  「弟の張飛は、100万人の軍勢の中でも
   大将一人の首を獲るのは容易いことだ。」思い出していた。

張飛「来るのか、来ないのかどっちなんだ!!早く来い。」

恐怖に震えた夏候覇は落馬する。

曹操「う〜ん。張飛の後ろにも伏兵がいるかもしれんな。
   退却せよ。」

退却しだした曹操軍を見た張飛は声高々に笑いだした。

曹操軍が引き上げた後、張飛は長坂橋を落とした。

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長坂橋から10km先に劉備は休んでいた。

趙雲は糜夫人が亡くなったことと、
阿斗を連れて帰ってきたことを伝えて、
劉備に阿斗を返した。

劉備は返り血をあびた趙雲を見て、涙した。
  「私の子供のために、大切な将を失うところであった。
   二度とこんな危険なことはしないでくれ。」と怒って子供を投げた。

趙雲は子供を受け止め、
  「主公への恩には、どうやっても報いたい。」と涙を流し、
劉備の君臣想いに感激した。

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曹操軍はしばらくしてから長坂橋に戻り、
落ちた橋を見て、追撃を再び開始した。
張飛は伏兵を持っていなかったから長坂橋を落としたと
曹操は考えたのである。

曹操軍が劉備一行を見つけたとき、
関羽は劉の兵1万にて援軍に駆けつけた。

関羽・諸葛亮との合流を知った曹操は退却し、
劉備一行は劉の江夏城に迎い入れられた。

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江夏城には、孫権の家臣の魯粛が劉表の弔問に訪れた。
表向き弔問であり、孫権の狙いは、
荊州の状況把握であった。

魯粛は曹操と開戦を望み、
劉備・孫権同盟と
諸葛亮による孫権家臣の開戦説得を
依頼する。

諸葛亮は魯粛に案内され、孫権に会いに行くのであった。






























コメント

「博望坡の戦い」

2008年11月06日 | 初陣「博望坡の戦い」
夕刻**********************************

夏候惇率いる曹操軍10万は、新野と博望坡の分岐に到着する。

博望坡から趙雲率いる1000人兵が向かいあった。

夏候惇は、大笑いする。
   「諸葛亮は天下の奇才と言われているが、
    趙雲軍はほとんど武装していない農民ではないか。
    こんな先鋒で我々に勝つもりなのか?
 
    必ず劉備と孔明を捕まえようぞ。」

趙雲は夏候惇に向かっていった。
槍をぶつけあうも趙雲は、負けたふりをして、退却した。

夏候惇は追撃すべきかどうか迷っていた。
博望坡は豫山と安林に挟まれた道で、伏兵がいる可能性もある。
そこへ
劉備率いる1000人の兵が突進してきた。

夏候惇「劉備、お前を捕まえに来たぞ。」
劉備と夏候惇の一騎打ちになるも、劉備も負けたふりをして、
退却命令を下す。

夏候惇「劉備を殺すなよ、必ず生け捕りにせよ。」
曹操軍は博望坡になだれ込んだ。

劉備・趙雲は曹操軍が追いかけてくるのを確認しながら逃げ続けた。
夜、曹操軍すべては博望坡に入ってしまう。


李典が周囲を見渡し、夏候惇に忠告をした。
   「周囲が山と雑木林に囲まれている。火攻めにあうと危ない。
    これ以上の深追いを禁物です。」
夏候惇「最後尾は止まれ。」と指示をすると、

前方から石火矢が飛んできた。
さらに山側からは、人の大きさ程あるワラの玉が、
火だるまになって次から次へとに転げ落ちてきた。

夏候惇「罠だ!!早く撤退せよ。」
既に曹操軍は混乱に陥っっていた。
撤退するにも道が狭く、退却が早く進まない。

そのとき、劉備・趙雲が反転して、攻撃に転じてくる。

曹操軍先鋒は次々に斬られ倒れていった。
火は瞬く間に
兵、馬車、兵糧、林に広がっていった。


曹操軍後方は退却を開始するが、そこに関羽が火矢を一斉に放つ。

火矢から逃げられた兵は、側面から張飛兵の攻撃を受けた。

さらに関羽が火矢をやめて、攻撃に加わったから
曹操軍は損害はふくれあがった。

この一夜で
曹操軍は10万の兵が3万になってしまった。


明け方*********************************
諸葛亮は博望坡に訪れ、劉備と一緒に
新野に喜んで退却する劉備の兵を見届けていた。

そこに関羽・張飛・趙雲が勝利報告にきた。
軍師諸葛亮の作戦・計略能力を疑いを持つ者はいなくなっていた。
ひざまついた3人に、
諸葛亮は手を差し伸べて
   「さあ、さあ、立ち上がってください。
    主公、3人の将、
    夏候惇は退却しましたが、
    次は、曹操自ら軍を率いて来るでしょう。
    油断はできません。」

関羽・張飛・趙雲3人は
    「いつでも、軍師の指示に従います。」と誓った。
諸葛亮 「博望坡から新野城への退却せよ。」

「ははっ!」と3人の将は撤退していった。
その後、
劉備・諸葛亮の「水魚の交わり。」に文句を言う者は、なくなった。






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ちょうど同じ頃、
江東の孫権は、父「孫堅」の仇である劉表の黄祖を討った。
劉表は後継者を決められないまま病に伏していた。
コメント

「博望坡の戦い」諸葛亮の奇才にかけた劉備

2008年11月05日 | 初陣「博望坡の戦い」
草盧を出た諸葛亮は劉備と共に新野に入った。
軍事能力は、正直言ってひどいありさまだった。
まず兵力が足りないのである。
諸葛亮はまず戸籍調査を徹底し、兵力を5000人まで上げた。
しかし全員の鎧、全員の武器も準備は、できなかった。

兵一人一人の能力をあげるため、
指揮に敏速に動けるように訓練した。

劉備は自分の入る余地がないことと
諸葛亮が毎日、訓練する日々を見て、
わらの笠を編んで渡した。

諸葛亮「危機が迫っているのに、こんな編む時間があるのですか?」
張飛 「兄じゃがお前のために作ったものを。どういうつもりだ。」
諸葛亮「劉備将軍は私の主君であるのだから、
    領民のことを考えて頂きたいのです。
    将軍の夢を成就さすため、私は草盧を出たのです。
    劉備将軍の考えていることが理解しづらいです。」

劉備が張飛と諸葛亮の間に入って止める。

諸葛亮「劉備将軍の気持ちはわかるし、嬉しいです。
    しかし、いつ曹操軍が進軍してくるのか。」

劉備 「すまん。諸葛軍師が現状について、
    よくよく考えていることを
    劉備はわかった。
  
    それより曹操は既に曹仁、夏候惇が10万で進軍した。
    何か手はあるのか?」

諸葛亮「心配に及びません。博望坡にて向かい討ちますので。
    ご案内します。」
劉備と諸葛亮は博望坡まで馬は走らせた。

博望坡とは
博望山を縦断し、馬車が一台なら通れる程の道である。
片側は土手が壁を作り、もう片測は林の壁で挟まれた道である。

劉備は博望坡の地形が
どの程度、曹操軍を撃破するのか考えられなかった。



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208年6月******************************************************************
曹操軍は新野から北の博望山近くに迫って来た。

劉備「曹操軍10万が博望坡から40里のところまで来たのだが、どうする?」
諸葛亮「主公はどうなさりたいですか?」

悩む劉備は何も答えられない。

諸葛亮「はっはっは。
    情勢は緊迫しておりますな。
    主公が心配しているのは曹操軍でなく、
    私の策がどこまで上手くいくのか?
    ですな。」

劉備「私はすべて軍師にまかせてあるから。。。
   でっ、どうすれば良いのだ?」

諸葛亮「主公の度胸が据わっておられるなら、何とでもなります。
    私はいろいろ考えていますから。」

劉備「う〜〜ん。よし。
   剣と印鑑を渡そう。
   軍の指揮すべてを軍師にお任せする。
   我々の命は軍師に預けよう。」

諸葛亮「主公の誠意は、よく理解できました。」
と剣・印綬を預かった。

新野城軍議**********************************************************

諸葛亮「皆、よく聞け。
    曹操軍10万で博望坡の北30里まで来ている。
    皆、命令どおり動け。
    各兵馬は、手早く配置につけ。
    もし、軍規に背く者あらば」

一同「軍師に背く者ありません。すべて軍師の指示どおり動きます。」

諸葛亮「今回の戦いは博望坡にて迎え撃つ。
    曹操軍は博望坡を迂回して新野に進軍するであろう。
    ここへ進入させることが重要である。」

前哨官、兵糧官、新野守城官へと指示を出してゆく。

諸葛亮「関羽っ。博望坡は右が豫山、左に安林に挟まれている。
    兵1000人を引き連れ、豫山に理伏せよ。
    曹操軍が来ても攻撃せず、南より火があがれば、
    同時に曹操軍目がけて、火矢を一気に放て。」

   「張飛っ。兵1000人にて関羽の後方に理伏し、
    関羽の火矢が終わったら、間髪いれずに攻撃せよ。
    
   「関平、劉封はそれぞれ兵500人に火がつきやすい物を持たせ、
    博望坡の南にて待機せよ。
    曹操軍が来たら火を放て。」
   
   「趙雲っ。先鋒に立ち、博望坡数里のところで軍を構え、
    曹操軍を誘い込むように、わざと負けよ。」

   「主公(劉備)は次鋒とし、趙雲の援護をして下さい。
    決して勝ってはならない。負けるのです。敵を誘い込んでください。」

劉備「はいっ。軍師の指示通りします。」

関羽「我ら全員、出陣し敵を向かえ討ちますが、軍師は何をなさるのですか?!」

諸葛亮「私はただ新野城に座って守る。」

張飛「我らは全員出陣するのに、軍師は城にてただ座るだけですか!
   素晴らしいですな!」

諸葛亮「主公の剣と印はここにある。命令に背く者は斬る!!」


劉備「軍師とは千里離れた所まで、勝負できることを知らないのか!!」
   次弟(関羽)、三弟(張飛)、軍師指揮に余計なことを言うな。
   軍師の言うことは主公の言うことと同じである。」

*******************************************************************
*******************************************************************
関羽、張飛は20歳下の軍師・諸葛亮の指示が、耐えられなかった。
諸葛亮には実戦歴がなかったが、
彼らは黄巾族、董卓・呂布、袁紹と戦ってきたのだから、
諸葛亮を信じられないのは当然である。
しかし、
劉備は、今まで数々の失敗を悔やんでいたから、
水鏡先生、徐庶の推薦する諸葛亮を
信じて、すべての命を賭けたのである。
***********************************************************************
***********************************************************************
諸葛亮「孫乾、簡雍。勝利したときの祝杯を用意しておけ。
    それぞれの手柄を記録するのだぞ。」

   「では解散。ただちに配置につけ。」

皆が配置に付く中、劉備に元気がない。
関羽・張飛が、軍師諸葛亮に噛みつく行為が情けなかった。
なぜ私のすることを兄弟は酌んで理解してくれないのか...。

諸葛亮「主公。まだ気がかりなことがありますか?」

劉備「いいや、ない。」
劉備は関羽・張飛の件を謝りたかったが、言葉にできなかった。

諸葛亮は劉備の気持ちを悟って、微笑みながら去って行った。

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レッドクリフ見て来ましたヨ。

2008年11月03日 | 雲随のおすすめ商品
レッドクリフを見て来ました。
今回上演された範囲は

劉備が領民を引き連れて新野脱出から
曹操軍が赤壁に対峙するまででした。
だから
諸葛亮と周瑜との知恵比べはなかったです。

私おすすめ、見どころは、戦闘アクションです。
またストーリーでは
小喬を手に入れたい曹操。
妻と子供を守るため、戦う周瑜。
劉備・孫権同盟に頑張る諸葛亮。
領主として自覚してゆく孫権。
将来夫になる劉備と出会った孫権の妹。
                  が良かった。

三国志演義で知られている
劉備、関羽、張飛の性格などもわかりやすいように
工夫がされていました。

三国志を知らない人が見ても、
退屈せず最後まで見れちゃいます。

三国志を知っているファンの方なら
三国志演義に
友情・愛・未来を信じることを新たに加えたのが
「レッドクリフ」
と思って見て頂ければ良いと思います。


私には小喬より、孫権の妹の方がかわいかったです。


レッドクリフ Part1 オリジナル・サウンドトラック

エイベックス・エンタテインメント

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小説レッドクリフ(上)
カン・チャン (脚本),高里 椎奈,ジョン・ウー (脚本)
講談社

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「三顧の礼」劉備は軍師諸葛亮孔明を得る。

2008年11月02日 | 三顧の礼
劉備は2回、諸葛亮の住む草盧を訪ねたが、会えなかった。
季節は春を迎えていた。

劉備は易者を呼びつけ、諸葛亮孔明に会える日を占っていた。

易者「4日目、草盧に行けば諸葛亮に会えますな。」
劉備「我々の軍師になってくれるか?」
易者「良い卦が出ていますので、
   劉備将軍の素のままを見せるのが良いでしょう。」
劉備「よし。そしたら俗世界を断つため、肉料理も食べないでおこう。」
劉備は喜びながら、易者を見送った。


関羽と張飛は、来る日も来る日も、諸葛亮のこと考えている劉備のことが
不満だった。(そこには男の嫉妬もある。)

関羽「長兄(劉備のこと)、今まで何回も我慢して来ましたが、
   今日は言わせてもらいます。
   長兄は2回も臥龍崗に行ったことは、
   礼を尽くしすぎているのではないでしょうか?
   もしかしたら、諸葛亮は無能な人物かもしれない。
   だから、
   長兄を避けて会おうとしないのでは?…。」

不安気に微笑む劉備
   「弟達(関羽、張飛のこと)は、
    春秋戦国時代を知らないのか?
    斉の恒公は、東郭野人に会うため、5回も足を運んだのだ。
    
    だから現代の私も、
    諸葛亮という有能な賢者を得るため、再び会いに行くのだ。」

張飛「もう長兄は臥龍崗に(諸葛亮孔明が住む草盧)
   行く必要はない!
   張飛一人で、孔明を連れて来る。
   おい誰か!馬と縄の準備をしろ!!」
張飛はすぐ馬にまたがった。


劉備「三弟(張飛のこと)!!
   臥龍崗に何をしに行くのだ!!」

張飛「長兄の代わりに臥龍先生を(諸葛亮孔明)
   連れて来るんだ。」

劉備「どうやって連れて来るんだ?!」

張飛「もし臥龍先生が断ったら、縄に縛り上げて連れて来る。」

劉備は張飛を睨みつけて、馬を制した。
  「三弟、兄の願いを邪魔するのだな!」

いつもと違う対応の劉備にびっくりする張飛。
劉備「曹操は周りに有能な賢者がたくさんいたから、
   袁紹を官渡の戦いにて打ち破った。
   孫権も、江東6郡八十一州を統一できたのは
   様々な賢者を起用したから、
   偉業を成し遂げたのだ。

   我々が今も、小さい新野ひとつしか得られていないのは、
   策を企てる賢者が欠けているからだ。
   軍隊を使いきる能力のある人物がいないからだ。違うか?

   我々は仲良く、生死を共にする覚悟を誓ったのに、
   今だに、兄の願いが理解できないのか!!
   
   三弟、 周の文王が姜子を訪ねたことを聞いたことがないのか!
   文王でさえ、賢者を敬い尊んだのに、
   どうして三弟は賢者に対してそんなに失礼なのだ!!」

嘆き崩れる劉備を関羽と張飛で支えた。

劉備「もうお前は来るな!
   私と次兄で臥龍崗に行く。」

張飛は泣きそうな顔で起立しながら、
  「兄上達が2人一緒に行くなら、私も連れて行ってください。」

劉備はさらにすごい形相で睨みながら
  「もし来たければ、絶対に失礼なことはするな!!」
と念をおした。

張飛は反省しながら両手を前に、頭を下げて
   「わかりました。わかりました。」
と何度も答えた。*********************************************************


4日目、
劉備3人は、陸中臥龍崗の草盧に馬を走らせた。
諸葛亮のことで喧嘩して、気持ちが滅入っていたが、
諸葛亮が住む草盧に来ると気持ちが晴れる。

途中、諸葛亮の弟、諸葛均に出会った。
諸葛均「昨夜、兄が帰って来ました。今日は兄に会えますよ。」
と言って街へ歩き出した。

ここでも張飛はキレそうになる。
張飛「無礼なガキだ。普通なら、劉備将軍を家まで案内するだろう。」
劉備「それぞれ訳があるのだから、無理強いするな。
   こないだ、失礼なことはするなって言っただろ。」
張飛は体を丸めて「はい、わかりました。」と反省した。


3人は服装と身だしなみを確認しあってから、諸葛亮宅の門をたたいた。

童子は笑顔で門を開けてくれた。
  「劉備将軍また来ましたネ。」
劉備「劉備が先生にお会いしたいとお伝えください。」
童子「先生は家にいるが、お昼寝していますよ。」
劉備「では、そのまま起こさないでくれ。
   次兄と三弟は門の外で待っていてくれ。」
と言って劉備は庭先で立って待ったいた。
すだれ越しには昼寝している諸葛亮が見える。


張飛がまたイライラしだした。
  「ここの先生はそんなに偉いのか?
   我々の兄じゃが庭先で立って待つなんて。
   その上、先生は寝たままか。
   家に火つけたら、すぐ起きるんじゃないのか。」
張飛は庭先まで入っていったので、慌てて関羽が押さえつけた。
関羽「お前はなんで、そんなに愚か者なんだ。」

張飛が落ち着くと、
関羽は庭先に置いてある日時計を見つけて眺めていた。


*************************************************************************
劉備の心中は不安と期待でいっぱいであったろう。
はたして話は聞いてくれるのか?
私の軍師になってくれるのか?
自分はまだ居候で生きているに過ぎない。
諸葛亮に相手にされなかったらどうしよう。
でもどうして、天下の奇才が未だ誰にも仕えないのだろう?  と。
***********************************************************************
童子は劉備を見かねて、諸葛亮を起こそうとしたが、

劉備は「ダメダメダメ。先生を寝かせておいてあげてください。」 と断る。



ついに諸葛亮は昼寝から目を覚ましてくれた。

諸葛亮「夢を見て、私は知った。
    草堂で春眠すれば、窓の外に誰かがちょっと訪ねに来た。
    誰が来たのだ?」
童子 「劉備将軍です。」
諸葛亮「なぜ、すぐに報告しないのだ。すぐに着替えてお会いする。」
童子 「劉備将軍が起こしてはダメだと注意されましたから。」

劉備の心遣いに諸葛亮は驚いた。

諸葛亮は着替えて、劉備の前に現れた。

背は約184cm、スラッとしていて、
顔は冠につけるような玉のように白く、
白羽扇をあおぎ、まるで仙人のようであった。
**********************************************************
ドラマの中でも見られるように、諸葛亮孔明とは
白い衣類を着こなし、清潔感がある。
背は高く、学問もでき、音楽も愛し、容姿も優れていた。
周囲に住む土地の者も
才能があり、容姿も優れた女性を奥さんに
しなければならないと考えられていた。
当時だけでなく現在でも、女性にモテたと思われる。
***********************************************************
諸葛亮はただ劉備を見つめるだけであったが、
しばらくしてから微笑んでくれた。



劉備玄徳、張飛、関羽は3人揃って挨拶をした。

劉備「私、漢王朝の遠い血筋の出生、氵豕郡の愚か者です。
   臥龍先生の名声は、雷鳴の如く世の中に聞き及んでおります。
   2回程お伺いしましたが、ご縁がないためなのかお会いできませんでした。
   置き手紙を弟さんに託したのですが、
   先生のお手元まで、届きましたでしょうか?

諸葛亮「南陽野人の怠け者です。
    劉備将軍に何度も足を運んでもらい、申し訳ございませんでした。
    どうぞ、お入りください。」
劉備 「臥龍先生こそお先にどうぞ。
    次兄、三弟は、ここで待っていてくれ。」

劉備は3回目にして、天下の奇才、諸葛亮孔明と
対談することができたのである。

諸葛亮「劉備将軍のお手紙は既に拝読しました。
    将軍が、漢王朝のことや領民のことを考えていることは、
    十分に理解させて頂きました。
    でも私の年齢(当時27歳)では、将軍の役には立たないでしょう。
    
劉備「水鏡先生や徐庶が言ったことは嘘なのですか?
   ぜひ臥龍先生からいろいろと学びたいのです。」

諸葛亮「水鏡先生と徐庶は、才能豊かな方で、嘘つきではないですよ。
    しかし、私はただの農民。天下統一を語るような人物ではない。」

劉備「臥龍先生は謙遜しすぎです。
   素晴らしい才能を持っているのに、この竹林に埋もれるおつもりですか?
   天下統一のため、先生のお力を貸して頂きたいのです。」



ここから2人は本音で会話する。********************************************
諸葛亮「では、まず劉備将軍の志をお聞きしたい。」

劉備「漢王室には力はなく、逆賊が政権を握っている。
   この劉備は力不足だが、天下万人の役に立ちたいと願っている。
   だが知恵が浅いため、今まで何も結果をだせなかった。
   だからこの世の中の危機を救うため、臥龍先生が、
   この怠け者劉備軍の能力を開花させてほしい。
   そうそれば、
   天下万民、安心して暮らせる平和な世の中をつくれるだろう。」

諸葛亮「なるほど。
    では劉備将軍が一番知りたい
    天下統一の方法について
    天下の形勢を踏まえてお答えします。

    極悪非道をつくした董卓のあと、天下に多くの豪傑が現れた。
    曹操の力は袁紹に及ばなかったが、
    天が授けた強運と周囲の人物に恵まれたため、
    最後は袁紹を打ち破った。
    現在、曹操は天下13州の内すでに8州を平定して
    100万の兵力を持ち、皇帝を脅して勅旨を出している。
    最も勢いがある軍団。よって正面から戦える相手ではない。

    江東の孫権は既に3代に渡って統治しているから、
    領民は安心してついてきている。
    有能な人物が多い。
    だから協力してもらうことがあっても
    争ってはならない。よって同盟すべき相手。
    
    荊州は、北には漢水が流れ、南には南海があり、
    広大で豊かな領地に恵まれ、
    侵略されても守れる地形が多く存在する。
    北は河北、東は江東、西は益州に通じ
    天下を制覇する人物にとって拠点になる地域。
    しかし劉表一族は能力が無いから守りきれない。
    ありがたく頂くべき領地。
    
    益州は天然の山嶺に囲まれた要害で、
    道は悪いが領地は肥沃である。
    漢の高祖はここを得ていたから皇帝になれた。
    だが劉璋は無能で、東州兵の暴走を抑えることさえできず、
    軍と領民の関係は悪い。
    領民は君子を待ち望んでいる。
    ここも頂くべき領地。
    
    劉備将軍は漢王朝の血筋を継ぎ、信義というものを知っている。
    すべての領民は英雄を求め、待ち望んでいる。
    であるから劉備将軍が行う政治は領民に受け入れられるから
    領土を多く拡張しても非難されることはないだろう。

    
    第一段階の目標として、劉備将軍が
    荊州、益州を獲って第3勢力を作り、
    北の曹操、東の孫権にて3巴の状態にて
    力を平衡する。

    第2段階の目標として
    一方は荊州から北上し、洛陽を進撃
    もう一方は益州から北上し長安を進撃
    この二手ではさみ、中原(黄河領域)を克服する。
    その後、劉備と孫権で曹操を討つならば、
    十分に天下を獲ることが可能でしょう。
    
    そうすれば漢王室は歓喜し、
    天下万民に安泰がおとずれる。


    これが私の考えた天下を制する策です。」
    (天下三分の計をという)

劉備「臥龍先生の言われたこと、よく理解できました。
   悪夢から目が覚めた思いです。
   
   

   先生は未来を見通して、天下が3つに分かれることを
   知っている。
   なんと素晴らしい能力をお持ちなのだ!
   私は有名ではないが、臥龍先生の協力をもらいたい。
   私は先生の指示通りに行う。一緒に来てもらえないでしょうか?」


と劉備ひざまついて、頭を床につけ頼みこんだ。

諸葛亮「私はここで農業をして、学問をしておきたいのです。
    草盧の外に出たくないのです。」
と困り果てた。

諸葛亮「外に出たくないのです。」
と立ち上がって劉備に背中を向けた。

劉備「先生!本当に協力してもらえないのか?」

諸葛亮「そんなのは無理です。外に出たくない。」

諸葛亮に協力してもらえない劉備は急に悲しくなった。涙がこみ上げる。

劉備「先生の協力がなければ、天下万民の安泰はどうなるのですか?」
頭を床につけて泣き続ける。

諸葛亮は、振り向いて劉備を見つめていた。
20歳も離れた劉備玄徳は恥を捨て、心から泣き、
その醜態を見せた。

諸葛亮「劉備将軍の志が何であるか知ることができました。
    将軍の望みを叶えるため、
    私、諸葛亮は将軍の臣下になります。」


諸葛亮が頭を床につけた。
劉備ならば天下人にさせても、民衆を苦しめることはしないだろう。
この人と一緒に漢王室を復興させてみようと決意する。

その後、諸葛亮は劉備と辛苦を共にするのである。

劉備は諸葛亮が草盧を出る準備の間、劉備は通い続けて
天下の形勢、夢を話し合った。
知れば知るほど、2人の境遇は似ていた。

ついに劉備は
軍師、諸葛亮孔明を手に入れたのだった。
三国志上最大の決戦となる「赤壁の戦い」10ヶ月前である。
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もしも劉備が諸葛亮を訪ねなかったら、
彼は、そのまま草盧で静かに学問をしながら暮らして、
世の中に知られなかっただろう。

諸葛亮も劉備に会うことで全く予想していなかった
人生を歩みだしたのである。










挿入歌「臥龍琴」

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「赤壁の戦い」DVD、中国ドラマ編集

2008年11月02日 | 雲随のおすすめ商品
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中国ドラマ三国演義を赤壁のみ編集したDVDです。
ですから今回上映されているレッドクリフとは異なります。
三国志赤壁の戦いレッドクリフのすべて[DVD](全3巻)

竹書房

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【解説】
★全108話計64時間の超大河ドラマ「三国志」から〈赤壁の戦い〉関連を
約5時間半に再編集。青二プロダクションをはじめとする、
第一級の声優を起用して日本語に吹替え、
さらに図版や解説を挟み込むことにより、まさに〈
オール・アバウト・赤壁の戦い〉が完成!
ドラマ「三国志」は中国中央電視台が、総製作費100億円、出演者10万人、
馬10万頭を費やし、1993年に製作された常識外れの大作。
日本でも1994年〜95年にNHK・BS で放送され今でも語り継がれている
傑作ドラマである。
★〈赤壁の戦い〉に至るまでのいきさつや、
この戦いの後のなりゆきまでもダイジェストで網羅した
この作品を一度見れば、〈赤壁〉のみならず、
〈三国志〉の全貌までも理解することが出来る!赤壁三計大図解(セル・レンタル共通):CG画像及び文章で赤壁の戦いを徹底解説
DVD仕様:3枚組DVD-BOX 各巻約110分 合計約330分収録 音声:日本語吹替及びナレーション/日本語字幕

注!こちらの商品は中国映像より発売されている「三国志 完全版」の中のエピソード「赤壁の戦い」を再編集し、日本語吹き替えとナレーション、解説を加えた作品になります。

【ストーリー】
プロローグ:
劉備、関羽、張飛と曹操、孫権らとの対立。諸葛亮を軍師として
迎えた劉備軍は次第に力をつけていく。
開戦準備:
「赤壁の戦い」に至るまでの、軍師諸葛亮孔明の周到な準備と
その知謀を描く呉との同盟、劉備の命の危機、緒戦の勝利まで。
赤壁三計:
同盟した呉の周瑜と諸葛孔明の巡らした赤壁三計をドラマチックに展開。
草船借箭の計、苦肉の計、連環の計がどのように張り巡らされ敵を欺いたか。
赤壁決戦:
戦いの準備は完了し決戦の火蓋が切られる。
敗走した曹操はどのように生き延びたのか。
曹操がわが世の春を唄い、孔明は季節はずれの東風を呼び、敵に大打撃を与える。破れた曹操は、孔明の予想どおり恩義のある関羽により助けられ、
ここに天下三分の計の基礎が築かれる。
エピローグ:
曹操の命を助けた関羽の運命はいかに?劉備軍は幾多の困難を乗り越え、
221年、劉備はついに蜀漢の帝位につく。




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劉備玄徳自ら諸葛亮孔明を訪ねる。

2008年11月01日 | 三顧の礼
劉備、関羽、張飛の3人は乱世を生き抜き、
荊州の劉表を頼って、生活する場所を得られた。
さらに劉表は、勢力を拡大する曹操の対策として、
劉備に南陽の新野を与えてくれた。

しかし劉表の部下には、劉備を消そうとしていた者がいた。
嚢陽の会合に出掛けた劉備を殺そうとしたが、
危険を察した劉備は、壇渓の大河まで逃げた。

そこで「黄巾の乱を平らげた劉備玄徳さまではないですか?」と
子供が声をかけてきた。
聞いてみると水鏡先生(司馬徽)がいつも
仁徳ある劉備を話しているのだと言う。

劉備は子供に水鏡先生の所まで案内させた。

劉備はすぐに水鏡先生宅に入れてもらえた。**********************************

水鏡先生「劉備将軍のご尊名は聞いていますが、
     どうして今も居場所がないのですか?」
劉備玄徳「運命が変化して今はこのとおりなのだ。」

はっはっはと笑う水鏡先生。

水鏡先生「違いますね。・違う・・違うな。
     将軍(劉備)が今だ天下統一をできないのは、
     賢者(軍師)を持っていないからですな。」
劉備玄徳「私には能力がないが、
     文人には 孫乾、糜竺、簡雍がいて
     武人には 関羽、張飛、趙雲がいる。
     皆忠実で博識がありますが。」

水鏡先生「関羽、張飛、趙雲はとても有能だが、
     
     その能力を使い切れる者がいない。
     
     孫乾、糜竺、簡雍は書生として有能であって、
     
     世の中、実践に役立てられない。」

考え込んでしまう劉備。
    
劉備玄徳「今まで賢者(軍師)を探したが居なかった。
     どこにいるのか教えてください。」
水鏡先生「天下を獲る人材はすべて襄陽にいる。
     劉備玄徳自ら賢者(軍師)求めて行きなさい。」
劉備玄徳「才能ある賢者がいるのなら私はすぐに逢いたい。」
水鏡先生「臥龍、鳳雛のどちらか一人を手にいれれば、
     天下を手に入れれるだろう。」
しかしこの日の水鏡先生は、臥龍・鳳雛が何者なのか、
何処に住んでいるのか、教えてくれなかった。       

この会話以降、劉備玄徳は臥龍・鳳雛を探しだす。****************************


最初、徐庶に出会い、軍師として師事を受けた。
新野、樊城にて曹操軍を破る活躍を見せた。

劉備は改めて、軍師の影響力を知ることになる。
ところが曹操は、
劉備と徐庶を引き離すため、徐庶の母を人質にとった。
このため、徐庶は曹操側に付くことを決めた。

悲しみにくれる劉備を
徐庶は励ますため、
臥龍(諸葛亮、あざなは孔明)という賢者を教えた。

劉備「臥龍を私のもとに連れて来てはくれないか?」
徐庶「臥龍先生は天下の奇才。
呼んで連れて来るなど、もってのほか。
   劉備将軍自ら、ご挨拶に行くのが道理ですぞ。」

劉備「臥龍先生は徐庶と比べて、すごい能力の持ち主なのか?」
徐庶「私など比べものになりません。
   私が烏なら、彼は鳳凰でしょう。
   彼を手に入れれば、天下は劉備将軍のものになるでしょう。」

と言い残して去ってしまうのだった。****************************************




すぐに劉備は諸葛亮の住む陸中、臥龍崗の草盧に訊ねに行った。
(新野から草盧までは約75km)


陸中の農民は、諸葛亮が作った歌を歌いながら米を収穫していた。

「蒼天、円蓋の如く、       大地は丸い笠の様
 陸地、碁局に似たり       大地はさながら囲碁の様
 世人、黒白分かる        世の人は黒と白に分かれ
 往来、栄辱争う         互いに名誉・恥辱を争う
 栄ゆる者は自ら安く、      名誉を得た者は、安定し
 辱しめらるる者は定まりて碌に  恥辱を受けた者はただ従うのみ
 南陽に陰君有り         南陽に隠れた賢人がいる
 高眠、臥して足らず」      世俗を離れるだけではまだ、もの足りない

劉備はこの歌を聴いて、ますます諸葛亮に逢いたくなった。


諸葛亮の住む草盧には、
竹に囲まれ、小川があり、水車が廻っているところに
ポツンと一軒家があった。
諸葛亮はここで、晴れた日は田畑を耕し、雨の日は学問をし、
夜になれば、琴を吟じ、歌を詠んでいたのである。

この情緒ある邸宅を見て、関羽が一番感動した。


劉備が諸葛亮宅の門を叩くと、童子が現れた。

劉備は礼を尽くして、挨拶した。
  「漢の左将軍宣城亭候、領予州牧、新野皇叔劉備、字は玄徳。
   臥龍先生にお目にかかりたくて、まかり越した。さようお伝えください。」
童子「そんな長い名前覚えられませんよ。」
劉備「では、新野の劉備が会いに来たとお伝えください。」
童子「先生は今朝出掛けられた。何処に行ったかわからない。
   いつ帰るかもわからない。3,4日で帰って来るかもしれないし、
   10日してから帰って来るかもしれない。」
関羽「童子がわからないと言うのだから、臥龍先生が帰ってきたとき、
   また出直してきましょう。」と提案した。
劉備「では、この贈り物をお渡しください。」
童子「贈り物は受け取らない。でも伝言は承知しました。」
   と言って門を閉めてしまう。

この態度に張飛は怒り、劉備はがっかりしてしまう。

************************************************************************
ここで述べている賢者とは、博識ある人物から名声を得た人物のことで、
学識者を集めて、ひとつの社会を形成いていた。(普段は農民)
これを「名士」という。
名士は、異なる地域に行っても、社会への影響力が強く、
政務の運用を任されることが多い。
名士は彼らのみが持つ全国の情報網によって、
最新の情報から、問題を分析することができた。
名士の地位は、君主にとって協力者であって、臣下ではなかった。
だから名士によっては武将と話すことすら、地位が違うという理由で
嫌がった人物もいた。

三国志の君主は武力だけでは、天下を獲ることは不可能で、
名士を手に入れ、上手くつきあっていくことが課題となった。
この名士から軍師という役職が後に生じるのである。

劉備の場合、この名士とのコネを作ってくれたのが、
水鏡先生と徐庶だった。

関羽、張飛はたびたび名士の態度に怒るが、
劉備は、根気強く礼儀を守って、諸葛亮に会うとしたのである。
*********************************************************************

2回目の草盧訪問******************************************************
劉備、関羽、張飛は、雪が降る中、諸葛亮の草盧を訪ねに行った。

途中、賢者達が歌を歌っていた酒屋で
休憩することになった。

劉備は、賢者達にいろいろ話かけて、
最期に
一緒に諸葛亮を訪ねに行ってもらえないか?と付け加えた。
賢者達は、
  「我々はただの農民であって、天下という話はわかりません。
   どうしても臥龍先生逢いたいなら
   自分で探しなさい。」と戒めた。

賢者たちの言葉と態度に
関羽、張飛が怒りだした。
そしてその不満を劉備にぶつけた。


張飛「私は長兄(劉備)の為なら、何処までもついて行きますが、
   自分を卑下しすぎる。これは行き過ぎではないですか?」

劉備「弟2人の気持ちはよくわかる。でも弟達は私の気持ちがわかるか?
   ...では賢者の協力がなければ、武力だけ我々に天下が獲れるのだろうか?
   
   何ができると言うのだ?
   強さと言えば、関羽、張飛、趙雲は無敵だ。
   
   ...だが我々の夢はこの何年もの間、何回失敗してきたのだっ?
   
   我々はあっちこっちへと移り住み、
   今だ、落ち着く場所がない。ふ〜。(ため息)

   水鏡先生の言ったとおりなのだ。
   我々には賢者(軍師)がいないから......。」

関羽「兄さん、もうこれ以上言わなくていい。
   ....この酒を飲んだらまた諸葛亮を探しましょう。」

関羽、張飛は、今までやってきた失敗に悔しがる劉備の気持ちを知った。
47歳にもなっても、3人は居候の立場でしかない。
3人とも悔しい思いだった。

再び3人の気持ちをひとつにして、諸葛亮宅へ向かった。
足場が悪く、雪が降る寒い中を馬に乗って駆けた。****************************


門を叩くと以前の童子が現れて、
「臥龍先生がいるから、中へお入りください」と言ってくれた。
以前、態度が悪かった童子の対応が変化していた。


劉備は,すだれ越しに頭を下げ、両手を前に出して、あいさつをする。

「何回かご挨拶にまかりこしましたが、お会いできませんでした。
 水鏡先生、徐庶が
 臥龍先生を推挙されますので、ここまでご挨拶に来ました。

 今回は雪風が強い中ですので、先生のお会い出来た気持ちは、
 とても喜ばしいかぎりです。」

すだれの奥から返事があった。
「劉備将軍は、兄に逢いたいのでしょう?お入りください。」
と家から出てきたのは
12、13才ぐらいの弟の諸葛均だった。

諸葛亮の弟が、まだ子供だったことに、劉備一同はびっくりする。


劉備が臥龍先生のことを尋ねると、諸葛亮は出掛けて留守だった。

劉備「私はついていない。縁がないのか・・・。」

劉備は、置き手紙を書いて帰った。

  「劉備は臥龍先生を尊敬しております。
   2回ほど、先生をお訪ねしましたが、お会いできず、
   とても残念です。
   私は漢王朝の遠い親戚です。
   現在、朝廷が倒れ、国は混乱状態です。
   逆賊が皇帝を騙して、傀儡政治を行っておりますことに
   断腸の思いです。
   私には、皇帝を助けたい思いはありますが、策に乏しい。

   臥龍先生は仁慈忠義をお持ちの方とお聞きしております。
   先生は才能に優れ、戦略知識もお有りです。

   天下安泰すれば、民も幸福になれる。
   
   先ず、手紙を置いてゆき、再びお伺いに来ます。」

劉備は、諸葛亮が書いた
   
   「淡泊以明志、寧静以致遠」

    貧欲にならないことによって、その志を明らかにし、
    静かに安定した心によってさらに遠いところへ達しようとする。

掛け軸を見て、臥龍であることを確信していたのだった。
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レッドクリフ 人物相関図

2008年10月31日 | 雲随のおすすめ商品
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レッドクリフ公式ビジュアルBOOK発売中

2008年10月31日 | 雲随のおすすめ商品
レッドクリフ 公式ビジュアルBOOK

講談社

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目次

『レッドクリフ』とは何か?―「三国志」基礎知識

Spectacle Scene(1)長坂の戦い

早わかりストーリーダイジェスト

『レッドクリフ』を彩る魅惑のキャラたち

これで完璧!登場人物相関図

Spectacle Scene(2)赤壁の戦い

主題歌・アラン

『レッドクリフ』メイキングファイル

監督・ジョン・ウー

ジョン・ウーの映像美学[ほか]
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三国志演義 特選篇 諸葛孔明 篇 上巻

コニービデオ

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GYOで放送された中国ドラマ『三国演義』を基に、中国中央電視台が4年の歳月をかけて制作した史劇大作。押し寄せる曹操軍80万の軍勢に対し、周瑜と諸葛亮が知略を駆使して勝利を掴む「赤壁の戦い」と、「南征の戦い」を収録。諸葛孔明の活躍を特集した廉価版上巻。


三国志演義 特選篇 諸葛孔明 篇 下巻

コニービデオ

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諸葛孔明は劉備の意思を継いで北伐に向かうが、愛弟子の馬謖が思わぬ敗北を喫し…。「空城の計」と「秋風五丈原」を収録。諸葛亮の活躍を特集した廉価版上巻。
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「魏延を処罰する。」諸葛亮孔明

2008年10月28日 | 死せる孔明、生ける仲達を走らす
蜀軍が漢中撤退にて事件がおこる。

諸葛亮を亡くした蜀軍は悲しみに包まれ、戦闘能力、戦意を失っていた。
必然的に退却するしかないと作戦は決まっていた。

「丞相(諸葛亮)がおらぬとも、まだ戦える。わしがおるではないか。」
そう主張するのは、諸葛亮を臆病者とののしっていた魏延だった。
この一言に作戦会議はしらけた。

諸葛亮も自分の死後、魏延が裏切って蜀軍に被害を生じることは
見切っていたので、姜維に計略を書いた絹袋を渡していたのである。

魏延が戦いたいなら、魏延一人で戦えば良い。
蜀軍が全体がその犠牲になってはならないと
皆、黙っていた。
とりあえず、蜀軍全体での斜谷道を使って撤退と決まる。

司馬懿の追撃を、諸葛亮の木象で追い返したあと
事件は起こった。

魏延は兵5000を引き連れて、桟道を焼き、
蜀軍退却を阻止した。
これを知った姜維は、魏延の背後をついて、
叛乱兵を次々、谷底に落とした。

魏延は逃げて、体制を立て直しているところへ
馬岱が加勢してくれた。魏延は大いに喜ぶ。


姜維と楊儀は諸葛亮が最期にくれた計略を読んだ。

姜維・楊儀・王平と 魏延・馬岱は対峙する。

王平「叛乱に加担せずおのおの郷里に帰るがよい。
   いまなら、処罰はせぬ。」
魏延の兵の大半は逃げてしまった。

楊儀「魏延よ。【わしを殺せる者はおるか】と3回言ってみよ。」
魏延は笑ったあと、
  「わしは丞相(諸葛亮)とは違う。
   簡単なことよ。
   天下にわしと肩を並べる勇者はいない。
   【わしを殺せる者はおるか】
   【わしを殺せる者はおるか】
   【わしを殺せる者はおるか】」
「ここにおるぞ!!」と横にいた馬岱が
白刃を一閃して、魏延の首は刎ねられた。

こうして魏延の謀反は抑えられた。



諸葛亮孔明の棺は成都にたどりついた。
劉禅は文武百官を従えて、喪服姿で出迎えた。
老若男女を問わず、蜀漢の人民すべては、
泣き崩れた。






また下の動画では私の好きなMVです。
諸葛亮孔明の一生を述べて
「あなたほど、忠義を尽くした方はいません。」と
歌われています。
「蜀相」諸葛亮


日本語訳(だいたいこんな感じです。)
「蜀漢丞相 諸葛亮孔明に贈る」


多くの書物では、心美しいものが破れる。

あなたの眉間に美しい万里の国がある。

臥龍崗の田地に潜むのが、この世で最も安すらげる場所かもしれない。

あなたは「行かなければならない」とよく話す。

どうしてあなたは行ったまま帰らないのか。

窓には早梅が咲くのじっと待っている。

馬のひづめが白雪を踏む音「三顧の礼」

正義のために自分の血を流さなければならないことを胸いっぱいに知っている。

陸中から広大な天下に出ていった。

この世に生まれた臥龍は、世の風雲を継承し、形勢を変える。(博望坡の戦い)

広大な知識は三度長江を驚かす(赤壁の戦い)

東南の火風は千帆を燃やし尽くす

鮮やかな議論は珠蓮のように輝く

領民の塗炭の苦しみもいつかは安泰す

周瑜故人を祭って霊前に酒を注ぐ

三千青髪任江涛拍乱(漢詩の一文)

奇才の詩人が目を通すならば

青史簡書は何度書き変えられるだろう






山河の老いた豪傑(張松)が地図を献上す

荊州より蜀への険しい道を進軍す

夷陵の岸に連なる陣営は焼き尽くされる(夷陵の戦い)

白帝城の空高い月光は冷たい(白帝城にて劉備が孔明に遺言を残す)

乱世の君子は志半ばで途絶え、「苦難の道」を託す

幼い主君(劉禅)が蜀漢皇帝に継ぐ。

衰えた仁徳を、剣のような手腕で勢いを盛り返す
(魏国・呉国・羌族・南蛮・猛達の進軍を制する)

南蛮征伐に、初めて馬に鞭打つ

もし臥龍が凡人なら、7度捕まえ7度許すことはなかっただろう。

出師の表を記し

蜀漢の誰であっても意見を聞く

血に染まる蜀旗、街亭惨敗の采配を悔やむ

親しい間柄も断ち、必罰に涙を撒き散らす(泣いて馬謖を斬る)

しばらく兵馬を養生し、戦いの準備をする

再び祁山に逆賊征伐に出る

しかし戦勝の志は夢のように成らず

蜀漢兵士達の悲しみの風は、荒れた五丈原を吹き過ぎる

志の未だ成らず。真に、この世を遺憾に思う

臥龍亡き後に代わりをできる人はいない

戒子書に「心静かに、さらに境地に達する」とある

千秋道義は竹簡に励ましの言葉を書き記す

またいづれ誰もが道厳しくて誤る

古来より兵法を悟る者は 戦いを望まず

一人の肩に栄華盛衰を担う

この人に もう2度と英雄の苦悩はない

清廉潔白なあなたには、この世の道は難しかっただろう

あなたほど、この世に忠義に名を残した人はいない

臥龍は、遠く長江を振り返って微笑んで見ている

罪多き我々は、諸葛亮孔明を現在の人々に伝えられてゆく
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国際スタンダード版 三国志 DVD-BOX

2008年10月28日 | 雲随のおすすめ商品
三国志 DVD-BOX 国際スタンダード版

マクザム

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私も購入したいと考えています。
輸入DVDも考えています。安いのですが、日本語字幕がありません。
今回のDVDには日本語吹き替えと中国TV放送でなかった特典映像がついています。
内容はGYOのように84巻あるのではなく、蜀漢を中心に編集されています。

【第一部】
第1巻 : 劉備・関羽・張飛の義兄弟の誓い   -93分-
第2巻 : 呂布と貂蝉・連環の計        -90分-
第3巻 : 関羽、五関に六将を斬る       -93分-
第4巻 : 曹操対袁紹の官渡決戦        -91分-
第5巻 : 劉備、諸葛孔明に三顧の礼      -90分-
第6巻 : 長坂坡の趙雲、長坂橋の張飛     -91分-
第7巻 : 江東にあり、碧眼児と美周郎      93分-
第8巻 : 孔明、奇計で十万本の矢を奪う    -91分-
第9巻 : 短歌行/曹操、勝利の美酒に酔う    -93分-
第10巻 : 長江炎上/孔明、赤壁に東南風を呼ぶ -92分 -

【第二部】
第11巻 : 劉備対孫権、甘露寺の対決  -93分-
第12巻 : 周瑜の呪い、天に届かず   -93分-
第13巻 : 孔明の雄図、天下三分の計成る-92分-
第14巻 : 美髯公関羽、麦城に死す   -92分-
第15巻 : 劉備の弔い、夷陵の合戦   -92分-
第16巻 : 孟獲を七度捕えて七度放つ  -93分-
第17巻 : 北伐/今まさに危急存亡の秋  -92分-
第18巻 : 孔明対司馬仲達の祁山攻防戦 -89分-
第19巻 : 孔明、五丈原の北斗星に祈る -93分-
第20巻 : 「三国志」特典映像 -94分-


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「死せる孔明、生ける仲達を走らす。」諸葛亮孔明

2008年10月27日 | 死せる孔明、生ける仲達を走らす
諸葛亮孔明が亡くなったことは、司馬懿仲達も蜀兵に忍ばせたスパイより
知ることになる。
司馬懿にとって喜ばしい情報だが、心情はさみしい。
お互いの敵対関係だったが、
天下の奇才と言われた孔明は尊敬に値する。
司馬懿にとって、
苦戦を味会ったのは、この諸葛亮一人しかいない。
「あの孔明が亡くなったのか・・・。」
乱世でなければ、
司馬懿は諸葛亮といろいろと語り会いたかったのだろう。

孔明の死で魏軍の陣営は沸き上がっていた。
「孔明亡き蜀軍、恐れるに足らず。」
「この好機見逃さず、すぐに総攻撃を!」
だが司馬懿は同意しない。
「計略かもしれない。もう少し様子を見よう。」


時間がたつと次第に情報は散乱しはじめる。
「孔明死す。」
「蜀軍撤退準備を始めた。」
「魏延が総攻撃の準備を始めている。」
撤退と攻撃準備?
司馬懿には、この正反対の情報が、
やはり孔明の計略ような気がする。
「本当はまだ孔明は生きているのでは?」と思い始めた。

情報は1つの方向に固まる。
「孔明は死す。蜀軍は撤退。」
「よし。では追撃しよう。
 しかし、油断するな。攻撃退却の陣構えを崩すな。
 お前らは孔明の怖さを知らん。」

仲達は蜀軍の本営を突いたが、既に誰もいない。
すぐ退却する蜀軍を追いかけた。

ついに蜀軍の姿が見えた。
司馬懿に気付いた蜀軍は向きを変え、攻撃の陣構えに移った。
そこには車に座る諸葛亮がいる。
「孔明は生きておるではないか!!」
魏軍は、恐怖感に震えだした。

「臆したか、仲達!!」と姜維が叫ぶ。
蜀軍は、一気に司馬懿に向かって来た。
「全軍退却せよ。計略だ。引き上げろ。」
と司馬懿が叫び、魏軍は逃げるように退却した。
再び五丈原に戻ったのである。
以後、蜀軍は追撃されることなく、漢中まで帰国できたのであった。


後日、司馬懿は、五丈原の陣営跡を調査した。
諸葛亮の見事な布陣を確認した司馬懿は
「孔明こそ、まさに天下の奇才であった。」と感嘆した。
さらに土地の者に聞いたところ
「諸葛亮は亡くなったので、
 木の人形を車に座らせて蜀軍は退却した。
 今よく聞く噂は【死せる孔明、生ける仲達走らす。】と囁かれています。」
これを聞いた司馬懿は
「わしは、生きている人間には計略にかけれるが、
 死んだ人間に計略はかけれないだろう。」
と言って笑っていたという。


ここには司馬懿の懐の深さと、その芝居振りが見られる。
彼にとって、孔明のいない蜀軍を壊滅することは可能だったのだが、
騙される演技をこなした。
この軽い失敗によって、自分が無能だと宣伝したようだ。
「満足知る者に、恥辱なし」と言われるように
司馬懿は、諸葛亮の北伐を止めたことのみで
気持ちを満足させ、自分の身を守ったのである。


「死せる孔明、生きる仲達走らせる。」














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「レッドクリフを創った男達」キネマ旬報11月号発売

2008年10月27日 | 雲随のおすすめ商品
キネマ旬報 2008年 11/1号 [雑誌]

キネマ旬報社

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この雑誌について
邦画、洋画の紹介、批評など映画の総合誌

内容紹介
●巻頭特集 中国パワー炸裂!「レッドクリフ」を創った男たち
ジョン・ウー監督、トニーレオン、金城武、チャン・チェン
映画化が相次ぐ『三国志』を紐解く
中国はハリウッドを越えられるか
中国[大作]営業事情

● FACE 小池徹平「ホームレス中学生」

●追悼
監督 市川準
ポール・ニューマン

●特集
1. デ・パルマが見据える戦争とメディア「リダクテッド 真実の価値」
2. 飼育したブタ、食べる?タブーへの挑戦「ブタがいた教室」
3. 3D映画はここまで進化した!「センター・オブ・ジ・アース」

●シリーズ企画
素晴らしき映画女優 有馬稲子

●新連載
『風にふかれて気のむくままに』 木村大作
『誰でも一つは持っている』 鬼塚大輔

●現場ルポ 加瀬亮×伊坂幸太郎「重力ピエロ」
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「最期に見たい・・・。」秋風吹く五丈原

2008年10月26日 | 五丈原に散る
北斗星の祈願は失敗に終わった。

諸葛亮は成都の劉禅に使者をだす。
「劉禅陛下、北伐は今だ成らず。
 いつからか病気になり、命を何とかつなげている日々であります。
悲しみを筆では書き表せないですが、
私はもう力がないので、陛下が私の目標を達成してください。
陛下に願うことは、
君子の心を愛民へ募らせてください。
先帝劉備玄徳は仁愛のもと、悪い者は遠ざけ、賢者を近くに置き、
良識を持って、民の生活を安定させました。・・・・・」

手が震えて書けない諸葛亮を姜維は
「お身体を休めて、早く治しましょう。
 それでは余計に身体を壊します。」言う。
諸葛亮「私も身体の限界を人のように感じることがある。
    しかし、私にはしなければならないことが、
    たくさんあるのだ。
    集中力が続かず、手が震え、言うことを聞かない身体がつらい。」
    と述べるが、少し休んでは、また再び書き出した。

何日か過ぎた後、姜維が枕元に呼ばれた。
諸葛亮「私が今まで学び実践してきた兵法書24巻を書き上げた。
    心に修めるべき8ヶ条、戒め7ヶ条,恐れるべきこと6ヶ条、
    警戒すべき5ヶ条。
    よく切磋琢磨するのだぞ。」

次に馬岱、楊儀が呼ばれる。
「私が亡くなったら全軍撤退するのだ。
 危険が起こったら、この絹袋に計略が書いてあるから、
 開けよ。」

成都からは劉禅の使者として李福が駆けつけた。
「志半ばにあって今だ五丈原にいることが、とても悔しい。
 私が死んだ後も、国家体制は変えるな。
 私が重視した人間を軽んじてはならないぞ。
 兵法は姜維に申し送った。彼は国家のため私の意志を引き継いでくれるだろう。
 私が死んでも葬式をしてはならない。

 司馬懿によく注意するのだぞ。
 退却はゆっくりゆっくりと行軍せよ。
 司馬懿が追撃してきたら、兵を返して攻めよ。
 司馬懿が逃げれば、再び退却せよ。」

死期を知った李福は訊ねる。
「以後、蜀漢は誰に任せれば良いでしょうか?」
「蒋琬」
「そのあとは?」
「費禕」
「そのあとは?」
諸葛亮は答えず首を振るだけだった。
そこまで蜀は長くないという意味だろうか?
それとも、任せれる人物はいないということだろうか?
諸葛亮は少し眠った。


再び目が覚めた諸葛亮は、楊儀に最期の願いを述べる。
「最期に、陣営と蜀兵が見たい・・・。
 それが私の仕事である。(私の復興を願った)蜀漢である。」
楊儀は泣きながら諸葛亮を抱き起こした。

陣営では秋風が吹く中、蜀軍が訓練を続けていた。
車に揺られながらこちらに来る丞相(諸葛亮)を姜維は見つけた。
「丞相、早く元気になってください。」とひざまつく。
兵士も丞相を見つけて、一斉にひざまついて願う。
「丞相、早く元気になってください。」
「丞相、早く元気になってください。」
「丞相、早く元気になってください。」

諸葛亮は兵士に向かってうなずき、見上げた空には「克服中原」の旗がなびく。

涙がこみ上げてくる。

「私にはもう、逆賊討伐を行えない。
 悠悠蒼天 和博与我。
(はるか遠くの天は、私に慈悲をくれない・・・。)」

諸葛亮孔明は息を引き取った。
劉備玄徳を一緒に草盧を出てから27年後、54才にてこの世を去った。

中原(黄河領域)を占拠すれば形勢逆転し、天下統一も間近であった。


臣民を愛した諸葛亮は、全軍無事に帰国することを願い、
最期の作戦を言い残していた。


諸葛亮の最期





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