23.5センチの足跡 日本に帰ってきた

アメリカ留学→日本一時帰国→ウガンダでボランティア→日本で起業。そんな私の足跡を綴ります。

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出直し

2011-07-08 02:27:46 | 日記
中古車輸出業、終わらせることになりました。
ものすごい後悔と、悔しさと、もう訳が分からないほど胸が苦しい。
ここまで踏ん張ったけど、とうとうだめだったよ。。。。。
ただ、日本とウガンダを繋げることはまだ終ってない。
これから。そのための準備だ。
何事も経験。
あーそうやって完全に思いたい。

悔しいよ。
自分の判断が間違っていたからこうなった。
自分の計画が甘かったからこうなった。
なんだかんだ、全ては自分の責任だ。
そのくらいに思った方が、
次に厳しく事業を起こせる。
甘かったんだ。
壁は高い。
だからもっと力をつけなくちゃいけない。
そういう事なんだよ。

うっしゃ!!!!
とりあえず職探しから頑張るゾーー!!

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本気で辞めたいと思った

2011-06-28 18:54:56 | 日記
昨日の夜から今日のさっきまで、
本気でこの事業を辞めたいと思った。
違う事業に変更しよう、それまでしばらく雇われてお金貯めて、
心を落ち着かせようと、本気で思った。
本当に辛い日々。何をやっても思った反対方向に事が進んでしまう。
もうやめろっていうサインなのかな、って思ってしまった。
お金の事を考えるのが嫌になって、いつもいつも心配と不安と孤独と戦って、
本当に心が疲れてしまった。
やっぱり私なんかには無理なんだ、
ビジネスなんて私のフィールドじゃない、
そう思ってしまいました。
それでも周りにはニコニコ順調だって言って、
平気な顔してなくちゃいけない、
自分への収入なんてもう半年以上ない。
どんなに倒れそうになってもここまできた。
ウガンダにまでまた行って、会社を登録した。
ピンチな時こそ、積極的に大きく動いてきた。
それがきっと傷口を広げたんだと、
私は後悔してました。

するとウガンダからの着信。
気の進まないまま電話をとると、前のオファーの変更があって、
少し可能性がでるような契約内容だった。
その時、「まだ諦めちゃいけない」。
と感じた。
ウガンダに行く前のときの気持ちに戻りました。
人生をかけて私は自分の夢を叶えると。
こんなところでへばってちゃいけない。

だからまた、私は頑張ります。







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どんな出会いにも意味がある

2011-06-20 23:38:29 | 日記
いろいろ辛い事もあったけれど、やはりいい事ももちろんたくさんありました。
まずは学校や個人が驚くほど成長していた事。
ムヨンジョには去年の1.5倍の生徒が通い、職員室には教科書や理科の実験道具が並んでいます。
スペインからきたボランティアのジャヴィがなんとラップトップを2台も寄付してくれた!
さらにサッカーボールやバレーボールまで!!

孤児院は場所を間違えたかと思うほど見違えるように成長していました。
建物は2倍になり、更に保育園も経営していた!
すごい!!
子どもたちは少し大人になっていたけど無邪気に私に抱きついてくる光景は変わりません。
こんなにここにいる事を歓迎してもらって本当に嬉しいです。
たくさんの愛情と勇気をもらいました。
一緒に水汲みに行ったり、サッカーを見に行ったり、
そんなひとときが、事業で荒れた心を癒します(笑)

そして前回の滞在の時に仲良くなったダンサーのグループもとても成長していました。
この間までロンドンやアイルランドでツアーをし、
新聞にも取り上げられていました。
ウガンダでは朝の全国ニュースにも出演するなど、嬉しい成長です!

なんだかんだ、私は信頼できる人たちに守られ、支えられているのだと本当に思いました。
私が困った、大変だというと、周りが自分の問題のように一緒になって解決しようとしてくれる、
本当に温かい人たちばかりです。
今回もたくさん良い出会いがありました。

その中で一番驚いたのが、私がウガンダに来る前にちょうどテレビに出ていた
ウガンダでマイクロファイナンスを始めた若き日本人起業家との出会い!
このご夫婦の事を知り、「ウガンダに行ったら会いたい!」
と思っていました。
ただ、どこに住んでいるかも、連絡先も知りません。
現地の人に名前を聞いても「うーん聞いた事あるけど、どこで活動してるかは知らないね」
と、やはり何も手がかりないまま探すのは無謀だと思っていたそのとき、
なんと目の前にそのご夫妻が現れた!!!
カンパラのストリートアートフェスティバルを訪ねていたら、
入り口から二人が歩いてくるではないですか!!
もちろん私は話しかけ、図々しく帰国直前にお会いしてもらう事になりました。
もう嬉しくて嬉しくて一人とってもテンション高くなっていました。
話をしたところ、彼と私がウガンダで事業を始めたきっかけはほぼ一緒、
そして見ているゴールまで。
さらに彼は2年もされているので、少しずつ結果が出始めています。
この方と話をして自分が通っている道が間違いないんだ!
と改めて自信を持つ事ができました。
貴重な情報やアドバイスを頂き、本当に素敵な出会いでした。
一生大事にしたいです。

私はやはり出会いに本当に恵まれています。

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最後まで胃が痛かった。。。

2011-06-19 18:18:23 | 日記
パートナーの人がそのアクティベーションに拍車をかけている時、
彼が猫をかぶっていたことが明らかに。
ものすごい機嫌が悪くなっていたためあまりにひどい対応をされ、
「ちょっと失礼なんだけど」と言った瞬間、彼がキレた。
ものすごい怒鳴られ「全部おまえのせいだ!!!」とか言ってきやがる。
私もむかついて一瞬怒鳴ったが、冷静を取り戻し、「ごめん、私が全部悪かった、
ここまでやってくれてありがとう」と彼をなだめ、
次の日国境に車をとりにいくことに。
それでも一度はがれた仮面はもとに戻せず、だんだん彼の顔が私には
悪顔にしか見えなくなってきた。笑
微妙な空気が流れる中、6時間かけて国境に到着。
やっと車をウガンダに持ってくる事ができました。
どこの保税ヤードにいれるかでもパートナーと最後までもめる。
絶対彼はこの車の主導権を握りたがっているので、
全ての判断を慎重にした。
私が信頼するヤードに入れ、ゲートを閉めた時のあの達成感は今でも忘れられません。

そのヤードの社長さんは本当にしっかりとした人で日本の大手の会社と組んでいる信頼できる人。
実は日本からも噂を聞いていた人です。偶然にも彼のヤードに入れる事ができて本当にラッキー。
しかし、パートナーの人はだんだん面白くなくなってきたようで、彼は人が変わったように態度が変わってきた。
そしていやーな予感は最後の最後に私に止めをさしました。

車は大人気でお客さんは集まってきたが、値段が少し合わない。。。
しかし焦って損をする必要はないので、ここのヤードの社長さんに任せる事にしました。
もちろん契約書を書いて。
しかし、そこでもともとこの車の契約者のパートナーの人が渡してくれなくちゃいけない書類を
渡してくれず、サインもしてくれない。
バイヤーの詳細がないとこれにはサインできないと。。。
なんのリスクもない彼にそんな事を言う意味が分らない。
社長さんもこれには頭を痛め、いろいろ私と戦略を考えてくれた。
もう私は明日出発なのに。。。
結局最終日の朝、パートナーの弁護士の所に社長さんと連れられ、
はめられた。。。。。
書類を渡す変わりに現金を請求された。ここまで振り回された慰謝料だ。。。
「いっぺん死だほうがいいな、この人」と心の中つぶやいてしまった。
弁護士もそれを渡さないと私を行かせないと言った雰囲気になり、
どうにか社長さんと戦ったけど、時間がないのでなんと社長さんがその現金を用意してくれ、
早く空港に行きなさいとその場を解決してくれました。

家に帰りまだ少し残っていたものをスーツケースに詰め込んでいると、
そのパートナーがやってきた。
じつはこの家を借りたのも彼の叔母が経営をしている貸し家だったので、
たぶん鍵や光熱費をとりに来たのだろう。
待ってと言っても聞かないので
「私がパッキング終るまで待ってって言ってるでしょ!!!」
と迎えにきてくれていた友達や校長先生がびっくりするほど
怒鳴ってしまった。
しかし私は猛烈に怒っていました。
そして案の光熱費をしっかり計算され請求してきた。しかもそんな話は聞いてないし。
「なかなかか賢い手口だったわね」と皮肉を言って、
お金を投げ捨てるように家を出た。
すると彼は「気をつけて帰ってね」と。もう呆れて言葉になりません。
見送りにきてくれた彼にハグをした瞬間涙が出てきてしまった。
ずーっと今まで私が通ってきた様々な問題を見てきた彼は、最後に
「よく頑張ったね。思うように行かない大変な1ヶ月だと思う、
でも経験ほど素晴らしい先生はいないよ。この経験は絶対今後の糧になるから。
気をつけてかえってね」
と言われ、もう私は号泣で車に乗り込み校長先生に一連を話した。
彼も同じ事を言ってくれた。
「典型的なウガンダの問題をこの1ヶ月でたくさん経験できたね。
本当に辛くてかわいそうだけど、それに負けずここまで来れたあなたは本当に強かった。
今後も絶対頑張れるよ。」と励ましてくれました。

じつは会社の登記もしていたのですが、結局謄本が間に合わず私は家を出てしまいました。
通常の何倍も支払って政府のコネを使ったのに、信頼していた政府の人にまで騙されたのかと、
かなり落ち込んでいました。しびれを切らして違うエージェントを使おうとしたら一緒に手続きをしていた校長先生に、
私の信頼している政府の人を裏切る行為をするなんてと、ちょっとそこでももめてしまった。
車のことと、ダブルパンチで結構辛かった。
すると空港に向かう途中に電話が鳴り「謄本ができた!今からバイクで追いつくから待ってて!」
と。
彼は20分後本当にボダボダで謄本を持ってきてくれた。
大幅に遅れたものの、自分の会社の名前が入っている謄本を手にし、笑顔がこぼれました。

このブログに書いたのはほんの一部のドラマです。
毎日毎日いろんな人が登場し、いろんな問題がありました。
デモに巻き込まれたときもありました。
しかし、多分ものすごい強くなったと思います!!

日本のイミグレを通った瞬間、私は崩れるように転びました笑
そして1週間寝込む事に。

また明日今度はいい事を書きます!!!







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寝てて良かったー

2011-06-19 18:02:47 | 日記
モンバサからカンパラまでの道のり険しかった。
運転は本当に彼はうまく道を知り尽くしているので、
どこに穴があるとか、どこで警察がいるとか全て知っていました。
警察の検問は合計5カ所以上はありました。
その度ひやひやするのですが、
彼は検問が近づくとすっとお金を手に取り、
「いやーどうもごくろうさまー」
といいながら握手をし、お金を渡し通過。
税関も3カ所くらいあるのですがなんなくクリア。
まるで映画の世界です。
そして夜になり私が寝ている間さらにいろいろ起こっていたそうな。

夜中に起こされ休憩してお茶を飲んでいると、
銃を持ったカージャックの強盗と2回ほどカーチェイスになっていたと話された。
さらにジャックされている現場も何回かあったそうな。
毎回の事らしく、彼はカーチェイスには負けないから大丈夫さ、と自信ありげ。
私は寝ていたので何とも言えませんが、もう笑うしかありません。
寝てて良かったです笑

その後安全なところに車を停め仮眠。
私はその話を聞いた後寝れませんでしたけど。
そして最後の難関が国境。
やっとウガンダの国境に着いたと思ったら、
あの最後のとった書類の番号がまだアクティベートされておらず、
まだウガンダに入れないと言われ、みんながっくし。
それでもパートナーの人は5時間そこで粘った。
私はひどい下痢に襲われとにかく早く帰りたかった。
結局車を国境のヤードに置いて行く事になり、アクティベートを待つ事に。
エージェントの知り合いの車に乗り継ぎ、ほぼ33時間後カンパラへ到着。

疲れきった1日でした。



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