遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う

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展覧会、近代建築で大体いっぱいです。

化粧 KEWAI 舞台の顔

2017-03-21 01:11:32 | 展覧会
逸翁美術館で非常に面白く、そして珍しい展覧会を見た。
「化粧 KEWAI 舞台の顔」展である。
ツイッターでも紹介したとおり、中国の瞼譜(れんぷ)と歌舞伎の隈取りで魅せる内容なのだ。
これまで隈取りの展覧会は国立劇場の資料室で見ている。
しかし中国の瞼譜の展覧会などはなかった。あったとしても知らなかった。
それが今回逸翁美術館で同時に展示されているのだ。
スゴいものをみた、と思った。

逸翁美術館は阪急文化財団を構成する一つの存在である。
宝塚歌劇もその仲間である。図書館である池田文庫もまた。
「化粧 KEWAI 舞台の顔」展は演劇集団であるタカラヅカと池田文庫に所蔵されている浮世絵、中国の演劇に欠かせない「瞼譜」、それらが見事に合致して、これまで見たことのない内容の展覧会として、美術館で花開いていた。

画像の瞼譜(れんぷ)のそれぞれの芝居のタイトルと役柄名とはわたしが後から入れた。

最初にでてくるのは歌舞伎の隈取りである。
六代目菊五郎 鏡獅子押隈 1942.10 歌舞伎座  六代目の十八番の鏡獅子、いい顔である。隈の種類は「むきみ隈」。
その上に黄色と白の蝶が舞うている。
弥生から鏡獅子に変わって舞い狂うが、蝶はその様子を見守っているのだ。

天津乙女 鏡獅子押隈 宝塚歌劇の天津乙女は六代目に心酔し、その舞踊人生を追っていた。なんでも出来る六代目、天津乙女も様々な踊りをみせたが、ただ一つ「浮かれ坊主」だけはしなかったそうだ。やっぱりヅカ乙女の方がちょっとばっちいスタスタ坊主が後家さんとどうのこうのという色懺悔するのを見たくはないしなあ。

二代目猿之助・三代目段四郎 連獅子押隈 1937頃  横並びに父子の押隈。

天津乙女 鎌倉権五郎押隈  「暫」は超人的な存在である。隈は「筋隈」。何本かの線が強くはいる。小柄な人だがなかなか大きな押隈である。
これで思い出したが、昔の人は今よりも顔が大きいので隈も立派に乗ったが、今の人は顔そのものが小さいので、立派な押隈がなかなか作れないそうである。

天津乙女 曽我五郎押隈  「むきみ隈」。この五郎は「対面」のそれだろう。

春日野八千代 桜丸押隈  江戸風に「むきみ隈」で取っている。上方では桜丸は隈取りはなし。
この三つ子はそれぞれ隈取りが違う。
梅王丸は「筋隈」、松王丸は「二本隈」。
筋隈…スティグマ(聖痕)ではない。

山田五十鈴・春日野八千代・神代錦 押隈(車引) 1979.1 帝国劇場  大女優山田五十鈴と宝塚の名優とで車引の三つ子を演じたのか。順に梅王丸、桜丸、松王丸。

春日野八千代は勉強熱心なひとで、歌舞伎の隈取の研究も深めていた。
「隈取全集」として41枚もの隈取パターン図を残している。輪郭のみコピーして、そこへぬりえのように様々な隈を描いてゆく。
うまいものだ。
しかも「○○隈」という風に名称を書くだけでなくルビも振っていた。
とてもわかりやすい、よい全集。
絵心があるから面もきれい。

ここから浮世絵をみる。

初世河原崎権十郎楽屋図 三世豊国 1861.12 楕円形の鏡に向かっているところ。隈取は描いたので、あとは眉を描いてます。

これで思い出したが、一ノ関圭「鼻紙写楽」で五世団十郎がいい年をして白粉をぬる、そのことをかこつシーンがあった。
芝居が好きでなんら疑問を持たないひともいれば、ふと悲哀を感じる人もいる。いろいろ。

松梅雪花三吉野 あいじゅのゆきはなとみよしの 銀光 1881.1新富座  車引の場。時平隈。ただの公家隈より更に強大な悪の隈。
時平 三世中村宗十郎、梅王丸 左団次、桜丸 菊五郎、松王丸 団十郎。水色や赤の顔料が使われているところがやはり明治の浮世絵。思えば「車引」はこうして隈取をたくさん見る芝居なのだな。

仁木とねずみと男之助 三世豊国 1857.10市村座  五世彦三郎の仁木が巻物咥えどろどろ。大ネズミを踏む男之助は初代権十郎。

車引 国貞 1835.11中村座  梅 5世海老蔵、松 5世幸四郎、桜 3世菊五郎。22年前の絵では役者の世代も違うな。サーモンピンク地にそれぞれ梅柄・桜柄を着た二人と白地に松柄の一人。ぐーっと見てると力の入る鼻高幸四郎のよさ。

鳴神 三世豊国 1851.5市村座  雷鳴の下の二人。しうかの雲絶間姫に8世団十郎の上人という黄金コンビ。いつみてもいい絵。
騙されて柱巻きしたり顔に隈作って追いかけてきたり…

八陣守護城 北洲 1820.9角の芝居  三世歌右衛門。このヒトには一時はまったなあ。一本隈が入っている。チラシで眼をむいている顔。

助六も出てきた。むきみ隈してる。芳幾の幕末のものと20年後の明治の国梅のものとが並ぶが、仙平の朝顔の隈は戯隈というそうだ。

故人となった役者たちが隈取をする写真パネルが現れた。
7世蓑助の朝顔隈、17世羽左衛門の景清隈、10世半四郎の猿隈、3世延若の公家荒隈…
凄いのが17世羽左衛門の火焔隈。不動明王だということで青と金とで顔を拵えていた。

土蜘 国周 1894  五世菊五郎の「梅幸百種」の一。久しぶりに見たな。池田文庫での特集以来かも。

茨木 周延 1883.4新富座 角がやたらやらかそうである。

桜山艶忍夜 ゆめみぐさうきなのしのぶよ 三世豊国 1857.2森田座  「矢の根」の書き換えか。
「やっとことっちゃ、うんとこな」と五郎が馬に乗り大根を鞭に走らせようとする場面。そう、五郎は退屈していたのです。そこへ兄の生霊が来たから助けようと出てゆくところ。

空を飛ぶのは奴凧平。ええ名前や。 

通俗西遊記 周延 1878.9市村座  孫悟空は猿隈なんだが猪八戒は隈取なしで豚と言うよりゾウのかぶりもので出てくる。なんなんだ?と思ったら、京劇では豚は大耳だということで、この扮装もおかしくないそう。

宝塚のスタッフが採集した瞼譜のイラスト貼り付けがある。1ページに四点。56点のフルカラーのが出ていた。
以前に日本全国の祭の採集ノートも見たが実に熱心。

さていよいよ瞼譜。出ているのは「鍾馗嫁妹」と「達磨渡江」と「劉氏望郷」の三本の芝居から。
これらはいずれも人間ではない者ばかり。
人間のそれは梅蘭芳が所蔵しているそうで、解説によるとこの瞼譜も彼の仲介があったのではないかということだった。
梅蘭芳は日本に何度か公演に来ている。清方などもその美貌を絵に残している。
2009年に梅蘭芳の展覧会があったが、その時の感想はこちら
彼に魅せられた人は多かった。
小林一三も1924年の宝塚大劇場での公演は当然、戦後の1956年の公演を大阪・東京どちらも見に行ったそうだ。

発声の違いで色々な分類があるそうだ。
崑山腔は16世紀前半に江蘇から出て宮廷に入り、弋陽腔は17世紀に民間から出たが、やがて消滅し北京の京劇が残った。
ここにある瞼譜はいずれも崑山腔と弋陽腔。20点ばかりが並ぶ。凄い顔である。
鬼たちの顔の面白さはちょっとやそっとではない。しかしこれは笑わすためのものなのか、そうでないのかはわからない。



最後に正月のおめでたい「年画」が出てきた。
色んな小説から有名なシーンを抜き出して絵画化したもの。20世紀前半のものなのでけっこう丁寧に描かれているが、動きは少ない。
西遊記、三国志といった日本でも著名なものから向こうでの人気作も色々。

そういえばだいぶ前だが「變瞼」という映画があったことを思いだす。
そして「さらばわが愛 覇王別姫」での化粧した顔…
色々なことを思いだすと案外見ているのかもしれない。

しかし、全く見たこともない<内容>の展覧会でとても面白かった。
こんな展覧会は本当に新鮮でいい。
3/26まで。
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