遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う

「遊行七恵の日々是遊行」の姉妹編です。
こちらもよろしくお願いします。
2017.5月以降は主に心模様を綴ります。

マティスとルオー 手紙が明かす二人の秘密

2017-03-08 00:19:43 | 展覧会
連続して二つのよい近代洋画展を見た。
どちらも単独の回顧展ではなく、その温かな人間関係が画家に及ぼした影響を想いながら眺める展示構造となっている。
・「マティスとルオー 手紙が明かす二人の秘密」@汐留ミュージアム
・「拝啓ルノワール先生 梅原龍三郎が出会った西洋美術」@あべのハルカス
マティスとルオー展はこの後にハルカスへ巡回、拝啓ルノワール先生は三菱一号館からの巡回である。
見た順でマティスとルオー展の感想から。





二つのチラシ。

1.国立美術学校からサロン・ドートンヌへ 1892-1913
エコール・デ・ボザールではギュスタヴ・モロー先生という善き師のもとで研鑽に励んだ二人。その頃の作品が並んでいる。
モロー先生と若きルオーとの関わりについては2013年にこの汐留ミュージアムで「モローとルオー 聖なるものの継承と変容」展が開催され、深い感銘を受けた。
当時の感想はこちら


マティスも後年の奔放で緻密な作品とは違い、堅固な作品を描いている。
彼らは学校にいた頃は個性の発露を抑え、古い価値観から逃れることをせず、マジメに基礎教育をうけ、技術を磨いた。

マティス ベル=イルの花束 1897  後の彩りを予感させるような色遣い。
若い絵でもこうしたところを見るとワクワクする。

マティス モデル 1901  色遣いの黒さ、線の太さと言い、ルオーかと思った!

ルオー ゲッセマニ 1892  前掲の展覧会にも出ていた。またマチエールは薄い。ローマ賞めざしてたの頃の作品。がんばれルオー!

ルオー 堕落したエヴァ 1905  水彩とパステル 鏡の前でちょっと官能的な女の様子を描く。

ルオー 裸婦 1920  この絵は梅原が購入した。黒くて暗いが力強い。
日本がルオーを許容する始まりは白樺派の紹介があり、梅原の寄贈もあった。

マティスとの往復書簡がいい。
1906.8.30 マティスからルオーへ アフリカに行った感想を書くマティス。君にはどうかなあ合わないと思う、という意味のことを記す。
1906.9.10 ルオーからマティスへ アルジェにそそられたと書くルオー。
気の置けない二人の間の親密な手紙である。

1941.7.31 マティスからルオーへ 「南仏の蜘蛛へ」と記すのも楽しい。
いずれもごく親しい呼びかけ方がある。



2.パリ・ニース・NY 1914-1944
二人の仲良しさんぶりがとても微笑ましい。
わたしは1920年代のモダンさがとても好きなので、この時代のマティスの女たちの良さにただただときめくばかり。

マティスのその当時の現代的な風俗の中の女たち。とてもかっこいい。
肘掛椅子の裸婦、窓辺の女、横たわる裸婦、読書する女性…
この時代のマティス描く女たちは何故ああも魅力的なのだろう。
シンプルな線と明るい色彩と。画面には物語性はなく、特別な何かもないが、ときめくような日常の美がある。
本当に素敵。

ファッショナブルなモダンガールだけでなく、オダリスクも素敵。なんてカッコイイのだろう。何を見てもとてもおしゃれ。

さてルオー。
「ユビュ親父」、「悪の華」、「ミセレーレ」のシリーズなどが並ぶ。
「流れる星のサーカス」もある。
マチエールのすごいのより、わたしはルオーはそうでないのや版画が好きだ。
旧福島コレクションのいくつかもある。
ルオーを最初に愛した日本人の一人。

マティスの息子のピエールが画廊を経営し、ルオー作品の展覧会に福島コレクションの貸し出しがあることを知らせる手紙がある。
家族ぐるみのお付き合いもあり、事務がメインの手紙ではあるが、そこにも父の仲良しさんへの温かなキモチが滲む。

3.出版人テリアードと占領期
マティス一家の写真があった。アメリ夫人なかなか綺麗な人。
そういえばマティスとアメリカのコーン・コレクションの展覧会を随分前に見ているが、あの時マティスはなかなか気遣いの人だと思った。絵は売れないと画家は困るけれど、誰にでも売ればいいというわけではない。
ご本人、アメリカのコーン姉妹にいい絵が出来たよとお知らせしている。それがただの宣伝ではなく、コーンさんの好みの絵だからどうだろう?という内容で、あれでわたしはマティスに対し親しみを感じた。

シャルル・ドルレアン詩集にマティスは絵をつけているが、さらっと線描のウサギさんが可愛い。こういうのがけっこう楽しい。

ルオーの連作「気晴らし」のための原画が並んでいた。いずれもマティス美術館所蔵。
1943年の仕事。戦時下でもこんなにいい絵が出来る。
アルルカン、かっこいいぞ。
どうも個人的な好みだが、キリスト関係の絵より、ちょっと不埒な物語の挿絵の方がいい。

1946.11.4 マティスからルオーへの手紙。体調悪いマティスから「親愛なるルオー」と呼びかけの手紙が来る。
「黒は色である」という言葉がなかなか興味深い。



4.「ジャズ」と「聖顔」1945-1956
マティスの切り紙「ジャズ」の明るい色彩とイキイキしたチョキチョキ。
そして遠目には惹かれるルオーの色彩。間近で観るとそのマチエールの厚さにわたしは引いてしまう。肺に入り込むか、崩れるか、そんな恐れを感じるのでニガテなのだ。

ルオー 秋の夜景 1952 奥の教会、なんだか胸がすくようだ。そして手前の様子。遠近感がなにやらハキハキして、遠くの教会がとてもすっきりと見える。

晩年のルオーは「美術家の作品に関する権利」を確立させるためにも活躍したそうだ。その草稿があった。
若い貧しい頃、モロー先生から「職」=「食」を与えられたことを、その温情を常に忘れることはなかったルオー。

1947.7月末  ルオーからマティスへの絵ハガキ  ボナール、マルケの死の話。
段々と失われてゆくかつての友人たち。

旧き友、親愛なる友…様々な呼びかけはいずれも親密さを見せている。
最後まで二人の友情は変わらない。

最後にマティスがデザインしたドミニコ会の修道院礼拝堂の紹介があった。
とてもシンプルな描線。サボテンのたくさんある堂で、それをステンドグラスにしてもいる。小さな堂にふさわしいシンプルさ。植物と光と。抽象的で面白くもある。

いい作品を見れただけでなく、温かなキモチになる展覧会だった。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 拝啓ルノワール先生 梅原龍... | トップ | 春日大社 千年の至宝 »
最近の画像もっと見る

展覧会」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。