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自分が播いた種を考察する

2017-02-09 11:12:26 | 日記
私たちは
自分の身辺に最近起こっていることの全てが
自分が以前その種を
知っていても知らずにいても
播いた種子の発芽したものなのだと知る時、
物事を見つめ直す新たな視点を
見出すことになるのだと思う。
このことは良い発見である。

播いた種は刈り獲らねばならぬ
(参考 真理第10巻実相篇 谷口雅春著)
私たちは自覚意識の中心であり、自覚意識が信念をもって呼びかけるとき、潜在意識はそれを受け容れ、法則によって実現するのであります。このような法則が存在すると云うことを知らないからとて、その法則の結果から免(まぬか)れるということではできません。トマトの種子を知らずに塵箱(ちりばこ)に捨てておいたのが、廻(めぐ)り廻って庭から発芽して実ることがあります。知らずに播いて置いても、それが発芽して実るように、知らずに憎んだり、怨んだり、害悪の念を起していたのが種子となって、それが具体的に自分に報いて来ることがあります。「何も私は悪い種子をまいた事がないのに、こんな結果を報いられるとは神も仏もないものだ」と嘆く人が往々ありますが、これは別に神や仏が其人に不幸を与えたのではないのであります。知らずに播いて置いた種子が、法則によって実ったのです。法則には愛憎の念はありません。
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