湧大の部屋

政治的・社会的問題、恋愛、テレビなどいろんな話題を一味違った見方で書いてみる

愛はどこにあるのか

2017-07-12 16:49:01 | 日記
このブログでは前にも取り上げたベッキーの不倫の話を今回はもう少し深く考えてみたいと思います。ベッキーを批判していたのは主婦の人たちで、その動機はルサンチマンだと書きました。ルサンチマンというのは、簡単にいうと嫉妬です。それは自分にないものを誰かが持っている時に起こります。では、批判した主婦の人たちには何がなくて、ベッキーには何があったのでしょうか。答えは簡単で、それは愛でしょう。愛とは何かという問いは今回は避けたいと思います。この記事で書くのは、愛はどこにあるのかということです。普通に考えて、主婦であるということは結婚しているので、自分を愛してくれるはずの存在はいます。しかし、それは昔の話で今はそうではないと思っている人が多いのでしょう。つまり、社会的に決められた結婚という枠で愛というものを捉えることはできないのです。しかし、これは当たり前のことではないでしょうか。愛というのは情動の部分のものであり、社会的な決まりというのは理性です。これらを混同しては本質を見失います。では、どうすれば愛を維持できるのかというと、内発性で支えるしかありません。愛する相手というのは他の人から見ると「え!そんな奴のどこがいいんだよ?」って言われるかもしれないけど、自分にはこの人しかいないんだと言える存在です。自分の内から湧き上がる内発性に支えられたものなのです。内発性とよく対比されるのが損得勘定です。しかし、損得勘定で愛する相手を決めたらどうなるか。可愛い子がいいなら、誰かに決めた途端もっと可愛い子が出てくるかもしれない。これはどの判断基準だって同じはずです。お金だったり、性格だったり、きっと自分のパートナーより優れている人は世界中にいくらでもいます。そんなことでは1人に決まりようがないし、そんなものを愛とは言いません。自分の内から湧き上がる内発性により支えられているものが愛であるなら、愛を強固にするためには内発性を持つということが大切になってきますね。このブログを読んでいるあなたには内発性があるでしょうか?
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 洗脳は悪なのか? | トップ | 産業革命の手柄は誰のものに... »

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。